「600」その1

向田邦子さんのエッセイ集「女の人差し指」で
「大きなバックを持って、一切合財抱え込んで歩く人は”長女”が多い」という一文を読んだことがあります。

この話で思い出すのは、当社で「レンコンおばさん」と呼んでいる事案のことです。
今治市で飲食店を出店したいというお客様から、出店希望地を指定してもらって6人の地主様に土地賃貸の交渉に当たることになりました。
何名かの地主様に当たったって話を聞いてみると、「6名の地主に中で、絶対に話がまとまらない地主がいる、今まで何度もいろんな業者が来て、賃貸の話を持ちかけたが、全てその地主のところで話がまとまらず諦めてきた」という。

問題の地主さんは2人姉妹で、互いに二分の一ずつの持分を持っています。

妹さんは地元に住んでいて、お姉さんは大阪。
妹さんに会って話を聞くと、お姉さんとは大変仲が悪い、お姉さんの我の強さにホトホト困っているという話でした。
大阪のお姉さんからの連日の長電話でノイローゼになっているという。

大阪のお姉さんに早速電話して賃貸をお願いしました。
ここから、延々と「レンコンおばさん」とワタシとの葛藤が始まったのです。
対象となっている土地は、レンコン畑で、その地の名産として名高いことからそういう名前が当社でつきました。

次回はその「レンコンおばさん」との交渉経過です。
賃貸交渉の依頼をもらった時、この交渉が“想像を絶する”交渉になろうとは思いもしませんでした。
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「600」その2

昨日の続きです。

大阪のお姉さんに電話しますと、「自分は子供のときから妹の自分勝手に長い間悩まされ続け、心に深い傷を負っている」
「賃貸するかどうかは、この心の傷が癒えないかぎり結論がでません」という返事。

ここからです、お姉さんの心の傷を癒すための、延々とした電話での会話が始まったのは。
お姉さんは、その日以来毎日のように私の携帯に電話をかけてくるようになりました。
日曜日であれ、深夜であれ。

お姉さんの電話はワンギリ、こちらから掛けなおすというルールでした。
一度の電話で、1時間から2時間は話を聞かされます。

「あのネ、蜜柑を1個、親から2人にもらうと、妹は子供のときから必ず半分に分けた分の大きい方を当然のように選んで、小さいほうを私に渡すノ」
「タルトでもお羊羹でもソー、必ず自分が大きいほう」
「父が病気をしたときでも、私は大阪から費用を掛けて看病に帰るのに、妹はそれが長女の役目とばかりに、私にその役を全て押し付けてくるノ」
「私は妹に謝って欲しいンです、心から」延々と、子供のとき以来のウラミツラミが続きます。

妹さんの言い分はこれとは全く逆。
当事者以外は理解の出来ようはずがない問題ですから、半世紀以上に渡って積もりに積もった恨み=心の傷をワタシはただひたすら聞き続けるだけです。
延々と、電話を切らせてもらえない。電話でのやり取りが始まって、もう1年をはるかに超えていました。

本来、明るい性格のはずのワタシまでノイローゼ気味に・・。
明日は、この話の最終回です。

「600」は「600日」のこと

一昨日と昨日の続きです。

ワタシが「それは姉妹の間で話してください。私では事情が分からないから仲裁のしようがありません」
というと「そう言いながら逃げるのでしょう?逃げるのなら賃貸の話はなかったことに」
こう言われると逃げる訳にはいかないのです。

600日の間、ただひたすらお姉さんの心の傷を聞き続けました。
お姉さんの心がほぐれてきたのは、1年をはるかに過ぎ、500日を経過した頃からです。

契約のために大阪に出向いたのはそれから3ヶ月後です。
大阪で初めてお姉さんと顔を合わせました。
その時のお姉さんの晴れやかな笑顔を一生忘れることはないでしょう。
賃貸交渉の依頼を受けた5月6日から数えて、その翌年12月26日、丁度600日目に公正証書の作成までこぎつけたのです。

向田邦子さんのエッセイ集の一文を読んだことで、レンコンおばさんのことが鮮やかに蘇りました。
でも、このロングラン交渉で、“不動産業はカウンセラー”という基礎を学んだように思います。
不動産の仕事は、トコトン人の話を聞くことなんですね。

困難な仕事ほど人を鍛えてくれるといいますが、「レンコンおばさん」に感謝する日々です。

今日、3月3日はひな祭り。姉妹でいがみ合うようになる前の童女の心に戻っていただいたからこそ出来た契約です。
姉妹に晴れ着を着ていただいて、並んで笑顔でひな壇に座っていただきたいですね。

今日的「ローン」問題その1

知っている方は多いと思いますが、「ローン」と名前が付く制度、例えば住宅ローンやマイカーローン等、このローン商品の日本におけるルーツは愛媛の今治です。

話は、明治初期のことですが、今治の周辺はもともと漆器の生産と販売が盛んな地域でした。
その評判は上々。
そこで漆器売りの親方達は考えました。
とても今治周辺だけで売るのはもったいない。九州や関西方面にも行商を考えたのです。
ただし、それができるのは農閑期だけです。
当時の行商は、主に農家のサイドビジネスだったからです。
しかし、限られた時間の中で売り歩くことはリスクも多い。
買い手に持ち金がなければ売れません。そこで生み出されたのが月賦販売だったのです。
これが全国に広まり、今でいうローン販売となったのです。

商品を漆器だけでなく船に応用したのが、来島ドックの坪内さん。
船を月賦販売することなど、当時は誰も発想しなかったのですが、坪内さんは漆器の月賦販売が下敷きにあったのでしょうか、船に月賦販売を導入して愛媛造船業界の基盤を作ったのです。

今では今治は国内最大の造船基地ですし、桜井は漆器が名産品です。

さて、本日のテーマ“ローン問題”の続きは次稿ということに。

今日的「ローン」問題その2

前稿の続きです。

不動産を買うのに、現金での売買はマレです。
個人の場合は住宅ローン、事業資金は金融機関の一般融資を受けて不動産等を購入することになります。
ところが、今、不動産に対する融資が、当業界の最大の問題(ネック)です。

金融機関の融資姿勢が厳しくなっているのです。
景況の悪化を受けて、担保評価はもとより、事業計画に対する見方も冷めた姿勢が見受けられます。
こういう金融機関のスタンスでは、不動産を買って新たな事業を展開したり、個人が住宅を買ったり建てたりすることはできません。

こういう時代だからこそ、金融機関がリスクを取って融資をしないと景気は上向かないことは明らかですよネ。

いよいよ年度末が近くなっています。
ある金融機関本部の2月の営業推進会議。
並み居る支店長達に本部役員の厳しい叱責が続きます。
「営業努力がタリンカラ、今年度の目標が出来ンのダロー!」
「支店長が、率先して営業先を廻れ、融資も預金も目標に届かない恐れがある店舗の支店長に休日などあると思うなー!」

これって、どこかで“見た光景”に似てませン?

営業会議では思いっきりアクセルを踏み続け、「それジャア!」と上げた支店からのローン稟議には“否決”という急ブレーキ。

シーンは違いますが・・・

世間が、ブレーキの効き具合に不具合があるのでは?
と、疑問を呈すると、会社の役員が登場して
「それは、運転者のフィーリングの問題」
と批判をかわす。

これでは“運転者”が余りにもカワイソー過ぎません

「プロF]氏のこと

当社と同じ古参不動産業者で、今までに自宅を商品として10回以上売ってきたのはFさん。

この人の商法は徹底しています。
自宅用に買った住宅は何時でも商品に化けます。
気に入った中古住宅住宅があれば、それに惚れ込んで購入し、その家に住みます。
ところが概ね5年程度で、一番お奨めの中古住宅として売り出すのです。

こういう商法で不動産業を40年以上続けているのですから、それはそれで立派なものです。
不動産を終の棲家(ついのすみか)と考える一般の方とは考え方が基本的に違うのです。
長年住んだ自宅には、様々な思い出が詰まっていますので、できれば一生住みたいと考えるのが普通でしょう。
しかし、不動産はあくまでも商品、売れるタイミングと価格さえ折り合えば、思い出など無用というのがプロのFさん。

一方、買ったその日に“売り物件”の看板を掛けたのは、今までブログに書いてきたHさん。
プロFさんとの違いは、Hさんは売り物件には住まず、借家の家賃を払いながら売れるタイミングを待っています。
一方、プロFさん、無駄な家賃など払いません。
売れるまで商品(=自宅)に住めばいいのです。
ここがプロとアマの大きな差でしょうネ。

このプロFさん、“ワンギリのF”の異名を持つことでも有名です。
携帯電話で相手と話すときでも、必ずワンギリして、相手からの返電を待ちます。

もう一つの異名は“切り貼りのF”。
Fさんが作るユニーク自社物件資料は、新聞の折り込み広告や雑誌、更には同業者の資料を様々に切り抜いて、それを自社資料の白紙土台にベタベタ貼り付ける。
だから、字体や文字の大きさや貼り付けた角度まで、実にマチマチ(バラバラ)。
何度も何度も重ねながら切り張りするので、資料の一部は盛り上がって立体的に見えたりする。

もし、不動産博物館ができたら、真っ先に「切り貼りのF」資料を寄贈したい。

今日は啓蟄

地下にもぐって冬を凌いでいた虫や蛇たちが
春に背伸び


春の暖かさを地中に感じて、地上に顔を覗かせ始めるこの季節
常夜灯と梅


真っ先に虫達を迎えてくれるのが、春の草木でしょう。
お地蔵さんにも春が


今日は、虫達の出迎えの準備にいそしい、春景色をスナップで。
菜の花じゅうたん


「大家さんの苦悩・借家人の不安」その1

給与が下がり続け、住宅ローンの延滞が急増し、競売や任意売却が増えていることはこのブログでも触れました。

延滞は早期発見早期治療で、対応できる場合もあると。
ところが、最近更に増加しているのが「家賃」滞納。
非正規労働者だけでなく、正社員の所得も大幅に目減りしてきていて、家賃が払えなくなっている人が増えているのです。

家賃滞納は、まず3ヶ月になってしまうと追いつくことが事実上難しくなります。
こうなると、大家さん、あるいは賃貸管理業者との間に、「退去して」
「いや、出たら行く先がなくなる」という、悲しい押し問答が続くようになります。
住宅ローンの延滞は、最悪、自宅の売却で解決できる場合がありますが、賃貸住宅にはそういう解決方法がないから余計に悲惨です。
一度入居した賃借人を、家賃不払いを理由に追い出すには、時間も費用もかかることは、大家さんよく知っています。
だから、最近は家賃保証会社に家賃回収を委託して、家賃を延滞した賃借人を追い出すためにドアの鍵を勝手に変えて入居者を締め出すということが、社会問題になっていますね。

さて、明日は、入居希望者と大家さんの今日的心理戦を書きます。
お互いが不安な心理状態に置かれていますので、入居できるか、入居を断るか、ギリギリの攻防となります。

「オルケー?氏」の賃貸物件依頼の続編にもなります。

「大家さんの苦悩・借家人の不安」その2

昨日の続きです。

6年間、徹底して「ナシノツブテ」
何百件の情報提供に、その返事がきたことは唯の一つもなかった「オルケーS?氏」
「借りたい本人が見たいというので鍵の手配、頼むデー」
「ヒェー!」と、ここまでの経過は前回書きました。

さて、S氏紹介のI氏、物件を気に入っていただいた様子。
「あれ、気に入ったというのでケーヤクしてやってヤ」とS氏。
大家さん側の不動産会社から申込書を取り寄せ、必要事項を記入してもらって相手の不動産会社に送りました。

それから2日後です「アノ件ですが・・・」とは、相手の不動産会社。
困惑し切った声で 「書かれた申込書の勤務先を大家さんが、念のため、と思って尋ねたンですよ」
「ええ?それで??」とトホホのワタシ。
「大家さんが言うには、書かれた住所にはそういう会社がない」
「プレハブはあったけど、そこには他の名前の看板があるだけで」
「看板も出していない会社では、大家さんはお断りしたいというンですよ」と不動産会社。

家賃滞納リスクを回避したいというのは大家さんとしては当然の心理。
看板の件をS氏に伝えたところ
「看板は出していないけど、そういう会社はあって仕事もシトンジャー」と、怒り声
「でもネー、大家さんとしてみれば、看板も出していない会社に勤務といえば不安になりますよ」
「ソンナラノー、看板だけ出して、仕事はしていない会社のほうがエエンカイ?」
「イヤイヤ、ソーユー問題では・・」
「あの会社はノー、ワシの会社ヨー、ホジャケン、これくらい心安心な会社はナカローゲ?」と胸を張ったS氏。

「実は、それが一番不安なので・・」とは、声に出せないトホホのワタシ。
さて、この結末は一体どうなりますか?

「サービス」の質

あるビジネスホテルに何度か泊まったことがあります。

初めて宿泊したとき、朝刊サービスの希望を聞かれたので「○○新聞」と答えておいた。
当然、翌朝のドアの隙間から指定した朝刊が入っていました。

驚いたのは二度目に泊まったときです。
今度は朝刊サービスの希望は尋ねられませんでした。
ところが、翌朝のドアの隙間には「○○新聞」がちゃんと差し入れてあった。

前回宿泊して1年以上経過していました。
それからも、1年1回程度宿泊する機会がありましたが、同じ朝刊サービスが続きました。

後で調べると、そのホテルの顧客データベース活用は、ホテル業界でも草分けとして有名とあった。
朝刊サービスのデータベース化だけではなく、全ての苦情もデータベース化されていて、サービスの質の向上に余念がない。
しかし、これは競争が厳しいホテル業界としては当たり前のことでしょう。

ところで、自家製麺で有名な、松山では数少ない東京ラーメンの名店は「闘牛」というラーメン屋さん。

このお店がまだ花園町にあったころ、評判を聞きつけて初めて食べに行きました。
私好みの“アッサリ系醤油ラーメン”です。
出されたラーメン、評判に違わぬ(たがわぬ)美味しさに舌鼓を打ちました。
ただ、スープは全部飲み干しましたが、具材の中のカイワレだけは残しました。
あまり好きではないからです。
その後3度目に食べに行ったときのことです。
出されたラーメンにカイワレが入っていませんでした。
同行した友人のラーメンには入っています。

そうです、そのお店は3度目のワタシの顔と好みをもう覚えていたのです。
名店とはこういうものだと、唸らされました。

さて、このお店の東京ラーメンの味を堪能させたくて、同僚の女性職員3人を誘って食べに行きました。
途中の会話は、ワ・タ・シ・イチオシ東京ラーメンの“アッサリ系醤油味”の話題で盛り上がったのは言うまでもありません。
ワタシは黙って座っても醤油ラーメンが出てきます。
店員さんが3人に「何になさいますか?」と尋ねた。
すると、女性社員、一斉に言った。

「味噌ラーメン!」

「サービス」の質・以前

1月に中古住宅の売買契約、決済予定は2月末の案件。

決済予定日の2月末が過ぎても、銀行の住宅ローン稟議が下ない。
購入者が県内に本店を持つ銀行のローンセンターに申し込んだのは、1月です。

この銀行、信じられないくらい手際が悪い。
次に自分は(銀行は)何をしなければならないか、その為には何を確認し、何を押えておかなければならないか?がこの銀行のローンセンター職員氏にはほとんどイメージできない。

業を煮やしたワタシが、「一体、何時になれば実行できるのですか?」と申し入れた。
すると、ローンセンター職員氏「実行日を決めるためにローンセンターに関係者が集まって打ち合わせしましょう」と。
それが3月5日。
ローンセンターからは主任の2名、および買主(債務者)と改築業者と当社から2名の合計6名。
ローンセンター職員氏、システム手帳をめくり、8日の午前10時にという前提で、関係者一人ひとりに「この日程で大丈夫ですね?」と詰めた。 
参加していない売主や司法書士、それに売主の債権者には、その場から電話で日程確認をし、全員その日時でいいということで散会した。

その翌日6日の午後8時にワタシの携帯にローンセンター職員氏から電話が。
「アノー・・、8日の件ですけど、午前10時には当行で既にローン実行が3件重なっていたことが分かったンデス。それで実行日を9日に延ばすか、8日なら時刻を正午にずらして下さい」とローン職員氏。
「エッ?チョット待ってください」とはトホホのワタシ。

「8日午前10時で全員了解という段取りはアナタがされたのですよ」
「関係者一人ひとりに確認して、テチョーに書いたのはアナタでしょ?それを、日程調整した当人の日程確認だけができていなかった?今更そんなことがツーヨーすると思うの?」
「イヤー、ローン実行が重なったので部屋がないンですよ」とは平然としたローン職員氏。
「ローンセンターから徒歩1分のところにアナタの銀行本店があるでしょう?銀行本店に、取引に使えない部屋が他にない?」
「・・・・・」
「銀行だったら何を言ってもツーヨーする?まだそんな感覚なの?」
「あの銀行はせいぜいソノ程度ヨ、と更にアナタの銀行の評価を下げてもイイノ?」
アッ!アノー・・・上司と相談して・・再度連絡します」 

これは、もうサービスの質を論じる以前の問題でしょう。
昨日ブログに書いた「街のラーメン屋」ですら、サービスに磨きを掛けているというのに。

なお、ローン実行は、結局予定通り8日の午前10時となりました。

1件の「ローン実行オペレーション」に実に2時間かかりましたが。

「春はすぐそこ」

今日、物件を見に行く途中に見た光景です。

「緋桜」はもう満開
   「緋桜」はもう満開でした。「アンタラー、もう春ヤケンンネー」と 教えてくれました。

「少子化対策」

昨日、県が行っている「少子化対策事業」の一環として、企業訪問事業を請け負っている法人会の担当者が来店された。

さて、法人会の担当氏、「少子化社会に陥った原因は?」とか「少子化が与える社会への影響は?」などと、大問題についてのヒアリングから始まった。
「うーーん、原因ユーテモ・・?」「社会に対して影響は、そりゃあるでしょう・・・?」とはなはだ議論が盛り上がらない。

「じゃあ、御社は子育て支援としてどういう取り組みを?」
「当社職員の平均年齢をご存知で?」
「エッ!」といいながら社内を見回した。
「ア・・・・そうですネ・・」と、やっと平均年齢の高さに気が付いた様子。

「じゃあ、基礎的な質問を」と担当氏。「従業員数は?それを男女別に」
「8人です。内女性が3人」
「その内、独身者は何人?」
「独身者はいません」

「じゃあ、最後に愛媛県が行っている”婚活事業”について説明します」と担当氏。
「”婚活事業”のホームページには月間36,000回以上のアクセスがあって、登録会員も8,000名を越しました。大変盛況です。1ヶ月に20回以上婚活イベントを行っていますが、参加希望者が多くて、抽選です」
と、ここまで話が進んだところで、社内の一部が急に盛り上がった。

「エーー、ウソーー^^^

ここで重要なことに気が付いたのはトホホのワタシ。

「アッ!先ほどの独身者の数、マチガッテイマシタ」
「当社には、一人独身者がいました
「ソーヨ、失礼ね」と「エーー、ウソーー^^^」嬢から野次が飛んだ。

でも・・・「少子化対策には協力できないかも・・・」とトーンが落ちた。

「恐竜」出現

何と、田園地に「恐竜」が!

恐竜
 何時の間に逃げ出したのか?裏庭で檻に入れて飼っていた恐竜が逃げ出してしまった

松山が「ブルッ」た日

もう春が来たと思っていた3月10日。松山にも大雪が。

春の雪だるま
重信川の川原には雪だるま。春霞の向こうは石鎚山。
雪の山郷
雪の山里。すぐこの近くに12/25「詐欺師達」に書いた「延滞村」の谷間があります。
雪崩
砂利石を積み上げた小山に雪崩が。まるでタイガースになってました。
雪の重信川
重信川が春を待っています「サブーー!春ヨ、ハヨーキテヤー」って。

「食文化」あれこれ、その1

今日と明日は食文化の話。

中国人やフランス人は鳩を食べますが、日本人はあまり食べません。
アグネスチャンさんが初来日し、東京の浅草寺をお参りした時の話です。
浅草寺境内の鳩が、参詣者から餌をもらっている。
その光景を見たアグネスチャンさん「日本人はあんなに美味しい鳩をなぜ捕まえて食べない?」と。

日本人は馬を「桜肉」と称して食べる(特に熊本県と長野県)けど、お隣の韓国はさすが騎馬民族の後裔、仲間同様の馬を食べるなんてとんでもないと、眉をひそめる
逆に韓国は(中国も)犬を滋養食として好んで食べるけど、日本人はそうはいかない。
我が家の近所のおばあさんなど、この季節、愛犬にセーターを着せて、その愛犬を大切そうに抱いて「○○チャン、お散歩しようね^^」などと言いながら嬉々として散歩に勤(いそ)しんでいる。
そのおばあさんに犬を食べる話などすると、卒倒するに違いない
タコやイカもスペインとポルトガルを除いて、あれは「悪魔の食べ物」といって忌み嫌う。
海鼠(なまこ)の内臓だって、日本では「クチコ」と言って最高級珍味ですが、外国では海鼠を見ただけで退く。

イスラム教徒は豚肉を食べませんが、イスラム以外の国では丸焼きにして食べる。

この様に、食べ物に関して言っても国や地域によって歴史や嗜好は随分と様々です。

以下、食文化の今日的話題については明日。

「鷺」に出会いました

今日、歩いていたら川の堤で「鷺」を見かけました。「鷺」
 「サギ君、それは餌じゃないよー」と呼びかけると、「腹が減ってナー、これを何かに利用できンか?
  考えトルンヨー」と返事があった。
 「そんなモン、ツコーテ、サギ したらイカンヨ!」と忠告しておきました。

「食文化」あれこれ、その2

昨日の続きです。

食文化には、その国と地域の長い歴史があり、それぞれ異なって当たり前。
それを自分の文化・価値観で他の食文化を批判するのは見当違いというもの。

日本の捕鯨に関して、海外で“鯨を食べるのは野蛮人”という一方的な価値観を強要し日本を非難する国や団体がいる。
手前勝手というか狭量(きょうりょう=心がせまい)というだけでなく、「シー・シェパード」に至っては日本の調査捕鯨船を暴力的に妨害する。
「シー・ナントカ」の船長の一人が逮捕されたが、遅きに失する。

ワタシの個人的見解では、「エコテロ」といわれる「シー・ナントカ」には人種差別の匂いがする。

今年の第82回米アカデミー賞の長編ドキュメンタリー部門でオスカーを射止めたのは愛知県太地町のイルカ漁を批判した「ザ・コーヴ(入り江)」。
岩に似せて設置されたカメラでイルカ漁を隠し撮りし、ことさらイルカ漁の残忍さをうったえた。

でも、アメリカでもオーストラリアでも、1ヶ月から1歳未満の子羊を「ラム」といって、その柔らかい肉質を絶賛するではないか。
特に、生後4週間から6週間の乳離れしていない子羊の肉を“ミルクフェッドラム”といって珍重する。

イルカ漁を残忍といって、乳離れしていない子羊の丸焼き料理を残忍ではないと強弁する。
詭弁(きべん=屁理屈)に過ぎない。

単なる食文化の違いに過ぎないではないか。

絶対的な“ゴッド”(神)がいる一神教の国々と、八百万(やおよろず)の文物に神が宿ると考える多神教の日本。
どちらかが絶対的優位で、優位なものが劣後するものを批判し指導するというのは、思い上がり以外の何者でもない。

「エコテロ」の「シー・ナントカ」は、派手に日本を攻撃すればする程、白人社会から寄付が集まる。「エコ」の名を借りた「ゆすり・たかり」集団で、日本攻撃は正に彼らの商売に過ぎない。彼らに”いかがわしさ”を感じるのはワタシだけだろうか?

ところで、今夜の食卓は久しぶりに「鯨の竜田揚げ」とするか。コレガ、実に懐かしい味なンです。

「リキミ」すぎると

事を前にして、つい力んでしまう方へ
力むと
 余り「力み」すぎると、こうナッチャイますよ。お気をつけ下さい。

「待つ身が辛いか?」

「待つ身が辛いか?待たせる身が辛いか?」

社長がお客様との約束の時刻に1時間半送れて着いた。

待たされた方は当然イライラしている
この時、社長は言った。

「ヨーク考えてみて下さい」
「あなたは待たされた」
「私は待たせた」

「ところで、待たせた私は、その間 “アー待たせてしまって申し訳ない” と身も心もよじれるくらい辛い気持ちだったンですよ」
「いっそのこと、交通事故で死んでしまったほうが申し訳が立つ、と、そこまで思い詰めて運転してきたのですよ」

「大汗をかき、冷や汗を垂らし、胃がチリチリ痛みながらここに駆けつけた」
「待たせた私は駐車場からここまで走ってきて、汗ビッショリ」
「ところがアナタは冷房の効いた部屋で汗ひとつかかず、新聞をじっくり読めた」

「どちらが辛い思いをしたと思うのですか?」と、こう相手に訊ねた。

待たされた相手は、ちょっと考えて

「イヤ、スマナンダ」と謝った。

「愛媛」の初春は「夏みかん」

愛媛では、桜の咲くころに「夏みかん」がたわわに実をつけています。
夏みかん
  でも、味が酸っぱくて、既に市場から姿を消していました。
  ですから、愛媛では、夏みかんは木に実を付けたまま、桜が散るころまで色づいています。
  愛媛では、懐かしい初春の風物詩です。

「反省」

以前の話ですが、当社で一泊二日の社員旅行に行ったときのことです。

同業者で社長の友人Kさんも参加しました。

例によって、社員一同、地元の美味しいものをたらふく食べて旅館に帰りました。
2人1部屋の部屋割りで、ワタシは社長の友人K氏と同じ部屋に落ち着いた。

ところが、K氏が一向に落ち着いた様子にならない。
理由を聞いてみると、K氏はその時期やや精神的なバランスを崩していて、導眠剤(睡眠薬に近い)がなければ一睡も出来ないという。

たまたま、その導眠剤を切らしてしまったので、今夜は朝まで眠れないのでは。
その不安で心穏やかになれない、そう言うのです。

「Kさん、今の時間では処方してもらえる病院は開いていないから、酒屋にいって酒を買って、二人で大いに飲んで酔いつぶれましょう」と提案したのはトホホのワタシ。

「酒ねー?」と浮かぬ顔のKさん。
それでもすがる思いで、酒を買ってきて、それを飲みながら二人でドンちゃん騒ぎ。
ワタシはそのままぶっ倒れるように爆睡したことは言うまでもない。  


翌朝、二日酔いの不快な寝覚めの中で「Kさん、昨夜はよく眠れたでしょう?」と尋ねると。

目を真っ赤に腫らせたKさん、一言。

「あんたの凄い“大いびき”がうるさくて、一睡も出来ナンだ」

 

「雪中花」(せっちゅうか)

日本水仙は、別名「雪中花」と言います。雪の中でも春の訪れを告げるからです。
水仙群
   桜の開花前に盛りを迎えます。今は、道端の「女王」というたたずまい。
   後ろには洋水仙の「黄水仙」が顔を見せています。

「直立不動!」

当社のベテラン社員のB氏が初めて宅建免許をとった頃の話。

宅地建物取引主任者の大きな仕事の一つが、宅建業法35条に定められた「重要事項説明書」を顧客の前で読み上げ説明すること。
顔写真の入った宅建の主任者証を提示し説明することが義務付けられています。

売買契約に当たって、売主・買主の前で説明するのですが、社員B氏、初めての経験なので社長に同席を頼んだ。
売主側にも仲間内ですが別の不動産仲介業者がいて、総勢4名を前にして緊張気味の社員B氏。

そこで社長が、例の“チャメッケ”を出した。
「B君、重要事項説明書の説明は大事なことなので、起立して読み上げナーイカンノゾ!」

その言葉を真に受けた社員B氏、突然立ち上がり直立不動で重要事項説明書の説明を始めた。
仲間内の業者W氏は何事が起こったのか??と目を白黒させながらも、黙って見ていた。

社長はその傍で笑いをかみ殺すことに必死。

最後まで直立不動で説明を終わった社員B氏、大汗をかきながらも何事もなく無事初契約を終えた。

契約を終え、契約会場を出たとき、相手の仲間内の業者W氏が社員B氏に言った。
「Bさん、アンタ、何で起立して重要事項説明書読んだン?」
「ワシャー、おかしくて、笑い声を殺すのに苦労したガー」 

「エー!?シャチョウが・・・」と目線で社長を追いかけた社員B氏。
その社員B氏の視線の先には

肩が笑いで震えながら、急いで会場から遠ざかる社長の後姿が。

毎年、当社の忘年会ではこの話で盛り上がる。

「黄水仙」

昨日の「日本水仙」の横に咲いていた「洋水仙」の代表格の「黄水仙です」
黄水仙縮小2
   水仙の花言葉は「ナルシスト」(自己愛)です。自分に惚れちゃう美しさですね。

「松山」にも田舎が

春を迎えた「松山」市内の田舎風景です。適当に都会で、適当に田舎。いい街です。

田舎のお堂縮小
   日本は八百万の神々の国。はたまた、神仏混交もごく自然です。

お大師さん縮小
   こっちは「交通安全のお大師さん」お大師さんは、讃岐生まれの「弘法大師」(空海)さんです。

お地蔵さん縮小
   最後に可愛い4人の「幸せ地蔵」さんたち。みなの幸せを見守り続けています。

   いずれも、のどかな田舎の風景をご紹介しました。

「ヤキニク」より「娘からのシュクデン」

昨日は、88歳の父に「ヤキニク」を食べさせる日でした。

「瑞宝双光賞」をもらったというので、そのクンショーと賞状を見せてもらった。
賞状の書き出しは、何と「日本国天皇は ○○に瑞宝双光賞を・・・」とあって、「最後に内閣総理大臣鳩山由紀夫 総理大臣印」が。 タマゲタ。

県庁から係りの人と、西予市役所の人と写真係りの3人が、父が入っているグループホームに持ってきた。
グループホームで父を担当していただいている介護士の人の話では、記念写真を撮影する時も、父は笑わず、困ったという。

「ホンデナー、ワタシがカメラの後ろでオドッタガヨー(踊ったンです)。そしたら、センセーナー、やっとワライナハッテ」と南予の方言で。
「その後、娘さん(ワタシの妹)から来た祝電をみなの前で読んでアゲタガヨー」

「そしたらセンセーナー、大きな声で泣キナサッタンヨー。もう、みんなもらい泣きしてナー」

なるほど、父にとっては「クンショーよりヤキニク」そして「ヤキニクより娘からのシュクデン」だったようです。

さて、一昨日、昨日と「オープンハウス」。一昨日はトホホのワタシ。昨日は他の職員。
2日間とも、来場者は0でした。

そして今日が「オープンハウス」最後の日。ワタシが一日詰めます。

果たしで、来場者はあるでしょうか。0人は本当にツライ・・。
 

「実家の桜」

昨日、実家に帰ったとき撮りました。まだ二部咲きでした。
実家の桜まだ二部咲縮小版
  昔は、ワタシが住んでいる地区の方が、この桜の木の下で「お花見」をしていました。
  でも、もう老木になって、他の桜はもう満開なのに、この桜はまだ二部咲きでした。

「偏食」

偏食はいけないと、子供の頃に親からしつこく言われなかったですか?

でも、「オオアリクイ」はアリだけしか食べない。

あれでは栄養が偏らないか。
子供の頃、母親に躾けられなかったのか?
そうか!母親もアリしか食べたことがないのか。

とすると、偏食しても立派に生きていけるではないか。

不動産業界にも、賃貸住宅専門とか、中古の分譲マンション専門という偏食系業者もいます。

ところで松山のある不動産業者、お客様から物件売却の依頼を受けるとき、必ず「専属専任契約」を結ぶのが方針。
専属専任契約とは、他の不動産会社はもちろん、お客様自身が買い手を見つけても仲介料を払わなければならないという契約です。

ワタシは、専属専任契約ってワガママというか、手前勝手過ぎるように思えてなりません。
その会社の社員が、玄関先で「専属専任契約」をと、長時間粘られたときは怖かったというお客様を知っているからです。

当社は専属専任契約でお客様を縛ることはしていません。
出来るだけ早く売ってあげたいので、他の業者が買い手を見つけてもらえればありがたいことだと思います。

そりゃあ、仲介料を独占したい気持ちがないわけではありませんが、優先順位はお客様の売りたいタイミングですね。

客様に怖い思いをさせるような、松山のある「オオマンションクイ」業者。

この厳しい景気の中で果たして生き残っていけるのかな?

さて、昨日のオープンハウス。
1組だけ、来場者がありました。何だか、ホッとしました。

最終的に、買っていただけるかどうかはわかりませんが、親子とも気に入っていただいた様子。

祈るような気持ちです。

「坂本竜馬」が見た桜

今、NHK大河ドラマの「竜馬伝」が視聴率20%超えで、福山雅治「竜馬」は大人気だとか。

その坂本竜馬は、土佐藩を脱藩し、高知県梼原町(ゆすはらまち)から愛媛県との県境「韮ケ峠」(にらがとうげ、標高970m)を超えて、大洲藩の河辺町を通り、肱川を舟で長浜町まで下りました。

長浜では豪商富谷金兵衛宅で一泊した後、長州(山口県)に向かったことが知られています。

竜馬が脱藩したのは文久2年(1862年)、3月24日。つまり、今から148年前の今日です。

時に竜馬28歳。「韮ケ峠」を超えたのは丁度今の季節、肱川の桜が満開の頃です。
竜馬が見た満開の桜縮小版
この画像は、竜馬が見ながら下った、河辺町・肱川沿いの満開の桜です。

竜馬はなぜ伊予の大洲に向かったのかというと、大洲藩5万石は加藤家の城下で、その時代、勤皇を目指していた藩だったからと言われています。

竜馬は、この日からわずか5年後の33歳で暗殺されました。

余談ながら、大洲藩の加藤家は砥部焼きの生みの親ということでも有名です。
産業振興の為に、九州の有田に人を遣って、砥部(大洲藩だった)に焼き物の里を作ったのです。

不動産屋ですから、土地の来歴を知っておくと役に立つこともあります。
プロフィール

じゅん

Author:じゅん
愛媛の松山から、「愛媛グルメ紀行」や「愛媛の歴史」など、幅広いテーマで情報発信しています。日曜日を除く毎日更新。画像も豊富。
長いサラリーマン生活に終止符を打ち、還暦をとうに過ぎた2014.12.1に起業して社長になりました。

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