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「堀江港 みなと食堂」・「愛媛グルメ紀行」 277

松山市の北に堀江と言う町があって、そこに”堀江港”があります。


昭和21年5月1日に、旧の国鉄が広島県呉市の”仁方港”と愛媛県の”堀江港”を結ぶ連絡線”仁堀航路”を開設しました。(後に、堀江港と呉市阿賀港を結ぶ航路に変更された)


そして昭和和57年7月1日に、赤字を理由に航路が廃止され36年間の幕を閉じました。

一文字防波堤1   今の堀江港には、フェリー離発着の喧騒はありません。


その堀江港に立ちますと、桟橋には地元の方が小鯵釣をしている姿が。


そしてその沖には、「堀江村民ここにあり」と地元で語り継がれている”一文字防波堤”が横たわっています。


この”一文字防波堤”は、江戸時代中期に堀江港の安全を期するために建築の計画が起こり、様々な困難と時間を経て、堀江村民が一丸となって1855年(江戸時代後期)に完成させたものです。

玄関2   さて、その堀江港の”仁堀航路”に自動車航送(フェリー)が開始されたのが昭和40年7月1日のことです。


今日ご紹介する”みなと食堂”は、フェリー航路が開始された翌年の昭和41年にこの堀江港で誕生の産声をあげたのです。今から46年前のこと。


上の画像は、現在の”みなと食堂”の玄関風景です。

創業者2   そして、この画像が創業当時のお店の看板と玄関の様子です。


子供を抱いているのは創業者、そして抱かれているのは親戚のお嬢ちゃんだそうです。


このお店が開業した”昭和41年”と言えば、日本の総人口が1億人を突破し日産自動車が”サニー”を、トヨタ自動車が”カローラ”を、富士重工業が”スバル・1000”を、そしてダイハツ工業が同社初の軽自動車の”フェロー”を発売した年です。


まさに”モータリゼーション”が幕を開けた記念となる年でした。


堀江港”をフェリーが車を満載して離発着し始めた頃です。

三代目1   こちらが、お店の”三代目”です。


この三代目が語ってくれました。


「フェリー便が廃止されて、お店のお客さん減ったのではないですか?」っとワタシ。


「ええ、廃止された年とその翌年には確かにお客さんが減りました。ところが、最近ではフェリーがあった時代よりお客さんの数も売り上げも増えているのです」と、三代目。

メニュー4   こちらがお店の”メニュー”です。


どうです?味のあるメニューではありませんか。


このお店の最大の看板商品は、「みなとのとうちゃんが40年前から作り続けてきた名物メニュー」と銘打たれている”鍋焼きうどん”です。

鍋焼きうどん上5   こちらが、看板商品の”鍋焼きうどん”です、お値段は550円(内税)です。


松山市内で40年も50年も続いている食堂の”鍋焼きうどん”最大の特徴は、その出汁の”甘さ”にあります。甘い=美味しい、という時代の名残りです。


このお店の出汁も黄金色に輝き、いりこで丁寧にとった出汁は絶品です、唸ります、自然に笑顔がもれます。


その笑顔が三代目にも伝わりました。


「ワタシがこのお店を手伝い始めたのは今から6年ほど前なんです。ワタシは2人兄弟の弟」と三代目。


「やはり若いって、色々挑戦したくなるじゃないですか。それで、手伝い始めた時は、この”鍋焼き”にも様々な工夫をし、手を加えてみたんです」


「ところが、お客さんから”味を変えないで!”っていう声が上がったのです」

鍋焼きうどん6   「最初はその声に反発したこともありました」と、三代目が続けます。


「でも、おじいちゃんとおばあちゃんが作っていた、そして二代目の父が引き継いだ昔の味に戻したんです」


「そしたら、お客さんに喜ばれて、アア、やっぱりコレナンヤーって分かったんです」

アップ7   「もう、自分がやっている間はこの味を最後まで守ろうって心に決めました」と、爽やかなイケメン青年、三代目は笑顔でそう答えました。


「ウンウン、ソーヨ。ウン、それでいいんよ!」と、大きくうなづいたワタシ、笑みで顔中皺だらけにしながら。


「ホラホラ!こんなに味が深くて、しかも後味がいい。アッサリした出汁と、この麺が合っているよねー!」というワタシの言葉に、今度は三代目が大きくうなづいた。


フェリー廃止以降の方がお客さんが増えたその理由は、絶えず試行錯誤を繰り返しながら、また原点に立ち戻るという、その柔軟性と、いい意味での頑固さにあるのではないかと感じさせられました。


「そりゃあ守って欲しいよ、この貴重な食の遺産を」とはワタシ。

巻き寿司2   それと、ワタシはこのお店の”巻き寿し”の大ファンで、昔からよくこの”巻き寿し”だけを買いに市内から堀江港まで通ったものです。


このお店の”巻き寿司”の特徴は、先ず”三つ葉”の清新な香りが真っ先に鼻腔に届きます。


その後で、ふっくらと煮られた”煮アナゴ”の香りと甘さが口中を満たします。


それに”カンピョウ”と”エビのそぼろ”の上品な甘さが加わります。


ワタシの世代にとっては”巻き寿司”は”ハレの日”の贅沢な食べ物。


そして、ワタシの大好物の一つなので、まず松山中の有名な”巻き寿司”は食べましたが、このお店の”巻き寿司”に勝るものに今だ出会ったことがありません。

二代目3   自転車に乗っているこの子が、今の”二代目”です。


今は2人兄弟の父親で、毎日厨房に立って、”鍋焼きうどん”などを作り続けています。


お店には、昭和の時間がゆっくりと流れています。


そういえば、お店のお客さんの顔にも昭和の香りが、ワタシを含めて。

二代目の今9   そしてあの子、”二代目の今”がこの画像。


あのはじける笑顔、今でもまったく変わっていません。


世の中、「変えて欲しいものと、何時までも変わらないでいてほしいもの」があると思うのです。


この”みなと食堂”の”味と笑顔”、何時までも何時までも変わらないでいてほしいと願ってやみません。


なお、この稿はブログ友”ジンゴズンゴ”さんの<『みなと食堂』は永遠に不滅でしょ!!!>(4月23日アップ)という見事なリポートに感銘を受けて書いたものです。ここに深甚なる謝意を表します。




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「横河原駅前 若竹食堂」・「愛媛グルメ紀行」 278

今日は、伊予鉄横河原線の終点”横河原駅”の駅前広場にある”若竹食堂”さんをご紹介しましょう。


「ここにお店を出して、何年になりますか?」というワタシの質問。


「ウーーン、あのー・・・そうよねー、もう40年は経ったかナー・・」と。

横河原駅1   この画像が、伊予鉄横河原線の終着駅”横河原駅”です。


木造の”駅舎”ですよ!


この画像も、やがては貴重な資料となるかも知れないですね。


この駅舎が何時立てられたのかは調べていませんが、伊予鉄道の郊外電車(1960年・昭和35年までは、ジーゼル機関車で客車を牽引していた)が横河原まで開通したのは、明治32年の10月のこと。

終点2   当初は、今の松山市駅から平井までを運行していたそうです。


終着駅ですから、当然線路はここで止まっています。


昔のジーゼル機関車時代は、福音寺駅と立花駅の間の石手川に架かる鉄橋を機関車が登り切れない時があり、その時は乗客たちが降りて機関車を押して登ったといいます。


まあ、何とものどかな時代があったのですね。

建物4   さて、今日ご紹介する”若竹食堂”は、伊予鉄の終着駅前に建つ”ビジネスホテル 若竹”の1階にあります。


ホテルは、客室数12、宿泊料金は食事なしでシングル・和室ともに4,500円だそう。


全室、インターネット完備といいますから立派な近代的ビジネスホテルですね。

おしながき5   1階の食堂に入ると、近隣の歩いて来られるお客さんたちが思い思いに食事をしている風景が目に入ります。


メニューとは言わず”おしながき”がお店の壁に札として掛かっています。


このお店の名物は、何と言っても”じゃんぼいなり寿し”ですね。


何度も何度もテレビなどで採り上げられていますから、ご存知の方も多いでしょう。


店内のお客さんの半数以上は、日替わりの”昼定食”を注文されています。


お値段は、食後のコーヒー付きで630円(内税)です。当日は”生姜焼き”でした。


そして残りの方は、このお店のもう一つの名物”中華そば”を食べていました。中には、”中華そば”と”じゃんぼいなり寿し”の両方をという””のお客さんも。

いなり上縮小   そこで、”じゃんぼいなり”を1個買って、一般に売られている”いなり”と比較してみました。(この画像と、下の画像は再掲です)


”じゃんぼいなり寿し”1個のお値段は190円です。


コンビになどで買う”いなり寿し”は、概ね3個入りで170円前後でしょう。


上から見ると”若竹食堂”の名物は、一般のそれに比べて優に3倍以上の大きさに見えます。

いなり横   ところが、これを”いなり”の腹側から見てみましょう。


どうです、この”太っ腹!”3倍どころの比ではないでしょう。


なにしろ、寿しが詰まりすぎていて、油揚げに包みきれず””がはみ出しています。


この画像は、実はお見せしたくなかった・・・・ワタシのお腹と似ていると、当社の女性社員に言われて傷ついたことがありますので。マア イイ・・

中華そば6   さてさて、本題に戻りましょう。


当日お店で頂いたのは、もう一方の名物”中華そば”です。お値段は500円(内税)です。


街場で食べる”らーめん・ラーメン”とは全く別種の、古くからある”食堂の中華そば”です。


ここで、麺にコシが・・・などと言うのは”愚の骨頂”です。


大きな寸胴鍋で、丁寧に時間をかけてとった”鶏がらベース”の醤油味。

アップ7   ”黄金色”のスープに、具はモヤシとシナチク(メンマ)と、直前に炒めた豚バラ、それとネギだけ。


至ってシンプル。


スープを啜ると「ああ~、懐かしいー!」ですね。町の食堂の味そのままです。


開業60年を越えている食堂の中華そばに共通する、スープの”あの甘さ”はありません。それらのお店に比べると、歴史がやや若いと言うことでしょうか。


でも、スルスルお腹に入っていきます。「フー~・・・」っと、ため息をつきながら。


食品を食べるというより、”昭和”という歴史を食べている、そういう感じです。

麺8   ””は中細麺で、当然に柔らかめ。


”バリカタで!”などと注文する、例えば”博多ラーメン”などとは、完全に別の食品ですからその点はお間違いなく。


小麦粉に含まれるフラボノイド系色素が、かんすいのアルカリ性と出会い淡黄色に発色した、教科書のような麺です。


でも、このお店のものが特別とか、自家製麺にこだわった・・・などというものではありません。


このありきたりの麺が、黄金色のスープと出会って、そして長い時間を経てお客さんに支持される味に育った、そういう”中華そば”でした。





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しまなみ海道と村上水軍の歴史 1

今日を含めて4日連続で”しなまみ海道”の風景を見ながら、日本の歴史上かつてしまなみ海道の各橋梁がかかる瀬戸内海一体の覇権を握った”村上水軍”の歴史の一部をご紹介しましょう。


ちょうど5月の連休に入りました。


この4連休には、多くの観光客が”しまなみ海道”を訪れることでしょう。


さて、4連続でお届けする最初の光景は”来島海峡大橋”の足元の”来島海峡”です。

来島海峡と船1
この画像は、”来島海峡”や”来島海峡大橋”を一望できる”糸山公園”から見た景色です。


朝もやがようやく晴れた頃、来島海峡を往来する船舟と多くの漁船が逆光の中で輝いています。

逆光の来島海峡2
さて、日本中世に芸予諸島を中心として瀬戸内海全域の制海権を握り支配したのが”村上水軍”です。


村上水軍”が瀬戸内海で覇権を握るまでは、このブログの3月11日に”耕して天に至る「水ケ浦の段々畑」 4”と題して書いた”藤原純友”が率いていた”日振島”を根拠地とした”南海の海賊”の時代が続いていました。


平安時代の話です。


しかし、”藤原純友”は”承平・天慶の乱(じょうへい・てんぎょうのらん)”を起こし京の朝廷に叛旗を翻したあと平定され”南海の海賊”の時代は終わりを告げたのです。

馬島周辺の釣り船3
なお、上の画像は好漁場として知られる”馬島”周辺に展開している”釣り船”です。


"南海の海賊”の後、興(おこ)ったのが世に言う”村上水軍”です。


村上水軍”の起源は明確ではありませんが、一説によると1080年ごろ信濃から南下して”能島”を中心に内海に勢力を持つようになった前期の”村上水軍”(村上天皇を祖とする村上源氏流)。


更には後期の”村上水軍”(清和天皇を祖とする清和源氏流)と、のちの”三島村上(さんとうむらかみ)水軍”を起源とすると言われています。


なお”能島”は、今の大島と鵜島の間にある小さな島で、”能島城跡”がある島です。

来島海峡と釣り船4
画像の”来島海峡”は日本三大急潮の一つで、付近一帯は瀬戸内海国立公園に属しています。(他の二つの急潮は、鳴門海峡と関門海峡)


潮流は速く複雑で、流速は時には10ノットにも達することがあります。


並みの船なら、この急流に逆らっては進めなくなる速さです。全国でも有数の船の難所とされています。

漁船5
しかし、実はこれらの多数の島々と複雑で急潮な海流、座礁の危険が常に付きまという瀬戸内海の特性が、”村上水軍”を筆頭に”海賊衆”の活躍を生んだ秘密なのです。


”村上水軍”の活躍振りは明日以降に詳しく触れます。

来島海峡と船6
画像は、”来島海峡大橋”の下をゆっくり航行する貨物船です。


古来、瀬戸内海は日本の物流の機軸(きじく=中心)でした。


奈良時代から平安時代にかけて、畿内(大阪・京都)に至る水運を利用した物流・人流ルートは、瀬戸内海を経由するものが中心だったのです。


ですから、江戸時代に入ると、”北海道”から商都”大阪”を目指した”北前舟”もここ”瀬戸内海”を通っていました。


そういうモノとヒトが船で往来する瀬戸内海で覇権を握った”村上水軍”は、中世の日本の歴史に大きく関わっていきます。




しまなみ海道と村上水軍の歴史 2

今日は”しなまみ海道と村上水軍の歴史”の2回目です。


今日は、”しまなみ海道”に架かる橋梁の内から幾つかをご紹介しながら、”村上水軍の歴史”に分け入ってみましょう。

来島海峡大橋1
まず、眼下に見えるのは来島海峡をまたいで、今治と大島を結ぶ”来島海峡大橋”です。


この長大橋梁は、来島海峡第一大橋と来島海峡第二大橋、更に来島海峡第三大橋の3連吊り橋からなり、長は4105mあるそうです。


なお、以下の3葉の画像は全て”来島海峡大橋”です。

来島海峡大橋2
さて、昨日”村上水軍”の起源と、瀬戸内海に”海賊衆”が跳梁跋扈”(ちょうりょうばっこ=悪人が大手を振ってのさばること)できた地理的背景について書きました。


”村上水軍”が文献に登場するのは1349年と言いますから、世の中は鎌倉時代後期から室町時代前期のころです。


世間にその名を知られるようになったころの"村上水軍”は、”因島”と”来島”、更に”能島”の三家に分かれていました。これを”三島(さんとう)村上水軍”と総称します。

来島海峡大橋3
三家の間では、長い歴史の間に数々の裏切り、反逆、欺(だま)し討ちなどがあり、あわや村上家消滅の危機もありました。


そして、今日歴史に残る存在として瀬戸内海に君臨するに至った原動力は、”能島村上家”(三島村上家の総領家)の大将である”村上武吉”(むらかみたけよし)で、後に”海賊大将軍”と呼ばれるようになった男の存在でした。


村上武吉”が登場するまでは、”村上水軍”もただの”海賊衆”であり、主な収入源は盗賊まがいの略奪(りゃくだつ)や掠奪(りょうだつ)、恐喝と言う、いわゆる”海賊仕事”でした。

来島海峡大橋
ところが”野島村上家”の大将であった”村上武吉”(たけよし)は、海賊仕事を本業としていた”三島(さんとう)村上”の海賊衆を団結させ、秩序ある戦闘集団に仕上げたてました。


そして”海賊仕事”をやめ、収入源を瀬戸内海を航行する全ての船から徴収する”通行料”としたのです。


この”通行料”を”帆別銭(ほべちせん)”といいます。


瀬戸内海を東から西へ、西から東へ航行する船は、一艘(いっそう)残らず村上海賊衆に”帆別銭(ほべちせん)”を支払わないと通行できなくしたのです。

伯方大島大橋6
この画像は、伯方島と大島を結ぶ、全長1230mの”伯方・大島大橋”です。


”伯方大島”と”大島大橋”が一体構造となっています。


さて”帆別銭(ほべちせん)”というしきたりは以前からありましたが、それを諸国の船乗り達に徹底させたのが”村上武吉”です。


”帆別銭(ほべちせん)”(通行料)を支払わない船に対しては、本来の”海賊仕事”を仕掛けます。村上海賊衆に立ち向かえる勢力は、この時代もういません。

多々羅大橋7
こちらの画像は”多々羅(たたら)大橋”で、広島県生口島と愛媛県大三島を結ぶ斜張橋です。


中央径間長(890m)は890mで、作られた当時は世界最大の斜張橋でした。(現在は世界で二番目)


さて、”村上海賊衆”はどうやって”帆別銭(ほべちせん)”を、瀬戸内海を通行する全ての船から徴収していたのでしょう。


彼らは、どうやって全ての往来船を完全に把握していたのでしょう。


それは、諸国のこれという港には村上海賊衆を差し向けていて、あらゆる港や島々で往来船を見張っていたのです。


ですから、瀬戸内海を渡る船は、どこでもいい、最寄(もより)の港で海賊衆に帆別銭を納めて、その代わりに”舟印”を海賊衆からもらいます。

多々羅大橋8
舟印”とは、絹製の旗で、村上の””の字が染め抜いてあります。


”の文字だけではなく、帆別銭を受納した年月日と”御大将(武吉)”の名前も染め抜かれていました。


この”舟印”を掲げた往来船だけが、自由に瀬戸内海を航行できたという仕組みです。

多々羅大橋9
その”帆別銭”は、積荷の”一割”と決まっていました。


1割、10%!!ですよ、私たち不動産業者が不動産の売買時に受け取れるのは3%です。ため息が出ます。


おまけに、海流の厳しい難所を無事に航行するために村上海賊衆は”水先案内”(これを”上乗り”と言った)もやりましたが、その料金はまた別に徴収します。



村上武吉”(むらかみ たけよし)は、いわば瀬戸内海に”海の関所”を作り、その関所のあがりで悠々と島々の男女を養う仕組みを作り上げ、それを天下に認めさせたのです。


しかしこの仕組みが、”村上水軍”を滅亡させることになるのは、もっと先のことです。


それは、明日以降に触れます。






しまなみ海道と村上水軍の歴史 3

今日は”しまなみ海道と村上水軍の歴史”のミニシリーズ3回目です。


今日は、大三島にある”大山祇神社”(おおやまづみじんじゃ)の画像を見ながら”村上水軍の歴史”をたどってみましょう。


この”大山祇神社”は、”日本総鎮守守”とあります。これは、平安時代に朝廷から「日本総鎮守」の号を下賜されていることに由来します。


全国津々浦々に広がっている”三島神”ともいう”大山祇神”を祭る総本社です。全国の分社は1万社余りを数えます。

山門1
大山祇神社”の歴史は古く、何と神話時代に遡ります。


大山祇大神”は”天照大神(あまてらすおおみかみ)”の兄神と伝えられ、”天孫降臨”(てんそんこうりん=神が地上に降り立った)に際して、女木花開耶姫命を皇妃として国を建てた建国の大神とされます。

雨乞い楠2
”大山祇神社”に入ると目に見えてくるのがこの”大楠”です。


雨乞いの楠”といわれ、天然記念物に指定されています。


何と、日本最古の楠木だそうで、樹齢3000年以上。

乎知命手植え楠3
こちらの大楠は”乎知命(おちのみこと)手植え楠”といわれ、御神木でもあります。樹齢は2600年。


なお”乎知(おち)”は、この当時、今の”越智”をこう表記していました。愛媛の東予地区で”越智姓”が多いのは、”乎知郡”という地名に由来するのだとワタシは考えています。


何れにせよ、もう気が遠くなりそうな時間的空間です。


この2本の大楠の他に、境内には大小約200本の楠木が植わっていて、これら”大山祇神社楠木群”は国指定の天然記念物に指定されています。その指定樹だけでも38本を数えます。

乎知命手植え楠4
もうとてつもない神社です、圧倒されます。


何しろ、歴代の天皇家、源氏、平家をはじめ多くの武将が武具を奉納し、国宝、重要文化財の指定をうけた日本の甲冑の約4割がこの神社に集まっているそうですから、腰を抜かしそうになるのもムリはないでしょう。


また檜皮葺(ひわだぶき)・三間社流造りの”本殿””拝殿”などは、国の重要文化財となっています。


つい最近、4月21日付けの愛媛新聞で”大山祇神社”が所有する、鎌倉時代から江戸時代後期の「大山祇神社三島家文書」210点を重要文化財に指定するように、国の文化審議会が文部科学省に答申したと報じたことは記憶に新しいところです。


まさに”大三島”は”宝の島”なのです。

門裏5
さて”村上水軍の歴史”です。


村上水軍”が世に出たといいますか、一躍の日本中の注目を集めるきっかけとなったのは”周防の国”(今の山口県)の”毛利元就”(もうり もとなり)が西国の雄に上り詰めることになった”厳島の闘い”(いつくしまのたたかい=今の広島県厳島での戦い)です。


周防の”毛利元就”が、周防国の戦国大名大内氏の重臣であって下克上で主家の大内氏を滅ぼした”陶 晴賢”(すえ はるかた)を”厳島の闘い”において破った時のことです。


詳しいことは省略しますが、地方の一大名であった”毛利元就”(もうり もとなり)軍と、竹原(今の広島県竹原市)小早川家に養子にやって小早川家を継いだ自分の三男であった”小早川隆景”(こばやかわ たかかげ)との連合軍が、”陶 晴賢”軍を厳島に誘い込み、劣勢を跳ね返して殲滅したのです。

本殿6
この海戦の勝因は、”小早川隆景”が”村上武吉”率いる”村上水軍”を味方に引き入れたことだと言われています。


この海戦以降、”毛利元就”は、織田信長と天下の覇権(はけん)を争う”西国の雄”に躍り出ていきます。


また、”村上水軍”も、この闘い以降は”毛利水軍”の主力水軍に組み込まれていきます。


村上武吉”は、本拠地の野島から近い竹原の”小早川隆景”の誘いに乗ったということになっていますが、武吉(たけよし)は元々計算高い人。


どちらの味方についたほうが自分の利益になるかを十分に考え抜いた結果、小早川隆景の誘いに乗ったといいます。


その価値判断の元になったのは、昨日書いた、村上武吉が築いた”海の関所”であり”帆別銭(ほべちせん)”だと言われています。


”陶 晴賢”は村上の”帆別銭”を認めないという立場だった一方、”毛利元就”はそれを認めました。

本殿裏7
ここに、この先、”村上水軍”が滅ぶ”遠因”が歴史の中にビルトイン(組み込まれて)されていったのです。


帆別銭”という権益を守ってくれる”毛利・小早川水軍”の主力水軍として、この後”村上水軍”は大阪の”木津川口の闘い”を2度戦います。


この時の毛利家の当主は”毛利元就”(もとなり)から、その孫の”毛利輝元”(もうり てるもと)に移っています。


村上水軍”を主力部隊とした”毛利・小早川連合軍”の闘いの相手は、あの”織田信長”です。


織田信長”は、中学や高校の歴史で学んだとおり”楽市・楽座”といって、関所における通行税的な無駄を排して、自由に通行し交易することで富を生み出すことを考えた、いわば近代人のハシリのような人物です。


なお、日本の歴史において織田信長より早く”楽市楽座”を唱えたのは”美濃の国”(今の岐阜県)で覇権を取った”斎藤道三”(さいとう どうさん)ですが、ここでは詳しくは触れません。また別の機会に。


さて一方の、村上武吉(たけよし)は通行税(帆別銭)などの既得権益を徹底的に守りたい立場です。


互いが対立・激突するのは歴史の必然です。


明日は最終回です。


今日登場した人物の中で”小早川隆景”(こばやかわ たかかげ)の名前を覚えておいて下さい、少なくとも明日までは。

斎田10
なお最後の画像は、愛媛県の無形文化財に指定されている”一人相撲”の舞台の前にある”斎田(さいでん)”です。


この”斎田(さいでん)”では、大山祇神社の伝統的神事である”御田植祭”と”抜穂祭”とが行われます。




しまなみ海道と村上水軍の歴史 4

今日が”しまなみ海道と村上水軍の歴史”のミニシリーズの最終回です。


本来は、尾道まで足を伸ばして様々な風景を収めたかったのですが、カメラ片手に駆け回る体力に自信がなくなりました。


そこで、写真取材は広島県の”生口島”(いくちじま)までにしました。


今日の画像は、”生口島観光”のハイライトとなる”耕三寺”の風景です。

山門1
こちらが、”耕三寺”の入り口にあたる”山門”です。


「ここはどこ???日本??」っという雰囲気の山門です。


この”潮聲山 耕三寺”は、れっきとした浄土真宗本願寺派の寺院ですが、大阪で大口径特殊鋼管の製造会社を経営された方が個人で開山された寺院です。


寺院の境内では、絢爛豪華な堂塔が数多く配置されています。


それらの建物の特徴は、豪華絢爛と言えば言えなくもない、しかし派手派手しい装飾はちょっと異様な雰囲気すら漂っています。悪く言えば悪趣味。


でも、豊臣秀吉だって派手派手しい”聚楽第”を作ったし、徳川家康だって死後、日光に”東照宮”を造営させた。


こちらの5枚目と6枚目の”孝養門”は、あの”東照宮”の”陽明門”の度派手な装飾と瓜二つです。


功なり名を遂げた方の、世の常でしょう。

桜五重塔2
こちらは”五重塔”で、撮影した時は桜が満開でした。

   
さて、”村上水軍”の歴史です。


厳島の闘い”で”毛利・小早川連合軍”の主力部隊として活躍し一躍名を挙げた”村上水軍”は、瀬戸内海の制海権を完全に握ります。


時は、”織田信長”が京に上洛し、天下に号令しようと目指していた時期です。


この当時”織田信長”は、大阪の”西山本願寺”を攻めようとしていました。


西山本願寺”の法主(ほっす=最高指導者)”顕如”(けんにょ)は、並みの大名など比較にならないほどの権力と財力と兵力を持って”織田信長”に対峙していました。


西山本願寺の”顕如”は、西の”毛利・小早川連合軍”と、北の”上杉謙信軍”を味方に引き入れ、自ら指揮する”一向宗宗徒”で”織田信長”を挟み撃ちにする戦略を採ります。


その主戦場が、大阪湾に注ぐ”木津川”の河口で、毛利軍は”村上水軍”を立て、織田軍は伊勢の”九鬼水軍”を立てての大海戦が二度に渡って繰り広げられたのです。

僧宝蔵と桜3
結果は、”第一次木津川口の闘い”では”村上水軍”の大活躍で織田信長側の”九鬼水軍”を撃破しました。


”村上水軍”は、ますます”毛利・小早川連合軍”にはなくてはならない存在になったのです。


ところが、”第二次木津川口の闘い”では、織田信長の鉄砲・大筒・大砲で武装した”鉄甲船6隻”を率いる”九鬼水軍"の前に、これまで無敗を誇ってきた”村上水軍”は大敗をきしてしまいます。


勢いに乗った”織田信長”は、一気に中国地方の”毛利・小早川連合軍”を攻めようと”羽柴秀吉”(後の豊臣秀吉)を派遣します。


ところが、歴史に明らかなように、秀吉が中国攻めをしている最中に”織田信長”は”本能寺の変”で倒れるのです。


ここから後は、ご承知のように”豊臣秀吉”の時代になって行きます。


毛利家は、中国地方第一の大名として残り、毛利元就の第三子の”小早川隆景”も秀吉につきます。


後に、”小早川隆景”は、秀吉につき軍功を挙げたことで、”伊予一国”(今の愛媛県のほぼ全域)を与えられ支配することになるのです。


隆景は自分の根拠地を今の広島県三原市に置いたまま、”湯築城”(今の道後公園)に入城し、養子の”小早川秀包”を”大津”(今の大洲市)に配するなど伊予国を統治し、中世以降の伊予の一大豪族であった”河野通直”を道後に隠居させて旧河野家家臣などをその配下としました。


しかし、”小早川隆景”の伊予国支配は2年で終わります。


また、”豊臣秀吉”についたことから、秀吉の義理の甥(秀吉の正室”北の政所”の甥)である後の”小早川秀秋”を養子に受け入れることになります。

桜と法宝蔵4
歴史の皮肉でしょうか、自分も毛利家から養子に出され”小早川家”を継いだのですが、秀吉の義理の甥を養子に迎え入れたことが、後の日本の歴史を変えることにつながっていったのです。


これまで瀬戸内海の制海権を握って”毛利軍”についていた”村上水軍”の命運は、この時代に一気に天下人に上り詰めた”豊臣秀吉”によって息の根を止められます。


秀吉は1588年”海賊停止令”を出し、”村上水軍”の解体にかかりました。


三島(さんとう)村上家”は完全に三家に分断され、それぞれ細々とその命脈を保つことになりました。


今でも、今治周辺には”村上水軍”の末裔が多く住んでいます。


通行料(帆別銭)という既得権益を守りたい”村上水軍”は、織田信長に叛旗を翻す立場を貫いたために、既得権益を破壊する側の豊臣秀吉に狙われたのです。


”木津川口の闘い”の第一回目で勝利したことが、皮肉にも”村上水軍”滅亡という歴史的シナリオにビルトインされたと昨日書いたのは、上の経過を指します。

孝養門5
さて、”豊臣秀吉”が天下を握った前後からは、いわゆる”太閤記”の世界です。


映画やテレビや小説など、あらゆる媒体で繰り返し巻き返し取り上げられていますので、今更ワタシがここで触れることはありません。


ただ、秀吉の死後”徳川家康”の時代に移る狭間の中で、1600年、ご承知の天下分け目の戦い”関が原の闘い”を迎えます。

孝養門6
この”関が原の闘い”で東軍の”徳川家康”に対し、西軍は”豊臣秀頼”の元に”石田光成”が控えますが、彼は基本的には文官です。


従って、主力部隊は”毛利軍”とならざるを得ず、”毛利輝元”は西軍の総大将として大坂城に入って布陣しました。


しかしご存知のように、この”関が原の闘い”の帰趨(きすう=ゆくえ)は、西軍に付いていた”小早川秀秋”の寝返りにより、一気に東軍の勝利となったのです。


先に皮肉なと書いたのは、”毛利家”の運命です。


毛利元就”が小早川家に養子に出した第三子である”小早川隆景”と連合軍を形成し、西方から天下をうかがう勢いを見せていた時代もありました。


しかし、その”小早川隆景”の養子である”小早川秀秋”の裏切りにより西軍は敗れ去り、”毛利軍”は周防に逃げ帰らざるを得なかったのです。


その後、江戸時代を通じて”毛利家”は、本州の西の果ての”周防”一国に追いやられて命脈を保ちます。

本堂9
ところが、江戸幕府も264年間の太平を保ちましたが、1867年に大政奉還をし江戸時代は終わりを告げました。


その江戸幕府を追い詰めたのが、実質的には”毛利家”の長州勢であったことは、これも歴史の皮肉と言えないでしょうか。


「江戸の敵は長崎で討て」という言葉がありますが、「関が原の敵は、江戸で討て」となったことはいかにも・・・・・しかし、歴史って面白いと思いませんか?


4日間に渡って、”しまなみ海道”の風景を眺めながら”村上水軍”の歴史を語りました。


独断と偏見に満ちた記述になったかも知れませんが、愛媛に住み、松山でこのブログを記しているワタシとしては、何時かは触れたいテーマでした。


連休の初めには”吉田町歴史”の一部にも触れました。


長々とした記事になりましたが、最後までお付き合い頂いた方に感謝して筆を置くことにしましょう。


ありがとうございました。





「すし水軍」・「愛媛グルメ紀行」 279

昨日までの4日間、”しまなみ海道と村上水軍の歴史”を書きました。


今日は、その4日間にちなんで、今治に抜ける国道317号線につながる県道松山東部環状線沿いの樽味4丁目に、県道の開通に合わせて出来た”グルメアヴェニュー樽味”の敷地内にある”すし水軍”さんをご紹介しましょう。


東部環状線から国道317線に向かう、樽味町や東野町界隈は、このところ急速に商業集積が進んできました。


もう、残っている道路沿いの田んぼや空き地は残り僅かという状況です。


その中で環状線沿いには、全国展開している105円均一の回転寿司業態店舗が目白押しで出店しています。

看板1   この高々と掲げられた”看板”が目印です。


全国ネットの回転寿司業態店の”スシロー”さんや”くら寿司”さんが客を集めている中で、このお店と同じく今治市を本拠とする”おんまく寿司”さんも最近105円均一に業態転換しました。


つまりこの地区は、105円業態の”回転寿司最激戦区”なのです。


その中にあって、このお店はネタ毎に値段が違う回転寿司店なので、果たして生き残っていけるかどうかに挑戦しておららます。

玄関2   こちらが店舗の全貌で、回転寿司業態では比較的大型店に属します。


このお店の名乗りは”来島海峡”です。本拠地が今治ですから。


日本の歴史において、14世紀から16世紀の約200年余りに渡って瀬戸内海に覇権をとなえたのが”村上水軍”です。(このことは4日間に渡って長々と書いたとおりです)


その”村上水軍”の旗印は”丸に上”の字の””が有名ですが、このお店の玄関先でへんぽんとはためいている昇り旗には””の旗印が染め抜かれています。

メニュー3   さて105円業態の回転寿司店は、ワタシの会社の目の前に”くら寿司”さんがありますから、当然何度も食べに行ったことはあります。


ですが、この”愛媛グルメ紀行”シリーズで採り上げるお店では到底ありませんから、アップしたことはありません。


ただ、今回はある方のおごりでこのお店に行きました。多分自分一人では行かないお店でしょう。

寿司ライン4   せっかくのことですから今回採り上げました。


店内の入りは、概ね3割から4割と言ったところ。


その時間帯は、飲食業界におけるゴールデンタイムの午後0時半前後でしたが。


全国展開の105円業態回転寿司店がデジタル派だとしたら、このお店はあくまでもアナログ派です。


客は、タッチパネル方式で食べたいネタを選ぶと、厨房内の職人さんがそれを握ってくれて、席まで持ってきてくれます。


ですから、常時”ネタ”がベルトコンベアーを廻っている風景とはやや趣を異にします。


あのベルトコンベアー方式は効率的でしょうが、まるで”飼育ゲージ”に閉じ込められた”ブロイラー”に給餌(きゅうじ=餌やり)する風景が頭に浮かんでしまいます。 


ネタは、まるで””(えさ)です。

甘エビ5   さて、3人で行って頼んだネタの数々です。


こちらは”甘エビ”です。


お値段は180円、ねっとりとした独特の食味です。

ホタテ6   こちらは生の”ホタテ貝柱”です。


お値段は240円。


さすがに105円業態店のそれとは、ネタが違うと実感できます。

活タイカルパッチョ7   こちらは”活タイのカルパッチョ”です。


カルパッチョ”とは、元々薄切りの生牛肉にパルミジャーノ・レッジャーノをかけた料理を言うという説もありますが、これは和洋折衷の料理ですね。

炙りサーモン8   こちらも和洋瀬中料理で”炙りサーモン”です。


お値段は240円です。


最近、バーナーでネタを炙って提供するのが一種の流行なのでしょうか。

オオトロ9   こちらは皿の色が金色に変わる”本マグロ大トロ”です。


お値段は、720円です。


もっと高いネタは”ウニ”とか”活あわび”などで、700円台の値段がついていました。

タイのアラ赤だし10   こちらは”活タイのアラの赤だし”です。


この他にちょこと頼んで、一人当たり2000円をちょっと超えるところでしょう。


お昼のご飯のお値段としては、とてもワタシの懐では払えるお値段ではありません。


いやはや、おごっていただいた方に「ご馳走様でした!」っとお礼を言ってお店を後にしました。”村上水軍”の歴史に思いを馳せながら。





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「手打ちうどん まつや」・「愛媛グルメ紀行」 280

今日は、空港通4丁目にあるうどん屋の老舗”手打ちうどん まつや”さんをご紹介しましょう。


場所は、旧空港通(現在の県道松山空港線)沿いのゼネラル石油GSがある交差点を南に折れた2軒目にあります。


このシリーズで、昨年7月1日に78番目のお店としてご紹介した”中国料理 香港”さんが、道路を隔てた東向かいにあります。


この地で営業を始めて30年が経過しました。香港さんも23年目ということで、この二店がこの地で近隣の会社の外食組を二分して客を集めています。

玄関1   こちらがお店の玄関です。


丁度お昼に差し掛かると、近隣の会社から外食組が一斉に会社を出て、こちらの”まつや”さんか、あるいはお向かいの”香港”さんの玄関に吸い込まれていきます。


実はこのお店、ブログ友”乱 駆郎”さんのお薦めの店だということで訪ねてみました。

店内2   店内に入ると、カウンターの上に出前用の”岡持ち”が3個置いてあります。


ひっきりなしにかかる出前の電話、2人のたくましい女性が自転車で出前を担当されています。


その他には、店主と店主の奥さんとおぼしき女性が厨房でてんてこ舞いされていました。


決して綺麗とは言えないお店ですが、お客さんの多さと出前電話で活気がありました。

メニュー3   こちらがお店のメニューで、奇をてらったメニューなどはありません。


30年来、このメニュー一本でやっていますという雰囲気です。


乱 駆郎さんお薦めのメニューは、”たぬきうどん”と”いなり寿し”でしたが、”たぬき”だとちょっと共食いの感があるので、それに近い”天ぷらうどん”を注文しました。


お値段は470円(内税)で、いなり寿しは2個で180円です。


愛媛のうどん屋としては、比較的安い値段設定ですね。

うどん4   さて、こちらが”天ぷらうどん”、待つ間もないくらい直ぐに出てきました。


このお店の”天ぷらうどん”の特徴は、普通の”エビ天”ではなく”エビのかき揚げ”を使っていることです。


それで、この”エビのかき揚げ”が、このお店の味を特徴付けるものだということは食べている途中で気が付きました。


大きい”エビのかき揚げ”一枚と、海苔の天ぷらとカマボコ2切れ、それに大量の刻みネギと、シンプル。


画像の”エビのかき揚げ”の色にご注目です、この””がこのお店の”天ぷらうどん”や”たぬきうどん”の味の決め手だったのです。

うどん5   一方””は、手打ちと言う割には一本一本が極めて他人行儀なのです。


このお店の””は、「オレとオマエは全く関係ないからね!はっきり言っとくけど”他人同士”だからね!」と言っている。



丁寧に打った手打ちうどんは、「例え切り離されても、俺とお前は切っても切り離せない関係だよ!何時までも一緒だよ!」と言う感じなのです。


それが、優れた手打ち麺の艶であり弾力であり粘りです。このお店の麺のように一本一本が孤立していません。

汁6   このお店の味の決め手は、特に”天ぷら系”の決め手は、”かき揚げ”の””にありました。


一般的には、天ぷらを揚げる油は、頻繁に新しいもの使いますから(あるいは継ぎ足し)揚げられた”天ぷら”の色は白っぽい色になります。


ところが、このお店の揚げられた天ぷらの色は、”茶色い”色をしています。


これは、使っている油が違うのか?それとも、油を代えないで長く使っている為なのかは分かりません。


ところが、この”かき揚げ”の衣がうどんの汁に溶け出して、出汁汁全体に油の味が染み渡り”深みとコクのあるいい味”になっているのです。


こういう味を”下手味(げてみ)”と表現します。上品な味の対極の表現です。


この、言わば下品な味と香りが何ともいえない旨さに変わって”下手味”となります。


酒飲み”なら、うどんを平らげて残ったこの汁を酒のアテにして、徳利の2本くらいはいけるはずです。

いなり7   こちらの”いなり寿し”は、取り立てて何か言うほどのものではありませんでした。


極々一般的な味でした。でも、この”普通さ”が、このお店の特徴の一つなのかも知れませんね。


お客さんが列をなす所以(ゆえん)でしょう。

完食8   孤立した一本一本の艶の乏しい麺をやって、下手味の汁をグビグビ啜っているうちに、何時の間にか完食していました。


個人の味覚に関する嗜好の幅広さを改めて実感しました。


ですから、顧客にまじめに心を込めて対応してさえいれば、”このお店のうどん”をこよなく愛する”お客さん”が見放しません。


この地域にとってはなくてはならないお店には違いありません。




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「伯方の塩ラーメン さんわ」・「愛媛グルメ紀行」 281

今日は、通称”中央通”、県道松山港線沿いの中央2丁目平岡ビル1階にある”伯方塩ラーメン さんわ”さんをご紹介しましょう。


場所は、このシリーズの249番目のお店として紹介した”中華料理 風道”さんと、250番目に紹介した”高市食堂”さんとの真ん中にあります。


この二つのお店を紹介した時、当然このお店が二つのお店の真ん中にあることは知っていました。


でも、同じ名前のお店が以前に枝松町の愛媛飼料ビル敷地内にあって、そこで”伯方の塩ラーメン”を食べ、その時の印象はかなり悪かった記憶がありました。


ただ、最近になってブログ友”乱 駆郎”さんの記事を拝見し再訪してみようと思い立ったというわけです。

玄関1   こちらは、お店の西向かい側にある愛媛銀行中央通店の側から撮ったお店の玄関。


ただ、ブログ友乱 駆郎さんとワタシの味に関する嗜好はほぼ正反対、果たしてお味はどうか?興味深々で出かけました。

店内2   正午過ぎにお伺いしましたが、その時は店内に客はいませんでした、ワタシがお店を出るまでは誰も。


「アノー、確かこのお店と同じ名前のお店が枝松にありましたよねー」と、ワタシ。


「ああ、アレ、ワタシがやっていたんです。初めの4年は私自身が、残りの4年は人にやらせていました。結局8年やって4年前に閉めました」と店主。


「じゃあ、このお店は何時開かれたのですか?」


「昨年5月末です」


「伯方の塩と名乗っておられますが、”伯方塩業”さんとは何かご関係が?」


「ええ、私は伯方の生まれで、親父は伯方で塩を作っていたンです。私も小さい頃から塩田を手伝っていました」


「ワタシはたまたま、”伯方塩業”さんの設立とその成長発展にまつわる経過を、創業者の方々からお伺いして知っているのですが」とはワタシ。

メニュー3   それを聞いた店主さんは顔色が変わった。


「エー、そうだったンですか!私は、今日の伯方の塩の発展を陰ながら応援してきたつもりです。この伯方ラーメンを開発したのも、伯方の塩と多くの消費者を結ぶものとして考え出しました」と、次第に話しに熱を帯びてきた。


「伯方の塩が出来た背景、塩の専売公社との戦い、イオン交換樹脂から作る科学塩に対して、塩水から作る自然塩の尊さを全国に訴えてきた創業者仲間の血の滲む努力がありましたね」とワタシ。


「そうですそうです。事の始まりは自然塩普及協会の活動でした。結局消費者運動だけでは自然塩は供給できないことがわかって、自分たちで工場を作り、自然塩作りを始められた伯方塩業の創業者の方々の成果が今日に・・・・」と、感無量の表情に。

塩ラーメン上4   注文したのは当然”伯方の塩ラーメン”で、お値段は560円。

「枝松を4年前に閉められて、昨年5月までは何をされていたのですか?」


「全国至るところで、催しがあれば出張して、実演販売をやっていました。今もやっています。来月〇〇県の〇〇市のデパートでやるんです!」と店主。


「エッ?じゃあ、その間このお店は?」とワタシ。


「しばらく店を閉めなければ・・・・」


「でも、伯方の塩の素晴らしさや、その歴史的背景を少しでも多くの方に伝えたくて!」


「伯方塩業は、今発展しましたが、それは創業者の仲間の思想、信念、戦う勇気、全国に広げようという情熱あってのことです。ところが、最近の社員はそういうことを理解していない人が増えてしまって。あれではいけないとい思うンです」と、話し出したら止まらない。

塩ラーメン5    伯方塩業創業当時のいきさつや、創業者達のそれぞれの役割分担、国との闘いと、運動体の分裂などのことを知ってる客など、普通はいないと思います。


そこに、それらのことに少し関わったことがあって知っているワタシが客として行ったものですから、水を得た魚のように目を輝かせて、”語りに語った”店主。


ラーメンをゆっくり味わう雰囲気にはとうとう最後までならなかった。


『店主の意気や大いに良し!』です。


ただ、お店を再開したからには、先ずはこのお店の繁盛に専念すべきではないか?と、ワタシはそう思いました。


全国行脚もいいかもしれませんが、どちらつかずで両方とも成功するほど甘い世界ではないはず。


枝松店を閉めざるを得なかった教訓を生かすことが先決ではないのかなア~っと、ワタシは心配になりました。

完食6   それに、肝心の看板商品”伯方の塩ラーメン”の味です、不味くはないのですが、何かインパクトにかける、そう思いました。


北條の風早ラーメン”のそれに比ぶべきもないレベルにとどまっていて、食べた人に衝撃と感動を与える域には到底達していないと、そう思いました。


人には好みがありますから、ワタシの感想など問題ではないかもしれせんが、それでも”二足の草鞋”(わらじ)とは・・・・。


伯方の塩”を熱く語る店主さんの思いを生かすのは、とりもなおさず目の前の”伯方の塩ラーメン”の完成度を上げ、磨くことに専念することのように思えてなりません。


ただ、このお店の本店は”伯方島”にあります。”二足の草鞋作戦”は、本店の方針かも知れず、目の前の店主さんだけの責任ではなさそうでした。


実に複雑な思いを抱いてお店を後にしました。短い後ろ髪を引かれる思いで。


<追記>この記事を、「愛媛グルメ紀行を振り返る」シリーズで掲載しましたところ、「伯方塩ラーメン」の店主様から、当初の記事アップ時と同様のご抗議を頂きました。それに付きまして、そのご抗議の内容と、それに対してのワタシの考えを<追記>の形でお示しします。

「伯方塩ラーメン店主様」のご抗議内容<前のブログの時にも書きましたが、会話を要約して正確じゃない内容で私を登場させないでくださいね。削除希望します。>

<記事中のつまみ食いのような私の発言部分を削除していただけるなら、記事自体は別に削除していただかなくて結構です。 あなたの主観と推測を補完するために、許可なく私が登場させられていることが腹立たしいだけですから。>

ワタシの意思<明確に申し上げておきたいことは、会話に悪意を込めて改竄したものではないということです。話の文脈を正確に表現したつもりです。しかし、残念なことにそれが店主様に伝わらなかったようで、その点に関しましてお詫び申し上げます。 >

<ワタシの今般の記事の趣旨は、「伯方の塩」の有意義さ大切さを認めた上で、「伯方の塩」と消費者をつなぐ大切な意義をお持ちのお店だと拝察しました。その趣旨で、今後とも継続して美味しいラーメンを提供し続けていただきたいという願いを込めた記事としたつもりです。貴店の今後益々の発展を心より祈念しております。>

以上です。つまり店主さんにとっては、「会話のつまみ食い」ととられたようですが、会話の大意に付きまして重大な誤謬があったとは考えておりません。「伯方の塩」が産まれた経緯と、そこに至る創業者の方々の「想像を絶する闘い」の歴史を垣間見た者として、その「伯方の塩」を使っての、一般消費者との繋がりを貴重に思いこそすれ、それを批判する考えは毛頭ないことを申し添えておきます。貴店のご発展を祈るばかりです。




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「中華料理 チャイナパンダ」・「愛媛グルメ紀行」 282

今日は、古川南3丁目の県道久米垣生線沿いの”コーポ有光”1階にある”中華料理 チャイナパンダ”さんをご紹介しましょう。


通称”椿神社”の裏参道に赤くて大きな”鳥居”がありますが、その直ぐ近くです。


この地域には、昨年5月26日にシリーズ52番目のお店としてご紹介した”中国料理 龍(ロン)”さん、同じく5月27日53番目のお店として”長城”さんをご紹介しましたが、両店ともに中華料理の”名店”です。

玄関1   こちらが県道に面したお店の”玄関”です。


そういう中華料理の”名店”に取り囲まれるような立地にあるこの小ぶりなお店、この地で開業してはや10年になります。


また、お店の横に駐車場を8台確保されていますが、昼時にはこれが満車になるのです。


2つの名店と伍して、営業を続けている秘密はどこになるのか?が、ワタシの興味の焦点でした。

メニュー2   メニューを見ますと、どの中華料理店にでもあるもので、メニュー構成からはこのお店の特徴といったものは見出せませんでした。


そこで、お店の壁に貼ってある”パンダおすすめ”という”えびチリ丼”を注文しました。


お値段は750円(内税)です。

店内3   店内では、厨房でシェフが一人忙しく注文をこなしています。


その他には、女性が2人の合計3人で切り盛りされています。皆さんご家族のようにお見受けしました。


お客さんは、作業着姿の方から近所の家族連れまで幅が広い。

ランチ4   さて、こちらが出された”えびチリ丼”です。


特別な工夫がある風にも見受けられません。


量的には、ワタシにはとっては多いくらいで、特別な大盛りでもありません。

エビチリ丼5   さて、お味です。


一口”えびチリ”を口に含んだ途端に口中が火事になりました。


口の中で、唐辛子の辛さが炸裂したのです。


4月11日に266番目のお店としてご紹介した、”廣島つけめんばくだん屋”さんの”辛いのがお好きな方クラス”の辛さ”3~5”という辛さは、この”えびチリ”に比べると保育園の”離乳食”レベル。


でもお味が、辛いには違いありませんが特別に唸るほど・・・・という感じではないのです。

スープ6   口の中の爆弾をなだめなだめ、周囲を見廻しますと、厨房の中の女性とお客さんの会話があちこちで飛び交っています。


「お孫さんに久しぶりに会った~?」


「うん、久しぶり言うてもお正月以来やから・・・」


「可愛いやろお~、孫って!」


「うん、フフフ・・」


と、そこに作業着のおっちゃんが飛び込んで来た。


「鶏のから揚げセット5つと、麻婆丼3個、餃子4人前に、焼飯2人前、大急ぎで作ってやー、持ち帰り!」っと。


「直ぐには出来んでー」と厨房の中。


「現場で若いもんが腹空かせて待っとるんよー、ちょっとでも早よう!」と、作業着のおっちゃん。


「直ぐ作るケン、待ちよる間、まーコーヒーでも飲みよってヤー!」っと、こういう会話が飛び交う。

コーヒー7   食べ終わって勘定を払おうとすると


「アッ!ちょっと待って。コーヒー入れるケン!」とお店の女性。


「え?コーヒーが付いてるのー?」っとワタシ。


「ウン、忙しい時はよう入れんときもあるけど、出来るだけコーヒー飲んでもらってゆっくりしてほしんよー」


コレなんだ!


いえ、コーヒーではなく、こういうお客さんとお店の交流と言うか”つながり”、これがこのお店がお客さんを引き付けている秘密だと。


お店の生き残り策は、それはもう様々で、決して単純なものではないんですね。





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「めん処 矢磨樹(やまき)」・「愛媛グルメ紀行」 283

今日は、伊予郡松前町にあるうどん屋の老舗”めん処 矢磨樹”(やまき)さんをご紹介しましょう。


場所は県道伊予松山港線沿いの、松前町筒井にあります。


丁度、”松前病院”の南隣です。

看板1   この大きな看板が目印です。


実はこの”めん処 矢磨樹”さんの発祥の地は、八幡浜の”保内町”で今でもそこに本店があります。


その後、八幡浜市内にお店を出し、そしてここ松前町に、また松山市内では姫原にお店を出されましたが、現在は保内町の本店とこの松前町店が残っています。

駐車場2   ここ松前町にお店を出されてからでも既に20年以上が経過していて、すっかりこの地域に根付いている”老舗”になりました。


駐車場は広く、建築現場関係者や地域のお客さんで昼時は駐車場が埋まります。


実はこのお店の創業者M氏とは面識が合って、昔はゴルフを何度かご一緒したことがあります。

店内3   今ではその創業者は会長となり、息子さんが社長となって保内店をやっておられます。


M会長は、今でもうどんの”出汁”だけは誰にも任せられないと、週に何度かお店に来て”秘伝の出汁”を仕込んでおられます。


店内は広く、椅子席から小上がりまでどういう客にでも対応出る体制が整っていて、従業員も皆さんベテランばかり。

メニュー4   メニューは幅広く用意されていますが、現場関係の方の多くは”うどんと丼”のセットを注文されているようでした。


うどん以外のメニューには、鶏のから揚げからエビフライ、茶碗蒸しなど”うどん”をメインにした街の食堂といった様相です。


そこで頼んだのが、お店の名前を冠した”矢磨樹うどん”で、お値段は650円(内税)です。

うどん上5   そこで出されたのがこの画像。


注文するとき、店員さんにどういううどんか聞きました。


すると、「出汁は普通の出汁と比べて”辛め”です。そこに”小海老の天ぷら”がたくさん乗っています」という応えでした。


なるほど、うどんの周りには”小海老の天ぷら”が散りばめられており、その他”錦糸卵”とネギと海苔、それにカマボコの薄切りが大量に乗せられています。

うどん6   ここで、ちょっと嫌な予感がしました。


「これは、まさかあの”大〇屋”さんの”大〇うどん”ではないやろーな?」っと。


松山市内に何店舗かお店がある大〇屋さんの、看板メニューの一つである”大〇うどん”の味の悲惨さ(ワタシの個人的感想に過ぎません)を知っていますので・・・・・


外観が、そのうどんによく似ていたので、ひょっとして・・・・と思ったのです。


そこで、食べてみました。


悪い予感は当たりました。


まるで、あの”大〇屋”さんの”大〇うどん”そのままではありませんか。


店員さんの言うように、先ず”出汁”が大変に辛い。M会長秘伝の出汁が、このメニューでは生かされていないのでは?と思うほど。


そして麺と出汁の相性も、ワタシには合っているとは到底思えませんでした。


大量の”小海老天”は、とうとう残してしまいました。

麺7   こちらが、濃いくて辛い出汁”のために”黒く染まった麺”です。


麺はキチンと打ってあって、それなりに美味しいのですが、全体のバランスがどうも・・・・


多分他のメニューを頼んでいたら、全く別の感想になったに違いない。


メニュー選択の間違いだと思います。


ただ、それならなぜお店の名前を冠したメニューにされたのか?


一度の訪問では解き明かせない謎が残りました。





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「中国料理 華園」・「愛媛グルメ紀行」 284

今日は山西町の新田学園近くにある”中国料理 華園”さんをご紹介しましょう。


場所は、伊予鉄高浜線沿いの西衣山駅と山西駅の中ほど、お店の南裏側を高浜線が通っています。


国道とか県道などの幹線道路沿いではないので、遠くから客を集めるといったタイプのお店ではありません。

看板1   こちらが極々控えめな看板です。


車で走っていると見過ごしてしまうかも知れません。

玄関2   そして、こちらがお店の玄関です。


かなりの年季を感じさせます。開店して25年だそうです。


この玄関を見て、食欲が増す人は、どうでしょう?あまりいないかも。


少なくとも、女性一人ではお店に入りづらい雰囲気じゃないでしょうか。

店内3   こちらが店内の様子。


お昼でしたから、先客が3組入っていました。


座敷もあるのですが、当分使われた形跡は見当たりません。皆さん、10席程度のカウンターに陣取っていました。


メニューを見るまでは「何のお店かな?」と思わせる、どことなく統一感の感じられない店内。

メニュー4   しかしメニューを見ますと、これが実にしっかりした中国料理のメニューが並んでいます。


皆さんが食べているのは、その中でも”から揚げ定食”や”エビ天定食”などの定食類がほとんど。


そのお店を、厨房で中華なべを振る店主と、フロアー係りの奥さんと思しき女性の2人でやっておられます。


これで”出前”の注文が入ったらどうされるのだろう?と思いながら”ちゃんぽん”と”餃子”を注文しました。

チャンポン上5    こちらが注文した”チャンポン”で、お値段は500円(内税)です。


うれしいお値段ではあります。


で、肝心の”チャンポン”ですが、極々普通のそれでした。


量こそ、今のワタシの胃袋では苦しいかな?という程ありましたが、中味はオーソドックス。

チャンポン6   具材は、たっぷりの野菜類と豚肉が程よく炒められて、これまたタップリ入っています。


スープなど、こぼれそうになるくらい。


ただ、お味が・・・・何と表現すればいいのか?


特徴と言う特徴がないのが特徴と言えばいいのか?

麺5   麺も極めて普通の中華麺。


〇〇にこだわって作りました、などという面影は見られません。


でも、三々五々、近所の方が訪れて新聞や雑誌、あるいは漫画を見ながら”ギョーザランチ”などを食べています。


そこに出前の電話注文が。


注文の”焼飯”をご主人が素早く作って、ラップを掛けて出前用の”岡持ち”に入れた。


自転車に積んで出前に出かけようとしたその時、若い男性の2人組みが入ってきて「エビ天定食二つ!」っと注文した。

餃子7    こちらがお値段300円の”餃子”です。


何と!300円でやや小ぶりではあるけど、餃子が10個もついている。


さて、出前に出かける寸前の来店客、どうさばくのかな?と見ていると。


岡持ちをそのままにして、手早く”エビ天”を熱せられた油の鍋に投入、ものの1分。


そのまま、自転車で出発。店には調理をする人はいない。


と思ったら、奥さんと思しき女性が揚がった”エビ天”を、素早く定食用の器に盛り込み、後はご飯と作り置きのサラダ類をセットし、スープと一緒に出した。


2人の連携が実に見事。


2人でやっていける程度のお客さんと出前を想定して、それに見合った料理を調理手順よくこなして、そして25年がたった。


やはり、このお店、この地域でなくなったら近所の方々は困るに違いない。





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「屋台風居酒屋 宝山」・「愛媛グルメ紀行」 285

今日は、西石井2丁目の愛和ビル1階に、昨年8月にオープンしたばかりの新しいお店”屋台風居酒屋 宝山”さんをご紹介しましょう。


場所は、南環状線沿いの天山3丁目にある”ジョー・プラ”の信号を南に入り、小野川に架かる上吉木橋を渡って更に南下し200m程行くと、道路の西側にあります。

玄関1   こちらがお店の玄関です。


お店の正面をどう見ても、夜の部に活躍しそうな”居酒屋”にしか見えません。


ここで、お昼には”日替わりランチ”をやっていることがちょっと分かりづらいでしょう。

店内2   店内に入っても、雰囲気は完全な居酒屋。


照明も暗いし、カウンターには焼酎などの銘柄酒のビンがずらっと並んでいます。


ですから、ここにランチを食べに来る方は、今のところご近所の方か夜にこのお店で飲んだことがある方が中心となります。


第一に、当日のランチにどういうものが出されるのかはどこにも表示がないので、出されるまでは全く分かりませんから、完全な”お任せ”です。

メニュー黒板3   店内のメニュー黒板を見ても、夜のメニューばかり。


メニュー構成を見ると、一品料理でお酒をやるといったタイプのお店のようです。


昼には、女性2人がやっておられました。


店主の女性にお話をお伺いすると、こういうお店をするのは始めての経験だとか。


この時代に、まったくゼロから漕ぎ出していく勇気は女性のほうにあるのかも知れないですね。

ランチ4   さて、こちらが当日の”ランチ”です。


お値段は750円(内税)です。


ご飯と味噌汁、手作りコロッケ2個、鯵の南蛮漬け、サラダに煮物、そしてこれに食後のコーヒーが付きます。


コストパフォーマンスは、マア標準的というところでしょう。

鯵の酢の物5   こちらが”鯵の南蛮漬け”です。


惜しいと思ったのは、南蛮漬けなら一緒に漬け込んだタマネギなどの香味野菜を添えればいいのに、と思いました。


ただし、これがワタシが考えた”南蛮漬け”とは別種の料理なら上のことは言えないかも。


それと、酢加減がちょっと甘いように思いました、パンチが足りないような。

コロッケ6   こちらの”ポテトコロッケ”は手作り感が伝わって、アツアツを食べると文句なしの美味しさでした。


コロッケの分量も丁度いい大きさです。


店内の照明が暗いので、デジカメで写すとシャッタースピードが自動的に遅くなっているので、どうしても手ぶれしてしまい、ややピントが甘くなってしまいました。

サラダと煮物7   こちらが、ワンプレートに乗ったサラダと煮物です。


一品一品、丁寧に作られているのがよく分かります。


「お近くでしたら、またお越しください」と、二人の女性に言われました。


ブログを書くために、毎日違うお店に行っているとは言えませんでした、ゴメンナサイ・・・

コーヒー8   そして、食事が終わって立ち上がろうとすると「アノー、食後のコーヒーをご用意しております、飲んでいって下さい」と、丁寧に言われました。


女性らしいこだわりのあるコーヒーカップで、美味しくいただきました。


コーヒーを出された時は、砂糖もミルクもありませんでした。


「アノー、ブラックでお飲みになるかと思いましたので」とは、細かい観察眼。


ただ、ワタシはコーヒーよりは紅茶派。


できれば、コーヒーと紅茶のどちらかがチョイスできるようになっていればなおうれしかった。


でも、お二人で厳しい世間に船出なさったのです。そのお一人は、間もなく赤ちゃんが。


健やかなお子様が誕生しますよう祈って、お店を後にしました。





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「にしきそば」・「愛媛グルメ紀行」 286

今日は、国道11号線沿いの東温市牛渕にある老舗お蕎麦屋の”にしきそば”さんをご紹介しましょう。


国道11号線を市内から東温市に向かって走っていると、”菓子処畑田本舗”さんが道路の北側に見えてきます。そこから100m程東温市寄りにお店はあります。


お店の前の駐車場にはおおよそ8台くらい駐車場できますが、昼時は何時も満車なので、国道を挟んだ向かい側にあるサークルKさんの駐車場も使えるようになっています。

看板1   国道側にかかったこの看板が目印。


看板の色艶を見ると、かなり年季が入っていることが分かります。


しかし国道沿いという立地は、大きな間口と店舗で目立たせるか、あるいは余程お店に客を引き付ける力がないと、車はスピードを出して走っていますから、その走っている車を店に呼び止めるのは却って難しいのです。

玄関2   ところがこのお店、玄関前まで車がびっしり留まっていますので、お店の正面からはカメラで撮れません。


看板には、名乗りが”そば処”とはありますが、同時に”そば うどん”とも書かれているし、お店の構えも至って平凡。


国道をわざわざ横切って、向かい側のコンビに駐車場に車を止めてまで客が来る理由はどこにあるのか?

メニュー3   メニューを見ますと、もちろん”そば屋”ですから蕎麦メニューはありますが、それは全体の四分の一程度。


後は、うどんメニューに各種”丼物”から定食類、更には”喫茶メニュー”まであって、言わば街の”食堂”メニューに他なりません。


そば屋”特有の誇り高き”講釈”や派手派手しい”能書き”の類(たぐい)は一切ありません。


つまりほとんど自己主張らしき掲示はなにもなく、「お気軽にお食事を楽しんでください」というさりげなさが見て取れます。

店内4   店内はおおよそ40席程度の、中規模なお店です。


このお店は、33年前に旧市内の”錦町”で産声を上げました。


こちらの店主がそば屋の”錦そば”で修行をし、暖簾分け(のれんわけ)をしてもらい、店名をひらがなの”にしきそば”としたのです。


錦町で6年間ほど営業し、その後この地に移って27年の歳月が流れました。


いまや店主の娘さんが、文字通りこのお店の”看板娘”として、細やかな気配りでお客さんを迎えるようになりました。

ザル上5   さてお蕎麦屋さんですから、一番蕎麦の味を確かめることができる”ざるそば”を注文しました。ただし、”大盛り”を。


お値段は、”さるそば”は580円(内税)で、大盛りだと180円プラスの760円になります。


蕎麦は、一目見ただけで”更科系”(さらしなけい)だと分かりました。


蕎麦”は、蕎麦の実のどこまでを粉にするかで概ね3種に分かれます。


蕎麦の実を挽いたときに、一番初めに出てくる”白い一番粉”を使って打つのが”更科蕎麦”です。


蕎麦の色は白く、上品な蕎麦の香りがほのかに香る蕎麦で、東京など関東一円に多い蕎麦です。

ザル6   それに比べて、蕎麦殻(そばがら)を挽き込んだ、黒っぽい蕎麦粉で打たれたものを”田舎蕎麦”といいます。


出来上がった蕎麦の色はやや黒く、蕎麦の香りが一番強いので、そばつゆをあまりつけずに蕎麦そのものの味を味わいます。


最後は”藪系の蕎麦”(やぶけい)で、抜き実の挽きぐるみと言って、緑色の甘皮部分を挽き込んだ鶯色(うぐいすいろ)の蕎麦粉を使って打ちます。


種皮の緑色が鮮やかな”藪系の蕎麦”は、その独特の香りを楽しみます。


ワタシは、東京で蕎麦の味を覚えた関係もあるでしょう、ここのお店で出す”更科蕎麦”が好物です。

ザルアップ7   どうです?この気品あふれる蕎麦のたたずまいは。


かすかに、ほのかに蕎麦の上品な香りが鼻腔をやさしく刺激してくれます。


食べる前から美味しさの予感がしました。


そばつゆ”はキリリとした辛口です。


それに、蕎麦が一度湯掻かれて、それをたっぷりの冷水でシメテありますので、”そばつゆ”を付けて蕎麦を啜ると、まあ高原の蕎麦畑の爽やかさが口中いっぱいに広がります。


ウフフ・・・・まあ旨いのナンノッテ!自然に笑みがこぼれます。


久しぶりに、上品な”更科蕎麦”を頂きました。

蕎麦湯8   蕎麦は、最後に蕎麦湯でそばつゆをのばしていただいたときに、そのそば屋の真価が分かります。


しっかり鰹節で出汁をとっていないそばつゆは、蕎麦湯を注ぐと味がボケてしまいます。


ところが、このお店のそばつゆは、カツオのいい香りが味わえます。いい”そばつゆ”である証です。


お勘定を払う時、「本当に美味しいお蕎麦を頂きました。最近”更科蕎麦”を出すお店が減っているので、久しぶりに”更科”を楽しめました」と、看板娘さんに告げました。


すると、看板娘さんから満面の笑みが返ってきました。


そして、そこで看板娘さんから出たのが中ほどで書いたこの店の由来・来歴です。


「ご馳走様でした!」


客が集まるわけです。





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「台湾料理 昇龍」・「愛媛グルメ紀行」 287

今日は、昨日ご紹介した国道11号線沿いの東温市牛渕の”にしきそば”の約400m松山寄りの、東温市野田2丁目にある”台湾料理 昇龍”さんをご紹介しましょう。


今年の2月2日にオープンしたばかりの新しいお店です。


どうやらこのお店はチェーン店で、全国に同じ名前のお店があります。


ただしお店の方に話をお伺いすると、愛媛県ではこのお店が2店舗目で本店は西条市にあり、その西条市の本店も昨年9月にオープンしたばかりということでした。

看板1   つまり、西条市に本店を開店された方が愛媛県、あるいは四国で同名の店舗を展開する権利を買ったということかも知れませんね。


国道11号線沿いにお店はあるのですが、スピードが出ているところなので車を店に呼ぶ込むのは中々至難の業でしょう。


というのもこの大きな”看板”、国道がややカーブしているところにお店があるので、走っている車からは見えにくいのです。


実はこのお店の前は、”鉄板焼・旬菜ダイニングさくら”というお店がありましたが、短期間で閉店したという経過がある立地なのです。

玄関2   こちらがお店の玄関です。


玄関上の看板には”食べ・飲み放題”の文字も見受けられますが、この場所に歩いて来られるお客さんは少ないでしょう。


だとすると、飲み放題という戦略が生きる立地といえるのかどうか。


実はこのお店、従業員が全員中国の方と言うお店です。


このシリーズで、2月2日”福味香(ふみか)”さん(218番目)と、4月24日”中国料理居酒屋 永和”さん(275番目)とで採り上げたお店と似たような店舗運営をされています。

メニュー3   本場の料理人が本場の味を提供するということをウリとされているお店のようです。


ただ、ワタシのような不動産屋の経験からすると、出店する場所で随分冒険をされるものだと思ってしまいます。


メニューは、”台湾料理”を中心に幅広く用意されています。その価格も、先ずは適正な水準でしょう。


森松町の”福味香”さんでは、台湾名物の”豚骨台湾ラーメン”を食べましたので、このお店では台湾では最もポピュラーな”台湾ラーメン”と、お店の名前を冠した”昇龍餃子”を注文しました。


なお、お店の厨房には2人の男性の調理人、それと女性のフロアー係りの3人でやっておられました。


その内女性は中国の方、店長の調理人は台湾の方ということでした。

台湾ラーメン上4   こちらが”台湾ラーメン”です。お値段は480円(内税)です。


ちなみに森松町の”福味香”さんは、同じ料理が380円でした。


この”台湾ラーメン”は、台湾に行くと”屋台”で多く見られます。


小さめのプラスチックの容器に、お湯で湯がいた麺を入れてスープを張ります。その上に豚ミンチの炒めた具材をスプーンで一すくい入れれば、2~3分で出来上がりです。

台湾ラーメン5   醤油ベースのスープに麺が入り、具材は”豚ミンチ炒め”とニラ、それにざっくり切った唐辛子です。


唐辛子が苦手な方は、これを見ただけでも汗をかくそうですが私は至って平気です。


先ずスープを飲んでみましたが、辛さは全く気になる程度ではありません。


ただし、スープが濃厚な味で日本人にはどうかな?っと思える程でした。


確かに、日本では余り食べられないラーメンかも知れません。

麺7   ””は、実にモチモチとしていて美味しかった。


中太の縮れ麺です。大胆にぶつ切りされた唐辛子もいい刺激になります。


台湾は亜熱帯気候に属する国ですから、唐辛子をたっぷり食べて唐辛子に含まれる”カプサイシン”の効果で汗を大量にかくというのは、生理的にあっています。


スープがやや濃厚過ぎると感じましたが、全体としては深みのある美味しいラーメンを頂きました。

餃子8   そして、これが別に注文した”昇龍餃子”です、お値段は380円。


日本で一般的に食べられている”焼き餃子”もメニューにはありますが、敢えて食べたことがないものに挑戦しました。


見てください、この”餃子”の姿を。日本で言う”羽付き餃子”の比ではありませんでしょう?


大きな羽で舞い上がりそうな。上から見るとペッタンコ・・・・初めてみる姿です。


ン?どうなっているのでしょう??

餃子横9   真横から見てみました。


羽が平たく水平に伸びています。ん?どこを食べればいいのか・・・・・


フロアー係りの女性のたどたどしい日本語の説明では、”焼き餃子”の餡にはミンチと野菜が、こちらの餃子の餡はミンチだけで出来ているそう。


普通に酢醤油にラー油を垂らして、それに付けて食べます。

餃子羽10   それでひっくり返してみました。


羽の下はこうなっていました。日本では餃子の皮は全部閉じられていますので、中味の餡が見えません。


こちらの餃子は、皮の両端が合わさっていないので、中味が見えます。日本的な感覚で言えば、美味しい肉汁が流出しないのか?と・・・・


餡に野菜が含まれていないので、全体として硬い食感です。美味しいのですが、やはり野菜の甘さと柔らかさがあったほうが、バランスが取れているような・・・・


でも、元々”餃子”も中国から入ってきたもの。中国では”餃子の化石”が数多く出土しているほど古代から食べられていました。


麺料理のルーツは、実は餃子という説もあるほどです。


さてこういう難しい(不動産屋的見解)立地で、このお店、台湾の料理を私たちに提供し続けられるのか?


いえ、ぜひぜひ地元に受け入れられて、長く長く台湾の味を、松山に居ながらにして食べられるよう頑張っていただきたいと思いました。




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「お食事処 河庄」・「愛媛グルメ紀行」 288

今日は、古三津5丁目にある仕出し料理の老舗”お食事処 河庄”さんをご紹介しましょう。


場所は、中央通を三津に進路を取り、以前に迎賓館があったところから西に下っていった最初の交差点を左折すると、道路の東側にあります。


駐車場も30台以上は停めることが出来る、大きなお店です。

玄関1   元々、このお店は”仕出し・割烹”のお店としてこの地で20年余り、通算すると30年は超えていようかという老舗です。


ですから店舗は広く、大小の宴会もこなす他、各種の仕出し料理もやっておられます。

盛り塩2   玄関入り口の左右には、こうやってきちんと”盛り塩”が盛ってあります。


飲食関係のお店ではよく見られる玄関風景ですね。


盛り塩”とは、塩を三角錐に盛り、玄関先や家の中に置く風習で、主に縁起担ぎ、厄除け、魔除けの意味を持つとされています。


中国から伝わったとされていますが、日本では奈良時代から始まったようで、塩で清めるという意味もあるようです。

店内3   このように店内は広々としていて、宴会場は2階にあります。


夜は本格的な割烹料理を出しますが、昼は”日替わりランチ”お目当てのお客さんでにぎわっています。

ランチメニュー3   ”日替わりランチ”は3種用意されています。


この内容で、コーヒーはセルフですが付いています。


お値段は680円(内税)です。


お値段と料理の内容からすれば、驚くほどコストパフォーマンスに優れていると言えるでしょう。

ランチ5   こちらは、ワタシが選んだ”Aランチ”で、メインディッシュは”出汁巻き卵モヤシ炒め添え”です。


他は、別の2種のメニュー構成が似ていて、”揚げ出し豆腐”と”切干大根”、それに”おでん”です。


ご飯は”鯛めし”、汁物は”粕汁”で、それに漬物とセルフコーヒーが付いています。


どうです?これで680円ですよ。

鯛めし6   こちらが”鯛めし”です。


よく鯛の出汁が出ていて美味しく仕上がっています。


そりゃあ割烹料理の専門店ですから、手馴れたものです。

粕汁7   こちらはハマチのアラが入った”粕汁”です。


このあたりも、普通に味噌汁にしないところが仕出し料理店のプライドでしょう。


味は、もちろん美味しい。

出し巻き卵8   ”出汁巻き卵”は、ちゃんと薄味の出汁が効いていて、上品に仕上がっています。


これが東京の”出汁巻き卵”だと、もっと砂糖が加わり、醤油も濃い口になるので、甘さの濃厚な”出し巻き卵”になります。


関東と関西では大きく味が異なる料理の一つですね。

おでん9   これがついている”おでん”です。


これも、それなりにまとまったお味です。


ただ、これだけの品数で、味付けも手馴れたもので破綻はまったくありません。


ですから、驚嘆して褒めちぎっても不思議ではありません。


でも、なぜか・・・・・感動が出てこないのです。


味も、唸る・・・・などという風にはなりませんでした。


この料理のどこかに、”仕出屋”さんの”慣れ”を微妙に感じるからかも知れません。


大量のおかずを一度に作って、大量の折りに順序よく詰めていく、その作業風景が頭をよぎったような・・。


味って、微妙ですね。食品を舌で味わう以外の要素で、味が微妙に変わって脳に伝わるのですから。





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「らあめん 花月嵐」・「愛媛グルメ紀行」 289

今日は、大街道2丁目の三越松山店の向かい側にある”らあめん 花月嵐”さんをご紹介しまよう。


ご存知の方が多いと思いますが、このお店は東京は杉並区に本部のある”グロービート・ジャパン株式会社”が運営するフランチャイズチェーン店です。


日本では既に250店舗ものお店を展開されていますが、最近では台湾で日本の”ラーメンブーム”を引き起こした立役者としても有名です。


先日の愛媛新聞でも採り上げられていましたが台湾では9店舗を展開し、その内台北の1号店は週末の1日の来店客が約千人と、世界一の繁盛店に育て上げられたことでも有名です。


このチェーン店の看板商品は”嵐げんこつらあめん”で、豚の足首から先の骨の部分”げんこつ”と呼ばれる豚骨と野菜をじっくり煮込んだスープに豚の”背油”を加えた、一種のギトギト系ラーメンでしょう。


愛媛ではこのお店だけです。

玄関1   こちらが大街道に面した玄関です。


玄関脇にはメニュー看板が出してありますので、お店に入らなくても商品内容が分かるようになっています。

看板2   それはいいンです。


ですが「コリャー何だ!」と思わせるのが、ひげ男が腕組みして辺りを睥睨(へいげい)する(=にらみつけて勢いを示すこと)ポスターが、大々的に玄関に張り出されていることです。


この髭面の人は、”肉そばけいすけ”というお店の店長の「竹田敬介」と言う人らしい。


というのも、このお店の戦略ではチェーン本部で開発した”レギュラーメニュー”の他に、有名店の店主とタイアップして研究開発した”期間限定メニュー”の二本立てでメニューを構成させているようです。

メニュー3   それで、この期間は”肉そばけいすけ”というメニューが”期間限定メニュー”となっているようです。


さて、店内に入ると先ず”食券”を買うよう誘導される。


注文して待つ間に、店内をBGMが流れていいるところまでは普通のお店と同じ。


ところが、このお店BGMの合間合間に”肉そばけいすけ”の宣伝文句を大音量で流し続ける。


いかに「竹田敬介」という人がすごい人(ラーメン界のカリスマ)で、彼の名前を冠した”肉そばけいすけ”がラーメン界の革命的商品か、ということを”これでもか!”という風に流し続ける。


思わず「やかましいわい!黙って食わせろ!!」っと言いたくなるしつこさ。


本当に美味いラーメンなら、黙っていても皆食べに来る。


大声出して、客を睨みつけるようなポスター作らないと、商品に自信がないのか?


だいたい、ラーメン店主が「どうだ!このオレ様の作ったラーメンは!美味いだろう!!」って、客を睥睨するか???

肉そば4   ということで、「どうだー!美味いだろう!参ったかー!ラーメン」を注文した。


それがこの画像。”肉そばけいすけ”720円。


キャッチコピーは「圧巻の肉の旨味」と「先鋭的な醤油油!!」と「稀代の肉そば」だ。


ラーメンを「らあめん」などと気取って言う店にありがちなキャッチコピーやな、そう思いながら食べてみた。

アップ5   ただ、ラーメンに限らず食品は、耳で食べるものではない。


店内の五月蝿(うるさ)い商品宣伝はいい加減にしてほしい、と思いながらスープを啜った。


さて、キャッチコピーに言う”先鋭的な醤油油!!”という、それです。


大学に入って初めて上京したときに、東京の”うどん”を食べたときの衝撃が鮮明に蘇った。


うどんの器の中の出汁が真っ黒だった。うどんもその真っ黒な出汁に染まって真っ黒だった。


「ゲッ!!東京の人は、こんな真っ黒で辛くて不味いうどん食ってるんだ!」と、可愛そうに思った。


関西の薄口醤油の色と味に慣れているものにとっては、東京のうどんはまるで炭団(たどん=石炭の団子)だった。


もちろん、この”肉そば”が不味いわけでは決してない。ただただ濃厚ではあるけど。


ラーメンを啜ろうと、スープをかき回すと、上に乗せられている”すりおろしナマ生姜(しょうが)”がぱっと器に広がった。


そして、最後まで”生姜味スープ”に悩まされた。


ラーメンスープに”すりおろしナマ生姜”は全く合わない。(と、ワタシは個人的にそう思った)

麺6   こちらが”濃い口醤油”に黒く染まった””。


中太縮れ麺。具材は、豚肉、メンマ、カイワレ、そして大量のみじん切りされたタマネギ。


そして、衝撃のナマ生姜。


確かに革命的だ!その革命が成功したかどうかは別として、恐ろしく個性的なラーメンには違いない。

スープ7   好みは大きく分かれるかも知れませんね。


若い方など、はまる方もいるでしょう。


評論家と呼ばれる方には、絶賛されている方もいるとか。


スープに浮かんだ油。これを”先鋭的な醤油油”とコピーした。


しかしその手法は、久万の”真木食堂”や中央通りにある”高市食堂”など数え上げれば枚挙にいとまがない。(田舎の食堂と一緒にするな!って怒られそう)

タマネギ8   大量のみじん切りしたタマネギが、黒く染まってスープに漂っている。


スープや出汁は、香りが命。そこに”みじん切りのタマネギ”と”するおろしナマ生姜”を合わせる。



「どうだー!諸君!!」と、得意満面のケイスケさんの顔が浮かぶ・・・いや浮かばない、会ったことないから。


間違いなく”超個性的”なラーメンには違いない。絶賛する人、行列の最後尾に並ぶ人、いるかも知れない。


でもワタシ(田舎のオッチャン)は、もう行かない。





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「男前ちゃんぽんの店 とらや」・「愛媛グルメ紀行」 290

今日は、県道松山松前伊予線(旧国道56号線)沿いの余戸南4丁目にある”男前ちゃんぽんの店 とらや”さんをご紹介しましょう。


場所は、今の国道56号線の西側(河口側)に走っている県道の”出合橋”を200m程松山に寄った辺りです。

看板1   小さくて目立たないけどこの”男前ちゃんぽんの店”という名乗りを掲げた看板が目印です。


男前”などという言葉は、既に”死語”になって久しい。


お店の構えは”屋台”に毛が生えた程度の大きさ。

玄関2   でも、お店の玄関の上に差し掛かっている屋根には”石原裕次郎”の看板絵がかかっている。


この県道を通ったことがある方なら、一度や二度は目にしたことがあるでしょう。


その”裕次郎”の看板絵には、第二のお店の名乗り”嵐を呼ぶ ちゃんぽん”とある。


入る勇気がない方でも、一体どういう方がどういうお店をやっているのだろう?と、好奇心を抱いた方は多いことでしょう。

石原裕次郎3   実は、このお店、”ちゃんぽん”を食べに入ろうと近くまで行ったことがあります。


ところがその時、店に中から主人と思しき人が半身だけ体を出した。


車で走っていたのでキチンとは見えなかったけど、その姿を見てそのまま走り去ったという経験があった。


ところがブログ友の”乱 駆郎”さんに、「あそこのお店、ちゃんぽんが美味しいよ!」って教えていただいた。


そこで、意を決してお店に入ってみたという訳です。


お店に入ると、玄関脇にまずこの”石原裕次郎”の写真などが飾ってある。


「おおお、”石原裕次郎”ですかー、懐かしいですね」とはワタシ。


「ソーヨ、ワシらの青春時代の大スターやけんナー、洋画やったら”アラン ドロン”ヨー!!」っと、ワタシよりやや年上のご主人。


かつて”男前”だったのか?それとも”男前”に憧れていたのか?そこは判然とはしなかったが、そのご主人と奥さんとおぼしき女性の2人でお店をやっておられた。

メニュー4   何れにせよ、この一言づつの会話で、ご主人との距離が一気に詰まった。


「ここのちゃんぽんは美味い!って友人に聞いたもので」っと、ワタシ。


「そうよなー、ワシは熊本で修行したケン、ウチのちゃんぽんは”熊本ちゃんぽん”よー!」っと、鼻を動かせながらご主人。


店内は、14人~15人も座ればいっぱいになるほどの広さ。


店名の由来はおうかがいしなかったけど、”阪神タイガーズ”関係と思われるサイン入り色紙がベタベタと飾ってあったところを見ると、ここのご主人が”トラキチ”なのかも知れない。


早速”ちゃんぽん”を注文した。お値段は600円(内税)です。

ちゃんぽん4   この画像がお目当ての”ちゃんぽん


スープは乳白色の色をしていて、いい出汁の香りが鼻腔をくすぐる。


一口啜ってみた。


「ウーーーン、スープが旨い!」っと、自然に声が出た。


「ふふふ、ウチは”熊本ちゃんぽん”やケンナー!”長崎ちゃんぽん”は鶏がらで出汁を取るンよー、」と、ご主人が語り始めた。


「ところが”熊本ちゃんぽん”はナー、鶏がらに加えて豚骨、野菜などをたっぷり入れて長い間煮詰めて出汁を取るンよー」


厨房を覗き込むと、厨房の奥の作業室に、バーナーの上に乗せられた大きな”寸胴鍋”が目に付いた。


ご主人は、時折その作業室に足を運び、寸胴鍋を静かにかき回している。その寸胴鍋から、瞬間”豚骨”が見えた。   

ちゃんぽん横5   ”ちゃんぽん”を入れた器は、明らかにラーメン用の器と違っていて、底が浅く縁が大きいちゃんぽん専用のそれが使われている。


「いやー、ええ味していますねー!」っとワタシ。


「そうよなー、25でこの店開いてもう40年経った。もう、ワシ65歳ヨー!」

アップ6   その40年間の全てが詰まった”ちゃんぽん”の味は奥が深い。


スープの味も複雑で深い。野菜の甘さもたっぷり引き出されている。


魚介の”海の香り”と、野菜たっぷりの”山の恵みの香り”が渾然一体となって口腔に広がる。


何もかもごちゃ混ぜにすることを”ちゃんぽんにする”と表現するけど、まさにごった煮の旨さが引き出されている。

麺7   ””は結構モッチリしていて、スープによく絡む。


今のワタシにはちょうどいい量、ただし大食漢の”乱”さんなどには少ないかも。


スープと麺を交互に啜っていると、あっという間に全部が胃に収まった。


ものの5分。


「シマッタ!もっと味わって食べるンだった」と思っても、もう後の祭り。

完食8   「スープは残して!」と、何時も言われていて、それが時折守れない。


その警告などは、旨さの前にはいとも簡単に吹き飛んでしまう。


空っぽになった器を見て、フト我に返る。



「アアア、またやっちゃった!」って。





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「手打うどん らく家」・「愛媛グルメ紀行」 291

今日は、東温市西岡の”手打うどん らく家”さんをご紹介しましょう。


ある方が、ワタシの訪問するお店選びを”マニアック”(いい意味でのという注釈つきではありますが)と表現されました。


開店して今年で5年目のこのお店などは、間違いなく”マニアック”なお店選びに入るでしょう。


場所は、県道松山川内線(旧国道11号線)で東温市に向かうと、”自衛隊松山駐屯地”を南に見ながら更に東に向かうと、松山市と東温市との境に”播磨塚池”が道路の南側に見えてきます。

看板1   ”播磨塚池”を過ぎると、古くからある喫茶店の”キッサ ビッグディッパー”さんの道路を挟んだ向かい側に画像の小さくて目立たない”看板”があります。


車で通っていて、この小さな看板を見つけることが先ず第一に困難でしょう。


しかも、その看板の目印にそって”キッサ ビッグディッパー”で県道と別れ、山の方向に入っていく道を登ると、自衛隊松山駐屯地西岡宿舎が3棟建っていますが、お店はその宿舎の前にあります。


この道を更に登ると、自衛隊の高射砲部隊の射撃訓練地がありますが、住宅地図には掲載されていない所です。


ですから、県道で画像の看板に気が付いたとしても、県道から分かれて射撃訓練地の方向に行ってみようと思う客は先ずいないと思います、ワタシのようなマニアックな人間以外は。

玄関2   こちらがお店の玄関です。


1階がお店、2階が住居のようですね。


お店の名乗りは、本格手打として”うどん・定食”とあり、更にはカラオケと表示されています。


どうやら、夜はうどんで一杯やりながらカラオケを歌うことが出来るお店らしい。

店内3   店内に入ると、先客が3人と、店主とその奥さんの5人がお店に。


お店の駐車場にとまっている車は、例外なく各種作業車あるはトラックの類。


歩いて来られる方は先ずいない。


メニューを見ると、看板とおり”うどん”が中心で、その外に豚カツや豚のしょうが焼き、とりから揚げなどのメニューが並んでいます。

お絞り4   席につくと、女将さんが真っ先にこのアツアツの”お絞り”を出してくれました。


先客の3人は、確かに作業着。午前中の作業を終えてお昼を食べに来られたお客さんにとっては、これからの季節、この熱いお絞りは嬉しい。


来られるお客さんの、お店に入る前の状態に心が行っているからこそ出来る心配りです。

釜揚げ5   そこで、女将さんにおススメのメニューを尋ねてみた。


すると、「うちは手打ちですから、茹でる時間、そう15分くらい待っていただければ”釜揚げうどん”が・・・」と。


なるほど、シンプルな味わい方こそがそのお店の力量を図れるというわけです。


そこで迷わず”釜揚げうどん”を注文、お値段は500円(内税)です。


そこで出てきたのがこちら、まあ何とシンプルなこと。うどんと薬味と漬け汁だけ。

うどん6   こちらが、湯がき立ての”手打うどん”です。


どんぶりに入れられていますが、今まで食べた”釜揚げうどん”の中では一番量が少ない部類でしょう。


拍子抜けするくらいにお上品な量しか入っていない。


まあいい、こちらはそう多くは食べられないのだから。

麺7   ””をすくってよく見てみた。


まず、艶がある。麺が光って、割り箸にずっしり重みもある。期待が高まった。


漬け汁に薬味をたっぷり入れて、麺をどっぷり漬けて啜ってみた。


・・・・・・


確かに手打には違いない。


でも、見た目ほどの弾力がない。それに漬け汁が濃いくて辛すぎる。


ため息が出た。


隣の客は、昼間からビールを一本空けて、美味しそうにカツどんを食べていた。


マニアックなお店選びに、リスクは付き物。


たまにはこういうこともあります。



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「めん吉」・「愛媛グルメ紀行」 292

今日は、大手町の市内電車と郊外電車が交差する辺りの北側にある”めん吉”さんをご紹介しましょう。


市内電車の”大手町電停”前にあります。JR松山駅からでも、約200m余りのところです。


もうこの場所にお店を出されて20年以上経つ老舗に入ります。

玄関1   こちらがお店の玄関です。


ここ”大手町”は、松山の玄関口であるJR松山駅から松山城まで真っ直ぐに伸びた電車通り。


一般的に考えて、松山の””となるべき地域のはずです。


ところが、大手町の道路を歩いている人の、まあ少ないこと。もちろん観光客を見ることは難しい。

店内2   その、淋しい大手町通りから店内に入りました。


すると、大手町通りの雰囲気と全く同じ空気が店内に流れていました。


店内はそこそこ広いのですが、先客は一人。


広い店内にお店の方が3人と、ワタシを入れて二人の客。

うどんメニュー4   ちょっと心細くなりかけていたのを振り払うようにメニューを見ました。


めん吉”という屋号ですからうどん屋さんでしょう。


うどんのメニューも結構バラエティーに富んでいました。

定食メニュー4   その”うどんメニュー”を、ひょいとひっくり返して裏を見ると、この画像のメニューが。


「ん???」っと。


ピラフ・チキンライス・オムライス・焼きそば・手作りカレー・・・・・(下線はワタシが引きました)


一体このお店は何だろう???っと、ちょっと戸惑いました。


「アノー、ここおうどん屋さんでしょう~?」とはワタシ。


「ええ、ウチは粉から自分で打っていますから!」と、店員さん。どうやら”手打ち”ということを言いたかったようです。

おでん5   「おススメは何ですか?」っとワタシ。


すると、店員さんうどんメニューの5番目の”肉うどん”から、後はメニューどおり順番に”おススメ”を読み上げ始めた。


「アッ・・・・そ、それじゃあ”五目うどん”ください!」と、ワタシ。メニューを全部読まれちゃかなわない。


うどんが出てくるまで、うどん屋には定番のおでんを食べて待っていた。おでんは1本100円。


おでんの味は、可もなく不可もなく。

五目うどん6   そこで”五目うどん”が出された。



砥部焼きの器は結構大きい。どっしり貫禄が感じられる”五目うどん”、お値段は580円(内税)です。


ここで真っ先に気になったのは、別皿で出された薬味の”刻みネギ”・・・・干からびていた・・・・


嫌な予感・・・・・

五目うどん7   で、”五目うどん”の出汁を先ずすすってみた。


・・・・・・・


味が・・・・しない・・・・薄いというより、出汁の味がしない・・・


でも、薄味好みの方なら味を感じるかも知れないと、気を取り直してうどんを食べてみた。


・・・・・ン??・・エッ?・・・・うどんの味が・・・・・しない・・・


ワタシにとっては不思議な味というか・・・味わったことがない味というか・・・・風味など無縁の味というか・・・・

残った8   言うまでもなく、””に対する感覚は千差万別で、極めて個人的嗜好に左右される。


ですから、ワタシが”旨い!!”と言った味も、別の方が”不味い!”と言ったとしても、それは当たり前でよくあること。


でも、”薬味”はその香りを楽しむために付けられている。その薬味が、香りなど飛んでしまっているくらいに乾いているという事実は、個人的嗜好の問題ではない。


”天ぷら”の揚げ置き(通称”ばく”)はよく見かけるけど、薬味のネギの刻み置きは珍しい。


結局、全部は食べ切れなかった。量が多かったからではない。


店員さんには「体調が思わしくなくて、残してしまってごめんなさい」と謝った。

玄関メニュー9   お店を出るとき、フイッと後ろを振り向いた。


あるわあるわ、色々なメニュー。


はみ出しそうなくらいに、雑多なメニューが書き連ねてあった。


このお店は・・・・何屋さんだったのか?


オムライスを注文すべきだったのかも知れない。





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「麺屋 十銭」・「愛媛グルメ紀行」 293

今日は大街道2丁目、二番町の西向き一方通行の道沿いの三越松山店の南向かい側にある”麺屋 十銭”さんをご紹介しましょう。


お店の前の西向き道路には、三越に入る車の列が何時も並んでいる所にあります。


このお店は”尾道ラーメン”を出すお店です。

玄関1   こちらがお店の玄関。


目の前は三越です。


このお店の基本路線は、お酒を飲んだあとの〆に食べる”中華そば”をウリにされているようですが、お昼も午前11時30分からやっておられます。


またお店のホームページでは、インターネットによる”詰め合わせセット”も販売されています。

店内2   こちらがお店の様子です。


カウンター席だけで、10人も座ればいっぱいになるという小ぶりなお店。


店内には古いホーロー製の看板などがディスプレイとして掛かったりしていて、戦後の屋台を演出されているようです。

メニュー3   こちらが極めてシンプルなメニューです。


そもそも”尾道ラーメン”は終戦直後から屋台として出発し、当時は普通に”中華そば”と言われていたそうです。


ところが、その様相を一変させたのが山陽新幹線の開通。


尾道への観光客が増えてきたことに合わせて、当初はお土産用に箱入りのラーメンが”尾道ラーメン”として売り出され、次第に名前が通るようになってきました。


松山では、ワタシの記憶では堀江町に”尾道ラーメン”を出すお店が出来て、その後ロープウェイ通りを日赤に向かって平和通と交差する辺りの平和通1丁目に移られてしばらく営業されていたように記憶しています。

中華そば上   さて、これがこのお店の一番のお薦めというか、”尾道ラーメン”の特徴を一番良く表わした”昔ながらの白麺”です。


お値段は600円(内税)です。大街道と言う立地でこの価格は、ちょっと頭が下がる価格です。


最近は、何かとトッピングを乗せに乗せて、ラーメンの価格を吊り上げようという”あざとい”ラーメン屋が横行しているように思えてなりません。


その点、このお店は実に実直と言うか誠実と言うか、ただただ美味しい”尾道ラーメン”をシンプルに味わってほしいというコンセプトに好感が持てました。

中華そば5   先ず”尾道ラーメン”の特徴は、麺は”平打麺”を使用しているということ。


また”白麺”とは、玉子麺のように麺の表面をコーティングしておらず、麺がスープの旨味を吸収しやすいという特徴があります。


ですから麺を一見すると、白っぽくて名古屋の”きし麺”を細くした感があります。


一方スープの特徴は、瀬戸内の小魚(イリコ)を出汁に使い、アッサリ味というところにあります。


さらに、”尾道ラーメン”を決定付けるのが豚の”背油”です。その”背油”がアッサリスープに深いコクを与えています。


ただし”東京ホープ軒系”の、いわゆる”チャッチャ系”程のギトギト感はなく、丁寧に”背油”を下処理されているので油っぽさはありません。

背油6   チャーシューの横に浮いているのが”背油”です。


醤油ベースの実にシンプルな”中華そば”です。


ラーメンとは全く別のものと考えたほうがストンと理解できるかも。


具材は、チャーシューと刻んだネギと背油だけ。麺とスープだけで真剣勝負という”中華そば”は、その潔さに感心させられます。

麺7   こちらが、先に書いたコーティングされていない”平打麺”です。


”博多豚骨ラーメン”の固茹で麺と比較するとやや柔らかいので、麺が延びない内に素早く食べるのが美味しく食べるコツです。


コッテリ濃厚味が好みの方には、このアッサリスープはやや物足りないかも知れませんね。


でも飲んだ後に軽く〆るには、実に優しく対応してくれそうです。

完食8   もちろん、あっという間に完食です。


顎鬚(あごひげ)が完全に白くなっている店主と、女性の2人でお店をされている、個性的なお店です。


ただ、最後に一つだけ注文をつけるとすると、開店時刻が午前11時30分となっているにもかかわらず、その時刻がややアバウトなこと。


周辺は、官庁関係を中心に企業の事務所が集中的に集まっている地区です。


彼らの昼休み時間は、貴重な息抜きの時間でもあるのです。


5分や10分の遅れは、「どうってことないや!」ってやり過ごしてくれるのは最初だけと考えたほうが無難だと思います。


<追記>

たった今、目の前で繰り広げられた”金環日食”の一コマです。1枚だけアップしておきましょう。今朝は曇りですから、これが限界でした。しかもコンデジですから。

日食1






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<重要>

「うな牛 小椋」・「愛媛グルメ紀行」 294

今日は二番町3丁目、三越の南玄関お向かいの”銀次郎”さんから真っ直ぐ南に下った”こまどりビル”の2階にある”うな牛 小椋”さんをご紹介しましょう。


このシリーズで採り上げたことがある”博多一風堂”さんと”一天張”さんのちょうど中間にあります。

玄関1   こちらがお店の玄関。


なおこのお店、祝谷3丁目、護国神社通りの愛媛銀行湯築支店から白水台に向かう県道松山北条線の西側に”懐石料理 小椋”という立派で格式の高い本店があります。


また、二番町3丁目の美川ビル1階に”南の台所 ていんがーら”(「い」は小さい字)というお店、同じく二番町2丁目には”寿し 小椋”というお店を出しておられます。


いずれも、ワタシのような庶民にはちょっと敷居が高いお店です。

ランチメニュー2   その”懐石料理 小椋”さんが、昨年7月に満を持して”江戸前・天然うなぎ”をメインとするお店を出されたのがこちらというわけです。


昨今、”うなぎ稚魚”の激減枯渇で”うなぎ屋さんはどこも存亡の危機に立たされているといって過言ではありません。


その最中(さなか)に、何と”江戸前・天然うなぎ”を扱うお店を出すとは、中々の大冒険かも知れません。


このお店、もちろん”うなぎ”がメインのお店ですが、牛肉も扱い”うな重”ならぬ”牛重”も出します。

うなぎランチ3   そういうお店ですから、本来はワタシには全く無縁のお店なのです。


ところが、昼時には700円のランチを出すというので覗いてみました。


この画像が注文した”うなぎランチ”で、お値段700円(内税)です。


ちゃんとした朱塗りの椀に蓋がかかって供せられます。


見たとおり、実に立派な”いでたち”ではありませんか。


そこで椀の蓋を取ってみたのが下の画像。

うなぎランチ4    「ホッツほー・・・天然うなぎが・・・3切れ!」っと、”うな丼”でも”うな重”でもない”うな椀”を眺めて一人声が出ました。


このときフト頭をよぎったのが学生時代の思い出。


貧乏でした。食費を倹約するしかやり過ごせない時代だったころのことです。


皆さん”カレーうどんライス”というメニューをご存知でしょうか?


何の変哲もない、”カレーうどん”に”ライス”が丼に入って付いているというもの。


食べ方は、ライスを手前に置き、カレーうどんをその向こうに置きます。そして、カレーうどんを2~3本づつ箸ですくってライスの上を通過させながら食べるのです。


当然、カレー出汁がボトボトとライスの上に落ちます。そのカレー出汁の染みたライスの表面を箸ですくって、カレーうどんを”おかず”にカレー出汁の染みたライスを食べるというものです。


最後は、カレーうどんの中に肉片を数片とうどんを2~3本、それにカレー出汁を三分の一ほど残したものをライスにかけて、更に混ぜてグチャグチャと味の染みたライスをかっ込む。

うなぎランチ5   ええ、そうです。


この”うなぎランチ”、うなぎの匂いでご飯を食い、うな丼タレ(”丼ツユ”と言います)でさらにご飯(めし)を食らうという食べ方になります。


先に書いた、”カレーうどんライス”そのものではありませんか。


でもここで笑った方は、一生涯、このすこぶる旨い”うなぎランチ”を味わうことが出来ないでしょう。

うなぎ6   養殖うなぎのように油が乗っている、あるいはフヤフヤなとも表現できるそれとは違います。


天然ものは脂肪分が少ないので、やや小ぶりですが、うなぎの生命力を頂く感じです。


それに、まあご飯(メシ)の旨いことといったら。丼ツユだけで、若い頃なら軽く2~3杯の飯が食べられます。


ご飯の粒が一粒づつ立っていて、しかも艶やかに輝いているんです。ご飯の香りだって際立っている。

肝吸い7   こちらは”肝吸い”です。


口腔がうなぎの油で充満したら、この上品な肝吸いで口腔を洗います。


すると、また新鮮なうなぎメシが食えるのです。

サラダ8   このサラダなども、何の変哲もなく見えますが、ちゃんと料理人の仕事がしてある一品です。


柔らかいタケノコを削ぎ切りにしてサラダに添えてあるところなどは、板前さんのセンスを感じます。


うなぎの蒲焼に対するものとして、その役割を十分に果たしているのです。

出汁まき卵9   こちらが思わず「ウ・ウ・ウ・旨い!!」と唸った”出汁まき卵”です。


うなぎ屋さんの定番メニューに”うまき”があります。うなぎの蒲焼を出汁まき卵で巻いたものですね。


”うまき”の単品メニューのお値段は525円、とてもランチには使えません。


ですから、出汁がたっぷり活きている出汁まき卵を沿え、うなぎの旨さがたっぷり溜まった”うなぎのタレ”(丼ツユ)を掛けて頂くという趣向です。


料亭料理人の知恵でしょうか、実に見事です。

漬物10   最後にさっぱりと”香の物”です。


この漬物だって、大根はキチンと皮を剥いて”面取り”という仕事までなされています。


薄味の醤油が一指し。


帰りに、降り口の階段を探して迷いました。


すると、フロアー係りの女性、階段の降り口にワタシを案内し


うちは、うなぎ屋だけに、奥が長ご う ございます」と言った。


”落語”の見事な”オチ”です。


厨房の3人の若い料理人と、一人の機転が効くフロアー係りに心の中で拍手を贈ってお店の階段を降りました。




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「犬寄峠 手打ちそば 峠茶屋」・「愛媛グルメ紀行」 295

今日は国道56号線の”犬寄峠”にある”手打ちそば 峠茶屋”さんをご紹介しましょう。


ワタシの実家は南予ですから、高速道路が宇和町まで延伸してからは、国道56号線を通ることが少なくなっています。


それ以前は、この”犬寄峠”を越えて南予に帰るのが定期のコースでしたから”峠茶屋”さんにも時折寄って、このお店の名物”手打ちそば”を食べていたものです。


ところが、このところ高速道路を利用することが多くなりこのお店とも次第に足が遠のいていました。


しかし、最近になってブログ友の”ファットマン”さんの記事を拝見し、再度足を伸ばしてみました。

玄関1   こちらがお店の玄関です。


犬寄峠のトンネルを抜けた辺りの、海側の斜面にやや広くなっているところがあり、お店は斜面の上に立っています。


閑散としているのかと想像してお伺いしたのですが、国道沿いの駐車場には車が8台もとまっていて、ほぼ満車状態でした。


工事関係車両や、軽トラック、あるいは営業関係の車でいっぱいでした。

メニュー2   店内に入ると、厨房側の壁にこのメニューが掛かっています。


創業されたのは今から大よそ45年~46年前と言います。


日本が高度成長期に入り、その歪で全国で”公害問題”が社会問題となっていた時代の話です。


盛り場にはゴーゴー喫茶が生まれ、フーテン族が都会の夜をさまよい、リカちゃん人形が誕生したころでもありました。


店内のメニューとその値段を見た時、このお店だけその当時から”時計の針が止まっている”のではないかと感じたのです。

店内3   店内では、”ワゴン車”に注文された丼などを乗せて、お店の”看板娘”が忙しく立ち働いていました。


いえ、開店当時は間違いなく”看板娘”だったのです。


さすがに、40年余りの歳月を感じるお顔にはなりましたが、客の注文を受け、それを厨房に伝えお茶を出し、注文された”中華そば”や”うどん”などをワゴン車に乗せてテーブルまで運ぶ、その動きは軽快そのもの。


このワゴン車を、”手押し車”などと捉えてはいけないのです。


台湾でも香港でも、更には横浜の中華街などでも”飲茶専門店”に入ると、そのお店の看板娘たちがこれと同じワゴン車に”飲茶”を満載して顧客のテーブルの周りを廻っている光景を目にしますね。


あれと全く同じなのです。


しかも”峠茶屋”の看板娘さんは、客が席を立った後の食器をワゴン車に載せて厨房に返す傍ら、客の勘定の精算まで全て一人でこなします。


このお店では、時間は昭和40年代から止まったままなのです。

おでん鍋4    ”おでん鍋”は店内の真ん中にドンと置かれています。


まあ見てください、この出汁の良く出た色合いを。


客は勝手におでんを取って、後で自主申告して清算します。


一本が80円です。

おでん5   一本一本に出汁が染みこんでいます。


コンビニのおでんとは、年季が違うのです。


こういう色合いに染まった”おでん”を見たことがありますか?


味は、まあ食べてみてください。濃いからず薄からずというところです。  

そば6   そして、この画像が名物の”手打ちそば”です。


お値段は450円(内税)です。


蕎麦(そば)”が日本の文献に登場するのが”続日本紀(しょくにほんき)”で、養老6年(722年)の頃です。


当初は、そば粉を水に混ぜて、煎餅のようにして炭火で炙って食べていたという記録が残っています。


その次に登場するそばの食べ方は、そば粉に水を加えて食べる”そばがき”です。


今のように、そば粉を水を加えて練って、うどん状に切って食べ始めたのは、ほんの最近のこと。


江戸時代の寛文年間(1661年)に、今私たちが食べている”そば切り”が登場し、あっという間に江戸の町に広がった。

そば7   なぜワタシがこんな古い話を持ち出すかと言えば、このお店の”手打ちそば”の味は、”そばがき”の味に極めて近いと思ったからです。


目で見て分かる通り、明らかにお店で”手打ち”し、それを茹でて出汁を張って出されたものがこれです。


これだけ”太切り”にされている蕎麦は、徳島の”祖谷そば”以外には余り見かけないでしょう。


ワタシは蕎麦好きなので、全国の蕎麦の名所とされるところはほとんど食べ歩いています。


ここの蕎麦が太くて短いのは、つなぎに小麦粉をほとんど使っていない証拠です。


ですから、そばを喉越しで食べたり、そばを啜(すす)るというのではなく、「出汁ごとかき込むように食べる」と表現する方が正しいのかも知れません。

麺8   麺の形状も味も、ワタシが小さい頃田舎で食べていた”そばがき”そのものの味と食感です。


やはりこのお店の時計は、昭和の40年代のままで止まっているかのように感じました。


決して美味しい”そば”ではありません。でも、そばというのは本来こういう味なのです。


ただし、出汁(だし)は、イリコで丁寧にとられた絶品の味です。


この透明で、瀬戸の香りがするイリコ出汁で太切そばを、噛んで食べる


このお店の由来や看板娘のお年など、様々なことをおうかがいしよう、そしてそれを記事に反映させようと意気込んでやってきたのですが、引切り無しに客が押し寄せる。


とても、落ち着いてお話をお伺いする雰囲気ではないのです。

完食9   国道とは言え、峠の中腹にある古びたお店です。


もちろん周囲には人家など全くありません。


でも、昼時になると、どこからこの人たちは現れたのか?と思うほど、客が途切れません。


ワゴン車の看板娘は、それらの客を一手に引き受けて、実にテキパキと注文をこなしている。


このお店の時計が止まっているのは、メニュー構成や値段、それに店内の内装や調度品だけではありません。


開店当時の”看板娘”のキビキビした動きは当時のまま、今でも”看板娘”を張っているのですから当然と言えば当然でしょう。


当然ついでに、当然”完食”です。





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「北条府中 中国彩館 仙楓」・「愛媛グルメ紀行」 296

今日は、北条府中の国道196号線沿いにある”中国彩館 仙楓”(せんぷう)さんをご紹介しましょう。


場所は、北条バイパス沿いにある”ラーメン 豚太郎”さんのちょっと手前にあります。

玄関1   国道196号線を今治方面に走ると、”夏目”に”パルティーふじ”が見えてきますが、それを通り越したあたりにこのお店が道路の左側に見えてきます。


周囲は市街化調整区域なので、お店は田んぼのなかにポツンと立っています。


外壁と屋根が目立つ色合いなので、車で走っていても直ぐに目に入ります。

店内2   店内の様子はこのようになっています。


はきいり言えば、雑然としていて、手当たり次第お店の中に置いてある。


色紙類も壁に何枚か貼り付けてありますが、その貼り付け方がやや曲がっていてもお構いなし。


どこかのおみやげ物のお面や、観葉植物、お店の入り口には大きな金魚の水槽。

横川釜飯3   これは上越線横川駅構内で、駅弁として売っていて名物となった”横川 峠の釜飯”の器です。


いまや全国各地のデパートにおいて”全国駅弁大会”などの常連さんですね。


その、釜飯を食べ終わった後の器、捨てきれずに植木鉢に変身、何でも手当たり次第の代表例。

メニュー4   厨房にはコック服を着たご主人が、大きな寸胴鍋で”鶏がら”を入れて、丁寧に灰汁(あく)を取りながらスープを作る姿が。


それと、フロアー係りに奥さんと思しき女性が一人、計2人でやっておられます。


メニューはゴクゴク普通の中華料理店のそれです。初めてみる、などというメニューはありません。


そこで店内に写真つきで”バランスの取れた栄養食”というキャッチコピーにあった”五目ラーメン”を注文しました。お値段は520円(内税)です。


ところで、このお店、お店に入った途端に食用油の匂いが充満している。


お店に入った時刻は午前11時30分でしたが、テーブルの上が汚れていて拭かれていない。


ワタシが席に付いた後、ダスターでテーブルを拭いてくれた。

五目ラーメン上5   こちらが注文した”五目ラーメン”。


文字通り五目の野菜と豚肉が卵とじにされている、マアこれもごく普通の”五目ラーメン”。


ところでその汚れていたテーブル、手を触れるとベットと油が手に付く。ニチャニチャ・ネトネト・・・・


「ん???」と思って、先ずテーブルに出してある紙ナプキンでテーブルをゴシゴシ拭いてみた。


ところが依然として油ベトベトが取れない。そこで今度は出されたお絞りで更に力をいてれゴシゴシ・ギュッツギュッツとテーブルをこすった。

五目ラーメン6   で、再びテーブルに触れてみた。


・・・・・油は、ワタシをせせら笑うようにテーブルにへばりついたまま。


テーブルに腕を付こうものなら、スーツがテーブルに張り付いて剥がれない・ベリッ・・・あ、剥がれた。


油の匂いが充満した店内で、お店の方に気づかれないようにして悪戦苦闘したけど、途中で諦めた。


一体何年の間、テーブルを洗剤付きダスターで拭いていないのか??

アップ7   ワタシ気が小さいから、そういう微細なことが気になり始めたら、目の前の”五目ラーメン”に集中できない。


とにかくテーブルに触れないようにしながら”五目ラーメン”に取り掛かった。


「フンフン、栄養バランス、ウン、いいに違いない」と、つぶやいた。


野菜タップリ、豚肉との相性もいい、卵とじの具合も丁度いい。


でも、デモ、デモ・・・・スープにコクがない・・・・・おまけに塩辛い・・・


個人的な味覚は千差万別なので、このスープの塩加減が丁度いい方も、もちろん多いのでしょう。


店内にはワタシの他に、作業車から降りた男性が2人テーブルでセットモノを食べていた。


体に汗して働く方には、丁度いい塩分補給。私のように柔(やわ)な仕事しかしない人間にはちょっとショッパイ。

麺8   麺は、テーブルの油汚れに悪戦苦闘している間に、麺同士がくっついてしまった。


麺が解けないから、そのまま飲み込むしかない。


スープは、飲まなかった。スープをすくう”レンゲ”が付いていたけど。


スープが塩辛かったから飲まなかったのではない。


レンゲをセットする時、フロアー係りの奥さん、レンゲの柄(え)を持たず、レンゲの柄の先、つまりスープを掬い取る方を太い指でギュッと持ってセットしていたのを見たから・・・・・


今日は、力なくうなだれてお店を出た。


待たされた時間、客3人で30分、食べるのに要した時間15分・・・・長い45分だった。




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「横河原 Cafe Rest mars(カフェレストマーズ)」・「愛媛グルメ紀行」 297

今日は、東温市横河原にある”Cafe Rest mars(カフェレストマーズ)”さんをご紹介しましょう。


場所がちょっと分かりづらいところにあります。


愛媛大学医学部付属病院の広い敷地の東側を巡る外周道路沿いにあり、お店の直ぐ東を伊予鉄横河原線の電車が通っています。


このお店のことを予め知っている方でないと、先ず訪れる方はいないかも。

玄関1   お店のある場所も分かりづらいのですが、お店の玄関も分かりづらい。


あるマンションの1階にありますが、マンションの2階の廊下がオーバーハング(せり出している)しているので、一目見ただけではお店の感じがしないのです。


このお店は、”愛媛さすらい日記”というブログを書いている”きくりん”さんに教えていただきました。

黒板2   お店に入ると、既に数組のお客さんが。


その方々の服装などからか判断すると、全員愛媛大学医学部の関係者のようでした。


このお店のホームページにも「愛媛大学病院の横でひっそりと営業しております。知る人ぞ知る大学生の隠れ家的カフェレストラン♪」とあります。   

メニュー3   そして、このお店の看板メニューは”チキンカツ”らしい。


お店の中のメニュー黒板にも「でかっ!!もぎたて放送!! チキンカツランチ」とあります。


お値段は、昼間だけ888円(ご飯、味噌汁、ドリンク、ミニパフェ付き)です。


なお、”チキンカツ”の単品だとレギュラーサイズが790円、ミディアムサイズが730円です。


お店は若い男性と女性の2人でされていて、男性の方がフロアー係りを担当されています。


その男性に”チキンカツ”の単品を注文すると、”チキンカツランチ”の方がいかにお徳かと言うことを説明されたのでそちらにしました。

ランチ4   フロアー係りのお兄さんに、自分は見かけによらす小食であることを説明すると、”ミディアムサイズ”を薦められたのでそれを注文しました。


そして出てきたのがコレ!!


見た瞬間「シマッタ!」と後悔しました。


「こ・・・・これ・・・これが、ミディアムサイズ???」っと。


画像で分かるでしょうか?半端な大きさではないのです。


腹を空かせた”学生サイズ”です、これではまるで。これに”レギュラーサイズ”だとどうなるのだろう??


空恐ろしいに違いない。


世に言う”デカモリ”なのです。

チキンカツ5   この”チキンカツ”を真上から見ただけで、もう完全に”戦意喪失”しました。


「これは、絶対に・・・完全に ・・・・食べ切れない!残してしまう・・・」っと。


そして、残した時の言い訳をどう言おうと、そのことだけが頭の中をよぎって・・・

カツ断面6   ですから味わうところまで頭が廻らない。


このシリーズで、3月27日に254番目のお店としてご紹介した”からあげのすたみな亭”さんでも同じ経験をしました。


美味しいとは思うのですが、味わって食べる余裕が出てこない。


戦後の団塊の世代に属するワタシとしては、体の中に「残しては、作った方に申し訳ない」という思いが染み込んでいるのです。


ガッツリ!”食べることが出来るブログ友ならともかくとして、ワタシには”レディースサイズ”もおぼつかないかも。


エエ、見た目には”ガッツリ”食べるだろうと見られても不思議はないのですが。

残した7   必死で口に押し込んで、お水と味噌汁で胃に流し込んでも、やはり残ってしまった。


最後は難行苦行でした。


お店の方に「メッチャ美味しかったのですが、もうギブアップです!」とお断りしました。


すると、お店の方が逆に申し訳なさそうに「ランチには、この後ドリンクと”ミニパフェ”が付いています。ドリンクはどれになさいますか?」っと。


「エーーーー・・・・ミニ・・・・”ミニパフェーーー!”・・・無理、むり、ムリ・・・もうこれ以上、一滴も入らない」とは悲鳴を上げながら、あぶら汗まみれのワタシ。


レジを済ませる時に、お店の方が「単品のお値段の730円で結構です」と。


いやはや、両方が恐縮し合って・・・もう何とも締まらない結果になりました。

マース8   お店の名前”mars(まーず)”は、この写真の”ラブラドール・レトリバー”の名前。


お店の看板犬です。


2004年にお店が出来たといいますから、今年で8年目。


すごく誠実なお店です。


胃袋に自信がある方は、チャレンジされる価値十分とご紹介しておきましょう。





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コンデジで捉えたマクロ(接写)の世界 ⑥

今日と明日は、ワタシのコンデジで捉えた”マクロ(接写)でみた世界”をお届けします。


コンデジでは、遠くのものや動くものと捉えることには限界があります。


ところが、ギリギリまで被写体に近寄って写す”接写”は可能です。

アザミ1   撮影した場所は、西予市野村町の実家の庭。


実家には、今は誰も住んでいませんので、草木や野草、虫や鳥たちの天国と化しています。


画像は”カンサイタンポポ”に似ているような。違っているかも、自信はありませんが。

アザミ2   その”カンサイタンポポ”を真上から見ると、既に咲いた花弁と、これから咲く蕾(つぼみ)が空に向かって精一杯背伸びをしていました。


「早く花弁を思い切って広げたい」、そういう蕾の呟きが聞こえてきそうです。

赤花3   こちらの赤い”蛸の怪物”のよううな不気味な顔を見せているのは”紫蘭”(しらん)かな?


葉が”紫蘭”とそっくりです。


誰か正確な種名をシランかな?って書いたらオジンギャクそのものですから書きません。


それにしても、緑色の両目が怪しく光っているでしょう?どうも、表情に””を感じ取れない。

水滴4   さてこちらの”水滴”に、写しているカメラ、もしくは写している自分の姿が映らないかと迫ってみた。


やはり、それはそう簡単にはうまくいかなかった。

羽アリ5   で、水滴を追っかけていると羽の生えたアリにぶつかった。


正確に言えば””なのか?””なのか分からない。


昆虫図鑑で”蟻”のところを見て探そうと思って直ぐに諦めた。


それこそ、”蟻の子”を探す作業は並大抵ではできない。

ハエ6   こちらはツツジの葉に止まっていた。


ハエの仲間なのか?アブ(アブは大きく言えばハエの仲間)の仲間なのか、それさえ分からない。


何しろ、現在知られているだけで昆虫の種類は80万種以上。

長いハエ7   その80万種以上の種類から、種名を特定するのは至難の業。


実家の庭にだって数百?いや千種を越える昆虫がいるかも知れない。


気が遠くなる世界。

緑蜘蛛8   こちらの画像のように、止まっている葉の色に似せた保護色をした虫(蜘蛛かな?)だっている。


保護色”の実例として教科書に載せたいくらいに葉に溶け込んでいる。


まあ、種名を特定するのは諦めて、豊かな自然が生きているということだけをかみ締めた。

幼虫10   こちらなんか、まだ成虫になっていない、何かの幼虫のように見える。


コンデジで近寄ると、生意気にこちらをにらみつけた。(ように見えた)


彼らにとって、我が家は住み心地のいい天国らしい。

カタツムリ11   最後になって、やっと種名が分かるものに出会った。


もっとも”カタツムリ”は、昆虫、虫ではなく貝(陸貝)で、こちらだって種類は様々。


呼び方だって、デデムシ、マイマイ、カタツムリ、ツブリ、ナメクジなどと、地方によって呼び名が変わる。


この辺りに多いのが”セトウチマイマイ”で、うちの実家にいるやつのほとんどがコレ。


明日も続きます。





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コンデジで捉えたマクロ(接写)の世界 ⑦

今日も昨日に続いて、コンデジで捉えた”マクロ(接写)”の世界をお届けします。


よく考えて見ますと、ブログを書くようになり途中から画像もアップするようになりました。


昨日と今日アップする画像、以前だったら見向きもしなかった世界です。


でも、コンデジで様々な画像を捉えるようになって、初めて目に飛び込んでくるようになりました。


ワタシの周囲に当たり前のようにあった光景が、以前は全く見えていなかったということです。

カミキリ1   このアジサイの葉に止まっているには”チャイロヒメハナカミキリ”かな?


自信はありません。”カミキリムシ”の仲間も数が多い。


今回、画像から種類を様々に調べてみましたが見たことも聞いたこともない種名ばかり。

黒昆虫2   こちらの椿の葉の裏にへばりついている昆虫だって名前が分からない。


昆虫学者は、これらを丹念に野山に追っかけて種名を調べ、新種であれば名前を付け、やっと80万種を越えるところまできた。


でも分類が出来ていない種はまだまだいるという。気が遠きなる作業を今も続けている。

黒蜘蛛3   こちらの”蜘蛛”も種名を調べてみましたが分からない。


”蜘蛛”だって、現在国内で確認されている種類だけで1200種もある。


それぞれ、生き残っていく過程で進化して種類がどんどん枝分かれした。

小バッタ4   まあ見てください、この小さな小さなバッタの仲間(?)


生意気に、前足をしっかり立てて前方に注意を凝らしている。

小バッタ5   ちびっ子とは言え、中々に雄雄しい姿ではありませんか。


バッタの仲間の調べましたが途中でギブアップ。


ブログとしては、”愛媛グルメ紀行”のシリーズのほうが余程時間がかからない。

中バッタ6   昨日と今日のアップをするために、それぞれ2時間ずつ、合計4時間もかけました。


ところが、ほとんど種名を特定できないまま。


マクロの世界も骨が折れる。

蛾7   この画像は””の仲間ですよ。


どうです!アメリカの”ステルスジェット戦闘機”にも見えるし、”仮面”のようにも見えません?


緑の葉の上に止まっています。保護色とは正反対ですが、”落ち葉”に似せているのでしょうか?


自然界で気が遠くなる歳月をかけて形作られた姿は、何ともいえない美しさを感じさせられます。

てんとう虫8   マクロ(接写)の世界も、最後はお馴染みの”ナナホシテントウ”で締めくくることにしましょう。


春の陽気に、どこからか”てんとう虫のサンバ”が聞こえてきそうな。

てんとう虫9   真上から見るとこう見えます。


愛くるしい姿で、まるで草花と遊び戯れているかのようです。

てんとう虫10   この角度から見ると、まるで”人の顔”ではありませんか。


大きな口元に立派な顎鬚を蓄えて、大きなつぶらな目、そして耳も、ちょっと垂れた眉だってあります。


今日も彼らは、営々と”生を明日に繋ぐ”営みを繰り返しているのです。


この命の連関を、原子力などの環境破壊で壊したくないものです。



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「横河原 マッケンジー」・「愛媛グルメ紀行」 298

今日は、東温市横河原で30年を越える洋食屋さんの老舗”マッケンジー”さんをご紹介しましょう。お店の名乗りは”ファミリーレストラン マッケンジー”となっています。


二回続けて横河原のお店です。このお店も、金曜日にアップしたお店を紹介していただいた”愛媛さすらい日記”というブログを書いている”きくりん”さんの紹介です。


場所は旧の国道11号線沿いにあって、”水天宮”の目の前です。

玄関1   お店の前と、地下に駐車場があります。


お店の席数は概ね40席程度、比較的大型の洋食屋さんです。


厨房にコックさんとその奥さんと思(おぼ)しき人、それにフロアー係りの女性の3人でやっておられます。


昼時は、三々五々地元の方々がやってきます。どちらかと言うと、現場関係者が優勢といった感じです。

ランチメニュー2   このお店の”ウリ”は、この”今日のランチ”でしょう。


というより、このお店のメニュー、他に類例を見ないほど超シンプルです。

メニュー3   シンプルというより、上に書いた”今日のランチ”以外のメニューは、このメニュー板に書いてある3種のみ。


そう思ったのは、店内のどこを見てもこれ以外のメニュー表が見当たらなかったし、フロアー係りもメニューのことは何も触れなかった。


全部で4種類のメニューだけで30年間、これはある意味驚嘆に値することでしょう。

店内4   店内はご覧のように広い、棚には漫画の本がずらっと並んでいる。


客達は、その漫画を片手に食事をしている。


っと・・・「え?」・・・「えーー??」・・・・「げーー!!」・・・・「ウソー!!!」という光景が目に飛び込んできた。


「今日、ここで”大食い選手権"やってるのーーー???」っと。


テーブルの上のお皿には、うず高く盛られた”ミートスパゲティー”や、小高い山になった”ライス”が並んでいた。


・・・・・・・声も出なかった。

ランチ上5   最近、余り多くは食べられなくなっているとは言え、旺盛な食欲を誇った時代でも多分しり込みしているに違いない。


そこで、「アノー・・・”今日のランチ”、それにライスは””でお願いします」と、消え入りそうな声で注文した。お値段は800円(内税)。ライスが小でも同じ値段。


”今日のランチ”は、洋食屋さんの定番が3つ並んだ。


ハンバーグ”と”ヒレカツ”、更に”とりから”。一日限定15食とあった。


見た目はごく普通のサイズに見えた。

ハンバーグ6   ところが、近寄ってよく見ると”ハンバーグ”結構デカイ!


ヒレカツ”は、薄かったけど、”とりから”は7個も付いていた。


大盛りとか中盛りとか注文した人の”ライス”は、一瞬腰を引きたくなるほどの量だった。


「そうかこの店は、”デンプン系”で土台を作り、その上に普通のお店の1.5倍ほどのサイズの”たんぱく質系”でヤルお店なのかー」っと。


ハンバーグを食べてみた。それで上のことに更に納得がいった。味が濃いー、ご飯がどんどん食べられるように。

アップ7   そこに、ワタシと同じ年代だろうという男性客が一人で入ってきた。


ただひと声、「”ミートスパ”、・・・”大盛り!”」っと。


お店のフロアー係りが言った。「あのー、中盛りか・・・普通のほうがいいんじゃやないですかー??」っと。


「いや、”大盛り!”、ワシなー!〇□さんにこの店のこと聞いて来たんよー!!」っと。


「ああ、〇□さんの紹介なら知ってるんだー!”ミートスパ、大盛り一つーー!」っと厨房に注文が通った。


勘定を済ませる時に、その”ミートスパ、大盛り一つーー!”を横目で見た。


その男、小山に盛られた”ミートスパ 大盛り”を悠然と、いや平然と食べていた。


「あああ、オレ・・・この男には負けるな!」って思った。


ポケットに、ティッシュに包んでそっと入れた・・・”とりから2個”を握り締めて・・・、店を出た。





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「馳走革命 88」・「愛媛グルメ紀行」 299

今日は東雲町にある”毘沙門天ビル”の2階に入っている新しい麺を食べさせるお店”馳走革命 88”さんをご紹介しましょう。


場所は、歩行町の通りを日赤に向かって北上する道路と、ロープウェイ街の通りを北上した道路が交差するところから、やや南に下ったところにあります。

看板1   このお店が抱えている困難の一つに、ビルの2階にお店があって、そのお店はどんな種類のお店かが分かりにくい点があげられます。


この画像が”毘沙門天ビル”にテナントとして入っているお店の”看板・告知”です。


この看板・告知が、歩いている人にも分かりづらい。ましてや、走っている車からが先ず見えません。


さらに、歩いている人が仮にこの看板・告知を見つけても”馳走革命 88”という店名から、どういうお店かを想像することは難しいのではないでしょうか。


馳走”という文字から、このお店が飲食店であることを連想できる人が果たしてどのくらいいるのでしょう?(馳走=(ちそう)という漢字を読めない人すらいるかも知れません)

ビル2階2   仮に、看板・告知を見つけたとしましょう。


そこで2階を見上げるとこうなっています。


2階の通りに面したガラスに”洋風まぜそば”とお店の名乗りが書いてあって、麺を箸で食べるということを意味したロゴと店名が書き出してあります。


でも普通、人は歩いている時でも余り上を見ながらは歩きませんし、ましてや車では全く気が付かないでしょう。


しかも”洋風まぜそば”と名乗りが書いてありますが、これがどういう食べ物であるのか?頭に浮かぶ人が何人いるでしょう?

店内3   ところが、ワタシ、”愛媛グルメ紀行”のシリーズを書き始めてからと言うもの、どんなに小さい看板でも見つけてしまう習性ができました。


また、そのお店がどういうものを食べさせてくれるのか、分からなくても取り敢えずお店に入ってしまう。


で、店内を見回すと、客は誰もいない。午後1時でした。


コンクリート打ちっぱなしの店内は、お洒落で小粋で、若者受けする内装です。


ここで””を出してくれるなんてちょっと想像がつかないほどのお洒落感覚。


店内の感じは、敢えて言いますと”媛乃屋製麺所”さんに似てなくはない。

メニュー4   さて、”洋風まぜそば”って一体どういう食べ物なんだろうと、興味深々でメニューを開いた。


すると”洋風まぜそば”が8種類、”つけめん”が2種類、それに”らーめん”が1種だけ。後はトッピング類だけと、恐ろしくシンプル。


そこでオーナシェフに”洋風まぜそば”がどういう食べ物なのか聞いてみた。


「イタリアンテイストのトマトソースで、中華麺を食べていただきたくて」という返事。


「ホーーー、イタリアンソースで中華麺を・・・初めてお聞きしましたが、これはオリジナルですか?」っとワタシ。


「ええ、元々ワタシは洋食系で修行しましたので、自分のお店を出す時は全く新しい””を出したくて、自分のアイデアです」と、シェフ。


そこでシェフお薦めの”濃厚トマトソース”の”まぜそば”なるものを注文した。


温製と冷製が選べるというので”冷製”を選んだ。お値段は680円(内税)です。

まぜそば上5   そこで出されたのがこれ。


ナポリタン風のトマトソースに、蒸し鶏を少し炙ったもの、同じく炙ったレンコン、それに彩り鮮やかな野菜類、一際大きいオクラが目立っていた。


緑・白・赤の縦三色模様は、完全にイタリア国旗の”三色旗”(トリコローレ)のそれです。


「麺は、具材の下にあります。全体を掻き混ぜて食べてください。”まぜそば”ですから」と、シェフ。


何か混ぜるのがもったいないくらいに綺麗。


「麺はどういう麺を使っているのですか?」


「実は、私の子供が卵アレルギーなので、ずいぶん食べ物の成分には悩まされました」


「そこで、アレルギーには一際(ひときわ)気を使いました。食べて体に優しい食品を心がけています。野菜類も無農薬で育てている契約農家から仕入れています」と、シェフは続けた。


「中華麺も卵は入っていません、小麦粉とカンスイとで」と。

まぜそば6   そこでちょっと話題を変えてみた。


「それにしても、ずいぶんと難しい場所にお店を出しましたね」とワタシ。


「ええ、とにかくコンクリート打ちっぱなしのお店でやりたかったので。初めは平和通で検討したのですが条件が合わず」シェフが続けます。


「2階にお店というのは、かなり冒険ですね。先ずここにこういうお店があることをお客さんに告知することが大変に難しいのでは?」とワタシ。


「ええその現実に、その問題に今突き当たっています。お店は昨年の7月にオープンさせましたから、もうすぐ1年です。でも、このお店を皆さんにどうやって知っていただけるか・・・・悩みです」と、シェフは素直に応えた。


そして「お店の2階から下まで”懸垂幕”を出そうと考えています」と続けた。


「”懸垂幕”を垂らすというのは大きなアイデアで試みてみる価値がありますね」と、ワタシが引き継いだ。


「ただ、”懸垂幕”で注意して欲しいのは、絶えず”懸垂幕”の状態に気を使って下さい。幕がよじれていないか?幕に汚れが付いていないか?風が吹く時は特に注意が必要です。懸垂幕がお店の顔になるのですから」と、ワタシ。


シェフが身を乗り出すのが分かった。

アップ7   「あああ、それ大切ですよね!」と顔が輝いた。


「2階でも多くのお客さんを引き付けているお店は幾らでもあるのです」と言って、三津の”リトルイタリア FLOR(フロア)”さんだとか、三番町の”媛乃屋製麺所”さんの繁盛振りを伝えました。


そして「当たり前のことですが””に磨きをかけることではないでしょうか」と言った後で、プロの調理人に対して失礼なことを言ってしまった自分に気が付いた。


でも、その言葉にも嫌な顔一つ見せず、シェフには真顔で応えていただいた。


「ええ、実はお客様の前で言うべきことではないかも知れませんが」、と前置きして。


「残食(ざんしょく=お客さんが食べ残したもの)が出た時は、量が多すぎたのか?それとも味がきつかったのか?そっと、スープを指先にとって味を確認しています」とシェフ。


もちろん、それらの会話の間には”洋風まぜめん”を頂きながら。

混ぜた8   そこで、食べる前の(いえ、本当は余りに美味しそうな香りがしたので、2口か3口、撮影前に食べちゃった)ビビンバを食べるときのように混ぜに混ぜた状態がコレ。


麺は平打ち麺で、このお店のオリジナル。


トマトソースの強い味に負けない様に、しっかり打ち込んであって、粘りの強い、しかも小麦粉の香りが残っている美味しい麺でした。


おまけに炙られた”蒸し鶏”やレンコン、オクラなどの具材もちゃんとトマトソースに合っている。


ただ、ワタシの感想は「麺とトマトソースが喧嘩しているよう。そしてトマトソースが、俺様のほうが強いだろうと威張っている。それに、ワタシの舌にはやや塩気がきついように感じました」と、正直に伝えた。


でも、真摯に取り組んでおられる若きシェフには応援歌を捧げたい。


更に更に味に磨きをかけて、オリジナルの”洋風まぜめん”という新しい世界を打ち立てていただきたい。


切に切にそれを願いながら、お店を出ました。


店の外は、5月終わりの爽やかな風が吹き抜けていました。





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「内子町 片岡食堂」・「愛媛グルメ紀行」 300

今日は、喜多郡内子町にある老舗中の老舗”片岡食堂”さんをご紹介します。


この”愛媛グルメ紀行”を書き始めて、今日で300回となりました。


ここまで、同じお店に複数回お邪魔してお昼を頂いても、アップするのは1回と決めてご紹介してきましたので、このお店が”300店舗目”となります。


しかし、全部違うお店をアップし続けるのは次第に限界に近づいていますので、これ以降は”再訪”したお店もアップして、初回のアップとはまた違った面をご紹介できればと考えています。

玄関1   さて、内子の”片岡食堂”さんです。


このお店はブログ友の”乱 駆郎”さんに教えていただきました。300号に相応しいお店を教えていただいたことに感謝いたします。


場所は、国道56号線内子町内に入ったら、内子の”町並み保存地区”から一本北に入ったところ、県立内子高校正門からは20mほど東にいったところにあります。


ちょっと探しにくい所にありますが、内子町の方に聞けば誰でもご存知です。

メニュー2   メニューは8つ。中華そば系が3つ、うどん系が4つ、後はいなりだけです。


お店に入るなり「御そば?」っと、お店の方に声を掛けられます。


このお店に来られるお客さんのほとんどが”中華そば”を注文されますので、お店も心得たものです。


「ええ、”中華そば”を一つ!」と注文を告げます。


厨房の中には、ご主人と奥さんの2人。直ぐに注文した”中華そば”が奥さんによって運ばれて来ます。

中華そば4   これが”中華そば”、お値段は500円(内税)です。


この画像を見て、「アア・・・懐かしい!」っと思われる方は、それなりの年齢の方でしょう。


町の、街の”食堂”の”中華そば”です。奇をてらったところなど何一つない、真っ当な”中華そば”です。


決してラーメン屋さんや中華料理屋さんの”ラーメン・らーめん”などではありません。


完全に別種の食べ物です。

アップ5   いりこで丁寧にとった出汁に、製麺所から仕入れた普通の”中華麺”、具材は、かまぼこ、す巻き、モヤシ、ネギに海苔1枚です。


メンマもチャーシューもありません。


透明なスープ、やや甘めですがスッキリと味わえます。麺だって、コシがどうの、という食品ではありません。


スーツを着て、一人で店に入ってきて”中華そば”をカメラ片手に啜る初老の男。


厨房から奥さんが出てきて、不思議そうに「どこから、きなはった?」っと。


「ええ、松山からです」と、ワタシ。


「内子の町は見なはったか?」と、奥さん。


「いえこのお店に、この”中華そば”を食べに来ました。食べたら直ぐに松山に帰ります。まだ仕事中なので」と、ワタシ。


すると、それを聞いていたご主人が厨房から出てきてワタシの横に座った。

麺6   「お仕事は・・・・第二の人生ですか?」とはご主人。


「ええそうです。今の仕事は6年目。まさに第二の人生真っ盛りです!」と、ワタシが応えると温かい笑顔がご夫婦に浮かんだ。


「前の仕事は何をされとった?・・・〇〇か、□□かな?」と、真っ先にワタシの前職の〇〇が出てきた。


「え?何で分かったのですか???」っとワタシ。


「フフフフ・・・・何となく」と、ご夫婦が声を揃えた。


「実はなー、このお店は奥さんの(自分の)の父親と母親がここで始めたんよー」とご主人。


「ワタシは、県職やって、定年退職して、今は奥さんの皿洗い手伝っとるんよー」


聞けば、ワタシより3歳年上。

先代3   その先代ご夫婦が、南海放送の看板番組の”もぎたてテレビ”でこのお店が紹介された時の記念写真に収まっていた。


その写真には”しまなみ海道開通記念”とあった。”しまなみ海道”が開通したのは1999年5月1日。


今から13年前のこと。「このお店は何時からやっておられますか?」


奥さんが、「そうよなー、父と母が始めて私で二代目、もう50年はトウに越えたやろか?」っと。


「もう今では、私らの健康維持の為にお店やっとるようなもの!」と、女将。

店主7   「そうよナー、もう年金で食べられるけど、昔から来てくれるお客さんもおってナー」と、ご主人。


「じゃけん、うちは午前11時から午後の4時までしかやっていないンよー、時々夜来る人がおって、気の毒でナー」と女将。


「こうやって、来てくれたお客さんと世間話を楽しむンが、私らの楽しみなんよー」とご主人。


ワタシを取り囲んで、”中華そば”を食べ終えるまでにひと時、他のお客さんを交えての楽しい談笑の時が流れた。


久万高原町の”真木食堂”さんをご紹介した際に、食堂で食べる食品は、その食品と同時に””を食べることと書きました。


この”片岡食堂”さんで”中華そば”を啜るのも、まさにお母さんの時代から連綿と続く様々な””を頂くということです。


創業者のお父さんとお母さんが優しく微笑む写真の下で、二代目の女将さんの笑顔がはじける。


フッ・フッ・・・美味いわけです!


300店目を飾っていただいて、ありがとうございました。






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じゅん

Author:じゅん
愛媛の松山から、「愛媛グルメ紀行」や「愛媛の歴史」など、幅広いテーマで情報発信しています。日曜日を除く毎日更新。画像も豊富。
長いサラリーマン生活に終止符を打ち、還暦をとうに過ぎた2014.12.1に起業して社長になりました。

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