「1年1組の子の詩」

お父さんの帰りが遅かったので

お母さんが怒って

家中のカギを全部しめてしまいました

そやのに

朝になったら お父さんは寝ていました


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「電車」②

1889年(明治22年)7月1日。

そう、今から121年前の「今日」、今の東海道本線に当る新橋駅-神戸駅間が全線開通しました。

今日は、「鉄道おじさん」にとっては、記念すべき日です。JR電車1縮小とうことで、「電車」第2段、「予讃線」の普通電車をご紹介します。これは上り電車です。はるか遠くに「松山城」が見えます。分かりますか?実際に画像をアップしてみると、元の画像では見えていた「松山城」も、縮小画像では霞んでいて見えませんね。JR電車2縮小電化された今では、松山周辺で一番よく見かかる電車で、「7000系」と呼ばれています。JR電車縮小松山駅を出た電車は、三津浜駅を目指し・・・・アッもう通り過ぎた。ハヤー


「1年1組の子」の詩は・・

子供が寝静まった夜中

家の外のオトーサン

オカーサンに

窓の外から

近所に聞こえないように

注意しながら

「ゴメンなさい もう しません」

「ジョーク集」終わり

ここ数日間、ジョーク特集をしてきた。

この「ジョーク特集」、社内の評判はイマイチ

誰も、ブログを見て「クスクス」笑わない。

少し自信をなくしかけていた。

しかし、昨日の「ジョーク」を見た、社員のN嬢、初めてブログを見ながら「クスクス」と。

「N嬢さん、意味分かってくれた?」とはトホホのワタシ。

「ウン、やっとジョーク①の意味が分かった」



「紫陽花」も終わりに

6月の梅雨時には「紫陽花」が相応しいですね。

でも、7月に入り、梅雨ともお別れの季節が近づいてきました。

今日は、6月を彩った「紫陽花」をアップします。紫陽花7縮小この白い「紫陽花」は私の実家の庭で咲いていました。社長のお宅の大輪の「白紫陽花」にはかないませんが、清楚で素朴な味わいが。紫陽花2縮小こちらは「山紫陽花」です。道端でよく見かけますね。薄い青と回りの白い花弁のバランスが、なんとも可憐です。紫陽花5縮小こちらも「山紫陽花」の仲間でしょうか?どこにでも咲いている野の紫陽花です。梅雨の雨に濡れて、瑞々(みずみずあ)しい潤いを感じさせてくれます。


「宗教法人」と不動産

「宗教法人」とは、「宗教法人法」にもとづいて宗教団体に附与される法人格を指します。

宗教法人になると、不動産等を所有する”権利主体”となれるということです。

余り知られていないと思いますが、教法人には”単位宗教法人”と”包括宗教法人”があり、”単位宗教法人”は”被包括宗教法人”と”単立宗教法人”に分類されます。この区分は、後で書く不動産の処理に関係します。

”単位宗教法人”とは神社、寺院、教会のような境内建物(宗教法人法3条)を有する宗教法人です。

一方、”包括宗教法人”は”単位宗教法人”あるいは”非法人の単位宗教団体”を包括する宗教法人です。
例えば、仏教では宗派(宗団)が”包括宗教法人”に該当し、本山や末寺が”被包括宗教法人”にあたります。

また、”単位宗教法人”のうち、”包括宗教法人”もしくは”非法人の包括宗教団体”の傘下にあるものを”被包括宗教法人”といい、そうではないものを”単立宗教法人”といいます。

ここで、不動産業者として「宗教法人」の不動産を扱うとき知っておかなければいけないことは、”包括宗教団体”の傘下にある”被包括宗教法人”(本山や末寺に当ります)が、不動産を売ったり担保を設定したりする法律行為を行う場合は、包括宗教団体(宗派・宗団に当ります)の許可が無ければできないということです。単独で法律行為を行えるのは”単立宗教法人”だけです。

更に不動産業者に注意が必要なことは、宗教法人の不動産を処分する相手方は、同じ宗教法人か公益性のある法人に限られます。
一般の株式会社等の営業法人には処分できません。

今日は、ちょっと硬い話題になってしまいました。
実は、昔ある宗教法人の土地を売って欲しいと依頼に行って、もっと「宗教法人法」を勉強しなさいと諭された経験があるのです。

いやはや、不動産業をやっていれば、お蔭様で色々勉強できます。ありがたいことですね。合掌

「土曜日」は静か

今日は土曜日。

一人で出勤です。来店客はチラホラあるのですが、全て社長のお客様。
電話も少ないし、資料等の整理が進みます。
ということで、今日も「電車」③をアップします。今日も伊予鉄電車です。
あまり代わり映えしませんが、お付き合いを。電車6縮小上り電車です。この撮影ポイントは、伊予鉄高浜線とJR予讃線が最接近する場所なので、「鉄道おじさん」にはありがたいポイントです。電車7縮小松山市には市内電車も通っていて、他県から来られたお客様が懐かしがります。市内電車は、近県では高知と広島が有名ですね。この2県ほどの延長キロはありませんが、城下町松山の風景にマッチしていて、いいですよね。伊予鉄は、もう少し地元に投資して、松山市の活性化を担う責任があるのではないか?などと思ってしまいます。電車8縮小「京王線」のお古でもいいのですが、乗車するお客様へのサービス精神は0に近いように思えてなりません。確かに独占企業なので、他社との競争をしたことがないという立ち位置がそうさせるのでしょう。でも、それじゃあ・・・

今日は午後から契約です。小さな仕事ですが、途切れのないのが救いです。

「社長」は達人

ここしばらく「ジョーク」を続けました。

評判がイマイチなので、先週金曜日を最後に、「ジョークネタ」はしばらくお休みします。

さて、「ジョーク」の世界は裾野が広い。
世界各国に愛好家と言うかファンがいます。

そこで、彼ら世界中の「ジョークファン」は、各国向けに翻訳された共通の「世界ジョーク全集」を持っています。
彼らは、そのネタを、その時代や世相、あるいは各国の事情に合わせてアレンジし発表しているのです。

彼らジョーク愛好家の世界大会が年に1回開かれているのをご存知ですか?
その世界大会で、彼らは大切に「世界ジョーク全集」を持参します。

彼らの発表会は独特で、発表する番になると、演壇に上がり

「第○○章、△ページ」と言います。

そう言うだけで、参加者はドッと沸きます。

ところで、社長は、不動産業界にあってはプロ中のプロ。
トホホのワタシなど、物件の所在を「松山市○△町□丁目・・」などと説明しますが、彼は違います。

彼はこう言います。

「セイコー社の212ページ、9-か」

自然の中の虫たち

今日は、梅雨の合い間に顔を見せてくれた、虫たちの表情をご紹介します。

先ずは、「アシナガバチ」です。まだ子供ですね。でも、「ハチの一刺し」という通り、刺されたら腫れて痛いのなんのって。刺された痛さはスズメバチ以上です。刺されると稀にショック死することもあるので、油断はできません。蜂2縮小人の気配を感じて飛び立とうとする瞬間の画像です。長野県では昔から、貴重なタンパク源として、アシナガバチの巣を取って来て、その幼虫を生のまま、あるいは火で炒って食べます。今でも、民宿などでは酒のツマミとして蜂の幼虫を出します。田舎育ちの私も子供の頃は普通に食べていました。クモ大縮小この画像は、右から4番目の花弁のこちら側に、緑色の点とスジが見えますか?花弁にピントが合っているので、少しぼけて分かりづらいかもしれませんが、実は「クモ」です。この小さいクモも、私がカメラを近づけると、微妙に位置をずらして、花弁の後ろ側に隠れようとします。まるで鬼ごっこのようにして撮影しました。蝶1縮小最後は「蝶」です。「ベニシジミ」です。全国どこにでも見られる蝶です。「野菊」の蜜を求めて飛び回ります。ですから、中々シャッターチャンスに恵まれません。20分程「おっかけっこ」をしてやっと写せました。

「トラブル」はチャンス

親から土地を相続した姉妹がいた。

1筆の土地の所有権を、姉妹はそれぞれ二分の一の持分を所有している。

二分の一の所有権ということは、姉が自分の所有権を行使して、売ろうとか貸そうとするときは、妹の同意が必要となるということを意味します。
つまり、単独では権利の行使ができない。

さて、この姉妹、子供のときから仲が極めて悪い
既に還暦を過ぎた年齢に達しても、お互いに不信感と恨みを抱き続けている。

そこで、ワタシに姉妹から相談が持ちかけられた。
自分の権利を行使するのに、相手の承諾を得る(頭を下げる)ことなど、お互いにまっぴらという。

「それでは、土地を2筆に分筆して、別の土地にしてしまう。そして、それぞれの土地の所有権二分の一を姉妹で売買(交換)すれば、Aの土地は完全に姉のもの、Bの土地は完全に妹のものになります」
「そうすれば、お互いの承認なしに権利の行使が行えるようになります」
「それがいい、ぜひそういう手続きをしてください」と、姉妹は異口同音に言った。

かくして、仲が悪かったおかげで、ワタシは姉妹間の持分の売買仲介が出来、仲介料を得ることができた。

人と人が争えば、そこに必ずビジネスチャンスが生まれるのが、悲しくもこの世の現実。

喜んでいいものか、様々に考えさせられた案件となりました。

「蝶」三様

今日も、梅雨の合い間の虫たちの姿をご紹介します。

今日は「蝶」画像三様です。蝶2縮小これは昨日アップした「ベニシジミ」を別の角度から。蝶の右上には、実は蜘蛛が「網」を張って、蝶たちを待ち構えているのですが、その蜘蛛の巣の横をヒラリと避けて「野菊」に止まりました。上から下に伸びた蜘蛛の巣が見えますか?蝶5縮小
などと、蜘蛛の巣に気をとられていた瞬間に蝶は飛び立ちました。カメラで追っかけたのですが。羽を精一杯広げて、右下へ飛び去る蝶の残像が白く光って見えています。蝶8縮小逃げられてしまいました。こちらの蝶は「モンシロチョウ」です。この蝶も日本全国で見ることができます。「ベニシジミ」よりやや大きい蝶です。丁度「野菊」の蜜を吸っているところでした。


「懐かしき面々」

「別府杉の井ホテル」に、ある業界団体の人たちと慰安旅行に行ったときの話。

夜の宴会が終わった後で、4人で麻雀をした。
その4人の内、二人は小指の先がなかった

麻雀を終えて、一人深夜の温泉に入った。
先客がいた。
何時も陽気で人を笑わせるTさん、ワタシに気が付かない。
一人で体を流していた。
背中一面には”滝登りの鯉”の刺青(いれずみ)が。

ただし、Tさん、その時78歳。
元は”滝登りの鯉”に違いないけど、鯉が“鮎”にしか見えなかった。
やはり刺青は若くて肌に張りがあるときでないと、迫力が出ないものだと初めて知った。

翌日の朝食バイキング、会場が2面に大きく仕切られていた。
6割位のスペースは韓国からの観光客用。
キムチにエゴマの葉、透けて向こうが見える韓国海苔、太刀魚の塩焼きに、イシモチ(グチ)の干物、そしてソルロタン、コムタンなどの韓国料理がずらり。
「アレ?ここはプサン?」って勘違いさせられた。

実に不可思議な旅行の思い出。
でも、トホホのワタシはあの業界の団体旅行がこよなく好きでした。

彼らは、例外なく人柄が温かく、そして何より心優しい人たちでした。

なお、今話題の野球賭博方面の方々の業界団体でなないので、念のため。

「梅雨」はボチボチ終わり?

今日も、梅雨の田舎の風景をご紹介します。

まず、サトイモ(コイモ)の葉です。サトイモ縮小子供の頃は、学校の行き帰りに、この「サトイモ」の葉に溜まった水玉を転がして遊んでいました。水玉は、大きな葉の上を小気味よく「コロコロ」と転がるのです。面白かったナア。今の子は、そういう遊びの経験が全くないのでしょうね。野村春タバコ縮小   この画像は一度アップしたことがあります。5月晴れの空の下の「タバコの葉」です。この季節は、葉が地面に付くくらいの背丈です。ところが、6月になりますと「タバコの葉」は下の画像のようになります。梅雨タバコ縮小   グンと背丈を伸ばし、畑一面に葉を張らせ、地面を覆い隠します。それに、「タバコの花」を咲かせています。何本か、葉の間をすくっと伸びた茎の先に白い花をつけています。ほぼ、同じ撮影ポイントから写しました。1ヶ月で畑の様子が一変していました。


日本人・中国人・韓国人

海外で東洋人に会ったとき、日本人か韓国人か中国人かを見分けるのは難しい。

ではどうやって見分けるかというと、会った瞬間、真っ直ぐに相手を見る。
キッ、と見返してくれば韓国人。
ニコッ、とするのが中国人。
そして日本人は、すっ、と視線をそらせるそうだ。

さて、その「ニコッ」と派の中国人投資家が一斉に日本の不動産を買っている。
中国人の投資目的は、東京の中央区と港区の人気地のマンションを買い、その家賃収入をインカムゲイン(家賃を安定的・継続的に受け取る)として得ること。

不動産物件とか世界的ブランド品だけではなく、人材のヘッドハンティングも盛んになっている。
システム管理や品質管理、さらには証券業務などの専門家がドンドン中国に流れている。

この現象、人事(ひとごと)ではない。
B社員が現在、高額な中古住宅の購入希望者と売買の交渉をしているけど、相手は中国人のご家族。
こちらで貿易関係の仕事をしておられる。

その物件は、洒落た洋風住宅で、庭も広いし駐車スペースもたっぷりのお値打ち物件。
価格は、日本人の中流家庭ではちょっと手が出ない。
でも、いいものを見抜く眼力と経済力を彼らは持っている。

私たちも商売のフィールドを広げて考える時代になったようです。

後日談。
その中国人が買ってもいいと提示した価格、売値の半額
彼らの売買に関する基本姿勢は、まず半額に値切ることから交渉が始まることを教えられた。
手ごわい。

梅雨には傘が

今日も、梅雨時の田舎の”なんでもない”風景をご紹介します。ビョウヤナギ2縮小これは「ビョウヤナギ」(美容柳)です。原産は中国で、雄蕊(おしべ)が長くて多数あるのが特徴です。実家の庭で咲いていました。田舎家と紫陽花縮小これは、元々茅葺(かやぶき)の田舎家の茅野の屋根をトタンで覆った家です。田舎にいくと、よく見られますが、今では屋根の「茅」(かや)を入手できなくなったことと、茅で屋根を葺く職人がいなくなりました。紫陽花の向こう側で。ひっそりと息づいていました。枇杷2縮小最後は、枇杷(びわ)に「傘」を刺しかけた家がありました。枇杷は袋掛けしなければ大きくなりません。ですから、袋賭けの手間までは掛けられないけど、せめても。と、こうなりました。この季節にしか見ることが出来ない風景ですね。


世界一有名になったタコ「パウル」君の運命

いよいよ、ワールドカップも決勝戦を残すのみとなりました。

ところで、ワールドカップを通じて世界一有名になったタコは、ドイツにある水族館のタコ「パウル」君。

この「パウル」君のドイツ対スペインの準決勝予想が世界中で報じられ、一躍有名になった。この「パウル」君、ドイツの予選リーグ全ての試合予測でドイツ勝利を的中させた。更に決勝トーナメントに入っても、イングランド戦とアルゼンチン戦でのドイツ勝利予想を的中させ、一気にドイツのアイドルになった。

ところが、圧倒的にドイツ有利と言われていた準決勝のスペイン戦では、スペインが勝つと予想してしまった。ドイツ国民は、まだこの時は余裕で「タコにも、間違いはある」という旗を振ってドイツを応援していた。

でも、このニュースを聞いてトホホのワタシには悪い予感が走った。
そこで急いで「世界不動産協会」ドイツ支部を通じて「パウル」君に緊急メッセージを送った。
「もし、君の予想通りスペインがドイツに勝利したら、君は直ちに水族館を逃げ出せ!」と。

ところが「パウル」君から帰ってきたメッセージには「トホホ君、心配するな。私はドイツ国籍のタコだ。君も知っている通りドイツでは”タコの刺身”は食わない」とあった。

確かにドイツ国民はタコを”悪魔の使い”として嫌い”タコの刺身”は決して食べない。

ところで、大方の予想に反してスペインがドイツを1対0で下した。「パウル」君の予想は不幸にしてまた的中してしまった。

そこで「パウル」君の行方はどうなったのか?たこ焼き3縮小こうなたのです。確かに今でもドイツ国民は”タコの刺身”は食べないが、最近に「たこ焼き」で有名な日本企業がドイツに進出し「たこ焼き」をはやらせていたのだ。ドイツ国民はここにきて「たこ焼き」を大好物にしていたことを「パウル」君は不幸にして知らなかった。たこ焼き11縮小「パウル」君の運命はこうなった。今頃「パウル」君は誰のお腹に納まったのだろう?

「蜘蛛」たち

今日の朝のブログは、「世界一有名になったタコ」とその過酷な運命をアップしました。

「パウル」君のように有名でも華やかでも、そして過酷な運命を迎えたわけでもない、ありふれた小動物の画像をご紹介します。
梅雨の雨をしのぎながら、懸命に生きている「蜘蛛」たちです。梅雨の蜘蛛縮小左右の葉の間に網を張っている蜘蛛が見えますか?向こうに見える霧で霞んだ山の上にウッスラと写っています。雨の雫に蜘蛛の巣を破られながら、その敗れた穴を懸命に補修して生き残っている”けなげな蜘蛛”の姿です。梅雨の蜘蛛1縮小こちらは、やや大型の蜘蛛。ジョロウグモの仲間でしょう。屋根の軒の下でひっそりと網を張っていました。

「児玉高次・日南子」夫婦の製作現場

6月18日、6月19に、3回に分けて「児玉高次・日南子」木工・漆展をご紹介しました。

作品の余りの見事さに、その製作現場を拝見したく社員N嬢と共にご自宅を訪ねました。久万高原町にご夫婦の工房はあります。素人の私たちを温かく迎えていただき、その製作の過程を見せていただきました。製作中児玉氏縮小材料となる木片を超小型の鉋(かんな)で削る児玉氏です。製作中児玉氏4縮小次は、木工用の”ろくろ”で、材料の木材を円筒形に削り取っている児玉氏です。根気と体力が必要です。もちろん、何より必要なのは、材料となる木材への深い知識と愛情です。道具14縮小これは、”のみ”の一種です。”のみ”の種類も数知れずあります。基本的には、道具は手作りです。鉋類縮小これは、様々な”かんな”類です。おもちゃのような小さい鉋(かんな)も、立派に道具としてそれぞれの役割を担っています。児玉氏漆器4再縮小
最後は、高次氏が仕上げた木工品に日南子氏が漆を塗り重ね、作品が完成します。お二人の呼吸が会わないと、こういう完成度の高い作品は生まれません。
”何でも鑑定団”の言葉を借りれば「いい仕事をしていますねー」です。お二人の益々のご活躍を記念してやみません。




更に「梅雨」の風景

その日は豪雨でした。今年の雨量は平年並だそうですが、実感としては雨が多く感じました。雨に煙る山1縮小道路は水路のように水が流れ落ち、山には厚い雨雲が垂れ込めています。一種幻想的な光景でした。梅雨の緑縮小雨は、彼ら野草たちにとっては、厳しい夏を生き抜く命の糧。ひっそりと、息を潜めて夏を待っているようです。花1再縮小
高い山地を登る鉄道は、様々な工夫を凝らして上っていきます。有名な方式は「スイッチバック方式」それに次いで有名なのは「ループ式」です。そのループ式線路のように湾曲した枝の間から野草が顔を覗かせていました。「クジケルナ!」と声をかけたくなりました。

ワールドカップと日本

16世紀の終わりごろ、現在のスペインを統一した初代の王は、カルロス1世でした。

彼はヨーロッパの貴族中の貴族である「ハプスブルグ家」の血を受け、生まれ育ったのはネーデルランド(今のオランダ)です。元々、オランダはスペインの領土でした。

この時代に日本の種子島に漂着したポルトガル船が日本に鉄砲をもたらしたことは、中学の社会科で学んだところです。
日本とヨーロッパが接触した幕開けです。

それから数年後に、日本にキリスト教を布教するためにやってきたのがフランシスコ・ザビエルですが、彼はスペイン人で、日本とスペインが接触した最初の人物です。

彼が日本を去った50年後の1600年に、豊後(今の大分県佐伯市)にオランダの黒船が漂着した。
それがリーフデ号で、日本とオランダの初めての接触です。

この時代に、オランダはスペインからの独立を果たし、1581年にネーデルランド連邦共和国が生まれています。

日本とスペイン及びオランダは、このように16世紀から17世紀に掛けて微妙に関係してきます。
最後まで日本との関係を保ったにはオランダで、江戸時代に長崎の出島で日本との交易を続けました。

さて、そのオランダとスペインのワールドカップ決勝戦。
15分ハーフの延長戦を制したのはスペインでしたね。先程のニュースで知りました。

世界的に有名になったタコの「パウル君」。スペインの勝利を見事に的中させました。
でも、この「パウル君」は、正確に言うと「パウル2世」。

言うまでもなく、あの「パウル1世」は、ドイツがスペインに敗れた夜に「たこ焼き」になっていた。
だから、ドイツの水族館、急遽「パウル2世」を登場させたのです。
タコは顔が似ていて、普通の人は見分けがつかないことを利用した。
でも「たこ焼き」を食べた人には、その違いが分かっている。
「たこ焼き」屋をなめてはいけない。

さて、オランダに負けた日本の敵を討ってくれたスペインと、見事にスペイン勝利を的中させた「パウル2世」に盛大な拍手を

「紫陽花」はこれで終わりに

梅雨はもう明けたのかと思っていたら、今朝の集中豪雨です。

まだ、梅雨の真っ盛りという雨でした。
紫陽花ももう終わりだと思っていましたが、松山近郊の渓谷に行ったとき、紫陽花はまだまだ真っ盛りでした。白紫陽花1縮小 ”白い紫陽花”は社長宅と私の実家に咲いていたものを紹介しましたが、これは渓谷に向かう県道沿いの山手に咲いていました。自然の中で溶け込んでいて、しかも背景の緑の中で存在感を示していました。青い紫陽花2縮小これは、”白い紫陽花”の隣で山の斜面に咲いていました。一番紫陽花らしい色ですね。山紫陽花2縮小最後は、”山紫陽花”の群生です。花弁は小型ですが、群生すると、それはそれで圧倒的なボリューム感を感じました。これで今年の紫陽花画像は終わりです。明日からは、松山から30分で行ける”渓谷”の風景シリーズをアップしていきます。


「混沌」の始まり

参議院選挙の結果は、予想通り与党の大敗北。

今のタイミングなら消費税増税を言っても受け入れられるに違いないと読んだ“管”さんの“勘”は見事に外れた
庶民の心を読み違えたということでしょう。
でも、野党が勝ったからといって、その結果が日本経済を力強く立ち直らせてくれると楽観できる人はいないでしょう。

不思議ですよね、政治家の多くや、高級官僚のほとんどは東大を出た秀才達の集団であるはず。
ところが、彼らが寄ってたかっても、日本経済は疲弊する一方で、地方や庶民の生活に明るい未来を予想することができない。

「合成の誤謬」(ごうせいのごびゅう)という経済学の言葉がある。
一人ひとりは正しく優れていても、あるいは個々の政策は正しくても、それらが合わさる(合成される)と、間違った結果になると言う意味に似ています。

ところで、我々零細企業は合成という過程が取れない。
というのは、合成する程の人数がいないから。
だから、却って間違わない。

間違うと倒産するから、間違いは許されない。
営業上の判断は、真剣にならざるを得ない。
一人の優秀なリーダーと、それを支えるスタッフが数人いればけっこうやっていける。

余り、官僚機構を大きくしすぎると「合成の誤謬」の罠に陥って正しい判断が出来ないのでは。
官僚機構の大掃除を訴えた政党が躍進した理由も、そこにあるのかも知れない。

いずれにせよ、どこの政党であれ、国民の審判に謙虚であって欲しいと願うばかりです。

「濁流」①

昨日の集中豪雨の爪跡は、昨夜のNHKの夕方の全国版ニュースで採り上げられていました。珍しいことです。気候風土が穏やかで、天災とはほとんど無縁の愛媛県です。床上浸水などの記憶は、絶えて久しいことです。濁流岩関縮小ここに住んでいるおばあさんに話を聞くと「ここに40年住んどるけど、初めて見た、こんなこと」と。濁流岩関2縮小日頃は、穏やかな川。一昔前までは、道後小学校が”遠足”に行っていた場所です。濁流岩関16採用  ゴーゴー、ドドドドッ”という不気味な音がお腹に響きました。


「穴」はないか?

昨日は久しぶりに「大落込み」をした。

社長の絶妙なアイデアとドンピシャのタイミングで、社長があるお客様に物件の購入を提案した。
最初は全く買う気などなかったお客様。

ところが、今までの思考とは全く別の見方を提案。
「いっそのことお買いになりませんか?」との社長の一言で「それもいいね」となった。それが4日前の土曜日のこと。

大急ぎで、そのお客様に合う物件を探して資料をお送りした。
すると、「では見に行きます」と、昨日、高速に乗って県外から来ていただいた。

案内は私がした。

物件を一目見るなり「やはり、いいものはいいねエー」とすっかり乗り気に。
正式な返事は頂いていないけど、多分、社長の機転の効いた提案を受け入れて頂けそう。

と、ここまではよかった。

ところが、この後がいけない。
私の勘違い、思い違い、詰めの甘さ、商売勘の悪さで、仮に買っていただけたとしても仲介料の半分しか頂けない可能性が高まってしまった。

「ナ・ン・デ・・?・・こんな初歩的な・・・・」と絶句したのは社長。
「でも、最初からそのことを注意してくれていたらこんなことには・・・・」と、やや気色ばんだのはトホホのワタシ。

「君を、”子供扱い”したくはないよ」と、悲しそうな社長の顔

その辺りに「穴」  はありませんか?
あれば、即刻飛び込みたい。
できれば大き目の「穴」がありがたい。
私は太めなので。

「濁流」②

昨日は、石手川の岩堰付近の濁流を紹介しました。
今日は、重信川の東温市付近の濁流画像をアップします。
夏場の重信川には、極細い水筋しか見受けられませんが、昨日の豪雨のすさまじさを感じさせてくれる水量でした。
重信川は一級河川ですが、延長はわずか36Kmしかない、短い川です。高低差(水源の標高は1,233mあります)の割りに河川長が短いため、度々洪水に見舞われてきました。濁流重信6縮小上流から圧倒的な水量で流れてきます。川の中州にまで生えているアシをなぎ倒しながら流れています。その理由は、この川が典型的な扇状地河川で伏流しているので、普段は流量も少なく見えますが、降雨が続くと一気に伏流水が地上に溢れ出すからです。濁流重信7縮小色は、泥を含んでいますので土気色に濁っています。濁流重信1縮小そして、一気に下流域に流れていきます。四国の中でも愛媛は温暖で天災が少ない地域として知られています。でも、自然の猛威を甘く見てはいけないと言う警告でしょう。


「たこ焼き」事始(ことはじめ)

“たこ焼き”は、元は“ラジオ(当時はラチ”オ)焼き“とか”ちょぼ焼き“とか呼ばれていた。

”ちょぼ焼き“は、小さな丸いくぼみのついた焼き器の型に、水で溶いたどろどろのうどん粉(小麦粉は、昔はこう言っていた)を流し込み、こんにゃくや紅しょうが、えんどう豆などを入れ、焼ければ醤油をかけて爪楊枝で食べていた。

四国でもこういう食べ方をしていました。

”モノの本“によれば、大阪で”ラジオ焼き“を始めたのは「会津屋」(大阪市西成区)で、昭和8年に市内今里(東成区)で開業している。
当初の使用材料は、肉、こんにゃく、ねぎ。
タコは入っていない。

肉入りは焼きたてはおいしいが、冷めると肉の脂が固まるのが問題だったそう。
そこで、明石にタコを入れて食べる”明石焼き“にヒントを得て、タコ入りの”たこ焼き“が誕生した。
昭和10年のこと。

これが、”たこ焼き“事始(ことはじめ)ということになっています。

今日の画像アップ編は、その”たこ焼き”の現場からトホホのワタシが紹介します。

明日は、その”たこ焼き“の本場から松山初上陸する「じゃんぼ總本店」の”たこ焼き“の美味しさを、本文と画像編でたっぷりご紹介します。

「たこ焼き」はコレです

今日の本文で、「たこ焼き」の事始を書きました。

実は、17日(明後日)の土曜日に余戸東の「マルヨシセンター余戸店」の県道久米垣生線をはさんだ北向かい側に、「じゃんぼ總本店・余戸店」が午前10時に開店します。
たこ焼きの本場、大阪から松山初上陸です。
この画像で、その「じゃんぼ總本店」の風景をご紹介します。たこ焼き6縮小鮮やかな”手返し”技で、外側はカリカリ、中はトロトロのたこ焼きが出来上がっていきます。たこ焼き5縮小全く無駄のない動きで、実にリズミカル。一連の作業を傍で見ているだけで、その美味しさが想像できます。たこ焼き12縮小あっという間に出来上がりました。ソースの焦げた匂いで、口の中は唾液が一杯に。
どうか、アツアツをフーフー唇を尖らせて食べてください。くれぐれもヤケドしないように。
なお、ドイツの世界的有名人(タコ)「パウル1世」は、この中のどれかに入っているかも。

また、7月31日の土曜日午前10時には、「じゃんぼ總本店・鷹子店」がオープンします。県道松山川内線沿いの、元の「鷹子温泉」入り口です。ご期待下さい。

「じゃんぼ總本店が明日開店します」

明日、17日は「じゃんぼ總本店・余戸店」の開店日です。

開店の場所は、余戸東、県道久米垣生線の「マルヨシセンター」の向かい側(北側)です。

大阪の“たこ焼き”と“お好み焼き”そして“焼きそば”のテイクアウト専門店「じゃんぼ總本店」が、いよいよ松山初進出です。
既に松前町の「エミフルの2階フードコート」内には出店していますが、松山では初めてです。

当社との出合は、「4月27日“土地勘1”」でこのブログに書きました。

“粉モン”の本場大阪で鍛え抜かれた人気店です。
大阪で成功をおさめていますから、当然に“美味くて、しかも安い”。
大阪人は、ニセモノと本物の違いを見抜く点では他府県の追随を許しません。

安かっても不味(マズ)ければ相手にしないし、逆に美味(ウマ)くても高ければ、これまた見向きもしない。

“美味いのだから高くて当たり前”などと、お高くとまっているどこかの“お好み焼き”とは姿勢が違います。
“お好み鉄板”と称する店は、“お好み焼き”をパフオーマンスで食べさせるとでも勘違いしているのか、小型の一人前に1,000円近くも取る。

そんな、思い違いや思い上がりなど、とんと通用しないところで揉まれてきたのです。
“百聞は一食にしかず”です。
まあ、一度ご賞味アレ。決して損はさせません。
画像編では、昨日に続いて「じゃんぼ總本店」の店頭風景をタップリご紹介します。

実は、今日”7月16日”は、1941年(今から69年前)に米大リーグ、”ニューヨークヤンキース”の「ジョー・ディマジオ」選手、”56の連続試合安打記”を作った記念すべき日です。この記録は、今も破られていません。

そして、同じく、今日16日は、「じゃんぼ總本店」賃貸契約日で、当社の仲介3連続記録の日です。
「じゃんぼ總本店」は明日の「余戸店」を皮切りに、7月8月の2ヵ月で3店舗連続出店します。
そして、同時に、今日、次の出店候補地を案内します。
4連続仲介記録に挑戦する日なのです。

「ジョー・ディマジオ」にあやかりたい、そう祈っています。

「じゃんぼ總本店」の店頭風景

17日(明日)午前10時に開店する「じゃんぼ總本店・余戸店」のご紹介を先程アップしました。

画像編は昨日に引き続いて、店頭の風景をご紹介します。オムそば2縮小先ずは”焼そば”です。厚みのある鉄板の上で、ヘラ2本を巧みにあやつりそばを焼いていきます。やや太麺がソースに絡まり香ばしく焼きあがっています。オムそば3縮小私のお勧めは、焼そばを薄焼き卵でスッポリ包んだ”オムそば”です。鉄板の上に卵を割り広げ、そこに”焼そば”を乗せて卵で包みます。”焼そば”のオムレツ版ですね。マイルドな味に仕上がります。お好み焼き3縮小これが、焼きあがった”お好み焼き”です。エミフルではフードコート内で食べられますので、このように鉄板の上に乗って出されます。熱いですから火傷に注意です。余戸店や鷹子店はテイクアウト専門店ですので、鉄板は出てきません。上にかけられた鰹節(かつおぶし)が、鉄板の熱さで踊っていました。じゃんぼ總本店4縮小最後は「じゃんぼ總本店」の店頭風景です。いよいよ明日開店です。期待する価値があります。ぜひお試しを。場所は、”不動産センター株式会社”にお電話頂ければ丁寧にご紹介・ご案内します。089-931-4151です。

え?
ところで、「不動産センターのホームページを見た」と言えば、”たこ焼き”割引があるか?って。
いえ、それはありません。
私が「じゃんぼ總本店」の味に惚れこんで、ボランティアで”愛媛地区宣伝隊長”を勝手に名乗っているだけですから、ハイ。




土曜日は静かです

土曜日は静かです。

出勤は、社長と私だけ。
ただし、今日午前10時は、昨日アップした「じゃんぼ總本店・余戸店」の開店です。
余戸店の情報を探してきたのは、社員N嬢なので、今日は彼女も出勤です。

N嬢と、開店の様子を見に行ってきます。
晴れてよかった
昨日の雷と豪雨で、一時はどうなることか?と気を揉みました。

気象台の発表によると、集中豪雨で被害が目だった今年の梅雨、昨日の雷で梅雨明けとなったようです。
午後には、余戸店開店の風景を撮影して、画像のアップをします。

今日と明日の2日間は、開店セールとして、「半額セール」を行います。

通常価格”270円”(大玉6個)のたこ焼き”が”140円に。

通常価格”380円”(豚玉)のお好み焼”が”190円に。

通常価格”380円”(並盛)の焼そば”が”190円に。

今夜は、”たこ焼き”を、ハフハフ喰らいながらビールで乾杯。

ウフフ ウフフ 


プロフィール

じゅん

Author:じゅん
愛媛の松山から、「愛媛グルメ紀行」や「愛媛の歴史」など、幅広いテーマで情報発信しています。日曜日を除く毎日更新。画像も豊富。
長いサラリーマン生活に終止符を打ち、還暦をとうに過ぎた2014.12.1に起業して社長になりました。

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