現役です 「オート三輪車」

昨日に続いて、今日も「オート三輪」の画像です。

しかも、今日の2台は立派に現役で働いています。オート三輪1   これは、”マツダオート三輪T2000型”ではないかと思います。

マツダが製造したオート三輪のなかでは大型の部類に入ります。

オート三輪は、昭和の初期から昭和50年代にかけて、小型貨物車の代表選手的活躍をしました。オート三輪2   こちらは”ダイハツオート三輪”ではないかと思います。

マツダと、小型三輪トラックの市場を争いました。

日本には、この「オート三輪」をこよなく愛する人たちがいて、「日本オート三輪友の会」という会まであります。オート三輪2台3   悪路に強く、小回りが利くので町の中小零細企業経営者に愛され、日本の高度成長を支えてきました。

どんな田舎にいっても、この三輪トラックは未舗装の山道を走っていました。

材木を積み、米や野菜や魚を運び続けたのです。オート三輪斜め4   この荷台の傷跡を見てください。

歴戦の勇士の姿を髣髴とさせる、無言の存在感を示しているではありませんか。

この車は2トン車です。ですから、2トンの荷物を積載していた?

とんでもない!”オート三輪”の最大の強みは「過積載に強いというところにあったのです。

積載制限を守っていたのでは、中小零細企業の経営なんて成り立たなかったのです。

その期待に立派にこたえてくれたのがこれらの”オート三輪”です。
運転席5   小気味いい運転席を見てください。

男の職場でした。

当初は、今のバイクのハンドルのようなバー式ハンドルでしたから、腕力がなくては運転できなかったのです。オート三輪正面6   この”面構え

昭和の男の顔です。

昭和50年代の終りころ、トヨタ自動車が廉価(安い)な大衆向けの四輪トラック”トヨエース”を発売し、三輪トラックは終焉を迎えます。

丁度、自動車がスピードの時代に入ったことも,三輪トラックの衰退に影響しました。

そうなんです、オート三輪の最大の欠点は、スピードを出したら途端に安定性を失うことにあったのです。

それでもなお、オート三輪を愛し続ける男たちがいる限り、今日も松山の町を”マツダオート三輪”や”ダイハツオート三輪”の疾走は続きます。

なお、最後になりましたが、この2台のオート三輪のオーナー様へ。

無断で画像を撮影し記事にしたことをお詫びします。

余りにも見事で、惚れ惚れしましたので、つい。

古いもの、そこに存在するだけで無言で歴史を語りかけてくれるもの大好き人間の心根に免じてお許しください。




にほんブログ村 地域生活(街) 四国ブログ 松山情報へ
にほんブログ村
にほんブログ村 地域生活(街) 四国ブログへ
にほんブログ村
にほんブログ村 写真ブログ 四国風景写真へ
にほんブログ村
愛媛のクチコミ情報サイト「ひめぶろぐ」



スポンサーサイト

北久米と桑原の「古墳」

今日は、北久米にある古墳をご紹介します。

場所は国道11号線を南下すると、北久米に複雑系の信号があります。牛丼の「吉野家」が近くにあります。

その交差点を、福音寺の方向に北上すると、すぐそこにあります。二つ塚古墳1縮小   これが”北久米二つ塚古墳”です。

目立たないし、墳丘はかなり破壊されていますので見過ごしてしまいがちですね。

でも、これでもれっきとした古墳で、日本独特の形である”前方後円墳”です。

つまり、墳丘の前部は方形(四角)で、後部が円形をしています。

松山市は小野川水系と石手川水系沿いに、古墳が点在しています。

”北久米二つ塚古墳”の近くにも記録の上では、桑原町には”経石山古墳”が、畑寺町には”三島神社古墳”があることになっています。

いずれも前方後円墳です。経石山古墳   これが桑原町に現存している”経石山古墳”です。

ちょっと分かりにくいのですが、立派な前方後円墳です。今は公園になっています。

また、畑寺町にあった”三島神社古墳”は、今は形は残っていません。

三島神社の宮司さんの話では、今は現存せず記録だけが残っているのだそうです。

3世紀後半から7世紀後半に、全国で古墳が作られていまが、”北久米二つ塚古墳”が出来たのは古墳時代後半。

今から1300年位前には、この辺りに一種の権力を持った人が住んでいたのでしょう。廃屋2縮小   この”納屋”は、”北久米二つ塚古墳”のまん前にあります。

特に古墳とは関係ないのですが、古墳があって、廃れた納屋があて、その置くにはマンションが建っています。

そのコントラストが、ワタシには”松山らしい”と映ったのでシャッターを切りました。

納屋の壁は土壁。

竹で組んだ桟に藁(ワラ)を塗り込めています。

湿気の多い日本の気候的特徴を考え、納屋に収めた農産物の腐敗を防いだ知恵が形として残っています。廃屋4縮小   こういう何気ない田舎の風景が、松山の中心部からわずか10分程車を走らせると目に飛び込む、この”田舎力”が例えようもないほど好きです。


にほんブログ村 地域生活(街) 四国ブログ 松山情報へ
にほんブログ村
にほんブログ村 地域生活(街) 四国ブログへ
にほんブログ村
にほんブログ村 写真ブログ 四国風景写真へ
にほんブログ村
愛媛のクチコミ情報サイト「ひめぶろぐ」



松山には古墳、まだまだあります

昨日、このブログでは初めての古墳を採り上げました。

実は、松山には他にまだまだ古墳があるのです。

少しづつ取材してアップしていきます。荏原城跡入り口1   これは、古墳とは言えませんが、よく知られている”荏原城跡”(えばらじょうせき)です。

この”荏原城跡”は愛媛県の県指定史跡です。

建てられたのは、戦国時代末期と言われていますが、詳しいことは分かっていません。

戦国末期に、この辺りを支配していた河野氏の重臣の”平岡氏”の居城であったそうです。堀   豊臣秀吉の四国統一によって、河野氏の支配が終わり、平岡氏の居城も廃城の運命をたどりました。

城跡の周囲には、およそ300m程度の堀があり、当時の面影を忍ばせています。古墳2   こちらの古墳群は、恵原町に残っている”八ツ塚群集古墳8基”と呼ばれているものです。

上に書いた”荏原城跡”の直ぐ近くにあり、松山市指定史跡です。

作られた時代は、古墳時代後期(今から約1,400年ほど前)のものです。古墳3   縦に七つの古墳が並んでいる様は、古墳時代にタイムスリップしたかの感があります。

”八ツ塚群集古墳8基”とありますから、8基が並んでいるのかと数えましたが、ワタシには7基しか見えませんでした。

この古墳群は個人の所有で、きちんと整備し管理されています。古墳4   それぞれの古墳の頂(いただき)には、小祠が置かれ、石地蔵が安置してあります。

円墳と方墳が混在して見えます。古墳5   一説によりますと、四国遍路の元祖といわれる衞門三郎の8人の子供を祀ったとの伝説も残っているようです。

また、弘法大師の怒りにふれ、次々と亡くなった衞門三郎の8人の子供を祀ったという言い伝えもあるようです。古墳6   いずれにしても、身近なところに、古墳時代から続く遺跡が点在しているという、松山の地は見所のある都市ではないかと思います。


にほんブログ村 地域生活(街) 四国ブログ 松山情報へ
にほんブログ村
にほんブログ村 地域生活(街) 四国ブログへ
にほんブログ村
にほんブログ村 写真ブログ 四国風景写真へ
にほんブログ村
愛媛のクチコミ情報サイト「ひめぶろぐ」


コンデジで捉えた「鳥たち」④

今日はコンデジで捉えた鳥たちの第4弾です。

仕事柄、中予地区を中心に県内のあちこちを歩き回っています。

最近は、鳥の姿を見ると慌てて車から飛び出てシャッターを切る習慣ができました。アオサギ1   でも、こんなに身近に迫れたのは初めてです。

これは、松前町中川原にある”ひょこたん池公園”近くで撮った鳥たちです。

先ずは、人家の屋根で羽根を休めていた”アオサギ”君です。

アオサギは前回のシリーズでも採り上げました。

結構、大型の鳥で風格を感じました。アオサギ2    そーっと軒島まで近づいてシャッターを。

さすがに、この後直ぐに逃げられました。スズメ3   こちらは、ありふれた””たちです。

背景が空なので、明るく写せませんでした。

普通は雀は撮影しないのですが、”ひょこたん池公園”の周囲の木々や田んぼで、集団で移動していたので思わずシャッターを切りました。田の中のスズメ4   刈り取られた後に、自然に発芽し伸びた稲が、再び枯れた田で見かけました。

ナント、楽しげに雀たちが乱舞していました。

動きが早いので、ピントを合わせることができていません。ヒヨドリ5   最後は”ヒヨドリ”ではないか?と思います。

ヒヨドリは、今までに何度も写せましたが、今回が最短距離で撮影できました。

今まで気がつかなかった光景が、今では盛んに目に入るようになってきました。

これもブログの効用でしょう。



にほんブログ村 地域生活(街) 四国ブログ 松山情報へ
にほんブログ村
にほんブログ村 地域生活(街) 四国ブログへ
にほんブログ村
にほんブログ村 写真ブログ 四国風景写真へ
にほんブログ村
愛媛のクチコミ情報サイト「ひめぶろぐ」

コンデジで捉えた「鳥たち」⑤

今日もコンデジで捉えた鳥たちです。

昨日アップした、松前町中川原にある”ひょこたん池”の水鳥です。かも1   先ずは、”マガモ”です。

盛んに水中に首を突っ込み、餌を探していました。かも2   冬鳥なので、こちらに越冬のために飛来したのでしょうか?それとも、飼育されているのか?

泣き声は、例の「グワー クワックワッ」調なので騒々しい鳥ですが、仕草が可愛い。白鳥3   こちらは”シロアヒル”ですね。

アヒルは、マガモから人為的に作り出された家禽(かきん)です。

アヒルは家禽なので、大型化し過ぎて飛べません。

公園などの池で飼われていますが、野生化したものもあり、ここのアヒルがどちらかは分かりません。

そして、飛べない鳥だからこそコンデジでも撮れたんですね。(アタリマエですが)鴨と白鳥4   でも、マガモと仲良く餌採りをしている様子から見ると、飼育されているのかも知れませんね。

元々が同じ仲間なので、泣き声も似ています。

アヒルとマガモを交配して生まれたのが”アイガモ”ですね。

鴨うどんの肉は、アイガモの肉を使っているケースが多いと思います。

アヒルを見て、鴨うどんを連想するって不謹慎カモ鴨と白鳥5   どちらにしても、微笑ましく、餌の採りっこをしていました。

体が両方とも大きいので、完全に水に潜ることはできないみたいでした。

ですから、池の一番浅いところで、首だけを水中に潜らせて餌を探していました。

なお、アヒルの一番の天敵人間です。

二番目の天敵が猫です。

「どうか、どちらからも、最後まで逃げ切ってね」と祈って池を去りました。


にほんブログ村 地域生活(街) 四国ブログ 松山情報へ
にほんブログ村
にほんブログ村 地域生活(街) 四国ブログへ
にほんブログ村
にほんブログ村 写真ブログ 四国風景写真へ
にほんブログ村
愛媛のクチコミ情報サイト「ひめぶろぐ」

北吉田・余戸の「長屋門」

今日は松山市の近郊に多く見られる”長屋門”の風景をご紹介します。

先ずは”北吉田の長屋門”と”余戸の長屋門”をご紹介します。北吉田長屋門1縮小   まず、最初の2枚は”北吉田の長屋門”です。

農業用水路が、屋敷の周りを巡っており、なんと風情のある風景なのでしょう。

明治から大正を経て、昭和の初期までの”吉田”の豊かな農村風景を髣髴とさせます。北吉田長屋門2縮小   ところで、”吉田”という地名は全国各地にあります。

県内でも宇和島市「吉田町」がありますが、元々は河口が海につながる辺りの湿った場所であったことを意味します。

湿った河口付近には、葦(あし)が生えます。

本来は「葦田」(あしだ)であるものを、葦(あし)は悪し(あし)に通ずるという「忌み言葉」と考えられ、全く逆の「良し田」(よしだ)が、現在の”吉田”になったものです。

昔は、この辺りの”北吉田”や”南吉田”も、葦の生い茂った湿地帯だったのでしょう。余戸の長屋門3縮小   さて、こちらは”余戸の長屋門”です。

南斉院や北吉田のものと比べると、規模がやや小さく庶民的な雰囲気があります。

しかし、そもそも、長屋門を持てたのは豪農に限られると思います。余戸の長屋門4縮小   こちらも、”余戸の長屋門”です。

新しい装いのようで、改修されたのでしょう。

どちらの”長屋門”も、決して飾り物ではなく、立派に生活に溶け込んでいました。

こういう、さりげない”松山の田舎力”が好きなんです、ハイ。


にほんブログ村 地域生活(街) 四国ブログ 松山情報へ
にほんブログ村
にほんブログ村 地域生活(街) 四国ブログへ
にほんブログ村
にほんブログ村 写真ブログ 四国風景写真へ
にほんブログ村
愛媛のクチコミ情報サイト「ひめぶろぐ」




南斉院の「長屋門」

今日は、南斉院町にある”長屋門”のある風景をご紹介します。

南斉院の地元では”長屋門”を、単に”長門”(ながもん)と呼んでいます。南斉院町長屋門1縮小   松山に住んでいる方なら、どこかでこの風景を見られていると思います。

全国的には、茨城県とか徳島県三好市池田町などに分布しているそうですが、松山市は”長屋門”濃度が極めて濃いと言われています。南斉院町長屋門2縮小   この”長屋門”は、明治44年に築造されたといいます。

今からちょうど”100年前”です。

この辺りの”長屋門”の多くは、江戸から明治の時代に建てられたといわれています。

この門の両側は、昔は農機具や牛を飼っていたそうです。

また、農繁期には農作業に季節農民が仮住まいする場所でもありました。南斉院町長屋門3縮小   特に、この5軒が建ち並ぶ”長屋門”は壮観です。

昔から”南斉院の長門”と言われ、松山市内でもその規模は群を抜いています。

長さは、全長100mもあって、この前で運動会が開けそう。

折りしも、2月24日付けの「愛媛新聞」に、「第7回松山市都市景観賞」の今年度の最優秀きらめき大賞に、この風景が選ばれていましたね。

同じ県内、西予市宇和町にある”米博物館”には、昔の小学校の木造校舎を利用して米作りに関する資料や道具が展示されています。南斉院町長屋門4縮小   そこに”廊下ぞうきんがけレース”で有名な一直線の廊下があります。

その長さが109mです。

雑巾がけレースは出来ませんが、長屋門レースを工夫すれば名所になるかもしれないですね。南斉院町長屋門5縮小   門の中を覗くと、立派な庭が垣間見られます。

重厚なたたずまいは、いにしえの”豪農”(大規模地主農家)の面影を漂わせています。南斉院町長屋門6縮小   最後に、この”スケッチ画”、長屋門にお住まいの方から見せていただいたもの。

今でも、大切に修理を重ねながら日常生活を送っておられます。

その皆さんが、伝統を守り、松山の風格と風情を愛し、大切にされていることを感じさせられるスケッチ絵でした。


にほんブログ村 地域生活(街) 四国ブログ 松山情報へ
にほんブログ村
にほんブログ村 地域生活(街) 四国ブログへ
にほんブログ村
にほんブログ村 写真ブログ 四国風景写真へ
にほんブログ村
愛媛のクチコミ情報サイト「ひめぶろぐ」

井門町の「豊島家住宅」

今日は、井門町にある”豊島家住宅”(としまけじゅうたく)を外から見た風景をアップします。

場所は、国道33号線を砥部町方向に南進し、松山自動車道の高架下信号を、高速道路の側道を西に入った辺りにあります。

近くまで行けば、すぐに分かる位、一際豪壮な農家住宅です。豊島家土塀1縮小   この画像は、その”豊島家住宅”の石積みの外壁です。

家の正門前を、農業用疎水が流れています。

その流れている水の綺麗なこと。

ていれぎの里”高井の名水の流れを受けて、松山市内では特に水の綺麗な所です。豊島家屋根2縮小   ”豊島家の住宅”の母屋は、1758年に建築されており、主な8棟の建物のうち7棟が”国の重要文化財”に指定されています。

特に、重層な入母屋作り屋根は「井門の八棟造り」(いどのやつむねづくり)と呼ばれ、この住宅を際立たせています。豊島家屋根3縮小  この屋根組みを見ただけで、当時の”豊島家”の家格が分かりますね。

中予地区の豪農(ごうのう)で、大庄屋格であったといいます。

屋敷内では松山藩の軍用馬が飼われていたそうです。

今の長屋は、その当時の馬屋の跡。豊島家土塀4縮小   現在もこの家は使われています。

井門地区の誇りでもあります。

澄み切った名水でもある農業用水は、今も現役でこの地域の農業を支えています。

こういう光景を大切にしたいものですね。


にほんブログ村 地域生活(街) 四国ブログ 松山情報へ
にほんブログ村
にほんブログ村 地域生活(街) 四国ブログへ
にほんブログ村
にほんブログ村 写真ブログ 四国風景写真へ
にほんブログ村
愛媛のクチコミ情報サイト「ひめぶろぐ」

丹原の「古墳」

3月の初めに松山市内にある古墳の幾つかをご紹介しました。

今日は西条市"丹原の風景"をご紹介します。

人気の道の駅”周ちゃん広場”に買い物に行った帰りに写しました。丹原すくも山古墳   これは”丹原すくも山古墳”です。

標高はわずか40mに過ぎませんが、れっきとした古墳です。

ただし、形態や遺構、それに出土品等は不明です。

田んぼの真ん中に、豆粒のような形で残っています。

どういう人が祭られていたのでしょうか。丹原四尾山古墳1   こちらは、”すくも山古墳”の直ぐ近くにある”丹原四尾山古墳”(しぶやまこふん)です。

別名”おしぶ山”・”おしぶ森”とも呼ばれています。標高は60m。丹原四尾山古墳2   こちらは県道側から見た”丹原四尾山古墳”です。

現在は”福岡八幡神社”が古墳の中ほどにあります。

山頂は、この辺りの豪族であった”今井三郎右衛門信氏”が築城した”福岡城”があったという記録が残っています。ユンボ2   丹原の”周ちゃん広場”を出て、県道48号線を南下し、国道11号線に向かう途中にこれはありました。

使い古され、道端に廃棄された重機の残骸です。

俗に言う”ユンボ”でしょうか?ユンボ1   かつては、この辺りの地域開発に力を発揮したことでしょう。

でも、機械でも人間でも必ず寿命があります。

燃え尽きて、燃えカスになるのか?生煮えで形が残るのか?

その先の行方を、目の前で咲いていた”菜の花”に聞いても、応えは返ってきませんでした。


にほんブログ村 地域生活(街) 四国ブログ 松山情報へ
にほんブログ村
にほんブログ村 地域生活(街) 四国ブログへ
にほんブログ村
にほんブログ村 写真ブログ 四国風景写真へ
にほんブログ村
愛媛のクチコミ情報サイト「ひめぶろぐ」



「廃屋」シリーズ①

今日と、明日は県道48号線と国道11号線沿いにあった”廃屋”をご紹介します。

先ずは、県道48号線沿いの”蔦倉庫”です。蔦屋1   一体何年かかったら、ここまで蔦に覆われるのでしょう。

近寄らないと、農業用倉庫だった原型を想像できません。蔦屋2   建物に近寄ろうとしても、行く手を阻む雑草の生命力にタジタジとなりました。

イヤイヤ、むしろ雑草や蔦が、人間や小動物の侵入から倉庫を守っているのかも?民家3   こちらは、国道11号線沿いにあります”民家跡”です。

松山方面から言うと、桜三里の峠を下り、丹原に入る直前にあります。民家4   まだ”廃屋”になってから日が浅い様子です。

ですから、建物にまだ人の匂いを感じました。まだ建物として生きています。

梅が傍らでほころんでいました。

かつては、この梅も手入れが行き届き、国道を通るドラーバーの目を楽しませてくれていたことでしょう。

「ありがとう、お疲れ様でした」と、声を掛けたくなるお家でした。廃屋5   こちらも、国道11号線沿いにあります。

こちらのほうが、”廃屋”になったのはずっと以前。

いや、廃屋にもやはりそれなりの風格といいますか、”廃屋らしさ”があるものです。


その点で言えば、堂々とした風格の廃屋ではありませんか?廃屋内部6   こちらは、その風格ある廃屋の内部です。

ここで、どういう人が、どういう生活をし、どういう終り方をしたのでしょう。

こういう風景に興味ある人など、ひょっとすれば皆無かも知れませんね。

でも、人が生まれ、育まれ、成長し、盛りを向かえ、老いの予感を感じ、そしてそれを実感しながら・・・

と、色々考えさせられるんです。

ワタシの想像力を掻き立ててくれる素材として、廃屋形ある古いものは実に貴重です。


にほんブログ村 地域生活(街) 四国ブログ 松山情報へ
にほんブログ村
にほんブログ村 地域生活(街) 四国ブログへ
にほんブログ村
にほんブログ村 写真ブログ 四国風景写真へ
にほんブログ村
愛媛のクチコミ情報サイト「ひめぶろぐ」

「廃屋」シリーズ②

今日も、国道11号線沿いにある「廃屋」です。今日は民家ではなく、”ロードサイドの店舗跡”です。

全国どこの国道のロードサイド店も、今や厳しい現実にさらされています。

日本のモータリゼーションは、1964年(昭和47年)の東京オリンピックを境に進んでいったとされています。

それに合わせて、国道を中心にロードサイド店がどんどん開店し、家族でドライブ=郊外のロードサイド店での食事という光景が見られるようになりました。店舗1   ところが、栄華盛衰は世の常。

第一次オイルショックを初めとする何度かの景気後退期を境に、飲食系のロードサイド店は不振を極めるようになり、郊外の大型ショッピングセンターやファーストフード店などと明暗を分けるようになったのです。

この画像は、国道11号線の、松山方面から行って”桜三里”を過ぎる辺りの飲食系ロードサイド店の現状です。店舗2   枯れたススキの後ろで、閉鎖された飲食店の店舗跡が国道沿いに続いています。

家族の歓声が桜三里の谷間にこだましていたのは、一体何年くらい前のことだったのでしょう。レストラン3   どのお店も、味はもちろん店舗の装いにも工夫を凝らしました。

この店舗のようにバスを象(かたど)った店舗もありましたね。

人が去った後は、モノの崩壊はその速度を一気に早めます。

どこまで崩壊が進むのか・・・・レストラン4   ”カフェレスト トレイン”です。

山から水を引き、挽きたてのコーヒー豆で美味いコーヒーを提供する・・・が謳い文句。

一時期、近くのカレー専門店”ブルドッグ”を人気を二分していました。レストラン5   でも、この「何でもあり」のメニュー構成がお店の個性を奪ったのでしょうか。

前述の”ブルドッグ”も最近弊店の憂き目を見ましたが、”カフェレストトレイン”はそれよりはるか以前に閉店を余儀なくされました。

鎌倉時代に作られたという、有名な”平家物語

「祇園精舎の鐘の声 諸行無常の響きあり(ぎおんしょうじゃの かねのこえ しょぎょうむじょうの ひびきあり)」という書き出しで有名ですね。

その一節にこうあります。

「たけき者もつひには滅びぬ ひとへに風の前の塵に同じ」(意味=勢いを誇ったものも結局は滅びます。それは、風に舞い散るチリに等しいのです)

街道沿いのロードサイド店の光景を、鎌倉時代の一節に見る思いがします。蓮の実   これは”蓮の実”です。

睡蓮(すいれん)は花を付け、盛りを誇った後、実を付け、あとは枯れ果てます。

そしてこの蓮の実です。

地上に落ちて、発芽する環境になければ、1000年でも2000年でもじっと発芽するチャンスを待ち続けます。

崩壊し、朽ち果てたと思っていても、周囲に何らかの種を残していたら蘇(よみがえ)ります。

”廃屋”や”閉鎖された店舗”、いや””でもそれは同じことではないでしょうか。

とりあえず”廃屋”シリーズを終えます。


昨日、三陸沖を震源とするマグニチュード8.8の「東北・関東巨大地震」が起きました。

それに伴う津波が日本の海岸線の津々浦々に至るまで押し寄せました。

日本の歴史上最大、世界でも1900年以降では5番目の規模だそうです。

未曾有の大惨事です。被害はますます深刻になり、広がりをみせると思われます。

被災された地域や、大災害に見舞われた全ての方々に心よりお悔やみ申し上げます。

復興に向けた動きに対しては、非力ではありますが出来るだけのことをしたいと思っております。



にほんブログ村 地域生活(街) 四国ブログ 松山情報へ
にほんブログ村
にほんブログ村 地域生活(街) 四国ブログへ
にほんブログ村
にほんブログ村 写真ブログ 四国風景写真へ
にほんブログ村
愛媛のクチコミ情報サイト「ひめぶろぐ」


お見舞い申し上げます

東北・太平洋沖大地震と大津波の甚大なる被害報道に、心を痛めております。

先ずは、被害にあわれた多くの方々に対し、心からお見舞い申し上げます。

また、お亡くなりになられた方のご冥福を四国の片隅で静かに祈っております。

テレビなどの報道を見るたびに、そして被害の実態が明らかになるに付け、自然の猛威・驚異というものに対する人間の限界というものをヒシヒシと感じているところです。

今回の事態は、全て「想定外」と伝えられています。

思えば、自然界の人知を超えた営みを、正確に予想することなど到底不可能なのでしょう。

今までの科学の方向性は、人間の知恵と工夫と驚異的な発想力で自然界のあらゆる脅威を克服し、押さえ込むという方に向いていたのかも知れません。

しかし、それがいかに無謀であったのかという現実を前にすると頭を垂れる他ありません。

しかし一方では、無謀であっても不可能ということが分かっていても、なおかつ自然界の想像を絶する猛威に立ち向かわざるを得ないことも事実ではないでしょうか。


このままノホホンと、四国の地にいて平穏な画像や文章をブログにアップし続けていいのかということを自問自答しているところです。

ただ、現時点での自分の出きることの現実を考えますと、ただひたすら行方不明になっている方々のご無事での救出と、亡くなられた方々のご冥福、そして被災地の一日も早い復興を祈るばかりです。

その上で、春を迎えようとしている愛媛から、愛媛らしい日常を、心を痛めながらも発信し続ける他ないとの思いでおります。

再度申し上げます。

心からお見舞い申し上げます。

そして、復興に向けてのワタシに出来ますことは何か?を考え、実行したいと考えています。

コンデジで捉えた「鳥たち」⑥

今日からしばらくは、「東北・関東大震災」で犠牲になられた多くの方々、被災された方々に奉げます。

当面、四国の片隅から多くの行方不明になっておられる方々の、一刻も早い無事救出を祈るばかりです。
カナリア1   夢と希望を求める”青い鳥”ではありませんが、見るものの心を和ませてくれる”黄色いカナリア”です。

お客様のところを訪問したときに、余りにその仕草が可愛いので撮影させていただきました。カナリア2   一つの鳥かごに”一つがい”のカナリが飼われていました。

確かに狭い鳥かごですから、広い空に放ってあげたいと思わないことはありませんでした。

でも、人に飼われるように品種改良されたカナリアは、自然界では天敵にたちまち囲まれてしまうでしょう。カナリア3   「この環境が安心デキルンダ、心配しないで」と語りかけられた思いがしました。

狭くても小さくても、安心して眠れる我が家があることは彼女たちにとっては大切なことかも知れません。カナリア4   こういう目で見つめられると、籠の外が幸せなのか?中のほうが幸せなのか?

分からなくなってきます。

春の陽光を受けて、眠そうに転寝(うたたね)をしていました。カナリア5   と、思った瞬間、カナリアは首をクルリと翻して、「世の中、逆さまに見てみると、全く違った世界が見えるよ!」

そう暗示してくれたのでしょうか。

かつての日本人は、灰燼に帰した国土を、力と心を合わせて復興させました。

その、日本人の力を合わせあう時の底力を信じています。



にほんブログ村 地域生活(街) 四国ブログ 松山情報へ
にほんブログ村
にほんブログ村 地域生活(街) 四国ブログへ
にほんブログ村
にほんブログ村 写真ブログ 四国風景写真へ
にほんブログ村
愛媛のクチコミ情報サイト「ひめぶろぐ」



コンデジで捉えた「鳥たち」⑦

今日も、「東北・関東大震災」に被災された方々の、重く悲しいニュースが続いています。

ですが、決して希望を捨てることなく、力と心を合わせて未曾有の困難に立ち向かって頂きたいと切に祈るばかりです。コサギ1    今日も、仕事の途中で見かけた鳥たちを、コンデジで写しました。

コンデジの悲しいとこをは、望遠能力が落ちることです。

もちろん、ピントが合う範囲が広いので、奥行きのある画像が難しいという点もあります。

画像は、近くの池で見かけた”コサギ”(?)です。

広い池なので、近づくのはこれで精一杯。

これがコンデジの現実です。コサギ2   でもたまには被写体の鳥に近づけるチャンスがあります。

この”コサギ”は、余戸の住宅地域の公園にいます。

とまっている電線の真下に農業用水路があります。

この水路でタニシなどを探し、危険が近づくと電線に非難です。コサギ3   撮影日は違うのですが、いつも同じ公園横の電線で羽を休めています。

一羽しかいませんから、ちょっと孤独な雰囲気が漂っていますね。コサギ4   ”コサギ”と書きましたが、違っているかもしれません。

鳥の図鑑で調べるのですが、種別の固有な特徴がよく分かりません。

ブログの友人に時々訂正のアドバイスを頂いております。ありがたいことです。コサギ5   「東北・関東大震災」は、大地震と巨大な津波という天災・自然災害に加えて、原子力発電所の事故という深刻な問題が加わっています。

愛媛にも伊方原発を抱えていますので、決してよそ事ではありません。

電力供給は、今の原発を前提に組み立てられていますので、たちまちには「事故=原発はいらない」、ということにはならないのが難しいところ。

人はもちろんですが、愛媛の野鳥たちも含めて、全ての動植物が共存できる環境作りを真剣に考え直す必要がありそうですね。


にほんブログ村 地域生活(街) 四国ブログ 松山情報へ
にほんブログ村
にほんブログ村 地域生活(街) 四国ブログへ
にほんブログ村
にほんブログ村 写真ブログ 四国風景写真へ
にほんブログ村
愛媛のクチコミ情報サイト「ひめぶろぐ」

コンデジで捉えた「鳥たち」⑧

東北・関東大震災の被害は、日を追うに従って目を覆う惨状が広がっています。

昨日、遅ればせながら郵便局に義捐金の送金に行きました。

心ばかりの金額なので恐縮しながら送金しました。

さて、ここにきて原子力発電の事故が問題をいっそう深刻化させています。

電力の計画停電など、一部の方が原発事故を想定して言及されていましたが、それがまさか現実になるとは・・。

何も出来ない自分にもどかしさを感じながら、今日も松山の地でデジカメで捉えた鳥たちの画像をアップします。ヒヨドリ1   これは何度もアップしたことがある”ヒヨドリ”です。

いたるところにいます。この日は寒かったので、羽毛を逆立てて小さく丸まっていました。

奥の畑では、既にソラマメの花が付いていて、4月から5月にかけての取り入れ待つばかりとなっていました。ヒヨドリのお腹3   こっちの”ヒヨドリ”は北井門町の農家の庭先で撮影しました。

手前の松葉にピントが合ってしまって、肝心のひよどりはピン甘ですが、立派なお腹を見せてくれています。ボジロ小野4   こちらは小野川沿い、平井町の住宅の軒先にいた”ツグミ”です。

雀の仲間ですからよく似ていますが、雀よりやや大きい鳥ですね。

なお、この鳥を最初のアップでは”ホオジロ”と書きましたが、ブログ友達に間違いを指摘していただきました。

”ホオジロ”にも似ていますが”ツグミ”だそうです。ホジロ小野5   警戒心が強くて、辺りを盛んに見回していました。


田や畑を足で走り回って昆虫などを食べます。ホジロ小野6   いずれにしても、自然環境が守られていないと鳥たちは生存できません。

鳥たちが生存できない環境は、すなわちワタシ達も生存できないということです。

計画停電を発表する電力会社が、オール電化生活の快適さを盛んに宣伝していたことが皮肉な結果になりました。

生活する上で、決定的な何か一つに頼りきった生活は、便利だけど、それを失ったときのリスクも大きいことを示しました。水鳥6   最後は、池の水辺にいた”水鳥”です。

この水鳥の種名は、アップした時は分かりませんでした。

でもアップした後で、この鳥の種名もブログ友達に教えていただきました。

渡り鳥の水鳥で”ヒドリガモ”のオスだそうです。

まもなく北に帰るのだそうです。帰る前に撮影できました。ラッキー!

その友人は”野鳥博士”の一人で、鳥のオスとメスの違いまで見分けが付きます。うなってしまいます。すごい!

最近では、人間でもオスとメスの違いが見分けにくくなっているというのに・・・・。

それはともかくとして、多くの野鳥がこぞってこの地に集まってくれる、そういう地域を大切にしたいと思います。



にほんブログ村 地域生活(街) 四国ブログ 松山情報へ
にほんブログ村
にほんブログ村 地域生活(街) 四国ブログへ
にほんブログ村
にほんブログ村 写真ブログ 四国風景写真へ
にほんブログ村
愛媛のクチコミ情報サイト「ひめぶろぐ」




コンデジで捉えた「鳥たち」⑨

今週は、「東北関東大震災」の被災者の方々に奉げるという気持ちでアップを続けています。

果たして、アップを続けることがいいのかどうか?

今もって自問自答しながら煩悶(はんもん)しております。マガモ1   これは自宅近く”小野川”で撮影した”マガモ”(?)です。

と、今日もブログ友達から訂正のコメントを朝一番でいただきました。

このカモは”マガモ”ではなく、”オナガガモ”だそうです。しかもオス。

うーーん、鳥の種名の判別は難しいですね。でも勉強になります、ありがたいですね。

近寄っても逃げませんでした。

時折羽を休めながら、それでも懸命に餌を追っていました。マガモ2   餌追いに疲れると、羽の毛づくろいをしながら、首をねじって体操(?)の様子。

肩がこったのでしょうか?

でも、見てて見飽きません。

この”のどかな生活”大切ですね。マガモ3   小野川水系は住宅地の中を縫って流れ、瀬戸内海に注いでいますので、市民にとっても身近な存在です。

言わば、自宅の横を流れている川に、”マガモ”の集団が飛来して羽を休め餌をあさる。マガモ4   地元にとっては、「ようこそ、おいでなさった」と、パンくずの一つも与えてお接待をしたい気持ち。

でも、彼女たちにとっては、それはおせっかいに過ぎることでしょう。マガモ5   あるがままに受け入れ、翌年も飛来してくれる環境を保つほうが彼女たちの為になるのでしょう。

そこが、放射能などに汚染された地域とならないよう祈るばかりです。

万が一放射能汚染があったとしても、被害が最小限になるように、原発の立地に田舎を選んでいるとしたら、”魅力ある田舎”に申し訳なさ過ぎます。



にほんブログ村 地域生活(街) 四国ブログ 松山情報へ
にほんブログ村
にほんブログ村 地域生活(街) 四国ブログへ
にほんブログ村
にほんブログ村 写真ブログ 四国風景写真へ
にほんブログ村
愛媛のクチコミ情報サイト「ひめぶろぐ」



コンデジで捉えた「鳥たち」⑩

東北関東大震災に被災された方々に奉げる”コンデジで捉えた鳥たち”シリーズは、今日で一応の区切りを付けたいと思います。

今回の世界的な、しかも歴史的な大惨事を目の当たりにして、様々なことに思いを巡らせております。

しかし、現実に今日この時刻にも肉親を失って悲嘆に暮れている方々がいることを思うと、自然に頭を垂れざるを得ません。

ワタシも今年の初めに母を亡くしました。

でも、それは本人を含めて家族の全てが納得した上での別れです。

それに比して、天災と人災による強制的な別れ、心の準備が出来ていない別れの辛さには言葉もありません。カルガモ1   昨日に続いて、"小野川"に飛来した”カルガモ”(?)の様子をご紹介しましょう。

野鳥の種名には自信ありません。

”マガモ”と一緒に泳いでいて、よく似ているので見分けが付きにくいのです。カルガモ2   よく見ると、マガモの集団の中に、嘴(くちばし)の先の色が黄色いグループを見つけました。

これがひょっとしたら”カルガモ”君たちではないかと主ってシャッターを切りました。カルガモ3   一時期、東京のビル街の中を、”カルガモ”の親子が集団で移動している様子が報じられていたことを思い出しました。

ところが、最近では原発の炉心の融解、”メルトダウン”などのニュースが連日報道されています。

カルガモたちを見ていて、思わずため息と「スマンナー」という言葉が口をついて出てしまいました。カルガモ4   東北関東大震災は「天罰だ」と言い捨てた人がいます。

ワタシはその言葉を前に、家族の安否を気遣って心の糸を切らさないよう苦しんでおられる方々を思うと、言い様のない悲しみを覚えました。カルガモ5   それと同時に、この”カルガモ”たちにも頭を垂れる思いがしました。

「天罰」が下ったのだと言い放つ人がいる一方

「自分は障害を持っているので、お役にたちたくても立てない自分に心を痛めている」というラジオへの投稿もありました。

少なくとも、ワタシは後者の立場で物事を考え行動したいと心を新たにしました。



にほんブログ村 地域生活(街) 四国ブログ 松山情報へ
にほんブログ村
にほんブログ村 地域生活(街) 四国ブログへ
にほんブログ村
にほんブログ村 写真ブログ 四国風景写真へ
にほんブログ村
愛媛のクチコミ情報サイト「ひめぶろぐ」



小野川周辺の今

今日は、自宅近くの”小野川”周辺を歩いたときに撮影した画像をご紹介します。

東北地方の被災地の方々には恐縮に思いますが、愛媛の地には確実に春が訪れています。

どこにでもある、ありふれた風景ですが、平穏な愛媛の今の姿の一部を切り取りました。アンテナ1   先ずは、咲き誇る菜の花の向こうにある”巨大アンテナ”がある風景です。

ワタシの義弟がアマチュア無線を趣味としていて(ハム)、確かこのような巨大アンテナを家の庭に立てていた記憶があります。

このアンテナがアマチュア無線局のアンテナだとすると、今回の様な巨大地震で携帯電話が不通になった事態を考えれば、これからの時代、貴重になるかもしれません。大木6   アンテナの家の近くにあった村のシンボル的”大木とお塚様”です。

日本人は、巨大な物や希少な景色や草木に至るまで、万物の全てに八百万(やおよろず)の神々が宿ると考えました。

キリスト教やイスラム教のように、唯一の神を絶対的にあがめるという宗教的な考え方をとらなかったのです。

ですから、村の鎮守的な大木にも神が宿っていると、信仰の対象としました。

大木の横に祭ってあるお塚様は、その名残でしょうか。椿2   小野川は、重信川水系に属しており、松山市の平井町までは県道河中平井停車場線沿いに、南の方向に流れます。

平井町辺りから流れを西にとり、松山平野を西向きに横切り、保免町で石手川と合流し伊予灘に流れ込みます。

この椿は、丁度、川の流れを西向きの変える辺りの土手沿いに咲いていました。

冬の花から春の花へと移り変わる、季節の変わり目であることを示しています。ネコ3   その小野川の川原で見たネコの横顔。

野良猫であるのか、飼い猫であるのか分かりませんが、川原で食べていたのは”キャットフードの缶詰”。

時代を感じて、シャッターを切りました。

でも、肝心の猫君は「何で、俺様を撮影したりするの?」と、怪訝(けげん)そうな顔をするばかり。桜逆光4   小野川の土手沿いには、既にが咲いていました。

桜の種類は分かりません。

さくらんぼの種類は早く咲くのですが、これがそれかどうかは分かりません。

春の日差しがまばゆく土手に注いでいました。桜と菜の花6   最後の画像は、その桜の木の下を散歩する、”おばあちゃん・娘さん・そしてお孫さん”のお散歩風景です。

東北・関東地方の春は、何時来ることになるのでしょう。

それを考えますと、本当に心が痛みます。

一日も早く、四国、愛媛の、この小野川土手の風景が、東北地方で蘇ることを祈っております。


にほんブログ村 地域生活(街) 四国ブログ 松山情報へ
にほんブログ村
にほんブログ村 地域生活(街) 四国ブログへ
にほんブログ村
にほんブログ村 写真ブログ 四国風景写真へ
にほんブログ村
愛媛のクチコミ情報サイト「ひめぶろぐ」

89歳の父

昨日は、南予地区に住む89歳の父と「ヤキニク」を食べる日でした。

1月5日に86歳の母を亡くしました。

南予で月に一度の父との外食が、ワタシの唯一の親孝行の真似事。


母は、愛媛新聞の投稿欄「てかがみ」の常連で、愛媛新聞では追悼の「てかがみ」特集を組んでいただきました。

また、川柳の世界でも、県内では知らない人はないという存在で、家族にとっては巨木のような存在でした。


それに比べると、父は母と同じ川柳の世界では、母と並び称される第一人者ではありますが、母程の強烈な個性と存在感を示すという感じではありません。

でも、川柳の作風などを見ますと、父は天性のユーモアのセンスで川柳を作句していました。

川柳に関して言えば、父は母など足元にも及ばない程の、一種の天才ではないかと思うのです。


さて、昨日のワタシと父の会話です。

「トーチャン、お前が帰ったときに聞きたいと思とったことがあるのヨー・・・」

「何ナーン?」

「バーチャンが亡くなってどのくらいたったのかが、トーチャンには分からんなっとるんヨー」

「バーチャンが亡くなって、もう2ヶ月を超えたんヨー」

「ホーカー、2ヶ月カーー・・・・、ウーーーン・・・」

「イヤー、バーチャンは、ガイナ(南予弁で凄いという意味)やつヤッタナー」

「ジャケン、このジーチャンでも・・・・」

「うん?ジーチャンでも・・・ナニ?」

「うん、このジーチャンでも、危うく尻に敷かれるところじゃった

「危なかったナー、もうちょっとで尻に敷かれることろじゃった・・・・危なかったーー」

外目には立派に尻に敷かれていたように見えていましたが・・・・・・


「キッチンボルガノ」 真っ当な「B級グルメ店」⑰

今日から再び”真っ当な「B級グルメ店」シリーズ”を再開します。

再開の一番バッターとして、松山のオフィス街の真っ只中にある老舗の洋食屋さんをご紹介します。

場所は、二番町三丁目。松山地方裁判所から千舟町方面に向けて南に下る道筋、二番町通りとの交差点付近です。

その洋食屋さんは、道路の東側にある「村上ビル」の1階にあります”キッチンボルガノ”さんです。

開業は1974年といいますから、今年でもう37年になります。

このお店の道路を挟んだ西側に、今はもう消滅してしまった”東邦相互銀行本店”がありました。

創業者一族の経営が傾き、その当時”日本の再建王”と呼ばれていた「来島ドック」の坪内翁に再建が委ねられました。

その再建の過程、そして再び経営不振になり、ついには地元地銀の雄である「伊予銀行」に吸収合併されて消滅していくドタバタを全て見てきたお店です。ボルガノ玄関   松山のビジネス戦線の悲喜劇を身近なところから見つめながら、ただひたすら”ハンバーグのネタ”を仕込んで37年。

マスターも来年は還暦を迎えるとか。

近所に45年続いた喫茶店があって、そのお店が最近閉店したので、”キッチンボルガノ”がこの界隈では老舗中の老舗になりりました。

マスターは言います。

「せめて、あの店の45年の歴史は超えたい」と。ボルガノ店内縮小   これが店内風景。

Uの字のカウンターだけのお店です。

マスターが調理したものを、お客様にすばやく出せるにはこの広さが限界だとか。ハンバーグランチ1縮小   そしてこれがこのお店の名物・定番料理”特性ハンバーグランチ”です。

というより、お昼時は、この特性ハンバーグランチしか出しません。お値段は800円。

お昼のランチのお値段としてはいささか高いようにも思いますが、なにしろオフィス街の中心部にお店はあります。

地価が下がりつつあるといっても、場所代を考えれば妥当なお値段。ハンバーグランチ2縮小   さて、ご自慢のハンバーグのお味です。

昼間はこのメニューだけを出し続けて37年間保てているお店の味です。

ハンバーグのとろけるような柔らかさと、ジューシーな肉汁が口の中でとろけます。

玉ねぎの輪切りの中に納まった目玉焼き、付け合せのケチャップ味スパゲティも定番です。

「あのなー、ハンバーグの仕込みの”コネ”が大変なのヨー」

「全身を使ってミンチをこねてこねて、あの柔らか味が出るの。これができんなったら店は閉めルンヨ」

いやいや、2代に渡って通ってきているお客様がいるんです。

「もっとがんばって」と拍手を送りたくなるお店です。


にほんブログ村 地域生活(街) 四国ブログ 松山情報へ
にほんブログ村
にほんブログ村 地域生活(街) 四国ブログへ
にほんブログ村
にほんブログ村 写真ブログ 四国風景写真へ
にほんブログ村
愛媛のクチコミ情報サイト「ひめぶろぐ」

「ライオン」 真っ当な「B級グルメ店」 ⑱

今日は、千舟町3丁目、西日本シティー銀行松山支店の真向かいにあるカレー専門店”ライオン”をご紹介します。

千舟町通りの南側です。

開業は昭和39年といいますから、今年で47年目の老舗です。玄関1   カレー専門店の”ブルドッグ”さんの開店が昭和34年ですから、"ライオン”は、それに次ぐ二番目の古さということになります。

何れにせよ、カレー専門店の草分け的存在であることは確かですね。メニュー2   メニュー構成は至ってシンプル。

「肉カレー類」と、「野菜カレー類」それに「海鮮カレー類」の三種類が主なメニュー。

ご飯抜きの単品でも頼めます。

それと、カレーのルーは「辛い」・「中辛」・「甘口」から選べます。ミンチカレー真上3   画像のカレーは”ミンチカツカレー”の中辛で830円です。

中辛といっても、かなり辛いです。辛いのが苦手な方は甘口が無難かも。ミンチカレー斜め4   ここのカレールーの特徴は、牛のどの部位かは分かりませんが、味のベースに牛肉を使っていることでしょうか。

ルーの中に、コンビーフに食感が似た牛肉の繊維が残っています。

ライオンのカレーは、一言では言い表せない奥深さがあります。ミンチカレー真横5   店内は、入り口が狭く、奥に行くほど広くなっています。

昼時は、千舟町界隈のサラリーマンたちで賑わいます。

中には県庁から出張って食べに来る人もいるとか。ミンチカレー全体6   どのメニューにも野菜サラダがつきます。

いずれにせよ、”ブルドッグ”とともに、松山に「カレー」という専門分野の世界を広げ、定着させた功労者ですね。




にほんブログ村 地域生活(街) 四国ブログ 松山情報へ
にほんブログ村
にほんブログ村 地域生活(街) 四国ブログへ
にほんブログ村
にほんブログ村 写真ブログ 四国風景写真へ
にほんブログ村
愛媛のクチコミ情報サイト「ひめぶろぐ」








「いよ翁」 真っ当な「B級グルメ店」⑲

さて、今日は「B級グルメ店」シリーズで採り上げた蕎麦屋の3軒目”いよ翁”を紹介します。

今までは、新居浜市の「萩の茶屋」と、東京は浅草の「尾張屋」を取り上げました。

”いよ翁”は、昨年11月に開店したばかりのお店です。

場所はJR予讃線の”北伊予駅”近くです。

昨年終わりごろ、愛媛新聞紙上で”松前町鶴吉”に、日本蕎麦の超有名店「」の名前を冠した蕎麦屋が開店したというのを見ました。いよ翁1縮小   そこで、松前町鶴吉の辺りを探し回りました。

ところが見つからないのです。

上にアップした”翁”の看板風なものは、小さ過ぎて、これを目当てにお店を探すことは不可能。

お店の近辺にノボリがあるわけでなく、看板類も一切ない。

わざわざ、探しに探してやっとたどり着けるというお店です。いよ翁2縮小   この画像が”いよ翁”のお店です。

知らなければ、この建物が”蕎麦屋”だと気づく人は先ずいないと思います。

いかにも、日本の蕎麦屋さんでは一番の有名人との声が高い”高橋邦弘氏”に師事したというお店らしい。

ここでは、先ず”高橋邦弘氏”とはどういう方かを語らざるを得ません。

高橋氏は、もともとはサラリーマンでしたが、蕎麦が好きで、休みとなると蕎麦の名店を食べ歩くという生活をされていたことはよく知られています。

宇都宮の”一茶庵”などで修行を積み、ついに脱サラをして東京・目白で蕎麦屋を開店しました。

しかし、蕎麦の自家栽培や自家製粉、それに鮮烈な水を求めて、山梨県長坂町に””を移転開店したのです。

この”翁”というお店が、探しても探しても見つからないという立地の山の中にあるのです。

山中の交通の便もない田舎にあるお店を、高橋氏の根強いファンが追っかけ、土日ともなると山梨の田舎道に東京や神奈川ナンバーの車が列を作るという現象が続いたのです。

その高橋氏に師事して修行を積んだ末、”翁”の屋号を名乗ることを許され、伊予郡松前町鶴吉という田園風景が広がる一角に開店したのが”いよ翁”です。いよ翁3縮小   店内には師匠の”高橋邦弘氏”を紹介した書籍類が置いてあります。

蕎麦道(そばどう)という言葉があるなら、その蕎麦道を究めよう励んだ高橋氏のストーリーが、そのまま受け継がれているかのような雰囲気のお店でした。いよ翁4縮小   蕎麦屋にはつきものの”蕎麦に関するウンチク”が、品のある和紙にさりげなく書かれているのも、いかにもそれらしい。いよ翁ざるそば5縮小   さて、これが注文した”ざるそば730円です。

この量が、蕎麦屋の名店と呼ばれる店の定めです。

大盛りはありません。

なぜ、こんなに少ないのか?

とても、蕎麦一枚ではお腹を満たすころはできません。

でも、これにはれっきとした理由があるのです。

蕎麦は極めて伸び安い食品です。水分を吸ってどんどん伸びていきます。

これ以上を笊に蕎麦を盛って出すと、食べ終わるころには蕎麦の味や香りが変わってしまいます。

新鮮で本来の蕎麦の香りは、この量でしか味わえない、というのが蕎麦屋の亭主のこだわりです。

ですから、一枚を食べ終わったら、もう一枚追加を注文するのが普通の食べ方。

とすると、「B級」の値段には収まりませんね。いよ翁ざるそば6縮小   ”蕎麦ちょこ”に入っている付け汁も、ちょこ(ちょく、ともいう)の底に三分の一ほど入っているだけ。

これも、蕎麦を食べるとき、蕎麦の先にちょっと汁(つゆ)を付けて、一気に喉に掘り込むような、江戸風な食べ方を想定しているから。

ですから、汁(つゆ)の出汁の味も関東風に辛い。

確かに、キリリと引き締まったいい味をしていました。

蕎麦の香りも楽しめました。

ただ、蕎麦の後進県である愛媛に、果たしてこういう超本格蕎麦屋が根付くのか?

いささか、疑問を残しながらお店をでました。

いやいや、もちろんぜひ根付いて欲しいと願った上での思いです。


にほんブログ村 地域生活(街) 四国ブログ 松山情報へ
にほんブログ村
にほんブログ村 地域生活(街) 四国ブログへ
にほんブログ村
にほんブログ村 写真ブログ 四国風景写真へ
にほんブログ村
愛媛のクチコミ情報サイト「ひめぶろぐ」

「ごろびつ庵」 真っ当な「B級グルメ店」⑳

今日は、会社の近く、国道11号線沿いの小坂にあるおうどん屋さんの”ごろびつ庵”をご紹介します。

国道11号線の東側にあって、”播州手打ちうどん”のノボリが上がっているので分かりやすいですね。ごろびつ庵玄関1   もともと”播州”とは、現在の兵庫県南西部地域を言い、古くは”延喜式”に出てくる”播磨国”(はりまのくに)のことで、姫路市や加古川市や赤穂市、それに神戸市などが含まれている歴史ある国です。

では、なぜ”ごろびつ庵”が播州なのか?

それは、創業者(先代)が播州出身で、播州の”柔らかいけどコシのあるうどん”を松山市民に紹介しようと出店したという由来によります。

そうです、”ごろびつ庵”が松山市民に受け入れられ、長く愛され続けているのは、”松山うどん”のコンセプトそのものであったからです。

道後にあった”としだ”を筆頭とする”松山うどん”は、麺のコシを重んじる”讃岐うどん”とは明確に一線を画した全く別の食べ物です。

”松山うどん”は柔らかい喉越しを重視しながらも、麺のコシも大切にする。

また、イリコで出汁をとった薄味の出汁と中に入れる具(かやく)とのバランスを重視するものです。

この絶妙のバランスが”ごろびつ庵”のうどんでもあり、松山人はこれをすんなり受け入れ愛し続けているということではないでしょうか。

もともと播州は四国の讃岐と同じく、昔から小麦の産地として有名です。

その小麦粉を生かして、讃岐では”讃岐うどん”と”小豆島素麺”が生まれました。

一方、播州は播州小麦を生かして”播州うどん”を作り、”揖保の糸”の素麺を生みました。ごろびつ庵禁煙2    ”ごろびつ庵”の玄関には、きっぱりと「禁煙」の看板が。

新居浜市の蕎麦の名店”萩の茶屋”を「B級グルメ店」の仲間には入れず、「B級グルメ店?」の付きグループに入れたのは、香りを大切にしなければならない蕎麦屋であれば禁煙を貫いて欲しいとの思いを込めたからです。

やはり、気概のある飲食店は、誰に言われなくても「禁煙」を貫いてほしいものですね。ごろびつ庵メニュー3   ”ごろびつ庵”のメニューです。

お奨めは、”鴨南ばうどん”もしくは”しっぽくうどん”です。

この日は鴨肉の入荷がなかったということで、”鴨南ばうどん”はオーダーできませんでした。しっぽく真上4   代わりに注文したのが、画像の”しっぽくうどん”です。

しっぽくを漢字で書くと”卓袱”です。

この”卓袱料理”は長崎が発祥の地で、中華料理や西洋料理の影響を受けた、いかにも長崎らしい料理を言います。

大皿に盛られたコース料理を、円卓を囲んで味わう形式の料理です。

それをうどんに応用した”しっぽくうどん”が京都と香川に残っており、愛媛もその影響を受けてメニューに取り入れられていますね。

何度も書いて恐縮ですが、今はなき道後の”としだ”も、そして”としだ”の味に近いとされる一番町の”あきら”にもしっぽくうどんが残っています。しっぽく斜め5   ”ごろびつ庵”のしっぽくうどんには、しめじ・しいたけ・海老・細ねぎ・揚巻・麩・三つ葉というお定まりの具が行儀よく入っています。

それで、お値段は650円なんです。

「B級グルメ」に相応しいお値段ではありませんか。

うどんの出汁は、極めて薄味。

そこに”柚子”の一かけが入って、いい香りを楽しめます。

うどんは、松山風の”播州うどん”

やわらかく、喉越しが優しい。麺と出汁と具の三位一体のバランスが絶妙です。

チェーン展開しているお店では決して出せないお味です。しっぽく横6   開店して34年。

すっかり松山の味としてその存在感を保っています。

ぜひにも尋ねて行って食べてみたいお店です。


にほんブログ村 地域生活(街) 四国ブログ 松山情報へ
にほんブログ村
にほんブログ村 地域生活(街) 四国ブログへ
にほんブログ村
にほんブログ村 写真ブログ 四国風景写真へ
にほんブログ村
愛媛のクチコミ情報サイト「ひめぶろぐ」



線路は続く④

今日は土曜日ですね。

真っ当な「B級グルメ店シリーズ」の続きは週明けにするとして、今日は「線路は続く」シリーズの④をアップします。イヨテツ1    何時ものように、石手川の土手を松前町方面に走っていたら、”伊予鉄郡中線”の電車が踏み切りを横切りました。

何時も、手にはデジカメを持っているのですかさずシャッターを切りました。

特別な電車でもないのに、踏切でシャッターを切っている人は見かけないですね。イヨテツ2   後ろには車がつまっているので、シャッターは二度切るのが精一杯です。

春風が爽やかな午後のことでした。

手前に見えるのは私の、骨董品的愛車。

今年の車検では廃車の憂き目に。

愛着のある車ですが、リッター4kから5Kしか走らない車は、今の世の中では迷惑な存在でしかありません。

海外では、行き先のプレートを日本語で表記したままの(例えば「郡中港行き」という行き先ボード)オンボロバスが、堂々と現役で頑張っているというのに。JR3   こちらはJR予讃線の高松方面行き特急電車です。

内浜町から船ケ谷町に向かう途中で出会いました。

これも一時停止中の車からシャッターを夢中で押しました。

同乗者の呆れ顔にも慣れてきました、お互いに。JR4   このところ久しくJRにも乗っていません。

何時も車で移動することが多くなりました。

何か区切りができたら、列車に乗って、缶ビールでも片手にのんびりした旅をしてみたいものです。横河原線5   最後は、毎日の出勤風景。

出勤時に、南久米町の踏み切りで上りの横河原線通過を待ちます。

シャッターを押したころは、まだ辺りは薄暗い時期ですたが、ここにきて、もうすっかり夜明け時刻が早くなりました。


にほんブログ村 地域生活(街) 四国ブログ 松山情報へ
にほんブログ村
にほんブログ村 地域生活(街) 四国ブログへ
にほんブログ村
にほんブログ村 写真ブログ 四国風景写真へ
にほんブログ村
愛媛のクチコミ情報サイト「ひめぶろぐ」

「うどん坊」 真っ当な「B級グルメ店」・ 21

今日は、衣山4丁目。

JR予讃線と伊予鉄横河原高浜線が交差する辺りの、伊予鉄横河原高浜線「西衣山駅」前にある”うどん坊”さんをご紹介します。

愛媛県埋蔵文化財調査センターの東側です。玄関1   市内から向かうと、丁度カーブを曲がった辺りの道路の北側にあります。

何時ごろ開店したのかを聞いても、「サー、40年以上前であることは確かやけど、正確には覚えとらんのヨー」という返事でした。

ありふれたというか、特徴らしいものは特にないうどん屋さんです。メニュー2   メニューも、至って普通のものばかり。

でも、同じ場所で親子二代に渡ってうどん屋を続け、今なおお昼時は駐車するスペースがなくなり、道端で車が出るのを待っているほどのお客さんを呼んでいる。

一番多いお客様はタクシーの運転手さん、近所の道路工事関係者、車で仕事する営業マンたちです。おでん3   愛媛のうどん屋やラーメン屋ではお約束の”おでん”もしっかり揃っています。

二世代の家族だけで営業されているという感じですね。

頼んだのは”鍋焼きうどんふた4   鍋に蓋をした状態で出てきます。

蓋を取ると、中の具材はシンプル。真上5   錦糸卵・生卵・かまぼこ・あぶらげ・竹輪・ニンジンの千切り、そして刻みねぎ。

お値段は600円。値段はしっかりB級ですね。

麺は手打ちの細麺。まつやまうどんの特徴である柔らかうどんです。

出汁は煮干でとったあっさり味の出汁です。横6   このお店は、体を使う関係のお客さんが多いので、皆さんはうどんにおにぎりを注文しています。

店内の棚には単行本漫画がぎっしり詰まっています。

ほとんどの人が、漫画やスポーツ新聞を見ながら黙々とうどんをすすっています。

出されるお茶は、ペットボトルに詰め替えた麦茶が2L入りのボトルのままでテーブルにドンと置かれます。

まあ、女性が一人では入りにくいのが難点か。

味のほうはというと、喉を掘ってこれはぜひーというほどではありませんが、あっさりした味なので飽きが来ません。



にほんブログ村 地域生活(街) 四国ブログ 松山情報へ
にほんブログ村
にほんブログ村 地域生活(街) 四国ブログへ
にほんブログ村
にほんブログ村 写真ブログ 四国風景写真へ
にほんブログ村
愛媛のクチコミ情報サイト「ひめぶろぐ」



「びいどろ」 真っ当な「B級グルメ店」・22

今日は愛媛新聞社の近く、大手町1丁目にある”びいどろ”をご紹介します。

場所は大手町の東西に伸びる電車通りと、南北に伸びる味酒町通りの交差点を、北に上がった東側の二軒目です。びいどろ玄関縮小   ちょっと、お店の前を通ったくらいでは気がつかないかもしれませんね。

まったく目立ちませんから。

びいどろ”の味を知っている方だけがお客さん、という感じでしょうか。ちゃんぽん1縮小   このお店は”ちゃんぽん”と”皿うどん”の専門店です。

と言って、メニューには、普通にラーメンとか焼そばなども載っていますが、ほとんどのお客さんは上の二つのメニューから選びます。

画像は”ちゃんぽん”690円です。

見てください、”てんこ盛りの野菜群”を。ちゃんぽん3縮小   どんぶりから山盛りで、野菜が積み上がっています。

このお店のモットーは「具材はもちろん、スープにも野菜をたっぷり使い、ヘルシーで体調を整えるメニューを提供したい」なんです。ちゃんぽん2縮小   この場所に開店して今年で27年。

ちゃんぽんの特徴がそのまま表現されているメニューです。

スープはとんこつ味ですが、野菜の甘さが抽出されており、あっさりとした味です。

麺は、中太のストレート麺。

上から食べ初めて、野菜の山を突き崩すと、やっと麺に当たります。

ちゃんぽんの具材は、キャベツ・モヤシ・ニンジンの野菜群と、豚肉・イカ・長崎かまぼこ・竹輪です。ちゃんぽん4縮小   これが、やっと山盛りの野菜群を片付けた後で現れるちゃんぽん麺です。

ここからでも普通盛りでしょう。

皿うどんも690円です。

ちゃんぽんと皿うどんのデラックス版として”特性ちゃんぽん”と”特性皿うどん”が用意されています。

お値段はどちらも990円です。

気をつけて探せば見つかります。

探しても行って食べる価値はありますよ。

にほんブログ村 地域生活(街) 四国ブログ 松山情報へ
にほんブログ村
にほんブログ村 地域生活(街) 四国ブログへ
にほんブログ村
にほんブログ村 写真ブログ 四国風景写真へ
にほんブログ村
愛媛のクチコミ情報サイト「ひめぶろぐ」











「瓢華」 真っ当な「B級グルメ店」・23

今日は湊町4丁目、千舟町通りと銀天街を南北につなぐ路地にある”瓢華”(ひょうか)さんをご紹介します。

同じ、真っ当な「B級グルメ店」シリーズ②で1月25日に採り上げた”瓢太”(ひょうた)さんと、お師匠筋が同じ店なので、スープの甘さもチャーシューの厚みも似たところがあります。玄関1   ”瓢華”さんも、今の経営者のお父さんが創業者です。

師匠筋のことを少し詳しく書くと、次のようになります。

瓢系”のラーメンの味を作ったのは、当初屋台からスタートし、後に保免西の県道久米垣生線沿いにあったパン屋の”ロシナンテ”で持ち帰り用のラーメンを作っていた方。

この方のお弟子さんが後に独立開業して”瓢太”を三番町の日本政策金融公庫(昔の国民金融公庫)前に開店しました。

瓢華”の創業者は、”瓢系”のラーメンの味を作った方とは乗馬友達で、正式に弟子入りしたわけではないけど、見よう見まねで教わったそうです。メニュー2   ですから、独特の甘いスープと、チャチューというより豚の角煮と言ったほうが適切な厚切りチャーシューの味は似通ったところがあります。

ただ、”瓢華”さんのほうは、スタートは古川で開店、それ以後清水町4丁目の川の近くで、次に勝山中学の北向かい、護国神社通りに移り、そして現在の湊町に移られています。真上3   これがお目当ての”中華そば”550円です。

”瓢太”さんとの一番大きな違いは、モヤシが乗っていること。

これは、”瓢華”さんが、長く清水町という学生街で店をやっていたので、安くて栄養バランスを考えて学生さんに提供したという先代の思いやりがここに込められています。斜め4   一体、創業者が開業してから何年たったのか、考えたことがないので知らないそうです。

少なくとも40年近く営業されているのではないでしょうか。

今のお客様は、昔の味が懐かしくて来られるのか?値段が手ごろだから来られるのか?は分かりません。横5   アッサリ味でなおかつ独特の甘いスープ。

モヤシが入っている分だけは”瓢太”さんの喉が痛くなるほどの甘さがなく、やや薄味です。

どちらの中華そばが好きなのかは、単なる個人差でしょう。

あなたは”ことり”派?、それとも”アサヒ”派?というくらいの違いでしょうか。



にほんブログ村 地域生活(街) 四国ブログ 松山情報へ
にほんブログ村
にほんブログ村 地域生活(街) 四国ブログへ
にほんブログ村
にほんブログ村 写真ブログ 四国風景写真へ
にほんブログ村
愛媛のクチコミ情報サイト「ひめぶろぐ」



 

「日の出」 真っ当な「B級グルメ店」・24

今日は、伊予鉄高浜線「三津駅」から歩いて1分かからない、中須賀3丁目のお好み焼き”日の出”をご紹介します。

三津のお好み焼き店は、1月27日に採り上げた”モダン”さんに次いで2店目です。

三津浜は広島市の対岸に位置し、フェリーでの往来があり、昔から広島風お好み焼き屋さんが多い地域です。

地域起こしとして、”三津浜焼き”と称して売り出そうとしていますが、八幡浜の”ちゃんぽん”程には成功していませんね。日の出玄関1縮小   このお店も、三津浜に住んでいる友人から推薦を受けて食べに行きました。

「そごうマート中須賀店」のまん前の踏み切り横にあります。

店に入る前は、何の変哲もない、ありふれたお好み焼き店に見えました。

店に入ると、椅子はカウンター前に5席しなかい、超狭いお店です。日の出2縮小   ところが、このお店が繁盛しているのです。

このお店に食べに来る客は、ほとんど例外なくこのお店の状況を知っている客ばかり。

鉄板に、例によってお好み焼きの液を鉄板に薄く張ったあたりで、盛んに電話がかかってくるのです。

マスターは、その電話を聞きながら黙々と目の前で手際よくお好み焼きを焼いていきます。日の出3縮小   注文したのは”そば台肉入り”の600円

肉は定番の豚バラではなく牛肉でした。

別に炒めたそばを台に乗せ、そこに山盛りのキャベツ千切りを載せて焼いていきます。

見事なヘラ捌きです。

焼きながらの電話は、注文の電話。

メモにはぎっしりと時刻とお客様の名前と人数が書き込んであります。

そうなんです、このお店に来る客は、ほぼ例外なく店に来る時刻を予約してから食べに来るのです。

そうしないと、5席の椅子は直ぐに埋まってしまい、店の外で待つことになります。日の出4縮小   あっという間に見事に焼きあがりました。

昭和38年に先代がお店を始めました。

今からナント48年前のこと。

今の方で二代目です。日の出5縮小   見てください、このボリューム。

これで600円です。客が離さない理由が分かります。

ヘラで上手に切りながら食べていきます。

ヘラで唇を火傷しないように気をつけながら。

ソースが焦げた香ばしさと、キャベツの瑞々しさ。

それに牛肉の旨みが渾然一体となって口の中にどんどん運ばれていきます。日の出6縮小   これが、完食寸前の姿です。

上手にヘラを使って食べていることが想像できるでしょう?

はい、見事に完食しました。もちろん、美味しかったです。

三津の”浜っ子”の、気取らない体質そのものの味です。



にほんブログ村 地域生活(街) 四国ブログ 松山情報へ
にほんブログ村
にほんブログ村 地域生活(街) 四国ブログへ
にほんブログ村
にほんブログ村 写真ブログ 四国風景写真へ
にほんブログ村
愛媛のクチコミ情報サイト「ひめぶろぐ」






プロフィール

じゅん

Author:じゅん
愛媛の松山から、「愛媛グルメ紀行」や「愛媛の歴史」など、幅広いテーマで情報発信しています。日曜日を除く毎日更新。画像も豊富。
長いサラリーマン生活に終止符を打ち、還暦をとうに過ぎた2014.12.1に起業して社長になりました。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード