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「コンデジで捉えた鳥たち」 46

今日は、ワタシが鳥を撮影するホームグランドである”小野川”での”チュウサギ”の姿をご紹介します。


何時もは、この場所に”アオサギ”が一羽陣取っていて、その姿は何度もこのシリーズでご紹介しました。

チュウサギ1   ”チュウサギ”は白鷺の仲間で、”ダイサギ”よりやや小さい種です。


本来は渡り鳥なので、夏に飛来する”夏鳥”なのですが、九州や四国の一部、温暖なところでは”越冬”します。


ですから、ここで見られた”チュウサギ”たちは、越冬中なのかも知れないですね。

チュウサギ2   ”小野川”は、必ずしも清らかな川ではないのですが、小さい川魚が多い好餌場が多いのでしょう。


この日は、全部で六羽の”チュウサギ”と、何時もここにいる一羽の”アオサギ”が餌を漁っていました。

チュウサギ3   ”アオサギ”は、川の土手のコンクリート用壁に陣取っていて、余り動かずに餌を漁っていますが、”チュウサギ”たちは川に入って積極的に餌を漁っています。


その”チュウサギ”が川面に写って、結構””になるんです。

チュウサギ4   餌となる小魚を狙う目線は鋭く、しかも周囲に自分にとって驚異を与えるものは存在しないか?と警戒を怠りませんから、”チュウサギ”の周囲には何時も緊張感が漂っています。


ひとたび、身に危険が及ぶと察知したら、一斉に彼らは飛び立ってしまいます。


コンデジで捉えられる限界まで近づいて撮影しました。

チュウサギ5   そして、近寄り過ぎたのか、とうとう一斉に飛び去ってしまいました。


夢中で、飛び去る”チュウサギ”をレンズで追っかけシャッターを切ったのですが、残念ながらどれもアップするには耐えない画像ばかりが残っていました。

アオサギ6   その点、このテリトリーの主と化している”アオサギ”は、チュウサギたちが飛び去った後も、悠然と餌を漁り続けています。


何度も、彼らの飛翔する姿をコンデジに納めようとするのですが、この”アオサギ”の様に、近づいても超然と構えられると、飛翔する姿の撮影は諦めざるを得ません。


何時か、このコンデジで大空に”大飛翔”する寸前の姿を捉えたいと、今日も小野川を覗きにいってみることにしましょう。


イ・ツ・カ・ハ・・・・待っておれ”アオサギ君!



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「久万高原町 真木食堂」・「愛媛グルメ紀行」 258

今年3月17日に、新しく”三坂道路”が開通しました。


これは、松山市と久万高原町を結ぶ国道33号線の難所”三坂峠”を回避するバイパス道路です。


今日は、新しくなった”三坂道路”を通って、久万高原町にある”真木食堂”さんをご紹介しましょう。

三坂道路1   こちらが開通した”三坂道路”です、走行する車の中から撮ったもの。


”三坂道路”は、平成8年に事業化が決定されて以降、用地買収や道路工事が行われ、平成24年3月17日の開通式を迎えました。


全長は7.6キロで、これにより三坂峠越えに要していた今までの時間14分が8分となり6分の短縮が出来ることになりました。


16年もかけて、たった6分かと思う方もいらっしゃるかも知れませんが、冬季のチェーン規制の減少などが期待され、久万高原町の人たちとっては大きな朗報でしょう。

看板2   さて今日ご紹介する”真木食堂”は、久万高原町でも上野尻というところにあり、久万の町並みからはかなり離れて高知寄りにあります。


国道33号線に面していますから分かりやすい立地ですが、お店の規模も大きくはなく駐車場も突っ込みで10台位しか停めることができません。


画像の看板も、そう目立つものではありません。

玄関3   ところがこのお店、平日でもお昼時は駐車場に入りきれない車が国道33号線の道路わきにとまって空くのを待っています。


そして、正午前後にお店に入ると、平日でおおよそ30分以上、休日だと注文した品が出てくるのに1時間以上待たされるのが当たり前というお店です。


この国道沿いにお店を移してからもう20年以上が経ちます。


旧道沿いにお店があったころからの通算では、既に”60年”を越えたという老舗中の老舗なのです。


ところで、このお店の正式名称は”真木辻中食堂”と言うらしい。(ブログ友の”ファットマン”さんの記事によりますと)


多分、旧道沿いにあった頃の名残りではないでしょうか。玄関の暖簾には、確かに”辻中食堂”の文字が見えます。


ですから、お客さんは久万高原町の方はもちろんく、休日など松山市内から駆けつけるお客さんの方が多いほどの”超有名店”です。

メニュー4   メニューは、厨房前の壁に札が掛かっています。


厨房内に調理を担当するご主人、注文取りやお運び、清算などを担当する女性との2人で平日はやっておられます。


お店にこられる方の9割以上が”中華そば”お目当てです。お値段は560円(内税)です。


慣れているお客さんになると「そば2、大1!」で注文は終わりです。


「そば」」と言えば、このお店では当たり前に”中華そば”であり「大」と言えば”中華そば大盛り”のことです。


そして、注文を伝えると後は出てくるのをひたすら待つ。

薬缶5   待っている間に店内を見廻すと、皆さん思い思いに新聞や雑誌などを見ながら黙って大人しく待っています。


時折電話が掛かってくると、決まって「ええ、今日はお店やっています」という答えが。


そうです、久万高原町以外から来るお客さんが、「今日は営業してますか?」と訊ねる電話です。


それはそうでしょう、三坂峠を上ってきて「休業日」ではちょっと・・・・。


お茶は、それぞれ自分で備え付けの”薬缶”から取ります。

ストーブ6   ワタシが行った日は、まだ3月でしたので店内では昼間ですが”灯油ストーブ”が焚かれていて、これもごく自然な光景でした。


もう、松山市内では桜の開花宣言が出されているのと同じ時期です。

チャイナマーブル7   そして、目についたのがこの画像です。


ちょっと分かりにくいかも知れませんが、ショーケースの中には”チャイナマーブル”や”カンロ飴”の袋物が並んでいます。


チャイナマーブル”なんて知らない方が圧倒的でしょうが、ワタシが子供のころにはめったに買ってもらえないお菓子でした。歯で噛んでそれを割ると、中は色変わりの渦が巻いてある飴玉です。


ショーケースの外に置いてあるのが、右から左に読む”サクマ式ドロップス 果汁入り”ですよ。


団塊の世代にとっては、涙が出るほどに懐かしいお菓子です。ここではまだ”昭和”が息づいているのです。

中華そば8   さてさて肝心の”中華そば”がこれ。


丁寧に鶏がらで出汁をとったしょうゆ味の”黄金色のスープ”、どうですか?


薬味は、カマボコと魚肉ソーセージと小ぶりのチャーシューが5枚、後はネギだけです。


麺からは”カンスイ”の匂いがかすかに漂う中華麺。


スープは、戦前戦後にかけて開店した老舗特有の甘さが特徴です。


三津の”高見屋”さん、湊町の”アサヒ”や”ことり”さん、松前町の”双葉食堂”さん、更には本町の”松屋”さんや中央通りの”高市食堂”さんなど、古くは100年以上前、新しいお店でも60年以上経っているお店に共通する味です。

中華そば9   ”食べログ”などの記事を拝見すると、このお店の”中華そば”を評して、「とても評価に値しない!」とか「麺の腰がなくグシャグシャで、スープも甘ったるい!」などと酷評されている方がいます。


また、待ち時間が長いことを採り上げて「お店の中で、老人がモタモタして客を待たせる!」と怒りの声を書いている方もいます。


それを読むと、思わず笑ってしまします。


その方たちは、このお店の”中華そば”を、今の”らーめん”とか”ラーメン”とか表記するものと比較することしか出来ない人ではないか?と。


このお店や、先に書いた、少なくとも60年以上経っている食堂”の”中華そば”は、世の中一般的な”ラーメン”などとは全く別の食べ物であることを理解していないと評価など出来ないし、する資格もないと思うのです。


食べ物は、その味や形に歴史を含んでいるものです。


食べ物とは、それに含まれている歴史を含めて味わうものだとワタシは考えています。


60年以上も、客が連日お店に列をなす。


1時間待たされても、黙って”そば”を啜る喜びを味わう方が列をなす。


その時間軸の重みと客が集まるという事実を前にして、”中華そば”の麺にも”コシ”が、などと言うのはいかがなものでしょう。




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「カフェテラスレストラン あむーる」・「愛媛グルメ紀行」 259

今日は、花園町のアーケード街にある”カフェテラスレストラン あむーる”さんをご紹介しましょう。


昔懐かしいスタイルの本格的喫茶店で、レストランメニューも豊富です。


この地に開業して、はや30年が経過する老舗(しにせ)のお店です。

玄関1   花園町アーケード街は、アーケードの修繕が長い間できていませんので、アーケードの天井には錆が目立っています。


しかも、閉店したままになっているお店もあって、必ずしも活気溢れる・・・とは言いがたい街で30年も続いてる理由はどこにあるのでしょう。


ただ、市駅から花園町を通して城山を望む景観は、松山市内の”城山ビューポイント”としては最高ランクに入るのではないでしょうか。

サンプル2   お店の玄関には、昔の飲食店にはお決まりの”メニューサンプル”が。


美味しいコーヒーをサイフォンで丁寧にたてて出してくれる本格的カフェですが、お昼の”ランチメニュー”が充実しているお店としても有名です。


サンプルの横には”本日の日替わりランチメニュー”が、黒板に手書きされていて、多くのお客さんはこれを注文されています。

メニュー3   メニューは、喫茶レストランメニュー”として定番のハンバーグメニューが豊富です。


その他に、ドリアやピラフ、そしてオムライスと、ラインナップの多いお店で、ゆっくり落ち着いてランチタイムを過ごすことができます。

店内4   店内は、白熱灯の電球による間接照明でやや薄暗いのですが、それがまた古い喫茶店には多く見られるスタイルですね。


店内を流れるBGMは、”ジャズのスタンダードナンバー”です。


お店の窓はステンドグラス、どれをとってもワタシのような年代には懐かしい。


厨房にはコックスタイルの男性と、フロアー係りの女性2人の合計3人でやっておられます。

ホタテドリア5   注文したのは”ホタテドリア”で、お値段は800円(内税)です。


ワタシの感覚では、お手軽なランチメニュー価格とはちょっと言えないのですが、そういうメニュー構成と価格帯でも30年続いている秘密はどこにあるのでしょう。


でも、熱々に熱せられた耐熱容器で出された”ドリア”は、出されてしばらくは”チーズ”がジュージューフツフツと沸き立っています。


そして、その焦げたチーズの匂いの香ばしいこと、自然に微笑が漏れます。

ホタテドリア6   ドリアのホワイトソースと、具材のホタテやタマネギがよく溶け合っていて、濃厚な味を楽しむことができます。


レストランメニューとして、十分通用するお味でした。


お昼の12時を過ぎますと、首に社員証をぶら下げた周辺の大手企業のサラリーマンや官公庁の職員が花園町に溢れています。


これらの職員さんたちお昼の憩いの場所として、花園町アーケード街に完全に溶け込んでいるお店です。


その当たりが、30年間も続いている秘密の一つかも知れないですね。




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「オロチョンラーメン」・「愛媛グルメ紀行」 260

今日は、山越4丁目の国道196号線沿い”河上ビル地下”にある”オロチョンラーメン”さんをご紹介しましょう。


この”オロチョンラーメン”というお店、現在は砥部町や石手寺前にもお店があり、過去には姫原や市内中心部にもありましたが、それぞれのお店が個別のお店なのか、同じ経営者になるお店なのかは調べていないので分かりません。


いずれにしても、こんなにラーメン屋さんの数が増える前からある、一種の”老舗”ラーメン屋さんでしょうか。

看板1   こちらは、山越から姫原を通って北条に至る国道196号線沿いにありますが、お店はラーメン屋さんにしては珍しくビルの”地下”にありますから、知っている方でないと行きにくいかもも知れないですね。


目印の看板が、ビルの壁に掛かっています。


この看板に、このお店の正式な店名である”maricaricurica(マリカリクリカ)”と表示してありますが、正式名称で覚えておられるお客さんはいるのでしょうか?

入り口2   こちらが、地下のお店への入り口です。


夜は”もつ鍋”や”焼肉”などで一杯飲む居酒屋になるようですから、普通のラーメン屋さんの雰囲気とは違っています。

当初は「アレ?入り口間違えたかな??」と思って、一度表に出て看板を確認したほどです。

店内3   店内はやや薄暗い照明で、一昔前の喫茶店か?と錯覚しそうになります。


思わず、お店の方に「このお店、オロチョンラーメンのお店ですよね!」って確かめました。


厨房に男性と女性、フロア係りに女性の3人体制でした。


店内は広く、昼時でしたが女性のグループ客が何組か入っています。

メニュー4   メニューを見ると、ますますこのお店の内容と言うか業態が分かりにくくなります。


とりあえず、お目当ての”オロチョンラーメン”を注文しました。


かなり前のことですが、市内のお店や姫原のお店で”オロチョンラーメン”を食べた記憶はあるのですが、味に関する記憶は全くなくなっていました。


お値段は、690円(内税)です。

ラーメン5   さて、こちらがお目当ての”オロチョンラーメン”です。


スープは”豚骨ベース”ですが、九州のラーメンに見られる豚骨特有の”匂い”は全くありません。


このラーメンの特徴は、何と言っても”大量の唐辛子”と”モツ”と”ニンニク”です。


お店に入った瞬間に、店内は”ニンニク”の香りが漂っています。


飛行機で韓国に行き、ソウル近くの”仁川(インチョン)国際空港”や釜山近郊の”金海(キメ)国際空港”に降り立った時に漂うそれです。

アップ6   具材はその他に、大量のモヤシやニラなどです。

何れにしても、体の芯から温まってくる感じで、しかもスタミナ補給には最適!と言った感じのラーメンです。


真っ赤に盛り上がった”唐辛子”も、想像では韓国のものを使っているのではないかと思うくらいに、辛いけど奥深い辛さ、ちょっと甘みすら感じる上質な辛さです。


辛さは全く気にはならず、むしろこのラーメンの重要なポイントとなっています。


もう一つの重要なポイントが、”モツ”と”ニンニク”であることは言うまでもありません。


これらが全て相まって、体全体を包み込んでくれるような奥深い味わいのラーメンに仕上がっています。


辛さが苦手な方には、これがどう感じるのかは分かりませんが、ワタシは本当に美味しく頂けました。

鉄鍋7   このラーメンには、やはり丼は似合いませんね。


この堂々とした”鉄鍋”で出されてこそ生きるのではないでしょうか。


アツアツの鉄鍋を前に、熱による暑さと、体の中からこみ上げてくる唐辛子の暑さで、体全体がまるで”ホッカイロ”です。

コーヒー8   ラーメンを食べ終わって、勘定を払おうとすると「コーヒーが付いていますが・・・」という店員さんの声。


「え???コーヒーって・・・」っと。


そこで出されたのがコレ。


でも、飲んで納得です。

ブラックで飲むと、あら不思議、あの強烈な”ニンニク”の香りが消えていく。


「うーーーん、よく出来たお店だ!」と思いながらお店を後にしました。




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「お食事処 おらんだかん」・「愛媛グルメ紀行」 261

今日は東石井3丁目の住宅街の中にある”お食事処 おらんだかん”さんをご紹介しましょう。


場所は、”寺子屋本部”、そうあの”ユーフォー”の外観で有名な建物のまん前にあります。


お店の名前と、玄関の雰囲気がちょっと合わないような不思議なお店です。

玄関1   お店の外看板には”うどん・中華そば”とだけ書かれてあります。


とすると、”街の食堂”か?


でも、外観は一種の”居酒屋”さんです。

店内2   事情をよく知らない人は、多分暖簾をくぐらないかも知れません。


駐車場はお店の前に、かろうじて2台。


店内の様子も、完全に”居酒屋”さんです。事情をお伺いしました。


「いえねー、元々は”喫茶店”やったんヨー!ここで喫茶店始めタンが、59年やケン、もう30年(正確には28年前)近く前ヨ!」


「その頃はナー、”喫茶店”に憧れとったンヨー、ミニスカート履いて、お客さんにコーヒー出したかったンヨー」


「でもナー、段々年取ってきて、何時までも喫茶店じゃナー?」


「そんで、ジーパン履いて今は”食堂”にしたんよ、今から9年前に」


「この店の名前は、喫茶店のときの名前、そのままつこーとるンヨ」

メニュー3   っと、マーこう言う訳だそうです。


コレ、初対面です。


そこでメニューです。


うどん系”が8種と”中華そば”の、合計9種のメニュー構成。


ただし、昔からこのお店に通っている常連さんは「コーヒー!」っと注文していました。


また夜は”居酒屋”になります。

おでん4   お店はママさんと、もう一人別の女性の2人で。


おでん”は1本100円です。


スジ”と”玉子”を食べました。出汁が染みていて、結構美味しかったですね。


意外と言ったら失礼になりますね、なにしろこの道でもう30年近くがんばっておられるのですから。

中華そば5   こちらが注文した”中華そば”。


お値段は550円(当然内税です)です。


スープの色が、見た目では”カレーラーメン”っぽい。


でも、スープを飲んでみると意外とアッサリしていて美味しいのです。


「スープがアッサリしていて美味しいですね!」っと声を掛けると。


「そりゃあソーヨ!”ラーメン”やないんやケン!”チューカそば”やケンネ!」とはママさん。

麺6   ””は、やや柔らかめのストレートの細麺でいた。


特に”小麦”に拘りを・・・・などという力みは全くありません。


ごくごくフツーの、親しみやすい麺です。


スルスルとお腹に収まっていきます。

チャーシュー7   ”チャーシュー”はやや大振りで、口に入れるとハラリととろける”煮豚”でした。


お隣で、80歳近いお客さんが「平清盛、アレナー、よー分からんのよー、誰が誰だか・・・」


「何イヨーン、アレなー、私だって分からんのヨー、出とる人が余りユーメーじゃナカロー、平らの清盛くらいしか知らんもんナー」


と、NHKの大河ドラマの話を常連さんがママさんと。


時間がユックリ過ぎていく・・・・そういうお店があってもいいですね。





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「Waーdining さつき」・「愛媛グルメ紀行」 262

今日は、空港通6丁目(旧空港通)の”ジョイランド21”の中に、昨年11月にオープンしたばかりの新しいお店”Waーdining さつき”さんをご紹介しましょう。


”ジョイランド21”には、他に何軒か飲食業態のお店が入っていて、入り口には”500円ランチ”の上り旗を、「周囲の美観など関係ない」という感じで見苦しいほど立てている飲食店もあります。



自分の店を、あまり”安売り”するのはいかがなもんか、と眉をひそめたくなる光景です。

玄関1   その点で言えば、このお店はその商業施設の一番奥に、目立たないのでは?と、逆にこちらが心配になるくらいさりげなくお店を開き、ちょうど4ヶ月目になります。


ちょっと目には”美容室”?っと思わせる佇まいです。


お店の名乗りは”Waーdining”(和ダイニング)なので、”和食”のお店かな?と連想はできますが。

店内2   お店に入ってみると、シックというかお洒落と言うか、一種”夜の世界”のクラブかラウンジを思わせる内装です。


店内のBGMは、ワタシが居た間は”アントニオ・カルロス・ジョビン”の”ボサノバ”が流れていました。

厨房3   こちらが厨房。

厨房にシェフが一人、フロア係りの女性が一人の、合計2人でお店をやっておられました。


お昼を過ぎると、意外と言っては失礼でしょうが、若い女性のグループを始めとして結構お客さんが入ってきます。

メニュー4   そこでメニューを見ました。


なるほど二人ででもこなせるように、お昼は2種類のランチに限定してあります。


そして、その構成を見ていますと、事前に仕込みをしっかりしておれば、注文があってからメインの料理を作ってセットすれば直ぐに出せるというもの。


しっかり工夫がなされています。

ランチ5   そこで注文したのが”特性SATSUKIランチ”です。


お値段は、何と”1000円”(内税)の設定です。


味を味わう前に値段で唸ってしまいました。


お昼のランチに、当たり前のようにコンスタントに1000円出せる客が、多くいるんだろうか?と、思いながら先ず食べてみました。


メインディッシュは肉と魚のどちらかを選べます。


その他に、ご飯とお汁、サラダに香の物、それに季節の副菜4種がつきます。

ランチ6   朱塗りのお重の真ん中に、ワタシが選んだお魚のメイン、当日は”海老マヨ味噌ネーズ”が入り、その四隅には4種類の副菜がこじんまりとまとまって入っています。


まず、驚いたのが”ご飯(白米)”の際立った美味しさです。


契約農家から直接仕入れていて、当日必要な量だけを精米してもらっているとか。さもあらんという旨さです。


4種類の副菜も、それぞれに手が込んでいて、和食の技を感じさせる一品一品でした。

エビマヨ味噌7   こちらがメインの”海老マヨ味噌ネーズ”とネーミングされたお料理です。


大振りの海老を、マヨネーズと味噌を混ぜ込んだ衣に包んで軽く揚げられたお料理です。


衣が、ちょっとネットリとした重い味わいで、海老の風味と、ちょっと喧嘩しちゃったかな?っと感じました。


もちろん美味しく頂きましたが、衣はもうちょっと軽いほうが好きですね。

吸い物8   こちらの”お吸い物”は、流石(さすが)です。


料亭の上品なお吸い物と言っていい出来だと味わいました。


ただ、この施設の入り口にある、500円の上り旗をバタバタ上げているお店は”論外”として、でもお昼のランチメニューが1000円だけの設定で、これから先長くやっていけるのか?


美味しく頂きましたが、コストパフォーマンスという点でこの時代にずっと客を引き続けられるか・・・・


環境の厳しい時期にスタートされました。


お若い気鋭のシェフの、その心意気が長く続くことを祈ってお店を出ました。




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道後「宝厳寺」の春

今日は、”時宗”の開祖”一遍上人”の生誕地で知られる、道後湯月町にある”宝厳寺”の風景をご紹介しましょう。


お寺の境内には、既にソメイヨシノが開花し春を告げていました。


場所は、道後の”ふなや”の北側の道を登り、それを突き当たると”伊佐爾波神社”に至る石段が見えますが、それを左折し、直ぐに右折したところに見える坂道が、有名な”ネオン坂”です。


この”ネオン坂”は、道後の有名な歓楽街でしたが、今は当然のことその面影も残っていません。


その”ネオン坂”、今は”上人坂”と呼んでいますが、それを上りきったところに”宝厳寺”があります。

山門1   こちらが”山門”です。


一遍上人”と言っても、今の方は「何のこと?それはダレ?・・・」でしょうね。


一遍”は鎌倉時代の人で、「南無阿弥陀仏」と唱えながら”念仏踊り”を勧め、農漁民など各層に広く支持され、”時宗”を起こした高僧です。


愛媛の地が生み出した高僧で、仏教界の当時は一種の革命的異端児的な存在でした。


念仏踊り”を踊りながら「「南無阿弥陀仏」を唱えさえすれば極楽浄土に行けると説き、学問のない農民たちの支持を集めたのです。

石碑2   その”一遍上人”が生まれたとされるのが、ここ”宝厳寺”です。


一遍上人”は、伊予(今の愛媛)の中世の豪族”河野通広”の第2子とされていて、そのことを示すものとしてこの石碑が建てられています。


建てたのは、伊予の豪族である河野一族の”得能通網”であることが寺の説明板に書かれています。

本堂3   こちらが”本堂”です。


”宝厳寺”の寺伝によれば、668年斉明上皇の勅願で創建されたといいます。


1297年に寺が再建され、その時に”時宗”に改められ今に至っています。

本堂全体4   実に威風堂々とした木造建築物ですね。


700年余り前の木造建築は、威厳すら感じます。


昨今の住宅のように、30年以上たった住宅は無価値だとする風潮が何とも薄っぺらに思えます。

一遍上人像6   本堂の中に収められている”一遍上人立像”(いっぺんしょうにんりゅうぞう)”は、明治34年に国の”重要文化財”に指定されています。


寄木作りで出来ており、鎌倉時代中期の優れた肖像彫像です。


太い眉、きゅっと引き締めた口元、裾の短い僧衣から見える力強い足は、”遊行上人”と尊ばれ全国を”衆生済度”の為に旅した”一遍上人”の姿を現しています。

松山城8   寺からは、春霞にかすんでいる”松山城”が望めます。


これが、空気が澄んだ日には青空にくっきり浮かび上がる”天守閣”が間近に見られます。


松山に住みながら、意外と知られていない空間ではないでしょうか。

ネオン坂9   こちらが、寺の山門から見た”ネオン坂”。


この坂を整備して観光客を呼び込もうと、旅館業者や住民らでつくる「道後温泉誇れるまちづくり推進協議会」が「上人(しょうにん)坂」と命名しました。


坂の一角に今夏の大雨で全壊した夏目漱石と正岡子規ゆかりの建物「愚陀仏庵(ぐだぶつあん)」を誘致することも決めっと報道されていま。


さて、「愚陀仏庵(ぐだぶつあん)」再建の行方はどうなりますでしょうか。




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「料理旅館 栴檀のお花見弁当」・「愛媛グルメ紀行」263

今日は、石手川沿いの石手1丁目にある”料理旅館 栴檀(せんだん)”のお花見弁当をご紹介しましょう。


栴檀”さんは今年で44年を迎える老舗料理旅館です。


創業当初は料亭としてスタートし、後に宿泊施設を整え現在の料理旅館になりました。

栴檀玄関1   創業した”大女将”は、松山の和食業界では知らない人はいない、いわば割烹業界のドンのような存在です。


今は娘さんの”女将”が取り仕切っておられますが、”大女将”も立派な現役で、今でも座敷に出てお客様を迎えます。


夏には、座敷に””が舞う料理旅館です。


当然、ワタシが個人的に利用できるお店ではありません。


このお店の大女将は当社の代表者と同郷で、更に代表者より2歳年上のお姉さんで、当時美貌で鳴らした地域の伝説の人です。


そういう縁があって、毎年恒例となっているお花見を”栴檀”の”お花見弁当”で昨日(7日)の土曜日に道後公園で行いました。

ボール3   昨日は生憎の曇り空。


途中で雨も降ってきて、早々に花見を切り上げました。


一体誰が雨男なのか?


一雨あって、我々が引き上げた後は一気に青空が広がったのは皮肉としか言いようがありません。

弁当上4   こちらが”栴檀”の”お花見弁当”です。


昨年までは三段のお弁当でした。


今年は初めての一段弁当、今の時勢を繁栄したのかも知れないですね。

弁当5   日本の”弁当文化”の集大成のような弁当です。


三段であろうが一段であろうが、基本は同じです。


懐石を基本とし、汁物以外は”八寸”に盛られる酒の肴となる珍味、焼物、揚げ物、香の物などが全て盛り込まれています。


まさに”箱庭”や”盆栽”の世界に通じる世界観が表わされています。

煮物7   こちらは、蛸やサトイモなどの”煮物”です

海老9   こちらは海老を中心とした”炊き合せ”です。


目にも鮮やかですね。


日本料理の基本は、素材の良さを出来るだけそのまま生かす、季節感を演出する、そして目でも味わえるということでしょう。

揚げ物10   こちらは、抹茶塩で頂く”揚げ物”です。


素材の持っている力をそのまま引き出したものです。


しかも、弁当の課題である「冷めても美味しく頂ける」ということを完璧にこなしています。

卵焼き11   こちらは”焼物”です。


美味しそうじゃありませんか。


酒の肴としても優れていますし、食事としても秀逸です。


料亭の蓄積を出し切った作品でしょう。

散らし寿し12   ご飯も、”筍ご飯”と”チラシ寿司”の二種が盛り込まれています。


まあ価格が違いますから、街で見かけるいわゆる”ほか弁”とは全く別種の食品です。


自腹で気楽にと言うわけにはいきませんが、たまには”日本の文化”を満開の桜の元で味わうのもいいものです。


季節と文化と伝統を食す、軽い酔いの中でじっくり味わいました。




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「ラーメン工房 夢来人(むらびと)」・「愛媛グルメ紀行」 264

今日は、西垣生町の県道伊予松山港線沿いにある”ラーメン工房 夢来人(むらびと)”さんをご紹介しましょう。


場所は、松山空港の東側を南下して川口大橋を通って松前町に向かう県道の、今津港に西進する交差点の南西側にある”ミスタータイヤマン垣生店”の南隣です。


このお店は、もともと”ラーメンショップ西垣生店”として営業されていて、最近この名前に変えられたようです。

看板1   元の”ラーメンショップ”のままでしたら、お店に入ることはなかったでしょう。


ただ、この派手な”看板”につられて、蛾が”誘蛾灯”に誘われるようにお店に入りました。


お店の前に駐車場が10台用意されています。

玄関2   入ったのは、飲食店にとっては一番の稼ぎ時である正午過ぎ。


お店にはお客さんが一人、ラーメンをすすっておられました。


「ん??・・・ゴールデンタイムのはずなのに・・・・」っと。

メニュー3   気を取り直してメニューに目をやりますと”鍋焼きラーメン”が「おすすめ!」と書いてありました。


早速「おすすめ、と書いてある”鍋焼きラーメン”の醤油味をお願いします」と、注文しました。


お値段は600円(内税)です。


そして「鍋焼きラーメンって、高知では有名ですけど、松山ではあまり見ませんね」と話しかけると


「そうですか・・・・・・・・」と、それで会話が途切れた。

店内4   店内では、お客さんがただ一人黙々と普通のラーメンをすすって、しばらくして「お勘定!」と言って帰ってしまった。


店内には私と店主と、フロア係りの女性の3人だけ。


「”鍋焼きラーメン”って、初めて食べます」と言うと


「・・・・・・・」っと。


「高知のご出身ですか?」


「いえ・・・・・・・・」


と、まあこの調子。

鍋焼きラーメン5   会話を諦めたころ、画像の”鍋焼きラーメン”が出てきた。


この間、わずか5分足らず。


鍋の中が白く写っているには、グラグラ沸いている鍋の中に生卵を投入してあるから。


つまり、白身が固まっていく過程を追っかけながらラーメンを食べることになります。


で、それだけ・・・・・なのです。

アップ6   ラーメンを鍋に入れたのは、それはそれなりの理由があって、その理由が故に”普通の醤油ラーメン”とは違うはず・・・・と、こちらとしては”勝手に”そう期待していました。


でも、生卵が、生から半熟過程になる、その過程にそってラーメンを食べるだけの、ただの普通のラーメンでした。


ラーメンを鍋に入れた意図と効果が全く感じさせられません。


スープも至って”凡庸”です。


書くことが無いのです、記事にするポイントが見当たらない・・・・・

麺7   ”麺”は”自家製麺”と大書されていました。


でも・・・・・フツー・・・・っと、ワタシは感じました。


グラグラ沸いている鍋に入れるのだから、その熱で柔らかくなり過ぎない工夫と言うか、仕様が・・・・


店内で客はワタシだけ。そのワタシが、鍋焼きラーメンを盛んにカメラで写している。


お店の方に警戒されたのか?無言の時間が過ぎていきました。


写真を写していると、時々「保健所の方ですか?だとか、税務署の人ですか?」などと誤解を受けることがあります。


その逆に「あの、コレ、どこかに載せるのですか?だったら私も一緒に写して!」と笑顔がこぼれるお店もあります。


その反応は様々ですが、今日は余り歓迎されなかったようです。


まっ!色々廻っていたら、こういう日もこういうお店もあるでしょう。





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「媛乃屋製麺所」・「愛媛グルメ紀行」 265

今日は、その場所を説明するのがちょっと難しい、三番町2丁目のイタリアンレストラン”0RSO”さんが1階に入っているビルの2階にある”つけ麺”の専門店”媛乃屋製麺所”さんをご紹介しましょう。


場所は、千舟町から大街道に入り北に上って、東に抜ける一つ目の角に”廣島つけ麺 ばくだん屋”さんがありますが、そこを東に入って3軒目のビルの2階です。

玄関1   入り組んだビルの谷間にある上に、お店は2階です。


ワタシは不動産屋ですから、ビルのテナントの入居も手がけますが、立地が2階だと「2階にまでお客さんを引き上げる自信がない」とか


「2階というのは飲食店にとってリスクが大きすぎる」という理由で敬遠されることが圧倒的に多いんです。


その2階での飲食店の経営については、後ほど触れます。

ドア2   1枚目の画像の看板を目印に階段を上がりきると、この”ドア”に行き着きます。



そのドアを開けてお店に入ると、清潔というかシンプルな内装のお洒落なお店がそこにありました。


若い男性2人でお店を切り盛りされています。

店内3   オーナーは、自分で打った””をこのお店に毎日届けに来る男性で、普段はお店には出ておられないようです。


昨年の11月にオープンしたばかりの、これからのお店です。


店内の厨房では、大きな豚肉の塊をタコ糸で硬く巻きつけ、”チャーシュー”作りの準備をしていました。


つまり、麺も”自家製麺”、”チャーシュー”も厨房で手作りと言うお店です。

メニュー4   そして、このお店の戦略と揺ぎ無い自信を感じたのは”メニュー”を見た時です。


基本的な”メニュー”は”つけ麺”だけです。


それを基本に、麺を温かい状態で食べるか、トッピングをどうするかでメニューに変化をつけていますが、要は”つけ麺一本勝負!”です。


昨日ご紹介した、西垣生町の”ラーメン工房 夢来人(むらびと)”さんなどは、”自家製麺”を標榜し”鍋焼きラーメン”をおススメとしながらも、他に醤油ラーメンあり、味噌ラーメンも、塩ラーメン、更にはから揚げや餃子までメニューに用意し、結局”なんでもあり”でお店の個性を消してしまっています。


お店の”コンセプト”が自分で定まっていないのです。でもそういうお店はゴマンとあります。


その中にあって、このお店の”コンセプト”はしっかりしていて、しかもぶれることはありません。

つけ麺5   さて、これがこのお店の軸になっている”つけ麺”です。


お店の”名乗り”は”濃厚魚介豚骨つけ麺”です。(名乗りというのは、「フーテンのトラさん」のフーテンにあたります)


”つけ麺”が運ばれてきた瞬間から、”つけ汁”から濃厚な”魚介系”の香りが立ち昇っています。


それもそのはずです。


”つけ汁”は”石焼ビビンバ”を入れる”石製”ではないか?と思うくらいしっかりした陶器に入っていて、それを直火で温めた状態で提供されます。


ですから、席に届いてからしばらくの間は、つけ汁がグラグラと沸き立っている状態なのです。


まず、この出汁の”芳しい香り”の強烈なパンチに見舞われます。

太麺6   次に、このお店のもう一つの自慢と自信の”太麺”です。


ワタシは、実は”太麺”は苦手なのですが、この”太麺”は他のお店の太麺とははっきり一線を画した出来栄えです。


先ず、””そのものに””と”弾力”があり、更に小麦粉の香りが活きているのです。


丹精込めて打った”麺”だということは、それを一本口に含んでかみ締めてみるとよく分かります。

つけ汁7   この”太麺”が、豚骨と魚介のダブルスープでできた”つけ汁”によく絡むんです。


つけ汁の中には、直前に炙られてアツアツのチャーシューと、キチンと仕事をされたメンマ(シナチク)、そして大量の刻みタマネギが投入されています。


タマネギには強烈な個性と言うか独特の香りがありますから、使い方によってはつけ汁が持っている濃厚魚介系の香りと相殺しあう危険性があると思うのです。


でも、このお店のそれは、相互に強烈な個性が”酸味”を仲介役にして渾然一体として溶け合って、一斉に麺に絡んでくるのです。


このお店は、しっかりと自分の”コンセプト”を定め、揺るがない信念と自信で自分の””を切り開こうとしておられます。

麺8   さて、その””の先の”地平”にはどういう世界が広がり待っているのでしょうか。


2階という立地で、しっかりお客さんを引き付けられているお店をワタシは知っています。


例えば、2月6日にこのシリーズ219番目のお店として紹介した、南久米町のイタリアン”Federico(フェデリコ)”さんがあります。


更には、2月9日に222番目のお店として紹介した、三津のイタリアン”リトルイタリア FLOR(フロア)”さんがあります。


また、4月4日に260番目のお店として紹介したラーメン屋さんの老舗”オロチョンラーメン”さんなどは、驚くことにビルの地下で営業しています。 


そして、それらに共通しているのは、自分のお店の個性をしっかり捉えていて、それを軸に揺るがない方針で得意な料理を提供していることです。


このお店も、そういう意味では荒波を突いて、壮大な大航海に乗り出そうとしているかのようです。


でも、必ずやお客さんの支持という地平が開けることでしょう。 






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「廣島ばくだん屋松山大街道店」・「愛媛グルメ紀行」 266

今日は、昨日ご紹介した”媛乃屋製麺所”の直ぐ近く、大街道1丁目の”スワンビル”1階に入っている”廣島ばくだん屋松山大街道店”さんをご紹介しましょう。


場所は千舟町通りから大街道に入って城山のほうに向かって進むと、アーケード街の西側に”マツモトキヨシ”がありますが、その東側角です。


このお店は、広島市を本部として広島県や福岡県、大阪府、更にはタイのバンコクなどに32店を展開する”廣島つけ麺”を提供するお店です。


愛媛には、平成20年9月、フランチャイズ店として南環状線沿いに”朝生田店”を開店されました。


現在そのお店は閉められて、平成21年7月にこの大街道にフランチャイズ店として再度出店されています

玄関1   こちらがそのお店の玄関です。


派手で目立つ看板ですから、分かりやすいお店です。


そして、お店の窓は透明ですから、お店の中で”つけ麺”を食べている様子などは通りからよく見えるようになっています。

ポスター2   店内に入ると、大きなポスターがベタベタと張られていて、”廣島つけ麺”がどういうツールで売り出され広がっていったのかが分かるようになっています。


本部のホームページによりますと、原型は戦時中の中国で作られていた料理が基になっていると伝えられているそうです。


その原型が、昭和60年ごろから”廣島つけ麺”と呼ばれるようになり専門店が登場し、そして今世紀に入り”芸能人”の発言がきっかけで全国のTV番組に登場。


一気にブームが巻き起こったといいます。

メニュー3   メニューは極めてシンプルです。


要は”廣島つけ麺”をどう食べるかによってメニューが分かれている程度で、後は麺の量が選べて、トッピングも豊富に用意してあります。

食べ方4   ”廣島つけ麺”の最大のポイントは、”唐辛子”の辛さで食べる点にあります。


ですから、唐辛子の量を選ぶことで、辛さを選択できるようになっています。


店内には、丁寧に食べる時の注意が書かれたプレートが置いてあります。


初心者や初めて”廣島つけ麺”を食べる人は、全部で20段階に辛さが分けてあるうちの””を、と書いてあります。


ワタシは、辛さは平気なほうなので、初心者クラスの一段上の”辛いの好きな人クラス”の”3~5”を選びました。

つけ麺5   そこで出されたのがこの”廣島つけ麺”の並(1.05玉)です。


お値段は決して安くはなく、780円(内税)です。


この麺の量の微妙さ?1.05玉の”0.5玉”に、何か意味があるのか???と思いました。

麺6   ”廣島つけ麺”の辛さ以外の特徴は、冷たい中太ストレート麺、茹でたキャベツ、千切りされたキュウリ、たっぷりと乗せられたネギにあります。


そして”つけダレ”は、魚介系の和風ダレで、大量の胡麻が投入されています。


もちろん、”つけダレ”の色は褐色で、唐辛子の存在がうかがえます。

アップ7   それで、キュウリとネギと茹でキャベツをタレに投入して、麺を食べてみました。


”辛さ”はほとんど感じられません。大げさに言うほどの辛さでは全くありません。


もし、次があるとしたらせめて辛さの段階を10以上にしないと、このお店が言う「鼻の頭から汗が出るほどの辛さが突き抜けます!」などということにはならないと思いました。


次があれば、ですが。

つけ汁8   こちらが、このお店の最大の”ウリ”である、唐辛子が効いた”爆弾”並みの刺激があるという”つけダレ”です。


でも、ワタシには”冷麺”の変形版を食べている感じがしました。


ただし、この”冷麺風”は日本の”レイメン”ではなく、韓国の”冷麺(ネミョン)”に近い味でしょう。


ただし、本格的に美味しい”韓国の冷麺(ネミョン)”の味には遠く及ばない。


というより、”韓国冷麺(ネミョン)”の失敗版と言ったほうが分かりやすいかも。


特に、この”廣島つけ麺”ではいと味わえない何か?を感じ取れませんでした。

麺9   いわば、この食品から訴えかけてくる何か?が全く感じられません。


感動からは更に遠い。


なぜ?なのでしょう??


店員さんから、いい意味での緊張感が伝わらなかったからか?


更に言うと、店長さんが新しく入った若い女性フロアー係りに締まらない顔をして”ベタベタ”と、様々なマニュアルを教えていたからか?


別に、ワタシが若い女の子にもてないから”やっかむ”などという次元の話ではありません。そんなことなら、慣れきっている。


どこと言う事はないのですが、”緩み”を感じました。


店の中で食べているお客さんの層が、大街道をそぞろ歩きする”高校生”だったからか?


あるいは、フランチャイズ店で、オーナーの存在感がお店からは全く感じ取れなかったからか?


何れが決め手かは分かりませんが、わざわざ探して行くべきお店の部類には到底入らないナーと・・・・・





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「cucina Italia ORSO(オーソ)」・「愛媛グルメ紀行」 267

今日は、一昨日ご紹介した”媛乃屋製麺所”さんと、昨日御紹介した”廣島ばくだん屋松山大街道店”さんの丁度真ん中にあるイタリアンのお店”cucina Italia ORSO(オルソ)”さんをご紹介しましょう。


場所は、大街道1丁目”廣島ばくだん屋”さんが入っている”スワンビル”から東に入った直ぐで、お店の前にカフェテラス風にメニューなどが展示されていますし、イタリアの国旗がなびいていますので直ぐに分かると思います。

看板1   お店の上の部分にこの”突き出し看板”が掛かっています。


お店の名前らしきものが見えるのですが、何かがデザインされた”マーク”と文字がダブっていて、判読し辛いのです。


その店名やマークっぽいもののことは後ほど。


店内では、男性のシェフ1人と若い女性スタッフが2人、昼時は3人でお店をやっておられます。

玄関2   こちらがお店の”店頭風景”です。


パリやローマの街々にある”カフェテラス”がしつらえてあります。


また、その日のランチメニューなども黒板に書かれています。


開店時刻である午前11時30分直前に、お店の女性があっという間にこれらをセットし、クローズドの看板をひっくり返して”オープン”の表示に変えるとお店の営業開始です。

店内3   お店に入ると、中々シックな作りです。


昨年9月にオープンしたばかりの新しいお店です。


お店の名乗りは”cucina Italia(クッチーナ イタリア)”です。


cucina(クッチーナ)”とは、イタリア語で”台所”ですから、直訳すると”イタリアの台所”という名乗りですね。


レストランと言うほど気取っていないお店ということでしょう。

パスタメニュー4   夜は、イタリアン料理でワインなどを片手に語らうというお店ですが、昼には様々なランチメニューが用意されています。


麺類”に目が無いワタシなので、迷わず”パスタランチ”を選択。


お値段は、4種類の中から選んだパスタと、スープとサラダ、それにパンがついて850円(内税)です。


パスタの内容は、季節によって変わるのでしょう。

スープ5   まず、スープとサラダが出されます。


こちらは、当日の”スープ”です。


クリーミーなスープには、様々な煮た野菜などがたっぷり入っていて、中味を想像するだけでも楽しくなります。

サラダ6   こちらは、手の込んだ”サラダ”です。


単に生野菜を刻んでドレッシングを掛けたなどというものではなく、生野菜の他には揚げたかぼちゃやフランスパンのラスクなどが入っていて、きちんと仕事がなされている”サラダ”です。


シェフの料理に対する心意気が感じ取れる一品です。

パスタ7   こちらが選んだパスタの”海老といか、大根、白菜のバジルクリームソース”です。


大根と白菜は冬野菜の代表ですね。(このお店に行ったのは、まだ春になりきっていない頃)


英語では”バジル”、イタリア語では”バジリコ”はしそ科の植物で、これを使った”バジリコスパゲティ”はよく知られた料理です。


日本で最初に”バジリコスパゲティ”を料理として出したのは、東京港区のイタリアンレストラン”キャンティ”だといわれていますが、最初は”バジリコ”の葉が手に入らないので”シソ”と”パセリ”で代用したという話が残っています。

パスタアップ8   さて、こちらのお味です。


大ぶりな海老とイカがゴロゴロ入っていて、それにバジリコのクリームソースがマッタリと絡んでいます。


この味が、実に濃厚です。オリーブオイルがたっぷり効いています。


実は、このソースの”マッタリ感”がシェフのこだわりなのです。


普通にパスタとソースを和えるのではなく、素材とソースの相性を考え抜いて、ソースの水分をどの程度飛ばすか、逆に言えばソースのトロミをどの程度残すかを計算して、最後ギリギリのところでパスタに和えているのです。


ワタシが30歳も若ければ、舌なめずりして一気に食べたでしょう。


ところがこのところ、このような”重い”ソースが、正直に言えばちょっとつらい。


悲しいかな、です。


でも周りを見渡すと、若い女性のグループ客が主流です。


彼女たちなら、十分に軽々と美味しく味わえることでしょう。

店名ロゴ9   ところで、冒頭に書きました突き出し看板のロゴマークと店名です。


この”ロゴマーク”、よく見ると”三日月”が出ている夜に、森から街のレストランに忍び込んで、生意気にも”ワイン”を一本空けてしまった””君が描かれているではありませんか。


そして読み取れにくかった”店名”の最初の文字が””であることがよく分かりました。


そうです、店名の”ORSO(オルソ)”はイタリア語で””を意味します。


このお店のオーナーシェフを一目見ていただければ、店名の由来がたちどころに「ウーーン、分かる!」という仕掛けになっているのです。


厨房で”熊さん”シェフが、”カモシカ”の足をもって飛び回まり、お客さんに美味しいイタリアン料理を気軽に味っていただきたいと孤軍奮闘されています。


盛大な拍手を””さんに贈ろうではありませんか。







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「コンデジで捉えた鳥たち・カワセミ!」 47

遂に、念願の”カワセミ”をコンデジで撮りました。



ブログ友の”ベル”さんの”カワセミ”に憧れて、何時かはコンデジで捉えてみたいと思い続けていまいた。


当然、”ベル”さんのように鳥撮り用の”超望遠”でもなけれな”連続シャッター”でもありません。


ある撮影ポイント(これも”ベル”さんに教えていただいた)に行くと、既に先客が2人”大砲”をセットして”カワセミ”を待っていました。

カメラマン1   ワタシより年上のご様子。


椅子まで用意されて、カワセミが飛来したら素早く”連続シャッター”を切る。


それら一連の動作に、全く無駄がありません。

カメラ2   その横で、コンデジを構えて”カワセミ”を狙うワタシ。


しばらくワタシの動きを見ていた2人の内のお一人が、ワタシを見かねたのかこう言った。


「アンタ・・・・それじゃあー・・・・カワセミは撮れンじゃろー」っと。


そして「ワシのコレなー!」っと言って、自分のカメラを指差した。


通称”大砲”と呼ばれる大きな”望遠レンズ”を装着し、それをガッシリした三脚にセットしている。

レンズ3   「これなー、一秒間に10枚連写できるガヨー」と、完全な南予訛りでおっしゃった。


”カワセミ”の飛来を3人の初老の男達が待ちながら、カメラ談議が始まった。


「ワシナー、ずっと船員しとったんよー、それでナー、55歳になったときフト考えたンヨー。このままナーーンもせん内に人生終わってもエエガヤローカ???」って。


「その頃は、趣味ユータラ”パチンコ”だけ!それじゃあ淋しいオモーテナー」


「55歳の時に女房にユータ!もう退職する!そして年金生活に入るトナー・・・」


「そこで何を趣味にするか考えタンヨー!それがこの”カメラ”やったんヨー、これやったら一人でヤレルヤロー」


「最初は”ヤマセミ”やってみたガヨ!でもなー、”ヤマセミ”の色は黒と白。ヤマセミが川面に飛び込んで、魚を取って水面を上がった瞬間はナー、水面も白いケン、白と白で””にならんがよ!」


「そこでなー、”カワセミ”やりだして、もう13年よー!」と言いながら「ちょっとこっち来て見ない!」と南予弁が続く。


「アンタのカメラやったら、カワセミ撮れたとしても、それは”カワセミ”だけにナロー!ちょっとコ覗いてミナイヤー」と、自分のでかいカメラのディスプレーを指差した。

カワセミ4   さて、こちたがワタシが初めで自分のコンデジで捉えた”カワセミ”です。


まあ”豆粒”ですが、紛れもなく”カワセミ”です。


「ワシハナー、カワセミと何を撮るか?カワセミのどの動きを撮るか?それを何時もオモートルンヨ!ソーセント、””にならんヤロー、ただカワセミ撮っただけでは」

カワセミ5   っと、その””にはなっていない”カワセミ”です。


このポイントには1組のツガイと、一羽の子供の合計三羽がいるという。


その超望遠のおじさんのカメラのディスプレイを覗き込むと、空中でカワセミ同士が口ばしを突き合ってファイトしている画像が。

カワセミ6   そのおじさん「こんな””は誰ももっとらんやろー!」と、やや得意げに。


「すごいデスネー!コレ。ブログなどで発表なさっているのですか?」とワタシ。


「いや、どこにも発表なんかシトラン!」と、そのおじさん。


「コレだけの作品、もったいないじゃないですか」


「フフン・・・・アノナー、〇〇と□□のロビーに2枚づつ掲示されとる!」とおじさん、ちょっと小鼻が硬くなった。

カワセミ7   などと話しているうちに、またカワセミが飛来した。


慌ててコンデジのシャッターを切る。


連続で撮れないのが何とももどかしい。(その後、ワタシのコンデジでも連続撮影が可能なことが分かった。でも時既に遅し)


でも、カワセミ特有の背中の、そうですね鮮やかなブルーと言ったらいいのか?瑠璃色とはちょっと違う、背中の色を捉えることができた。

カワセミ8   ””になるかならないかは、見る人の判断と感性。


ただ枝にとまっているだけのカワセミには、確かにドラマがない。


でも、コンデジで対岸のカワセミの姿を捉えることができただけで大満足。


”大砲おじさん”の様に、200万円かけて”大砲セット”を買い揃えることなど度台無理なはなし。


また、日がな一日、椅子まで用意してカワセミを狙い続ける時間は、今のワタシにはない。


でも、カメラ片手に様々なシーンをレンズに収めていると、それだけで様々な人やシーンに出会える。


”大砲おじさん”にだって、親切にカワセミの飛来を教えていただいた、自分の人生観まで語っていただいた。


素敵な”ブログ友”もたくさん出来た。


これがこの”ブログ”を続けている喜びと言わずして何と言おう。



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実家の庭にも春が 1

月に2回、西予市の実家に帰るようになって久しくなります。


今年90歳を越えた父と、宇和町のレストランで食事をする為です。


今、実家には誰も住んでいませんので、帰るたびに様子を見に寄っています。

下から桜1   その実家の”ソメイヨシノ”も花をつけました。


一般にソメイヨシノは寿命が短いとされていて、ヤマザクラなどの様に数百年の古木があるものに比べると”60年寿命説”すらあるほどです。


そして、実家のソメイヨシノはワタシとほぼ同級生なので、60年寿命説から言えば既にその域を越えました。

紅白椿と桜2   今年の冬は寒かったので、実家の”椿”はまだ盛りです。


桜と椿が、その覇(けん)を競っているかのようです。


明日はこの桜の咲く庭で、90歳の父と、千葉県から急遽帰ってくれた妹との3人でささやかな”お花見”の宴を張ります。


妹を見た瞬間、何時も父は”デレデレ”になる。


その娘を前にしてノンアルコールのビールを「やっぱりビールよのーー、ワシすっかり”ビール党”になってしもうた!」と、目を細めながら飲み干す父の満面の笑みが眼に浮かびます。

赤椿と桜3   実家の椿は、同じ幹から紅白の花弁をつけた花が咲きます。

   
ですから紅白の中間の、紅色の花弁に白が混じった”斑入り”の花弁も見られます。


もう、手入れをする主が居なくなったというのに。

椿と野村4   椿の先に見えるのは、西予市野村町の町並みです。


西予市として4町が合併し、宇和町には新しい西予市役所ができましたが、野村町は寂れる一方です。


ワタシが子供のころは、明治乳業の工場が町内にあって、バターやミルクを製造し全国に送り出してきました。


今でも”酪農”は、野村町の基幹産業です。


環太平洋戦略的経済連携協定の”TPP”交渉は他人事ではないのです。これが認められると、野村町は壊滅的打撃を受けます。

白水仙6   また、野村町は”シルク”の町としても有名で、野村盆地には”桑畑”が一面に広がっていました。


4月から5月にかけて、桑畑には桑の実が一斉に色づいたものです。


ちょっと”ブルーベリー”に似た果実で、甘酸っぱくて、通学の途中に桑畑に寄って食べたものです。

黄水仙7   この誰も住んでいない実家に、最近ワタシの長男が住みたいと言い出しました。


遠い将来の夢だそうで、この田舎に住みたいのだそう。


一体何を考えているのやら・・・・


マ、しばらくはこのまま置いておくことにしました。


明日は晴れてほしい。





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実家の庭にも春が 2

昨日アップした実家の庭の桜や椿以外にも、庭には実に様々な草花が一斉に花を咲かせています。


一昨年亡くなった母が、せっせと植えた草花たちでしょう。


もちろん、雑草のほうが圧倒的に多いのですが、植えた本人が亡くなっても花たちは毎年律儀に咲いてくれます。

ムスカリ1   こちらは”ムスカリ”です。


雑草の中で、けなげに今年も花をつけました。

ムスカリ2   実家に咲いている春の話で、名前が分かるにはこの”ムスカリ”くらいです。


多分ほとんどは野草で、この庭を管理していた亡き母も全部の名前が分かっていたわけではないかもしれません。

ムラサキ3   この薄紫の花、花の色は”カタクリの花”に似ていますが、雄蕊の形が違うような。


その花の向こうには”マンリョウ”が赤い実をつけています。


月に2回帰っていますが、前回帰ったときにはまだどの花も咲いていませんでした。

黄4   ですから、僅か二週間の間に一斉に花を咲かせたことになります。


春が来るのが待ちきれなかったかのように。

釣鐘5   こちらの”釣鐘型”の花弁を付ける花の葉を見ると、”水仙”の一種でしょうか。


そこで調べてみたらありました。


どうやら”スズランスイセン”という種のようです。

釣鐘6   これで二つ目の花の名前が分かりました。


確かに花弁は”スズラン”によく似ています。


太陽に向かってスクッと立っているように見えますが、実は小さい背丈の花です。

釣鐘7   ワタシが地面に寝転んで撮っているからそう見えるだけです。


実家の庭ですから、寝転んでいようが地面に這いつくばっていようが全く自由です。


マクロで撮影するとこう見えます。

ハエ9   最後は”ハエ”の仲間です。


コンデジでも、ここまでは撮れるのです。


遠くの鳥は、望遠機能が弱いので撮れませんが、近くなら、それも逃げない虫なら大丈夫。


コンデジを手にするまでは、目にすることがなかった光景が見えてきました。





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「◯◯◯町 と◯◯(これはちょっと・・・)」・「愛媛グルメ紀行」 268

結論から先に書きましょう。(先ず断っておきますが、ここから先に書くことは、私の超個人的な見解に過ぎません)


◯◯町にある”と◯◯”というお店、どなたかに”言語道断”なお店ではないかと言われても、ワタシなら不思議に思わないでしょう。


こういうお店が、今のこの世に存在することそのものが不思議にさえ思います。


それは”言い過ぎ”だとか、”書き過ぎ”と思われる方もいらっしゃるでしょう。もしそう思われた方は、最後まで読んでもう一度判断してください。


そのお店は、◯◯町通りの東側にある”と◯◯”さんです。


このお店で、兼ねてより”人権侵害”に当たりかねない”パワハラ”が常態化しているのではないか?ということは噂には聞いていました。

例えば、”食べログ”などの記事を見ますと以下のような記事が目立ちます。


『調理をしていた店主が従業員に不満があるのか、ずっとぶつぶつ”独り言”を言われていたのが気になりました。』


⇒あれは決して”独り言”などという生やさしいレベルではありません。(下線はワタシが引きました)


あの”汚い日本語”を”罵詈雑言”と表現しても、日本語的には誤った使い方にはならないのではないでしょうか。


親父の小言が尋常ではないのだ。白髪頭の親父が、弟子の調理人をいびっていびっていびりたおす。長髪でメガネの若者は口答えもせず黙々と堪えている。他に男女二人がウェイターのようなことをしているが彼等が口を出すことはない。俺なら、即やめちゃうけどなあ。なんか事情があるのかなあ。』(下線はワタシが引きました)


『気の短い客が、やめてくれ、とか叫びそうな気がする』と、この筆者は心を痛めます。


⇒この方の観察は的を得ていると思います。


『だれか勇気のある方が、ガツンと言ってほしいと何時も思います。あの度を越した従業員への小言を聞くたびに心が痛みます』とは、別の筆者の声です。


⇒なかなか、他に客がいる前では”ガツン”と言い辛いンですよね。


なお、このお店は料理の味がどうとか、メニューがどうとか、値段がどうという以前の問題が大きすぎると思いますので、今日はこのお店のメニュー等については一切ふれません。


さてそれでは、店内のその日の様子をご紹介しましょう。


ワタシが席に着いた途端に厨房の中で店主の”怒号”が飛んだ!


バカー!もう見たンかアー、何時もユートルヤロガー!!お前なんか要らんのヤー、辞めたらいいんヤー!」


「こら、バカがー、ハヨー皿を出さんカー、何回ゆーたら分かるンゾー!バカがー!!


もう聞くに堪えられない”醜い雑言”が延々と続きます。3人の従業員(内1名は女性)は、ずっと顔を伏せたまま黙って耐えています。


これらの”悪態雑言”が、カウンター席にガンガン伝わるのです。

カウンターの席で、ワタシは黙ってそれを聞いていました。


立ち上がって、店主に何か言うなどということは全く頭の中にありませんでした。


でも、待っている間、ずっとあの”醜悪な言葉の暴力”が次から次へと・・・・


遂に耐え切れなくなって立ち上がりました。(ワタシはどちらかというと、気が長いほうだと自分では思っています)


到底人間の発する言葉とは思えない”悪態”を連続速射砲のように発している店主に向かって、厨房のほうに体を乗り出して、店主にはっきり顔を向けて言いました。


アノー、ワタシは客ですが、さっきから貴方の罵詈雑言を聞いていて許せないと思うので言います!」っと。


ワタシは、このお店に食事をしに来たのであって、貴方のその口汚い罵りを聞きに来たのではないですよ」とは、ワタシ。


店主はワタシの方に向き直って「エ?ナニ・・・?」っというような顔つきでワタシを見た、無言で。


客の前で、のべつまくなし、汚い言葉で従業員を罵るのは止めたらどうですか!


客が不愉快な思いをしてることを、貴方は分からないのですか?」と、続いてワタシ。


「・・・・・・・・・」と店主。目を白黒させながら。ワタシの言葉がまるで理解できないような顔。


少なくとも、客がいる間くらい罵詈雑言を止めるのが、お店の最低のマナーではないのですか?


「・・・・・・・」と、大きく目を見開いて今度はワタシを睨みつけている。


「じゃあ、店に来てくれるな!もう帰ってくれ!!」っとでも、言うのかな?っと見ていると、そうは言わなかった。


ワタシは言うべきことを言って席に着いた。すると、それから20秒もしない内に・・・・


「コラー!聞いとんのカー!!何回言わしらた分かるンゾー、このアホがー!」と、何事も無かったかのように始まった。


ワタシの注意は”徒手空拳”で終わった。


分かりやすく言えば「馬の耳に念仏」、「糠に釘、」「蛙にしょんべん」であった。  

松山チャンポン3
この店主の”空前絶後”ともいえる”罵詈雑言”は、法的には立派な”パワーハラスメント”に該当するのではないでしょうか。断定は出来ませんが、大いにその疑いはあると思います。


更に、決して断定は出来ませんが、刑事上の責任や民事上の責任が問える、”犯罪”なのでは?という方がいたとしても不思議ではないと思います。

アップ4 
場合によっては、労働基準監督署や都道府県労働局、警察署の生活安全課に相談する、あるいは総務省行政相談窓口(労基署の対応を促す)も活用すべき事例だと考えます。(これは、ワタシが調査しました)


ワタシがここまで厳しく書くのは、実はこのお店、以前は◯◯◯丁目の電車通りからちょっと西に入ったところでお店をやっておられました。


その頃は、職場が近いこともあってよく通っていたのです。


その頃は、狭いお店で店主一人でお店をやっておられましたが、結構美味しくて重宝していました。


まじめにコツコツと料理を作られていた頃の姿を今でも覚えています。


ですから、心情的にも、”見て見ぬふり”は、出来にくいと思って、上のことを敢えて書きました。


一時期、”陰湿ないじめ”が学校社会で問題となりました。悲惨なことに自殺者まで生み出し、それが増加しました。


子供達に「見て見ない振りをしないで、勇気を持ってそういうことを見たなら、学校や保護者に伝えよう」と指導しませんでしたか?

排気口5 
空前絶後・前代未聞・傍若無人・厚顔無恥”そして見方を変えれば”抱腹絶倒”の域まで達しようかと言う”罵詈雑言”については一旦おきます。


次にこのお店の店主の、飲食店経営者としてその資質を疑う事例を紹介します。


まず、お店の玄関の横にあるこの”排気口”を見てください。


客がお店に入ろうとすると、その正面に当たります。


店主の言葉が”薄汚い”だけでなく、”排気口”までが凄まじく”汚い!”のです。

汚れ6
こちらは店内のカウンターの前の埃と汚れ


実は、もっとリアルに”凄まじく汚染された光景”も撮影しましたが、それをここにアップすると、それが保健所などにばれたら大変なことになりはしないかと言う心配で、アップできません。


そこまでひどいンです、何年にも渡ってこびり付いた油汚れや食材やスープが飛び散ってそのまま凝固した痕跡・痕跡・痕跡・・・・


ここまで、飲食業の現場が汚れているのをワタシは見たことがありません。


店主の心を反映しているのか?とさえ思えてしまいました。

汚れ7 
この金属のザルには、もう何もかもが掘り込んであって、埃だらけ。

その中から一本の菜ばしを使って・・・・盛り付け???


怖いです!


少なくとも、食品を提供するお店とは信じられない”汚さ”です。


店を出る時、勘定をしようとレジに行きお金を払った。


すると、女性の従業員さんが小さな声でワタシに呟いた。


「ゴメンナサイ・・・・」っと。


その細い声を、ワタシは決して忘れない。


先に引用した方のブログには、こういうお店の実態の一方で『珍しく、店主と従業員が談笑しているのを目撃したこともある』と書いておられました。


ですから、ワタシが目撃した光景は常態というわけではないかも知れません。


もうこのお店に行くことはないと思いますが、もし気が変わって再訪してあの”醜悪な罵り”を聞けば立ち上がって、今後はもう少し大きな声で”止めろ!”と言ってみようと思っています。


ただし、ワタシの顔は本来締りがなく”怖い顔”をすることが大の苦手。


ですから、ワタシが”止めたらどうか!”と一喝しても、効果は薄いかも。


そもそも、他人に向かって大声を上げたことなど生涯に渡って経験ないのですから、まあ迫力はありません。(ただし、相手が国だとか役人であれば話は全く別)


まあそういうことよりも、せっかく大切なお客さんに毎日来ていただいているのですから、そのお客さんが単純に”美味しかった!”と言ってお店を後にしてもらえるよう、初心に帰っていただきたいと切に願うばかりです。


ことさらに正義感を振りまくつもりはありません。


ワタシも、過去に大きな過ちも犯しましたし、失敗など数え切れません。


ただ、一度、いえ何度でも立ち止まって原点を省みることは大切だと、この年になって実感しています。


ですから、と◯◯の店主さんにも、あの狭いお店でスタートされ苦労されたことを思い返していただきたい、そう思うだけです。いいお店になってほしいのです。





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「BERRY AMOOL(あむーる)」・「愛媛グルメ紀行」 269

今日は、今在家町1丁目にある”BERRY AMOOL(あむーる)”さんをご紹介しましょう。


場所は、来住町の農免道路沿いにある”ドラッグストアマック久米店”と”愛媛銀行来住支店”の間の道路を西に入ると、今は閉鎖している大きなビニールハウスが右手に見えます。



その交差点の北東角にお店はあります。

看板1   この看板と、ランチの垂れ幕が見印です。


以前は、隣の大きなビニールハウスは”バラ園”で、バラ園の中にある喫茶として地域では存在感あるお店でした。


でも、現在は”バラ園”は閉鎖され"カフェ テラス”という名乗りのお店になっています。

玄関2   お店自体は、この地でもう20年以上前からありますが、”バラ園”が閉鎖され、更に今の経営者に代わったのが6年前とのことです。


住宅街の真ん中にあって、主要な道路に面しているわけではありませんが、それでも大型の店舗として地域ではよく知られたお店です。


喫茶メニューが中心のお店ですが、マスター手作りの”ランチ”を出すお店としても名が通っています。

店内3   店内は広く、凝った作りになっています。


特に天井の一部が採光の為のガラス張りで出来ていて、自然光が店内を明るく照らしています。


以前は、様々な”バラ”に包まれながらコーヒーを楽しむお店として異彩を放っていました。


店内中央に見える花は”カランコエ”で、光の当たる時間を調整をしてやれば一年中花が楽しめる種類なので、自然光溢れるお店に似合っています。

メニュー4   こちらが、土日祝祭日限定の”プレートランチメニュー”です。


飲み物が付いて870円、付かなければ750円です。

ランチ5   さてこちらが”プレートランチ”です。


チーズハンバーグとエビフライ、そしてサラダにライスにミソスープという構成です。


可愛いでしょう。


一枚のお皿にこじんまりとまとまっていますね。

ハンバーグ6   こちらが”チーズハンバーグ”です。


このお店の食事メニューで一番力が入っていると思われるのが”ハンバーグメニュー”のようで、種類も多く用意されています。


いかんせんハンバーグのサイズが可愛らしすぎて、味を確かめる間に食べ終わってしまいました。

エビフライ7   ”エビフライ”も、可愛いと言うか頼りないサイズの”ミニサイズエビ”が4匹並んでいます。


自家製のタルタルソース(のように見えました)がたっぷりかかっていて、こちらはミニサイズでも美味しく頂きました。


カリカリに香ばしく揚がっているので、エビの尻尾まで美味しかった。


でも、尻尾しかほめるポイントがない・・・・・

サラダ8   こちらは”ミニサラダ”ですね。


喫茶メニューとして、よくあるパターンです。

ライス9   ”ライス”も”お子様ランチス”タイルで、今時珍しい”型抜きライス”です。


そうなんです、このライスの頂上に小さな万国旗を掲げたら、まさに、小さい頃三越の食堂で食べた”お子様ランチ”です。


妙に懐かしさが込み上げてきました、これはこれで素敵な演出ではありませんか。




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「ラーメン くーた」・「愛媛グルメ紀行」 270

今日は、”はなみずき通り”から一本西に入った古川北3丁目にある”ラーメン くーた(はなみずき店)”さんをご紹介しましょう。


場所は、はなみずみ通りを南に下り、コンビニの”サンクス”さんの南側の道を西に一本入ったところにあります。


ラーメン くーた”さんは、大分県大分市に本部がある株式会社温という会社が手がけるフランチャイズチェーン店です。


現在国内で13都府県でチェーン店を展開され、海外(台湾に2店)にもお店を出されています。


愛媛県内には、このお店の他に国道56号線沿いの”土居田町”にもう一店舗出されています。

看板1   この”はなみずき店”は、はなみずき通りから西に入っていますが、この看板が目印です。


駐車場は広く、とまっている車を見ると軽四トラックや社名の入った営業車が多数を占めています。


このお店のウリは、やはり九州系のお店らしく”豚骨ラーメン”で、豚骨系のラーメンなら”替え玉無料”がセールスポイントの一つでしょう。

玄関2   こちらがこのお店の玄関です。


はなみずき通り”はご承知のように有力飲食店がひしめく、松山でも有数の飲食激戦区です。


ですから、一本西に入ったこのお店は、開店当時の集客力はやや衰えてきたようにもお見受けしますが、根強いファンに支えられています。


昼時は、軽トラや営業車などで駐車場がほぼ埋まっていました。

メニュー3   メニューはフランチャイズ店らしく、単品メニューからセットメニュー、更にはランチメニューまで幅広く揃っています。


ワタシは”豚骨ラーメン”が苦手なので、野菜たっぷりがウリの”ちゃんぽん”をチョイスしました。


お値段は760円(内税)です。


店内では、やはり”豚骨系”を注文される人が多く、しかも”大盛り!”とか”替え玉!”などという元気な声が飛び交っていました。


ワタシには、もう大盛りや替え玉はとても無理という”胃袋”になってしまいました。


一昔前なら・・・・・・

ちゃんぽん上4   さて、こちらが注文した”ちゃんぽん”です。


豚骨スープ系の乳白色の色をしたスープにたっぷりの野菜が入っています。


スープの香りには、豚骨スープ特有の匂いはまったくありません。


むしろ、野菜の甘い香りが立ち昇っていて食欲をそそられる匂いです。

ちゃんぽん5   今までに、八幡浜がご当地グルメとして売り出している様々な”ちゃんぽん”を食べてきました。


また、長崎県が本部の”リンガーハット”の”ちゃんぽん”も頂きました。


更には、中華料理店で”ちゃんぽん”メニューを選ぶことも多く、ワタシの好きなメニューの一つです。


具材は豊富で、ニンジン、モヤシ、木耳(きくらげ)、キャベツ、タマネギ、ニラ、豚バラ肉、竹輪、かまぼこなどです。

麺6   ””は小麦粉に含まれるる”フラボノイド”が”かん水”によって引き出され綺麗に黄色く発色しています。


モッチリした腰のある麺で、小麦粉の香りも残っている美味しい麺でした。


豚骨ラーメンに見られる細いストレート麺とは全く異なります。


また、本来の”ちゃんぽん”は、小麦粉に”かん水”ではなく”灰汁(あく)”を混ぜて練りますが、この麺はかん水で練ってあります。

スープ7   そして何よりも、この”スープ”が絶品でした。


野菜から抽出された自然の甘さがスープに溶け込んでいて、豚骨スープにすっかり馴染んでいるのです。


ひょっとすると、今まで食べた”ちゃんぽん”のスープの中で一番に美味いスープかも知れません。


苦手意識など吹っ飛んでしまいました。

完食8   フファフファいいながら、夢中で食べてしまいました。


ですから、あっという間に完食です。


「スープを全部飲んでしまうとカロリーオーバーになるから、スープは必ず残して!」という人もいます。


でも、「どうせ、何時かは死んじゃうんだから、ママよ!」と嘯(うそぶ)きながらの完食です。


この人(ワタシですが)確信犯なのです。




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「Al Porte(アルポルテ)」・「愛媛グルメ紀行」 271

今日は、堀江町の旧国道196号線(現在は県道平田北条線)沿いにあります”パスタとオーブン料理”のお店”アルポルテ”さんをご紹介しましょう。


場所は、旧国道196号線の堀江の町を過ぎて、現在の国道196号線に右折して侵入する交差点の北東角にあります。


アルポルテ”という店名はイタリアンレストランには数多く、東京は西麻布にある片岡オーナーシェフのお店”リストランテアルポルテ”などは有名店ですね。


アルポルテ”はイタリア語で、直訳すると「ゲート(玄関)へ」ですが、”扉を開く”という意味です。

玄関1   こちらがお店の玄関です。


ご自宅の隣がお店なのでしょうか。


イタリアの国旗”三色旗”が目印です。


国道196号線が新しく開通し、車の通行のほとんどがそちらに移ってしまいましたから、環境的には厳しいものがあると思います。



お店は、厨房に男性のシェフが、フロアーには女性が2人の3人でやっておられます。

店内2   ですから、必ずしも店内にお客さんが溢れているという状態ではありません。


ですが、昔からのお馴染みさんがこのお店を目指して来店されています。


その多くは女性客で占められていて、男性一人の客などワタシ一人です。

メニュー3   メニューは結構多彩です。


お店の名乗りが”パスタとオーブン料理”のお店ですから、パスタ以外のもう一つのウリはハンバーグやグラタンなどのオーブン料理です。


ハンバーグ”はフライパンで”ソテー”する代表的料理と書いて、「今ではオーブンで調理するのが常識!」と、手厳しく批判されたことを思い出しました。

スープ4   パスタは6種類の中から選べて、それにスープとサラダがついているものは890円です。


画像は、”スープ”で、トマトソース味でした。


中味は具沢山(ぐだくさん)で、ベーコン、ニンジン、インゲン、タマネギなど豊富でした。


ただ、ワタシには少しスープが薄く感じましたが、上品なお味です。

サラダ5   こちらが”サラダ”です。


野菜が新鮮でシャキシャキしています。


ただ、特別にコレが!というものは感じられませんでした。

スパ上6   こちらが選んだ”たらことイカのスパゲティ”です。


和風味の代表選手の一つでしょう。


トマト味が当たり前だった時代に、東京渋谷道玄坂の”壁の穴”でこの”たらこスパ”に出会ったときの、あの新鮮な感動は未だに忘れられません。

スパ7   やや太めの麺に、”たらこ”がバターとオリーブオイルと茹で汁で和えてあります。


ネットリとした食感は独特ですね。


この和風スパには”もみ海苔”が似合います。


”イカ”がやや煮過ぎられているように感じましたが、全体としては美味しく頂きました。

麺8   添えられているレモンの一片を、フォークの背で押して果汁をパスタに移しますと、アッサリ爽やかな味に変わります。


やはり、喫茶店などで出されるそれとは、一味も二味も違う、専門店の味です。


唸り声が自然に漏れてしまうといった風ではありませんでしたが、美味しく頂いてお店を後にしました。





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「たべ のみ処 いっとこ屋」・「愛媛グルメ紀行」 272

今日は、束本1丁目の東環状線沿いにある和食のお店”たべ のみ処 いっとこ屋”さんをご紹介しましょう。


このお店の南隣は”うどんの耕庵”があり、環状線を挟んだ向かい側にはラーメン店の”りょう花束本店”があります。


更には、近隣に”吉野屋”や”なか卯”や”すき家”があり、”モスバーガー”も控えていると言う飲食業界の激戦区の真っ只中にお店はあります。


開店は昨年9月29日です。

玄関1   この環状線は一種の”ファストフード通り”と化していますが、こちらのお店は板前さんが一品一品丹念に手わざを凝らした和食で勝負します。


昼は二種類のランチで、夜は一品料理やコース料理で一杯やるお店です。


厨房には2人の板前さんが、それとフロアー係りの女性の3人体制で昼の部を担当しています。

店内2   店内は、カウンター席あり、4人掛けのテーブルあり、ちょっとした小上がりありの、割と広いお店です。


ただ、何しろ”ファストフード戦争”がお店の周りで連日繰り広げられている戦場です。


そして、外食の王ともいえる”うどん”と”ラーメン”のお店に取り囲まれています。


このご時勢ですから、昼間の戦いは苦戦を強いられているようでですが、夜のメイン料理でファストフードでは出せない味を主戦場と決めておられるのでしょう、悠然と構えておられるようにお見受けしました。

ランチメニュー3   さて、昼のランチメニューは2種用意されています。


Aランチが1,000円、Bランチが700円(内税)です。


ワタシは”お造り”(刺身)が大の苦手なのでBランチを選びました。

ランチ4   こちらが当日のBランチです。


メインは”ハマチの裕庵焼き”、小鉢は”ふろふき大根”と”サラダ”です。


これに、ご飯とお吸い物と漬物、そして食後にコーヒーが付いています。

ハマチ5   こちらが”ハマチの裕庵焼き”です。


このお店では”裕庵焼き”と表記してありますが、物の本によると”幽庵焼き”とか”柚庵焼き”、更には”祐庵焼き”などと表記されることが多いと思います。


江戸時代の茶人であった”北村祐庵(又は堅田幽庵)”が考案したのでその名が付いたといいます。


酒と味醂と醤油を等分に混ぜ、柚子の輪切りを加えたタレに数日間付け込み、汁気を切ったものを焼いたり蒸したりして調理されます。


正に、”ファストフード”とは対極にある料理なのです。


北陸の冬を代表する魚が”寒鰤(かんぶり)”ですね。そうです、”鰤(ぶり)”は今が正に旬のお魚です。(このお店に行った時は、まだ冬でした)


お昼のランチにはお値段的に”鰤”は使えませんから、”鰤”の子供の”ハマチ”を使ってありますが、油が乗っていて美味いのなんのって!

フロフキダイコン7   こちらは小鉢の”ふろふき大根”です。(漢字で表記すると風呂吹き大根)


大根”は秋の10月頃から旬を迎える”冬野菜”の代表選手ですね。


皮を剥き、面取りした大根を柔らかく煮て、練り味噌を付けて食べるお料理です。


こちらのお店の”ふろふき大根”は、それはもうトロトロになるまで柔らかく煮含められています。


お味は、当然味噌味です。大根がこんなに甘く、柔らかく、そして奥の深い味で楽しめるなんて、子供のころは想像も付きませんでした。

サラダ6   こちらは小鉢の”サラダ”です。


やはり板前さんが作った”サラダ”一味違います。


今日のランチには大根を使ってありますから、大根の皮や面取りしたくずが出ます。


その大根の余りを千切りにして”サラダ”に使ってあります。料理の素材に捨てるところなどないのです。


ですからシャキシャキ、パリパリです。

コーヒー8   食後にはコーヒーまで出ます。


ワタシは、コーヒーも苦手なものの一つなので、普通はコーヒーが付いていても断ります。


ですけど、気分良くお料理が楽しめましたのでコーヒーも頂きました。


なお、どうしてももう一点触れておきたいことがあります。


このお店の”ご飯”・・・・・メシ・・・・もう美味くって美味くて、漬物だけで椀一杯の”ご飯”を食べられます。


一粒一粒が立ち、照り輝いていて、噛む毎に””の甘さが口腔に広がるんです。


日本人は””を主食にしていて「よかったー!!」って実感しました。


本当に「ご馳走様」でした。






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「コンデジで捉えた鳥たち」 48

今日と明日は、宇和島市遊子の三浦半島を訪ねたとき撮影した”鳥たち”です。


例によってコンデジでの撮影ですので、鳥がどこかで羽を休めている間しか撮れません。


でも、やはり優雅に”飛翔”する姿を捉えたいですね。

かもめ1   以下の6葉は、漁船の帆の上で羽を休める”セグロカモメ”の表情です。


他のカモメは、漁船が着く船着場周辺の海上を渦を巻くように舞っていて、コンデジのレンズには写ってくれませんでした。

かもめ2   この”セグロカモメ”は、漁船の上で左右を見回し安全確認をした上で”羽繕い”に専念し始めました。


鳥たちにとっては、”羽繕い”の作業は大空を舞い、海上を漂う時のための必須作業。

かもめ3   自分の口ばしで、丁寧に羽毛をすいてやります。


時折、周囲を見回して安全確認することは怠りません。

かもめ4  やや先が湾曲した口ばしで、首周りを中心に左右を丁寧にすいていきます。


一ヶ所での長居は身の危険。

かもめ5   素早く”羽繕い”が出来ることが生き残っていく条件です。


時には口ばしを大きく開いて、「クワァー、アォ」と鳴きます。

かもめ6   ”セグロカモメ”は”一夫多妻”で生きています。


多妻って、まあお気の毒。


一妻でさえ・・・・・

イエ、そういうわけでは

かもめ7   さあ、やっと”羽繕い”を終えた”セグロカモメ”が飛び立ちました。


岸壁の傍を歩いている釣り人の前を横切るようにしながら、海上に飛翔しました。


飛翔”の姿を捉えることが出来たのは、この1枚だけです。


今夜は、夢の中で子供に戻って、大空を飛翔する鳥になった自分を見ることが出来るかな。






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「コンデジで捉えた鳥たち」 49

今日も、宇和島市の三浦海岸で撮影した””の姿です。


今日は”鳶(とび)”の姿をご紹介しましょう。


以下の画像が、本当に”鳶(とび)”かどうかは定かではありません、間違っていたらゴメンナサイです。

鳶1   ”鳶(とび)”は身近な猛禽類の中では、比較的大型の鳥です。


この防波堤の付近では、おおよそ10羽位の”鳶(とび)”が羽を休めていました。

鳶2   こういう機会でないと、とてもコンデジのレンズに収まってくれる鳥ではありません。


普通は羽をほとんど使わず、上昇気流に乗って輪を描くように滑空しています。

鳶3   そして、地上で餌を見つけるとその場所に急降下して捕らえます。


非常に目がいい鳥ですね。

鳶4   今日は、食事が一段落したのか、電線や電柱に止まって休んでいました。


ただし、猛禽類独特の鋭い目つきで辺りへの警戒は解きません。

鳶5   ちょっとでも異変を感じると、もしくは蛇やカエルやトカゲなどの小動物の姿を捉えると、素早く空中に舞い上がります。


そして獲物めがけて真っ逆さまに急降下です。


地上に激突寸前に、大きな羽を羽ばたかせて頭の位置を上に戻して獲物に襲い掛かります。

鳶6   この日の獲物は、波間に見えた小魚かも知れませんね。


海上すれすれを、何度も旋回しながら飛んでいました。


鳶の飛翔姿”を、こんなに間近で捉えたのは初めてです。

鳶7   遂に、コンデジで猛禽類の飛翔の姿を捉えることが出来ました。


これも、執拗に大空を見上げ続けたお陰でしょうか。


上昇気流に乗った””は一気に高度を上げて、レンズで追っかけられる位置から飛び去っていきました。







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実家の庭にも春が 3

先週の土日に、実家に咲いた草花をアップしました。


その際に、日曜日は90歳の父と千葉から帰省してくれた妹との3人で、実家の庭で”花見の宴”を張ると書きました。


今日は、その続編です。


お天気も日曜日だけ見事に晴れ上がってくれて、絶好のお花見日よりでした。

父と娘1   久しぶりに、桜の木の下で語らう父と妹。


3人兄弟で女は妹だけ。


子供のころから、妹にはデレデレだった父は、今なお一層その傾向を増しています。


妹にノンアルコールのビールを注いでもらい、「もう何時死んでもいいぞ!」とばかりに顔をクシャクヤにして満面の笑み

イヌフグリ3   こちらは、庭いっぱいに咲いている”オオイヌノフグリ”です。


日本古来種の”イヌフグリ”は、この花よりずっと小型で、今は絶滅の危機に瀕しています。


こちらの”オオ(大)イヌノフグリ”は明治期に西洋から入ってきた雑草ですが、可憐で淡いブルーを好む方もいらっしゃいます。


ただし、花の名前の”イヌノフグリ”とは、犬の金〇〇のことで・・・・エエ・・・正式には漢字表記しづらい。

タンポポ4   ”タンポポ”を上から覗き込むとこう見えます。


一吹き、小さく息を吹きかけるだけであっけなく空中に舞いました。


その直前の画像がこれ。

ドウダンツツジ5   こちらは”ドウダンツツジ”の可憐な花です。


”ドウダンツツジ”はツツジの仲間ですが、小さい釣鐘のような形をしています。


名前の由来は、昔、夜間の明り取りとして使われていた結び灯台の脚のところに形が似ていることから、”トウダイ”が”ドウダン”になったそう。

ツツジと蜘蛛6   こちらは早々と花弁を付けた我が家の”ツツジ”です。


そのツツジの花弁に、ツツジの蜜を求めてやってくる虫たちを待ち伏せしているのが画像の”蜘蛛”。


小型の様々な蜘蛛たちが、花弁の裏や表で虫の飛来を待ち受けて息を潜めています。

ツツジと蜘蛛7   こちらは、待ちきれなくなって花弁の表に姿を見せた別種の蜘蛛の姿。


コンデジは、遠いものや動くものを捉えることは出来ませんが、こういう小さいものならこうやって捉えることができます。


コンデジを持つまでは見向きもしなかった光景が、今では様々に飛び込んでくるようになりました。

蜂の巣8   こちらは、実家の軒先に作られていた”地蜂(じばち)”の巣です。


ジバチ”とは、”クロススズメバチ”の別名で、大きな徳利のような巣を作ることで有名です。


実家には昔から、スズメバチたちが様々な場所に巣を作ってきました。


画像の右手にかすかに見える土は、過去の巣の跡です。

蛙9   実家には池もありますので、””が地上に上ってきて姿を見せています。


空にはウグイスとメジロとツバメが合唱し、庭には散りかけたソメイヨシノと椿が、そして咲き始めた様々なツツジたちが交錯しながら命を紡(つむ)いでいます。


父が妹に「トウチャンなあ、もう何十年もこの桜みてきたけどなあ、花が散る様子がこんなに綺麗やとは、この年になるまで気が付かなんだんよ」っと。


娘の前では「じいちゃん」ではなく、必ず「トウチャン」と言い分けます。


ところが娘はいとも平気に「ジイチャン、そんなら、来年の91歳の時もここで花見しよーや!」とはしゃいでいます。


今年も実家に春が訪れてくれました。




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「中国料理居酒屋 永和」・「愛媛グルメ紀行」 273

今日は、平和通2丁目にある”中国料理居酒屋 永和(平和通店)”さんをご紹介しましょう。


平和通の北側にあって、昨年10月に開店した新しいお店です。


この場所は、以前は”とんこつ主義俺”とかいうラーメン屋さんがあり、更にそれ以前にも色々な飲食店が出ては閉めという所です。


駐車場は、お店から東に50mほど行った所に3台用意されています。


また、このお店は二番町にもお店があって、夕方6時から朝の4時まで営業しています。


この平和通店は開店してちょうど半年を経過しましたが、ちょっと”難しい挑戦”をされたものだと思いました。


その理由は所々で語りましょう。

玄関1   こちらがお店の”玄関”です。


赤・赤・赤”に彩られた恐ろしく派手な店作りです。


これは玄関に限ったことではありません、店内もこれまた”赤・赤・赤”なのです。


先ずこのお店の前途を考える時、この玄関のことに触れざるを得ません。


いえ、別に赤く派手な外装が問題なのではなく、このお店の前を歩いて通っても、お店が営業中なのか準備中なのか、あるいは閉店しているのかが分かりにくいということです。


ましてや平和通を通る車からでは、先ず”営業中???”・・・っと。

店内2   こちらが”赤尽くし”の店内です。


この色使い、日本人が経営者ならまずしないでしょう。


そうです、このお店も二番町のお店も、経営者はもちろん従業員やコックさんたちも皆さん本場中国料理の国の方です。


色使いだけではありません。


厨房には、ナント3人ものコックさんたちが入っています。それにフロアー係りの男性を合わせて4人の男性でお店を運営されています。


人海戦術が常識の中国では考えられても、日本の飲食店経営では到底考えられない”人員配置”です。


先ず、これが前途多難だと考えさせられた二点目です。

ランチメニュー3   次に、三点目はこのお店の開店時刻です。


このお店は午後0時に開店です。


今までこのお店で273店舗目ですが、正午までお店を開けない店はほとんどありませんでした。


日本人、あるいは日本企業の昼食の形態がたぶんお分かりになっていない。


この30分の開店時刻の遅れが、みすみす拾えるお客を逃がしていると、ワタシは経験則でそう思います。


ただし、この”永和ランチ定食”(日替わりです)の圧倒的な安さとボリュームには驚きです。


例えば、当日のメインは”レバニラ炒め”で、これに”餃子”が5個とサラダとスープと大きなどんぶり飯(しかもお代わり自由)で550円(内税)です。

ランチ4   これが、その”コストパフォーマンス”などという生やさしい言葉では言い表せられない”永和ランチ定食”の内容です。


レバニラ炒め”の単品の価格が550円なンですよ。


店内は36席という小ぶりなお店に4人を配置しているというのに、これでは採算割れではないでしょうか。


いえ、この時代、度肝を抜くほどの安さでランチを提供していただくのは本当にありがたいのです。


でも、長続きしていただかないと。

レバニラ炒め5   さて肝心のお味です。


ええ、さすが本場からきただけのことはあって本当に美味しいのです。


レバーも美味しいし、ニラやモヤシもタマネギも全てシャキシャキで、生の食感が生きている。


そして、それらにかかっているスープがまた何もいえない美味しさ。


だたらこそ、余計な心配が先立つのです。

アップ6   この色艶を見てください、美味しそうでしょう。


いや、見た目だけではなく美味しいンです。


でも、店内のテレビ音声のまあ大きいことといったら。


まるで、老夫婦が二人だけで茶の間でテレビを見ている時のような音声。


少なくとも、食事には邪魔です。美味しい食事を台無しにするほどの音量・・・・。

餃子7   この”餃子”、これもまた美味しいンです。


皮も餡も、そして焼き加減も文句なしです。


最後に、このお店の前途を心配する四番目です。


平和通”という地域性を、このお店の経営者は多分、全く理解されていない。


まず、近隣に会社とか事務所が圧倒的に少ない地域柄です。


で、確かに学生は多い町ですが、学生は年間8ヶ月しかこの地域にいません。


残りの4ヶ月はお休みで、この町から消えます。


ワタシはこの町を、営業で数十年動いてきました。その間に、この平和通で長続きした飲食店は数えるほどしかないのです。


さて、このお店がその数少ない例外になっていただきたいと切に祈ってお店を出ました。


お昼のゴールデンタイムの40分間、遂に従業員の数を超えるお客さんは訪れませんでした。




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「一天張」・「愛媛グルメ紀行」 274

今日は、大街道の一本西に南北に通る通りの第二スズランビル1階にある”一天張”さんをご紹介しましょう。


町名は三番町3丁目になりますが、大街道2丁目の伊予銀行大街道支店中央出張所(CDやATMだけの)の角を西に入って、一本目の角を北に折れたら通りの東側のビルの1階です。


そこから7軒北には、”博多一風堂”さんがあります。


この辺りには、店舗や事務所が並ぶところですから飲食店も密集している地域で激戦区です。

玄関1   こちらがお店の玄関です。


このお店は”坦々麺”をウリとするお店で、今から6年前にオープンしました。


そもそも”坦々麺”とは中国四川省の成都で生まれた”麺”です。

店内2   こちらは店内の様子です。


厨房にシェフが一人と、フロアー係りの女性の二人でお店をやっておられます。


さて”坦々麺”は、四川風の”花椒”(かしょう)と”豆板醤”(トウバンジャン)と少量の”芝麻醤”(チーマージャン)を利かせた少なめのタレに、ゆで麺を入れ、豚挽肉のそぼろとネギやザーサイなどを載せたスタイルの麺です。


この中の”花椒”(かしょう)が、この麺の最大の特徴でしょう。

メニュー3   メニューには大きく分けて、”汁ありタンタン麺”と”汁なしタンタン麺”が用意されています。


中国四川省では、”汁なし”が一般的です。


ですから、このお店のメニューにも”汁なしタンタン麺”のことを、「汁のないのが四川本来のタンタン麺。特性ラー油と本場四川省直輸入の山椒をたっぷり使用しています」と説明してあります。


日本では”山椒”と言いますが、中国の”花椒”(かしょう)は日本のものとは同属異種で、とにかく”痺れる”辛さが特徴です。


同じ”辛い”という表現を使いますが、”唐辛子”の辛さとは全く別物です。


唐辛子”の辛さは、口の中が火の海になる辛さです。


一方”花椒”(日本で言う山椒の一種)の辛さは、口腔内が全体に痺れてしまう辛さです。

ランチ4   と言うことで、本来の姿である”汁なしタンタン麺”を注文しました。


ただし、いきなり本場のものというわけにはいきませんので、このお店では””と呼ばれているラー油と山椒が半分に抑えられているものを注文しました。


単品のお値段は580円(内税)ですが、それに”温泉卵”とサラダと”自家製杏仁豆腐”かご飯のどちらかが選べる”ランチサービス”を注文しました。


お値段は700円です。画像が”自家製杏仁豆腐”をチョイスした”ランチサービス”です。

汁なし麺5   そしてこの画像が、”汁なしタンタン麺”の””です。


スープが入っていませんので見た目は少なめに、しかも”おとなしそう”に見えます。


これなら簡単に胃袋に収まるだろうと、安易に考えるとそうは甘くありません。


”花椒”と”ラー油”と”芝麻醤”が効いているのです、通常の半分の量とは言え。

混ぜた6   こちらが、食べる前に混ぜた状態の様子です。


一口、口に麺を入れて食べても、唐辛子の辛さは僅かですから、そう辛いとは感じません。


ところが食べ進むうちに、口腔内の全体がジワーっと痺れてきます。


どんどん、その痺れが強くなっていきます。口の中全体が痺れてしまいますから、最後は味が分からなくなるほどです。


でも、その痺れと辛さの中に、旨さが潜んでいるのです。


ここまで痺れる旨さは初めての体験です。


この味は、好みが大きく分かれるところでしょうね。ダメな方もいるかも知れません。

杏仁豆腐7   ”杏仁豆腐”が用意されている理由が、生理的に理解できました。


この”汁なしタンタン麺”を食べ終わった後に食べる”杏仁豆腐”のホノ甘い甘さに救われます。


極端な言い方ですが”地獄に仏”とはまさにこの事を言うのだと思ったほどです。


豚の挽肉から出る油やラー油を、綺麗さっぱり洗い流してくれます。


そして口の中全体の痺れを、優しく癒してくれます。

温泉卵8   こちらは”温泉卵”です。


黄身が独特のネットリ感は、やはり”花椒”の痺れから開放してくれる役目を果たしてくれます。


ただ、やはりこの痺れる辛さは、好き好きでしょうね。ワタシは好きですけど。


ワタシがこのお店で食べていた同じ時刻、7軒北側の”博多一風堂”さんはほぼ満席の状態でしたが、こちらのお店はそういう風ではありまませんでした。


でもこの味の虜になったお客さんが三々五々、このお店を目指して雨の中をやってくる姿をしっかり確認できました。


個性的なお店です、健闘を祈ってお店を後にしました。





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「博多 一風堂」・「愛媛グルメ紀行」 275

今日は、昨日274番目のお店として御紹介した”一天張”さんの7軒北側にある”博多 一風堂”さんをご紹介しましょう。


場所は、大街道の一本西側の南北の通りの東側、二番町3丁目にあります。


この辺りは飲食店が密集している地域で、昼間のランチタイムを競うお店でひしめき合っています。


そして、その中にあってひと際(きわ)お客さんを集めている人気店がこのお店です。


松山のこの地に出店して今年で6年目、直営店舗かそれともフランチャイズ店舗なのかは聞き漏らしました。

玄関1   こちらがお店の玄関です。


博多一風堂”さんは、ラーメン業界では”豚骨ラーメン”を全国区にのし上げた”河原成美氏”が創業したお店として有名ですね。


創業者の河原氏が世に出たきっかけは、日本全国のラーメン職人が技を競うTV番組”TVチャンピオンラーメン職人選手権”への出演。


ワタシも当時、この番組を食い入るように見ていたものです。


その大会で初優勝し、その後前人未踏の3連覇を達成し殿堂入りを果たした。それ以外の同様なテレビ番組でも優勝したり、河原氏のドキュメンタリーが作られたりする、言わばラーメン会の”伝説の人”です。

店内2   その河原氏が目指したのは、豚の臭みを除去したマイルドな味の豚骨ラーメン。

実はワタシは豚骨ラーメンを苦手としています。

苦手な理由は、”豚骨ラーメン”のスープから匂う、あの”獣臭”です。


その”獣臭”が際立っているのが”久留米ラーメン”で、それが消えた”まろやか”スープの代表格が”博多ラーメン”です。


豚骨ラーメンの”獣臭”をマイルドに消していく過程について仮説を立て、その味をたどったのは”愛媛グルメ紀行”の昨年10月3日からの4回シリーズ。

メニュー3   こちらがメニューです。


”博多一風堂”さんの二大看板メニューが”赤丸新味”と”白丸元味”。


メニュー表から”ラーメン”という文字を消し、「赤」「白」という色で差別化を図ったこの試みは斬新で、その後多くの他のラーメン店がそれを踏襲しています。


ワタシが注文したのは、”白丸元味”で、このメニューが一風堂さんの源流・原点でしょう。


これに、餃子とご飯がついたセットで800円(内税)、ワタシはご飯は抜いてもらいました。

テーブル4   テーブルの上には、博多ラーメンの定番であるトッピングの壷が整然と並べて置いてあります。


”紅しょうが”と”高菜”と”唐辛子漬けのモヤシ”です。


さらにお好みで”ニンニク”が丸のままで置いてあり、特性のニンニク潰し器が添えられています。


店内は広く、若い店員さんの小気味のいい声が響き渡っています。


特に、フロアー係りでメインの働きをしている若い女性の細やかな気配りと、リズム感溢れるオーダーを伝える声は、見て聞いているだけで「このお店のラーメンは間違いなく美味いに違いない!」と思わせるものがあります。

ラーメン5   さて、こちらが注文した”白丸元味”です。


スープをすすってみました。


唸りました。なんとまろやかなスープなのでしょう。これまでの”豚骨スープ”の概念を一新する味です。


豚骨の持つ最大最高の味を抽出し切っている、そう感じさせられました。


まあ、”流石(さすが)”としか言いようがない上品な旨さです。今まで食べた豚骨ラーメンの中では、やはり群を抜いています。

麺6   ””はご承知のようにストレートの”細麺”です。


魚市場が近くにあって、市場関係者を待たせないように直ぐに茹で上げることを目的として開発されたという説もある”細麺”です。


細麺なので、スープによく絡みます。チャーシューも、口の中に入れた途端にハラリと溶けてしまいます。

餃子7   こちらが博多名物の”一口餃子”です。


これがまた、外は香ばしく、具はジューシーで旨いのなんの。


”博多一風堂”さんは、日本全国に出店している他、ニューヨークやシンガポール、香港とソウルにも出店され大成功を収められています。


上手に”箸”を使って”豚骨ラーメン”に舌鼓を打つ”ニューヨーカー”の姿が目に浮かびました。


いまや”ラーメン”は国際商品に育ちました。


松山で豚骨ラーメンを堪能し、香港やソウルに思いを馳せた豊かなひと時を過ごせました。





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「お食事・中華 大扇」・「愛媛グルメ紀行」 276

今日は、昨日ご紹介した”博多 一風堂”さんとは対極に位置する”お食事・中華 大扇”さんをご紹介しましょう。


場所は、旧国道11号線(現在の県道松山川内線)を市内から久米に向かって走ると、福音寺町に”ダイキ福音寺店”があります。


そのダイキの前の信号を右折(南に)すると、伊予鉄横河原線の踏切がありますがその手前、道路の西側にあります。

看板1   こちらは、踏切を通して北側の”ダイキ福音寺店”の方向を見たもの。


小さくて目立たない看板が、何気なくお店の前に置かれています。


中華”との表示がありますが、どう見てもその雰囲気はしておらず、せいぜい町外れの”一杯飲み屋”といった雰囲気のお店です。

玄関2   こちらがお店の玄関です。


現在の料理人は若い息子さんがやっていますが、普段はお母さんとその料理人の二人でお店をやっておられます。


お店は、お父さんとお母さんが始められて、今年で22年か23年経ったでしょうか。


ふと、見過ごしてしまいがちな場所にあり、踏み切り前ですから、車なら早く通り過ぎたいと思う立地です。

メニュー3   さて、お店に入るとちゃんと先客が3人いました。


全部で16席程度の小ぶりなお店です。


でも、メニューを見ますと立派な中華料理メニューが並んでいます。


もちろん、シェフが工夫に工夫を重ね、世の中の流行店の新メニューを研究して・・・などというメニューは何一つありません。


20年以上前から「ずっとこのメニューでやっています!」という雰囲気です。


もちろん、厨房は”中華料理仕様”になっていますが、街の食堂のようにも見えます。

中華そば上4   そこで看板に唯一表記してあった、文字通りこのお店の”看板メニュー”である”中華そば”を注文しました。


画像がその”中華そば”で、決して”ラーメン”ではありません。


昨日ご紹介した”博多一風堂”さんのそれとは”似て非なるもの”でしょう。


お値段は450円(内税)ですよ!涙が出そうになりました。


こうやって、地道にコツコツ続けられているお店が地元にあるということは、本当にうれしいこと誇らしいことではありませんか。

中華そば5   肝心の”中華そば”のお味です。


スープの色を見てください。


丁寧に”鶏がら”で出汁をとったことがうかがえます。


そして、「ちゃんぽん?」とみまごうばかりの野菜などの具沢山!


キャベツ、ニンジン、豚肉などを中華鍋で炒めて、それを卵でとじています。


いい香りが鼻腔を刺激してくれます。

アップ6   甘い野菜の香りと、醤油ベースのスープの香りが何ともいえない。


懐かしい味です。田舎の食堂ですすった”中華そば”です。


有形文化財として残しておきたい。


ひたすらコツコツと愚直に、そして親から息子さんに受け継がれた味が生きています。

麺7   このお店の”中華そば”の最大の特徴はその””にあります。


どうです、見てください。プリプリツルツルでしょう。


これが旨いんです!小麦粉の香りも残っています。


茹で時間は、きっちりとタイマーで計って茹ですぎないように細心の注意を払っておられました。


店は小粒で、そう綺麗なお店ではありませんが、料理に手抜きはしません。


もちろん、スープの最後の一滴まで飲み干したことは言うまでもありません。


どうか、何時までも何時までも地域のお客さんのお食事処として続いてほしいと祈りたい気持ちになりました。






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「吉田町の風景と歴史」 1

今日と明日と明後日の3日連続で、今の宇和島市”吉田町”の風景と歴史の一部をご紹介しましょう。


”吉田町”の歴史は、江戸期の”明暦3年”(1657年)四代将軍家綱のとき、宇和島伊達家十万石のうち三万石が分地されて出来た町であるということを先ず頭の中に入れておく必要があります、


これを頭に入れた上で”吉田町”の歴史を語る時、遠くは”江戸時代”、1793年に起こった”武左衛門一揆”のことは避けては通れません。


また、これから語る”武左衛門一揆”に思いを馳せると、吉田藩の本家、”宇和島伊達家”で、元和6年(1620年)に起こった”和霊騒動(われいそうどう)”のことを思い出さざるを得ません。


本家宇和島伊達家に起こった”和霊騒動(別名:山家事件)”のことは、昨年1月11日から15日までの5回で書きました”宇和島城”シリーズで詳しくご紹介しています。


時は、ちょうど高速道路が宇和町から津島町まで延伸し、「えひめ南予いやし博 2012」が開催されています。


その際に、宇和島市を訪れ”宇和島城”に行かれる方も多いと思います。


宇和島や、南予という風土と歴史、そして”仙台伊達家”とのつながりを考える上で、宇和島伊達家に起こった”和霊騒動(別名:山家事件)”と、今日から3日間で触れる吉田伊達家に起こった”武左衛門一揆”を外すことはできません。


昨年1月にアップした”宇和島城シリーズ”も合わせて読んでいただくことをお薦めします。

法華津湾1   さて、西予市の宇和町から国道56号線を南下しトンネルを10個くぐると”吉田町”に道は入っていきます。


その途中で見えるのが、この”法華津湾”の風景です。


ご紹介する”吉田町”は、”温州みかん”の愛媛県における故郷でもあります。


今から約200年前、愛媛県下で一番早く”温州みかん”を取り入れたのがここ”吉田町”なのです。


ですから、ここ”法華津湾”を見下ろす山並の斜面には”温州みかん”が植えられた”段々畑”が数多く見られます。


またこの”法華津湾”の”法華津”という言葉もちょっと覚えておいて下さい。


次回以降で詳しくお話しする”武左衛門一揆”における主要な役割・立場として出てきます。

葦2   そもそも”吉田”という地名は全国に数多くあります。


その地名の由来ですが、吉田という地名がついている所はもともと”葦(あし)”の生える水捌けの悪い湿地帯でした。


その水捌けの悪い湿地帯を開墾して水稲を植えたところを”ヨシダ”と呼ぶことが多かったと、作家の”司馬遼太郎”さんは本に書いて紹介しています。


なぜ”葦(あし)”が生えるところが”ヨシダ”になったかと言うと、葦(あし)が悪し(あし)に通じる、一種の”忌み言葉”なのでわざと”善し(よし)”という言葉に置き換えた、そこから”吉田”という地名が生まれたと言うのです。


画像は、吉田町に入ると直ぐに池が見えてきますが、その池の周りにびっしり自生している”葦(あし)”です。

吉田町市街地3   吉田町に入ると、町には”吉田藩”時代の”武家屋敷跡”が幾つか残っていて、新しく開発され造成された町とは違った、古風な趣を作っています。


吉田町は狭い町なので、車を降りて歩いて散策するには丁度いい町並みです。

吉田町市街地4   この古い”図面”は、旧吉田藩の当主が住んでいた”御陣屋”を中心として広がった昔の吉田の市街図です。


吉田町はほとんどが山山が重なる急傾斜地で、平地は全面積のわずか10%を占めるに過ぎません。


ですから、”立間川”に人工の支流を作りこれを”国安川”と呼びましたが、この”国安川”の壕を陣屋と町屋に仕切って作られたのが”吉田町”の成り立ちです。

城山7   その”立間川”の堤から海の方を見ると、標高130mの”犬尾城址”が見えます。


立間川”の両岸の堤には58本の桜が植えられていて”桜の小道”を作りますが、もう散ってしまったことでしょう。


この画像にある”犬尾城址”は、中世、豊後(大分)の大友氏に対する、その当時”宇和郡”を支配していた”西園寺氏”の最前線拠点として築かれたもので、現在は頂上に展望台があります。


この”吉田町”の話は、明日と明後日に続きます。






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「吉田町の風景と歴史」 2

今日も、昨日に続いて宇和島市吉田町の風景をご紹介する中で、南予”宇和島藩”の歴史にその名を残す”一揆”のお話を紹介しましょう。


吉田町は、”宇和島伊達家”から分地して作られた三万石の”御陣屋”を中心に発展してきた町であることは昨日書きました。

その吉田町が発展してきた基盤である”陣屋町”を再現したものが、吉田町”吉田ふれあい 国安の郷”と名づけられ、当時の素朴な田舎町としての風情や、商家や武家の洗練された文化の香りが再現されています。

門1   その”吉田ふれあい 国安の郷”の正面入り口がこの”表門”です。


この中に、武家屋敷や商家や農家、更には漁家などが再現され、当時の調度品などとともに当時の活気に満ちた庶民の暮らしの一端に触れ合う事ができるようになっています。


さて、この”吉田ふれあい 国安の郷”の中心施設が、”吉田伊達家”の御用商人であった”法華津屋三引高月家の本店”が移築された施設です。


この”法華津屋三引高月家”が、これからお話する”武左衛門一揆”の一方の当事者になります。


一揆の背景は、新藩であった”吉田藩”の財政の窮乏にあります。


当時、「宇和島物持、吉田貧乏」という言葉がありました。新藩の吉田の百姓の暮らしの厳しさを表わしています。

全体図2   財政が窮乏していた吉田藩は、吉田でも”山奥筋”(現在の鬼北町辺り)という山村の山民たちに製紙のもとになる”楮(こうぞ)”を植えさせ、紙漉(かみすき)きもやらせました。


吉田藩は、出来た”泉貨紙”(せんかし)と呼ばれていた紙をまとめて大阪に送り現金を得て、厳しい財政を支えていました。


”泉貨紙”とは、2枚の生紙を合わせた厚手で強靱な楮紙(こうぞがみ)のことで、ワタシの郷里に昔から伝わる和紙のことです。


なお、この”泉貨紙”を考案したのは今の西予市野村町の”兵頭太郎左衛門”で、ワタシの実家の直ぐ傍の”安楽寺”に大きな墓所があります。


本題に戻ります。藩が”泉貨紙”を直接商売をするわけにはいきませんので、吉田の豪商であった”法華津屋”に専売品として取り仕切らせたのです。


ですから、紙を一手に握った”法華津家”の儲けは莫大になる一方、紙の作り手である農民はほどんどただ働きに近く、その窮迫と不満がたまりにたまっていき、遂には”一揆”の話が吉田の”山奥筋”と呼ばれていた地区で起こったのです。

法華津家屋敷3   この建物が”武左衛門一揆”の一方の当事者となった”法華津屋三引高月家の本店”を移設した建物です。


当時法華津屋が、栄耀栄華を誇った豪商であったことが偲ばれます。


「一揆をおこそう!」と、家々を廻る貧しい浄瑠璃(じょうるり)語り(チョンガリとかケタウチともいう)になりすまし三年間の間に領内を組織してまわったのは、山奥筋でももっとも奥の”大野村”(現在鬼北町の日吉)に住む”武左衛門”という百姓でした。


”武左衛門”たちが優れていたのは、この準備が巧みで秘密が最後まで漏れなかったこと、一揆の目標を””に直接向けないで、”法華津屋”に向けたことだと言われています。


藩や役人の面目を丸つぶしにすることにならないように、しかし藩と一体となっている”法華津屋”を攻撃することで、一揆の効果としては藩を直撃しようというものでした。


そして、一揆の行動形式は”法華津屋”の”建物を大綱で引き倒す”というものです。


日本の一揆とは、最近の中東のゲリラや自爆攻撃などとは全く様相が異なり、なんだか大らかさせ感じさせるではありませんか。

天井の梁4   この”法華津屋”の天井の大きな梁や棟木などに大綱を引っ掛けて、何百人もが大綱を引っ張り、声を合わせて建物を倒壊させようというものです。


一揆を起こし大綱で法華津屋を引き倒すというだけで、吉田藩という小藩は震え上がりました。


しかし、一揆の方向は吉田藩をつぶしてみても無駄で、むしろ宇和島に出て本藩をゆすぶろうというものに変わり、吉田藩の全ての領民がこぞって宇和島を目指しました。その数1万人に迫るものとなりました。


この”一揆の向け先”が”法華津屋”から”宇和島藩”になぜ変わったのか?その理由は分かりません。


この一揆の方向が変わったことを捉えて、”一揆”は宇和島藩自体が仕組んだのではないか?という疑念が当時からあったそうです。


仕組んだ理由は、”一揆”騒動の責任を吉田藩に問うて、一度分地した”吉田藩”を再度宇和島藩に併合してしまおうという企みです。でも、真相は闇の中です。

帳場5   ”宇和島藩”自体が仕組んだものかどうかは別として、この一揆は、吉田藩を乗り越えて”宇和島伊達家”を揺るがす大事件に発展したのです。


しかし、ここからです、昨日書いた”和霊騒動(山家事件)”と共通点のある収束をを迎えます。


その騒動の収束の仕方に、当時の宇和島伊達藩、あるいは南予地方に特有のポイントがあると、ワタシは考えています。

座敷6   この一揆は、結果的には大成功を収め、一揆側は宇和島の本藩を仲介役に選び、その要求をことごとく吉田藩に入れさせました。


この大事件を、一揆を弾圧して終わる結果とはさせず、百姓側の勝利に終わらせた一方の要因となったのが、吉田藩家老”安藤義太夫継明(つぐあき)”です。


安藤継明”は当時48歳、騒動を収束させるには犠牲がいると判断し、その犠牲の役を自ら担いました。


それは、本藩の宇和島伊達家にとっての吉田藩の責任を考えた時、また一揆に参加した吉田藩のほとんどの領民の犠牲を最小限に抑えるためには、際立った犠牲がいると考え、それに一番の適任であるのが自分だと悟ったのです。

米蔵7   安藤が決した朝(寛政5年2月14日、1793年)、安藤は一揆の衆が集まっている八幡河原に出向き、一人従者を伴って堤をのぼり、一揆の代表数人を呼んで、一揆の経過を詫び、堤の上に鋏箱を置き、その上に腰を下ろして、そのまま一気に腹を切りましたた。


その切腹の介錯は、一人連れて行った彼の従者が行いました。


切腹した”八幡河原”は、今の宇和島市伊吹町にある”八幡神社”前の須賀川の河原だといわれています。


一藩の家老が農民一揆に侘びて切腹するするというのは、江戸期を通じて例がなかったのではないかと作家の司馬遼太郎さんは書いています。


そして、司馬遼太郎さんは、宇和島”和霊騒動”の一方の当事者で犠牲となった”山家(やんべ)清兵衛”以来の農民に対する伝統的態度が、安藤にもなお生きていた、と書いておられます。


もし、”一揆”を宇和島藩が仕組んだものだったとしたら、吉田藩家老の”安藤継明”が自ら切腹を選んだことで宇和島藩は吉田藩自体の責任を問えなくなったことになります。


”安藤継明”は、自らの命という代償で宇和島藩の野望を挫いたことになったたのかも知れません。

安藤神社5   今、吉田町には、一揆の農民や町民達の命を一身で守った”安藤継明”を祭った”安藤神社”があります。


この”安藤神社”は、明治6年安藤屋敷跡に”継明神社”として建立された後、”安藤神社”と改称され今日に至っています。


この”安藤神社”建立に先立つ1854年に安藤継明を讃え信仰する人達によって海蔵寺には”安藤継明廟所”が作られ、長く吉田の人々の奉り敬うところとして慕われてきました。

奉納太鼓6   今も、この”安藤神社”では、毎朝”安藤継明”の威徳を偲んで”奉納の太鼓”が打ち続けられています。


安藤神社”と”安藤継明”は、宇和島の”山家清兵衛”における”和霊神社”の存在と同じような存在として、今も吉田町の人々の心の中で生き続けているのです。


なお、一揆を起こした側にも当然のこととして犠牲者はいました。一揆はどの藩にとってもご法度になっていますから。


結局、大野村(今の鬼北町日吉)の”武左衛門”一人が斬罪に処せられ、他に一緒に捕まった20名余りは永牢(終身刑)に処せられましたが、安藤継明の17回忌のときに大赦されて牢を出ることができました。


一揆を起こした側の責任者として処刑された”武左衛門”は、当然最初から自分の命が永らえることはできないと覚悟を定めていました。


旧日吉村”の人たちは彼の処刑後も、表立っては彼の功績や威徳を偲ぶことははばかられましたが、”いのこ歌”などに巧みに詠み込んで後世まで語り繋ぎ、明治になってやっと彼を偲ぶ””が作られました。


宇和島伊達家を揺るがし、吉田藩を震撼させた”武左衛門一揆”は、こうして当時の大事件としては異例の、犠牲者が家老と一揆の首謀者だけで終わると言う結末を迎えました。


当時の宇和島藩や、その分家である吉田藩には、庶民や農民の側に立ち、命をかける役人や農民が存在していたということです。


さて、現在ですが・・・・・・



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「吉田町の風景と歴史」 3

今日が、宇和島市”吉田町”をご紹介する最終回です。


吉田町が、宇和島伊達家十万石を分地し、三万石として成立したという歴史は既に書きました。


その吉田藩の歴史の中でも最も大きな事件が”武左衛門一揆”であったことと、その結末が本藩宇和島伊達家に起こった”和霊騒動”に合い通じるものがあることも、昨日書きました。

江戸図1   今日は、それらの最終回として”国安の郷”に作られている”法華津家本店”の施設と共に資料館に展示してあるものをご紹介しましょう。


これは、吉田藩が宇和島藩から分地され、吉田の”御陣屋”町として栄えていた頃の日本全図の中の”江戸”を中心とした地方の”絵図”です。


江戸期を通じて、参勤交代がありましたから、吉田から江戸に通じるこうした資料は、当時の吉田藩にとっても貴重なものであったでしょう。

四国図2   この画像は、その”日本全図”の中の”四国図”です。


当時はグーグルの衛星写真があったわけでもなく、四国と言う小さな島でも、その全体像を捉えることは容易なことではなかったはずです。


でも、こうして1700年代には四国図を始めとして、日本全図が作られていました。


ただ、正確な日本地図が作られたのは、これから100年後の1800年に入ってからです。


伊能 忠敬”(いのう ただたか)が、足かけ17年をかけて全国を測量し”大日本沿海輿地全図”を完成させ、日本国の歴史上はじめて国土の正確な姿を明らかにしました。

屏風3   この屏風に描かれている”家紋”は、吉田藩伊達家のものです。


宇和島伊達家は仙台の伊達藩藩祖”伊達政宗”の長男”伊達秀宗”が入部して始まりました。


その仙台伊達家の家紋は、有名な”仙台笹(竹雀)”といって、向かい合った雀を笹が取り囲んでいる図柄です。


ですから、仙台伊達の血縁大名である宇和島伊達家と吉田伊達家の家紋も、図案の基本は向かい合った雀を笹で取り囲んでいる図柄となっています。

人面瓦4   こちらは屋根の”鬼瓦”の一つである”人面瓦”です。


当時の考え方には、外部からの侵入者を大きな”鬼瓦”で防ぐというものがありました。

甲冑5   こちらは武家屋敷に飾ってあった”甲冑”です。


既に江戸も後期に入りますと、戦国時代のような合戦はなくっていますから、こういう”甲冑”も武家の権威を象徴する美術品に近くなっていきます。


仙台の伊達政宗の甲冑の兜には、大きな三日月の文様が輝いていますが、この甲冑の兜にはそれが見られません。

火縄銃6   こちらは堺の有名な鉄砲鍛冶である”芝辻長左衛門邦考”作の”火縄銃”です。


堺の”芝辻長左衛門”は堺を代表する五鍛冶の一つで、長らく堺の鍛冶の世界に影響を与えてきました。

印籠7   こちらの”印籠”の紋は、吉田伊達家の家紋が彫り込んであるので、吉田伊達家の当時の当主が使用していたものでしょうか。


いずれにしても、貴重な歴史遺産であり、優れた工芸品とし長く残していくべき逸品なのでしょう。

八鹿9   こちらは、現代にも伝わっている”八鹿”の面です。


今でも、旧宇和島藩の領地であった町や村では、秋祭りにはこれらの”鹿踊り”が奉納されます。


町々によって”五鹿”であったり”八鹿”であったり、所を変えれば”鹿踊り”の形態も違っていますが、やはり仙台伊達から伝わった”鹿踊り”は未だに南予では健在です。

鹿面10   この”八鹿”の鹿の頭を見てください。


なんとも優しい顔つきをしているではありませんか。


この頭の表情に、南予の人情に通じる何かが漂っているのでは、と、南予出身のワタシは思うのです。


これで”吉田町”を紹介する3回のミニシリーズを終えることにいたします。


古いことばかりを長々と書き連ねましたが、記憶に残っている間に記しておきたかったものですから。





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プロフィール

じゅん

Author:じゅん
愛媛の松山から、「愛媛グルメ紀行」や「愛媛の歴史」など、幅広いテーマで情報発信しています。日曜日を除く毎日更新。画像も豊富。
長いサラリーマン生活に終止符を打ち、還暦をとうに過ぎた2014.12.1に起業して社長になりました。

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