秋ですね

四国ももう秋の鳥羽口。
四国山地にも紅葉が始まってきました。
渡り鳥たちも南への帰り支度を始めたようです。

昨日の天皇賞、尻尾に可愛いリボンをつけた牝馬のウォッカ、3着に沈んじゃいましたね。
馬券を買わなくても、声援だけはいぱい送っていたのに。牝馬を負かせちゃ可愛そうでしょう、

と、女性群にに弱いワタシはつぶやきながら、
今日も不動産の色々な相談事に東奔西走です。
行ってきマース。<
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日本で一番著名な不動産業者

つい先日、「木枯らし一番」が吹き荒れ、一気に冬に突入かと思わせた気候も、昨日・今日と平年並みに落ち着いたようですね。

ところで、日本で一番著名な不動産業者をご存知ですか。
それは「平和不動産」です。
以前は東京証券取引所の「特定銘柄」に指定されていて、証券取引の前場で真っ先に取引される銘柄でした。
数ある業種・銘柄の中で、なぜ不動産業者が真っ先に取引されていたのでしょうか。
それは、「平和不動産」が、各地の証券取引所の土地建物のオーナーだからです。
しかも、各地証券取引所の賃料は、各証券取引所の出来高に連動して決まるという仕組みだからです。
(最近も同じ仕組みなのかどうかは調査していませんが)
つまり、証券取引所が賑わえば賑わうほど賃料が上がる仕組みなので、「平和不動産」の株価が上がれば、日本経済が上向いていると判断される指標銘柄とされていたからです。

さて、我が不動産センター株式会社は、少なくとも松山では一番著名な不動産業者ではないかと自負しています。
いえいえ、不動産仲介専業業者として、四国四県に不動産取引の実績を持つのは当社なのかな?と思うにつけ、
当面四国で一番著名な不動産業者目指して、

サー、今日も東奔西走です。

お取り寄せ

10年以上愛用した電動シェーバーがとうとう壊れました。
そこでドイツの有名メーカー製の3枚刃の手剃りのシェーバーを買って使っていました。
当然替刃が必要になりましたので、毎日行ってるスーパーに買いに行きました。替刃が店頭に見当たりませんでしたので、店員さんに尋ねると、「もっと大きなスーパーに行けばあると思います」という返事。
次に、そのメーカーのお客様相談室に電話してみました。旧型ではないか?と思ったからです。
すると、相談室の人は「それは最新式の製品で替刃はあります」と言う。
「でも地元のスーパーでは見当たらないのです」と答えますと、「この辺りのスーパーではどこでも売っています」という返事です。
そして最後に「お取り寄せ出来ます」と。「・・・・・・」言葉を失いました。

仕方なく地元では最大手のスーパーに行くと、やはり店頭に見当たりません。
店員さんに尋ねると、パソコンで検索してくれました。
30分以上待たされた結果が、「お取り寄せ出来ます」でした。私は、何も「夕張メロン」や「北陸の松葉蟹」を注文しているのではないのです。
毎日使う、日用品なのです。それを「お取り寄せ」でないと買えないとは。


さて、我が不動産業界にも、実は「お取り寄せ」はあるのです。
当社のお客様から「こういう予算と条件で土地や住宅を探して欲しい」という注文を受けますと、先ずは自社が仲介を依頼されている物件を紹介します。
それでお客様の希望に合わなかった場合、次には希望の地域を歩き回って、空地や空き家を見つけ、その所有者を探して、売っていただけないか、貸していただけないかと交渉します。
それでも気に入っていただける物件が探せない場合は、「お取り寄せ」です。同業他社の仲介物件情報を当たります。
当社の利益は二の次です。お客様に気に入っていただける物件を早く提供したいの一心です。

因みに、シェーバーの替刃ですが、小さい声で「お取り寄せをお願いします」と頼んで岐路についたのです。
大きな声や顔色を変えることが出来ない、トホホの私でした。

ワタシは誰のもの?

やっと開通したバイパス。
幹線と幹線を結び、交通量が日増しに増加し、田園地帯であったそれまでの光景が一変します。
バイパス沿いに、先ずコンビニとファーストフードが開店し、次に携帯電話の各販売店や、広い敷地には地元のスーパーが、そして全国チェーン展開している飲食店や地元では名の知れた飲食店、更には診療所と調剤薬局がオープン、最後に地元金融機関の支店が開店。
全国の中都市以上ならどこにでも見られる風景の変化ですね。

そういう周辺環境が大きく変貌する中で、バイパス沿いにぽつんと残った田や畑。
これも全国どこでも見られる風景ですね。
そういう残り僅かな田畑の所有者に、「○○店が出店したいので、ぜひ土地をお貸し願いたい」と日参するのが私たちの仕事です。

「モー、お金はいらん。バイパスの収用でまとまったお金が入ったし、別の土地を既に賃貸していて、毎月、今までは考えられんようなお金が銀行振り込みされるんヨ」という所有者。
「お金は、あっても困らないけど、無かったら困るでしょう」、「でも、そんなにお金があっても使い切れんし、お金が増えれば子供たちがそれを当てにする、そんな人間関係が嫌ナンヨ」。
毎日のように繰り返される光景です。


そういう時、私は「私には、土地には土地そのものに命も意思もあるように思えてならないんですよ」
「今、この土地は喜んでるでしょうか?」と。
そして、「この土地は、バイパスが通ったことで、役割が大きく変わったんですよ。この土地だって、周りはその役割の応じて使ってもらってるのに、ワタシだけは、相変わらずお米サン?」
「ワタシだって役に立ちたい、ハセダにせんといて」って思ってるんじゃないのでしょうか」、って。
そして最後に「この田んぼは、ワタシは誰のもの?って思ってるんじゃないですか」、そうつぶやいてしまいます。
そして地主さん「うーーーーん???、でも貸さん!」かくして、今日も田んぼの畦道をトボトボと。


稲刈りが終わった田んぼは、今や冬支度を急ぐ雀や小鳥たちの餌場になっています。
そのカシマシくも嬉しそうな小鳥たちのさえずりを聞きながら

「ワタシは誰のもの?」って再度つぶやき帰るトホホの私です。

冬支度

世界の国々の中で、僅か九州ほどの面積しかない国で、亜熱帯気候から寒帯ツンドラ気候までに属している国はどこでしょう?
アメリカ合衆国のように赤道直下のグアム(アメリカ合衆国の準州)からアラスカにいたるまで、南北に長く伸びた領土を持った大国は別です。
それはチベット仏教を国教とするブータン王国です。
この国は、海抜100mから海抜7,500m余りという標高差を持っていて、年中亜熱帯気候とツンドラ気候が同居しているのです。

ところで、愛媛県にはスキー場が5箇所もあるのをご存知でしょうか。
南国の四国・愛媛にです。愛媛は、ブータンには遠く及びませんが、標高0mから標高1982mという西日本最高峰の石鎚山を擁する縦に長い県なのです。

日本列島は南北に長く展開していますので、北国は既に冬の装いなのでしょうが、南国愛媛は、日中はまだ半そでで過ごすおしゃれも平地にはまだ見かけます。
そういう愛媛にも実は冬支度を急ぐ地域があります。
久万高原町という町で、標高800mに位置します。四国の軽井沢と呼ばれていて、山々は楓やななかまどの紅葉が目に鮮やかです。
その久万高原町から、先日便りが届きました。
当社のお客様からです。「久万は、今冬篭り準備で大忙し、平地で不要になった木材があれば送って欲しい」との便りです。
冬場は暖房にもお風呂にも薪が必需品、街中では木材の切れ端などゴミにしかなりませんが、高原の町では宝物になるのです。

お客様の要望に応えようと、取引先の建築現場に早速手配しました。
不動産屋は何でも屋でもあるのです。どういう声でも、お声を掛けていただけるうちが華です。

最近の中古住宅市場

最近の中古住宅物件売却の、あるシーンをご紹介しましょう。
当初計画した住宅ローンの返済計画が破綻したケースなど、自宅売却の動機は様々です。
そういう事情ですから、住宅を綺麗に保つという難しく、多くの場合、ゴミや家財道具が散乱し、掃除もままならずアパートに移ったと言う状態での売出しになります。

価格を割安に設定して、新聞広告を打ちますと、多くのお客様が現地を案内して欲しいと言うことになります。
そこでの、お客様の反応は、玄関を開けた途端、「ワーー、コレハ・・・・・・」と絶句されるお客様が圧倒的です。家具や食器類、衣類等が散乱した状態で家中に残っているからです。それを見られたお客様の表情は、一様に暗くなり、次に続く言葉が無くなり、最後に「検討して、返事を・・・・」ということになります。

ところで、ここにきて、不動産市場の新たなお客様として、アジアの新興国、途上国のお客様で、日本に在留なさっている方々の存在がクローズアップされるようになりました。
留学中の方や、日本の大学院を卒業なさって、母国と日本の貿易に従事されているなど、実態は様々です。
そういう外国のお客様に、先ほどの中古住宅を案内しますと、反応は一変します
玄関を開けた途端、「イイネー、これ、使えるね」「テイドいいじゃない」と超前向きの反応が特徴です。
そして驚かされるのが、日本人のお客様の場合「どの家具や家財を売主で処分してくれるのか」になりますが、彼らは「どの家具を置いていってくれるのか、出来たら全部おいていってもらえたらありがたい」なのです。

この両極端の反応、日本人のモノに対する価値観をどう捉えたらよいのか、様々に考えさせられる事例ではあります。

なお、その中古住宅はまだ売れていません。
住宅は、残された家具類だけでも決まらないのですね。
頭を抱えているトホホの私です。

ワタシは誰?

先々週の我が家の風景。
仕事が終わり家に帰ると、妻が随分息巻いていました。
「ネーネー、聞いてよ。今日、銀行に普通預金の印鑑変更に行ったらネ、ワタシがワタシであることの証明がないと出来ないって言うの」「顔写真がある運転免許証とかパスポートとか。どちらも持っていないワタシは、どうやって自分が自分である証明ができるの?」っと、憤慨の様子。
「そうよなー、最近本人確認が必要って言われてるからなー」と、ややヒトゴトの感想を言ったのはワタシ。

さて、先週の水曜日に公証人役場で公正証書を作成しました。
ご承知のように借地借家法第23条第2項に定める事業用借地権設定契約の必須要件として公正証書が必要ですから、私たちにとっては日常茶飯事のことです。
そこでも、当然のごとく本人確認が求められます。当日は、全ての当事者本人が出向いていましたので、公証人は3人の運転免許証をコピーして本人確認は簡単に終わったのです。

ところで、今年10月31日の高松高裁で、「遺言は偽者、公正証書‘替玉‘が作成」という判決が出されて話題を呼んだことは記憶に新しいことです。
印鑑証明書と実印で本人確認をしていたことが有効とは認められなかったのです。
それに替わって顔写真付きの運転免許証による本人確認は誤認が少ないので、今後は更に有効な確認方法として求められることでしょう。
ただ、外国では運転免許証の更新制度がない国のほうが多いので、日本らしい本人確認制度とも言えますね。

そこで昨夜の我が家。夫婦で一緒に写した写真を探しました。
なんと子供がまだ小学生の頃に写した写真しかないのです。
そこに写されていた妻の顔・・・・・「若くてキレイ・・・」思わず今の妻の顔をしみじみ見つめたました。「・・・・」、無言のワタシ。そして若い妻の横に写っている青年の顔。
「オマエ、オレに内緒で付き合っていたカレがいたの???」って妻に聞いたのです。

「何言ってるの、それアンタじゃない」とは妻の言葉。
「エーーーーー!!??、じゃあ、毎日鏡を見てひげを剃っている出勤しているイマのワタシは・・・・一体誰?」
と絶句したのは トホホのワタシ。ヒトゴトでは・・・・・。

邂逅(かいこう)

先月、業界団体が主催する講演会に参加しました。
印象に残ったのは、業界団体の顧問弁護士をされている弁護士のお話しでした。
その弁護士は、高校時代は不登校で荒れた生活をしていたそうです。
大学進学も考えず、アルバイトをしながら「養老の滝」という居酒屋で毎晩欠かさず酒を飲む暮らしだったそうです。

その「養老の滝」で出会った、ある初老の人との出会いが「邂逅」(かいこう)だったと言うのです。
邂逅とは、その人の運命を変えるほどの出会いという意味です。
身分も名前も知らないままに3年間一緒に飲んだそうです。そして3年目が過ぎたある晩、何時ものように飲みながら「お前は大学に行って勉強しろ」といい、大学の入学願書を差し出したといいます。
「お前には見どころがある、才能もある、それを無駄にするな」と言ったそうです。
入試まで余り日が無かったので、無理だと反論したら、「バイトを辞めて勉強に集中しろ」といって半年分の生活費を渡されたと。
その熱意に動かされて勉強をして中央大学の法学部に入学したその夜、その老人は飲み仲間を集めて入学祝をしてくれ、司法試験に挑戦しろと、仲間からもカンパを募り、自分も金を出し4年間の学資をと生活費の面倒の一切を見てくれたのだそうです。
こうして弁護士になった後、どの様なお返しも拒否し続け、今は老人施設に入っているそうです。「この人との出会いが無ければ今の自分はありませんでした」と。
その人との出会いによって、見返りを求めない無私の心を知ったと言うのです。

ここ最近、不況の影響で顧問弁護士契約を解約したいと言う企業や個人が増えているそうです。
そういう話があったときは、「今まで本当にありがとうございました」と心からの感謝の気持ちで顧問契約を解約するというのです。
それは、その人の無私の心との出会いがあったからこそ、とも言います。
顧問料の値下げや解約を申し入れれらた時こそ、感謝の気持ちが素直に出るのだと。私もこういう心境に早くなりたいとの思いを強くもって講演会会場を後にしました。

ところで、先週、当社が仲介を依頼されていたある中古住宅を購入したいと言うお客様に重要事項説明書を説明し、十分に納得していただき、いよいよ今週契約と言うところまでこぎつけました。
長い間売れなかった物件で、ヤレヤレという心境ですよ。ところが一昨日になって、急に迷っているとの電話があり、更に売値をまけて欲しいと言うのです。
「エーー、ソレハナイヨナー・・・、大幅値下げの要求に応えて指値を受け入れての値段だったのに・・・」
つい愚痴も言いたくなる心境です。
アアア、断られたときこそ感謝のココロか・・・・と。

中々無私の心境になりきれないトホホのワタシです。

久々のゴルフ

一昨日の土曜日は一年ぶりのゴルフでした。
ゴルフから遠ざかること1年、どうしても断ることができないメンバーからの誘いで、久々にクラブを握り、これを最後にゴルフは辞めようとの思いを定めてのコンペ参加でした。

ところで、ゴフルの起源は諸説あるようですが、スコットランドの羊飼いが先の曲がった杖で小石や羊の糞を打ち、ウサギの巣穴に入れて遊んでいたのが始まりだとか。
15世紀にはもう一般的なスポーツとなり、イギリスのルールブックに「バンカー」などのゴルフ用語やルールが記録されたのは1812年だと言いますから、古いスポーツなんですね。
そのころの日本と言えば、8代将軍、足利義政の時代で、後に戦国時代のきっかけとなった応仁の乱の時代ですから、隔世の感もひとしおです。

さて、土曜日のゴルフですが、スタート直前まで降り続いていた雨もあがり、絶好のゴルフ日和となりました。
これが最後のゴルフと心に決めての参加でしたが、あたたかい友人の励ましもあり、ゴルフセットは捨てないで取っておくことに決めました。
ちなみにスコアですが、私として、「77」は上出来です。
もちろんハーフでのスコアですが。

チキンレース

標高約1,070mのカイバル峠は、古来より中央アジア、アフガニスタンのジャララバードと南アジア、パキスタンのペシャワールをつなぐアジアハイウェイ1号の交通の要衝です。
現在はアフガン紛争の影響で、少数部族が支配する、一種の無法地帯と化していますが、今もなお国際バスや荷物を満載したトラックが毎日国境を越えて、行き来しています。
そして、彼らのバス・トラックの飾りつけの、マア派手なこと。
一時日本でも「トラック野郎」が大流行したことがありますが、カイバル峠を越える彼らの常軌を逸したとも言うべき電飾を凝らしたバス・トラックを前にしたら、「ゴメンナサイ」と尻尾を巻いて逃げ出さざるを得ない程です。

さて、彼らのド派手な電飾以外のもう一つの特徴は、街道をお互いがすれ違うときに発揮されます。
元々道幅が狭いので、すれ違うときは一方が路肩に車体を避けなければ正面衝突なのです。
そういう狭い街道を彼らは時速120キロ以上でぶっ飛ばします。そして、正面にすれ違う車を見つけるや、決して自分から避けようとはせず、正面衝突寸前まで真っ直ぐに突っ込んでいくのです。
そうです、正にこれが「チキンレース」。正面衝突の恐怖に駆られたほうが、衝突の一瞬手前で相手を避けて路肩に寄ります。
これはほとんど例外のない毎日見られる光景です。弱気を出したほうが負けという世界です。

ところで、昨日、当社がお預りしている中古住宅の売買契約が出来ました。
長い間売れなくて苦戦していた物件です。接道にやや問題があり、世間相場の半値以下に設定して売出ししていましたが、やはり接道がネックとなって中々お客様がつかなかった物件です。
そういう状況の中で、半値以下の価格の更に下をいく価格で指値(さしね)してきたお客様がいました。ここが潮時と判断し、売主様他の関係者を説得し、その指値を受け入れての契約です。

ところが、その契約の場がまさか「チキンレース」の場と化すとは想像もしておりませんでした。
契約の場で、その買手は
「さて、この指値から幾ら負けてくれるの?」と言うのです。
「エーーー?言うとおりの指値で関係者を説得したのに・・・・」と、唖然とするのはワタシ。
「でも、もうこの物件は私しか買わないでしょう」と胸を張るお客様。
「じゃあ、幾らなら買うのですか?」と畳み掛けるワタシ。
「0万円引いてくれたら買う」
「分りました、この場で手付けの現金を積んで、今すぐ契約するなら」とはワタシ。
するとそのお客様は、持っていたハンドバックからおもむろに現金を取り出し、机に積んだのです。
契約成立の瞬間です。

はてさて、この「チキンレース」の勝敗は?
やはり女性軍には圧倒的に弱い、トホホのワタシの負けなんでしょうか。

スイカ

私がこの業界に入った頃です。
その頃当社はある大規模な開発にからむ計画にタッチしていました。
多数の地権者の方々の家を廻って、地域の大規模な開発計画への賛同と、賃貸契約の同意を1戸、また1戸と問い歩いていたのです。
地権者のほぼ全員の承諾書をいただけるまでになりました。
その間、2年の歳月を要しましたが。しかし、どうしても承諾をいただけない地権者が一人だけ残っていたのです。
開発計画地域のほぼ中央に位置する、Yさんです。
春になって菜の花の黄色が目に鮮やかな季節の中を、毎日Yさんの家を訪ねました。

当初は「アンタは用事があるかも知れんが、コッチには用事などない」の一点張り。
門前払いです。半年の時間が経過し、真夏の太陽が照り付けていたある日
Yさんは初めて「ワシはナ、開発なんて大嫌い、この田舎と自然が好きナンヨ」
「金なんて、余計なものはいらんのヨ、今の生活が出来れば、それ以上金があっても何に使う?」とYさんが初めて、自分の意見を言ってくれました。
正論ですよね。反論する余地なんて全くありませんでした。
でも、それ以降も毎日通いました。もう、Yさんを説得しようなどと言う気持ちは失せていました。
ただ、毎日木陰の下で、のんびりとYさんと子供の頃の話や、草花の話をするのが楽しくなっていたのです。
そういう話をする時のYさんの笑顔、いい顔をしてるんです。

そうして、仕事の話など忘れてしまっていた、夏も終わりのある日、「アンタ、スイカ食べるか?」とYさん。
「ワーー、私、スイカ大好物なんです」とはワタシ。
そのスイカの美味しかったこと。その帰り際に
「明日、書類、モットイデヤ。もうエーヤロ、印鑑用意しとくヨ」とYさん。

その帰り道、不思議に「ワーー、ヤッター!」
そういう喝采の気持ちはにはなりませんでしたが、しかしそれでも、全地権者の承諾が得られたという重みを感じながら、その結果を会社に報告したのです。

その時です、「アア、これでワタシもこの業界で生きていけるのかな」という自信めいたものが芽生えたのは。

ところで、その大規模開発の行方はと言いますと、その後色々ありまして、志半ばで計画頓挫に追い込まれました。
Yさんに計画頓挫の報告に行きました。

すると、Yさんは満面に笑みをたたえ「じゅんさん、イチジク食べるか?うちで作ってるんやけど」
そのイチジクを美味しくいただいたトホホのワタシでした。

アナ

松山市道に面した角地の農地を、当社で預かっています。
道路面より2mほど落ち込んでいる農地です。その農地と市道との間には水路が通っていますが、その水路に水が流れているのは見たことがありませんでした。

その落ち込んだ農地の購入を検討されるお客様が出たのです。
市道の高さまで農地を地上げをしなければ使えません。
そこで、市道と農地の間の水路が生きた水路であれば、農地を地上げするとき、水路との間に擁壁が必要となります。もし、生きていない(水路として途切れていて、農地への給水機能を果たしていない、という意味です)水路であれば、用途を廃止すれば高い擁壁工事は必要なくなります。

そこで、水路探索がワタシの仕事になります。
自分の背丈よりも高い葦を鎌で切り開きながら水路面に下りました。
するとその水路は、交差する市道の地下を潜って、トンネル状態に伸びていたのです。
トンネルの中は暗くて様子がよく分りません。
デジカメを右手に、左手には鎌を持って、トンネルの穴の中に入っていきました。
背を屈めれば何とか前に進めます。デジカメのフラッシュを懐中電灯代わりに、穴の奥に。
「アッ・・・顔にかかったのはナンダ??」
「くもの巣、カー・・・」
「アッ・・・背中にアマダレが・・・クソー」
などと独り言を呻きながら前に進みます。
トンネルがやや曲がっているので先が見通せなかったのです。
市道の地下の中間点を過ぎた辺りで、前が見通せました。
「アアアア、コリャア生きてる・・・・」とはワタシ。
そうです、市道の地下には更に立派な水路が脈々と流れていて、その水路は、その大きな地下水路につながっていたのです。
擁壁工事代が頭によぎります。
アナの中で頭を抱えました。「アアアア・・・、売れないダロウナ・・・・」っと。
毎日通っている普通の市道の地下にこんなに立派な水路が通っているだなんて、想像もしていませんでした。

以前にビルの売買で失敗したことを思い出しました。
大きな商業ビルに買い手が付いて、契約寸前までいったのです。
買手は融資を受けようと銀行に借入を申し込みました。すると、銀行から融資出来ないという返事。
「え?なんで??」とはワタシと買手。
その理由が、そのビルは容積率オーバーの違法建築だと。絶句しました。
謄本で建物面積を電卓で合計すれば直ぐに分ること。
それを銀行に指摘されるまで気がつかなかったとは、不動産業者の基本以前の問題で・・・・。

その時つくづく思いました。
「アナがあったら入りたい」と。
そして、「こういう運命ヤッタンヤー・・・・」
とアナの中でたたずむ、トホホのワタシでした。

嫁入り支度

因幡晃がアカペラで歌った「秋田長持歌」は、私の心の中に何時も生き続けています。
娘を嫁に出すときの男親(オヤ)の心持を、嬉ながらも切なく歌います。「蝶よナーハーエ、花よとナーハーヨ、育てた娘ナーハーエ・・・・・」

私が扱った中古住宅の売却での話しです。人気のある住宅地で売り物件があるというので見せていただきました。
その物件を見て、言葉を失ったのです。
普通、中古住宅物件は、どうしても、今まで住んでいた人の生活の匂い(生活の跡)を感じます。
先ず、水周り(台所や風呂場)が痛んでいることが多いですし、家具や家財の一部が残されていることも往々にしてあります。
しかし、その家は違っていました。屋根や外壁は拭き付けがなされており、台所のシステムキッチンも風呂場のジェットバスとテレビ付き浴槽も新品です。
当然畳や襖も張替えが終わっていました。中古住宅の販売業者が物件を買取り、改装して商品に仕上げたと言うのではないのです。

思わず、売主に聞きました。「なぜ、ここまで完璧に綺麗に磨き上げたのですか?改装にお金を掛けたからと言って、その改装費がそのまま売却価格に上乗せして売れるという保証はありませんよ」と。
すると、その売主は「長い間一緒に暮らしてきた大切な娘を嫁にやるときに、化粧させ、花嫁衣裳を身にまとわせ、そして長持ちに嫁入り道具を一杯にして送り出してやりたい、そう思わない親がありますか?」と。

その中古住宅は、売主の心意気に感動した買主に、「いい嫁と出会えました、ありがとうございます」の感謝の言葉ともに買取られました。

「ソーーカー、私たち不動産業者は、ナコード役なんだ・・・・」とはワタシ。

長持歌は、こう歌い終えます。
「今度ナーハーヨ、あなたにナーハーヨ、揃えてくれてやるナーハーエ」
ワタシのムスメはまだ嫁にやりません。

オープンハウス

先週の土日にオープンハウスをしました。
オープンハウスというのは、中古住宅の内部を公開して、販売に結び付けようという企画です。
あるフリーペーパーに告知広告を行い、2つの物件を同時に行ったのです。広告を出したフリーペーパーには、その週末三連休中、同業者が13ヶ所でオープンハウスを実施することになっていました。
他のフリーペーパーや新聞、更には折込広告等にも多くの広告が。松山市内で一体何ヶ所でオープンハウスが行われたのでしょう。

さて、その結果は、同僚が担当したD物件は2日間で6組のお客様を迎え、その内1組は改装工事の見積にまで話しが進んだほか、2日連続、ご家族総出で見学に来られたとか。希望が膨らむ成果です。
それに比べるとトホホのワタシが担当したK物件は2日間で1人の来場者。
前回のオープンハウスは2日間で来場者が0であったことを考えれば、かろうじて面目を施すことが出来たというべきか。
来場者が少ないと、1日の時間を持て余します。
ただひたすら、来店者を待っていますと、郵便配達の音に反応しガッカリ、近所の方の散歩の気配に腰を浮かせ、走り抜ける車のテールランプを目線で追っかけ、そしてションボリ・・・。
一人のお客様との出会いを待つ、その待つ身の辛いことと言ったら、モウ。オープンハウスの成果は、いい後日談として、またご報告できるでしょう。

そうした2日間の中で、唯一の来場者に心を込めてご案内した時間帯を除いて、退屈な時間帯を賑わせてくれたのが同僚社員の車の鍵閉じ込め騒動。
突然の電話で「アノー、車で直ぐ近くまで来てるんです」とは同僚。
お茶を買おうと車を離れ、帰ってきたら車の鍵は社内に。そう、閉じ込め・・・・だとか。
「合鍵がどこにあるか知りませんカー???」「エーーー??どこにあるんだろう???・・」とはワタシ。
結局、社長まで巻き込んでの大騒動に・・・。

マア、退屈しのぎにはなりました。実際には鍵閉じ込めなどではなく、退屈を紛らわせたいという、優しい企みだったという見方も・・・・・・。
アアア、ヤサシイココロヅカイ・・単純にお茶での激励の方が嬉しかったカモ、とはトホホのワタシです。

2009年11月24日という日

昨夜地元テレビを見ていたら、四国で過去最大の倒産・・・・というテロップが流れていました。
会社更生法の申請をして、事実上の倒産をしたという。
とっさに、様々な影響を考えました。全国最大手のマンション業者ですから、地元不動産業者も、直接的影響の有無はともかく、間接的な影響なしとは言えません。

ところで、会社更生法と民事再生法の違いはと言いますと、いずれも、会社の再建を目指すと言う点では目的は同じですが、再生の方法が違います。
まず、会社更生法では経営陣は責任を取って退陣して、裁判所が選任する管財人が経営権などを持つのが原則ですし、担保権の実行が制約されます。
それに対して、民事再生法は、原則として経営陣の退陣は必要ありませんし、債権者による債権回収など担保権の実行に、原則として制限はありませんません。手続も、早くて簡略です。
企業の再生目指して苦闘している会社は多いことです。長崎のハウステンボスも再生の方向でもがいています。
会社更生法を申請したわけではありませんが、ナショナルフラッグ(その国を代表するといわれる航空会社)と言われた日本航空も同様です。
ロシアでは、プーチン首相肝いりのロシア最大の自動車会社であるアフトワズしかりです。
再生計画の多くは裁判所に認められて再生を目指しますが、その会社が再生を果たせるかどうかは、その会社が地域社会や取引先等から本当に必要とされているかどうかにかかると言っていいでしょう。

さて、四国最大の倒産劇は、実は10月頃から代表取締役が自分以外の役員全員を解任したとか、その後にそれを撤回したとかの内紛劇が新聞等で報道されていました。
その時に、自分の仕事や周りのお客様に関係ある事案として、正面から捉えれおかなければならなかったのでが、それを読んでいたときは、全くの一般読者としか見ていなかったのです。

とまれ、2009年11月24日は、四国経済史に記録される日となりました。
そういう大事件を、数々の兆候がありながら見逃してきて、テレビ報道でやっと気がつくとは。
アア・・・まだ一流のプロにはなり切れていない、トホホのワタシです。

時効

11月25日に県内で15年前に起こった殺人事件の時効が成立しました。
被害者の心境を考えると、殺人事件に時効制度は馴染まない、という世論は当然のことではないでしょうか。
被害者は亡くなり、その犯人に逃げ得があるというのは、被害者の家族にとってみればやりきれない思いでしょう。
アメリカには、殺人罪に時効制度はありません。

さて、ワレワレ不動産業界も、実は時効制度とは縁が深いのです。
民法162条1項には、他人の物を20年間平穏公然と所有者のように占有し続けると、その所有権を取得するとあります。
他人の土地に家を建てて20年間住んでいて、その間に真の所有者から「その土地は自分のものだから立ち退け」との権利の主張がなされなかった場合は、「権利の上に眠る者に権利の主張はできない」という趣旨の「取得時効」が成立するのです。
「そんなことが実際に???」と思われるでしょうが、この業界に入ってみると実際にあるのです。
今月売買契約し売却することになった土地は、取得時効によって取得した土地なのです。

同じ時効の制度で、殺人は15年逃げれば無罪になり、平穏公然と占有していても動産・不動産を問わず、その取得時効には20年かかるというのは、単純な比較は意味が無いことかも知れませんが、割り切れないものが残ります。

ところで、絶対必要な時効もありますよね、それは夫婦の間に発生したモンダイの時効です。
「○年前の××は、○年経てば時効にしてほしいデス」、とはトホホのワタシです。

古墳

当社から歩いて15分くらいの所に「樽味四反地遺跡」があります。
この遺跡からは、今から約1,700年前の、古墳時代初頭の大型建築物の遺構が2棟発見されています。
建物は総柱で床束式の高床構造と考えられ、梁行6間、桁行6間の方形の平面形態で、床面積は160㎡を超えると言われています。

邪馬台国九州説の中心施設と目されている佐賀県の「吉野ケ里遺跡」は156㎡と言われていますから、その規模の壮大さに驚かされます。
また、先日奈良県では、纒向(まきむく)遺跡で見つかった3世紀最大級の大型建物が卑弥呼の宮殿だった可能性が出てきたと、邪馬台国畿内説の人々の心を振るわせた事は記憶に新しいことです。

九州地区でもなく、畿内地区でもない、この松山の里に、全国でも有数の規模の建物が規則正しく配置され建っていたとは、古代ロマンの夢を掻き立てさせられます。
石手川沿いの丘陵に点在する竪穴式住居、そこに暮らす古代の人々は、この季節、冬を越すための準備に大忙しの毎日を送っていたのでしょうか。
それらの竪穴式住居の中心地に方形(四角)の高床式建物が、「居館」・「祭殿」・「倉庫」と整然と立ち並ぶ様は壮観です。
会社を一歩出れば、古代の人々に出会えるのではないかと錯覚する程、目と鼻の先にそれらはあったのです。

ところで、この「樽味四反地遺跡」に土地を持っているお客様から、埋蔵物発掘調査依頼が教育委員会からきているが、拒絶できないかという相談を受けています。
民法では、土地の所有権はその上下に及ぶとされています。また「大深度地下利用法」で地下40mまでは地上の所有権が及ぶことになっていますから、それらの埋蔵物が埋まっている深さの土地は所有者のものです。
発掘調査の協力依頼を断れなくはないのです。

古代のロマンと個人の所有権との間で、「何てアドバイスしようかーー??」と悩む、トホホのワタシです。

拍手で見送り

その話を聞いたのは、気の早い桜が花を付け始める頃でした。
車のオーディオ製品を取り付ける仕事をしているお客様が、手狭になった賃貸の工場兼営業店を移転するために土地を探しておられるとか。
お店兼工場を尋ねました。そうしますと、倉庫のような工場にズラっと並んだ、ベンツ・BMB等、超高級外車。その中からつなぎを着た若者が顔を出しました。
顎鬚を蓄えたカッコイイご主人です。話をお伺いすると、超高級車(外車のほうが多いとか)にオリジナルのオーディオ製品を取り付ける仕事をしていて、1台で100万円から200万円の着装工事をしていると。
しかも、全ての車がオーダーメイドでの取り付けだといいます。
そこでしか着装できない製品が多いので、高速道路を駆って四国は勿論、関西・中国・九州から、インターネットで予約を受け付け、順番を待ってもらっての仕事なんだそうです。タマゲました。世の中にはこういう世界もあるのですね。

それから、適地を探して道路沿いを歩きました。
それはもう徹底的に歩きつめました。予算もあるし、取引金融機関の融資も受けなければなりません。
出店条件は厳しく、ピンポイントで責めなければ見つかりませんでした。
幸いなことに、最適な物件とその持主様に出会え、売買契約をしたのが、探し始めてから半年後。

そして、いよいよ昨日27日、物件売買引渡しを終えました。
途中でハラハラドキドキ、胃の痛くなるような紆余曲折の結果の引渡しですから、感無量でした。
若い店主夫婦の、自社物件での大きな飛躍を祈って拍手での物件引渡しです。

来年春、桜の花が咲き始める頃に店舗兼工場は完成します。
皆さん、その種の御用の節は、以下のホームページをお尋ね下さい。
彼ら気鋭の若夫婦のホームページです。ご主人のブログもずっと充実して楽しいですよ。
http://www.soundcarpenter.jp/index.html
サウンドカーペンターで検索すれば真っ先に。

ケツイ

明日からはもう師走ですね。
この時期はいろいろな意味の総決算が語られます。
スポーツ界でも、1年の締めくくり結果が多く出てくる時期です。
昨日、大相撲では白鳳が年間最多勝を更新して全勝優勝を飾りました。
女子ゴルフ界ではさくらチャンが逆転の賞金女王に、男子ゴルフ界でも遼クンが最年少賞金王に大手をかけました。
プロボクシングの亀田選手は勝つことに徹して、始終冷静に戦い、2階級制覇を成し遂げました。

こういう人々を賑わす記録だけではなく、人生をしみじみ思わせてくれる記録もありました。
大相撲で歴代ワーストの38場所連続負け越し中だった、序の口16枚目の森麗(モリウララ)が、39場所振りに4勝3負の勝ち越しを決めた記事が、朝日新聞に小さく載っていました。
場所前、113連敗で知られる競馬のハルウララに似たしこ名に改名していたんだそうです。ハルウララは遂に1回も勝てませんでしたが、森麗(モリウララ)は初めて勝ち越せたのです。

さて、ワレワレ営業の者も、年末を迎えると、今年の営業成績が気になります。
目標を立てて挑んだ結果が、嬉しくも、いや残酷も数字で表わされます。
その結果によっては背水の陣を敷く人も出てくるでしょう、今年の反省点を冷静に見つめ、遣り残した仕事の詰めを急ぐ人もいるでしょう。

少なくとも、「努力不足!」などという声が飛ばないよう、気を引き締めて
ナ ド ト 、ケツイを固める、トホホのワタシではあります。
プロフィール

じゅん

Author:じゅん
愛媛の松山から、「愛媛グルメ紀行」や「愛媛の歴史」など、幅広いテーマで情報発信しています。日曜日を除く毎日更新。画像も豊富。
長いサラリーマン生活に終止符を打ち、還暦をとうに過ぎた2014.12.1に起業して社長になりました。

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