「再訪55 野咲」・「愛媛グルメ紀行」 408 

今日も”洋食屋”さんをご紹介します。”再訪シリーズ”55番目のお店として。


それは、千舟町3丁目、”千舟町通り”の南側、藤村住宅ビルの1階にありますレストラン”野咲”さんです。(「野咲」 真っ当な「B級グルメ店」⑩


昨日”再訪シリーズ”の54番目のお店としてご紹介した、空港通り6丁目にある”クレピス”さんの義理の兄弟がやっているお店です。


お店を千舟町に出して今年で38年目、松山に於ける”洋食屋”さんの草分け的存在です。


”愛媛グルメ紀行”シリーズでは、昨年2月3日に10番目のお店として、”洋食屋”さんのジャンルとしては一番最初にご紹介したお店です。

玄関1
こちらがお店の玄関。


千舟町はサラリーマンが集中している町です。ですから主な客筋は、近辺のサラリーマン、学生さん、高校生など多種多様です。


ワタシもこの界隈で20年以上サラリーマンとして働いていましたので、生涯で一番多く通ったお店です。

ショーケース2
このように、今は”レトロ”と化したショーケースにメニューサンプルが今も飾られています。


このお店の特徴は、リーズナブルな価格帯で数多くのメニューから選べるということ。更に、プロ中のプロのシェフが繰り出すメニューに手抜きはなく、飽きの来ない味作りに徹せられているということでしょうか。


洋食の定番メニューはほぼ網羅されています。逆に奇をてらったメニューなど全くありません。

メニュー3
前回お邪魔した時は、チキンカツ、ポークピカタ、それに魚のフリッターの個性派揚げ物セットの”スペシャルランチ”を注文しました。


今回は、昨日御紹介した兄弟店の、店名を関した”クレピスランチ”と比較してみるために、このお店の名前を冠した看板メニューである”野咲ランチ”を注文しました。


お値段は、コストパフォーマンスのよさと言う意味では、全ての飲食店の鏡とも言うべき480円です。

野咲メニュー1クレピスメニュー1
さて、ここで”野咲”さんと”クレピス”さんの、先ずメニューを比較してみて見ましょう。


左が”野咲”さんのランチメニューです。右側が”クレピス”さんのそれです。


文字が小さいので見えにくいかも知れませんが、”野咲ランチ”(480円)と”クレピスランチ”(470円)が、トンカツとコトッケとハムという同じ構成。


両店の”特製ランチ”は、ハンバーグとエビフライとオムレツという同じ構成で、野咲さんは650円、クレピスさんは670円。


更に両店の”スペシャルランチ”は、チキンカツとポークピカタとエビのフリッターという同じ構成で、野咲さんは660円、クレピスさんは700円と、双方が極めてよく似ています。

野咲ランチ1クレピスランチ1
例えば、左が”野咲ランチ”で右が”クレピスランチ”です。並べてみました。


お師匠さんが同じなら、ここまで似てしまう。見比べて違いが分かる人は少ないでしょう。


デミグラスソースの味など、ちょっと区別が付きにくい。左右を同時に並べて食べ比べて、さて違いが明確に分かるか?

野咲ランチ4
さて、こちらが”クレピスランチ”に比するべき”野咲ランチ”です。


内容は左手に大きなトンカツが。デミグラスソースがタップリと掛かっています。


右手には手作りのコロッケとハム。奥には付け合せの野菜など。

野咲ランチ5
コロッケの上には、野咲さんはデミソースが、クレピスさんにはタルタルソースが乗せられていました。


付け合せの野菜も、千切りキャベツこそ同じですが、クレピスさんはキュウリとトマトとケチャップ炒めスパが。一方野咲さんは、蜜柑、レタスと湯掻かれたマカロニ。


まあ同じと言えば同じ、違うと言えば違うのか?兄弟店には違いない。

トンカツ6
トンカツのお肉は、野咲さんの方が幾分柔らかめ。ただし衣はクレピスさんの方が心持ち厚め。


デミグラスソースの味はほとんど同じ。


要するに、プロの調理人が同じレシピを元に、同じ手順で作った料理は作り手を問わず同じものが出来るということか。

コロッケ7
コロッケは、心持ち野咲さんの方がボール型でクレピスさんは俵型。


味は、野咲さんの方が幾分ホクホクしていた。使っているジャガイモの種類の違いか?

コロッケ断面8
野咲さんのコロッケの方が色が黄色かった。


でも、お互いの違いを見つけることは極めて難しい。

トンカツ断面9
トンカツの肉は、肉たたきでよくたたかれて、薄く伸ばして衣を付けて揚げてある。


洋食屋さんの最大の特徴は、様々な揚げ物にあって、予め下ごしらえされたものを注文の都度大きなフライヤーに投じて、瞬時に揚げる。


だから、どのお店でも基本はジュージューという音をたてながら揚がった熱々を、フーフーしながらいただく。


ところが、志の低い店は、揚げ物を挙げるとき「チン!」という音がする。ジュージューではない、チンだ。


下ごしらえから全部手作り、揚げたての熱々を食べさせて、500円でお釣りがくる。だから値打ちがある。


食べ手は、”ホンモノ”と”紛(まが)い物”を区別して食べた方が懸命だと思う。


食べ手が作り手に迎合していては、ホンモノのお店は育たない。


昨日と今日は、安くて美味しくて手間隙が掛かったものを提供し続けて30年前後という”本物のお店”をご紹介しました。




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「再訪56 ストロベリーキャンドル」・「愛媛グルメ紀行」409

今日は”再訪シリーズ”の56番目のお店をご紹介します。


それは、昨年6月10日に”愛媛グルメ紀行”シリーズの63番目にお店としてご紹介した、立花3丁目の国道33号線沿いのある街場の洋食屋さん”ストロベリーキャンドル”さんです。(「ストロベリーキャンドル」 真っ当な「B級グルメ店」 62


伊予鉄横河原線の立花駅から南へ100m余り下り、「愛媛銀行立花支店」の北側にあります。駐車場の奥に、こじんまりとした可愛い建物がそれです。

玄関1
こちらがお店の玄関です。まるで小さい女に子が遊ぶ”おもちゃの家”のようでしょう。


ですから、当然このお店、女性御用達のお店で、ワタシのように男性客が一人で客として店に入ることは稀ではないでしょうか。

店内2
店内は4人掛けと2人掛けのテーブル、それにカウンター席に2人座れます。


お店を入ったところには待ち席用の椅子が用意されている。つまり昼時は満席を覚悟しておく必要があるお店です。


ワタシは1人だからカウンター席でいいと申し出ましたが「カウンター席は膝がつかえて座りにくいのでコチラに」と、2人掛けの席に案内されました。

メニュー3
前回お伺いしたときは”特性オムライス”をいただきました。フワフワトロトロの絶品オムライスに感激しながらいただきました。強く印象に残りました。


今回は、私の大好きな”ハンバーグステーキ”(180g)を注文しました。


スープと名物のサラダとライスが付いて、お値段は890円(内税)です。

箸4
このお店は、ナイフやフォークと一緒に”お箸”も用意されています。


洋食は、日本生まれの日本育ちの日本食です。お箸でもナイフとフォークの組み合わせでも、食べやすいほうで気軽に頂いてくださいというお店の優しい気配りです。

スープ5
初めに温かい”クリームコーンスープ”が出されました。


今年の夏は暑さが長く続きましたが、イキナリ秋がおとずれました。今は温かいスープをがありがたい季節。


コクと深みがあるスープを堪能しました。

サラダ6
そしてこの”サラダ”を見てください。通常のランチに添えられている”サラダ”とは次元が違います。


繊細にカットされた生野菜の新鮮さ、清新なドレッシング、そしてこの圧倒的なボリューム、どれ一つとっても、これほどのものに、ランチタイムでは出会ったことがありません。


もうサラダだけでお腹は一杯になるのでは、と心配したほどです。

ハンバーグ7
ハンバーグステーキを熱くした鉄板で出すお店が多い中で、このお店はお皿で供せられます。


ワタシはこちらのほうが、落ち着いてハンバーグそのものの味を堪能できると思います。


熱々の鉄板だと、ジュージュー言わせてショー的な要素は満たせますが、第一ハンバーグが焦げてしまうし、美味しい肉汁も完全に干上がって、最後はパサパサになったハンバーグを食べるハメに陥ります。

ハンバーグ8
そしてハンバーグステーキ180gのこのボリュームに圧倒されます。


また、このお店の特性”デミグラスソース”が凄いんです。材料費を惜しまず、手間隙も厭いません。その上に生クリームとタップリのキノコが乗せられ、ハンバーグとの相性抜群です。


とことん野菜と肉の味を引き出したソースは、それだけで価値があります。付け合せの温野菜にも一切の手抜きがありません。もう見事としか言いようがありません。

アップ9
このお店のハンバーグステーキは、一口口に入れただけで、極上の肉を使っていることが分かります。


しかも、十分に冷された生地を、力に力を入れて丁寧に練ってあり、口ざわりのいいハンバーグに仕上げてあります。


それと同時に、このハンバーグステーキのもう一つの味の決め手は、使われている”ナツメグ”の絶妙な使い加減、バランスです。ナツメグ特有の香りと甘さが漂います。


もう十分すぎるほど堪能しました。「ああ、このお店のハンバーグを食べることが出来てよかった!」と思った瞬間です。

断面10
食べなくても、見ただけで美味しさが分かるのではないでしょうか。


このお店、店主夫婦と78歳になるお母さんで切り盛りされています。


家族総出の、頃細やかなサービスに心温まります。


企業のマニュアル化された過剰なサービスは、場合によっては鼻について嫌になりますが、このお店の自然な心配りは嬉しいの一言です。


3人が寄り添ってお店を運営され、今年で14年になります。


どうか、何時までも何時までも、ワクワクしながら訪れているお客さんの胃袋と心を満たし続けていただきたいと切に願います。




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「愛媛グルメ紀行」を振り返る 30

今週の土日も”愛媛グルメ紀行”シリーズを振返ってみましょう。今日は過去にアップした89番目のお店から91番目のお店です。

お店のジャンルもバラバラですし、コメントが来ることなど考えていなかった時期です。とにかく淡々と、毎日書き綴っていました。



先ずは89番目のお店です。それは昨年7月18日にご紹介した八幡浜市の”ちゃんぽん”の店です。

八幡浜は今、”ちゃんぽん”で”B級グルメ町興し”の真っ最中です。

市内には”八幡浜ちゃんぽん”の上り旗を掲げるお店が40軒余りあります。

有名なお店は多いのですが、ワタシが選んだのは老舗中の老舗”お食事処 ロンドン”さんです。(「八幡浜ロンドン」 真っ当な「B級グルメ店」 88

玄関1
これが八幡浜”新町通り”にある老舗の”ロンドン”の店頭風景です。

開店して”60年以上”経っているそうです。

八幡浜で一番最初にちゃんぽんを出したお店は昭和23年創業と言いますから、それはこの”ロンドン”さんかも知れませんね。

ちゃんぽん4
これが注文した”ちゃんぽん”です。

チャンポン”で有名なのは長崎などの九州勢です。

八幡浜の”ちゃんぽん”は、それら九州系とは少し違います。

長崎チャンポンは、豚骨ベースで白濁した濃厚なスープが特徴ですね。

ところが、八幡浜ちゃんぽんは、鶏がら・鰹・昆布などでだしを取った黄金色のスープで、あっさり風味が特徴です。

具材は、大ぶりに切ったタマネギ、ニンジン、モヤシ、ネギ、筍、それに豚ばら肉です。

スープがアッサリ味で、すんなりお腹に収まりました。

お値段は525円。うれしいお値段です。

でも再訪はしません。やはりわざわざ八幡浜まで”ちゃんぽん”を食べる為だけに行くのは遠いからです。




次にご紹介するのは90番目のお店です。それは昨年7月19日にご紹介した、三津地区にある九州豚骨ラーメン系の人気店”長浜一番”さんです。(「長浜一番」 真っ当な「B級グルメ店」 89

個人的には”豚骨ラーメン”は好きではありませんのでほとんど行きませんが、このお店だけは複数回行っています。

玄関1
玄関に華やかさはありません。ゴクゴク、平凡です。

開業以来16年が経過します。メニュイーは至ってシンプル。

長浜ラーメン”と”餃子"だけです。

ラーメン4
さて、注文したのは看板メニューの"長浜ラーメン”です。

お値段は500円。

”長浜ラーメン”の発祥の地は、福岡市中央区長浜地区です。

この”長浜ラーメン”の特徴は、競(セリ)の合間に食べるために素早く茹でられる”極細麺”、麺だけの追加注文の”替え玉”と”味の濃いスープ”とされています。

このお店の麺も極細麺で、替え玉も注文できます。

思いの他アッサリした”豚骨スープ”に、発酵した”高菜の酸っぱさ”が加わって、夏にはピッタリのスープに変わります。

豚骨スープの味を楽しみ、更にはやや酸味がかった味に変身した”まろやかスープ”を楽しむのがこのお店の楽しみ方。

でも再訪はしません。豚骨ラーメンが特に好きと言うわけではりませんので。




最後は91番目のお店です。それは昨年7月20日にご紹介した、六軒屋町の”キッチン MAROYA(マロヤ)”さんです。(「キッチン MAROYA(マロヤ)」 真っ当な「B級グルメ店」 90

フジグラン松山の西側の県道松山港線を北上すると、道路の西側に”大協車両ビル”があって、その1階にお店はあります。

駐車場は僅か4台分しかなく、お昼時だと車は満車状態ですから見落とし勝ちなお店です。

お店の玄関の上に掲げてある、大きな”オムライス”の看板が目印です。

玄関1
以前は”うさぎ亭”という可愛い名前のお店で、界隈では有名な”洋食屋”さんでした。

5年前にリニューアルし、それをきっかけに店名を変えられたようです。

若いシェフとホール係りの若い女性の2人で店を切り盛りされています。

店内は落ち着いた雰囲気で、近隣の女性社員のグループ客が目立ちます。

オムライス4
さて、ワタシが注文したのは二種類のオムライスの内で”デミグラスソースオムライス”です。

お値段はデミグラスソースに手間とコストがかかっているので950円です。

さてさて、肝心の”デミグラスソースオムライス”のお味です。

味が上品過ぎるのでは?っと感じました。

オムライスの中身のライスは、デミグラスソース作りに使ったスジ肉をライスと合わせて炒めてありました。

実に手の込んだお料理です。道理で、料理が出てくるのに40分以上はゆうにかかりました。

でも再訪はしません。何か忘れ物をしたという感覚が残らなかったからです。

<注>再訪しようと思っても、現在このお店は閉店されてありません。




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「愛媛グルメ紀行」を振り返る 31

今日も”愛媛グルメ紀行”を振り返ってみましょう。今日は、その92番目から94番目にお伝えしたお店です。

300号を過ぎてからは”再訪シリーズ”と題して、気になったお店、忘れ物を取りに帰りたいと思うお店、ぜひもう一度あの味、あのサービス、そしてお店の方々に再びお会いしたいというお店の再訪を始めました。

でもこの時期は、まだその道程の三分の一程の過程でした。

ということは、”愛媛グルメ紀行”シリーズのスタイルもまだ十分に固まりきっていなかった時期です。言わば試行錯誤の時期でした。



まず92番目のお店です。それは、昨年7月21日にご紹介した、松山市北部の馬木町にある”うなぎや”さんです。(「うなぎや」 真っ当な「B級グルメ店」 91

その日は、ちょうどその年の”土用の丑の日”でした。ですから、敢えて”うなぎや”さんをお訪ねしました。

玄関1
こちらがそのお店です。

場所は、市内から国道196号線を北上し、平田町で別れ、県道平田北条線を堀江方面に向かい、”内宮中学校”手前を左折(西に向かう)して県道松山港内宮線に入ります。入ってすぐ、陸橋を降りたところにそのお店はあります。

元々”うなぎや”さんは”菊間町”で長く営業してました。そして、このお店は平成4年に”うなぎや松山支店”として開店したのです。

その後、本店の菊間の方は閉店され、現在は馬木町の支店であったお店が”うなぎや”になりました。

うなどん5
これが”うな丼”の上です。

お値段は安いほうから2番目の980円。

どのメニューにも、”きも吸”と”漬物”が付きます。ふっくら焼きあがった”うなぎ様”が3切れ。

ちょっと寂しかった・・・・・

ウナギ、今年は絶滅危惧種である”レッドリスト”の登録は免れました。でも、ウナギの稚魚”シラスウナギ”の枯渇は深刻です。何時までワタシ達は”ウナギ”を味わえることか。

でも再訪はしません。再訪しても同じメニューしか注文しようがないからです。



次は93番目のお店です。それは昨年7月22日にご紹介した、伊予市双海町串にある”ラ・メール”さんです。(「ラ・メール」 真っ当な「B級グルメ店」 92

場所は、伊予灘を望む県道”夕焼け小焼けロード”沿いにあります。

玄関1
こちらがお店です。道路から一段上がった場所にあって、海に向かって”ログハウス”のお店が見えます。

この地に開店して23年になります、もうすっかりお馴染みのお店になりました。

メニューの基本は”イタリアン”です。

ガーリックピザ4
さて、ワタシが注文したのはこのお店のイチオシメニュー”ガーリックピザ”です。

お値段は750円です。

ワタシがこのお店で注文するときは、ほとんどこれです、本当に”絶品”です。

具材は至ってシンプル。ガーリックとオニオンだけです。

このお店は既に再訪しました。何故なら”グラタン類”もお勧めだからです。

それと魅力的な”エビフライ”が付いている”ランチ”も捨てがたいんです。

でも、再訪した結果は思いもかけないものになりました。それは”再訪シリーズ”でご覧下さい。



最後のお店は94番目のお店です。それは昨年7月25日にご紹介した、南環状線沿いの天山1丁目、「天山スカイビル1階」にある”イタリア家庭料理 キャンティ”さんです。(「イタリア家庭料理  キャンティ」 真っ当な「B級グルメ店」 93

南環状線が、伊予鉄横河原線を越えるための高架に差し掛かる直前、道路の北側にあります。

玄関1
こちらがお店の玄関。道路沿いですが、駐車場は2台~3台分しかありません。

でもこの地で開店して既に29年が経過しました。立派な老舗のイタリアンレストランです。

新聞・雑誌・それにテレビの取材は一切お断りというお店です。

シェフ1人が料理を切り盛りしていますので、テレビなどで取り上げられてお客さんに押しかけられると対応できないからです。

ミックスピザ4
ワタシが注文したのは”ミックスピザ”です。

お値段は730円。具材は、オニオン・ピーマン・ベーコン、それにトマトです。

このお店もイタリアンですから、ピザ生地(ドウ)は”クリスピー型”の薄い生地です。

形も"シシリア風”の四角形です。

このお店は再訪しません。忘れ物が残った、という感じがしなかったからです。





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「再訪57 イタリアンキッチン 伊太めし屋」・「愛媛グルメ紀行」 410

今日は”再訪シリーズ”の57番目のお店を再度ご紹介しましょう。


それは、昨年6月13日に”愛媛グルメ紀行”シリーズの64番目のお店としてご紹介した、天山1丁目の「天山安永第一ビル」の1階にある”イタリアンキッチン 伊太めし屋”さんです。(「伊太めし屋」 真っ当な「B級グルメ店」 63


場所は南環状線の側道沿いにあって、ふらっと立ち寄ると言うより予約をして行ったほうが無難というお店です。

玄関1
こちらがお店の玄関です。”伊太めし屋”さんがこの地で開業したのは、1999年のこと。


今から13年前です。そのころは、都会で一時吹き荒れた”イタメシブーム”旋風は落ち着いていたころです。


でもこのお店、それ以降郊外型の”イタリアンレストラン”としての地歩を確実に固められ、多くの固定ファンを持つに至りました。


ですから、ランチタイムには予約をしておいた方が無難だと書いたのです。

店内2
こちらが店内です。皆さんに注目して欲しいのは、客席と奥の厨房を仕切る壁にコの字型の空間が切ってあって、そこに向こう側が透けて見えるレース様の白っぽいカーテンが見えると思います。


実はこの”半透明のカーテン”が、このお店の質の高いサービスを保つための重要な仕掛けなのです。


このカーテンの奥に、フロアー長的な役割りを担う女性が控えていて、このカーテン越しに客の様子を仔細に観察しています。


そして、客が水が欲しい仕草をすればかん発をいれず水の補給をし、コース料理を頼んだ客が一品を食べ終わりそうな状態になれば、それを後ろの厨房に伝え次の料理の仕上げを急がせる。


客がコース料理の一品を食べ終って一呼吸置いたその瞬間、彼女は次の料理をさりげなく運ぶのです。


ワタシが、このお店のサービスの質は”プロの鏡”と書くゆえんがここにあります。

メニュー3
さてメニューです。実はこの日も昨日に続いて、時々コメントをいただく””さんお薦めのメニューを頂きに来ました。


もちろん、このお店は再訪リストに載せていましたが注文する料理までは決めていませんでした。


ですから”月”さんお薦めのメニューを迷わず注文しました。それはクリーム・ベースのパスタにカテゴリーされている”スモークサーモンとキノコのスパゲティー”です。お値段は少々お高く1050円(内税)です。

禁煙4フォーク他5
前回訪問した時にも書きましたが、このお店の”爽やかな禁煙宣言”いいですね!


料理に対する自信と誇りの現われだと思いました。


また、ナイフやフォークのセットの中に”お箸”も用意されています。


イタリアにおいて、今のような乾燥パスタが登場したのは16世紀にはいってからのこと。


更に言えば、今からおおよそ240年前までは、イタリアの人たちはスパゲティーを含むパスタ類を、全員が手掴みで食べていた。チーズをかけたスパゲティーを手で持ち上げ、口をその下で受けて口に流し込んで食べていた。


フォークで食べ始めたのは、ナポリ国王が宮廷で毎日パスタを食べるようになってからのこと。


ですからスパゲティーを箸で食べることなど、何等おかしいことでも、ましてやマナー違反などでもない。

パスタ上6
さて、こちらが頼んだ”スモークサーモンとキノコのスパゲティー”です。ソースはクリームがベースになっていて、実にマイルドなお味です。


スモークされたサーモンがネットリとした食感でスモーク独特の香りとともに口腔に広がります。キノコは舞茸を使ってありました。それぞれの相性は抜群です。


肉でも魚でも、更にはチーズ類などでも、スモークすることによってそれぞれの食材が本来持ってる味を更に濃厚に食材に閉じ込めることができます。


パスタの量はおおよそ100gちょっとか、今のワタシの胃には丁度いい量です。

パスタ7
程よく湯掻かれたスパゲティーと、スモークの香りを残したサーモン、舞茸のシャキシャキした食感、深みのあるマイルドなクリームソース、それらが渾然一体となっていることを楽しめます。


それぞれの食材が皆仲良し、皆で手を繋いでニコニコしながら「どう?ワタシタチノ美味しさ ワ カ ル ?」と微笑んでいるようです。


このスパゲティーは、ちょっと群を抜いた美味しさです。ワタシが最も好きなスパゲティー専門店の”フォンターナ”さんのそれに、初めて勝るとも劣らないと思えるスパゲティーに出合えた。


いただきながら、低い声で唸り続けた。透けて見えるカーテン越に、あのフロアー係りの女性に悟られたかもしれない。

アップ8
なぜここまで美味しいのかを必死で考えた。


今まで数多くのパスタ類を食べてきて、フォンターナさんと他のお店の決定的な違いは、そのソースにある。


多くのお店のソースは、オリーブオイルと麺を湯掻いた茹で汁と塩コショウ、それとベースになる醤油やバターやクリームソースやトマトソースとを和えてある。


ところがフォンターナさんのソースは、それに一味(ひとあじ)何かの出汁を加えて、味を実に微妙にコントロールされている。だからソースにコクがあって味が深い。


もちろん麺と選んだ具材によって出汁の種類を微妙に変えられている。だから全体のバランスがいい。

ソース9
このお店のソースにも同じことが言えるのではないかと思った。


で、敢えて残ったソースを画像に収め、指でソースを掬って舐めてみた。


画像に見える赤っぽいものはサーモンの残り。緑色っぽいものの素材が分からなかった。


でも、このソースの味作りで重要な役割りを負っていると思った。パセリのみじん切りとは明らかに違う。


勘定を払う時にシェフに聞いてみた。すると、ニコッと微笑まれてこう言った。その答えは意外なもの。


「あれは、ピーマンのみじん切りです!」と。


調理の世界も実に奥が深い。素人には到底敵わない。でもプロ中のプロだからこそ「素人は敵わない」と思わしめるのです。


このお店は、本当に凄い!優れています。流石(さすが)です。完全に脱帽です、しかも心地よく脱帽しました。




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「再訪58 キッチン・ファミーユ」・「愛媛グルメ紀行」411

今日は”再訪シリーズ”の58番目のお店をご紹介します。


それは、昨年9月7日に”愛媛グルメ紀行”シリーズの125番目のお店としてご紹介した、富久町のアイケンビル1階にある”Famille キッチン ファミーユ”さんです。(「キッチン ファミーユ」 ・「愛媛グルメ紀行」 124


場所は、旧空港通りの”コマツ愛媛”がある信号を南に折れて、県道砥部伊予松山線を余戸方面に進みます。


県道を南下していると、進行方向に向かって左側にありますが、玄関が県道に対して正対していないので、つい見過ごしてしまいそうです。

玄関1
こちらがお店です。左手に玄関が見えます。


店名の”Famille(ファミーユ)”はフランス語です、日本語で言えば”家族”を意味します。


この地にお店を出して7年が経過しました。今では、地域の方が家族と語り合いながら食事を楽しむお店として、すっかり地域に溶け込んでいます。


お洒落なお店なので、女子会御用達のお店のように見受けがちです。もちろん女子会も多い中で、このお店の特徴は圧倒的に家族連れが多いこと。店名が生きています。

店内2
店内の天井が高く広々とした空間を演出し、30席の椅子は余裕を持って店内に配置されています。


それぞれの椅子とテーブルの間隔が離れているので、ゆったりくつろいで食事を楽しむことが出来ますし、安心して小さいお子さんも連れて行けるお店です。

ランチメニュー3 メニュー4
玄関を入ると直ぐに”日替わりファミーユランチ”メニューが、黒板に手書きされています。


テープルには右画像のメニューも用意されていますが、ほとんどの方が”日替わりファミーユランチ”と頼まれているようです。


どのメニューも手の込んだ本格的洋食メニューです。目移りしそうなくらいに多彩です。


前回は、”週代わりランチのオムライス”をいただき、その味に舌鼓を打ちました。

コンソメスープ5 ジュース6
左画像は、一番先に出される”スープ”です。本日は、新鮮な野菜を浮実にした”コンソメスープ”でした。


右画像は、一番最後に出される選べる飲み物です。ワタシは”グレープフルーツジュース”を選びました。

ランチ7
これが当日のランチで、ワンプレートに綺麗に盛り付けられています。


この他には、パンかライスが選べて、お値段は850円(内税)です。


ワタシは御飯を、通常の半分の量でいただきました。そしてそのことをちょっと後悔しました。


なぜかと言うと、その御飯がすこぶる美味しかった。一粒一粒が照り輝いていてキチンと立っていた。もう、その御飯だけでオカズは要らない美味しさ。新米の艶が光っていた。

チキングリル8
こちらが”チキンの小悪魔風”と名づけられた”チキングリル”です。


チキンの皮目をしっかりグリルしてあって、その皮目の焦げた香ばしさと甘酸っぱいソースの香りが食欲をそそります。胃液がどっと分泌されます。


”子悪魔”君はどこにいるのか?よく見て、更に口に含みました。


いましたいました”子悪魔”君が。そうです、ちょっと赤いものが唐辛子、それに白く見えるのがニンニクです。ただし子悪魔君が暴れすぎないようにパセリのみじん切りが散りばめられている。


ソースは酸味がありましたので”バルサミコ酢”を使っていると思い、お店の方に確認すると、そうではなくてレモン果汁とオレンジジュースで味を調えているという。


優れたお店は常に一歩先を行く、唸りました。

茄子のミートスパ9
こちらが”ナスのミートソース”と名づけられたパスタの一品です。ナスは素揚げされたものがミートソースで和えてあります。


こちらはトマトソース味です。ナスの他にサヤインゲンが斜めに包丁を入れられて和えてあります。


オカズとしてのパスタです。ミートソースがタップリかかっていて、パスタと挽肉と野菜とトマト味ソースが溶けっています。


彩りを考えて、見事にバランスが取れています。まるで絵画です。

魚10
こちらの”魚料理”は、ホワイトソースがかけられています。3種の要素、パスタと肉と魚料理の組み合わせが基本になっています。


そしてその3種のソースが、それぞれの素材に合わせて色も味も素材も全部違えてある。細かい気配りと技です。


この魚料理の素材は、食べてみた食感と味から判断し、お店の方に「これは鱈(たら)でしょうか?」とお尋ねしてみた。


すると、「いえ、それは”メルルーサ”です」と。アフリカや南米、ニュージーランドなどの沿岸、水深200-400mの大陸棚の斜面に生息する”タラ”の仲間です。


当たらずといえども遠うからず、でした。

サラダ11
こちらはワンプレートの一番左端に盛り付けられた”サラダ”です。


サラダは揚げタマネギが味のアクセントになっています。一切の手抜きはありません。


見事の一言に尽きます。


目立たないお店ですが、城西南地区の隠れたる名店でしょう。何度も足を運びたくなるお店です。


最後に、お店の2人のフロアー係りの女性、そのサービス振りはこれも見事、プロの気配りです。





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「再訪59 イル・モンテ」・「愛媛グルメ紀行」 412

今日も”再訪シリーズ”の59番目のお店をご紹介ししょう。


それは、昨年6月1日に”愛媛グルメ紀行”シリーズの56番目のお店としてご紹介した、針田町にあるイタリアンレストランの”イル・モンテ”さんです。(「イル・モンテ」 真っ当な「B級グルメ店」 55


お店の場所が、住宅地の中にありますから、通りがかりに入るというお店ではありません。


”たちばな小学校”の校庭の直ぐ南側にあります。


”NHK針田ラジオ放送所”の天高い”アンテナ塔”の直ぐ近くです。

玄関1
こちらがお店の玄関です。奥様とシェフの2人でやっているお店で、こじんまりとしたお店です。


お客さんは、常連の家族連れの方がほとんどで、特に定年を迎えて夫婦だけで静かにランチを楽しむという感じのご夫婦を多くお見かけします。


ワタシの隣は、おばあちゃん、お母さん、娘さんの女性3代のお客様でした。もちろん、男性の一人客は例によってワタシだけ。

モンテランチメニュー2
お店の玄関入り口に、当日の”モンテランチメニュー”が3種、黒板に手書きされてあります。


ワタシなその3種の中でBと表記された”ポークと野菜の和風ドラミグソース炒め”を選びました。


3種のどれにも、スープとパンか御飯が選べます、それでお値段は650円(内税)です。前回お伺いしたときと値段は同じです。


この種のお店で、この内容で650円は奇跡的にお安い。普通はこれに選べる飲み物などを付けて、概ね850円前後が一般的です。


ワタシも、既に述べ400軒を越えるお店を廻っていますので、ランチの内容とお値段のバランスと言いますか相場は見当が付きますが、このお店は極めて割安な(コストパフォーマンスに優れた)お店だと言えます。

店内3
店内は清潔で、お近くに有名な三上バラ園がある関係もあるのでしょう、各テーブルごとに一輪のバラが生けられています。


また”たちばな小学校”側の窓際には、一つの窓毎に大きな花瓶にバラが生けられ華やいでいます。


厨房のシェフの山高のコック帽と真っ白いコック服と真新しいエプロン姿は、まるで一幅の絵を見ているようで清々(すがすが)しい。

オニオンスープ4
本日のスープは”オニオンスープ”でした。前回は確か”コンソメスープ”だったと記憶しています。


このオニオンスープも一切手抜きなしです。オニオンの甘さが優しく、ニンジンやネギや、タマネギのみじん切り、ラスクなど具沢山です。


体の隅々まで染み入るような暖かくも甘くて、尚且つ深いスープに仕上がっていました。

モンテランチ5
こちがら選んだ”モンテランチ”の中のBコースで”ポークと野菜の和風ドラミグソース炒め”をメインディッシュにしたランチです。


ご飯は例によって半分に、と注文してあります。


このお店、メニューによっても違うのでしょうが、このBコースの場合は最初からスープをいただくスプーンとお箸だけが用意されています。


前回いただいたのは”ポークのチーズ・トマトソテー”ですが、こちらもお箸で食べられるように柔らかくソテーされていたのが印象的でした。


気楽に洋食を楽しんでくださいという、オーナーシェフの優しい心配りを感じます。

モンテランチ上6
ポークと多様な野菜類とスパが、醤油味のデミグラスソースで炒められた物がこれです。


そのメインの他には付け合せの温野菜とサラダがワンプレートに彩り良く盛り付けられています。


何時も書きますように、料理はお皿をキャンバスに見立てた一幅の絵画です。

アップ7
このポークが、醤油味に変身させたデミグラスソースで軽く炒められています。


この味が実に濃厚。濃厚ですが、味の幅が広く複雑です。深いんです。どういう言葉で表現したら、この”和風デミグラスソース”の味を的確にお伝えできるのか。


これならご飯が幾らでも進みます。ご飯を半分にして、と注文したことを後悔しました。


素晴らしいお料理を出していただくお店の特徴ですが、ご飯のお米自体が美味しいんです。


もうすっかり新米の季節、やや水分を多く含んだ新米独特の風味を味わえます。


この和風のデミグラスソース、一体どうやってこうも劇的に和風味に変えられたのか、素人のワタシには知る由もありませんが、シェフの鍛錬を積んだプロの凄さを感じさせる一品でした。

付け合せ8
ジャガイモとインゲンとモヤシの付け合せ、温野菜になっています。


ジャガイモは自ら塩茹でされて皮を剥いています。モヤシも湯通しして、後は味を付けて浅く湯掻かれています。


インゲンだって別に料理されています。全てが手作りの一品だということが偲ばれます。


鍛錬を重ねられて、しかも志を高く持たれたプロの意気込みが十分に伝わる一品でした。まあそれは、お見事!の一言です。


イル・モンテの”モンテ”はイタリア語で””です。イタリア北部はアルプス山脈が国境に接しています。


イタリアの北部国境にはマッターホルンや、モンテローザ、モンブランのような高峰・名峰の山々が連なっています。


このお店にとっての”モンテ”とは一体何に当たるのか?今回もそれを聞き漏らしてしまいました。忘れ物が残りました。





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「再訪60 キッチンわびすけ」・「愛媛グルメ紀行」 413

今日は”再訪シリーズ”の60番目のお店をご紹介しましょう。


それは、今年の2月21日にご紹介した、伊予市の海岸に近い灘町にある小さな洋食屋さん”キッチン わびすけ”さんです。(「キッチン わびすけ」・「愛媛グルメ紀行」 230


前回ご紹介したときは、住所の表示を間違え伊予郡松前町灘町と書きましたが間違いでした。”再訪シリーズ”では、こういう1回目訪問の間違いを正すという意味合いもあります。

玄関1
こちらがお店の玄関。場所は、マルトモ第三伊予工場から南に下って、”灘浜ふれあい広場”のまん前です。


今は洋食屋さんですが、2年前までは”らうめん山科”というお店のラーメン屋さんでした。ラーメン屋さんは9年続けられました。


実はこのお店のご主人、長い間洋食に関わっていたのです。


そこで、再び原点にと”洋食屋”さんに戻ったという経過があります。店主と女性2人の3人でやっておられます。

メニュー3
前回は、洋食屋さんらしいメニューをと、680円(内税)の”Bランチ”を頼みました。


オムレツ”に”エビクリークコロッケ”が3個、それに、ポテトサラダ付きの野菜サラダが、一つの皿に可愛く盛り付けられているものです。


その時、再訪したら9年間ラーメン店をやっておられたということなので、洋食屋さんで”ラーメン”を頼もうと決めていました。


そこでメニューを見ますと、つけ麺とか冷麺はありますが、普通の”ラーメン”というメニューがありません。


そこで、珍しさも手伝って”カレーラーメン”を注文してみました。お値段は650円(内税)です。


それを注文すると、厨房では麺を湯掻き始めましたが、同時に”カレーポット”にカレーのルーが並々と入れられています。


?????」っと。他にカレー類を注文している客はありません。「まさか・・・・・・・・」と。

カレーラーメン上4
カレーラーメン”が出来上がって運ばれてきました。


先ほど「まさか・・・・・・・????」と思った、その「まさか」という不安が的中したのです。


ワタシは”カレーうどん”のラーメン版、つまりうどんの出汁にカレーを入れて少しトロミを帯びたカレー出汁を張った”ラーメン”を想像していました。


まさか、普通の”ラーメン”と”カレーポットに並々と入った普通の”カレールー”が並んで出てくることなどを想像していませんでした。


お店の方に「これはどうやって食べるのですか?」っとお尋ねしました。

ラーメン5
すると、いとも平然と「このまま普通のラーメンとして食べていただいてもかまいません」っと。


??????、普通にラーメンとして・・・・・???」頭が急に混乱してきました。すると、「普通にラーメンとして食べた後、この大量のカレールーはスープ代わりに飲むというのか?????」っと。


「でも、この生卵をラーメンに落として、その上にカレールーをかけていただいてもいいし、最初は普通のラーメンのように食べられて、途中からカレーを入れて食べていただいても、どちらでも結構です」っと、説明された。


「ウーーーーン・・・・見た目は、普通にラーメンとして食べたほうが美味しそうだけど、後に残った大量のカレールーの処理が・・・・・・」っと、混乱したまま、「エイヤー!」っと生卵を割り入れた。

カレー投入6
そして直ぐにそのことを後悔した。ワタシは生卵が大の苦手であることを忘れていたのです。


でも、ここまできてしまったら後はもう勢いです。カレーポットのカレールーを一気に全部丼に投入しました。


その画像がコレ!下にはラーメンの出汁が、その上には大量のカレールーが二層構造で重なっている。


以前、あるうどん屋で湯掻かれたうどんにカレールーだけを掛けて食べ、往生した経験がある。うどんもラーメンも出汁があるからこそ食べられるものだと、その時知った。

混ぜた7
だから、カレールーとラーメンの出汁を混ぜた。偏りが出ないように満遍なく混ぜた。


そしてらこのような姿になった・・・・・・・。食欲が出る姿ではなかった・・・・・・・。


カラフルで端正な姿だったラーメンが、この様に乱れ汚れた・・・・・・。可愛そうになった・・・・・。


小さな声で一言「ごめんナ!」っとつぶやいて取り掛かった。

麺9
その間の心の葛藤があったためか、ラーメンの麺は既に延びきっていた・・・・・・。


コシなど・・・・・・・なかった・・・・・・。


味はと言うと・・・・・何と言うか・・・・・そうですね・・・・・まあ・・・・・ウーーーーン・・。


ラーメンにカレーを掛けた味・・・・・これじゃあそのマンマ・・・・・、説明にはならない。


だから、敢えて味について触れるとすれば・・・・・ソウ、どう言えばいいのか・・・・アノーー・・・。


まあ、ラーメンはラーメンとして食べてあげたかった、とユーーーカ・・・・・。困った・・・・・。


時折、割り入れた生卵が、ラーメンの麺にまとわりついて、ヌルッと気持ち悪く口の中に滑り込む。

残った10
そして、残った・・・・・・・。


ラーメンでもないカレーでもないものが・・・・・・。


次に来るとしたら、「やっぱり洋食にしよーーーっと!


ラーメン屋をやめ、洋食屋に戻った店主の決断は正しかった。




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「再訪61 高坂」・「愛媛グルメ紀行」414

今日も”再訪シリーズ”をお届けしましょう。61番目のお店です。


それは、昨年10月27日に”愛媛グルメ紀行”シリーズの159番目のお店としてご紹介した、国道196号線沿いの、伊予市下吾川にある洋食屋さんの”高坂”さんです。(「グルメハウス 高坂」 ・「愛媛グルメ紀行」 159


このお店は、北条への入口の粟井坂にもかつてはお店を出していました。


その北条のお店は、このシリーズの144店舗目として昨年10月7日にご紹介した”カフェビストロ 桜秋桜(さくらこすもす)”というお店に代わっています。

玄関1
こちらがお店の玄関です。


このお店は、”グラタン&ハンバーグ”という懐かしい洋食屋の料理がウリモノのお店です。


このお店がこの伊予市にお店を出して、もう20年をはるかに越えました。

レジカウンター2
このお店は広く、収容人数も多い。ですから、一人で行っても4人掛けのボックス席に案内してくれます。


平日のお昼時でも、三々五々お客さんがやってきます。


このお店の客層の広く厚い事に驚かされます。店内では若い女性のフロアー係りが制服姿で何人もおり、キビキビと客を席に案内してくれます。

メニュー3
前回来たときは、このお店の看板メニューである”ハンバーグエビフライ”を注文しました。


完成度の高いメニューで、安心して味を堪能できました。


そして次に来る時は、このお店のもう一つの看板メニューである”小エビのクリームライスグラタン”を注文しようと決めていました。


ところが、グラタン類のメニューを見ていて、突然”高坂風カニのカレーライスグラタン”を注文してしまった。


後で考えてみると、ワタシはこの時既に”華麗(カレー)な呪い”をかけられていたとしか言いようがない突然の変心です。


ただしご飯を少なめと言ったら、フロアー係りの若い女性に「それならハーフサイズがお薦めです!」とアドバイスされ、それにしました。


このアドバイスに、意外なところで救われる事になりました。

かにのカレーグラタン5
さて、これが自分で選んだ”高坂風カニのカレーライスグラタン”で、ハーフサイズと言われているもの。


お値段はハーフサイズなので、430円(内税)です。


これまで抱いていたライスグラタンとは随分趣を事にするものが登場した。


グラタン皿毎、オーブンで温められていますから、お皿を持つと熱い。


まるで”ピサの斜塔”のような形をしている。

アップ6
間近に覗いて見た。よく見ると、”ピサの斜塔”というより、火事で丸焼けになったマルビル”にも見える。


カレールーの表面は、オーブンで焼かれているので既に水分を失って、老人の肌のようになっている。


どうやら、”高坂風カニ”は、その焼け爛れたマルビルの搭屋(焼け落ちて低くなった広告塔のような)の中でまとめられているらしい。強いカレーの香りが鼻腔を刺す。

断面7
恐る恐る食べてみた。「辛ーーーー~い!」


塩辛さではない。唐辛子の辛さとも基本的に違う。


カレーが焼かれ完全に煮詰まって水分が飛び、カレー本来の辛さが倍加した辛さ。倍加?イヤイヤ、四倍加はあった。


カレーの辛さの元は、主には胡椒の辛さ。その胡椒剥きだしの辛さになっている。


”高坂風カニ”・・・????カニの風味なんて分かるわけがない。これだったら、カニをカニカマと摩り替えていても気がつかないに違いない。


微かにチーズの溶けた痕跡を認めた。


フロアー係りの「ハーフサイズがお薦めです!」に、ここで救われた。この辛さでレギュラーサイズはきつ過ぎる。お水が美味しかった!

ルー8
この焼け焦げて水分が飛び、固まったカレールーをご覧いただきたい。


っと、ここで思い出した。昨日はボンヤリした味の”カレーラーメン”に戸惑ったばかりだった。昨日食べたものを忘れていた。


その報いか、今日は本気でカレーの辛さで往復パンチを食った。


その夜帰ったら妻が言った。「今日は珍しくカレーを作ったの。しかも”キーマカレー”を。あれってドライカレーとどう違うの?」っと。


夕食の食卓で、長男と妻が会話していた。「今日のカレーは特別辛いね!」っと。「そーねー、ちょっと辛すぎたみたいね!


ワタシはその横で黙ってキーマカレーを食べた・・・・。


華麗(カレー)な呪い”は、・・・・・容易には溶けなかった・・・・・。





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母の納骨と郷里の秋 1

今日と明日の二日間は、11月3日に行った”母の納骨”と、それに伴って兄弟3人で郷里の野村町に帰って最後の遺品整理をしたとき、久しぶりに自然の風景を撮りましたので、それをお届けしましょう。


なお、母は昨年1月5日に亡くなりました。


ところが、母は自身で愛媛大学医学部に”献体”を登録していましたので、亡くなったその日に愛媛大学から遺体を引き取りに来て、今年に入って医学生の”解剖”に付されやっと”遺骨”になって返還されました。


今年6月に亡くなった父が眠る石手寺霊園で、父の遺骨の隣に母の遺骨を納骨し、二人はやっとあちらの世界で対面を果たしたことでしょう。

日没1
上の画像は、納骨を済ませて兄弟と甥や姪と共に郷里に帰ったときに、自宅から見た”日没”です。


今日と明日は母を偲んで、母が亡くなった時の様子をブログでアップしたときの記事を再録してみたいと思います。


父が亡くなった今年の6月16日も、何時も変わることなく記事をアップしました。母が亡くなった日も同じです。

日没2
普通の感覚で言えば、親が亡くなった日にブログを何時もと変わらずアップする方などはいないかもしれませんね。


でも、ワタシは敢えて何時もどおりにアップし続けました。


それは、ワタシに文章を通じて表現する事の大切さを、自分達の生き方を通じて教えてくれたのが両親であったからです。


両親は、自分の人生を閉じる瞬間まで文章、特に”川柳”という表現形式で自分達の生き様を表現し続けてきました。県内では有名な”川柳おしどり夫婦”でした。

アザミ実3
ですから、ワタシも両親から受け継いだ”表現者”としての自分を全うしたい、そういう思いで両親が亡くなったその日も何時もどおりに”ブログ”という表現形式でアップし続けました。


丁度父が亡くなった日の前後は、偶然にも郷里の風景を連続してアップしていました。


ですから、母の納骨を機に、母を偲ぶ記事を書こうと思ったとき、その時に使用する画像は郷里の風景、実家の風景などにしたいと考えました。


今日は、そういう意味で”画像”についての説明はしません。

蝶4
昨年1月5日に母が亡くなった後、母が亡くなるまでの様子を、昨年1月17日から22日までの6日間、6回に分けて文章だけのブログをアップしています。


今日と明日はその中から抜粋して再録し、母を偲びたいと思います。


  松山にいるワタシの携帯に連絡があったのは、昨年の暮れに近いある日の午前

  5時16分でした。

  母はその時、狭心症の持病で地元の病院に入院して1週間目でした。

  「お母さんが心臓発作を起こしています。今、手術ができる他の病院を探して

  います。直ぐに帰ってください」という病棟の婦長さんからの電話でした。

  予期していたこととはいえ、動揺しました。

  大洲市のある病院で心臓の手術を受ける事になり、ワタシはその病院に急行し

  ました。

  寒風が吹きすさぶ中を救急車が着いたのが午前7時5分。

  意識はありませんでした。

  直ぐに手術室に運ばれました。

紫実5
  運ばれる途中の廊下で、手術を担当する主治医から慌(あわただ)しい説明を

  受けました。

  「心筋梗塞の疑いがあります。今から至急、手術ができるかどうかも含めて心
  
  臓にカテーテルを入れて検査をします。それに当たっては、2点確認していた

  だきたいことがあります」

  「お母さんは、先ず肺炎を起こしています。今から直ぐに人工呼吸器をつけな

  ければ検査も出来ませんし、生命が危険です。二つ目は、お母さんは一度心臓

  が止まったので多臓器不全の状態になっています」

  「また腎臓はほとんど機能しておりません。カテーテル検査をすると腎臓に負

  担がかかり、病状が回復しても直ちに人工透析を続けることになります。同意

  いただけますか」

朝霧6
  「はい。先生お願いします」

  動転していましたので思わずそう答えました。

  ワタシの、このとっさの判断が後々ワタシを悩ませることになろうとは、この

  ときは全く理解できていませんでした。

  この瞬間からです、母の看取りが始まったのは。

朝霧7
  様々な緊急処置が終わり、担当していただいた医師から説明を聞きました。
  
  説明を受けた後、集中治療室の母を見ました。

  86歳も半ばを越えた母です。

  口には人工呼吸器が取り付けられ、規則的に呼吸を続けています。

  体中に10本に余る点滴用の管をつけられベッドで意識のない状態で横たわって

  います。

  手足を見ると、ベッドに拘束されていました。

  看護師さんの説明によると、人工呼吸器の装着は本人には強いストレスとな

  り、無意識に呼吸器を外そうとするので拘束せざるを得ないということで

  した。

  時折顔をしかめて苦痛の表情をしますが、人工呼吸器が口に入っているので声

  は全く出せません。

  まんじりとも出来ない夜が過ぎました。




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母の納骨と郷里の秋 2

今日も昨日に続いて11月3日に行った”母の納骨”と、それに伴って兄弟3人で郷里の野村町に帰って最後の遺品整理をしたとき、久しぶりに自然の風景を撮りましたので、母を偲ぶ文章に添える形で、それらをお届けします。


  母が、日本解剖学会の協力団体である“愛媛大学医学部白菊会”に“献体”の登録

  をし、会員になったのは昭和の終わりごろです。母、60代前半の時です。

  母が死後の自分の体を献体し、医学生の解剖実験に役立てたいと考え、自ら愛

  媛大学医学部に手続きをしていました。

  母は、それ以降、折に触れて自分の死について語るようになりました。

  また、若いときから愛媛新聞の「てかがみ」や朝日新聞の読者投稿欄に投稿を

  続けていました。

  県内では、主婦が新聞に定期的に投稿することの草分け的な存在ではなかった

  かと思います。

  そこで多くの知己を得た母は、次第に視野を広げることになります。

映り込み1
  そして、行き着いたのが「短詩」の世界です。

  和歌や俳句、そして最後に「川柳」という

  「17文字」に思いを凝縮して表現するという方法で、自分の生きる道を見出し

  ました。

  そういう生き様の中で、自分の死について明確な意思を持ち続けていました。


  それは、死に際して延命措置は採らぬこと。

  死後直ちに、愛媛大学白菊会に連絡をし、献体の手続きを行うこと。

  葬式など必要なく、愛大医学部から遺骨で帰ったとき、子と孫だけで墓石の下

  で眠らせて欲しいこと。

  宗教は無宗教であるので、戒名等は必要ないこと。

  「サヨナラを言いたい」と思ってくださる方がいたとしたら、手ぶらで来て

  いただき旅立ちを見送ってほしいこと。

イチョウ映り込み2
  そう言い続けてきた母が・・・・。

  目の前で人工呼吸器に喘ぎ

  何本もの点滴の管が体中に刺さって

  ベッドに横たわっていました。

映り込み3
  母が緊急入院した翌日です。午前9時50分でした。

  それまで何度声をかけても反応がなかった母が、微かに目を開けようと顔の表

  情を変えたのは。

  思わず母の耳元で呼びかけました。「バアチャン、聞こえる?○○ヨー!」

  「・・・」

  声は出ませんが明確にうなずきました。返事が初めて返ってきました

  それまで、ワタシは涙を出す余裕すらありませんでしたが、その母の反応を見

  て一気に声を上げて泣きました。

  「生きていたー」と思って。

  そして手を握りながら「バアチャン、気がついてよかったね」と耳元で何度も

  呼びかけました。

逆光イチョウ4
  そこからです、母の本当の意思の強さ を思い知らされたのは。

  ワタシが幾ら「ヨカッタネー」と呼びかけても「・・・・」母は頭を横に振

  るのです。

  「バアチャン、頑張ろうね。皆が助けてくれるからね」と呼びかけますと、頭

  を横に振るのです。


  「ええー?バアチャン、頑張らンのー?頑張るの嫌なン?」

  すると、明確に首を縦に振り“頑張りを拒絶する”という意思表示。

  そのとき、初めて母が常々言ってきた“母の死に方”がワタシの頭をよぎっ

  たのです。

  それから、延々と母との対話が始まりました。

イチョウ5
  母が倒れたとき、父は88歳。年が明けて89歳になりました。

  自宅近くの「グループホーム」に入所し、介護を受けながら生活しています。
 
  兄弟妹3人は郷里には住んでいません。

  つまり、86歳であった母は、自宅で”独居老人”の暮らしを続けていました。

  他県に嫁いでいる妹が年に何度か、1ヶ月前後、母と暮らしてくれるという生

  活が続いていました。

  母に「松山に来ないか?」とか、「ジーチャンと同じグループホームに入らな

  いか?」と幾ら提案しても、頑として聞き入れませんでした。

  「自分の面倒を自分が看ることが出来る間は自宅で頑張る」

  そして、「毎日届く郵便物の返事を、私が書かなければ誰が書くの?」という

  のが母の言い分です。

緑の紅葉6
  それと、「川柳」を通じた友人知人が「元気かナー?」と言って訪ねていた

  だいていました。

  また、ご近所の方が毎日様子を見に来ていただいていて、「今日はお寿司をつ

  けたから、食べてヤー」と色々なものを持ってきてくださるという生活でし

  た。

  子供たちの支えなど何一つ及びもしない、周囲の方々の手厚い”お助けとお気持

  ち”で生かせていただいていたというのが実態です。

  住んでいるところが田舎でなければ、とうの昔に命を枯らしていたことは間違

  いありません。

  母との会話を続けました。

  それは「母の死に方」に対する確認というより、「母の生き方」をも

  う一度なぞる会話でした。

紅葉橋7
  「バアチャン、今、どうして欲しいン?」

  と問いかけると、拘束されている手と指を懸命に動かし、点滴の管を抜こうと

  します。

  「点滴をやめて欲しいの?」とたずねると、首を縦に明確に振って「そうだ」

  と。

  「点滴を外すと、あちらの世界に行っちゃうよ、そうなったら、もう二度とこ

  ちらには帰レンノヨー、それでいいン?」

  「 イ イ ヨ 」

  「先生に治療してもろうて、元気になって」と呼びかけても、ただ首を横に振

  り続けるばかり。

  「約束が違うじゃないか」・・・と言わんばかりのしぐさが続きます。

  「周りの人が皆、バアチャンを助けようとして精一杯努力してくれよるンよ。

  そのことは感謝しとるンヤロ?」

  「ウン」

  これには母もうなずきました。

  「だったら、もう一回頑張ローヤー!」

  でも、首を明確に横に振ります。

渓谷
  「じゃあ、本当に治療はせんでイインヤネ?」と聞くと 「ウン」と力強くう

  なずく。

  「何時も言っていたように愛大に献体するンヤネ?」

  「ウン」

  「葬式はせず、戒名もいらんノヤネ?」

  「ウン」

  「墓碑銘は自分の名前と、前から聞いていた川柳を墓石に刻むことでエエン

  ヤネ?」

  「ウン、その通りでエエ」・・・明確にうなずくのです。

渓谷と谷間8

  それ以降、医者に特別な延命措置を断りました。

  ただ、本人に苦痛のないよう痛みのコントロールを完璧にしていただくことも

  併せて頼みました。

  それから18日後、年が明けて間もなく、子供たちや孫達、そして89歳の父との

  会話を終え母は眠るように旅立ちました。


  自分の”死に方”、”死んだ後の手配”を自分で決め、そしてその通りに母は逝き

  ました。

  私たち子供にとっては巨木のような存在でしたが、その巨木が徐々に枯れ

  て、最後は音もなく、スローモーションのようなスピードで地上に倒れるよう

  な、そんな逝き方でした。

  母が倒れて逝くまでの18日間


  家族にとって、その18日間という時間は、母の死を正面から受け入れるのに、

  必要で充分な時間だったように思います。

  ただし、母に感謝の言葉を送り続けるには余りにも短い時間でした。

  読経も遺体もないお別れ会も先日終えました。

  様々な形で弔慰を示していただいた全ての方々に深く感謝いたします。

  ありがとうございました。

  
  最後に、母の墓碑銘の川柳(うた)です。

  灯台のよう 

        ふるさとに

             母が居る





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「Chinese Cafe DINING 茶縁」・「愛媛グルメ紀行」 415

今日は、国道33号線を市内から砥部に向かっていると、松山インターに入る一つ前の信号東南角に上田内科があります。


その”上田内科”を市内から言えば左折、東に約300m入った道路の南側にある”新勢アパート”の1階にある”Chinese Cafe DINING 茶縁”(ちゃえん)という中国料理店をご紹介します。


北土居2丁目の住宅街にありますので、ちょっと気がつきにくいかもしれません。

玄関1
こちらがお店の玄関です。この店構えで、この店が”本格四川料理”を出すだなんて、先ずは誰も思い浮かばないでしょう。


この地でお店を出して7年になります。最初は”中国茶”が売り物の喫茶店からスタートし、今や”四川の家庭料理”を出すお店に変身しました。


このお店の奥様が四川生まれの上海育ちの中国の方です。


オーナーシェフ(もちろん日本人)が、上海に料理留学していた時に奥様と出会ったのが、このお店が出来た所以(ゆえん)です。


日本で”四川料理”のお店と言えば、テレビで活躍している”陳健一”さんのお父さん”陳健民”さんが日本人向けに紹介した辛くないレシピを扱うお店が圧倒的に多い。


ところがこのお店、シェフが上海で本格的な”四川料理”を修行し、しかも四川生まれの奥様と出会って結婚された。


だから、日本人向けにアレンジされた”四川料理”ではなく、四川省で普通に食べられている”家庭料理”を基本にしようと決められた。

店内2
お店に入ると、店内は意外と広い。優に40人は収容できる。


その広いお店を、オーナーシェフと奥さんの2人だけでやっておられる。


そして店内を見渡すと、女性のグループ客を中心に、客、客、客・・・・・。この住宅街のど真ん中にある目立たないお店に、どこからこの客たちは集まってきたのか?と思うくらいに客が多い。


ワタシは相変わらず一人客なので、カウンター席に座った。目の前が厨房で、シェフが目を廻さんばかりに忙しく動き回っている。


奥様との会話は日本語。既に奥様の日本語は達者なもの。


若くて美人の奥様は、四川語(主に中国の親族と話すとき)と上海語(中国の友人と話すとき)、普通語(プートンホア=北京語=標準語は公式の場で話すとき)の3ヶ国語と日本語(日本国内で話すとき)を話される”quadlingual”(クヮドリンガル=ラテン語で四カ国語を話す人をいう)です。


四川語と上海語と北京語は、中国語ではあるけれど、お互いにその出身地の言葉しかしゃべれない中国人にとってはしゃべれる言葉以外は外国語と同じで全く通じない。

メニュー3
ランチタイムは、このメニューにあるものを注文する事になっている。


画像では光量が足りなくて分かりにくいけど、8種のメイン料理に、サラダと選べるデザートと選べるドリンクがついて1050円のランチメニューが用意されている。


そこで、”四川田舎ヌードル”と名づけられたメイン料理に、デザートは”マンゴープリン”と、飲みものは例によって”グレープフルーツジュース”を頼んだ。

四川ラーメン4
これが”四川田舎ヌードル”と名づけられた料理。


出された瞬間から、今までに出合ったことがない香りが漂った。「これは初めて出会う味ですねー!」とワタシ。


すると、客に出来上がった料理を運ぶ傍らから奥様が「ソウヨ、これ黒酢とラー油ね!」と、説明された。


そこにシェフが話を続けた。「香辛料も麺も中国から取り寄せていますから、これと同じ味のお店は松山にはないと思います」


奥様が続ける「ワタシの郷里、四川で普通に食べているものをそのまま食べていただきたくて」っと。

四川ラーメン6
具材は、器の上から確認できる。


大き目のキクラゲ、青梗菜、温泉卵、カイワレ、それに下のほうに大豆が。


とにかく、香りが独特。強烈に中国らしさを漂わせている。

アップ7
シェフが忙しそうに料理を一人で作っている合間を縫うように話しかけた。


「こんな奥まった住宅街のお店なのに、お客さんが多いですねー!」と。


すると、手は休めないでこう答えた。「これは全部”ランチパスポート”のお客さんです」っと。


本屋やコンビニでランチパスポートを買うと、そこに載っている80のお店のランチが500円でいただけるという。


「じゃあ、このランチ1050円も半額に???」っとワタシ。


「ええそうです!」とシェフ。「じゃあ儲けにもならないじゃないですか」とワタシ。


「ええ、全く儲けにはなりません。でもいいんです、お客さんにうちの味を知っていただければ」とシェフ。


そしてこう続けられました。「でも、まさかこんなに多くお客さんが来るとは思っていなかった・・・」っと。


「でも、その後で2回3回と続けて来ていただけるお客さんもあるし、その人たちの紹介というお客さんも増えました」と。

麺8
シェフや奥様と話を続けながら””を取り上げた。


すると、意外や意外、小麦粉の麺ではなかった。だからメニューを”ラーメン”ではなく”ヌードル”としてあったのか、と、この時に気がついた。


「アレ・・・、これは???」と尋ねると、奥様が「それは日本語で”春雨”よ!」と力強く応えられた。


「四川では普通に食べているものよ!」と奥様。


春雨”(はるさめ)は”緑豆”から作る。中国南部や東南アジアではよく食べられてるもの。


春雨ヌードル”は極めて美味しかった。しかも、このお店に来ないと食べることができない味です。


「うーーーん、初めてヤけど、これは旨い。唐辛子の辛さはほとんど感じない。黒酢の香りと、中国香辛料は異国情緒に溢れている」と話すと、「嬉しいです!」と2人に笑顔が広がった。

マンゴプリン9
こちらがデザートの”マンゴープリン


実に濃厚な味で、しかもとってもクリーミー。東南アジアの味に酔った。


甘党とは言えないワタシですが、ペロリと平らげた。


その様子を見ていたシェフ、笑顔で「よろしかったら、これもお試し下さい」と言ってサービスにf出してもらったのが下の画像。

胡麻団子10
「これは”胡麻団子”です」と、説明されながら。


「普通のお店はこれを揚げて出します。でもウチは蒸して出しています」とシェフ。


道理で、口の中でモッチリとした食感が広がった。おまけに実に香ばしい”胡麻の香り”が鼻腔を抜けていく。


中の黒い餡が甘くて美味しい。甘すぎるということはない。

グレープフルーツジュース11
後は、何時もの通り”グレープフルーツジュース”のホロ苦甘さを楽しんだ。


お店の名前”茶縁”は、奥様が中国上海から松山に来られた時、知り合いなんて誰もいなかった。


だから喫茶店当時の中国の”お茶”を通じて日本の人たちとの””が広がったらいいな、という願いを込められた。


今や6歳の女の子と、今年の5月に誕生したばかりの双子ちゃんの3人のお母さんになった。


「だから、頑張らなくっちゃ!!」と、笑顔で力強く応えられた。


「じゃあ、今度ワタシがこのお店に来たときは、お2人のツーショットの写真撮らせて下さいね!」と問いかけた。


2人がこぼれんばかりの笑顔で「喜んで!」っと、声をそろえられた。


日本人受けするように”四川料理”をアレンジすることなく、奥様の郷里の”四川家庭料理”に工夫を凝らせて提供したいという、その拘りと心意気に感じ入った。


こういう嬉しい”出会い”があるから、こういう新しい味に出会えるからこそ、このシリーズは止められない!!




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「再訪63 でんぷん」・「愛媛グルメ紀行」 416

今日は”再訪シリーズ”63番目のお店です。


それは、昨年5月2日に”愛媛グルメ紀行”シリーズの35番目のお店としてご紹介した、県道317号線沿いの”列車型レストラン”の”でんぷん”さんです。(「でんぷん」 「真っ当なB級グルメ店」 34


松山市内から石手川ダムを経て、今治に至る県道沿いにありますし、目立つ外観をしていますので目にされている方が多いと思います。店の西側には石手川が流れています。

玄関1
このお店の概観、否が応でも目立ちます。


以前は市駅近くにお店があって、その当時から女性客には人気店でした。


高野町の”列車”に移ってから5年前後。市駅近くのお店から通算すると30年近くになります。


当日も平日のお昼時でしたが、女性だけのグループ客が予約客も入れて4組、それと男一人客がワタシ。


その中にはどこかのスーパーのパートさんと思しき女性客が2人でかしましく話をしながらランチを楽しんでいました。


「最近入った〇〇さん、可愛い顔しているけどシッカリしてるのよねー!幾ら意地悪しても平気な顔してるでしょうー、ああいうのって虐(いじ)めガイがないのよねー!ねえ△△さん悔しくないー?」っと、かなり怖い話をしていた。

店内2
店内は、元々”郵便車両”だったものを改装したもの。


狭いけど、独特の空間を作り出しています。全席がボックス席。一昔も二昔も前の店作りです。


昔はこういう、仕切りが高い、各々独立した空間を確保するボックス席が多かった。


今では、空間の効率が悪いのでこういう客席作りはしない。

メニュー3
さてメニューは、正統派の”洋食屋”(西洋料理とは全く違います)のそれです。


前回お伺いしたときは、”ハンバーグ・ドリア”でした。


ワタシは、基本的にバターライスにチーズを乗せて、オーブンで焼いてる”ドリア”が好きです。


今回も”ドリアランチ”1100円を注文しました。スープとサラダと、選べる飲み物が付いています。決して安くはない。

スープ4
こちらが先に出てくるスープで、今日は”クリームコーンスープ”でした。


このスープがすこぶる美味しかった。味にコクがあって深みを感じさせる。


このスープを一口飲めば、このお店の料理のレベルを推し量ることができる、そういう出来でした。

サラダ5
サラダは、特にどういうほどのもにはない、ごくごくありきたりのサラダ。


でも隣のボックス席の「あの可愛い顔した〇〇さん、虐めガイがないのよねー、悔しい!」と、怖い話をしていたおば様2人組み。


「美味しいーーーー!こういう美味しいものって、体にいいのよねーーー!」っと、まあ乙女のようなはしゃぎ様だった。

ドリア6
こちらが”ドリア”。ドリアを乗せたパンごとオーブンで焼かれているから熱い。下手にパンの取っ手を素手で触ると火傷する。


チーズの焦げた香りに、胃液がどっと出てくる。ドリアなどのチーズ料理はチーズの質と扱いが味の決め手。


具材は海老などの魚介類と、季節の野菜(ホウレン草やタマネギ、マッシュルームなど)が豊富に入っている。

アップ7
大き目のスプーンでフファフファ頬張る。フーーーーー、堪らない!


チーズの下に敷き詰められているライスは”サフランライス”。ご承知のように”サフラン”は香辛料の中で、一番高い香辛料。


レストランとしては、チキンライスにして逃げたいところ。でも愚直なまでに基本に沿って調理してある。


レストランのプライドであり、料理に対するスタンスなのでしょう。


塩気も丁度いい。チーズと具材とサフランライスのバランスも絶妙、チーズの焦がし加減も、もう言葉が出ない。


後ろのボックス席で、スーパーの苦情処理の要諦について、2人のおばさんの怖い話が続いていたけど、料理の美味しさに救われた。

ジュース8
ジュースは、脂っこい旅理の後にはもってこいの”グレープフルーツジュース”。


ほろ苦甘い味が口腔を爽やかにしてくれる。


勘定を済ませる時に「感動するくらい美味しかったです!」と付け加えると、それまで愛想がなかったフロアー係りの奥さんに一瞬で笑顔が広がった。


これを四文字熟語で表現するとしたら、まさに”破顔一笑”だろう。


その笑顔、出し惜しみするべきではないと思った。自然な笑顔を作れるというのは才能がいる。


フロアー係りの奥さんにはその才能があるのだから、その才能をありのままで表現すれば、もっともっと素敵なお店になると思った。





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「再訪62 本手打ちうどん 一草庵」・「愛媛グルメ紀行」 417

今日は”再訪シリーズ”の62番目のお店をご紹介しましょう。


それは、昨年8月19日に”愛媛グルメ紀行”シリーズの112番目のお店としてご紹介した、国道56号線沿いの松前町昌農内にある”本手打ちうどん 一草庵”さんです。(「本手打ちうどん 一草庵」・「愛媛グルメ紀行」 111


この場所は、ずっと以前には”やしま”というおうどん屋さんがあった所です。


その”やしま”は、現在は久万ノ台の「松山中央卸売市場中央市場」近くにに移っています。”やしま”さんはお気に入りのお店で、”再訪シリーズ”でも今年の7月25日に採り上げました。

玄関1
こちらがお店の玄関です。国道56号線の上り方向で、広い間口の駐車場がありますから目にされた方も多いでしょう。


”やしま”さんが久万ノ台に移った後に、別のおうどん屋さんが入り、その後この”一草庵”さんが5年前からやっておられます。

湯掻きたて札2
お店に入ったら、まだ夏の名残りの簾が掛けてあって、そこにこの”湯掻きたて”の掲示がされています。


日本蕎麦”は今”新蕎麦”のシーズンで、年間を通じて最も蕎麦の美味しい季節ですが、”日本蕎麦"の場合は”挽き立て”・”切り立て”・”湯掻きたて”という、よく言われる”三たて”が蕎麦を美味しくいただける条件です。


ところがうどんは、”熟成”(ねかし)と言う、捏(こ)ね終えてから延ばしの工程に入る前までの間で行う大切な行程を必要とします。


なお、長野県の蕎麦の名店”時香忘”(ときごぼう)さんは、”三たて”で提供する他、練った蕎麦粉を”熟成”(ねかし)という過程を経て蕎麦を出すメニューがあることでも有名です。蕎麦でもそういうお店がありますから、一概には言えないところが””の世界の奥深いところでしょう。


この”熟成”(ねかし)という行程を経ることで、風味や艶が良くなると共に、グルテンの組織が緻密に形成され仕上がりの良いうどんが出来るのです。


ですから、このお店は熟成させた麺を延ばし、切ったものをお客さんの注文がある毎に湯掻いて出しています。美味しいうどんを食べさせてくれるお店に共通しているところです。

メニュー3
さて、椅子に座りメニューを見ますとこのメニューが目に入りました。


今年の夏ほど”冷たいうどん”と”冷たいラーメン”を求め走った年はありません。


既に季節は秋に入り、朝晩は冷え込んでくるようになった今でも、目の前で”冷たいうどん”のメニューを見せられると「まだ”冷たいうどん”はやっていますか?」っと声が出た。


お店は店主と、奥さんと思しき女性の2人でやっておられる。そのフロアー担当の女性「ええ、もちろんやっています!」と応えられた。


そこで”冷し天ぷら”850円を注文した。(うどんで1000円近い。愛媛のうどん屋はー・・・・とつぶやきながら)

ピリからこんにゃく4
待っている間、店内を見渡すと”ピリからこんにゃく”の文字が。


それがこれ。お値段1本90円。食べてみた。確かにピリ辛とした、不思議な味。


こんにゃくを一度揚げて、そこに味噌を付けて田楽のように焼いてある。辛甘い、不思議な味と、プリプリしたこんにゃくの食感が同時に楽しめた。

冷たいえび天5
この画像が注文した”冷し天ぷら”で、副題に”特大海老天”とある。


イメージしていた、この夏追っかけた”冷たいうどん”ではなく、一般的には”ぶっかけ”と称されるうどんだった。


”冷たい”という表示に何度か拍子抜けするものに出会ったが、さすがにもう驚かない。

冷たいえび天横6
海老天うどんを横から見ると、なるほど”海老天”が看板どおりデカイ!


丼から見事にはみ出している。元の色が赤かったのか青かったのか黒かったのかは知らない。


でも、その存在感たるや中々のものだった。

えび天縦7
海老天の尻尾のほうから接写すると、海老の頭部が霞んでいた。


揚げたての海老天の香ばしい香りも良かった。


また、このお店の麺は平打ち麺だった。


これは、このお店の前にあったうどんの名店”やしま”さんの麺と似ている。直接的な関係はないと思うけれど、奇妙に附合していた。

出汁かけ8
海老天が冷めないうちに、薬味を全部投入し”出汁”をぶっかけた。


美的感覚から言えば、出汁をぶっかっけると純白に近いうどんの麺が、急にちょっと崩れた熟女の表情に豹変した。

麺9
こちらが、出汁を掛ける前の””の表情。麺に艶があって初々しく輝いている。


食べるのがもったいない位に、初心(うぶ)な肌をしている。

麺10
こちらが出汁をぶっかけた麺の表情。確かに、初々しい表情は消えたけど、「ウフフフ・・・、食べたい?ワ タ シ・・・・ を」とささやいた。


そのまあ艶かしいことと言ったら。誘惑にアッサリ乗った。「フ~・・・うん、旨い!」と独りごちた。


出汁がすこぶるいい。麺は平打ちなので官能的なムッチリ感はないけど、いい手打ち麺には違いない。麺の熟れ具合も絶妙だった。


特大海老天は、食べきれないほどのデカさだった、揚げ加減も上々。


鄙(ひな=田舎)に置くには勿体無いうどん屋さんだ。




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「再訪64 手打ち 太介うどん」・「愛媛グルメ紀行」 418

今日の”再訪シリーズ”は64番目のお店です。


それは、今年3月29日に”愛媛グルメ紀行”シリーズ256番目のお店としてご紹介した、”松山市総合コミュニティーセンター”の南側、湊町8丁目にある”手打ち 太介うどん”さんです。(「手打ち 太介うどん」・「愛媛グルメ紀行」 256

場所は、通称”コミセン”の南側を東西に伸びる道路を竹原町の方向に西進して、”はなまるうどん 松山竹原店”の2軒東側にあります。


その時も書きましたが、セルフうどん店として多店舗展開している”大介うどん”さんとは全く違います。


あの、”悲しくなる”ようなお店とは全く質が違います。(あのお店のことは、このお店をご紹介した翌日、つまり今年の3月30日に257番目のお店として紹介しています。なぜ悲しくなると書いたのかは、その記事に)

玄関1
こちらがお店の玄関です。


車で通っていたら、つい見過ごしてしまいそうになるほど小さいお店です。


駐車場もお店の前に3台か4台分しかありませんから、正午前後には車を止めるスペースがないときもあります。

延し機2
前回お訪ねした時は、ワタシが天ぷらうどんを注文すると、ねかせてあった(熟成させてあったという意味)麺の生地を取り出して、この”延し機”で延ばし、切る行程から始められました。

その光景に驚き感動したことが忘れられず、再訪したのです。

ところが、今日は既に湯掻いてある麺をお湯で温め、丼に入れられました。

そこで「前回は、この延し機で麺を延ばすところから始められましたが・・・」っとお尋ねしてみた。

すると、アッサリ「その時は延ばして切って、湯掻いた麺が切れていたのでしょう」っと。

「では毎回、延し機で延して、その都度切って湯掻くという分けではないのですか?」っとお尋ねした。

「ええ、予め大量に延して切って湯掻いておくわけではありませんけど、その都度それをやっていたら間に合いません」っと。

そして「うどんの”か〇〇”さんのように、大量の小麦粉と水を製麺機に入れて、それが反対の出口から湯掻かれて出てくるようなことはしていませんけど」っと、驚くようなことをアッサリ仰った。

メニュー73
さて、メニューはこれだけ。


前回は”天ぷらうどん”と”ちらし寿司”をいただいたから、今回は”肉うどん”と”いなり寿司”にした。お値段はセットで600円。


さっきの会話の続きです。「うどんは、日本蕎麦と違っって”熟成”(ねかし)と言う行程が必要なのでは?」っと質問を続けた。


すると「もちろん”熟成”(ねかし)の行程は重要ですが、その行程を経なければうどんが出来ないわけではありません。それはうどんをどう美味しくするかという問題です」っと。


そしてこう続けられた「ウチも麺生地を踏んだ上で”熟成”の行程を経ています。あの”うどんのか〇〇”さんのように、製麺機で小麦粉から湯掻きの行程まで一気にやるほど乱暴ではありません。でもあそこだって湯掻きまでに20分程度はかけているはず」と。


「フ~・・・」っとため息が出た。うどんの世界も奥が深い。

いなり4
さて、上の”うどん談議”は、この”いなり寿司”を頬張りながらした。


まあ見て下さい、この”いなり寿司”のお揚げさんの色と艶を。


甘く、微かに酸っぱい。ウフフフ・・・美味しかった。

冷奴5
このお店は、必ずこのお通しを添えられる。


前回同様”冷奴”だった。僅かなものだけど、その細やかな心遣いが嬉しい。もちろん美味しくいただいた。

肉うどん6
こちらが頼んだ”肉うどん”です。単品だと500円。


具材は煮込みに煮込んだ牛肉とゴボウとカマボコ2切れと、それに刻みネギだけ。実にシンプル。


出汁そのものが旨い。そこに、牛肉とゴボウを煮込んだ煮汁をタップリ入れられているから、ウフフ、深いお味を楽しめる。

肉うどん7
確かに使われている牛肉は上等なものではないかも知れない。


でも上等の牛肉を食べたければ、大金をはたいて焼肉屋かステーキハウスに行けばいいだけのこと。

アップ8
このうどんに於ける牛肉の役割りは、出汁に牛肉の旨さをのせることに尽きる。


確かに、この牛肉は固い。歯と歯の隙間に筋が詰まる。でもそれは、歯と歯の間に隙間を作ったワタシのせいだ。


旨い出汁でうどんがいただければ文句はない。女性一人で切り盛りされている。


前回の記事で、ここでお店を出されてはや25年と書いた。でもそれはワタシの聞き間違いだった。


この地にお店を出されて5年。その前は”石手寺”の西側でやっておられれ、通算で40年近くになる。

麺9
確かにこの””はコシなどとは無縁。


言うところの”松山うどん”で、讃岐の人はこれを”腰なしうどん”と揶揄(やゆ=からかう)するけれど、ワタシはこの麺が好き!


ただし、ワタシがうどんの話になると何時も熱く語る、萱町の”どん”さんや南高井の”味十味”さんの麺とはまるで違う。この2店は、究極とも言える理想の麺を出される。


このお店の麺は、それに及ぶべきもないけれど、この”たおやかさ”は嫌いではない。女性らしい”優しいたおやかさ”をもった麺だ。


女性の細腕一本、どうか長く長く”しなやか”に続けていただきたい。




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「再訪65 瓢月本店」・「愛媛グルメ紀行」 419

今日も”再訪シリーズ”65番目のお店をご紹介しましょう。


それは、昨年7月15日に”愛媛グルメ紀行”シリーズ88番目のお店としてご紹介した、県道森松重信線沿いの南高井町にあるうどんの名店”瓢月本店”さんです。(「瓢月本店」 真っ当な「B級グルメ店」 87


”瓢月本店”がこの地でお店を開店させたのが9年前です。元々二番町辺りの盛り場にお店がありましたが、三回目の移転で、高井の綺麗な水を求めてこの地に移転されました。

玄関1
丁度、県道森松重信線と県道東部環状線が交わる交差点の中に立地しています。


そして、既に三代目に代替わりした店主さんが麺を打っておられます。

店内2
9年経った今でも、昼時は店の外に行列が出来ます。お店の入り口にはウェイティングシートが用意されています。


従って、昼時の店内はごった返しています。


このお店は、うどん名店の最低の条件である”湯掻きたて”の麺を出しますから、店内での待ち時間も長い。


それでもお客さんは文句一つ言うでなく、静かに湯掻きたての麺を待っています。

メニュー3
前回お伺いしたときは”海老天釜揚うどん”890円を注文しました。


その時の味の印象をこう書いています。「やや細めの麺ですが、口に運ぶとその”艶やかな弾力”に感動します」


更に「この麺の絶妙な伸びやかさが多くの客を惹き付けて止まないのでしょう」と。これはあくまで”釜揚げ”の時の印象です。


ですから、今回は麺そのものの出来を判断する上では、湯掻きたてを一度冷水で締めた”ざるうどん”を注文しようと決めていました。

海老天ざるうどん上4
そこで注文したのが、画像の”海老天ざるうどん”890円です。


”愛媛のうどん”は悲しいほどに高い!


幸い”麺”の量は今のワタシの胃袋に優しい量で、ホッとしました。


でも、海老天を含めた天ぷらの全体の量が多い!ちょっと不安が胸をよぎりました。

薬味5
このお店では、薬味において、山葵か生姜を選べます。


ここは当然”生姜”(しょうが)でしょう。薬味全体が瑞々しい。

うどん6
採光の関係でうどん全体が白くなっていて、全体としてややぼやけたように見えますが、香川の人が時々使う”エッジが立った”シャープなうどんです。


問題は、この麺は温めたほうが生きるのか、冷たいままでもいけるのか?なんです。


今回はそれを確認するために来ました。その結果は後ほど。

海老天ぷら7
海老天が2匹、ナスとシシトウとカボチャがそれぞれ1個づつという天ぷらの布陣でした。


海老天は、蕎麦屋やうどん屋独特の技法である”はり付け”が成されていて、海老が衣の花を咲かせたようになっています。


衣はバリバリするほど固い。揚げすぎ?ではないかと思いました。シシトウは美味しかったけど。

麺8
そして””です。見事な光沢をしています。その点、艶は見事です。


先ほど書いた”エッジが立った”麺には違いありません。


ところが実際に口にすると、麺にたおやかな伸びがない。官能的な麺とはとても言いがたい。


この麺は、湯掻きたての”釜揚げ”において力を発揮するタイプだと思いました。


冷たい麺では固さが勝ってしまって、麺の伸びとしなやかさが生きていない。


ワタシが何時も激賞する、萱町の”どん”さんの麺は、ざるでも釜揚げでもどちらでも官能的な艶としなやかさがある。


このお店は間違いなく名店には違いないけれど、萱町の”どん”さんには遠く及ばない。


でも客は連日詰め掛ける・・・・・・


そして、カボチャの天ぷらを残してしまった。不安が不幸にも的中してしまった。




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「父を偲ぶ」 1

先週の土日は、11月3日に”母の納骨”を済ませたのを期に、”母の納骨と郷里の秋”と題する母を追悼する記事をアップしました。

今週の土日は、それに合わせて今年6月16日に亡くなり6月終わりに母に先立って”納骨”した父を偲んで追悼する記事とします。

今まで、このブログで様々に両親のことを書いてきましたが、今日と明日の記事で一区切りさせたいと思います。

なぜこういうブログで両親のことを採り上げるかと言いますと、文章による表現形式で人生を貫くことを身を持って教えてくれたのが両親に他ならないからです。でも、これで終わりにいたします。

なお、この文章は「父を送る会」で私と妹、弟の3人で30分程のDVDを作成しましたが、その中でワタシが書いた文章を元にしております。

また、今日の”大野ヶ原の風景”は、本文とは直接の関係はありませんので、画像の説明はいたしません。

今日の記事中で”大野ヶ原”は重要なシーンで登場しますので選んだものです。ただし、画像は再掲です。

大野ヶ原牧草縮小
  父は、大正11年1月7日に野村町で生を受けました。

  そして、自ら「教育の世界」に身を投じようと、松山市の「愛媛師範学校」に

  入学しました。

  愛媛師範学校時代の父は、小柄ではありましたが優れたスポーツマンでした。

  野村町の伝統技であります相撲はもとより、ラグビーでは愛媛県を代表してラ

  グビーのメッカ「花園ラグビー場」に進出するするほどの実力チームでレギュ

  ラーを張っていました。

ススキと大野ヶ原縮小
  そういう父が、教育に情熱を注ぐべく小学校の教壇に立ったて、僅か一年で大

  きな運命の転換を迎えることになります。

  そうです、戦況ますます厳しくなっていた太平洋戦争です。

  嫌も応もなく、戦争にと駆り出されたのです。

  父は、私たちに戦争のことは全く話すことはありませんでした。ところが最近

  になって、当時のことを述懐(じゅっかい)するようになったのです。

  父は言いました。「よくもまあ、今日まで生きてこられたことか。

  戦争に行けと赤紙が来た時に、陸軍か海軍のどちらかを選べた。そこでの、ト

  ウチャンは歩くのは嫌じゃったけん海軍を選んだのよ」と、私に語り掛けまし

  た。そしてこう続けました。

  「海軍に入ることになった時、多くの艦船の中でどれに乗るか選べるチャンス

  があっての。そこでトウチャン、重巡洋艦『妙高』を選んだのよ、選んだ理由

  なんてなかった」と。

  実は、『妙高』は終戦当時沈没せず生き残った数少ない軍艦でした。

  父は続けます。「でものー、乗員数891名の中には、甲板にいて航空機で射

  撃を受け命を落とした者も多かった。ところがトウチャンのー、甲板の底で上

  に砲弾を揚げる役やったんで死なずに済んだ」と。

  自分の運命の危うさと、そして運の強さに今更ながら感慨深かげに私に語りま

  した。

  それは父が亡くなる二カ月前のことです。この戦争での体験が、生涯に渡って

  「反戦」を掲げる生き方を選ぶ大きなポイントとなります。

大野ヶ原森と魚縮小
  さて、戦史に残る激戦であったシンガポール沖のレイテ海戦で生き残り、昭和

  22年、シンガポール捕虜収容所から復員し、東宇和郡土居村(現在の西予市

  城川町)の窪野小学校に赴任を果たしました。

  そして、父にとってその後の生き方のもう一つのポイントとなる母との結婚を

  迎えます。昭和23年5月のことです。

  2人は、窪野の四畳半ひと間の新婚生活をスタートさせたのです。

  厳しく貧しい生活の中で、私たち3人の兄妹弟が生まれました。父は、その

  間、教員生活に没頭していきます。

  しかも、「教え子を二度と戦場に送らない」という教育的信念をもって。

タンポポ朝霧1縮小
  その教育的信念が、父を教員組合の活動に駆り立てたのです。教え子達には教

  育実践の現場で、野外活動で、そして学芸会などの演劇活動で、子供達に生き

  ることの大切さを身を持って示そうとしました。

  母も、父のそういう生き方を懸命に支えながらも、その一方で母は文芸活動に

  生きる道を見つけていきました。

  父は教育現場と教員組合活動で、母は新聞投稿の世界で、それぞれ表現方法は

  違っていましたが、戦争で生き残ったものの責務を果たそうと奔走しました。

  父が教員として一番輝いていた時代でしょう。

  母も社会性に目覚めて、夫婦で遅めの青春真っ盛りという時代を生きてきまし

  た。もちろん、私たち3人を育てながら。

タンポポ朝霧縮小
  ところが、そういう夫婦に大きな転機がやって参ります。

  それは、父の教員組合活動に対する政治的圧力と、母に対する「女が世の中に

  物申す」ことへの誹謗中傷です。

  二人の前には、世間と言う、又は世渡りという巨大な壁がのしかかってきたの

  です。

  出世と言う選択肢を採るのか、あるいは信念を貫いて教育活動を続けるのかと

  言う、辟易(へきえき=嫌で堪らない)としたくなるような二者択一を強いら

  れ続けました。

  母は母で、夫の出世の妨げの最大の要因は母の新聞投稿だと世間から責められ

  続けました。

  その中で、大野ヶ原への単身赴任などの厳しい人事政策に父と母は翻弄され続

  けました。

  父が大野ヶ原小学校の時に詠んだ詩があります。ちょっと長いのですが、父の

  詩の一部をここでご紹介します。

大野ヶ原7縮小
  詩の題名は『零下十三度』です。(抜粋)


  1月19日 日曜日

  積雪 百八十センチ

  きょうで三日 大野ヶ原は全くの陸の孤島

 
  別居は二週間目に入る


  零下十三度

  大地も樹木も 学校も住宅も

  ガチガチに凍る

  上水道も下水道も

  完全に動脈硬化
  
大野ヶ原牛舎縮小
  ストーブは終日赤々と燃える

  こたつもつけっ放し

  それでも窓ガラスの氷の壁は

  とけようともしない

  氷紋なんて生やさしいものではない

  テレビの線は切れた

  薄暗い氷壁の中で

  落ち着けぬ心の乱れが

  角瓶へと動く  

霧の大野ヶ原縮小
  直ぐそこの学校が見えない

  そこまで行けば電話がある

  誰かに話さなければ

  ひとりでじっと耐えることはできない

  背丈の雪を

  泳ぐように漕ぎこぎ

  たっと辿り着く  


  玄関のドアが凍りついて開かない

  障るとジッと音をたて

  指が吸い着く

  零下十三度

  隙間にバールを入れてこじ開ける

  やらねばならなぬ

大野ヶ原3縮小
  角瓶が転がる零下十三度

  耳たぶが凍てつく零下十三度

  零下十三度屋台の灯が恋し

  米と味噌まだある零下十三度

  零下十三度に耐えてひとりぼち

  零下十三度モシモシかあちゃんか

凍てつく大野ヶ原で、怯え苦しみ淋しがり、ひとりで詠んだ

『零下十三度』です。

明日に続きます。明日で終わりにします。




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「父を偲ぶ」 2

昨日に続いて今日も「父を偲ぶ」と題した、父を追悼する記事とします。

今日を持って、このブログで両親を採り上げる事の一区切りとします。

背景の画像は”廃屋の風景”と名づけたカテゴリーですが、本文には直接関係しませんので画像の説明はいたしません。

なお今日の”廃屋”は、郷里の野村町の実家の直ぐ近くの風景です。

廃屋1
  昨日の最後からの続きです。
 
  父は、凍てつく大野ヶ原で、怯え苦しみ淋しがり、ひとりで『零下十
  三度』
という詩を詠みました。
  
  この後に、夫婦は悶え苦しみ抜いて新しい世界を自ら切り開いていくことにな
  ります。

  世間を前に、膝を屈した大きな挫折

  しかし、その大きな挫折が2人の世界観を大きく変え広げることになりまし
  た。

  フッと力が抜けたのです。

  世間との真っ向勝負では勝てっこないことに気が付いたのです。
  
廃屋2
  2人の「川柳」は、絶望の淵から2人で這い上がった2人の強力な武器とな
  ったのです。

  それからの2人は、競い合うかのように作句にのめり込んでいきました。

  2人の作風は全く違っていました。

  母は、鋭利なカミソリのような観察眼で、言わば「知」の力で力作を連発しま
  した。 

廃屋3
  父は、当初は母に一歩遅れながらも、母とは全く別の作風で独自の世界を築き
  上げていきます。

  父は、「情」と「周りを包み込むような笑顔、ユーモア」で自分の世界観を詠
  んでいきました。

  父は本来持っていた「情」と「ユーモア」という能力で、母を遥かに凌ぐ才能
  を開花させました。

  父の「情」と「ユーモア」は、戦地から奇跡の生還を果たした時、生き残った
  自分に出来ること

  を考え、更に極寒の地で孤独と寒さと戦いながら世界観を広げた父らしい方法
  だったのです。 

廃屋4
  次に2人が取り組んできたのが、任地任地での「川柳文化」の啓発と「川柳文
  化」の底辺の拡大です。

  父の行く先々で「〇〇の和」というグループを立ち上げ、地域の輪を広げ強め
  ていきました。

  その過程の中で、父と母は実に多くの知己を得ました。

壁5  
  そして、父が「野村小学校」の校長を勤め60歳で定年を迎えた後に、現役の
  時代を遥かに超える友人を得ました。

  父は二つの教え子を持ちました。一つは、教師の時代に心血を注いで教育に当
  たった生徒さんたち。

  もう一つは、教員を退職した後で「川柳活動」を続けてきた中で育った「川柳
  の生徒さんたち」です。

  90歳を過ぎた後まで「先生!」と呼ばれ続ける人が、世間には一体どの位い 
  るでしょう。

  父は終生教育者でした。

句碑
(上の画像は、野村ダム朝霧湖湖畔に建つ2人の句碑です。句碑の文字は父自身が書いた文字です。朝霧湖に相応しく、この画像を撮った日も2人の句碑は濃い霧に包まれていました)

  野村川柳吟社の多くの方々の想像に絶するご尽力をいただいて、野村ダムの朝
  霧湖畔に「2人の句碑」が建てられました。

  無宗教で戒名などを持たない夫婦にとっては、あの野村ダム朝霧湖湖畔に建つ
  2人の句碑が、2人の墓碑銘になりました。

父と娘
  また平成22年2月の叙勲では、学校教育の功績によって「瑞宝双光賞」を授
  与されました。

  父自身は「叙勲なんて・・・」とつぶやき、「それよりハヨ・・・焼肉食べに

  行こう」と言っていましたが、妹から叙勲に対する祝電を見せられグループホ

  ームの職員さんに読み上げてもらったた途端に、声を上げて泣きました。

  「勲章より娘」、そういう父でした。


  最後に、父の墓碑銘の川柳(うた)です。

  北風の 

        中で育った

             親思い



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「再訪66 中華そば 風月」・「愛媛グルメ紀行」 420

今日も”再訪シリーズ”です。今日はその66番目のお店をご紹介します。


それは、昨年8月31日に”愛媛グルメ紀行”シリーズの120番目のお店としてご紹介した、県道松山川内線沿いの南久米町にある”中華そば 風月”さんです。(「中華そば 風月」・「愛媛グルメ紀行」 119


場所は、愛媛銀行久米支店の斜め前辺りの”フジコビル1階”にあります。

玄関1
こちらがお店の玄関です。玄関脇の看板には”麺処 風月”とあり、店内のメニューなどの表示には”中華そば 風月”とあります。


伊予鉄横河原線の久米駅から徒歩1~2分。


この地で開業して4年を過ぎたそうです。以前は開店時刻にばらつきがあったように記憶していますが、今は昼の部、夜の部ときちんと営業されています。

店内2
店内は、このお店の客層を象徴するかのように、単行本の漫画が棚にびっしりと整理されて並んでいます。


事実、ワタシがお伺いした平日の午前11時30分(開店時刻)からお昼にかけて、単独の若い男性サラリーマンと思しき客達が三々五々漫画を片手に”ランチセット”を楽しんでいました。


このお店でお昼を過ごす人のほとんどが、麺とチャーハンと唐揚げ(3個)からなる4種類(A~D)のセットメニューをいただいていました。

メニュー3
前回お伺いしたときは、このお店の”名乗り”にもなっている”中華そば”をいただきました。


なお以前にも何度か書いたことがありますが、ワタシが使っているお店の”名乗り”とは、今は亡き”渥美清”さんが演じていた”フーテンの寅”を例にとりますと”フーテンの”が”名乗り”に当たります。


さて、今回はこのお店の二枚看板のメニューである”五目そば”をいただきにきました。


前回いただいた”中華そば”の、独特のコクがあるスープの味が忘れられないのです。

五目そば上4
これが、二枚看板のもう一本の立役者”五目そば”です。お値段は780円(内税)です。


この”五目そば”を一目見た瞬間、今年9月20日に”愛媛グルメ紀行”シリーズ379番目のお店としてご紹介したばかりの”ラーメン ちんどん屋”さんの”ちんどん特性ラーメン”を思い出しました。


スープの独特の色合いといい、”餡かけスープ”といい実によく似ています。


このお店の具材は、白菜、ニンジン、エノキ、キヌサヤ、そして豚肉の五種、いわゆる”五目”です。


なお、ラーメンちんどん屋さんのそれは、鶉の卵、エビ、イカ、豚バラ、モツ、シイタケ、木耳(きくらげ)、タケノコ、ニンジン、キャベツと、それはもう盛りだくさんでした。

五目そば5
こちらのお店の”スープ”の”ウリ”は、何と言っても贅沢に使った”貝柱”で出汁を採っているところです。


干し貝柱”の旨味成分は”グルタミン酸”です。なお”グルタミン酸”の含有量ナンバーワンは”昆布”で、同量の貝柱の約6倍以上です。(これは余談です)


ですから、具材ではちんどん屋さんには負けていますが、このお店の”スープ”は絶品中の絶品です。


なにしろコクはあって味が深い。もう麺も具材もなーーーんにもいらない。ワタシならこの”黄金のスープ”だけで満足してしまいます。味もさることながら餡のトロミ加減も絶妙です。


若くて食欲旺盛な方なら、麺を食べ終わった後に残ったスープにご飯を投入して食べたら、2杯は確実に手が出ること請け合いです。

アップ6
スープの表面に油膜ができています。


ですから熱を内部に保ったまま冷めにくい。それが証拠に、何時までも芳しい湯気が出続けていました。


これからの季節なら、”中華そば”より180円お高いけれど、この何時までも熱を逃がさない油膜が何とも嬉しく感じることは間違いありません。

麺7
さて””です。このある意味”名品”と言っていい”五目そば”の最大の弱点は”麺”に艶も弾力もない、実に凡庸(ぼんよう=平凡なありきたりの)な麺を使ってあることです。


この点が、悔し涙でくれそうになるくらい惜しい!!


この凡庸な麺を艶と粘りのある麺に代えたら、この”五目そば”は中華そばの類では間違いなく市内でも五指に入る名品に変身するに違いない。


優れているだけに、その点が返す返すも残念です。

完食8
でも、当然スープは舐めるようにして完食です。


スープの一滴たりとも残すまじ。(残してはいけない)


ここに食パンの一片でもあれば、そのパンくずに綺麗さっぱりスープを拭き取り吸収させて、宝物のようにそれを愛しみ頬張りたい。


まあ騙されたと思って、この”五目そば”お試し下さい。必ずや、思わず目を細められるに違いない。


人はどなたでも、真に美味しいものに出会ったら笑顔になるのです。





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「Cafē Kairos(カフェ カイロス)」・「愛媛グルメ紀行」 421

今日は、山越6丁目に昨年8月の開店した”Cafē Kairos(カフェ カイロス)”さんをご紹介しましょう。


場所は、196号線のバイパスを中央通と交差して更に北上、県立松山盲学校を過ぎた次の交差点を東に100m程入ったところにあります。


このお店は、ブログ友:ファットマンさんの11月4日”カフェカイロスでオムライス(かなりの爆音付き)”という記事で教えられて行ってみた。

玄関1
こちらがお店の玄関です。まあ可愛い!


店名の”Cafē”(カフェ)は意味が直ぐ分かったけど、”Kairos”(カイロス)が分からなかった。


お店に入って注文した時、和服を着たフロアー係りの女性に意味を聞いてみた。


「はい、”Kairos”(カイロス)はギリシャ語で時間を表わします。但し、時計の時間と言うのではなく、自分で感じる体感時間を意味します」と、スラスラと出てきた。

ミーアキャット2
お店の玄関には、可愛い”ミーアキャット”3匹の親子のお出迎え付。

後で、ギリシャ語を調べてみると、古代ギリシャ人は”時間”という言葉を”クロノス”と”カイロス”の二つ持っていたそうで、”クロノス”が定量的、つまり時計などで表わせる時間を言ったとあった。

そして”カイロス”は、間(ま)の時間、特別な何かが起こっている不定時間の瞬間を意味しているともあった。

なるほど、フロアー係りの彼女はそれを”体感時間”と説明した。中々にして哲学的な店名を使われている。

少し細かいことですが、このお店の店名の一部”Cafē”(カフェ)で使われている”ē”は、英語の”e”ではありません。ギリシャ語です。発音を日本語風に表わすと”エータ”もしくは”イータ”と発音する文字です。

なぜ、このような細かい事に触れるかと言いますと、店名にギリシャ語の”Kairos”を使った限り、カフェを英語表現の”Cafe”ではおかしいからです。つまり、店名においてもキチンと細部に渡って拘っておられるお店だということです。

さて、玄関で出迎えてくれた”ミーアキャット”は、アフリカ南部のサバンナに生息している。

数家族で行動を共にしながら生活しているが、彼等は多くの時間、一斉に後ろ足だけで立ち上がり、サバンナを吹き抜ける風を感じながら周囲を注意深く観察して過ごす。

”ミーアキャット”がサバンナで何を考え、何を感じているのか、彼等の体感時間をワタシもこのお店で共有してみる事にした。

ランチメニュー3
さて、選んだメニューは5つあるランチメニューの中の”ふわとろオムライス”を頼んだ。お値段は800円。


お店の中は、ファットマンサンが遭遇した”爆音付女子会”こそなかったが、やはり女性客が圧倒的に多い。


もちろん男性の一人客はワタシだけだった。


ランチメニューに200円プラスすると選べる飲み物が付き、更にそれに100円プラスするとプチデザートが付くという和服姿のフロアー係りの説明を受けたけど、飲み物などはいらないと告げた。

窓の外4
店内は広々とした空間を贅沢に使っている。カウンターの内側には壁で仕切られた厨房があって、ワタシと同年代かな?と思わせるシェフが時々顔をのぞかせる。


カウンター席の直ぐ内側にはイケメンのフロアー係りがいて、サイフォンでコーヒーなどを入れながら店内を見渡して女性のフロアー係りに適宜指示を送っていた。中々訓練がいき届いている。


ワタシは一人で行ったけど、カウンター席でも4人がけのテーブルでもお好きなところにどうぞ!と案内された。


カウンター席には、お洒落を絵に描いたようなカップルが談笑されていたので遠慮して4人掛けに座った。


その窓の外にも、こうやってお洒落な装飾が施されている。

56
こちらが、ランチメニューについているスープとサラダ。


全体に女性仕様なのか、こじんまりとして可愛い。


女性のフロアー係りは、今時珍しい和服姿。3人は数が確認できた。これは秋葉原の”メイド喫茶”か?


「何時も和服姿なんですか?」と聞いてみると「いえ、ワンピースの日と、両方あります」というお答え。


このお店の目差すもには一体何だろう?”ミーアキャット”の様に店内をキョロキョロ見回しながら考えた。

オムライス上7
こちらが”ふわとろオムライス”と名づけられたもの。


なるほど、言葉通りフワフワトロトロの卵で包まれたオムライス。その周りをデミグラスソースが廻しかけられている。そして筋状の生クリームが、彩りを添えている。


見た目はパーフェクト。目で楽しめる。

オムライス8
横から見ると、このオムライスの小山、けっこう高い。量は女子仕様を少しオーバー目か。


フワフワトロトロとしか表現の仕様がないほど完璧な卵の表面は、艶(つや)やかに照り輝いている。


ここにスプーンを入れて、形を崩すのが惜しいくらい綺麗。

オムライス9
でも食べないと話にならない。


それで食べてみた。オムレツ部分は上出来だった。


でも、オムレツ生地の内部のチキンライス部分が、パサパサで味気なかった。


「ん???」これは?このチキンライスは何????っと、”ミーアキャット”の円(つぶ)らな目には敵わないけど、目を大きく見開いて観察した。

断面10
「そうだ!これは、デミグラスソースを混ぜ入れ食べるんだ!」ということに気がついた。


すると、凡庸だったチキンライス部分が俄然蘇(よみがえ)った。このデミグラスソースは逸品だった。


もしこのお店のメニューにビーフシチューがあるとしたら、多分唸るほど旨いに違いない。


ビーフから滲み出した深くてコクがあるデミソース、これが全ての味の決め手だった。


食べ終わろうとした瞬間「もしよろしければどうぞ」と言って、フロアー係りの女性がサイフォンで入れた、香り高いコーヒーを持ってきた。飲み物は注文していない。


カウンター内側のイケメンスタッフをチラッと見た。すると、彼の顔が微(かす)かに微笑んで、目で「美味しいコーヒーをお召しが利下さい!」と言っていた。


このお店での体感時間、思った以上に深く長かった。




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「再訪67 ラ・メール」・「愛媛グルメ紀行」 422

今日は”再訪シリーズ”67番目のお店をご紹介しましょう。


それは昨年7月22日に、”愛媛グルメ紀行”シリーズの93番目のお店としてご紹介した、伊予市双海町串にある”ラ・メール”さんです。(「ラ・メール」 真っ当な「B級グルメ店」 92


場所は伊予灘を望む国道378号線、通称”夕焼け小焼けロード”沿いにあって、”夕日の見える公園”と並んでこの地方の名所の一つです。

玄関1
こちらがお店の概観です。ログハウス造りのお洒落なお店です。


目の前の国道378号線が拡張される前からこの地にあって、開業して23年が経過する。


通称”夕焼け小焼けロード”の顔のようなお店です。


”愛媛グルメ紀行"シリーズを書き始める前から、もう幾度となくお訪ねいています。妻との思い出のお店でもあります。


当然再訪リストには載せていたお店ですが、ブログ友:ファットマンさんの10月19日の記事「ラ・メールでカツカレー(だるま夕日付き)」を拝見して、その日に迷わずすっ飛んでいきました。

海3
こちらが、お店の海に向かったカウンター席から見た伊予灘の海です。


お店の外にはテラス席も用意されていますが、この季節、外での食事はやや寒い。


伊予灘を望みながら、ユッタリした気持ちでランチをいただきました。

店内2
店内はログハウス仕様の内部で、ややごつごつした力強い柱組と板張りの壁との空間に、様々な装飾品が所狭しと飾り立てられています。


椅子もテーブルの全て木作り。無骨で、洗練という世界とはやや趣を事にする独特の空気感が漂っているお店。

セットメニュー4
ワタシがこのお店に来て、何時もいただくメニューは”4種類あるピザの中でも決まって”ガーリックピザ”お値段750円です。


このお店のピザ生地(ドウ)の薄さが第一のお気に入り、ガーリックとオニオン、それにとろけるチーズだけをパリパリトロトロに焼き上げられているシンプルさが第二のお気に入り。オニオンとニンニクとチーズの芳しい香りを楽しみながらいただきます。


ところが、今日は敢えてもう一つの看板メニューである”グラタン”も外して”メールセット”(日替わり)820円を注文しました。


多分初めて頼むメニューでした。

ランチ上5
これが当日の”メールセット”で、内容はエビフライとオムレツのメニューです。


ご飯は減らしてもらいました。その他には、味噌汁と小鉢(茄子の煮物)とサラダにミカン半分。


こうやって改めて見ると、レストランの料理というより、喫茶店で出されるランチに近い。


これで820円というのは、高いと思いました。実にありきたりというか、どこでもこの程度のランチは目にすることができる。

ランチ6
もちろん、”オムレツ”はフワフワトロトロで、デミグラスソースが一筋掛けられていて綺麗に仕上げてある。


ややメタボ気味な”海老フライ”は、実に香ばしく揚げられている。”海老フライ”にはタルタルソースが。


味噌汁は、特にどうというところはない。


何度見ても、そして香りを嗅いでも、食べても・・・・・・特筆すべきところは全くない。

茄子煮物7
ナスの煮物。上手に煮含められていて、当然美味しい。でもそれ以外に書くことは特にはない。


何故だろう?何が足りないのだろう?何時もこのお店で食べるときの、何かしらの心のうねりが出てこない。


店内には、家族連れのお客さんが他に2組。真夏のシーズンが終わったから、この地域は今シーズンオフ。


その静けさ、宴の後の空疎感なのか?食事をする、喜びと言うかときめききらめきが全く伴わない。

オムレツ8
オムレツ”だって、丁寧に作ってある。オムレツはジャガイモと挽肉とニンジンを丁寧にネタに纏(まと)め上げて、タップリでなおかつフワフワの卵で巻いてある。

下の画像の海老は、頭から尻尾までバリバリ言わせながら一気に食べた。

もちろん美味しくないはずがない。でも、でも心が騒がない。

そうだ!なぜ心が騒がないのかが分かった!!実に単純な事情だ。今日は一人で食べているからに過ぎない事に気がついた。

これまでは、このお店に一人で来た事などなかった。必ず誰かしらと来ていた、それが妻であったり友人であったり。

もちろん、もう400店を越えた”愛媛グルメ紀行”シリーズ、ほとんど一人で食べてきた。

だから、一人で食べることが淋しいとか虚しいとか物足りないなどとは只の一度も思ったことがない。

でも、このお店では物足りなさがづっと続いた

海老9
このお店とロケーションが似ているお店での食事を思いだして考えてみます。

例えば、今年7月30日にアップした北条の”アトリウムカフェ 夢うらら”さん、斎灘(いつきなだ)を臨みながらランチをいただいた。

このお店は初めてのお店でしたので、どういうお店なのかと言うことを観察するために神経を集中させていた。

お料理に唸るという事はなかったけど、心が満たされないなどとは感じなかった。お店を観察するため神経が研ぎ澄まされていたから。

次は、今年10月19日にアップした北条の”アイビーハウス”さん、ここでも斎灘を眺めながら”ゴ-ルデンカレー”をいただいた。このお店は何度もお伺いしていますから、何かを集中して食事をしたわけではない。

でも、いただいた”ゴールデンカレー”の出来が素晴らしくて、カレー好きでもないワタシが夢中でいただいた。カレーに引き付けられて、心に空間が出来る余地は全くなかった。

この”ラ・メール”さんと上の三店は、ロケーションに共通点がある。その中で”ラ・メール”さんにだけ満たされないものが残った。

結局は、お料理のパワーが足りなかったということでしょう。ただ、今までは、それを会話できる相手で、そして会話の盛り上がりで補っていたという結論か?

でも恐らく、お気に入りの”ガーリックピザ”であったらこうはならなかったに違いない。

ワタシは土日祝日を除いて、ほぼ毎日違ったお店に行ってお昼をいただいている。何時だったか、ある方のコメントに「毎日色々なお店に行けていいですね、羨ましいです」というのがあった。

確かに恵まれた環境にいることは間違いない。でもお昼は、空腹を満たすというより”取材”を目的として食べ歩いている。

ですから、味わって料理をいただくとこは当然として、全神経を集中して周囲を観察しながら食事をし、それを毎日記事にまとめています。

だから、たまには”取材”を伴わない、つまり記事にまとめなくてもいい”普通の食事”がしたくなることもある。

その時は、お気に入りのお店でお気に入りのメニューを、頭をカラッポにしていただく。つまり、そのときにいただくメニューは、何も考えなくても、誰かと一種に食事をしなくても十分に心満たせる食事でないと意味がない。

今日、”ラ・メール”さんで食事をして心満たせなかったことで、料理と言う世界の深さと言うか、複雑と言うか、状況次第で味も感想も全く違ったものに成り得ると言うことを様々に考えさせられた。




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「カザハヤラーメン改め三宝亭」・「愛媛グルメ紀行」 423

今日は今までに二度アップした、北条の”カザハヤラーメン”さんが、今月中旬に元々の業態である”中華料理店”に戻り、しかも店名も元の”三宝亭”に戻っているとお聞きして早速駆けつけました。

その情報を頂いたのは、時々コメントをいただく”謙介”さん。それは一昨日のことです。

そこで、昨日早速飛んでいったという分けです。

何しろ”カザハヤラーメン”さん”は、ワタシがまともな”塩ラーメン”に出合った最初のお店で、たった一度の訪問でたちまち虜になったお店です。最初の記事は、今年の3月5日、”愛媛グルメ紀行”239号としてアップしました。

更に、今年の7月11日に”再訪シリーズ”の4番目のお店として採り上げて、そこで衝撃的な”冷たいスープチャイナパスタ”と出合ったお店なのです。

そのお気に入りのお店が業態変換をしたと聞いて、心配8割、期待2割ですっ飛んでいったというわけです。

看板1
この看板も、すっかり”中華料理”のお店に衣替えされていました。

ワタシは通常1ヶ月先のブログを書いています。そうしないと、毎日アップは続かないからです。

人間、体調を崩すことだってある、身内が不幸に会うことだってある。だから、少なくとも30日分の記事はアップの準備をしておかないと毎日定時のアップは続きません。

ですから、昨日取材に訪れた”カザハヤラーメン改め三宝亭”さんも通常のサイクルであれば年末近くのアップになります。

ですが、これは翌日アップさせたい、その思いがワタシの頭を支配したのです。

玄関2
ですからこの記事アップは緊急です。異例です。400号を越えるこのシリーズで初めてのことではないかと思います。その理由は後ほど。

 

駐車場は7割がた埋まっていました。それを見ただけで「あ~よかった!」と、少し安堵の胸を撫で下ろしました。

お知らせ3
玄関ドアを開けて店内前の踊り場に入ると、上の画像の手書きの”お知らせ”が張り出されていました。

そこには、昨年”カザヤハラーメン”というお店をオープンさせて以来のお客様に対する経過の報告と、今後の決意が示されていました。

この”お知らせ”にあるとおり、元々は松山市の旧空港どおり近くで17年前に”三宝亭”という中華料理店からスタートされました。

そして、美味しいラーメンをお客さんに食べていただきたいという店主さんの強い願いで、奥様の郷里である北条は風早の里に、昨年8月に”カザヤハラーメン”を開店されたのです。

それから1年と3ヶ月、志半ばして元々の業態に戻された。どういう事情があったのか、何れにせよお店に入りました。

厨房4
”カザハヤラーメン”時代と変わらぬ厨房で、店主さんが大忙しで料理を作っておられました。

ワタシはこのお店が3回目です。厨房が見通せるカウンター席に座りました。

店内は、宴会が出来る小上がりの座敷席以外はほぼ満席でした。

店主さんが厨房の中で振り向かれた瞬間に、カウンター席にワタシが座っていることに気付かれたのでしょう。

ワタシと視線を合わすなり「ごめんなさい」っと、一言言われて会釈されました。その「ごめんなさい」の言葉の意味を知ったのはもう少し後のことでした。

メニュー5
お客さんの多くは、週の曜日によって決められている”日替わりサービスランチ”680円を注文されていました。

メニューを仔細に見て、「こだわりの三宝亭の天津飯」と区分された4種のメニューの中から、更に「さらに イチオシ 麻婆あんも 新たに登場」と書かれた”天津飯麻婆あんかけ”を注文しました。お値段は780円です。

奥様は、ワタシがカウンター席に座っていて注文をした時も、決して表情を和らげず、淡々と対応なさいました。

「あれ?奥様はワタシだと気が付かれないにかな?」と、そのときはややいぶかしく思いました。それが間違っていたことは、直ぐ後に分かりましたが。

とにかく、客席がいっぱいの上に、お客さんが次から次へと入ってこられる。

奥様はそれらの対応に没頭されています。

八宝菜ランチ6
この画像が、当日の”日替わりサービスランチ”です。

次から次へと客席に運ばれていきます。

そしてやっと一段落した時に、ワタシの注文した”天津飯麻婆あんかけ”が出来上がって奥様がカウンター席にそれを運ばれてきました。

天津丼麻婆あんかけ7
その時です。奥様の顔が一気に緩み、瞬間で笑顔に変わったのです。一気に話し始められました。

「今日はどうもありがとうございます。実は先日、主人の恩師がお店にいらっしゃっていただいて、”カザハヤラーメン”のことをすごく褒めていたブログがあるけど、見たか?」と言われたのです。

「先生は時々お店に来ていただいていて、随分お世話になっている方です」と奥様。

「そこで、私たちはブログは見ていませんとお答えした時、主人が急に、アッ あの方や!」っと気がついたのです。

「すると、先生はその後に何十枚ものブログをプリントアウトしたものを持ってきていただき、二人で読みました」っと、ここまで奥様が一気に。ワタシが座っていたことは百も承知で、話を切り出すタイミングを見計らっておられたのです。

すると厨房の奥から店主さんが満面の笑みをたたえながら「うちのこと、ずいぶんよく書いていただいて、ありがとうございました」と仰いました。

「ワタシは美味しかったから美味しいと書いただけで、美味しくなかったらそうは書きません」と言いますと。

「それは何十枚ものブログをプリントしていただいて、拝見しましたから分かっております」と。

卵スープ8
「それにしても皮肉ですね、カザハヤラーメンの時よりお客さんが遥かに多い」とワタシが笑顔で話しかけました。

「まだ開店して間がありませんから」とご主人が応えられます。

「この”天津飯麻婆あんかけ”ですねー、ワタシは初めていただきました。これはいけますね!」と大きくうなずきながら店主さんに話しました。

すると、奥様が「あの時の”塩ラーメン”はメニューに残しました、何時でも召し上がっていただけます。しかも味も更に改良しました」と笑顔が広がります。

「では、2回目に来た時に衝撃の出会いだった”冷たいスープチャイナパスタ”はどうされました?」とお聞きしてみました。

すると奥様は「あれはコストと仕込が大変で、今回はメニューから外しました」と応えられました。

そのとき店主さんが、やや照れ笑いを浮かべたようにお見受けしました。開口一番の店主さんの「ごめんなさい」の気持ちが、その笑顔に見て取れました。

横9
それにしてもまあ見て下さい、この堂々とした”天津飯麻婆あんかけ”の佇まい。気品に満ちているではありませんか。

食べてみました。「ウフフ・・・・」もう声になりません。麻婆豆腐の上に甘い甘酢餡がタップリ惜しげもなく廻しかけられています。

中の天津飯の卵はプルプルプリンプリンで、実にしっとりと御飯に馴染んでいるではありませんか。

「ご主人、この天津飯は麻婆餡によく合いますねー!」と言いますと。

「ええ、日本人は卵が好きですから、この”天津飯で色々な味に挑戦してみようと思っています。例えば〇〇〇味もやってみたいし、□□味も実は考えているんです!」と、目をキラキラ輝かせて夢を語る店主の表情、実に楽しそうで頼もしい。

〇〇味や□□味は、店主さんの胸の内に本来は秘められているはずの秘策です。ここでそれを書くことはルール違反になりますので書きません。

断面10
ネットリとした濃厚な麻婆甘酢餡、トロトロ卵、しっとり餡に馴染む御飯、ちょこっと刺激的な唐辛子の秘められた存在、それらが渾然一体をなす、実に名品を、再開した瞬間から繰り出す。

しかも、この店主の研究熱心さはよく知っています。たまに採算を度外視したものも考え出すけれど、その軌道修正は実に素早く、しかも潔い。

北条で”ラーメン専門店”は、マーケットの読み間違い。確かに飛びぬけて優れた”ラーメン”を出された。

でも、幾らそのラーメンがずば抜けて美味しいからと言って、そのラーメンをわざわざ松山から食べに行く人がどのくらいいるか?

するとこのお店の主戦場は、この北条だという現実に気が付かれた。

北条という狭いマーケットであれば、ラーメンと言う単品ではなく、客が求めるものに幅広く対応したほうがいいに決まっている。

ラーメン専門店を目差したけれど、それは自らがマーケットを狭めたことになることに気が付かれたのでしょう。

そして、それにいち早く対応されたこの柔軟性。そして中華料理職人としての確かな腕。更には飽くなき探究心。そして奥様との二人三脚。

「これなら、間違いなく成功しますよ!北条でこのお店のライバルとなり得るお店は〇△店さんだけです。それ以外にはこのお店に敵うお店はありません」とワタシ。

すると奥様が「さっそく敵情視察してみます!」と、力強く応えられた。

「また記事に採り上げさせていただきます」と応えますと、奥様満面の笑みで「ええ、また先生がプリントしてきていただけると思います」と。

お互い、力強い笑顔で挨拶し、お店を後にした。心配だった8割は杞憂に終わった。

残りの期待2割だったものが、一気にマックスになった!

情報提供いただいた”謙介”さん、本当にありがとうございました。

今日の記事アップは、毎日7時アップから1時間近く遅れました。

今、やっとこの記事書き上げました。

今からアップします。アップ時刻、遅れたことをお詫びします。




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村上水軍と河野氏・「家紋」を巡って 1

今年の5月3日から6日までの4回に分けて「しまなみ海道と村上水軍の歴史」という題で、「愛媛の歴史」の一端を書きました。(しまなみ海道と村上水軍の歴史 1

また、「伊予の豪族河野氏の歴史と善応寺」という題で9月15日から17日までの3回に分けて、「愛媛の歴史」シリーズに付け加える意味で書きました。(伊予の豪族河野氏の歴史と善応寺 1

本日からの3日間と、来週の土日(12月1日と2日)の2日間、合計5日間で、上2回のミニシリーズで書き残したことを補う形で、「伊予国中世史」の隙間を埋めてみたいと考えています。

「伊予国」の中世期を語る前に、それより以前の古墳時代から平安時代までの「伊予国」の状況をまとめておきましょう。

「伊予国」で一番古い記録に残っている豪族は”越智氏”です。つまり”越智氏”が伊予では最も早く勢力を成した一族で、”越智郷”(現在の今治市国分付近)が出自(自分の祖先)とされています。

また”越智氏”は、元々、「小千」「小市」「乎千」などとも記され”国造家”(くにのみやつこけ=古代日本における地方官)に端を発する、古代から続いて中世期までその影響力を誇った伊予の名族です。

越智氏”の出自とされる”小市国造”(おちの くにのみやつこ)は、実在性が濃厚な”天皇”の中では最古と言われる”応神天皇”の時代の記録に残っています。時代で言うと”古墳時代”のことです。

越智氏”の最盛期は奈良時代から平安時代で、当時の勢力範囲は、最近の研究では「伊予国」の東予地域から南予の宇和地域(ワタシの郷里)までと、今の愛媛県の広範囲を支配下に置いていました。

また”越智氏”は、奈良時代から平安時代にかけて、”平安京の宮廷”でも上位の役人を勤めたり、大宰府で国の外交を担い、文化の件でもその時代の中心勢力として活躍しました。

乎知手植え楠
こちらの大楠は”大山祗神社”にある”乎知命(おちのみこと)手植え楠”といわれ、御神木でもあります。樹齢は2600年。ここでも”乎知”の名前が出てきます。

また”越智氏”と同族だと言われる”新居氏”は、今の西条市近くで勢力を誇った名族で、平安期に全盛期を迎えた一族です。

その”新居氏”は、実は”相撲人”として世の中に出た一族です。”相撲”は、現在の”相撲”とは全く地位や役割りが違っていた時代です。”相撲”は、平安朝の宮廷で年に一度開かれた”神事”です。

ですから”相撲人”になるには、単に力が強いというだけでなく、各地の名族でないとなれない、神職に近い職でした。

新居氏”は、東西で1名ずつ合計2名いた、今で言う”横綱”の”西の横綱”を張っていた名族です。その”新居氏”は、当時「伊予国」第一の名族”越智氏”を名乗ることで、自分の出自を高め、越智氏も”新居氏”の宮廷での役割りを配慮し”越智氏”を名乗ることを許したのではないかと考えられています。

そして、越智氏や新居氏から後の、平安時代後期から室町時代まで伊予国第一の豪族になった”河野氏”も、古代からの伊予国随一の名族であった”越智氏”の一族を名乗って、自分の出自を越智氏にあやかった時代があったということでしょう。

以上のことを念頭に置きながら、「伊予国」の中世期を概観してみましょう。

「伊予国」の中世期を語る上で、見逃すことが出来ないのが”村上水軍”と”河野氏”、それと伊予古代以来の豪族”越智氏”で、それらの関係を語ることで5月と9月に書いた伊予国中世期の隙間が少しでも埋められるのではないか、というのが本稿の狙いです。

つまり、伊予古代以来の豪族”越智氏中世期に伊予国で一番の勢力を誇った”河野氏中世期に瀬戸内海の制海権を握って活躍した”村上水軍=村上氏”の関係を”家紋”をキーワードに見てみようということです。

それを考える上で外せない位置にいるのが大三島にある”大山祗神社”(おおやまずみじんじゃ)です。

何故なら、越智氏も河野氏も村上氏も共に”大山祗神社”を氏神とし、相互に影響を与え合い、更には自家の”家紋”に”大山祗神社の神紋”を用いているからです。

なお、大山祇神社の社家は”三島大祝家”と呼ばれ、伊予小市国造(いよ おちの くにのみやつこ)の越智氏の後裔であり、河野氏とは先祖を同じくする同族であるとも言われています。

ただし、村上水軍の村上氏の家紋は””を用いていますが、それは後で述べます。

大山祗神社折敷に縮三文字5
上の画像は、”大山祗神社の神紋”です。この”神紋”は”折敷に縮三文字”と呼ばれるものです。

折敷”(おしき)とは、四方に折り縁を付けた角盆・隅切盆のことで、神饌(しんせん=神社や神棚に供える供物の事)を盛る器のことです。

善応寺折敷家紋12
上の画像が”折敷”(おしき)です。この折敷は河野氏の氏寺”善応寺の折敷”です。

また”折敷”(正八角形)の中の「三」という文字の形の違いで、”折敷に波三文字”・”折敷に角三文字”・”折敷に縮三文字”と”角切三”の四種ありますが、大山祗神社の神紋は”折敷に縮三文字”と言って、「三」の文字の中央部分が上に盛り上がっているのが特徴です。

村上水軍船印22
上の画像は”村上水軍”の”船印”(ふなじるし)です。ここには”村上家”の家紋である””の文字が見えますが、その上部には四種の”三文字”の内の”角三文字”と呼ばれる文字が見られます。

村上水軍”の起源などは、5月に詳細を書いていますのでそちらを参照していただければありがたいです。

つまり”村上氏”は、地元の古来よりの豪族”越智氏”や、新興勢力的な”河野氏”とは姻戚関係や、時にはその配下に編入されたり、逆に叛いて争ったりと、中世の時代に伊予の地で深い影響力を持った一族です。

ですが、自らの出自(自分の祖先)は、天皇家を祖とする”源氏”の一族であるという系譜を作って、一族の氏神である”大山祗神社”の”神紋”を家紋とすることとは一線を画したいと考えたのかも知れません。

なお、この時代は勢力を得て豪族にのし上がる過程で、どの氏族も自分の出自(自分の先祖)を権威付けるために、ほぼ例外なく”源平藤橘”(げんぺいとうきつ)のどれかを自分の祖先だとして家系図を作ったものです。

”とは源氏のこと、””とは平氏のこと、””とは藤原氏のこと、そして””とは橘氏のことで、この四姓は日本における貴種名族の四つのことです。

ですから”村上氏”の出自も、系図自体の真偽ということになりますと、上の例に漏れないものでしょう。

また”大山祗神社”の神官の方にお話をお伺いしたところ、”村上氏”は船印としてを使っていましたが、同時に”折敷に縮三文字”の家紋も使っていたのではないかと推論されていました。

その根拠として、”村上氏”は豊臣秀吉の”海賊禁止令”によってその命脈を絶たれましたが、その後僅かに命脈を繋いだ周防(山口県)の”村上氏”の一族は今でも”折敷に縮三文字”の家紋を使っていると話されました。

善能寺家紋13
上の画像は、”河野氏”の氏寺である”善能寺”の”寺紋”です。この河野氏の氏寺である”善応寺”も”折敷に縮三文字”を使っています。

”善応寺”のことは9月に詳しく書いておりますので、そちらをご参照下さい。(伊予の豪族河野氏の歴史と善応寺 2

この中世期(平安時代末期)に伊予では一番の豪族にのし上った”河野氏”が正史上に姿を現したのは、今から約830年前の治承5年(1181年)。

それは「吾妻鏡」(あずまかがみ)に「治承5年2月、伊予国住人”河野四郎越智通清”(みちきよ)が反平氏の兵をあげ伊予国を押領したという聞こえがあった」と記されています。

ここで着目すべきは、”河野氏”はその勃興期において伊予の古代以来の豪族であった”越智氏”の姓を名乗っていることです。

”河野氏”も勢力を得ていく過程の一時期、伊予古来の名族である”越智氏”を名乗り、自分の出自に権威を付けたかったということでしょう。実際は、”越智氏”と”河野氏”の関係を証明する資料はありません。

宝巌寺賽銭箱家紋18
上の画像は、松山市道後湯月町にある”宝厳寺”の賽銭箱に示された”寺紋”です。この寺も”折敷に縮三文字”を使っています。(道後「宝厳寺」の春

それも当然です。この”宝厳寺”は”時宗”の開祖”一遍上人”の生誕地で知られています。

その”一遍上人”とは、伊予(今の愛媛)の中世の豪族”河野通広”の第2子です。

しかも”宝厳寺”を建てたのは、伊予の豪族である河野一族の”得能通網”であるというつながりがあるからです。

なお余談ながら、近代俳句を開いた伊予松山出身である”正岡子規”の家は家紋に「三つ引」を用いたとされています。

正岡家も河野氏の分れなので「折敷に三文字」が変形して「三つ引「になったものだといわれています。

大山祗神社瓦神紋 善応寺瓦寺紋
上の左側の画像は”大山祗神社山門鬼瓦”の神紋です。この神紋が全ての始まりです。今日触れてきた、越智氏、河野氏、村上氏の氏神(うじがみ)です。


上の画像の右側は、”河野氏”の氏寺(うじでら)である”善応寺の鬼瓦”です。両方とも大山祗神社の神紋である”折敷に縮三文字”を使っています。

宝巌寺瓦寺紋 三島神社寺紋
上の左側の画像は、河野氏の一族である”一遍上人”誕生の地に建てられた”宝願寺の鬼瓦”です。


上の画像の右側は、ワタシの郷里、西予市野村町にある”三島神社の鬼瓦”です。上の何れも、大山祗神社の神紋”折敷に縮三文字”を使っています。


全国津々浦々に広がっている”大山祗神社”の分社”三島神社”は1万社余りを数えます。


いま、「折敷に三文字」あるいは「三文字」を家紋としている家は、まず河野氏と関わりがあるものと思うことが妥当でしょう。

兵頭家家紋
と、ここまで原稿を書いた後、11月3日に母の納骨をしました。石材店に来てもらって納骨室を開けてもらって、納骨を済ませ兄弟やワタシの息子や甥や姪と墓の前に立ち、手を合わせたその時です。

上の画像が目に飛び込んできました。

この我が家の歴代墓の墓石は、生前に父が(平成7年3月)松山の石手寺霊園に立てたもの。

そして、父の納骨は今年の6月に済ませました。その時にもこの”家紋”は全く目に入らなかったのです。

我が家にも”家紋”があることなど想像もしていませんでしたし関心も全くなかったから、この家紋が目に入らなかったのです。

ところが、今回の記事を書くに当たって”河野氏”の家紋などを調べていて、母の納骨を終えた時突然この家紋が目に写りました。石材店に聞くと、石材店が勝手に家紋を墓石に彫りこむことなどありえないといいます。

ということは、父が指示して掘らせたものとしか考えられません。

この家紋は、”折敷に角三文字”と呼ばれる家紋です。

なぜ、”我が家の家紋”に、”河野氏”の系列の家紋を使っていたのかは、我が一族の最長老であった父が亡き後は、誰もその事情が分かりません。

想像するに、単に野村町の”三島神社”の氏子だったからか?。

越智氏も河野氏も”大山祗神社”の氏子でしたから、大山祗神社の神紋を自家の家紋としたように。

でも、そうすると西予市野村町の”三島神社”(大山祗神社の分社です)の神紋は”折敷に縮三文字”ですから、我が家の家紋”折敷に角三文字”はやや違います。

謎が残りました。


この、ちょっと「ややこしい話」は明日と明後日、更には来週の土日と続きます。




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村上水軍と河野氏・「家紋」を巡って 2

今日も村上水軍と河野氏との関係を語ることで、「伊予国中世期」の歴史の隙間を埋めてみたいと思います。


特に、今日はもう一度”村上水軍”の軌跡(きせき=村上水軍の行動等の発展の跡)を辿ることで、愛媛の中世期の姿を俯瞰(ふかん=高い所から見下ろすこと)してみましょう。


”村上水軍”の歴史は、今年の5月3日から4日間に渡って概観しました。(しまなみ海道と村上水軍の歴史 2


それを少し振り返りますと、”村上水軍”が歴史上姿を現し、瀬戸内海の制海権を握るに至った出始めは”後期村上氏”といわれ、それは能島・来島・因島の”三島村上(さんとうむらかみ)水軍”をいいます。その三家とも、いずれも”村上師清”よりはじまるといわれています。この師清の子三人から三家が分立したとされています。

村上水軍鬼瓦19
上の画像は、”村上家”が屋代島(山口県大島郡)和田村に移転した後の江戸時代中期、浜御殿約1500坪の間に設けられた道場の屋根の”鬼瓦”です。この鬼瓦に”村上氏”の家紋であるの文字が見えます。


なおの上下にある瓦には”巴紋”(ともえもん)が刻まれています。この水が渦を巻いているような巴紋は、水に関する模様であることから、平安末期の建物に葺かれた軒丸瓦などに火災除けとして、巴紋を施したことに始まる瓦の文様です。


この鬼瓦は平成12年に解体されたのを期に、村上三島(むらかみさんとう)水軍資料館に納められています。


さて、三島村上(さんとうむらかみ)の三家がいずれも同じ一族の兄弟に出自するというのは、あまりにもつじつまが合いません。こうしたことは、伊予の有力豪族”越智氏”を祖とするといわれる、河野氏・新居氏・別宮氏の三氏についても、同族を証明する資料はありません。


これら系図の真偽は別として、中世期から戦国期に活躍した伊予国中東予の有力豪族達は、伊予では最古の豪族”越智氏”の同族を名乗ることで、自分の出自(自分の祖先)に権威をつけようとしたことは間違いないでしょう。

村上水軍羽織20
こちらは”村上水軍羽織”です。室町時代に入り、瀬戸内海に群立していた海賊衆は、次第に”三島村上氏”によって組織化されていきます。(しまなみ海道と村上水軍の歴史 3


この頃から、伊予最大の豪族となって勢力を急速に拡大していった”河野氏”と、”村上氏”との関係に微妙な関係の変化があらわてきます。


室町時代に入って、当時の”河野氏”は、南北朝時代の守護大名であった”細川氏”の侵攻に悩まされていました。


この細川氏というのはは南朝に組していて破れ、細川氏の地盤である阿波へ逃れ、さらに讃岐へ移っっていた古い名門守護大名の流れです。


しかし河野氏は細川氏の讃岐勢の侵攻に悩まされつつも、鎌倉幕府勢力を背景に守護支配を展開する体制が確立した時期でもあります。

村上水軍旗21
上の画像は”村上水軍旗”です。村上氏の家紋である””と、”大山祗神社”の神紋、”越智氏”や”河野氏”の家紋の”縮三文字”の別の形、”角三文字”が印されています。


この頃の村上氏は、河野氏を主家と仰いで提携しつつ三島村上氏体制を整えていきます。


特に”来島村上氏”は、現在の今治市波止浜の来島に本拠を置いていて、本拠が伊予本土に接近していることもあって、伊予国沿岸部にも基盤を持っており、その関係で三氏の内では最も河野氏と密接な関係にあり、早くより河野家臣団に組み込まれていました。


なおこの”来島村上氏”は、後に他の二家の”村上氏”とは袂を分かち、”村上通康”、”通総”の時に全盛期を向かえました。しかし関が原の闘いの時は毛利氏の下で西軍に付いたので、伊予から海とは無縁な山の中、豊後森(大分県玖珠郡玖珠町)に転封され、のち姓を”久留島”と改めています。

海賊正業絵23
さて、”三島村上氏”の中で最も勢力を拡大し、事実上”海賊大将”の地位に上り詰めたのは”能島村上氏”で、海賊衆としての性格を最も色強く持ち、その実力も飛びぬけて優勢でした。


ですから”能島村上氏”は、河野氏を主家とは仰いでいましたが、そのつながりは余り強いものではありませんでした。


そして、”能島村上氏”から”村上武吉”(たけよし)が出るに至って、”能島村上氏”は瀬戸内海の覇権を握るに至ります。(しまなみ海道と村上水軍の歴史 4


更に、周防(山口県)の”毛利元就”が中国地方の雄として史上に登場する契機となった、陶晴賢(すえはるかた)との”厳島合戦”で毛利元就の要請を受けて船団を派遣した”村上武吉”は、毛利氏の軍団に組み込まれていきます。それらの経過は5月3日からの4日間で詳しく書きました。


しかし村上武吉の活躍によって、河野氏は中国の雄となりつつあった”毛利氏”との提携関係が生まれます。

この具体的成果は、永禄10年(1567年)早速現れます。この年”河野通宣”は、”喜多郡の宇都宮氏”と”土佐国幡多郡一条氏”の連合軍と戦っており苦戦していました。(この内喜多郡の宇都宮氏とは、元は下野国・今の栃木県宇都宮市を出自とする大族で、その氏族は全国に散らばっています。伊予の宇都宮氏は九州豊前国から来た一族です)

上の”喜多郡の宇都宮氏”と”土佐国幡多郡一条氏”の背後に控え彼等を操っていたのは、伊予国を狙っていた土佐の”長宗我部元親”(ちょうそかべ もとちか)です。このことは明日以降に触れます。

そこで、河野氏は毛利氏に援軍の要請をし、毛利氏も支援の出兵を決定し、翌永禄11年”鳥坂峠での合戦”で河野・毛利連合軍は大勝利をおさめました。”鳥坂峠”(とさかとうげ)は、西予市宇和町と大洲市を挟む峠です。

能島近影25
上の画像は、”能島村上氏”の本拠地であった”能島”の現在の姿です。


現在は、島の上を通る”しまなみ海道”の橋梁の下でひっそりと息を潜めているかのようです。


でも、この小島に”村上武吉”が君臨し、瀬戸内海全体に睨みを効かせていた”能島城”が建っていました。


しかし、この頃”能島村上氏”の総帥である”村上武吉”からその子息である”元吉”への家督相続問題などが発生し、次第に勢力を弱めていきます。

能島城絵26
上の画像は”能島城”の推定復元図です。


更に”三島村上氏”相互の間に、様々な争いが起こります。


その中には、河野氏と村上氏(来島村上氏である村上通総)との間で、河野通直の後継者問題を巡る離反劇などもあり、疎遠になっていきました。


しかし、そういう同族間の争いや、狭い四国島内の勢力争いなど何の意味も意義も持たなくなる、日本の歴史上でも大きな転換期を迎えます。


それは”織田信長政権の誕生”と、”本能寺の変”、更には”豊臣秀吉の日本国統一”という大事業が進展するなど、四国島内のチマチマとした勢力争いなど何の意味もなくなる歴史の大変動(中世期の終焉近世期の始まり)です。


河野氏も村上氏も、その他伊予の各地でお山の大将的部族長(一応、城や砦の主だった)だった者たちも、”豊臣秀吉の四国攻め”で、あっという間に崩壊、倒壊していきます。


四国が秀吉によって制圧されていく過程は、隣の国、土佐の”長宗我部元親”(ちょうそかべ もとちか)のことに触れつつ明日以降の3回で書きます。




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村上水軍と河野氏、そして土佐の長宗我部氏との関係 3

今日と来週の土日では、日本史上の”中世期”の四国の状況を、お隣の「土佐国」”長宗我部元親”の事に触れながら概観していきます。


昨日までの2日間で”村上水軍”と”河野氏”との関係を”家紋”をキーワードにして書いてきました。


今日は、「伊予国中世期」を語る上で決して外すことが出来ない、お隣の「土佐国・長宗我部元親」(ちょうそかべ もとちか)について触れます。


この”長宗我部元親”は伊予の中世期に大きな影響を与えた人物なので、また別の機会に詳しく書く機会があるかも知れません。


今日のところは伊予国に大きく影響を与えたということについて概観しておきましょう。

善応寺屋根11
(上の画像は、北条にある”善応寺”の屋根です。”折敷に縮三文字”の寺紋が瓦に見えます。この画像は、本日の本文とは直接的関係はありません)

まず江戸時代が終わり明治維新がなり、江戸末期、全国に300余りの諸藩がありましたが、明治4年に明治政府がそれまでの藩を廃止して地方統治を中央管下の府と県に一元化した行政改革の一環として”廃藩置県”が実施されます。


その明治4年の廃藩置県の時、四国はどういう状況であったのかを示しておきます。


つまり、阿波国は徳島県に、土佐国は高知県に、讃岐国は高松県と丸亀県の2県に、そして我が伊予国は何と8県が配されました。


具体的には、 西条県、小松県、今治県、松山県、新谷県、大洲県、吉田県、宇和島県です。なぜこのことを敢えて書いたのか。


それは、四国の愛媛を除く他県は江戸時代が始まるまでに既に一国ないしは二国に統一されていたという事実です。


しかし、伊予国は江戸期の幕藩体制が固まった頃に8国に分立したままで、伊予国一国に統一されたことは一度もなかったということも意味します。


但し、たった一度だけ、本稿の最後に書きますが、秀吉の四国攻めが成功し、伊予の豪族河野氏が引退に追い込まれた後、秀吉は”小早川隆景”に伊予一国を与えました。隆景は2年間だけ伊予国を全部統治しましたが、それも2年で終わり、江戸期に入って8国体制が固まりました。


伊予国が実質的な意味で日本史上初めて統一されたのは、明治6年2月20日、石鉄県宇和島県とが統一され”愛媛県”が誕生したときでした。


石鉄県”などというケッタイな県名が作られた経過は、『「愛媛県」は、当初何県だった?』という題で、今年の3月24日に詳しく書いています。(「愛媛県」は、当初何県だった?

宝巌寺本堂15
(この画像は、松山道後にある”宝巌寺本堂”です)

上に書いた、四国内の他の3県は一国ないし二国に統一されていたけど、愛媛県は八国に分立していたということの意味です。


他県も中世期までは各地の有力豪族たちが小さな砦や城を築き、お山の大将的に分立していましたが、戦国時代に一国に統一する有力豪族が現れて、江戸時代が始まる頃はほぼ一国に統一されたいました。(もちろん、他県でも愛媛県のように小国が分立していた県はありました)


例えば、土佐国には”長宗我部元親”が現れるに及んで、土佐一国に統一され、更には四国のほぼ八割までを支配した時代もありました。


つまり土佐は日本史に名を残す英雄が現れ土佐を統一したけど、伊予には遂に一国統一を成し遂げるほどの英雄豪傑が歴史上登場しなかったということです。


それがいいことか悪いことかは別にして、土佐は四国統一を目指して2万人の兵を失うという大きな犠牲を支払う事になりました。


一方、伊予国は他国にまで侵入して他国を呑み込もうなどとは考えたことがなかったために、現在の”温厚”という言葉に象徴されるような県民性を持ったのではないでしょうか。


来週の土曜日は、土佐の”長宗我部元親”のことを、もう少し掘り下げて書きます。


そしてこの5回シリーズの最終回である来週の日曜日には、”織田信長”から”豊臣秀吉”に引き継がれた大事業である”四国攻め”の様子を概観します。



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「再訪68 お食事・中華 大扇」・「愛媛グルメ紀行」 424

今日は”再訪シリーズ”の68番目のお店をご紹介しましょう。


それは、今年の4月27日に”愛媛グルメ紀行”シリーズの276番目のお店としてアップした中華料理店の”お食事・中華 大扇”さんを再度ご紹介します。(「お食事・中華 大扇」・「愛媛グルメ紀行」 276

玄関1
場所は、旧国道11号線(現在の県道松山川内線)を市内から久米に向かって走ると、福音寺町に”ダイキ福音寺店”があります。


そのダイキの前の信号を右折(南に)すると、伊予鉄横河原線の踏切がありますがその手前、道路の西側にあります。


お店の奥に駐車場は用意してあります。


でも、フラッと立ち寄るというより、このお店を知っている方だけがお客さんのほとんど、という感じのお店です。


お店の外見が綺麗なわけではないので、女性の一人客など到底考えられないお店です。

大扇2
前回お伺いしたときは、お母さんと息子さんがやっているとお聞きしましたが、今回も若い調理人の息子さん一人でやっておられました。


店内には、午前11時30分に入り正午にはお店を出ましたが、その間、他のお客さんはいませんでした。


お店の壁には、店名の由来なのか”大扇”が掛かっていましたが、随分煤(すす)けて見えました。


お店は、お父さんとお母さんが始められて、今年で22年か23年経ったでしょうか。

メニュー3
メニューを見ますと、一応”中華料理店”のメニューが大半ですが、後はカレーや野菜炒めうどんなど、街の食堂のような感じもします。


前回ここでいただいた”中華そば”が、意外と言えばお店に失礼になりますが、美味しかった。


スープも麺も、野菜の具沢山(ぐだくさん)もすこぶる美味しかった。


そこで再訪し、今度は”焼きビーフン”を注文した。これは来る前から決めていました。

ビーフン上4
これがその”焼きビーフン”で、お値段は600円(内税)。


ビーフン”(漢字では”米粉”と表記する)は米粉を原材料にして出来ている麺です。小麦粉が比較的寒冷地で出来る作物であるのに比べると、米は南方で出来る作物です。


ですから中国を例に取ると、中国の北京以北の主な穀物は”小麦粉”で、従って麺も小麦粉から出来ています。中国では小麦粉から作られるものを主に””と言い、餃子や中華饅なども麺の仲間です。


それに比べると中国南部からインドシナ半島、台湾に至るまで主要な穀物は””であって、米から””を作ります。


その米から作った麺の代表選手的な存在が”ビーフン”で、台湾の北部にある”新竹市”のものが有名です。

ビーフン5
さて、余談が長くなりました。このお店の作り方を見ていますと、具材である野菜類を中華鍋で炒めて、その間に乾麺のビーフンをお湯で湯掻きます。


湯掻き終わったビーフンを一度水で晒し、炒めた具材が入った中華鍋に投入し具材と合わせて調味料で味付けして完成です。


主な具材はキャベツ、ニンジン、フトネギ、モヤシ、キクラゲ、サヤインゲン、それに豚肉です。


見た目が、全体に白っぽく見えますが、これは具材の彩りに工夫が足りないように思いました。


何時も言うことですが、料理はお皿(あるいは器)に描いた一種の”絵画”です。


その意味から言えば、このお店の調理人さんにはまだまだ”絵心”が足りないということでしょう。

アップ7
味は、残念ながら全体にボンヤリした味で、アクセントになるものが欠けています。


中華料理の名店になると、ここに、”干しエビ”を使うはずです。もちろん、”干しエビ”を戻した汁からコクの元となる旨味溢れるスープが取れます。


そのスープが味付けに重要な役割りを果たし、ビーフンに深い味を与えてくれますし、水で戻した干しエビそのものも、具材の味を決める重要なポイントになります。


しかし残念ながらこのお店の味付けは、”化学調味料”に頼りすぎているように思えました。


もちろん、ワタシは化学調味料を使うべきではない、などという狭い料理感は持っていません。使うのはいいんです。


でもそれに依存しすぎると、口中に化学調味料の旨味のグルタミン酸が残って”後味”を悪くします。

麺8
前回いただいた”中華そば”は、スープに鶏がらを使い、丁寧に出汁を採っておられたように味わいました。


今回の”焼きビーフン”には、味付けの中心に何を持ってくるか


何をどう使えば、深みと言うかコクが出るのか?という研究が必要ではないか、これがワタシの偽らざる感想です。もちろん、所詮(しょせん)調理には素人のワタシなので、単なる外野の感想に過ぎませんが。


調理人はまだお若い。お父さんとお母さんがやってこられたお店を、現在は一人で継いでやっておられるようでした。


調理の世界にも終わりはありません。日々研究・工夫を加えて味の格を上げていく探究心さえお持ちになっていれば、もっともっと素敵な料理が生まれると思います。


その可能性を信じて、お店を後にしました。





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「鉄板焼ステーキ 美ゆき」・「愛媛グルメ紀行」 425

今日は三番町7丁目、松山市総合コミュニティーセンター前の千舟町通り信号を北に登って、伊予鉄高浜横河原線の踏切を越えた直ぐ右手にある”鉄板焼ステーキ 美ゆき”さんをご紹介しましょう。


同じ名前のお店が大洲市と西予市宇和町にありますが、詳しいことは後ほど。

玄関1
こちらがお店の玄関です。


実はこのお店には、十数年前に一度お伺いしたことがあります。


当時”そばメシ”と言っていた、焼きソバと焼き飯を合わせたものを出すということで、一時話題になった時期があり、その時に好奇心に駆られてお伺いしたという分けです。

店内2
それで今回二度目の訪問となったきっかけは、時々コメントを交換する”おっさん”さん(ブログ名:おっさんのはじめの一歩:http://blog.livedoor.jp/firststepot/archives/52076760.html)の11月14日の記事でした。


また、上に書いた”おっさん”のお友達で、ワタシのブログでも相互にリンクしている”大洲のひで”さん(ブログ名:hideのgo for broke:http://blog.livedoor.jp/hidegoforbroke/archives/7541973.html)の10月5日の記事も頭の中にありました。


ただし、上のお2人がアップしたのは”大洲の美ゆき”さんです。


なお、この松山の”美ゆき”さん、店内は長いカウンター席と小上がり席があり、店内は結構広いんです。


そこに、店名の名乗りにもなっている”鉄板”が4枚あって、その内主に3枚で店主さんを含めて3人が料理を担当なさっています。

メニュー3
さて、ワタシが頼んだメニューは”ハーフちゃんぽん”で、お値段525円(消費税込み)です。


ワタシが以前にお伺いした時は、確か”そばメシ”と呼んでおられたと思うのですが、今はそれを”ちゃんぽん”と呼んでおられます。


そして、後ほど画像でお示ししますが、一人前の”ちゃんぽん”をオーダーすると、今のワタシの胃袋では悲惨な目になることは上に書いたお2人から注意を受けておりましたので「ちゃんぽんのはありませんか」っと、目の前の鉄板でコテを扱っておられた店主さんにお尋ねしました。


すると「はい、分かりました。ハーフですね!」と答えられた。メニューを良く見ると、ちゃんとメニューにも書いてあった。

鉄板に油4 エビ豚5
注文が終わると、早速店主さんは”ハーフちゃんぽん”を鉄板の上で作り始めた。


先ず鉄板を小さなヘラで掃除し、その上に油を引きます。鉄板は煙が立ち昇る寸前まで熱せられています。


そこに、先ず予め湯掻かれた剥きエビを投入し、さっと炒めます。そこに、すぐさま豚細切れを投入しエビと合わせて鉄板で炒めていきます。(剥きエビと豚細切れは、ちゃんと計量器で計られていました)


その手際のよさ、まさに年季が入った職人技です。

野菜乗せ6
炒められたエビと豚細切れの上に、次に野菜を投入し、大き目の2本のヘラで一気に鉄板上であおる様に炒めていきます。


「このお店は昔からありますが、開店なさって何年が経ちましたか」と、鉄板で2本のヘラを巧みに扱っている店主さんにお尋ねしました。


「そうですね、もう32年になりますか」と。(34年と言われたかも知れませんが、何れにせよ30年はトウに経過しています)

御飯乗せ7
鉄板で大きく煽(あお)られた、エビ・豚肉・野菜がややシンナリしてきたら、その上に御飯とソバが混ざったものが乗せられます。


「大洲と宇和町に同じ名前のお店があるそうですが」と、店主に話を続けました。


「ええ、大洲と宇和は兄弟でやっています。いや、今は従兄弟(いとこ)の代になっていますね、それぞれが」っと、店主さん。

ソース乗せ8
御飯とソバが混ぜられたものの上に、特性のソースを垂らします。そして、一気に鉄板で大きく煽(あお)って炒めていきます。


その途中で人工調味料を適宜(てきぎ)投入しながら、さらに御飯が宙を舞うように大きく煽っていきます。


「従兄弟と言うのは、その前は親父とその兄弟たちがそれぞれやっていましたから」と、店主が先ほどの話の内容を解説なさいます。


「そうすると、店主さんは二代目に当たるのですね」と、ワタシが話を繋(つな)ぎます。

混ぜ9
鉄板の上では、エビ・豚肉・野菜類、それに御飯と焼きソバのソバが渾然一体となってきます。


「いえ、私たちは3代目です」と、店主さんが話を続けられます。両手は、鉄板の上でせわしげに腕を振るいながら。


「うちは、おじいさんがお店を始めまして、父ら兄弟は二代目です。そして今の私たちは三代目になるので、お互いは従兄弟(いとこ)になりますね」っと。


道理で年季が入っている手業だと思いました。


客は、お店の半分くらい埋まっています。他の2枚の鉄板では奥様と娘さんではないかと想像する2人が大きなヘラを扱っておられました。

一人前10
この画像は”一人前”の”ちゃんぽん”です。先に注文されたカップルに運ばれていきました。


その大きな皿にはスプーンが2本添えられていました。二人で一人前を分け合うということなのでしょう。


「じゃあ、この”ちゃんぽん”というメニューはおじいさんが考案された?」と、ワタシが話を続けます。


「いえ、これは親父と大洲の”おいちゃん”が考えたものです」と、店主さん。この地方では、叔父さんのことを”おいちゃん”と言う。

ハーフちゃんぽん11
さて、こちらがワタシが注文した”ハーフちゃんぽん”を真上から見たもの。


”おっさん”さんの、「そうですね。ちゃんぽん(小)でいいと思います。普通でも大盛りクラスなので、昼からのお仕事が大変になるかと・・・。」という忠告をお聞きしていて良かった^^っと思いました。


確かに、一人前の量を目の当たりにすると、食欲が一気に萎えてきそうです。

ハーフチャンポン12
どうです?


このご飯やモヤシやキャベツ、更にはソバの照りと輝き。ここから、特性タレの焦げた匂いが立ち込めて鼻腔を襲ってくるのです。


炒め加減といい、塩加減といい、それはもう絶妙としか表現のしようがありません。


決して御飯がべとついていないんです。まあ見事にパラパラに炒めあがっているんです。


父親の背中を見て育ちました。創業なさったおじいさんの血が流れています。

アップ13
三代に渡って作り上げた手業の逸品です。見事なわけです。


スプーンで大きくすくって、フハフハ言いながら一気にいただきました。


まあ、とっても刺激的な味で、しかも新鮮に感じました。ハーフサイズなら難なくワタシの胃に収まってくれました。


自然の笑みがこぼれます。店主さんもそれに釣られていい笑顔。美味しいものには”笑顔の輪"が自然に出来るのです。

アップ14
ワタシの隣に座ったイケメンの青年、自分の分が出来上がってきたようです。同じ”ハーフちゃんぽん”でした。


それを、冷静にスマートフォンで撮影していました。あれはアップル製の”iPhone ”なのかな?




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「Cafe Dining San To KiKi」・「愛媛グルメ紀行」 426

今日は、東環状線と県道松山川内線(旧国道11号線)の交差点から束本の方に北上して最初の交差点南西角に、今年の7月に移転オープンした”Cafe Dining San To KiKi”(カフェダイニング サントキキ)さんをご紹介しましょう。


場所は束本2丁目にあって、東環状線を隔てて向かい側(交差点の東南角)には束本町集会所があるところです。

看板1
お店の玄関は北向きに付けられているので、東環状線からは見えにくい位置にあります。


東環状線を北上すると、交差点の西側(左手)にこの看板と壁に掛かれたアルファベットや絵が見えます。


このお店を知らない方なら、気が付かずに通り過ぎてしまうかも知れません。

玄関2
こちらが、建物の北側にある玄関です。ちょっと目には、何のお店か分かり難いかも知れませんね。


つまり、通りがかりにフラッと立ち寄るというお店と言うより、このお店を目差して来るお客さんが中心と言うお店でしょう。


玄関を入ると、お洒落なディスプレイの奥に細身で若くて美形ばかりの女性が4人ばかり立っていた、黒っぽい制服姿のフロアー係りと思しき女性陣が。


世の中には”ガールズバー”なるものがあるらしい、行ったことはもちろんないけれど。仮にそこに行ったとしたらこのお店の風景に似ているかもしれない、っととっさに思った。


その光景に、こちらも「ウッ!」と思ったけれど、彼女達の表情にも「ウッ!」っという表情が浮かんだのをワタシは見逃さなかった。

テーブルと椅子3
思わず口をついて出てきたワタシの言葉は「このお店は女性に限るの?」だった。

細身で若くて美形のフロアー係りの一人が言った。「いえ、男性でもどうぞ」っと。そして、隣の一番若い女性にワタシを席に案内する指示を目線で送った。

すると、困った表情になった彼女。こちらは男性一人客。店内は、テーブル席とカウンター席、それにお店の奥にボックス席があった。

通常であれば、一人客なのでカウンター席案内すればいい。ところがカウンター席の真正面に、彼女達は並んで立っている。

指示された若いフロアー係りの女性が迷っている様子が手に取るように分かる。こちらも、あの細身で若くて美形の女性陣のまん前で、一人で料理をいただくのは気詰まりだと思った。

沈黙のしじまを破るように、やや年かさの店長と思(おぼ)しき美形の女性が、迷っている若いフロアー係りに「奥のお席にご案内して!」と、指示を重ねた。

案内されたのが、上の画像の2人掛けのボックス席。衝立で仕切られた隣は、ミーティングルームか?と思われる広いテーブル席だった。

ランイメニュー4
上の画像が、席に案内し終わった後に席まで持ってこられた”本日のランチメニュー”だ。

席に着くまでに、既に異様な緊張感があったので、メニュー選びに時間をかけたくなかった。そこでとっさに、本日のパスタ欄の”とびこと大葉のクリームパスタ”を注文した。750円とあった。

注文し終わった後、そのフロアー係りに「このお店は何時(いつ)開店されたのですか?」と尋ねた。

すると、細身で美形の彼女は戸惑った表情になって「私はこのお店に入って日がないので分かりません」っと、こう応えた。そしてそのまま立ち去ろうとした。

そこで彼女を呼びとめ「分かる方に聞いてください」と言い添えた。

席に戻ってきた彼女は「開業して5年になるそうです。でもココにお店を移ったのは今年の7月だそうです」と答えた。

普通なら、ココにお店を移して開店したのが今年の7月なら、その前の4年余りはどちらでやっていたかも聞いてきて答えると思う。

それが、この細身で美形の彼女には出来なかったし、お店の責任者もそれを伝えたほうがいいとは感じなかったようだ。

何とも不可思議なお店だった。周囲を見回すと、女子会・女子会・女子会・・・・・。男性客など一人もいなかった。ましてや、男性客が一人でという光景は、確かに”場違い!”と、そういう雰囲気だった。

それにしても、案内された2人掛けのボックス席、椅子が低い!あるいはテーブルの位置が高い!

これが、街中の夜の時間に入ったバーかラウンジなら似合うかも知れない。

しかし、この低い椅子から手を伸ばしてテーブルの料理をどうやって食べればいいのか?迷うほどに、椅子とテーブルの高さがアンバランス!

お店の経営者は、この席で食事をしたことがあるのか?っと、素直にそう思った。

パスタ上5
これが注文した本日のパスタ。”とびこと大葉のクリームパスタ”750円(内税)。

このパスタが出される前に”サラダ”が出た。画像で紹介するほどのものではなかったので省略する。

このパスタを運んできたフロアー係りに、再び尋ねてみた。

「店名の”San To KiKi”(サントキキ)とはどういう意味ですか?」っと。

すると再び困惑した表情になって、今度は黙って奥に聞きに戻った。

そして「このお店を経営している方が、以前に飼っていた猫の名前だそうです、サンという名前の猫とキキという名前の二匹の猫の名前」とだけワタシに告げて立ち去った。

どうも、このお店では対話が成り立たないらしい。

でも、隣の女子会の面々は、それはそれは姦(かしま)しかった

パスタ6
さて、ワタシはこのお店に食事をしに来た。食べなきゃ!

このパスタだ。確かメニューの名前は”とびこと大葉のクリームパスタ”と書いてあったことを思い出した。

ここのパスタの量が、明らかに女性仕様であることは、今のワタシにとってはありがたい。フォークで大胆にすくったら、4すくい程で平らげられそう。これはありがたかった。

ところで、”大葉”の痕跡は直ぐに確認できた。ところが”とびこ”は??????どこ???

猫の二匹がカクレンボ遊びしているのか?どこにも見当たらない。

とびこ”とは、ご承知のようにトビウオ(飛魚)の卵を塩漬けにしたもの。イクラより小粒で透き通った黄金色の小さい球状の卵の集まり。

確かに一粒の直径は1ミリ前後なので、五粒や十粒をこのパスタの中から探すのは、大海の中から真珠の小粒を探すようなもの。

探せど探せど見つからない。老眼鏡も持ち出した。でも見つからない。

とびっこスパ950円7
上の画像は、別のお店の人気メニューの一つ”とびこスパ”だ。確かに、こちらのスパの値段は950円。


一方、このお店はサラダ付きで750円。


でもメニューには「ウォーリーさん(あるいは、とびっこ君)を探してみましょう?さてどこに隠れているのかな?」とは書かれていなかった。

アップ8
味?・・・・・そう、ま・・・・・フツー!もちろん、不味くはない。


でも、皆でワイワイガヤガヤ言って食べると、もっと美味しく感じるに違いない。


多分、一人でポツンと食べられることは想定外に違いない。


アップにしてみたけれど、見えるのは香辛料の痕跡ばかり・・・・・

とびっこ9
5分とかからず全部食べ終わった。


最近にない、爽快感は残った。いつもは、ちょっと量が多いと、残しはしまいかという不安との闘いとなる。


でも、その不安に関してはこちらは一切なかったいや あった!   ”とびこ”が見つかった。パスタの下に、恥ずかしそうに隠れていた


恥ずかしがらなくていいんだよ!」っと、やさしく声を掛け、フォークで・・・・・アレ?すくえない・・・

仕方なく、隠れていた”とびこ”をスプーンの先で集めて、すくおうとした。アッ・・・スプーンでもすくえなかった。


仕方ないので指先で舐めた。




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「季菜(きさい)」・「愛媛グルメ紀行」 427

今日は東野2丁目、県道松山東部環状線の遍路橋近くにある日本料理中心の居酒屋”昼どころ 夜話し 季菜”(きさい)さんをご紹介します。


場所は、東雲大学から石手寺に至る県道と、県道東部環状線交差点の東南角にあります。

看板1
こちらがお店の看板です。


サークルケイ松山東野店の、県道を挟んだ東側です。 

玄関2
お店の玄関を見ただけでは、ちょっと何のお店か分かり難いかも知れませんね。


看板には大きく、料理の写真が見えますから日本食のお店であることは分かると思います。


この地でお店を開いてから4年目になり、若いご夫婦とお手伝いの方の3人でお店をやっておられます。


お店の営業時刻は、お昼は午前11時30分から午後2時まで。夜は午後6時から午後9時までの5時間30分です。

メニュー4
お昼は”季菜の選べる小鍋御膳”、お値段1000円だけが用意されています。


選べる小鍋は、”鶏つくね鍋”、”鴨ねぎ鍋”、”豚しゃぶ鍋”、”うどんすき鍋”、そして”魚すき鍋”の5種類から選べます。旬の味を楽しむために、メニューは3ヶ月毎に変わります。


メニューの写真を見ると、まるで夜の”宴会コース”のミニチュア版のように見えました。


「ワタシは見かけによらず小食なので、とても””までは食べられません」と言うと、「申し訳ないのですが、鍋を外したメニューはないのです」と、奥さんが。


仕方なく「ご飯をホンの少しにしていただいて、鍋は”鴨ねぎ鍋”でお願いします」と注文した。

ランチ5
それで出てきたのがこの画像。この画像の右側には”鴨ねぎ鍋”がセットされ、固形燃料に火が入れられました。


温泉旅館の夕食のコースが思い浮かびました。


右下から時計廻りに、”揚げ物とサラダ”、”豆腐”、”香の物”、”煮物”、”刺身”、そして”鍋物”と”汁物”、御飯”(御飯は白御飯か炊き込み御飯のどちらかを選べます)。


これに、後は”デザート”と”デミタスコーヒー”まで付いています。


そして、どの料理も実に手が込んでいます。一手間二手間余分に掛けられた料理が並びました、お昼に。

揚げ物6
こちらは、ピーマンと茄子(なす)と赤芋の”天ぷら”です。


普通、天ぷらは”天汁”(てんつゆ)、あるいは”お塩”でいただくことが多いのですが、こちらの天ぷらは”葛餡”(くずあん)がかけられています。


その横には野菜のサラダ。普通の天ぷらにしないところがこのお店の板前さん(店主)さんの心意気。


初めての食べ方でしたが、まあ見事な味でした。

豆腐7
こちらは普通の豆腐、”冷奴”と”香の物”に見えますが、これが大違い。


この”豆腐”の様に見えるもの、実は”牛乳と生クリームとチーズを混ぜてくず粉で固めた”もの。


食べてみると、チーズの香りがして口当たり滑らか。チーズを切ったものをそのまま食べるより、ずっと上品でまろやかな味に唸りました。和食なのに洋食のテイストを加えられた逸品です。


女将さんに「実に手の込んだ料理ですねーー」と言うと「主人の師匠が、それは厳しい方でして、決して手を抜くなと厳しく鍛えられました」と仰る。

煮物8
こちらは”煮物”ですが、この煮物にも味付けされた餡がかけられています。


煮物は、湯葉とサトイモとカボチャ、それに茄子です。素材の配色、”彩り”もご覧下さい。こういうセンスが料理人さんには必要なんです。


料理人さんは、”画家”でもあり”彫刻家”でもあるのです。


これら”煮物”も上品な出汁で煮含められ、それでいてそれぞれ素材の味を引き出している。

刺身9
刺身”は、実は苦手で、”愛媛グルメ紀行”シリーズでも和食のお店は過去に延べ21軒しか選んでいません。


ところが、この”戻り鰹”の刺身、上にかかっている醤油が普通の醤油ではありません。


なお”戻り鰹”は、秋になって東北・北海道沖から南下してくるカツオのことで、脂がのってこれは美味しい。ネットリとした舌触りです。


上に書いた醤油ですが、この醤油は”大葉醤油”です。醤油の中にみじん切りした大葉を混ぜて、大葉の香りを移したもの。普通は、何も加えない醤油が用いられる。


この一手間に、このお店の板前さん(店主)さんの矜持(きょうじ=プライド)が見て取れます。

鍋物10
こちらが火にかけられた”鴨ネギ小鍋”です。鴨とネギの相性は抜群。


そこに白菜と”葛きり”が入れられ、カツオをタップリ使った料亭の出汁で煮立っています。


小皿にとっていただきます。この”小鍋”がこのお店の自慢の一品であることは直ぐに気がつきます。


別に付けられた汁椀は、味噌仕立てですが、その具にはナント”焼き茄子”が入っていました。


これだって、ナスを切って入れたら済むものを、わざわざ一度焼いて香りを付けて汁に入れました。


「奥さん、わざわざ茄子を炙って入れましたね。まあ手間の掛かっている事」と唸りますと、女将に満面の笑みが。「分かってくれました?」と言わんばかりの笑みです。

デザート11
その後に供せられたのがこの”デザート”です。まあ見てください、この”彩りの妙”。


思わず息を呑みました。


透明に見えるのは”鏡ゼリー”です。それに出始めのミカン、ブルーベリー、ブルーベリージャム、そしてミントの葉です。


涙が出るほどに、一品一品に店主の心意気が添えられています。


ブルーベリーもミカンもミントも、そして料理で使われていた野菜類は、全部実家のお父さんが伊台町で作られているもの。


お店に出られているのは僅か3人ですが、これらの料理は家族総動員の”もてなしの心”の結晶なのです。


これに最後は、香り高い”デミタスコーヒー”まで付いているのです。


最初、ランチで1000円は高いな!っと思っていました。でも考えてみたら、タカがラーメン一杯に1000近いお金を取るラーメン屋の多いこと。


それと比すれば、この”ランチ”の目差す””のまあなんと高いこと。完全に脱帽です。


今回の味のベースに””(くず)が巧みに、しかも効果的に使われています。一つの素材をこれだけ多彩に利用し切ったお料理には出会ったことがありません。


なお”葛(くず)”とは、マメ科の多年草で、その根のデンプンを粉にして”葛粉”や漢方薬を作ります。そして、その”葛粉”からは、”葛切り”や”葛餅”などが作られ、昔から食品としてから多様に利用されてきました。


あえて、この名店の今回の味に名前を付けるとしたら”葛(くず)のアーティスト”と言ったところでしょうか。


また一店、”名店”に出合えた喜びを胸に、お店を出ました。爽やかでした。




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「浜のごっつぉう 魚たけ」・「愛媛グルメ紀行」 428

今日は衣山1丁目の”パルティーフジ 衣山”の中にある、和食のお店”浜のごっつぉう 魚たけ”さんを採りあげます。昨年10月にオープンされた。


場所は、北条へ向かう国道196号線(松山環状線)沿いにありますから、先ず知らないの方が少ないでしょう。


お隣には、昨年12月5日に採り上げた”伊予の手造りうどん 名代 つるちゃん衣山店”があります。このことは最後にもう一度触れます。

玄関1
このお店の玄関は、実に騒々しい。


店名表示の左右に、”魚も野菜もうまい”だとか”地もの市直送”と、恥ずかしげもなく”能書”が書かれている。


こういう”能書”を”大書”してあるお店で、その”能書”通りのお味に出合った経験は、ワタシの400軒を超える”食べ物屋行脚の旅”では一度もない。


それならば、入らなければいいという方がいらっしゃるでしょう。


まさにその通りです。たまたま、お目当てのこの近くのお店が休日だったので、何となく立ち寄ってしまった。


これが、ワタシの大きな誤りである事に気がついたのは、お店の席に座ってメニューを見、オーダーした直後だった。

店内4
これは店内の様子。


大きな商業施設内にあって、時刻はちょうどお昼時だった。


でも店内は、明らかに店員さんの方が多かった。それは、ワタシがお店を出る正午過ぎまで続いた。

メニュー5
メニューは”お昼のごっつぉう”と称される、10種類のランチメニューから選ぶ事になっている。


そこで、日替”焼魚定食”を頼んだ。お値段は800円。これだったら生魚嫌いの私にでもいけそうとおもったから。


なお、御飯は大、中、小から選べるというので、当然””を選んだ。


わざわざ、御飯を”大・中・小”から選べる、と、いかにも「システムを組んでます」風に店員に説明させるのはこのお店ならではの振り付けでしょう。


これが、”白米”か”炊き込みご飯”か”赤飯”の中から選べますとでも言うなら、意味はあるけど。


どのお店だって、こんなこと当たり前にやっている。客が自分で判断して御飯の加減を指示したらいいだけの話。

調味料セット6
そして、このお店に”何となく”、あるいは”たまたま”入ったことを後悔したのは上の画像。


調味料セット”とでも言おうか、スーパーで売っている醤油小瓶やドレッシング瓶、更には七味と剥き出しのマヨネーズのチューブ入りが、無神経にテーブルに置かれている。


昨日、シリーズ427番目のお店としてご紹介した和食のお店”季菜”(きさい)さんとは、そもそも料理に対する””が違うことは容易に分かるから、比較するのは”季菜”には大変失礼だけれど、この無造作ぶりには空いた口が塞がらなかった。


実に”寒々しい光景”ではないか。これが大衆食堂であれば、何の異論もない。当たり前の風景だ。


これが、無造作でないと思う和食店の経営者や板前さんがいたら、それは・・・・何と言うか・・・・余りにも””が低い、あるいはそれがないということになりはしないか。


たまたま”であっても、ワタシのように飲食店巡りをし、その飲食店の味や歴史や経営者のお人柄、成り立ち、エピソードをなるべく肉声の形に近い表現でお伝えしたいと思っている者なら、絶対に入るべきお店ではなかったのです。


これは、このお店が悪いのではなく、ワタシの選択の大きなミスというべきでしょう。何一つ語るものなどないお店に入ってはいけないという。

焼魚定食7
これが日替わりと説明され、それが”塩鯖”だと言われた”焼魚定食”です。


無論、味が悪いとか、美味しくないというのでは決してない。


当たり前のものが、極々当たり前に目の前にあるというだけに過ぎない。

塩鯖8
この”塩鯖”だって、油が乗っていて、決して不味いわけではない。寧ろ、水準以上のお味だった。


でも、それ以上でもそれ以下でもない。何も語るもの、お伝えしたいものはない、ただそれだけだ。

冷奴9漬物10
上左の”冷奴”だって、豆腐をパックから取り出し、決められたサイズに切って大根おろしと刻みネギを添えただけのもの。


上右の”漬物”に至っては、納入業者から仕入れたものを、ビニールに袋から菜箸で取り出して小皿に置いただけ。(ただし、わざと、そのように無造作を演出しているなら、それはゴメンナサイの世界ですが)

味噌汁11茶碗蒸し12
上の左右の味噌汁と茶碗蒸、ただそれだけです。


これは、板前さんの工夫が隠されているなどという世界とは別の世界のもの。

玄関2玄関3
お金を払ってお店を出るとき、レジの女性に「このお店は、他の場所でもされているのですか?」とお訪ねした。


すると「このお店の両隣のお店が系列のお店です」と、お答えになった。


ここで、心の中で「エーーーーー!!」っという気持ちと、「やっぱりナーーー!!」という気持ちが交錯した。


「エーーーーー!!」っという気持ちは、そのことを事前に知っていたら決して入りはしなかったのにという後悔の気持ち。


上の画像の二つのお店の看板を見ていただきたい。


その内の1店は、今日の冒頭で書いた”伊予の手造りうどん 名代 つるちゃん衣山店”だ。以前酷評した。


この三店舗とも、市内では様々な飲食店をグループ運営している”T〇〇〇〇ー”が手がけている。


それについて詳細は書かないし、そのグループ店の感想も書かない。


ただ一点だけ、わざわざ行くお店ではない、”たまたま”立ち寄るお店、”何となく”入るお店だと、ワタシは思っている。ただ、それだけだ。(ただし、上のことどもはあくまで個人的な感想と見識に過ぎないことをお断りしておきます)


あの無造作、無神経な”調味料セット”を見て、上の感想に一層の確信を持った。


どうか、昨日の”季菜”さんの記事をもう一度開いて、じっくり観察なさって見て下さい。ワタシが、今日書いた言葉と内容がよくご理解いただけると思います。




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じゅん

Author:じゅん
愛媛の松山から、「愛媛グルメ紀行」や「愛媛の歴史」など、幅広いテーマで情報発信しています。日曜日を除く毎日更新。画像も豊富。
長いサラリーマン生活に終止符を打ち、還暦をとうに過ぎた2014.12.1に起業して社長になりました。

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