「初春」の風景

  世の中は、いよいよ「ゴールデンウイーク」。子供連れで春の野山に足を伸ばす
  家族も多いと思います。今日は松山周辺の「初春」のありふれた風景をご紹介。
霧島ツツジ縮小
  これぞ「ツツジ」群生という様子。花の絨毯(じゅうたん)を敷き詰めた様子ですね。
ツツジ群生縮小
  上2つは東温市田窪の「愛媛県森の交流センター」のツツジ、見事に咲き乱れています
山ツツジ縮小
  こちらは「山ツツジ」山の斜面の至る所で、普通に見られる風景ですね。素朴ですが
  野生のパワーを感じさせてくれます。
  海外旅行ももちろん楽しいに違いありませんが、自然の野山に身をおいてボー
  とするのもまたいいものですよ。(海外旅行に行けない者の負け惜しみ?)
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「鉄橋の下」

  今日はゴールデンウイーク2日目。日曜日でないと時間が取れないお客様がいて、
  土地の買い付けの相談を受けています。中小企業はお客様優先、自分の休みは後
  回しです。でも、仕事ができるという嬉しさは何物にも代えがたいものがあります。
  今日は「予讃線」鉄橋の下の風景をご紹介します。
鉄橋と白鷺縮小
   予讃線の市坪駅近くの鉄橋です。ここはまだ電車区間。鉄橋の上には「坊ちゃん
スタジアム」の屋根が見えています。そして、鉄橋の下には餌を探す白鷺の姿が。
予讃線鉄橋縮小
    これは、予讃線の旧線で、向井原駅から分かれて伊予大洲に至る区間の鉄橋です。
    この鉄橋は上灘駅近くの鉄橋で、鉄橋の右下に見えるのは「本尊山」です。
予讃線と神社
     この鉄橋も上灘駅近くに架かっています。鉄橋の下に見えるのは「三島神社」です。

「方言」

中国では、「上海万博」が開幕し、大きな話題となっています。初日の入場者数は20万人だったとか。

ところで、既に、過去の話題になりつつある、青海省の大地震。

被災者の救援を困難にした要因の一つに、チベット自治区では中国語が通じないと言う問題が指摘されました。
チベット人は漢民族と人種が違うので言語も表記も全然違う。
その他モンゴル語や朝鮮語など、漢民族以外の言語圏も多い。
同じ漢民族同士でも、使われている方言は多様です。

日本で言う標準語に当たるのは普通語(プートンホア)と呼ばれ、学校で教えテレビ放送などで使われています。
ただし、北京語を元に作られた普通語と香港などで使われている広東語、あるいは、上海語では発音、語彙ともに大きく異なるだけでなく、文法にも違いがあるため、中国人同士といえどもまず通じません。

ただ、共通の書面語(書き言葉)が発達しているため、字に書けば意思疎通は比較的容易なので、中国のテレビ放送や映画では、必ず字幕が出ます。

さて、日本でも方言は多様で、地域によっては方言を忠実に発音されたら通じないことも多い。

ということで、ワタシの出身地で使われる方言「ダチマカン」はどういう意味か分かりますか?
また、 「スコンペナ」ってどういう意味でしょう?

「ダチマカン」とは「馬鹿らしい・あほらしい」という意味です。
「スコンペナ」とは「マア偉そうなことを言って」というニュアンスで使われます。

ということで、郷里では交通標語も方言でした。
交通標識2縮小交通標識3縮小




「出口」のない?

  日本は、まるで「出口」のない長いトンネルに入っているかの様。トンネルの「出口」
  を探して、ずっと先まで見てもどこまでもトンネルの中。しかも「出口」が見つかった
  と思った途端、また別のトンネルの入り口が。
トンネル出口2縮小
  でも、トンネルも永遠には続かない。リーマンショックで揺れたアメリカの住宅市況は
  底を打った。住宅需要が回復してきている。ただし、アメリカは毎年人口が300万人~
  400万人増加している国。だからこそ、底を打った景気も回復軌道に乗ることが出来る。
  日本の持ち家比率は60%。持っていない40%の人たちの多くは購入意欲がない。親世
  代が既に持っているから。だからマンションや住宅が売れない。
野福トンネル縮小
  でも、トンネルのカーブの先には、かすかな「出口」が覗いている。どういう不況でも
  伸びる会社はある。ただし、十年一日がごとく(同じことをダラダラ続けている様)過
  ごしている人や会社には出口は見えてこない。

トンネル出口3縮小
   不動産営業は足で稼ぐしかない。歩いて歩いて、人との新しい「出会い」に
   チャンスの糸口を見つける、それがワタシのトンネルの「出口」探しです。


今日は子供の日

 今日、5月5日は「こどもの日」15歳未満の子供の数は、前年比19万人減の1694万人で
29年連続減少だそう。
鯉のぼり縮小
 「子供手当て」もムダではないでしょうけど、それで若い世代が子供を生もうと思うかな?
建物鯉のぼり縮小野村鯉幟縮小
  それに比して、我々老人世代が増え続けている。この現実を受け入れて、各世代とも
  生き生きとした目標が持てる世の中にしなきゃネー。
連鯉のぼり縮小
  そうすれば、自然に子供も増えて、こんなに子供がいっぱいあふれると思うのですが。


「脳」は大食漢

私たちが一日に三度食事をするのは、処理しなければならない情報量が増えたからで、つまり脳が食事を要求しているからだそう。

東洋でも西洋でも、古来食事は朝と夕の二回だった。
今でも二回の食事が残っている国もある。
日本でも一日三食が定着したのは明治になってから。
読み書きを習い、複雑な仕事をこなし、周囲の人間関係に気を配るようになる、つまり頭を使うことが多くなったから必要となったのだとか。

脳の重さは体重の2%だが、全体の18%ものエネルギーを消費する。
脳は大食漢なンですね。
脳がエネルギーとして使うのはブドウ糖で、1日120グラム前後消費する。
ところが血液中にはブドウ糖が10グラムくらいしかないので、脳は2時間で使い切ってしまう。
仕事で特に脳が疲れた時には、甘いもの、アメか果物をおやつに取ると脳にエネルギーが補給され、ぱっと頭が冴える。

そう言えば、当社の社長、とにかくよく食べる。
お昼など1.5人前は平気で平らげる。
おまけに、手近な所に「乾パン」や「甘いもの」・「果物類」を置いておいて、疲れたらさっとそれらをつまむ。

社長の脳は、我われの3倍以上の速度でフル回転しているのだから無理もない。
このフル回転が当社を40年近く維持させた。

せめて、社長が疲れたときの「飴」代わりを勤めナキャー。

「社長」の生家

  今日、「脳は大食漢」を書いたときに社長の頭脳の回転の速さに触れました。
  ここで、社長の「生家」を今日と明日でご紹介します。どういう環境で育て
  ば、ああエネルギッシュで頭を常にフル回転できるのか?それを探る為に。
円福寺6縮小
  そうです、社長の生家はお寺さんです。ここで少年時代空想を膨らませながら
  育ったのでしょうか。
円福寺8縮小
   むしろ、裏山で野鳥を「ゴムパチンコ」で追いかけ、下の小川で魚の
   漁をしていたのです。魚を捕るではなく、社長の場合「漁・猟」です。
円福寺裏庭縮小
   でも、草花が大好きで、休みの日は自宅で庭弄りがすきなのは、この
   お寺の裏庭の木々や草花の輝きに囲まれて育ったからでしょう。

知恵者

選挙前になると、代議士達の政策発表や著作出版記念という名を借りた、要は資金集めのパーティーがそこここで開かれる。

後援会や企業は、そのパーティー券の引き受けに四苦八苦することになる。
このパーティー運営の基本は、出来るだけ多くのパーティー券は買ってほしいけど、出来れば実際にパーティーに出席する人は少ないほうがいい。
なぜなら、パーティー運営で出費する費用とパーティー券売上額との差額が政治資金収入になるから。

ここで、同じような発想を50年近く前にした人が身近にいる。
その人は田舎の学校を卒業して、都会の企業に就職した。
就職して何年目かで、勤務地に近い女性と結婚することになった。

しかし、宵越しの金は持たぬという主義のその人は、当然お金はない。
それでも、その都市の超有名ホテルで結婚式を挙げた。
勤務先の上司を始めとして友人知人、田舎の同級生に結婚披露宴の案内を多数発送した。

ただし、ここからがこの人の真骨頂。
「披露宴の出席には、交通費や宿泊費等、費用がかかるので、無理を推してまで参加していただかなくても結構です」と、言い添えた。
もちろん「結婚に際しての祝い金はいただきます」と。
披露宴の運営費用と結婚祝い金との差額が、新婚旅行その他の資金になったのは言うまでもない。

今年は参議院選挙の年。
選挙参謀に告ぐ、この人を参謀の参謀にスカウトすれば、当選間違いなしと。
でも、この人、不動産業の運営に大忙しの毎日、お手伝いは出来ないかも。

「社長」の生家2

  昨日に続いて、社長の生家をご紹介します。こういう風景をみて育ったのです。
円福寺1縮小
  これは生家を出るとき通った道です。その後紆余曲折の人生を送り、現在は
  松山の不動産に関して言えば「生き字引」と言われる存在になりました。
円福寺から見た光景
   生家から見た風景です。自然そのままが、今でも残っています。

「200号」になりました

このブログは連想ゲーム。

見たこと聞いたことをヒントに、その事象と不動産業界のシーンとをどう結びつけるかなんです。

書き始めた頃、毎日のテーマ探しに苦労しました。
今では、書かないと一日が始まらないのです。
苦しいどころか、「アッツ、これはネタに使える!」という発見なり連想が出来たら楽しくなります。

心理学によりますと、「人間は自分で見たいと思うものしか見えない。したがって、いつも見たい、と思っている人には多くのものが見えるが、そう思っていない人には何も見えない」そうです。

ブログのヒントはないかと目を凝らせて、テレビ・ラジオ・新聞・雑誌・本・風景・会話を見聞きしていると、今まで見えていなかったものが急に見えるようになります。
しかも、画像をアップするようになると、四季の移り変わりに敏感になります。
画像を写す技術・センスや表現力は全くありませんが、自然界の変化に感動するようになりました。

おまけに、私の周りの人たちが次々と新しいネタを提供してくれます。
当面、ネタに困るようなことはなさそうです。

元々、ブログは一種の日記。
小学4年生の正月から日記を書き始め、中学3年の年末まで、1日も欠かさず書き続けていました。
約2,000日余りです。
トホホのワタシはラブレターの世代でもあります。

ですから、今日の200回目のブログ、まだそれらの10分の1でしかありません。

調子に乗ってもう1号追加

  200号は通過点。今日は調子に乗って、伊予市の「五色浜神社」画像をアップ。
五色浜神社縮小
  この神社は元々「稲荷神社」の末社でした。それを灘町にあった「天神社」を
  合わせて、明治42年(1909年)に「五色浜神社」としたのです。
五色浜神社注連縄縮小
  拝殿の裏から注連縄(しめなわ)を見ると、こういう感じになります。正面
  拝殿には、明治の元勲「伊藤博文」の筆になる「五色神社」「天神社」の額
  がかかっています。
ミニ五色浜神社縮小
  この神社の面白いところは、各地の有名神社、「厳島神社」や「和霊神社」
  等の「ミニ社殿」が数多く並んでいるところでしょうか。
  「五色浜神社」は、「航海」と「武勇・学問」の神として有名です。

感謝

200号を超えたことに合わせて、社員O嬢に改めて感謝の意を表します。

ホームページを作ると言う発案は社長。
そしてホームページに“ブログ”コーナーを作り、ワタシを書き手に指名したのが社員O嬢。

この計らいが無ければ、ワタシの第三の人生はくすんだ色になっていたに違いない。
サラリーマンとして栄光と、そして「社会的な死」ともいうべき大きな挫折を味わってきたけど、不動産と言う仕事で蘇り、“ブログ”で生き生きとした時間を持てるようになった。

そして、社員O嬢には他にも感謝すべき事項が多い。
まず、世間知らずであったワタシに当たり前の“常識”、世の中での一般的目線の位置を教えてもらった。
(叩き込まれた・・)
肩書きで生きるのではなく、生身の人間として生きていくために必要な知恵の数々を教えても頂いた。
「アー、マタ、ヤッチャッタ!」
「アレー?何でコーなっちゃうの?」
というワタシのドジな失敗や勘違いの数々を
「マタ、何かヤラカシタン?」
「タクー!ナニカンガエトン?」と鋭く指摘。

人生の地平に生きることのほろ苦さとともに、嬉しさ、楽しさ、生々しさを味わう術を教えてもらった。
ここに深甚なる謝意を。

「松前町」の風景

3月25日と26日に「松前町殺人事件」のことを書きました。でも、私は「松前町」という町
が好きです。今日は、その「松前町」の風景を紹介します。
松前町酒屋縮小
このお店は「お酒屋さん」。何でもない普通のお酒屋ですが、逆にこういう雰囲気をもった
お店を町・街で見かけなくなりました。
松前町町屋縮小
昔の「街道筋」にあった、ありふれた「町屋」です。ワタシの世代は、却ってこういう風情が
懐かしい。
松前町漁港縮小
「松前町」は元々漁師町。瀬戸内の小魚が上がっていました。それを「おたた」さんが、魚を
入れた桶を頭に乗せて、松山の「お城下」まで売りに来ていました。もう「おたた」さんと言っ
ても、その姿を思い浮かべる人は極少数に。機会があれば「おたた」さんのことも紹介します。

「過不足」なく

社員T嬢の話。

お客さんから電話があり「今日来てくれた、ウーン、名前は忘れたンですが、白髪の人いませんか?」って聞かれたンです。

それで「どういう白髪だったですかって聞いたンです。だって、ウチの男性社員は全員白髪なンです!」って言えないじゃないですか。

そう言われれば、確かに男性は全員白髪。
その中で白髪度NO1はトホホのワタシ。
そのお客さん「ずっと、全部、白髪の人よ」とは社員T嬢。

やはりワタシのことでした。
この話しを聞いて、4ヶ月ほど前の、シミジミと悲しくもあり、ため息が漏れた思い出を明日書きます

ところで、その社員T嬢、間もなく第二子を出産する。
彼女のご主人は2m近いイケメン。
そして彼女も夫に負けず劣らず背が高い。
似たもの夫婦とはよく言ったもので、美男美女夫婦。
世界を股に掛ける、堂々としたお子を産んでくれるに違いない。

社長の細々とした用事を、過不足なくこなしていただいた。

社長の指示は、断片的というか、幾つかのポイントの一部がスポッと抜けて、出されることが多い。
もちろん、社長の頭の中ではきちんとつながっている。
ところが、それが指示として出てくるときには、幾つかのポイントが省略されて出てくる。
欠けたポイントは、指示を受けた人が当然に補えるはずという思いがその底辺にあるのでしょう。

だから、社長の指示を過不足なくこなすということは、中々に努力と言うか、才能と言うか、要領がいる。
それらをきちんとこなせた社員T嬢、貴重な人材なのです。
”賢くて足の長い”第二子の誕生が楽しみですね。



「伊予市」の風景

今日は「松前町」の隣、「伊予市」の風景を、海風とともにお届けします。萬安港灯台縮小
これは五色浜の入り口近くにある「萬安港旧灯台」(ばんあんこう)です。萬安港は、江戸時
代にこの地に築かれた港で、当初は木造の灯台が置かれていました。その時代から「萬安
港灯台」は瀬戸内海を通り伊予市の地に出入りする舟の道しるべでした。砂や小石で港が
浅くなったので、明治二年にそれまで木造であったものを石造りに改めました。その後
大正元年に再び港を改修した時に現在地に移されました。五色浜時計台縮小
これは伊予市名所「五色浜公園」に建つ「時計台」です。瀬戸内海の穏やかな浜で何時まで
も時を刻んでくれています。夏には海水浴を楽しむ家族連れを優しく見守っています。かもめ縮小
伊予市の風景の最後は、空に舞う「かもめ」です。5月の澄み切った青空を気持ちよく飛んでいました。

「白髪」って

男性用白髪染めで最近注目されているのは、花王の「サクセス ステップカラー」だそう。

男性用白髪染めはホーユーの「メンズビゲン」が80%の市場を独占しているが、花王はそこに大きな風穴を開けた。
開発までに9年かかったそう。
ポイントは自然成分の「メラニン」を生成する技術を、酒造メーカー月桂冠と共同開発したこと。
ところが、天然成分である「メラニン」は従来の商品の様に、一度では染まらない。

ここで研究担当者は、3年間、白髪の男性に街頭で片ッ端からインタビューし、白髪男性の心理の奥底に迫った。
白髪男性がなぜ白髪染めを使わないか?
すると「ある日突然黒々と染まった髪では、一発で白髪染めを使ったことがばれる。余りミエミエは嫌だ」という。
しかし、若々しく見られたい気持ちは根強くある。ここにヒントがあった。

「真っ黒に染めたくない男性へ」という商品コンセプトが固まった。
一回では染まらないという「新技術」の弱点を逆に利用した。
2週間で5回の使用で白髪が目立たなくなる。
決して黒々とはならない。

ということで、実はトホホのワタシも4ヶ月ほど前に使ってみた。
2週間で5回使用の用法をきっちり守って。
自分で観察したところでは、確かに髪は黒くなってきていたンです。

ところが、トコロガ、なんです・・・。
事務所でも家庭でも、誰も気が付いてはくれませんでした。
1週間だけ反応を待ちました。
でも、ムダでした。
その夜、風呂場の排水溝に残った商品を「ソッと」流しました。

かくして、現在はキッパリ白髪デス!

信仰も素朴

今日は、日本中どこにでもある、ありふれた風景をご紹介します。誰でも見たことがあるはずです。
お堂縮小
双海から内子に抜ける道沿いにありました。日本人は、信仰に命をかけて争ったりするほど
の信仰心は持ち合わせていませんが、さりとて、粗末にもしません。ちゃんと水とお供えが
なされていました。
石地蔵縮小
水はペットボトル入りですが、お花まで添えてある。優しく素朴な信仰心が日本らしいところですね。

「重信川」と「おたた」さん

「重信川」は豊臣時代までは、伊予第一の川ということで「伊予川」とよばれていた。

重信川の名の由来はよく知られているように、この川を改修したときの普請奉行(ふしんぶぎょう)であった「足立重信」の名を採った。
全国の河川で人名がついているのは重信川だけではないかと、司馬遼太郎は「街道をゆく」の「南伊予・西土佐の道」で書いている。

関が原から三年後に当時の城主加藤嘉明が家康に乞い、道後平野に新城と新城下町を築くことを許可される。
時に旧城の松前(正木)城下に「おたた」という魚を行商する女がいて、陽気で頭がよく、唄がうまかった。
伊予川の改修に当たって、加藤嘉明自身がこの行商女に地元をにぎわすことを頼んだ。
「おたた」は普請用の砂を松前で採取し、桶に入れて頭に載せて、道中唄を唄いながら松山まで運んだ。
当時は城主自らが“もっこ”を担いで普請に参加したというから、「おたた」の活躍は、普請作業の盛り上がりに大きな役割を果たした。

それ以降、松前からお城下に魚を行商に来る女達を優遇した。

今も、三津浜の港に上がる魚を軽トラックに乗せて行商のおばちゃんが、お城下の街々のおなじみさんを回っている。
その他、松山で有名なのはトラックで流す「あめにギョーセン」のおばあさん。
今は二代目が回っているが、あの売り声は先代のおばあさんの声をテープに残してスピーカーで流している。
松山の行商は昔から女性が担っていた。
これが「重信川」と、松前町「おたた」さんの由来です。
不動産業者にとって、土地の故事来歴は業務知識の範囲です。

ただし、宅建の試験には出ません。
当社にも今年で○回目の宅建試験を受ける社員がいます。
試験は秋ですが、受験勉強はそろそろ追い込みの時期。
今年は目の色が違っている、彼の真価に期待したい。
業務知識は、ただ免許をもっているだけ、というレベルの人よりずっと深く広い。

「重信川」の風景

というわけで、今日は早々と画像もアップしておきます。朝書いた「重信川」の風景です。重信川
佐古ダムに集められた水は、この礎石で水流を調整され下流域に向かいます。
重信川下流再縮小
夕日に沈む重信川です。下流の方向に砥部の山々が見えています。
重信川と電車縮小
間もなく瀬戸内海。予讃線が重信川をまたぎます。電車は伊予市に向かいます。

「不動産」は縁

ある中古住宅住宅を、3月の3連休にオープンハウスしました。

その最終日に一組の親子が来場されました。
結局、3日間のオープンハウスの来場者はその一組だけでした。

「縁」というか「出会い」は不思議なもの。
その来場していただいたご夫婦が4月の終わりごろ来店され、オープンハウスした中古住宅を買いたいと。
値段の交渉も合意が出来て、連休明けにも契約という段取りになった。

合意が出来てから数日経過し、契約日の打ち合わせをしようとしたら、買い手のご夫婦「実は、他に1件だけ気になっている物件があるので、それを見てから契約日を決めたい」と、こうなった。
「いいですよ、充分納得なさってから契約してください」とはトホホのワタシ。

連休前に電話があって、「気になっている物件を見に行ったら“不動産センター株式会社”の看板が」とそのご夫婦。
「結局、ウチはオタクに“縁”があるみたいです。連休中にどちらかに決めて連絡します」

その契約が来週の金曜日に決まりました。
オープンハウスの中古住宅住宅ではなく、後から見に行った土地に決まりました。

今回は、オープンハウスした物件が、そのご夫婦と当社の仲を取り持つ「縁」の役割を。

今度こそ、そのご夫婦との「縁」を取り持ってくれた物件を嫁がせる役割を担わなきゃ。
キッパリ決意を固めたトホホのワタシです。

季節は「初夏」?

今日の画像は、重信川の支流「佐川川」にかかる「佐古ダム」を紹介します。
佐古ダムアップ縮小
これは何?の画像か分かりますか?これからの初夏に相応しく、涼しげでしょう?正解は下画像。
佐古ダム縮小
「佐川川」の水は「佐古ダム」で堰き止められ、人造湖に溜められます。今年は雨が多くダム
は満水。ダム放流の水流の様子です。
水流縮小
重信川と合流する地点では、一時的にこのような濁流になり、勢いよく重信川に流れ込んでいます。昨日と今日で「重信川」画像シリーズは一旦終わります。

「坂之上の雲」

今日は、今年NHKテレビで採り上げられ、”一部”で話題になった司馬遼太郎作の
「坂の上の雲」のロケ地になった「田丸橋」をご紹介します。
田丸橋2縮小
内子町河内(かわのうち)にある、屋根のある橋です。平成21年に「坂の上の雲」のロケ地
になりました。県道243号線沿いにあります。
田丸橋3縮小
屋根のある橋の内部はこのような感じです。わずかな川幅の河に架かる木橋になぜ屋根を
張ったのかは知りません。でも、松山市は「坂の上の雲」で松山を全国に売り出そうと
必死です。「坂の上の雲ミュージアム」まで作りました。一時的に観光客は増えたでしょう。
田丸橋5縮小
でも、明治時代の軍人の「秋山兄弟」の存在や足跡を知っている県人や松山市民が、
一体何人いると思いますか。高知の坂本竜馬と比しても、いかにもマイナーな存在
です。それを松山観光の新しい「目玉」に据えようという発想が理解できません。

「攻め」すぎない

プロ野球の打率4割は打者の夢。

大リーグでも1954年(昭和29年)にテッド・ウイリアムスが打率4割0分7厘の記録を残し、これ以降4割打者は現れていない。
日本のプロ野球での最高打率記録は、イチローの3割8分7厘(2000年)。
イチローの次は、張本功選手の3割8分3厘。

張本さんが打率4割に挑戦したのは昭和45年。
6月までは4割をキープしていたが、最終打率は先に書いた。

その時に張本さん、打撃のコツを「バッターボックスでがむしゃらに打ったら安打は出ない。
ムキになったらもっと打てない。
と言って、冷静すぎてもこれも打てない。

欲望60%、無欲40%。

これで日本一になった」と言っている。
また大相撲で69連勝という前人未到の記録を持っている名横綱「双葉山」が立会いの極意を、緊張度70%無欲30%が一番勝てると言った。

不動産を売るにも、売り気(やる気)100%丸出しでは売れない。
売ろう、売りたい一心でお客様に迫ったら、お客様は逆に引いてしまう。

その当たりが、名人と言われる社長、全く違う。
全国展開しているチェーン店が松山に進出することになった。
お客様の紹介で店舗開発責任者が当社を訪問され、社長と1時間話された。
そこで、その開発責任者、社長の地域事情や賃料相場、競合店舗の展開など説明にいたく感心し
「初めて不動産を全面的に任せることができると思える人に出会った。これからは御社に全てお任せしたい」
と興奮気味に語った。

実はここからが社長の真骨頂。
「そのお申し出は大変ありがたい。ただし、不動産屋はあくまで、売り手と買い手、貸し手と借り手に対して中立の立場。両方の利害の一方に傾いた仲介はできませんので、御社の希望を100%満たすことはできませんが、最善を尽くします」と、こう言った。

このお客様は今もって当社の大切なお客様として縁が続いている。
張本選手や双葉山の極意に通じるのではないか。

「野外劇場」第一幕

昔々、ある村に、お互いを思い合った二人がいました。二人は会う毎に胸は高まり、将来の話しに夢中になる毎日でした。
カップル後姿修正縮小
ところが、カップルの彼女を横取りしたいと企んでいる、村一番の乱暴者「鎌男」が、似合いの
カップルのつかの間のデートを苦々しく眺め、彼女をさらってしまおうと虎視眈々と狙っていました。
鎌男横から縮小
二人のデートをじっと見つめる「鎌男」
カップルとバイキンマン縮小
彼の手下「バイキンマン」を使って「彼女をよこさなければ、ひどい目に合うぞ」と脅したの
です。驚いたのは、カップルです。乱暴者の怖さは二人にはよく分かっています。
以下、続く。

「交差しない」会話

生涯一捕手を自認した元楽天監督の野村さん。

「ボヤキのノムさん」の愛称で有名。
捕手現役時代、バッターに対してキャッチャーポジションから、ボソボソとつぶやく。
140字以内で綴る「ツイッター」のハシリか?

つぶやきの内容はバッターによって違う。
きちんと打撃理論を持っているバッターに対しては
「きょうは、ちょっとグリップの位置が低いやないか?」
「え?何時もと同じですよ」
この瞬間の会話で、バッターに迷いが出て、ヒットを打てなくなる。
明るくお調子者のバッターには
「きのう、○○バーのママさんが、アンタによろしくと言っていたヨ」
「え?あのママが?」これで調子が狂う。

日本シリーズの時のことを野村さん自身が語ったことがある。
世界のホームラン王の王選手、生真面目で有名。
王選手がバッターボックスに立ったとき、野村さんが例の調子で
「あれ、ワンちゃん、前からそんなにバット短く握っていた?」
「最近特に短いですね、腰の切れがゆるいンですかね」と王選手がつぶやいた。
禅問答のようなこの会話で、野村さんは王選手の調子を見抜いて配球を変えた。

長島選手に
「どうしたの?チョーさん、オープンスタンスにかまえて?」ってつぶやくと
「野村さん、相変わらずニンニク食っているンですかー?」って、例のかん高い声で返事が返ってきた。

「ナンデ、ここでニンニクなンや?」
15年間、つぶやき作戦を使っていて、全く通じなかったのは長島選手ひとりだけだったという。

アレ?マテヨ!この野村さんと長島さんの
“全く交差しない会話”
どこか身近なところでも聞いたような気がする。

「野外劇場」第二幕

その時、その村を通りかかったのは「浦島太郎」と「亀」です。竜宮城に別れを告げて
上灘の海岸に上陸した「浦島太郎」は、「亀」をお供に四国一周の旅の途中でした。
上灘海岸縮小
この海岸を、子供たちの去った夜中に二人は上陸。
浦島太郎と亀縮小
そして、この村に着いたときに、「バイキンマン」に脅されて困っているカップルに出会いまし
た。お供に連れいる「亀」は、仲間から苛めにあっていたのを「浦島太郎が助けてやったのです。
亀縮小
右から5番目の、川に落ちそうになっている亀が、助けられてお供になった亀です。
以下、続く。

「月と金星」

ここ最近、ネット市場をにぎわせている「月と金星」しかも、三日月状の月と金星の接近
写真を社長がデジカメで撮影しました。世界各国で、自分が撮影した「月と金星」接近
画像のアップラッシュが続いています。普通のコンパクトデジカメでもこの位に撮影できます。
月と金星縮小
撮影データは、平成22年5月16日午後8時20分です。中々のものでしょう?
次回の三日月と金星の接近は大晦日の夕方、西の空で見ることが出来ます。
今度は、トホホのワタシ自身が撮影したいと思っています。

「今日は何の日」?

あるホテルの営業。

新聞の死亡記事を見て、亡くなった方が、社会的地位があった場合にはその葬儀に社員を数人派遣する。
故人にご贔屓にしていただいたので、そのお返しに葬儀会場の車の整理などのお手伝いしたいと。
これを断る遺族はあまりない。
そして1年経過した。1年目の法事をする前に、そのホテルはその家に駆けつけて、「1年目の法事は当ホテルでどうぞ」とやる。

ホテルでは割高に、と渋る家族には「案外割安です」と予め準備しておいた見積書を出す。
実に1年係りでお客を集めるンです。

私もブログを書くときNHK朝7時前の番組「今日は何の日」をメモします。

「昭和○○年○月○日、つまり今から○年前の今日、こういう出来事がありました」とアナウンスしてくれる。
そして、翌年のその日に合わせて、その出来事に関するエピソードを探して、それをネタにブログを準備している。
時々、このブログに、○年前の今日、こういう出来事がありましたというテーマで書きます。
予め準備していてこそ書ける。
私も1年越しなのです。

ちなみに、1910年(明治43年)の今日5月19日は、ハレー彗星が地球に大接近し、人々を不安のどん底に突き落とした日です。
ローマ法王庁は、地球最後の日になるとして、盛大な晩餐会を開きました。

昨日、社長が撮影した月と金星の大接近の画像をアップしましたが、宇宙の出来事は、今も昔も人々に不安や期待、あるいは人知を超えた神秘に思いをはせるきっかけとなるものなのですね。

「野外劇場」第三幕

戸惑い悲しんでいるカップルを前に一計を案じた太郎は、竜宮上の乙姫様からもらった「玉手箱」を開けた。
ウエルカメ縮小
先ず、お供の亀を「ウエルカメ」に変身させた。
次に、「玉手箱」の中からアンパンマンとその仲間達が現れた。
ムック縮小
そして、「ウエルカメ」に彼の仲間を呼び集めさせた。集まったのは以下の面々。
アンパンマンとバイキンマン縮小
ウエルカメ他近影縮小
「アンパンマン」を先頭に「バイキンマン」に3人で立ち向かった。
以下、続く。

「牡丹」二種

社長が撮影した昨日の「月と金星に続いて、今日は自宅の庭に咲いた「白い牡丹」を
紹介します。日曜日など朝から夕方まで庭弄りをしています。社長の生家の裏庭の草木
を少年の頃から世話していた習慣が今も生きています。
白い牡丹縮小
牡丹は中国原産で、奈良時代に薬草用として日本に持ち込まれました。今でも中国では
一番人気がある花です。白い牡丹は、豪華というより気品があって清楚な感じがしますね。
赤い牡丹縮小
一般的には、こういう深紅の牡丹が多いですね。こちらはワタシが撮影しました。
プロフィール

じゅん

Author:じゅん
愛媛の松山から、「愛媛グルメ紀行」や「愛媛の歴史」など、幅広いテーマで情報発信しています。日曜日を除く毎日更新。画像も豊富。
長いサラリーマン生活に終止符を打ち、還暦をとうに過ぎた2014.12.1に起業して社長になりました。

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