「松山市の地名・町名由来」・ 「梅津寺町・安城寺町」 2

今日は、「松山市の地名・町名由来」の第2回目です。


2回目の今日は、”寺院”が町名の由来となっている「梅津寺町」(ばいしんじまち)と「安城寺町」(あんじょうじまち)をご紹介しましょう。


実は、”寺院”(お寺)が町名の由来になっている町は実に多くあります。


仏教の伝来”は、538年(日本書紀によると552年。他にも諸説あり)百済(くだら)の聖明王(しょうみょうおう)の使いで訪れた使者が、欽明天皇(きんめいてんのう)に金銅の釈迦如来像や経典,仏具などを献上したことに始まると言われています。


ですから先週の月曜日に、愛媛で記録に残っている一番古い地名は「久米」で、それは概ね6世紀末から7世紀であったことをご紹介しましたが、寺院が町名の由来となっている町も仏教伝来以降に付けられたことが分ります。

梅津寺駅1
この画像は、伊予鉄高浜横河原線の”梅津寺駅”です。


ここに”梅津寺公園”があって、小さなジェットコースターなどが在った時は、子供達を連れて遊びに行った思い出があります。

梅津寺
こちらは、梅津寺公園近くにある”梅津寺”です。このお寺の名前がそのまま町名になり、この辺りは「梅津寺町」(ばいしんじちょう)となりました。


場所は”高浜中学校”の直ぐ下です。ですが、梅津寺公園の前を通る”県道松山港線”からは見えにくいので、地元の方以外は”梅津寺”というお寺があること自体を知らない方が多いかも知れません。



梅津寺”という地名の由来となった人物は、中国の名僧といわれた”雪广禅師”(せっけんぜんじ)(1649年~1708年)で、延宝5年(1677年)に長崎興福寺の招きで来日され、その後に松山藩主”松平貞直”(まつだいら さだなお)の招きで松山に来られた名僧です。


その時、黄檗宗(おうばくしゅう)”千秋寺”四代目(”千秋寺”は、道後村めぐり23番に指定されている、道後地区にあるお寺)の住職となり、その後元禄13年(1700年)に千秋寺を去り、”梅津寺”を創建されました。

梅津寺から海岸臨む3
この地が中国の郷里、”梅津”に似ているところから”梅津寺”と名づけたことが記録に残っています。


松山でも、町名由来を遡れば中国の地名であったという例は恐らくないのではないでしょうか。


一時、この寺は廃れていましたが、昭和13年(1938年)に、この地に海水浴場を開設するに当り、現在地に再建されたものです。


この寺には現在、松山市指定有形文化財(工芸品)の”梅津寺の鐘”が残されています。

安城寺バス停1
次は「安城寺町」(あんじょうじまち)です。この画像は伊予鉄バスのバス停標識です。


ここ「安城寺町」もお寺が町名の由来になったと言われています。

安祥寺山門5
町名の由来となったお寺は、画像の”安祥寺”(あんしょうじ)です。


場所はちょっと分りにくいのですが、”県道和気衣山線”を和気の方向に向かうと「高木町」(たかぎちょう)の町境に来ますが、その手前を東に200m程入ったところにあります。


丁度”高木池”の真西方向になるでしょうか。


これから、このように町名を記した標識と、その町名の由来となったものを順番にご紹介していきます。





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「再訪 101 和ビストロきむら」・「愛媛グルメ紀行」 504

今日は”再訪シリーズ”101番目のお店、県道伊予川内線沿いの砥部町高尾田にある”和ビストロきむら”さんをご紹介しましょう。


このお店は、今年に入って1月11日に”愛媛グルメ紀行”シリーズ452番目のお店としてご紹介しました。(「和ビストロ きむら」・「愛媛グルメ紀行」 452


この時は、お互いのブログでコメントの交換をしてる:”のしうめ”さん(ブログ名:愛媛美味探訪)の記事を拝見してお伺いしました。


そして比較的早く再訪するきっかけとなったのが、3月1日に”和ビストロきむら”さんご自身から届いた一通のコメントです。


そこには、「ご来店ありがとうございます。和ビストロきむらです。当店でお食事いただいたお客様の感想ご意見が聞きたくて検索したところ、じゅん様のブログにたどりつきました。皆様、貴重なご意見ありがとうございます。読んでいて、なるほど~見抜かれているなぁ~。という感想です」という書き出しで始まる長いコメントをいただきました。

お店1
そして、そのコメントの最後に「2月からはリニューアルしてメニューを絞っております。是非またお越しください。その際は、お勉強になるのでよろしければお話聞かせてください。」と結んであったのです。


ワタシがお尋ねして記事にした後、お店の方から直接コメントをいただくことは今までにもありました。


でも、「皆様の貴重なご意見を参考にさせて頂きながら、一皮剥けるように努力してまいりたいと思います。」と、こういう内容も書いてありました。こういう内容のコメントは初めてでした。


実は452号でこのお店を採り上げた時、”おっさん”さん、”乱駆郎”さん、”のしうめ”さん、そして”ユッキー”さんという4人のブログ仲間が、このお店に対して様々な角度から意見を書いたコメントをいただいていました。


ワタシも含めた皆さんの意見は「お店のシェフのやりたい方向性が見えない、もっと得意分野に絞ってメニュー構成すればお店が変わるのではないか?」という所に集約されていたと思っています。

店内2
そこで、お店からコメントを3月1日にいただき、3月4日(月曜日)に早速お伺いしてという経過です。


店内に入った瞬間、店内の様子が大きく変わっている事に気がつきました。お店全体の風景が明るくカラフルになっていました。そこで若きシェフに名刺を渡して名乗った上で席に付きました。


このお店は、お父さんとお母さんが”うどんとお好み焼き”のお店としてスタートされ、その後フランスで料理の修業をされた息子さんが後を継いで再スタートされたお店です。


ですからワタシが最初にお尋ねしたときは、テーブルは全部鉄板付であり、メニューの中にもお父さんとお母さん時代の”お好み焼き”や”うどん”メニューが残っていて、それにシェフが修行した”イタリアン&フレンチ”メニューが混在していました。


ところが今回訪れてみますと、綺麗さっぱり”鉄板テーブル”が無くなっていて、そのテーブルの上には明るくカラフルなテーブルクロスが敷かれてありました。


店内の窓枠をご覧下さい。全部の窓枠に、お店を取り囲むように”ワインボトル”が並べられ、外からの光で輝いているではありませんか。


和ビストロ”を名乗っておられますが、大きく””の方向に舵が切られたことが、このワインボトル一つをとっても明確にメッセージされています。方向性が明瞭に見えています。

今日のランチメニュー3
その方向性の変化と集約は、”ランチメニュー”と題された手書きのボードでも明確に分ります。


ランチメニューは3本に絞られ、当日の”和ランチ”の中味は、メインディッシュに”とんかつ”と”唐揚げ”から選べて、更に300円追加するとそのメインディッシュが”サーロインステーキ”に代わります。


また当日の”パスタランチ”としては、パスタには”きのこいっぱいカルボナーラ”が用意されていました。お値段は950円です。その中味は後ほどご紹介します。


その他は、”牛フィレステーキ”をメインディッシュにした”2000円のコースメニュー”の3本立てに絞り込まれていました。


もう”うどん”メニューも”お好み焼き”メニューもありません。”和”を意識したメニューも用意されていますが、明らかにシェフの修行経歴を生かしたメニューに生まれ変わっていました。


実に大胆で大幅な”取捨選択”が断行されていたのです。目を見張りました。

前菜4
さて、ワタシが注文したのは”パスタランチ”です。お値段950円です。画像はそのコースの中の”前菜”です。


お料理の内容や提供の仕方も大きく代わりましたが、目を引いたのが”器の統一”です。前回いただいた時の器には統一感が全くありませんでしたが、今回は全て白いシンプルな器群にまとめられています。


そして、”前菜”として4種のメニューの他に一つのスープが供せられました。


器への盛り込みも実にシンプルで、何をどう味わってほしいのかと言うシェフの意図が明確に伝わります。

キャベツと蕪のアンチョビソース5
こちらが”前菜”の一つである”キャベツと蕪のアンチョビソース仕立て”です。


春キャベツ”は今が旬ですがそれを単純なサラダとせず、”アンチョビソース”という”魚醤”の一種(カタクチイワシを塩漬けし発酵させたもの)でイタリアンテイストを演出しました。


そこに酢味を効かせた蕪(かぶ)をあしらい、シェフの意図を際立たせました。

カンパチノカルパッチョ6
こちらは”カンパチのカルパッチョ”です。以前でしたら、ここにサーモンの刺身が使われていました、和風そのものの姿で。


カンパチ”はスズキ目アジ科の高級魚で、初冬から春にかけて瀬戸内海にも南下して回遊します。今が旬の魚でしょう。それを単純な”刺身”とはしていません。


今回は”カルパッチョ”というオリーブオイル・レモン汁・ソースなどをかけ、タマネギなどの香味野菜をあしらって仕上げてあります。見事に”一皮剥けました”、という感じです。

猪肉の赤ワイン煮7
こちらが大変目新しく感じました。”猪肉の赤ワイン煮”です。やや癖のある”猪肉"を赤ワインで煮て匂いを消し、その後で少しソテーして仕上げられました。


初めて口にする味ですが、猪肉の脂の旨味を閉じ込められていて、それでいて野性味を感じさせる肉に仕上がっていました。


これら料理の調理法は、いただいている途中でシェフが厨房から出てこられ、説明をお聞きしながらいただいたものです。ワタシの知識で書いているのではありません。

タマネギとにんじんのスープ8
この”スープ”料理が面白かった。”タマネギとニンジンのスープ”なのですが、甘いんです。


シェフのお話では、「新タマネギは特に甘いんです!そこを活かしてみました」と。確かに、シェフのお話をお聞きするまでは”リンゴとニンジン”のスープではないかと思っていました。その位に甘いんです。


しかも単純に新タマネギとニンジンをジューサーにかけて絞っているだけではありません。


新タマネギ”を摩り下ろして甘さを十分に引き出しニンジンの摩り下ろしたものと合わせて、更に”鶏がらスープ”などと合わせて味にコクと深みを与えています。

キノコいっぱいのカルボナーラ9
さてメインディッシュの”きのこいっぱいカルボラーナ”です。


カルボナーラ”はパスタ料理の代表的メニューの一つですが、、ベーコンを炒め、それに生クリーム、チーズ、卵黄、粗挽き黒コショウを加えてソースとする調理法が一般的です。ですから非常にコッテリとしたソースに仕上がります。


ソースがコッテリしていますので、パスタの中でもスパゲティーを用いるお店と太くて平たいタリアテッレ(フェットゥッチーネ)が用いられることも多いメニューです。


ですが「私はロングパスタには”リングイネ”に拘っています。ですからウチのパスタの多くはリングイネを使っています」というシェフのお話しでした。


リングイネ”というパスタは、スパゲッティよりやや太く、断面は楕円形をしています。

キノコ一杯にカルボラーナ10
パスタのアップ画像をご覧下さい。このパスタが”リングイネ”です。


カルボナーラの味は、シッカリと味付けが成されていて正々堂々としたお味と表現していいと思いました。


キノコもタップリ使われていますし、ベーコンの塩味も黒胡椒の香りも効いています。


個人的な好みからいえば、もう少し出汁の効いた柔らかめな味が好きですが、こういう重厚な味を好む方も多いと思います。


それししても、まあ何と”劇的な変化”を遂げられたことなんでしょう。お伺いするまでは、正直に言ってここまで大胆に方向転換され、自分の方向性を明確に打ち出されているとは想像しておりませんでした。

リニューアル告知11
若きシェフさんとはタップリお話が出来ました。1月11日に452号としてアップした時にコメントを頂いた方の共通観測としては、「シェフはまだ独身に違いない!」というものでした。


それにはシェフが笑ってこう答えられました。


「じゅんさんに、お店からということでコメントを書いたのは私の妻です。そして妻と笑ったのですが、私が独身の頃はよく奥さんがいるだろうと言われました。ところが結婚して結構長いのですが、結婚後のほうが独身だろうって言われるようになりました」と。


ワタシも、シェフのメニューに対する意図をお客さんにどうメッセージするかについて、素人ながらワタシなりのご意見も話させていただきました。


ワタシは、初回訪問で「伸びシロがある」とこのお店の可能性について書きましたが、その期待をいい意味で遥かに超えられて変身なさっておられました。


今後、”目の離せないお店”の一つになったことは間違いありません。


シェフの奥様からお誘いのコメントいただいた事に、心から感謝しお店を後にしました。





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「再訪 102 Lindsay's(リンジーズ)」・「愛媛グルメ紀行」 505

さて、今日も”再訪シリーズ”をご紹介しましょう。


今日のは再訪店は、102番目のお店です。松山から33号線で砥部方面を目差し、旧道で森松町に入り、重信川に架かる”重信橋”を渡る直前の、道路の西側にある知る人ぞ知る”Lindsay's(リンジーズ)”さんです。


このお店、今までに2012年3月26日に253番目のお店として、また”再訪シリーズ”36番目、通算381番目のお店として既に2回後紹介していて、今回が3回目です。(「Lindsay's(リンジーズ)」・「愛媛グルメ紀行」 253)・(「再訪36 リンジーズ」・「愛媛グルメ紀行」 381

玄関1
こちらがお店の玄関です。


とっても小さなお店ですし、松山市内から来てもお店は県道からやや奥にあるので、お店らしき建物が見えてもそこがどういうお店かを知っていなければ、先ずは入らないかもしれません。


しかも、このお店の営業日は「木・金・土」の週末3日間だけです。


ですが、何時行っても店内はほぼ満席です。つまり、”知る人ぞ知る名店”なんです。

店内2
余り大勢でお店に押しかけますと、店内に入れません。恐らく、一日30人が限界でしょう。


その日も、お店に入るなり「アラ、じゅんさん!」と名前で迎えていただいました。


「昨日は30人もお客さんに来ていただいて、お店に入れないでお断りした方もあったんですよ」と、笑顔で応えられます。


店主さんは、主婦でありお母さんであり、また農業者であり、このお店のオーナーシェフでもあり、更には別のお仕事も持っておられる”ウルトラスーパーウーマン”です。

カボチャスープ3
お昼のランチは一種類。食後の飲み物がついて700円です。


使っている野菜は”完全無農薬”の野菜。朝、自分の畑から摘んでお店に持参され調理されています。


野菜が不足すれば、”無農薬仲間”が応援してくれます。この”カボチャスープ”も、完全な自家製、自分の畑で自分が育てたもの。


それを漉して煮詰めてスープストックを作り、冷凍庫で保存し、それを解凍して温めます。店主さんの気持と自然が凝集した”カボチャスープ”なんです。


実に濃厚で、豊かな味がします。味付けは主婦の域をとっくに越えられています。

ランチ4
さて、こちらが”本日のランチ”です。目の前で”春巻き”の皮に手作りの具材を包みこんで揚げられた一品です。


アツアツをいただきます。春巻きのモッチリした皮は、一方ではパリパリに揚がっています。また具材は味付けされた鶏肉をメインに、後は自分が育てた野菜がタップリ詰まっていて、春巻きの皮からはみ出そうになっています。


「じゅんさん、最近は”コリアンダー”栽培しとるんよ!春巻きに”コリアンダー”入れても大丈夫?」と聞かれました。


コリアンダー”は英語、タイ語で言うと”パクチー”、中国語では”香菜”もしくは”生菜”(シャンツァイ)といい、日本語では”コエンドロ”又は”カメムスソウ”。

春巻き5
その”コリアンダー”は栄養価には富むけれど猛烈に臭い。と言うか、強烈な個性を持った存在感ある匂いを伴う。


東南アジア圏では、多くの料理に使われる。でも苦手なので「出来れば避けたいです」と正直に言った。


すると、「じゃあコリアンダーは一本だけ入れとこワイ!まあ食べ比べてみて!」っと店主さん、天使の笑顔で仰った。


4本ある春巻きの中で、一番手前の1本だけにコリアンダーが入っている。食べた。ベトナムのハノイの雑踏の味がした。

高菜卵とじ6
こちらは”高菜の卵とじ”。高菜ももちろん、自分の畑で獲れたもの。柔らかく、そしていい出汁で煮てあるので美味しい。優しい味がした。


このお店、実は”フェイスブック”仲間の溜まり場でもある。ワタシがこのお店を初めて訪問した時も「アレ?フェイスブック関係の人ですか?」って開口一番で尋ねられた。


その日も、フェイスブック仲間が2人来店されていた。職業も性別も年齢も略歴も全く違う人たちが自然に集うお店なんです。


店主さんは、それぞれを互いに紹介し合う。そこで更に交流の輪が広がっていく。


隣に座った渋いハンサムさんは「”じゅんのつぶやき”を毎朝7時に必ず見ています!」と言った。


コメントは書いたことはないけれど、必ず生活習慣の一部として毎朝見ていると仰った。


そういう”サイレントマジョリティー”(無言の多数者)さんがいる限り”じゅんのつぶやき”は書き綴っていきたいと決意を新たにした。

玄米ひじきご飯7
こちらは”玄米のヒジキ炊き込みご飯”です。このお店では”白米ご飯”は出ません。


玄米ですから、一粒一粒噛み締めていただきます。”ヒジキ”のいい色と香りが鼻腔をくすぐります。


食べ物”から命をいただいていることを実感しながらいただきました。

紅茶8
「じゅんさん、私ネー、西予市にサテライト〇〇を作ったらどうか?思うンヨー!まだ構想の段階やけど。作るんやったら、環境的には西予市が最適や、思ってるんやけど、その時手伝ってクレン?」と、店主さん。


西予市はワタシの生まれ故郷。それをご存知での提案。


「そのサテライト〇〇って、一体何ナーン???」っとワタシ。


これからも、このお店、この店主さんとのお付き合いは続いていく。





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「CAFE CABARET (カフェ カバレ)」・「愛媛グルメ紀行」 506

今日は花園町3丁目、佐伯ビル3階にある”CAFE CABARET (カフェ カバレ)”さんをご紹介しましょう。


この”佐伯ビル”は千舟町通りと花園町通りが交差する交差点の北西角に建っています。その1階には、グランドピアノなどが展示されている”マツヤマ楽器”が入られているビルです。

建物1
ちょっと遠い画像なので分りにくいかも知れませんが、画像の横断歩道を渡りきった角に”花園町商店街”を示すアーケードが始まっています。


その白いアーケードの始まりに、深い緑色の建物がありますがそれが”佐伯ビル”です。

入り口2
ここがお店の入り口です。千舟町通り側にあります。


ここから3階まで、細くて急な階段を登ってやっとお店にたどり着きます。


つまり、このお店は通りがかりにフラッと立ち寄ると言ったお店ではなく、最初から3階のこのお店を目差してくるお客さんが対象です。


このお店の場合、3階までの階段を足取りも軽快にトントンと駆け上がる客でないと様になりません。その”様にならない”代表のような客がワタシであることは言うまでもありません。

店内3
店内は意外と広く明るいお店でした。でも雰囲気はパリの場末の気軽なレストランバーといった雰囲気です。


若くて格好いい青年が2人で対応されていました。(夜は別体制になるのかも知れません)この地に開業して今年で8年目を迎えるお店です。


店名の意味をフロアー係りの男性に聞くと「フランス語が語源のCABARET、キャバレーです。皆でワイワイ楽しく集(つど)う場所を意味します。ただ言いやすいように”カバレ”と名づけたんです」とのお答えでした。


気の合う仲間と、楽しいお酒と美味しいお料理でワイワイ楽しく語り合い飲みあう、というコンセプトの元にお店が作られたのだそうです。

ランチメニュー4
ランチタイムにはA,B,Cの3種類の”ランチメニュー”が用意されています。


ワタシはBの”鶏もものブランケット”(マスタード・白ワインの風味)を選びました。通常ならデザートと飲み物は注文しません。


ところが、実は近くアメリカのロサンゼルスから帰国される”Kaori"さん御夫婦と、このお店でランチすることになっていましたので、その下見も兼ねてこのお店に来ました。従って飲み物とデザートも注文しました。


サラダとメインディッシュと飲み物プラスデザートが付いて、お値段は1190円です。

サラダ5
こちらが真っ先に出される”サラダ”です。


ちょうど、千舟町通りと花園町通りが交差するコーナーの席につきましたので、眼下に市内電車やバスや車の往来をロケーションよろしく見ながら食事をいただきました。


今時、街の中心部を”市内電車”が走っている都市は数少なくなっています。ですから、ノンビリと市内電車の往来を眺めていると、どこか”昭和の香り”が漂ってくるように思えて、いい雰囲気でした。

鶏ももブランケット6
さて、この画像が”鶏もものブランケット”(マスタード・白ワインの風味)と名づけられたお料理です。


初めて見た、そして食べたお料理です。”ブランケット”と言えば、科学用語では”核融合炉の内壁を構成する装置のひとつ”だそうです。ちょっと怖いような名前が付いています。


でもお料理分野では、”肉を煮込んで小麦粉や生クリームで白く仕上げる料理法”を言います。


鶏もも肉”と大きめに切ったジャガイモとニンジンをフライパンでソテーして、そこに白ワインを振り掛けフランベしてアルコール分を飛ばして白ワインの風味を”鶏もも肉”などに移します。

鶏ももブランケット7
黒い粒粒はマスタードです。そこにパセリのみじん切りが振りかけられています。


ご飯は”バターライス”仕立てになっています。やや酸っぱい味で、初めて味わう味でした。


これこそブログ友:”乱 駆郎”さん曰(いわ)く”西洋料理”でしょう。カレーライスともハヤシライスとも、スペイン料理のパエリアとも違います。


やはりワインで味付けされたと言う感じで、酢飯の汁ダク(つゆだく)とでも言えばいいのでしょうか。

グレープフルーツジュース9
飲み物は何時ものように”グレープフルーツジュース”を頼みました。


ところが、御飯の味付けが酸っぱいものであることを知りませんでしたので、この場合はやや甘い飲み物を頼むべきであったことに気がつきましたが後の祭り。


口腔内のスッパさを、グレープフルーツジュースの甘酸っぱさで洗いました。

デザート10
(この画像は、iphone5で写した画像です。ワタシのコンデジとは””の色調が違って表現されています)
さて、こちらが”デザート”です。”パウンドケーキ”にはイチジクが練りこんであって、イチジクの香りを楽しみます。


赤いソースは、”フランボアーズ”から作られた甘酸っぱいソースではないかと思います。ワタシは甘いものの知識・見識はありませんので自信はありませんが。


なお”フランボアーズ”とはフランス語で”木苺”(きいちご)のことです。英語で言えば”ラズベリー”です。

デザート11
千舟町通りを見下ろしながらいただくデザート、ワタシがいただいたのでは””になりません。


2組の女子会の方々にはお似合いでした。でもアイスクリームも濃厚で、口の中で蕩(とろ)けました。

ピスタチオ12
アップで写してみました。赤い木の実は”フランボアーズ”(ラズベリー=木苺)です。


そして緑色に見えるものは”ピスタチオ”です。”ピスタチオ”は「ナッツの女王」とも呼ばれるナッツですが、熟した種子を殻果ごと焙煎し、塩味をつけたものは”ピスタチオグリーン”と呼ばれる、鮮やかな緑色が残ります。


Kaori”さんご夫婦の下見としては上々の出来だったと思います。




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「愛媛グルメ紀行」を振り返る 56

さて、今週金曜日も”愛媛グルメ紀行”を振り返ってみましょう。

今日振り返るのは、166番目から168番目のお店です。一昨年の秋頃に書いた記事です。



先ず最初166番目のお店、一昨年11月8日にご紹介した、本町の電車通り、松山市中央消防署を西に折れ、県道六軒屋石手線(通称中央通り)沿いの萱町6丁目にある”中華料理 明星苑”さんです。(「中華料理 明星苑」・「愛媛グルメ紀行」 166

女性一人では先ず入りにくい感じがするお店です。

玄関1
先ず、この店構えです。お世辞にも綺麗とは言えません。

駐車場もありません。

「頑固親父が営業中!」という、板の看板も出してあります。

中華丼上4
静かに”中華丼”を注文しました。お値段は、うれしい500円です。

すると、頑固おやじの目がギロッと光り、火口の前に立つと、「アレレ・・・アレ?」という間もなく、5分もかからず”中華丼”を仕上げました。

多分、目をつむっていても”中華丼”の一つや二つは作ってしまいそうな手さばきでした。

さて、”中華丼”のお味です。いやいや、中々のものです。

具材は、タマネギ、白菜、タケノコ、ピーマン、キクラゲ、ニンジン、豚バラ肉、エビ、うずらの玉子と、”中華丼”の王道通りです。中華餡がマッタリとしていて、いいお味です。

このお店は再訪しません。特別の理由は全くありません。



二番目にご紹介するのは167番目のお店、一昨年11月9日にご紹介した旧国道11号線、今の県道松山川内線沿いの平井町にある”中華食堂 紅龍”さんです。(「中華食堂 紅龍」 ・「愛媛グルメ紀行」 167

玄関と看板1
場所は、ちょうど”パルティー フジ平井”の向い側です。

このお店は、地元企業が当地で、回転寿司や中華料理、そしてラーメン専門店等を展開している一種のチェーン店です。

そうです、”廻る寿し舟”グループの1店です。

ちゃんぽん4
注文したのは、”当店いち押し”と銘打ち、店外の看板にも大書してあるご自慢の”ちゃんぽん”です。

お値段は520円です。これは嬉しいお値段ですね。コストパフォーマンスについては、文句なし優れています。

この企業のお店作りのモットーは、「安くて美味しい店づくり」と「楽しい店づくり」だそうです。

具材は、キャベツ、モヤシ、カマボコ、キクラゲ、ニンジン、タマネギ、大きくぶつ切りしたキャベツ(大量)、それに豚バラ、イカゲソと剥きエビです。

スープはトリガラをベースにした味で、やや薄味ですが、オーソドックスでマイルドなスープでした。

実は、このスープの味付けには秘密というか、小さな工夫が凝らされています。それは、スープの出汁の一つに”乾燥小エビ”を使ってあること。

この”乾燥小エビ”を使うのと使わないとではスープの味の深みに大いに関係します。

このお店は再訪できません。準備中の札が掛かっていますが、駐車場には入れないようにブロックが置いてあります。

<注>その後、閉店されたことを確認しました。ですから再訪はできません



最後にご紹介するのは168番目のお店、一昨年11月10日にご紹介した国道196号線沿いの松前町にある”お食事処 さくや”さんです。(「お食事処 さくや」 ・「愛媛グルメ紀行」 168

場所は、国道56号線沿いの”エミフル”の向い側辺りにある小さなお店です。

玄関
駐車場には、6~7台も置けるでしょうか。平屋の目立たないお店なので、つい見過ごしてしまいそうです。

でも、業暦は既に60年を越える老舗です。ただし、この国道沿いに移ってからはまだ4年目です。

メニューは、実にシンプルです。ほとんどのお客さんのお目当ては”中華そば”なんです。

皆さん、常連さんのようで”中華そば”を注文した後は、その他のサイドメニューを勝手に取っています。

中華そば6
さて、お目当ての”中華そば”です。お値段は500円。嬉しいお値段でしょう。

見て下さい、透明というより黄金色に輝くスープの色。これが、鶏がらとイリコでとった澄み切ったお出汁です。見た目の通りアッサリした上品な味です。

この”中華そば”は、この”お出汁”が全てと言っても言い過ぎではないと思います。

出汁の味は全く言うことなし文句なしの、懐かしくて涙が出そうになる”中華そば”の出汁です。

このお店は既に再訪しました。それは昨年8月2日に”再訪シリーズ”12番目のお店、通算345番目のお店としてアップし”冷やし中華そば”をいただきました。

なおこのお店は、更なる再訪はしません。いただけるメニューの数が少ないからです。



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「松山市の地名・町名由来」・ 「港山町」 3

「松山市の地名・町名由来」の第3回目は、三津にある「港山町」(みなとやままち)をご紹介しましょう。


今日の舞台となる「港山町」は、あることで伊予国中世期の歴史上で重要な役割りを一時期、担っていたことがありますので、単独でご紹介します。

港山駅1
この画像は伊予鉄高浜横河原線の”港山駅”の風景です。

今では、この地域は「港山町」と表記されますが、この町名の由来となった山は”湊山”と呼ばれていました。

その”湊山”に、中世期”湊山城”という城郭が築かれていたことを知っている方は、地元の方を除いては余りいないかも知れません。

その”湊山城”に、中世期大きなスポットライトは当たった一時期がありますが、今日はそのことをご紹介しましょう。

湊山城地図1
この絵図面は、高浜中学校校門下に大きく掲示してあるものの一部を写したものです。

この”絵図面”に、”湊山城址”と表示されています。その脇には”湊三島神社”の表示もあります。

その”湊山城址”がある”湊山”は、伊予鉄高浜横河原線の”港山駅”付近にあって電車の線路に沿っていますから、電車の車窓からでも見えます。

湊山2
この画像が、”湊三島神社”側から、つまり海側から見た”湊山”(標高50m)です。城址はこの山頂にあります。

元々この城を建てたのは、建武年間(1334年~1336年)に河野氏当主の”河野通盛”(こうの みちもり)が道後湯築城を築いた時に、海の守りとして築いたものと言われています。

しかしこの”湊山城”は、1460年代に分家予州家(ぶんけ よしゅうけ)の”河野通春”(こうの みちはる)が更に堅牢な城を築きなおし、本家の”道後湯築城”にいた河野家宗家(こうのけそうけ=河野家の本家)”河野通教”(こうの みちのり)と鋭く対立し二度も本家と分家で戦いがあった所です。

予州家(予州とは伊予国のこと)の”河野通春”は、二度目の戦いで湊山山麓で戦死したとされてます。

湊三島神社5
これらの争いの後にこの地にスポットライトが当たったのは、天正13年(1585年)豊臣秀吉の”四国攻め”の後です。

豊臣秀吉による”四国攻め”については、昨年12月2日に”村上水軍・河野氏・長宗我部氏と豊臣秀吉の四国攻め 5 ”と題して、全部で5話に分けて詳しく書きました。

この秀吉の四国攻めの結果、伊予一国は毛利輝元に預けられ、その叔父に当たる”小早川隆景”(こばやかわ たかかげ)(本拠を備後三原=今の広島県三原市に置く)が伊予国の国主となりました。(正確に言えば、伊予国の中で和気郡は毛利家の外交を司った僧”安国寺恵瓊(あんこくじ えけい)に、得居通幸・来島通総兄弟(村上水軍の一族)に風早郡が与えられました)

伊予国を支配することになった”小早川隆景”は、降伏して蟄居(ちっきょ=自宅の門を閉門の上、自宅の一室に謹慎させられること)した”河野通直”(こうの みちなお)が元々支配していた"道後湯築城”を大幅に改築するとともに、この”湊山城”も大幅な改築を行いました。

”小早川隆景”の”湊山城”大幅改築の狙いは、本拠地備後三原との連絡や、当時豊臣秀吉がすすめていた”九州攻め”戦略の要にしようという意図があったとも見られています。

豊臣秀吉は、”四国攻め”の後は”九州攻め”、更にはその後の朝鮮支配、中国の””への侵攻まで考えていたと言われています。

港山と三津港
これは”湊山”から見た”三津湾”の今の風景です。

小早川隆景”は湊山改築に伴い、堀に相当する三津湾の対岸に位置する三津を城下町として整備した、もしくは整備しようと考えていたのかも知れません。

湊山城”改築のことは、天正14年(1586年)日本を訪れていた宣教師”フロイス”も、「大勢の人を使役して非常に高くて美しい城を建築中であった」と記録に残しています。

なお”小早川隆景”は、豊臣秀吉の”九州攻め”(=九州征服)の要とするという戦略の下で、伊予支配を僅か2年足らずで終え、天正15年(1587年)に秀吉の命によって”筑前名島”(今の福岡県福岡市東区名島)へ国替えとなって伊予を去りました。

今日はちょっとした歴史物になってしまいましたが、「港山町」の由来となった”湊山”に関る歴史の一端をご紹介しました。




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「土佐長寿司」・「愛媛グルメ紀行」 507

今日は、”愛媛グルメ紀行”シリーズも507番目のお店となりますが、その中で初めて”お寿司屋”さんをお訪ねしました。

それは、通称”椿神社”の表参道沿いにあるお寿司屋さんの名店”土佐長寿司”さんです、住所は東石井6丁目。

このシリーズは徹底してお昼の”ランチ”中心に様々なお料理やお店をご紹介してきました。その中で、結果的に”お寿司屋”さんは一度も採り上げたことがありません。

ところが、お店の前をたまたま通りかかった時に”お昼のランチ”ご用意していますという小さな手書き看板が目に飛び込んできて、吸い込まれるようにお店に入りました。

玄関1
こちらがお店の玄関です。その日は、どういう訳か、無意識にここに引き入れられたのです。

ところが、このお店でまったく予想だにしない経験と”出会い”をすることになります。

それは、オイオイご紹介しましょう。
 
店内2
店内は一枚板の長いカウンターと、小上がり、座敷などがあって本格的な”お寿司屋”さんであることが感じ取れます。

相変わらず一人ですから、当然カウンターに案内されました。ところが、ワタシには店主さん・板前さんのまん前で座れることは望外の幸せなんです。だって、店主さん・板前さんを独り占めできるではありませんか。

このお店の”ランチ”には、メニューなどはありません。お店は店主・板長さんとその奥様、それと厨房の中に入っておられる板前さんの3人でやっておられます。

店名の”土佐長”さんは、店主・板長さんが高知のご出身だから。でも板前の修業は松山の一番町でスタートされ、既に板前暦は30年になります。

その後自分のお店を持ち、次に古川町でお店を開店され、更にこの地に移られて今年で13年です。

しかも、このお店の店主・板長さん(目の前に立っておられます)は、今年の3月17日に皇族の”高円宮妃久子”様の昼食会料理の担当をされた方です。(「土佐長さん御自身のブログより)

宮内庁の食事を担当しただなんて、それだけお店の看板に”宮内庁御用達”と大きな看板を架けてもいいケースなんです。

ランチ3
さて、このお店ではランチメニューの表示されていませんので女将さんにお伺いします。

すると「1500円と2000円のどちらになさいますか」という女将の声。

思わず「セン・・・・・、セン・・・ゴヒャクエンでお願いします」と、声を詰まらせながら言ってしまいました。

ランチで1500円は、今までほとんど経験がありません。でも・・・・・・。

でも・・・・なんです!     ”1500円と言う価値”を、今更ながら体を震わせながら味わうことになるとは、この時点でも全く気が付いていませんでした。

ところが、出てきたんです!画像のお料理が・・・・・・・。声が出ませんでした。

でも、これは”序章に過ぎなかった”ことは、最後の最後に気がつくことになります。

寿司4
先ず、メインの”寿司”です。

内容は、手前右下から時計廻りに”烏賊”(イカ)・”海老”・”玉”(ぎょく=厚焼き玉子)・”鯛”・”マグロ”の5貫です。

店主・板長さんに「やはり回転寿司の影響は無視できませんか?」とお尋ねしてみました。

すると「ええ、確かに家族客は減りましたね。でも、値段で勝負しても我々は勝てっこないのです。何で勝負するかって言えば、それはもう私たちの腕と創意工夫しかありません」っと店主さん。

「確かにバブル時代は、座って1万円の世界が当たり前でしたから、その頃、正直言ってランチなんて考えたこともありませんでした。でも今になって思うようになりました。1万円のお客様も1500円のランチのお客様も、お客様には変わりはないって」

「バブル崩壊以降、多くの寿司屋が淘汰されました。でも、それは我々寿司屋の側の問題です。勉強不足、努力不足だったんです」と。 

鯛のアラ赤だし5
こちらは、鯛のアラを惜しげもなく使われた”鯛の赤だし”です。しかも、鯛のアラの部分は鯛の頭の中でも目玉の下の部分、一番美味しい部分が使われています。

新鮮な味噌の香りと、三つ葉の清新な香りが同時に鼻腔を包んでくれます。

店主さんとお話を続けます。「ワタシもバブル時代、そしてその崩壊過程の現場で働いていたこともありますから、その当時は様々なお寿司屋さんに行きました。でも今は現役をほぼ離れましたので、お寿司屋さんに行く事はなくなりましたね」っと。

天婦羅6
こちらは、手前の緑は”明日葉の天婦羅”ではないかと思いますが、確認していないので自信はありません。

その他のネタは、タコの足、海老、茄子(なす)です。天汁(てんつゆ)でいただきます。

話は続きます。「ほーー、じゃあお客さん、その頃はどういうお仕事に?」っと店主さんからお尋ねがありましたので前々職を告げました。

すると、店主さんの顔色がパッと変わって、「その会社には私が当時一番お世話になり、今でもその恩義を忘れたことは一度もないという大恩人のYさんが支店長さんをされていましたがご存知ですか」と、いきなり尋ねられました。

「ええ、その方は私とは同郷でして、先輩に当ります。若い頃随分可愛がってくださいました。でも惜しい事に40代の若さで早世されました」とワタシ。

店主さんはそのワタシの話を聞くや否や、奥様と顔を見合わせ「奇遇です!まさかあの大恩人だったYさんのお知り合いに、今こんな形で出会えるなんて夢にも考えたことがありませんでした」っと。

「そうなんです、これから!という時にお亡くなりになって、ご恩返しが出来ていないのが心残りで」と驚愕の表情です。

茶碗蒸7
こちらは、卵と出汁が絶妙の”茶碗蒸し”です。その具材には、ナント”銀杏”まで入っていました。

ランチで出された”茶碗蒸し”に”銀杏”まで入れられていたのは初めての経験です。銀杏は殻を剥いて薄皮をとって、軽く炒ります。手間隙がかかるのです。

話は続きます。「あのYさんは、まだ若かった私を一目見るなり、この人を信用せずして他の誰が信用できるか?と言っていただき大きな決断をしていただきました。今のことの様に覚えています」と。

「そして、Yさんという言葉・・・・もう何十年ぶりに使いました。そのYさんとお知り合いだったとは・・・・・・」と後の言葉が続きませんでした。

そして、最後に搾り出されるような声で「今、私、全身に鳥肌がたっています・・・・体が震えています・・・・」っと。

サラダソラマメ卵8
そして「あ、お客さん、この料理をご覧になってください」と指差されたのが、画像の”サラダ仕立てのソラマメ”です。

「これは、今が旬の”ソラマメ”です。でも単純な”ソラマメ”ではありません。ウチの職人さんが作った”細工物”でして、卵の白身と黄身で作ってソラマメの様に見せているんです」と。

食べてみました。確かにミニゆで卵です。但し、ゆで卵を一度解(ほぐ)して中心部を黄身で固め、その周りを白身で巻いて絞り色を付けてあります。サラダの具材の一つに、こんな手の込んだ仕事を!ワタシも思わず絶句しました。

「確かな技術力ですね!でも、こうなりますと作り手に一種のセンスが求められますね」とワタシ。

いえ、それは違います!」とキッパリ否定されたのは店主・板長さん。「”思いやりの心”です!自分が食べる客の立場になって、食品・食材とどう向き合えるか?なんです」と。

赤貝紐ヌタ9
「こちらは、”赤貝の紐”(ひも)です。赤貝も今が旬なんです。年間で旬の時期なんて僅かです。今を食べていただきたくて」と店主さん目を輝かせられます。

「じゃあ、この緑はワケギですね。それをヌタ仕立てになさった。いいお仕事ぶりですね」とワタシ。

「お客さん、食べ物が好きなんですね!」と店主さん。「ええ、まあ食いしんぼうなんですよ」とワタシ。

なすと里芋とタコ10
こちらは、飾り包丁を入れられた茄子(ナス)とタコの足と里芋の煮物です。実はこの上に見事な”ソラマメ”が一個乗っていたのですが(こちらはホンモノのソラマメでした)、余りに瑞々しいので写真を撮るのを忘れて先に食べちゃいました。

煮物の煮加減と出汁の味は、それはもう見事と単純に形容する他ありません。

「お客さんは色々なところを食べ歩いておられると言われましたね。そうすると、大野ヶ原にある”幻のチーズケーキ”をご存知ですか。一度食べに行って見たいとずっと思っているんですよ」と、美味しいもの談議が始まりました。

「ええ、知っていますとも!ワタシは食べ物のブログを書いているんですが、その中でも2回ほど採り上げました」と言いますと、ご主人の目がキラキラと輝きます。大野ヶ原の”もみの木”さんのことです。

「持ち帰り禁止なので、わざわざ大野ヶ原のそのお店まで行かなくては食べることが出来ません。そして、奥様が一人でチーズケーキを焼いておられますから、一時間にせいぜい8ピースしか作れません。一時間程度は待つ覚悟が必要です」と。

「おおおおお、それこそホンモノですよ。そうでなくっちゃいけない。多量生産をしないところがホンモノですね」とご主人。

百合根と独活11
こちらは”百合根”と”独活”(うど)を、豆腐を潰して胡麻などと混ぜて”白和え”に仕立てられています。

「こちらの”独活”も、正に旬ですね!」とワタシ。

「ええ、この季節、私は野山に入るのが好きでしてね。この前までは、ワラビなどを和えて出していました。これも私が山で採ってきたものです」と、まあ楽しそうに語られるんです。

「いえね、実は私の””なんですけどね、山でも海でもいいから人が誰もやって来ないようなお店を作って。そこで思い切って好きな料理三昧をしたいんですよ」と、目をキラキラさせられながら語られます。

ほとんど”少年”の熱き夢を語る店主さん、ワタシより5歳年下です。

キュウリト生節酢の物12
「これはですねー、高知の料理なんですよ」と店主さん。「キュウリと鰹の生節(なまぶし)を酢の物にしてみたんです」

「え???じゃあこの細いヒモのようなものは?」とワタシ。

「ええ、それはリンゴです。酢の物にリンゴの甘さを加えてみたんです」と店主さん。

「まあ、一つ一つのお料理が、全部手間を掛けられていますねー!」と、私は正味驚きました。修行を積んで、皇室の料理まで担当できる程の職人さんが、お昼のランチにも一切手を抜かれていない。

「そりゃあね、手を抜こうと思えば幾らだって抜けるんですよ。でもね、お客さんには旬のものをどうすれば美味しく頂いていただけるか。そこ力を入れるしか、私たち職人の店は生き残れないんですよ。そりゃあ原価率を考えれば儲けなんてありません。でも、それでいいんですよ」と。

「お陰さまで、これで子供を育てることができました。ありがたいじゃないですか」とも。

プリン13
最後にコーヒーかデザートが選べます。コーヒーは苦手なので”デザート”を頼みました。

そして出てきたのがこの”プリン”。まあ色合いをみて下さい。プリンの乳白色と生クリームの純白、イチゴの赤、ミントの葉の緑、小豆餡の黒。見事でしょう。プリンももちろんお店の手作りです。

「そのミントの葉、ウチの職人さんの自宅に植えているのを今朝採って持って来てくれたんですよ」と、あくまでも裏方の職人さんをタテてるのを忘れない。苦労人の店主・板長さんのお人柄が偲ばれます。

「ああ、今日は随分値打ちあるお料理をいただきました。ホンモノの職人さんが一切手抜きをせずに取り組まれたお料理の数々に感動を与えていただきありがとうございました。1500円の価値を遥かに越える品々でした」とお礼をお伝えしました。

すると「いやーー、お客さんに来ていただいて何十年ぶりかに大恩人さん思い出しました。嬉しかったです。ありがとうございました」と丁重なお礼を言って頂きました。

挨拶をお互いに終えてお店を出たとき、不思議な感慨に襲われました。このシリーズ、このお店が延べ507店目のお店です。

冒頭でも書きましたが、506店目までに”お寿司屋”さんは一軒も訪れたことがありません。またiphone5の訪問予定メモにも書いていません。

その日は”松山市の地名・町名由来”シリーズの「居相町」を取材する下見に”椿神社”に行った、その帰り道のことでした。

何度も通る道ですが、一度もこのお店に入ろうと思った事はありません。ところが、気が付いてみますと全く無意識の内にお店に入っていました。

これはもう、店主・板長さんがお名前を上げられたワタシの郷里の先輩でもあります”Yさんの魂”が呼び寄せてくれたと思うしかありません。

店主さんと同様、ワタシも実は鳥肌が立っていました

飲食店周りは””つながりを確認する旅です。今日も貴重な”ご縁”に恵まれました。

Y先輩!いいお店をご紹介していただきありがとうごございました。さすが、Y先輩だけのことはありますね!」




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「再訪 103 たきざわ」・「愛媛グルメ紀行」 508

今日は、昨年2月27日に”愛媛グルメ紀行”234番目のお店としてご紹介した、大街道3丁目ロープウェー街に一昨年11月にオープンした和食のお店”たきざわ”さんを再びご紹介します。(今日 1,000号 「たきざわ」・「愛媛グルメ紀行」 234


この”愛媛グルメ紀行”234番目の記事は、2009年9月20日に”じゅんのつぶやき”の記事第一号をアップしてから、通算”1000号目”となりました。


そこで、「1,000号”は、1,000回の出会いでした」という書き出しで、記事アップしました。


今日は、約1年2ヶ月振りに”再訪シリーズ”103番目、通算508番目のお店としてご紹介します。

玄関1
こちらが、開店して約1年半を経過したお店の玄関です。


午前11時30分の開店時刻とほぼ同じ時刻に入りまして、約30分で食事を終えましたが、その間に男性の一人客と、4人のグループ客がお店に入られました。平日のことです。


開業後1年半という経過で、ほぼ順調にお客様を獲得されてきたというのが実感です。

メニュー2
このお店のお昼のメニューは二種類です。

その一つが、画像に”まかないランチ”と手書きされた850円のメニューと、後は”釜飯”のメニューです。

ワタシは、前回同様に”まかないランチ”850円を注文しました。

このお店の店主さんご夫婦との出会いは、まだワタシが不動産会社の給料職員(正社員)だったころ、ある中古住宅を広告などで販売していたとき、こちらのご夫婦が気に入っていただき購入寸前までいったことがありました。

ご両親も、その中古住宅を見にこられましたが、結局その時は縁がなかったのでしょう、購入には至りませんでした。

その時の数回の出会いでしたが、こちらのご夫婦はその時のワタシのことを明瞭に覚えておられ、新しいお店での再会と言う”奇遇”にお互い感慨を新たにしたという訳です。

まかないランチ3
こちらは当日の”まかないランチ”です。日本食の職人さんの底知れぬ”凄さ”を味わうことになりますが、それは最後にご紹介することにしましょう。

このご夫婦とは長い人生を考えますと、最初の出会いはすれ違いざまの一瞬の”出会い”と言っていいと思います。

ところが、ブログを書き始めて記念すべき1000号を迎えたときに、偶然に再会を果たせました。

そのことが、1000号記念のキャッチコピーとして「1000号は、1000回の出会い」だったのです。

その時以降です”愛媛グルメ紀行”は、単に飲食店やそのメニューやお味等を紹介するにとどまらず、”人と人の縁”を求めての”旅路”にしようと、方向が定まったのは。

このお店の存在はワタシにとって、それ以降の”愛媛グルメ紀行”の路線を決定付ける大きな”ターニングポイント”となりました。

ちなみに、この再訪記事の記事番号は通算”1513号”になっています。1500号は自分でも気がつかない内に通過していました。

再訪した時、奥様の姿が見当たりませんでした。「アレ?奥様は?」とはワタシ。

「ええ妻は、本業に復職しました。妻の本業は保健師なんです」っと、店主さん。「じゃあワタシが初めてお伺いした時は?」っとワタシ。

「あの時は妻は産休中で、お店のオープンと重なりましたので手伝ってくれていました」と店主さん。

「あの時は”ブログ”で採り上げていただき、ありがとうございました。あの時以降”じゅんのつぶやき”を見たと言うお客さんが多数いらっしゃっていただきました」とは店主さん。

かつおフライ4
こちらは当日のメインディッシュ、”かつおフライ”です。

皆さんは、”魚類”の中で海を泳ぐスピードが早い魚の順位をご存知でしょうか?

一番早く泳ぐ魚は、マグロの仲間の”メカジキ”です。時速100キロ以上の猛スピードで泳ぎます。

二番目は”マグロ”で時速80キロ以上、そして三番目が今日のメインディッシュに化けた”カツオ”で60キロ程度で海中をまっしぐらに泳ぎます。

なお、カツオも身の危険を感じたときは時速160キロ前後の超高速で逃げると言いますし、魚の泳ぐ早さランキングも様々にありますから、一概には言えません。(以前瀬戸内海を走っていた水中翼船は時速70キロでした)

これはどういうことを意味しているかと言えば、”有酸素運動”のチャンピオンであるカツオは良質のタンパク源であり、同時に血合いにはビタミンB1などのB群、鉄分などのミネラル類を多く含んでいる”健康優良児”的な魚です。

その”鰹(かつお)”の調理法の代表選手が”刺身”であり”タタキ”です。つまり””で食べられることの多い魚です。

もちろん生以外にも、”鰹節”として日本人の味覚を支える大黒柱ですし、鰹節の前の段階の”生節”(なまぶし)は調理素材としてもよく使われます。

かつおフライ”の下には”当日のサラダ”として”ミズナ”と”ワサビナ”が敷いてあります。この二種の生野菜は、食感がもうパリパリです。しかも、”かつおフライ”というお料理の色合いに映えています。

かつお断面5
今回は初めて”かつおフライ”という調理法でいただきました。刺身に出来る”かつお”に小麦粉とパン粉をまぶして、まるで”トンカツ”の様に揚がったものが供せられます。

出された当初は、油の爆ぜる音がジージーと・・・。生と生節、及び鰹節以外のこういう”かつお”の姿は初めて目にしました。

店主・板長さんに「かつおをこういう形で拝見しいただくのは、初めての経験です」とお伝えしました。

「ええ、多分見たことがないでしょう。でも、まあ食べてみて下さい」と仰いました。

なるほど、口に入れてザクッと噛んだ瞬間はほとんど”トンカツ”です。でも次の瞬間にかつおの香りが口腔を充満します。

つまり、かつおの中心部はやや生に近い状態で供せられます。グズグズしていると、周りの衣の温度で中心部まで火が通った状態になります。食べ始めと食べ終わりでは、風味がまるで別のお料理の様に変化していきます。

プロの、修練を積んだ料理人の大胆な挑戦には完全に脱帽です。素人がとやかく言うレベルではありません。

鯛味噌汁6
こちらが鯛のアラを大胆に入れた”味噌汁”です。

中央に見える鯛のアラをご覧下さい。鯛のアラを入れた”味噌汁”は、瀬戸内では珍しくはありません。

つまり、”味噌汁タネ”に、鯛のアラを入れた。そこまでは普通です。ところがこの画像でお気づきになるかどうか?

鯛のアラのどの部分を入れたかで、店主の心が分かります。つまり、アラの中では最高の部位、”鯛の目の下”を大胆にもぶつ切りして入れてあります。

鯛の目玉と口の周りのゼラチン質、その大きな目を縦横に動かせる目の下の筋肉。人によっては意見が分かれるかも知れませんが、ワタシの経験では一番美味しい部位とされています。

つまり、そのお店に一番乗りしたお客、或は予約を頂いている客の中でお店として一番大切な客に出すものでしょう。

ただし、ワタシは前者です。

鯛のタイ7
さて、上の画像の白いもの、何だか分かりますか?分かれば、魚通の方かも。

これは”鯛の鯛”、もしくは”鯛中鯛”(たいのなかのたい)と呼ばれる””です。

硬骨魚の肩帯の骨の一部で、硬骨魚にはほとんどあるものですが、どの硬骨魚でもこの骨は”鯛の鯛”と呼ばれます。

見れば見るほど、目を持ったきちんとした魚に見えるでしょう?

江戸時代から、この”鯛中鯛”(たいのなかのたい=江戸時代はこう呼んでいた)は「めでたい鯛の中でさらにめでたい形である」とされ、縁起物として喜ばれていました。

つまり、上の項でも書きましたように”鯛の鯛”が含まれる部位が、味噌汁に入って入ることの意味を、江戸時代から”大切な客に出されるもの”として捉えられていたのです。もちろん、現代においては、そのことを知っている方自体がいなくなりましたが。

刺身8
刺身”は、鰤(ぶり)とマグロです。本来生もの=刺身は苦手ですが、この位脂が乗っていてトロトロの部位は美味しくいただけます。

生魚独特の臭みがないからです。

揚げ小松菜しめじお浸し9
こちらは小鉢に盛られた”煮物”です。

素材は”お揚げ”と”小松菜”と”シメジ”と、それに”ワラビ”です。お揚げ以外はどれも旬の物です。

”煮物”や”吸い物”は、そのお店の出汁が基本になっています。つまり、”煮物”や”吸い物”が美味しいお店が本物の”日本料理屋”さんです。

「この”お揚げ”さん、出汁の旨味を全部吸い込んで、他の素材へ”出汁の橋渡し”を上手にやっていますね!」っとワタシ。

「ええ、今仰られた”味のつなぎ”、”揚げ”の役目はそこに尽きます」と店主さん。

お子様は5歳と3歳。ワタシと出合った時、3歳のお子さんはまだ奥様のお腹の中でした。

店主さんとお話を重ねる毎に、初めての出会いの時の真夏の情景が脳裏を駆け巡りました。身重の奥様に中古住宅の2階を見ていただくために、階段を落ちないように手をすけたことが思い出されます。

ご飯10
ランチの決め手は、やはり”ご飯”でしょう。”お米”でしょう。

幾ら他のお料理が美味しくても、ご飯が美味しくなければ興ざめしてしまいます。

ところが、画像の”ご飯”を、よーーく見て下さい。

ご飯のお米、一粒一粒が立っているでしょう。艶があって輝いているでしょう。噛み締めれば甘いんです。

「日本人は美味しい米、それ自体が”旨い米”を得たが為に、美味しい副食への創意工夫が足りない」とは、世界的に言われていることです。

逆に言えば、ヨーロッパなど”不味いパン”しか手にすることが出来なかった民族は、セッセと不味いパンを食べ切るために、副食の調理に磨きをかけた。(ただし、これは完全に私見であり、偏見に満ちているかも知れません。ヨーロッパの方々、ゴメンナサイ)

つい最近ランチをご一緒した、ワタシのブログ友:”Kaori”さんご夫妻(ブログ名:Uber Days http://alexpluskaori.blogspot.jp/)、Kaoriさんは松山生まれでアメリカのロサンゼルス在住、ご主人のアレックスさんはドイツ生まれのロス在住。

3人でランチした時、ドイツ人のご主人”アレックス”さんは、ドイツ以外のヨーロッパのパンはフワフワ頼りなく美味しくない。それに引き換え”ドイツパン”は、繊維が硬くてシッカリしていて美味しいと。

でも、でも”アレックス”さん、日本の美味しいお米に比べたら・・・・・・ゴメンナサイ、お国の違いです。

さて、画像のお米は長野県産のお米です。実は店主さんのお生まれは長野県。美味しいお米を探しに探してたどり着いたのが、生まれ故郷の長野県産米。

「このお米、美味しいでしょう!自分でも驚いているんです。私はこういう飲食店をやっていますから、他のお店で美味しくないお米を食べると、正直ガッカリするんです。ところが郷里のこのお米、自分が食べた時、ああ違う!美味しい!と思ったんです」と、精一杯のろけられました。

フフフ・・・・「オラガ郷里の食べ物が一番美味しい」という原則通りのお答えでした。

でも、事実、本気で旨いのです!

大根カレー漬け11
今までご紹介してきたお料理も、日本食のプロの職人技の凄さに一々唸らされましたが、この日は上の画像で最後に大きく唸らされました。

上の画像を見ると、ほぼ全員の方が”大根の沢庵漬け”だと見るでしょう。事実ワタシも食べる前まではそう見ていました。

ところが・・・・・・ところが!なんです。口に入れた瞬間「エッ!!!コ レ ハ・・・・これは何???」

言葉になりません。ただ口の中で「□ △ 〇 ※ # ☆ ゞ ・・・・ёёё・・・・

伝統的な”沢庵漬け”の作り方は、大根を数日間日干しして、しなびた大根を、容器に入れて米糠と塩で1~数か月漬けます。その米糠の中に含まれる枯草菌の産出物によって、ダイコンは徐々に芯まで黄色に染まります。(今はほとんど人工着色料で黄色く染められている)

「たきざわさん・・・・・これは・・・・これは・・一体何で???」と搾り出すような声でお尋ねした。

すると、いとも平然と「ええ”カレー”です!」っと。「エッ・・・? え?カレーって・・・」とワタシ。

「はい、大根に塩をしましてね、その後カレーの液に漬けまして」と、店主さん。

確かにカレー風味の漬物になっています。「ウーーーーーン、やりますね!」ただの大根が、華麗な変身を遂げていたのです。

「アハハハ、やはり料理人ですから・・・アレ?っと思ってもらえるものを何時も考えていなきゃね!」

完全に脱帽です。修練を積んだ料理人の底力をマザマザと見せられました。興奮の連続の内に、完食していました。

「奥様におよろしく!ご馳走様でした」とお店を出るワタシを、玄関の外まで見送っていただきました。

「また、何度も来なきゃ!」っと、決意を新たにお店を後にしました。




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「鉄板 お好み焼き Cafe こがねむし」・「愛媛グルメ紀行」 509

今日は、古川南3丁目に昨年4月にオープンした”鉄板 お好み焼き Cafe こがねむし”さんをご紹介します。


場所は、椿神社の通称”裏参道”をずっと南進し、重信川を越える手前で現在工事中の”松山外環状線”と交差する手前、石井公民館一の宮団地集会所の南側にあります。

玄関1
こちらがご自宅兼お店です。ご夫婦の2人だけでやっておられます。


ここに来てまだ1年ですが、市内で長い間同じ店名でお店をやっておられましたから、通算の業暦は短くはありません。


店名の由来は、市内でお店を始めたとき「その当時、虫の名前が流行っていたんですよ!」っと店主さん。


お昼はランチメニューを用意してありますし、メインのお好み焼きを初めとする鉄板焼き料理も楽しめます。


また、夜は”鉄板焼き居酒屋”に変身、焼酎では幻の銘酒と言われる”森伊蔵”などの銘柄酒を種々取り揃えておられます。

店内2
このお店は鉄板焼きのお店ですが、客席のテーブルには鉄板がありません、普通の食卓テーブルです。


つまりこのお店、各種鉄板焼きメニューは厨房の大きな鉄板で焼かれ、各客席テーブルには熱々に焼かれた鉄板プレートで供せられると言うシステムを採っておられます。


ご夫婦2人だけで運営していく知恵ではないかと思いました。

日替わりランチメニュー3
この画像は、お店の玄関脇にある郵便入れに掛けてある手書きの”日替わりランチメニュー”です。


この他に、お好み焼きメニューは関西風と広島風が用意されている他、洋食メニューとして”ミートスパゲティー”や”昔懐かしい”と銘打たれた”ナポリタンスパゲティー”なども用意されています。


その他、3種のピザメニューや”ハンバーグステーキ”、各種”グラタンメニュー”もラインナップされているお店です。


更に夜のメニューは、”刺身盛り合わせ”や”カルパッチョ”から鍋焼きうどんまで、まあナンデモアリと言ったメニューを用意されています。

ランチ4
そこでワタシは”日替わりランチメニュー”を選びました。お値段は700円です。


当日のランチメニューの内容は、”豚ロースチーズカツレツ”でした。それをメインディッシュに、後はご飯と味噌汁とサラダと漬物が付きます。


味噌汁の味噌は、供する直前に味噌漉しにお味噌を入れて、出汁の中で味噌汁を完成させます。作り置きを温めるのではありません。

豚ロースチーズカツ5
(この画像は、iphone5で写した画像です、二度目です。コンデジとは色合いが違って見えます)
店主さんが”豚ロースチーズカツレツ”を作る過程を見ていますと、豚ロース肉をまな板の上で広げ軽く塩コショウし、その上に一枚一枚丁寧に”大葉”を敷いていきます。

敷き終えたら、その上に蕩けるチーズを、これまた丁寧に全体に均等に行き渡るように乗せていきます、そしてその上に豚ロースを乗せ、生卵、パン粉の順で全体をまぶしていきます。

次に熱したフライパンに乗せて、焦げ過ぎないように丁寧に焼いていきます。フライ返しで裏表を代えたら焼き上がりです。そしてまな板でそれをザックリと切り分けます。

それを大きめのお皿に乗せて、別に作ったトマトソースを乗せ、その上に黒胡椒を荒引きして振ります。そして、その場でカットしたレモンを添え、フライパンに残った美味しく味が付いた油を少しカツレツに注いで出来上がり。

その間に奥さんが味噌汁を作り、サラダを乗せドレッシングを掛けて、2人の役割分担を無言の動作で無駄なく進めていきます。まあ見事なチームワークです。

アップ6
そして、この”豚ロースチーズカツレツ”が美味しいんです。一切手抜きなどしていない、心のこもったお料理だと言うことが明確に伝わるお味です。


豚ロースと大葉の組み合わせ、それと豚ロースは味が淡泊ですからチーズでコクを付けられています。そしてカツレツのサクサク感が活きています。見事なバランスと言う他ありません。


味噌汁も、春キャベツのざく切りがタップリは入っています。キャベツのシャキシャキ感をしっかり残されて。つまり煮すぎていないということです。しかも味噌は直前に溶かされましたので、味噌の風味がそのまま楽しめます。

漬物7
目立ちませんが、漬物だって3種用意されていました。年季の入ったプロの仕事には目を見張るものがあります。


「ご夫婦で、朝から晩までずっと顔を合わせっぱなしって、どうなんですか?」と声を掛けたところ。


ご夫婦で顔を見合わせられて、一瞬噴出され「そりゃあ仕事ですから仕方ないですよ」と店主さん。


「お客さんが少なかったりした時は、最悪やけどね」とは笑顔の奥様。


この暖かい空気感が何とも言えず心地いいお店です。「お店は人なり!」という私の”飲食店感”を地でいくお店でした。

サラダ8
こちらが奥様担当のサラダです。ポテトサラダ付きで、実に多くの生野菜が、それぞれの野菜の持ち味を活かすよう、大きさ太さ細さをキチンと切り分けられて盛り込まれています。


小さなところまで気持ちを込めて作られていることがよくわかります。


これはぜひ、メインの鉄板料理をいただきに再訪せざるを得ないと心に決めました。


こういう新しい出会いと発見があるからこそ、この”愛媛グルメ紀行”シリーズは止められないのです。



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「愛媛グルメ紀行」を振り返る 57

さて、今週の金曜日も”愛媛グルメ紀行”シリーズを振り返ります。まだ一昨年の冬に入った頃です。

今日振り返るのは、169号~171号までの3店舗です。



先ず最初は、一昨年11月11日にシリーズ169番目のお店としてご紹介した、元の国道196号線、今は県道平田北条線沿いの堀江町にある”手打ちうどん かまはち”さんです。(「手打ちうどん かまはち」・「愛媛グルメ紀行」 169

もう、この地で30年以上営業しているお店ですから、大抵の方は知っていると思います。

玄関1
場所は、県道平田北条線を北条に向って走ると、内宮を過ぎて三浦工業を越し、堀江の海水浴場に向う堀江橋の手前にあります。

内装も外装も、30年以上殆ど変わっていません。もちろん店主も店員さんも。

”古色蒼然”(こしょくそうぜん)と言えば言いすぎかも知れません。

かまあげ5
このお店の看板商品である”釜揚げうどん”を注文しました。

お値段は、450円です。おでんの値段も含めて嬉しいお値段です。

薬味はオーソドックスに、刻みネギ、ショウガ、ゴマ、刻みノリ、そしてウズラの卵です。

さっそく、うどんを出汁に取り、すすってみました。釜揚げに特有の、うどんにヌメリが残っています。

この独特のヌメリが、釜揚げの魅力です。そして、うどんの良し悪しが一口で分かります。

出汁は老舗特有の濃いさと甘さが合い混ざった味です。

うどんの出来栄えは、唸るほどのものではありませんでしたが、30年以上もこの地域で続いているということ自体に価値があると思いました。

なお、このお店は再訪しません。更に何かを探求してみたいという好奇心が沸かないからです。



二番目にご紹介するのは、一昨年11月16日にシリーズ170番目のお店としてご紹介した、喜与町に古くからある”中国料理 華蓉飯店”さんです。(「中国料理 華蓉飯店」・「愛媛グルメ店紀行」 170

ロープウェイ街の一本東の通りで、一番町の電車通りから日赤に向けて北上する通りにあります。

丁度国際ホテルの斜め前くらいの位置でしょうか。

玄関1
玄関や店構えは老舗の風格。この地で開業して25年は経っています。

周囲には事務所も多いので、客層は実に多彩です。

料理人の方と奥さんと思われるご婦人のお二人で連携よく切り盛りされています。

ちゃんぽんセット上4
 このお店のお昼は、”ワイワイセット”と呼ばれるセットメニューが人気。

メインの6種の料理と5種の小皿料理からそれぞれ選びます。つまり、組み合わせは30通りになります。

そこで、ワタシはメインに”チャンポン”、小皿に”エビ天”のセットを選びました。お値段は780円です。

で・・・・・見て下さい。画像がそのセットです。てっきり”チャンポン”と小皿に入った”エビ天”がつき合わせ程度に出てくるとばかり思っていました。

ところがどうです、チャンポンそのものの量も半端な量ではない上に、”エビ天”はしっかり大皿に盛り付けてあるではありませんか。しかも、エビ天の下には”生野菜サラダ”まで敷いてある。

しかも、”フルーツ”の小鉢が2皿、何と言うサービス精神・・・・・と、その量。

チャンポンのスープは、中華料理店のスープで奥深い味ですが、決して濃く過ぎない。しかも”えび天”は、いい塩加減でプリプリのエビがたっぷり楽しめます。(フフフフフ・・独りでに笑みがこぼれました)

このお店はぜひぜひ再訪したいと思います。ただし、もうセットメニューは頼めません。食べきれないからです。



最後にご紹介するのは、一昨年11月17日にシリーズ171番目のお店としてご紹介した、湊町3丁目にある老舗中の老舗の”中華料理 珉珉(みんみん)”さんです。(「中華料理 珉珉(みんみん)」 ・「愛媛グルメ紀行」 171

同じ通りのお近くに、鍋焼きうどんの老舗”アサヒ”さんがあり、その近くには同じく鍋焼きうどんの老舗”ことり”さんがあるところです。

界隈は、”昭和”がそのまま生き延びて残ったという雰囲気に満ちています。

玄関1
こちらがお店の玄関。お店に入ると、かなりお年を召したお客さんと、お店のおばちゃんが会話していました。

「ワシナー、この店にモウ”50年”通ってるんやデー!」

仰け反るほどたまげました、80歳にはまだ届かない湊町商店街のある店主さん風のお客さん、ほぼ毎日通っているのだとか。

お客さんは、この店に通って40年とか50年という方ばかり。”昭和の食堂”にタイムスリップした感があります。

セット上4
ワタシはお店の名前を冠した”珉珉セット”を注文しました。

普通の”珉珉セット”は600円、ご飯を”焼飯”に変えると150円アップの750円です。

決して”チャーハン”ではありません、”焼飯(やきめし)”ですよ。

焼飯”は、パラパラにほぐれて美味しいのですが、何しろ調理時間が長~~いので、熱々感は全くありません。

余り熱いと舌を火傷するからという、優しい心遣いからに違いない。塩加減も、ワタシには丁度いい。もちろん、満足して完食しました。

そうそう、このお店は開業して”まだ57年”。

このお店は再訪しません。お料理お出来の点で、是非にとは思わなかったからです。




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「松山市の地名・町名由来」・ 「住吉町・祓川町」 4

松山市の地名・町名由来」の第4回目は、三津にある「住吉」(すみよし)と「祓川」(はらいがわ)をご紹介しましょう。


今日ご紹介する2つの町名は、2つの”お宮”が由来となっています。また2つの町とも町名の最後に””がつかず、1丁目~2丁目がある町です。

住吉町標識1
かなり年季の入った町名標識ですが、ここが「住吉」であることを示しています。


「住吉」は南北に流れる”宮前川”の西岸にあって、三津湾に臨んだ位置にあります。


かつて中世期に”毛利家”に伊予一国が与えられ、”毛利輝元”の伯父にあたる”小早川隆景”が伊予国の国主となりましたが、その”小早川隆景”は、ここ「住吉」から見れば三津湾を挟んで対岸にある”湊山”の”湊山城”を大改装・補強し、伊予国を支配しようとした歴史を持つ町でもります。

住吉神社4
この「住吉」の町名由来となったのが、この画像の”住吉神社”です。


今では、宮前川に向かってヒッソリと佇んでいる”住吉神社”は、大阪に総本社”住吉大社”があり、全国に約2,300社あります。


三津のこの場所に何故”住吉神社”があるかと言えば、”住吉大社”は海の神様として信仰されているからです。


つまり、”住吉大神”(すみよしおおみかみ)を祖とする一族として”住吉海人族”(すみよしあまぞく)があり、九州を拠点として瀬戸内海などで古来から海上交通や漁業に携わっていたといわれ、瀬戸内海にある港でも重要な港であった三津地区に相応しい神社なのです。

なお余談ですが、”住吉神社”の南側にある”喫茶アルプ”がある建物の2階には”愛媛グルメ紀行”で二度採り上げたイタリアンレストランの名店”リトルイタリア FLOR(フロア)”さんがあります。採り上げたのは、2012年2月9日と2012年10月18日です。

このお店の”パスタ”は絶品です。そしてこのお店の”デザート”も、普段甘いものを食べないワタシですが笑顔が自然にこぼれてしまいます。

祓川標識1
さて、次は概ね「住吉」と宮前川を挟んだ対岸にある町「祓川」(はらいがわ)の由来をご紹介しましょう。


祓川」は宮前川の東岸にあって、町内に”宮前小学校”がある住宅地です。

三津厳島神社1
祓川」の町名由来となったのが、上の画像の三津地区「神田町」にある”嚴島神社”(いつくしまじんじゃ)です。


”嚴島神社”は、広島県廿日市市の厳島(宮島)にある”厳島神社”を総本社とする神社で、全国に約500社があります。


三津の”嚴島神社”も古い歴史があり、元々は文武天皇の時代(7世紀後半)、東山の地(現在の古三津地区新屋敷方面)に神殿が新築されました。


その後、応仁元年(1467年)、湯築城にいた河野家宗家”河野通教”(こうの みちのり)と鋭く対立ししていた”河野氏”の分家”河野通春(こうの みちはる)が神殿を造営し、更に慶長7年(1602年)、現在地へ移転されました。

禊橋2
その”嚴島神社”の東側に南北に流れる宮前川に架かっているのが、上の画像の”禊橋”(みそぎばし)です。


”(みそぎ)とは神道用語(しんとうようご)の一つで、自分自身の身に穢(げが)れのある時や重大な神事などに従う前、又は最中に、自分自身の身を氷水、滝、川や海で洗い清めることを意味します。


祓川」の””(はらい)にも身を清めるという意味があり、”嚴島神社”前の宮前川で身を洗い清める”お祓い”をしたことに因(ちな)んだことが町名の由来となりました。


次回、第5回の”松山市の地名・町名由来”でご紹介するのは「別府町」(べふちょう)です。




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「海鮮山鮮 しゃらく」・「愛媛グルメ紀行」 510

今日は、県道松山伊予線(通称椿裏参道)沿いの和泉南5丁目にある”大野ビル”の1階に入っている”海鮮山鮮 しゃらく”さんをご紹介しましょう。


最近になって”地産地消市場・エフ・マルシェ古川店”がオープンしたところの斜め前にあります。”パルティー・フジ古川”や”椿小学校”よりはやや北に位置します。

玄関1
こちらがお店の玄関です。お店の前に駐車スペースが3台~4台、その他近くにも契約駐車場があります。


午前11時30分からの営業なので、35分に入ったところお店の前の駐車スペースが1台空いていたのでそこに入れました。


そしてお店に入るなり「お客さん、パスポートのお客さん?」という女将さんの声で始まった今日の出会い、結局最初から終わりまで”ランチパスポート騒動”の真っ只中で戸惑い慌てる店主さんと女将さんの、ある種”闘い”を垣間見る一時となりました。

店内2
店内は、こじんまりした”居酒屋”さんでした。”ランチパスポート”騒動に巻き込まれるまでは、恐らくお昼のお客さんは僅かな人数だったのかも知れません。

そこで、昼間の”ランチ客”を増やしたい!更には、その中から”夜の居酒屋”タイムにリピーターになってくれる客が増えれば申し分ないと”ランチパスポート”というとてつもない”仕組み”に入ってみた。(この部分はあくまでワタシの想像です)

ところが、自分達の想定を遥かに上回る”ランチパスポート”を持った客が連日詰め掛けた。それに戸惑い、必死に対応しようとしている店主さん夫婦の奮闘振りを目の当たりに見ることができました。

「お客さん、パスポートのお客さん?」という女将さんの声に「え?ランチパスポート???って、それ何ですか?」と、ワタシ。

”ランチパスポート”という言葉は知っていましたが、実際使った経験が無く完全にはその仕組みが理解できていないのでそう答えました。

すると、今度は女将さんが驚いた。「え??・・えっ?・・・パスポートじゃない????」っとちょっと絶句した。

そんな会話をしている内にも、次から次へと客がお店に入ってくる。女将さんはその都度「パスポートの方?」の一言を発して、客を席に案内し続けた。

女将さんが客を席に案内している間に”お昼のお品書き”というメニューを見て、”日替わりまかない定食”(メインのおかずを選んでください)840円を注文することに決めていた。

ランチメニュー3
女将さんが一通り、客の誘導を終えてワタシのところ(カウンター席)へ帰ってきたので、上の注文を告げた。

すると女将さんまた絶句して、ワタシの顔をマジマジと見た。「・・・・・、え?コレ・・・・ね

そして「うん、これね。でもホゴの煮つけが今日はないんよ!」と言った。「だから、何か他のメインのおかずを選ぶのでしょう?」と、ワタシ。

「えっ・・・・・エエ。そうやけど・・・・。ちょっと待って!」と言って奥の厨房に、女将さん戻られた。

厨房の奥で、ゴゾゴゾ何かを探し始めた。その傍らでは、”ランチパスポート”用の”うどんメニュー”を黙々と作っている店主さん。「何か・・・・書いたモン・・・・・・無かったなーー?」とゴゾゴゾする女将。

その内”ランチパスポート”用の”うどんメニュー”が次から次へと出来上がってくる。女将は先ずそれを”パスポート”客に配膳し始めた。そして、ワタシには当日の”読売新聞”を持って来て「新聞でも読みよって!」とカウンター席に置いた。

それらの騒動が一段落したところでカウンター席に女将が戻ってきた。

「ランチパスポートやり始めてナー、もう毎日その客ばかり。うち、ソレ用に”うどんメニュー”用意したもんやけん、もう”うどん”ばっかり」とため息交じり。「じゃけん、普通のメニュー頼むお客さんが来るとは思わんかったんよ」と実に正直。

「で・・・何かメインのおかず一品選べば・・・・。何が出来るんですか?」とワタシ。

こうしよう!」と女将は決意を固めた。「今から口でメニュー言うケン、その中から一品選んで!」と。

そして「〇〇〇、△△△、×××、カキフライ、□□□・・・・・」っと口頭で早口に言った。

思わず、唯一聞き取ることが出来た「カキフライ!」っで、注文がやっと決った。口頭でメニュー聞かされ、それで注文したのは延べ510店の中で初めての経験。

まかない定食4
そういう大騒動の中で出てきた””日替わりまかない定食”(メインのおかずを選んでください)840円がこれ。


何とも驚くほどの大きさの牡蠣が4個、フライになって出てきた。揚げたてなので、まだカキフライからはジージーと、油が爆(は)ぜる音がしていた。


香りだって実にいい!

カキフライ5
(こちらはihone5で写した画像です。コンデジとは、どうも色合いが違って表現されてるようです)
まあ見てやってくださいよ、この堂々とした”カキフライ”。レモン一櫛と、手作りの”タルタルソース”が用意されていた。


まだジージー言っている”カキフライ”、そのジージーという音は牡蠣語(かきご)で「温かい内に早く食えよ!」と言っていたのかも知れない。急いでihone5のカメラに収め、先ずレモンを絞り掛けて食らいついた。


「う・・・・う・・・・ウフーーー。”う ま い !”」。


メッチャ ジューシー”なんです、この”カキフライ”が。間違いなく”母なる海の芳醇なるミルク”なんです!

サラダ6
こちらは予め用意されていた”サラダ”です。


これだって立派なモノ。生食用のホウレン草が瑞々しかった。

ホウレン草お浸し7
こちらは”ホウレン草のお浸し”、小ジャコと鰹節掛け。


この”お浸し”(おひたし)の出汁(だし)が出色の出来。ここの店主さん、既に業暦が20年を超える。


この”ランチパスポート”大騒動の中にあっても、キッチリ板前仕事は外さない。見事だと唸りました。

竹輪磯辺揚げ8
この”竹輪”だって、”磯辺揚げ”仕立てに!ちゃんと仕事をされているんです。


竹輪半本にも、決して手を抜かない。板前さんの矜持(きょうじ=プライド)を見た思いがしました。

果物9
最後に漬物と果物を頂いた。


その間にも女将さん、次から次へと”パスポート用うどんメニュー”のグラグラに沸いている鍋を客席に運んでいた。

味噌汁10
味噌汁も具沢山で熱々でした。


勘定を支払う時、小さい声で「もう”パスポート”には懲りた??」と微笑みながら尋ねてみた。


すると小柄な女将、ワタシ以上に小さな声で「・・・・ええ・・・ハイ、 こ り ま し た」と。


この”ランチパスポート騒動”を楽しみながら、美味しい食事をいただき、満足してお店を後にしました。



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「ちゃんぽん食堂 てっちゃん」・「愛媛グルメ紀行」 511

今日は道後一万町、勝山町の電車通りを北上して平和通と交差する交差点を、そのまま更に北上した県道松山北条線沿いにある”泰州ハイツ”1階に昨年7月にオープンした”ちゃんぽん食堂 てっちゃん”をご紹介しましょう。


このお店が昨年開店するまでは、昨年6月22日の”愛媛グルメ紀行”の317番目のお店としてご紹介した”中華料理 泰州”さんが営業されていました。


ですから、”中華料料理 泰州”さんは、ワタシがご紹介してほぼ1ヵ月後には閉店され今のお店になっていたということになります。その”中華料料理 泰州”さんでは、ある事に”度肝を抜かれ”ました。それは後ほど。

玄関1
こちらがお店の玄関。


若い店主さんと、その可愛い奥様の二人でお店をやられています。


実はこの店主さんのご両親は、高浜の観光港の前で”てっちゃん”というお店を30年以上やっておられます。メインは”ちゃんぽん”だそうです。 


店主さんはそのお店を手伝っておられて、昨年7月に”暖簾分け”(のれんわけ)の形でこの地にお店をオープンされました。

店内2
店内は若者夫婦が運営しているだけあって、以前に比べて随分小ざっぱりしました。


学生街なので学生客が中心ですが、学生達が長い夏休みや春休みに入ってこの街から消えても、お客さんの層が近隣の年配のお客さんや若い女性客にまで徐々に広がってきて安定してきたそうです。


ワタシが店主さんに「お近くに、安さと量などが話題のお店がありますがどうですか?」とお尋ねしますと。


「いえ、お客さんの層が全く違いますから影響や競合はまったくありません!」という、力強いお言葉に頼もしいパワーを感じました。

本箱3
さて、以前あった”中華料理 泰州”さんです。そのお店では、この画像の本棚に”妻が浮気をする理由”だとか”人妻浮気体験”などというオドロオドロしい”妻の浮気関係”の漫画がギッシリ詰まっていました。


そして、注文があった料理を作り終えるや否や、店主さんは、奥さんが注文されたお料理を運んでいる間、客席の一角に腰を落ち着け”妻が浮気をする理由”と言う題名の漫画単行本を見入っておられました。そこに、度肝を抜かれたというわけです。


そこで、若き店主さんに「ここにあった、大量の”妻の浮気関係”の漫画単行本はどうされました?」とお聞きしてみました。


すると、夫婦で顔を見合わせながら「アレはまずいでしょう!直ぐに捨てました!」と、笑顔で答えられました。


この瞬間に、初めて訪れた客のワタシと、店主さん夫婦の距離が一気に詰まったというわけです。

メニュー4
メニューを見たのは形だけ。


だって”ちゃんぽん食堂”という名乗りのお店です。しかもメニューにも”おすすめ”の文字が踊っています。


当然注文したのは当然に”ちゃんぽん”です。お値段は630円(内税)です。

ちゃんぽん5
この画像が、このお店の看板メニュー”ちゃんぽん”です。


全く意表をつく容器で供せられました。ちゃんぽんといえば、どのお店も”お決まり”の様に、口の大きく開いた”平皿”という体の器で出されます。


ところが、このお店、口の小さい、極端な言い方をすれば一種の””の様な器で供せられたのです。これには少々驚きました。

横から6
「ワタシは、色々なお店を食べ歩くのが趣味で、今まで様々なちゃんぽんをいただいて来ました。でも、このような底の深い器は初めてです」と言いました。


すると店主さん「その器を使った理由は二点あります。その一つは、熱々の美味しいスープを冷ましたくないと言う思いからです」と、話が始まりました。


「二つ目の理由は、ウチは女性お一人のお客さんもちゃんぽんを食べに来て頂いています。ところが、そういう女性のお客様にとって、口径の広い平皿は、”大食い”だと見られかねないから恥ずかしい、と仰います」と、店主さん。


「そこで、口径を絞り込んで底を深くとったその器なら、同じ分量のちゃんぽんでも”大食い”だと見られずにすみます。ですから、その器を選びました」と、実に理路整然と説明なさいました。


なお、ちゃんぽん全体を覆っている粉末状のものは”胡麻”を擦ったもので、決して”魚粉”ではありません。

ちゃんぽん7
さて肝心の”ちゃんぽん”のお味です。


先ず具材は、キャベツ、タマネギ、キクラゲ、大量の太いモヤシ、ニンジン、コーン、そして生で食ることができるホウレン草の野菜群。みな茹で過ぎていないのでキャキシャキパリパリの素材の持ち味が生きています。


それにチクワとカマボコと豚肉とエビとイカです。エビは生エビと乾燥エビの二種類が入っているようにも見えました。ただし、勘違いかも知れません。


スープがまず美味しい上にコクがあります。魚介の旨味と野菜の甘味、それに鶏と豚骨で採ったスープの旨味が渾然一体としています。

アップ8
具材で一番新鮮に思ったのは””生食用のホウレン草”です。ホウレン草の葉で緑の色合いを鮮やかに演出されました。


また、ホウレン草の茎の部分は葉の部分とは切り分けて使われ、敢えて浅く湯掻いてあり茎のシャキシャキ感を完全に残されていて、これが絶妙なバランスなんです。


店主さんにその”ホウレン草”の使い方の秀逸さの感想を、正直にお話ししました。


すると、店主さん「そこまで理解して頂いて食べていただくと、作り手の側としてはこの上ない喜びです。実はその”ホウレン草”、嫁さんの実家で作って頂いているんです」と、笑顔が広がりました。

麺9
この””も、実にモッチリとしていて、特別な食感が味わえます。

「この麺も、実にいい””をお使いですね!一口頂いたら、この麺の凄みが分かります」とはワタシ。

「ええ自家製麺ではありませんが、いい製麺所さんに特別に作って頂いている””です。分かりますか?」っと店主さん。

「ええ分かりますとも。でも、麺も具材もスープもほとんどいただきました。ところが、一番美味しいスープが器の底に残っています。でもこの器とレンゲでは、最後までスープを飲み干すことができません。そこが唯一残念です」と、正直に申し上げました。

すると「ええ、そこはよく言われます。色々考えたのですが、先ずは器を傾けてスープの残りを召し上がって下さい」っと、若い店主さん。その指示通りにして、スープを残らず啜りました。

この旨いスープを残すなんて、とても勿体無くて出来よう筈がありません。本当は器を両手で持ち上げて、直接口に付けてズルズル飲み込めばいいだけです。ワタシならそれがお似合いなんです。

ところが、店主さんが若い女性の一人客も”ちゃんぽん”を食べにきていただいていると仰ったから、そういう若い女性がスープを飲み干すにはどうしたらいいか?という問題提起をしたつもりです。

でも、考えてみると厳密にカロリー計算などしている若い女性ならスープを全部飲み干すことはないのかも知れません。勿体ないとは思いますが。

30年と言う時の重みを存分に味あわせていただいたこのお店の”ちゃんぽん”です。

これは是非、ご両親がおやりになっている高浜の”てっちゃん”をお訪ねしなきゃ、このお話は終わらないでしょう。

ということで、明日の記事はご両親がやっておられる”てっちゃん”をご紹介します。つまり、今日の息子さんのお店が”編”で明日のお父さんのお店が”後編”です。

親子の二部構成は、”愛媛グルメ紀行”シリーズを延べ510店書いてきて初めての試みです。通してお読み下さい。




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「てっちゃん」・「愛媛グルメ紀行」 512

今日は、昨日の”続編”をお届けしましょう。

昨日は、道後一万町、勝山町の電車通りを北上した県道松山北条線沿いにある”泰州ハイツ”1階に昨年7月にオープンした”ちゃんぽん食堂 てっちゃん”をご紹介したばかりです。

その”ちゃんぽん食堂 てっちゃん”の店主さんのお父さんが、高浜町4丁目で30年以上、同じ店名の”てっちゃん”をやっておられて、その”暖簾分け”(のれんわけ)で、昨年7月にお店をオープンしたとお聞きしたのです。

それをお聞きしたからには、”お父さんのお店”をお訪ねしないわけにはいかないでしょう。

暖簾分けされた息子さんのお店をお訪ねしたのは水曜日でした。当然その翌日の木曜日にお伺いしようと、若い店主さんに告げますと「父の店は木曜日はお休みです!」と仰ったので、満を持して金曜日にお伺いしたというわけです。

玄関1
これが、お父さんが松山観光港前で30年以上やっておられる”てっちゃん”です。お店の名乗りは”博多チャンポン”でした。

これが、暖簾分けされた息子さんになりますと、お店の名乗りを”ちゃんんぽん食堂”と変えられています。

名乗りだけではなく、お父さんのお店は”チャンポン”、一方息子さんのお店は”ちゃんぽん”と平仮名表記されました。

つまりお父さんから暖簾分けされましたが、息子さんは息子さんらしい、息子さんが考えた”ちゃんぽん”像を追求されています。親子で同じメニューを扱いながら、それをどう変えられたのか?関心事の一つです。

店内2
こちらが店内の様子です。例によってワタシが店内に入るのは、店主さんとの会話を期待して午前11時30分。これはどのお店に対してでも、同じスタンスで同じ時刻にお店に入ります。

店内は、地元の常連客で半分埋まっていました。その後正午までに8割の入りになりました。

店内に入って注文を次げた時に、注文を聞きにこられたお母さんには「一昨日、暖簾分けされた息子さんのお店に行ってきました」と告げました。

お母さんは、その事を厨房で腕を振るっておられたお父さんに耳打ちなさいました。

ワタシの予想では、その瞬間に「それはありがとうございました!」という反応をされるとばかりに思っていました。

ところが、これが見事に裏切られるのです。お父さん、表情一つ変えず、淡々と注文されたメニューの調理に没頭されていました。

おまけに、ワタシが座った厨房の真正面のカウンター席の前の棚はかなり高いので、調理されているお父さんの手元が全く見えません。

メニュー3
つまり、お父さんとの対話が期待できないばかりか、調理の内容も観察できない。しかし、それは勝手にこちらが期待しただけで、全く仕方のないことです。

後は、店内の様子とお料理の内容に神経を研ぎ澄ますしかない、と覚悟を決めてお母さんに注文しました。

注文したのは、当然にこのお店の看板メニューであり、息子さんがそれを継承されている”チャンポン”です。お値段は600円。

注文したチャンポンが出来上がる前までに、次から次へと地元の常連客がお店に入ってきます。

その都度に、店主さん(お父さん)は、毀(こぼ)れんばかりの笑顔でお客さんたちを迎え入れます。

てっちゃん、この前の〇〇には来トラナンダヤロー!会場に入ったら、てっちゃんが来ていないんで、アレ~、てっちゃんはドシタ~ン??って△△さんに聞いたんよー!」っと、近所のおばちゃん達が実にかしましい。

「ごめんごめん、あの時はナー、□□じゃったんよー!」っと満面の笑みで応じるお父さん。

このお店と店主(お父さん)さん、この地域では無くてはならないおでありおなんです。

チャンポン4
これが注文した、このお店の名乗りにもなっている看板メニューの”チャンポン”です。決して”ちゃんぽん”ではありません。

ここで、最初の軽い驚きが。息子さんは底の深い””のような容器を使われていました。

ところがお父さん(お父さんと言っても、ワタシより遥かにお若い)、”チャンポン”用容器の常道である”平皿”を使われていました。

しかも使っておられる”レンゲ”です。暖簾分けされた息子さんが使っている”レンゲ”はお父さんのそれの三分の一のサイズ。それに比べると、お父さんが使っている”レンゲ”は、むしろ標準サイズよりやや大きめでした。

チャンポン5
これが真横から見た”チャンポン”です。昨日の息子さんが使っている容器と見比べてみて下さい。

一方お父さんは、近所のおばちゃんやおじちゃんに満遍なく笑顔で応対し、それが終わると厨房の強力な火口(ガスコンロ)の前で厳しい表情で火加減を見ながら素早く調理していきます。完全なプロの調理人の表情と動作です。

一部の揺るぎもありません。当然に会話に誘い込む隙など微塵もありません。

さて”チャンポン”のお味です。スープは、スープは、実に息子さんのお店のスープとほとんど同じ出来でありお味です。

具材です。キャベツ、太めのモヤシ、コーン、緑の青梗菜(?)、そしてキクラゲ、ジャコテン、チクワ、カマボコ、エビ、イカ、豚肉など、山盛りです。麺が見えません。

具材の違いは、僅かに””の彩りに何を使っているか?です。息子さんは奥さんの実家で作っている生食用の”ホウレン草”を実に巧みに使われていました。

アップ6
会話を諦めて、ただひたすら貪るように食べました。文字通り一気に。

「ウフフ・・・・お い ひ い・・・・・」、まともな言葉が出ません。何時もなら、連射砲の如く言葉が迸(ほとばし)るワタシです。

息子さんの”ちゃんぽん”との大きな違いは、容器の形とレンゲの大きさだけではありませんでした。

”がまるっきり違っていました。息子さんの麺は”ストレートの細麺”でした。お父さんが使っている麺は”平打ち麺”でした。

イタリアの”ロングパスタ”に例えるなら、”スパゲティ”を標準としますと、息子さんが使用している麺はスパゲティより細い”スパゲティーニ”でしょう。スパゲティの直径が2mm程度なら、”スパゲティーニ”は直径が1.4mm程度でしょう。

それに比べてお父さんが使っておられた麺は、平打ちの”タッリアテッレ”、もしくはワタシが今その行方を注視している”和ビストロきむら”さんが”パスタランチ”でこだわりを持って使われている”リングイーネ”でしょう。

麺8
これが、お父さんが使われている”平打ち麺”です。息子さん同様、製麺所に特注されているのでしょう。少なくとも、ワタシは”チャンポン”でこういう平打ち麺には初めて出会いました。

ワタシが感動の内に”チャンポン”を食べ終えようとしたその瞬間でした。

地元の常連客の注文にも一区切りが着いた、正にその瞬間だったのです。

ワタシに正対された(真正面で向かいあった)お父さん、ここで初めてワタシに言葉を出されました。しかも、今までの職人としての厳しい表情から解き放たれたかの如く、”破顔一笑”です。

「息子のお店に行っていただいたそうで、ありがとうございました」と。

今までのプロの職人としての表情や立ち振る舞い、しかも地域に中で”てっちゃん”と深い愛情を込められて呼ばれ親しまれている、この地域ではなくてはならない”てっちゃん”の店主の顔、更には”てっちゃん”そのものの人としてのご自分の立ち位置。

それとは一転して、暖簾分けした息子の”父親”としての表情に一変されたのです。正味驚きました。

「一昨日、道後一万町の息子さんのお店にお伺いし、その美味しさに魅了されました。そこで息子さんにお伺いすると御両親が高浜で同じ名前のお店を30年以上されていて、その暖簾分けでお店を出されたとお伺いしました。それで早速お邪魔したというわけです」とワタシ。

麺9
「それはどうもありがとうございます」っと、笑顔で顔をクシャクシャにされながらうなずかれます。

「息子さんが作る”ちゃんぽん”、もちろん美味しかったのでこのお店にも飛んで来たのですが、お二人で使っておられる”容器”と””は全く違っていますね」と、息子さんからお聞きした平皿を使わない理由や、更には奥さんの実家で作っている”ホウレン草”の工夫された使い方などをお父さんにお伝えしました。

すると「なるほど、息子は息子なりに創意工夫してやっているんですね!でも、いいんですよ、自分がやりたい方法でやれば。そこは自由に任せています」と、お父さん目を細めて仰いました。

「でも”スープ”だけは、このお店の味と全く同じで変えておられませんでした」っと、ワタシがこう言いますと。

そりゃあそうよ!!そりゃあそうでしょう。スープ”を変えてしまったらもう”てっちゃん”じゃなくなるじゃないですか!」っと、ここは両親とも声を揃えて仰った。

スープ”に懸ける”自信と誇り”、”てっちゃん”という暖簾に懸ける”情念”を見た思いで感動させられました。

「同じ種類のお店を始めたからには、息子とはライバルです!でも、いい意味で切磋琢磨してもっと美味しい”チャンポン”作りに挑戦したいと思います。時折息子の店を覗いてやってください」と、キッパリ仰るお父さん。

そこには”てっちゃん”という暖簾を守ってきた店主さんの強い思いを持ったお顔、職人としてのプライドを持ったお顔、地域の方々に愛され続けている”てっちゃん”というお人柄を持ったお顔、そして”父親”としての厳しくも優しいお顔。

何種類もの、いいお顔を見せていただきました。

親子2軒のお店を連続して見せていただきました。そして何れも言葉にならない美味しさを味あわせていただきました。親子の情愛と、父親の思い、それらも見せていただきました。

心から「ご馳走様でした」とご挨拶し、お店を後にしました。



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「再訪 104 中国かっぽう 大岩」・「愛媛グルメ紀行」 513

今日は”再訪シリーズ”104番目のお店として”中国かっぽう 大岩”さんを再度ご紹介しましょう。


このお店は一昨年の9月26日に、”愛媛グルメ紀行”136番目のお店として一度ご紹介しています。(「中国割烹 大岩」・「愛媛グルメ紀行」 135


場所は小坂4丁目、国道11号線沿いで、ちょうど南環状線と高架で交差する高架の下の側道沿いにあります。

玄関1
この”中国かっぽう 大岩”さんの母体は、木屋町2丁目にある”雁飯店”さんであることをご存知の方は、もう多いと思います。


こちらのお店も、開店されてからもう20年は優に超えておられると思います。


ただ、南環状線と国道11号線の交差点だったものを高架橋を掛けて交差するようになりました。ですから、お店は高架橋の下の測道沿いに立地環境が変わりました。

店内2
こちらがカウンターから玄関方向を見た画像です。


大型店舗ですが、国道11号線の側道沿いに立地が変わった影響は無視できない様子でした。


それは、お店の駐車場とは別に第2駐車場まで用意されていましたが、現在はその第2駐車場は使っておられない様子からうかがえました。


丁度お伺いしたときは、期間限定(2月末まで)の”らーめんフェア”を開催中でした。

メニュー1メニュー2
上の画像の20種のラーメン(焼きそばや焼きビーフンも含まれています)のどれを選んでも、税込みで525円です。


中には、期間外であれば1050円もする”フカヒレラーメン”も525円です。


ブログ友:”ファットマン”さん(ブログ名:ファットマンの松山B級グルメ日記)の2月3日の記事「大岩にも汁無し坦々麺」http://ameblo.jp/199170/entry-11462883514.htmlに刺激を受けて再訪したことでもあり、”汁無し担担麺”を探しましたが20種のメニューには入っていないようでした。


そこで、平凡な選択ではありますが”五目ラーメン”525円を注文しました。

五目ラーメン5
上の画像が注文した”五目ラーメン”です。


このお店の店主さんとは、おおよそ35年ほど前に知り合いました。東京の調理学校を卒業され、木屋町の”雁飯店”を立ち上げられたころです。


その頃の店主さんの印象は、とにかく研究熱心で新メニュー開発にも意欲的な方でした。

五目ラーメン6
スープから立ち昇る湯気まで美味しく香ります。


具材は、白菜、インゲン豆、タケノコ、キクラゲ、ニンジン、豚バラ、海老、イカ、タマネギ、大根を桂剥きしたものの短冊切り等で、とても5目では収まっていません。そこにとじられた卵もタップリ入っています。


スープと麺と具材のバランスの良さは流石(さすが)だな!って思いました。


スープを啜ってみました。実に上品なスープです。いいお味です。スープが美味しいと全体が美味しいですね。

アップ7
やはり手馴れた職人技ならではの出来上がりだと思いました。


スープが濃過ぎず、野菜からの甘味もスープに溶け出していますので、幾らでもスイスイいけます。


まだ、具材の炒め加減もよくって、それぞれの具材の持ち味が生き生きしています。


大型店ですので、一種のファミレス的な感じは否めないのですが、そこは大型店にはつき物ではないかと思いました。

麺8
麺は細麺でかつストレート麺です。スープによく絡んで美味しくいただきました。


唸るというか、感動で身動きが取れないといったものはありませんが、全体がまとまっていて十分に満足させていただきました。


側道沿いという、立地的には困難さを抱えられましたが、お昼時に駐車場はほぼ満杯のようでした。


なお、このところ金曜日には”愛媛グルメ紀行を振り返る”シリーズをアップして、土日はお休みをしていました。ところが、記事を書くのは今までのペースと全く変わりがないので、予定原稿がどんどん溜まっています。


そこで、これからの土曜日の4回は”愛媛グルメ紀行を振り返る”をアップし、日曜日だけお休みします。明日の土曜日は”「愛媛グルメ紀行」を振り返る 58”をお届けします。


休むって・・・・・中々大変なんですね。




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「愛媛グルメ紀行」を振り返る 58

さて、今週から当面の間、”愛媛グルメ紀行を振り返る”シリーズは土曜日にアップすることにしました。

結局、週に2日だけアップを休むと言うことに、体と心が馴染みませんでした。アップを”休む”ということにも強力な意志力が必要だということを、ここにきて痛切に感じました。結局土日を休めたのは僅か3回にしか過ぎませんでした。

アップを休みなく続けるということが、体と心にビルトインされていたのでしょう。ワタシにとっては”休まない”ことの方が、”心は休める”ということが分かったというわけです。当面はこのリズムでいきたいと思います。

でも、日曜日にお休みすることの大切さも学びました。さて”愛媛グルメ紀行を振り返る”シリーズは、まだ一昨年の冬に入った頃のことです。

今日振り返るのは、172号~174号までの3店舗です。



先ず最初にご紹介するのは、一昨年11月18日にシリーズ172番目のお店としてご紹介した、朝生田町1丁目、イオン松山店の西向い側にある”波平ラーメン”さんです。(「波平 ラーメン」・「愛媛グルメ紀行」 172

国道33号線に沿っていて、南隣にはファミリーマートがあります。

玄関1
このお店は20年以上前”屋台”からスタートしました。

”屋台”の時代は短かったそうですが、”ラーメン”の味は”屋台”時代のままです。

屋台からスタートしたお店らしく、営業時間は11時30分~13時30分までと、17時~24時までと、夜の営業がメインのお店です。

ですから、昼のメニューは”しょうゆラーメン”と”みそラーメン”、それに”おにぎり”の3種のみ。

ラーメン5
さて、ワタシが注文したのは”しょうゆラーメン”500円です。

今、500円でラーメンを出すお店は少なくなりました。

さて、肝心のお味です。これぞ”屋台のラーメン”の味の決定版のような味です。

最近のお店では、「”化学調味料”を一切使っていません」をウリモノにするお店が増えている中で、このお店はそんなことは気にもせず、昔からのやり方です。

で、美味しいのです。ワタシ達の年代には馴染む味です。

でもこのお店は再訪しません。再訪するほどメニューの数が多くないからです。



二番目にご紹介するのは、一昨年11月21日にシリーズ173番目のお店としてご紹介した、八幡浜市産業通にある”長山精肉店”さんです。(「長山精肉店」 ・「愛媛グルメ紀行」 173

精肉店”というお名前ですが、実際は”焼肉”のお店です。

”焼肉店”の経営母体が”長山精肉店”というお店なので、店名をそのまま踏襲したということのようです。

玄関2
ワタシがお店に入ったのは、焼肉を食べるためではなく、看板に”盛岡冷麺”の文字があったからです。

今年の夏に、このシリーズで松山市内周辺の”焼肉屋”さんを訪ね、”冷麺”(れいめん、あるいはネミョン)”を特集したことがあります。

その中には”盛岡冷麺”を名乗っているお店はありませんでした。そこで、珍しかったので入ってみたというところです。

盛岡冷麺6
そこでワタシはお目当ての”盛岡冷麺”を注文しました。お値段は800円です。

そもそも”盛岡冷麺”は、盛岡市で戦後在日一世の青木輝人氏が、郷里の”咸興冷麺(ハムンネミョン)”を参考に、日本人に受け入れられるように工夫に工夫を重ねて作り出したもの。

本来は蕎麦粉を材料として、色は黒っぽく噛み切れないほどの弾力を持つものですが、青木氏の工夫でジャガイモのデンプンを使って白っぽい麺に改良された。

それでも、コシの強い麺や、キムチのトッピング、牛骨ダシ中心の濃厚なスープという「故郷の味の3要素」は、守り続けられ、今の盛岡名物に育ったというもの。

先ず、麺はジャガイモデンプン製なのか?確かに白っぽい。でも、盛岡冷麺の一番の特徴である腰の強さはまるで感じられない。

次に、盛岡冷麺に添えられるキムチは、大根のキムチ”カクテキ”が基本ですが、このお店のキムチは白菜のキムチ”ペクキムチ”です。

スープには”トンチミ”というキムチの上澄み汁を牛骨からとった出汁に混ぜて使いますが、このお店のスープには”トンチミ”の香りがしません。

これは”盛岡冷麺”というより、長山精肉店オリジナルの、美味しい冷麺と言ったほうが正確ではないかと思いました。

このお店は再訪しません。やはり八幡浜は遠いからです。



最後にご紹介するのは、一昨年11月22日にシリーズ174番目のお店としてご紹介した、八幡浜市にある”ちゃんぽん亭 イーグル”さんです。(「ちゃんぽん亭 イーグル」・「愛媛グルメ紀行」 174

当時は、八幡浜が町興しの一環として売り出し中の”八幡浜ちゃんぽん”のお店をシリーズとして採り上げていた時期で、このお店で4店舗目でした。

今や、”八幡浜ちゃんぽんのお店”として登録され、”八幡浜ちゃんぽんMAP”に掲載されているお店の数は”50店舗”あります。

玄関2
こちらが”ちゃんぽん亭イーグル”さんです。市内の商店街の中心部付近の仲之町にあります。

店内は、お昼時ということもあって、お客さんの出入りは絶えずありました。やはり、50店舗の内でも有名店に入るだけのことはありますね。

ちゃんぽん5
ワタシが注文したのは”ちゃんぽん”です。お値段は嬉しい550円。

お店の玄関に掲げてある看板には、”あっさりスープとたっぷりの野菜”とあります。そのたっぷり野菜の具は、モヤシ、タマネギ、ネギ、ニンジン、豚肉、それにキャベツです。

そして、スープは確かにあっさり味です。今まで食べた3店に比べても、特別にあっさり味です。薄いといってもいいほど。

ですから、野菜の甘さが目立ちます。スープが自己主張をしていないのです。ワタシの好みから言えば、もう少しコクがあったほうが嬉しいと思いました。

このお店も再訪はいたしません。やはり八幡浜は遠いからです。




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「松山市の地名・町名由来」・ 「別府町」 5

松山市の地名・町名由来」の第5回目は、松山の西部にある「別府町」(べふちょう)をご紹介しましょう。

今日ご紹介する「別府町」は、”律令制度”の整備に関係した町名です。

日本で”律令制度”が始まったのは、645年の”大化の改新”以降とされていて、当時の中国””の制度をモデルにしたとも言われています。

律令制度”の根幹は、""(そ)という"口分田"(くぶんでん)からの収穫や””(よう)”調”(ちょう)という特産物、布、衣などを今の税金のように朝廷に納めることから成立っています。

また、土木工事や”官衙”(かんが)や”国衙”(こくが)などの地方役所の雑用を手伝う”雑徭”(ぞうよう)、その他”兵役”(へいえき)などに付くことが定められました。

これは”公地公民”(全ての土地と人民は公 - すなわち天皇に帰属するとした制度)の考え方による”班田収受法”(はんでんしゅうじゅほう)(戸籍・計帳に基づいて、政府から資格を得た貴族や人民へ田が貸し与えられる制度)を政治の根幹に置くと言う制度です。

つまり、土地は朝廷が人民に貸し与えるが、その代わりに”租庸調”や”雑徭”や”兵役”の義務を負わせるというものです。

別府町標識1
この画像は”別府集会所”に書かれている「別府町」(べふちょう)を示すものです。

上に書きました”班田収受法”(はんでんしゅうじゅほう)は直ぐに破綻しました。過酷な義務から免れたいために、多くの人々は、朝廷から貸し与えられた”口分田”から逃げだしたのです。当然、全国の田畑は荒れ放題になります。

そこで、朝廷は一時的に土地の私有を認めざるを得なくなりました。口分田は荒れ果てて、朝廷に税収が届かなくなったからです。

こうなりますと、有力貴族や寺院、有力農民が”荘園”(しょうえん)の開墾に力を入れ始めます。また開墾した”荘園”は、有力な貴族や寺院などに寄付し、寄付した貴族などに一定の年貢を納めて、朝廷への納税義務や兵役義務から免れるものが続出しました。

別府”は、その”荘園”に関係する地名です。つまり”別府”は””のことです。

”の””は””のことであり、その””とは朝廷に納める租税が免除されたことを示す”国司の約束状”のことを意味する言葉です。

愛媛では、松山に2ヶ所「別府町」(その一つは旧北条市)があり、今治にも「別府町」があります。みな同じ地名・町名の由来を持ちます。

今治にある「別名」(べつみょう)という地名も同じ由来です。

なお、今日は”律令制度”の概要を説明したためにやや難しい話になりましたが、実は松山には”律令制度”が整備される過程で付いた地名・町名が多いのです。これ以降は、”律令制度”の詳しい説明は省略します。

浄明院1
ただ、松山市のここ「別府町」(べふちょう)には、上に書きました由来以外に全く別の由来も言い伝えとして残っています。

それは、奈良時代、僧の”行基”(ぎょうき)がこの地を訪れたとき、”飯岡山”(いいおかやま)を見て”浄梵の霊地”(じょうぼんのれいち=きよらかな土地)であると思って、”浄明院”(じょうみょういん)を建てました。上の画像が、その”浄明院”です。

そして僧”行基”(ぎょうき)は、他の地とは違うという意味で「別府」(べふ)と名づけたといいます。

飯岡神社2
同じ”飯岡山”には”飯岡神社”も建っています。

浄明院”の住職さんにお話をお伺いすると、”飯岡山”一体が聖地で同じ山の山裾にお寺もお宮も建てられているそうです。

飯岡神社扁額3
上の画像は、”飯岡神社”の”扁額”(へんがく)です。

飯岡山4
そして、上の画像が”飯岡山”です。位置的に言いますと、”松山市市民運動公園”の南東部に間近に見られる山です。

この画像は、県道砥部伊予線沿いにある”スーパーセブンスター別府店”の駐車場から南西部に見える”飯岡山”です。

なお全国的に見た「別府」という地名の由来は、荘園の租税を特別扱い(寄進した神社仏閣や貴族には年貢を払う代わりに、朝廷からの税や兵役負担は免状される)にすることを表す””に由来します。

ですから、松山市のここ「別府町」(べふちょう)の由来が””であるのか”飯岡山”にあるのかの真偽はワタシには分りません。

また、「別府」は、”べっぷ”とも”べふ”、更には”びょう”とか”びゅう”と読む地名もあります。

読みでは「べふ」が最多で、兵庫県に集中しているそうですが、地名「別府」は全国19道府県に散在しています。

その中で、全国で一番名が通った所は大分県の「別府市」(べっぷし)でしょう。

大分県の「別府市」は、宇佐八幡宮(皇室の崇敬をうけていた有力な神社)の荘園があったところで、石垣荘と称していたものが、鎌倉時代に豊後の国の国司が「」にしていたという記録があることによるといいます。

」が「」となって地名として今日に残ったことになります。

次回の”松山市の地名・町名由来”は第6回目、「斉院町」と「垣生町」を採り上げます。



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「キッチン スプーン」・「愛媛グルメ紀行」 514

今日は、上浮穴郡久万高原町の直瀬(なおせ)にある洋食レストラン”キッチン スプーン”さんをご紹介しましょう。

このお店は久万高原町に在住され、ご主人は木工師、奥様は漆師という”兒玉ご夫妻”様に紹介されました。

このお話は、このお店をお訪ねした日よりおおよそ10日前から既に静かな幕が開いていました。

それは一本の電話から始まりました。

田植え準備1
久万高原町”の田植えは、松山地域に比べたら随分早く、5月中旬には始まります。

ワタシがこのお店をお訪ねしたのは4月20日のこと。既に田には水が張られ、”田植え”の準備が始まっていました。

久万高原町の四季は冬が長く、生物(いきもの)が活動し生長できる季節は松山平野部の村々に比べて極めて短いのです。

その生きとし生けるものは、限られた短い時間に精一杯”生の営み”を凝縮させます。束の間の季節に、実に濃い時間を過ごさなければならないのです。


このお店をお訪ねした10日程前、お店にお電話しました。兒玉ご夫妻から予約しておいたほうがいいと、アドバイスを受けていたからです。

「モシモシ・・・・久万高原町にお住まいの兒玉ご夫妻から紹介されましたHと申します。今度の土曜日の午前11時30分で予約が取れますでしょうか?」、それがワタシの第一声。

「ああ、兒玉ご夫妻の・・・・親しくさせて頂いております。せっかくお電話いただいたのですが、生憎今週の土曜日は予約で埋まっております。大変申し訳ございません」っと、若い女性の店主さんのお優しいお声。

案内板2
このお店は、久万高原町の中心部から更に四国山地の奥に分け入った、山間部田園地帯にあります。

そこで、女性が一人で”洋食”のお店をやっておられます。その店主さんの健気(けなげ)に爽(さわ)やかで、なおかつ見事な仕事ぶりを是非にも見ていただきたいというのが兒玉ご夫妻の言葉でした。

「来週早々にも、改めましてお電話差し上げます」っとワタシ。「ぜひお待ち申し上げております」というのが女性店主さん。翌週土曜日20日の予約がとれました。

それから当日です。「国道33号線から左折し直瀬方面に向かい、井部美術館を過ぎたら改めてお電話下さい」と、店主さん。そのポイントでお店にお電話しました。

すると、実に的確に要件をお答えになり、その指示に従って5枚の案内看板通りに車を進めますと、お店に真っ直ぐ到着することが出来ました。

実に知性的、かつ心の奥深いところで心が和(なご)む電話でのご案内でした。まだお店に到着していないその時点で、このお店の魅力の8割がたが味わえた・・・・そのような、極めて印象的な電話での会話でした。

お店3
こちらがお店です。お住まいはすぐお近くにあります。

お店の右手にある白い玄関ドアの左手に、小さな白い木枠で囲まれた窓が見えます。この””のことを、ちょっとだけ記憶にとどめておいて下さい。

なんとまあ、こういう高原の田園が広まる高台にお店を出されたその”感性”。

お店に入る前から既にその”感性”にすっかり魅了されていました。何時も冷静にお店の隅々まで観察の目を光らせるワタシとは、まるで別人のワタシがお店の玄関をくぐりました。

すると想像通り、妙齢の女性店主さんに迎え入れられました。店内は9人も入れば満席になるほどの小ぶりなお店です。でも、お店の隅々まで磨き上げられていました。それは、お料理以前にお見事と言う他ないお店作りでした。

店内にはまだ”薪ストーブ”の中の薪が赤々と燃えていました。ここ直瀬では、既にソメイヨシノも山桜も終わっていましたが、八重桜だけはまだその可憐な姿が残っていました。

直瀬の季節の移ろいは、単純ではありません。二つの季節が間断なく続き、複層的に変わっていきます。

店内4
店内の窓からは、高原の春が手に取るように間近に感じることが出来ます。

八重桜が残っている下の土手には、まだ”菜の花”も咲き乱れています。その一方で、その土手の田には満々とした水が既に張られて、田植えを待つばかりになっています。

季節の移ろいを、このお店の中から静かに落ち着いた気持ちで実感できる。

このお店に入って席に付いた瞬間から、このお店は”お料理”と共に、大自然と四季をそのまま味わうお店であり、静かにユッタリと過ぎ行く時間を味わうお店であり、更に店主さんの慈愛に満ちた優しい空間を共有するお店であることに気がつきます

メニュー5
メニューは、厨房の上のボード一杯に女性らしい細やかな字で書かれています。

”チキンカツのボリュームサラダランチ”1050円などのランチメニューもあります。

ですが、今回はこの何とも心温まる、そして心和む時間を自然に囲まれながらタップリ楽しもうと”kitchen spoon シンプルコース”と名づけられたメニューを選びました。2500円(内税)です。

このお値段は、お料理に対するものに加えて”至福の空間と時間”という付加価値付きのお値段です。

メニューを店主さんに告げますと「お嫌いな食べ物、苦手なメニューや調理法などございますか?」っと自然な笑顔で尋ねられました。

「刺身以外は何でもいただけます。ただし見かけによらず小食なので、量は少なめでお願いします」とだけ告げました。ところがこのことが最後の最後になって、この店主さんの”心遣いの深さ”と”思いがけない展開”を見せていただくことにつながりました。

直瀬の山菜サラダ6
お茶とお絞りが出された後に、先ず最初に供せられるのが”直瀬の山菜サラダ”と名づけられた一品です。

手前に緑色をしたゼンマイに似た山菜が見えます。これは”クサソテツ”の幼葉で”コゴミ”と言います。店主さんに教えていただきました。ゼンマイにはアクがあありますが、この”コゴミ”にはそれがないので生でいただけます。

その他に独活(ウド)、タラの芽の天婦羅、緑の葉に赤い茎をもつ目にも鮮やかな”フダンソウ”、タケノコ、クレソン、ワラビ、その他数種類の葉物野菜が形よく木の器で供せられました。

これはもう”直瀬の野山”を丸ごと、そのままいただこうという趣向です。地元”直瀬”にとことん拘(こだわ)ったお料理です。

このサラダ以外の全部のメニューに直瀬で採れたものが使われていて、店主さんの”直瀬”という所への溢れんばかりの愛情を感じ取れます。

「春の山菜には苦味があります。野草が持っている”苦味”は、冬の間活動が落ちていた体を目覚めさせる為だと聞いております。長い冬眠から目覚めた熊が、真っ先に食べるのが”蕗の薹”(フキノトウ)だそうです」っと、慈愛に満ちた笑顔で、囁くように語り掛けられます。

その声を聞いた瞬間、苦味のある山菜が甘露のような甘さに変わるのが・・・・不思議です。

春野菜と山菜のクリームシチューパイ7
次に出されたのが””春野菜と山菜のクリームシチューパイ”と名づけられたメニューです。

「パイ生地は、地粉(じごな=地元直瀬産の小麦粉)を三種ブレンドしてバターと塩で練りこんで作っております。クリームシチューが入っている容器が熱うございますから、お気をつけになってください」っと、これまた天使のような自然な笑顔で説明していただきました。

パイ生地で、熱々のクリームシチューの熱を封じ込めてあります。そのパイ生地内部の熱で、パイ生地の香ばしさが際立つ仕掛けです。

パイ生地の上には、菜の花の一輪挿し。まあ、なんと細やかな表現なのでしょう。

春野菜と山菜のクリームシチューパイ8
パイ生地の中は、トロトロアツアツのクリームシチューです。そして、その中味は春の直瀬の山菜で満ち満ちていました。山菜だけではありません、数種類の豆類も入っていて、様々な味と食感が楽しめます。

山菜を生で丸ごといただき、今度はシチューの具材としていただく。調理の仕方の違いによって、山菜を多様に味わい尽くす。贅沢です。確かにキャビアだイクラだキングサーモンだと言えば、それはそれで美味しいし贅沢でしょう。

でも、日本人はこういう贅沢の仕方も知っている。それが、シェフでもある店主さんの提案でしょう。

大阪の料理学校で学ばれ、調理士免許を取得され、神戸や松山で飲食に携われワインバーなども経営されていた店主さんの”豊富な経験”。

そして自然を取り込む素晴らしい”感性”、それと”直瀬の採り立ての食材と自然”をたっぷり味わっていただきたいという”おもてなしの心”あってのお料理の数々です。

自家製パン9
こちらも地粉をブレンドして自ら生地を練り、寝かして、そして焼いた”自家製パン”です。

パンが香ばしく香っています。小麦粉の旨味をパリパリに焼かれた皮で封じ込めてあります。

手前には、パイ生地などに練りこむ”無塩バター”が一片添えられています。無塩バターだと、乳製品独特の味をそのままに味わえます。でも、チョットした心遣いで、美味しくいただく為のアラ塩が無塩バターの上に落とされています。

味のバランスへの深い配慮に驚かされます。口腔内で、香ばしいパンとバターが絶妙に溶け合ってくれます。

手打ちパスタ10
こちらが”地粉の手打ちパスタ、ふきと根菜、雑穀のラグーソース”と名づけられた一品。手打ちの生パスタが使われています。

ワタシは500店を越えるお店にお伺いしていて、イタリアンのお店も数多く行っていますが”生パスタ"をいただくのは初めてです。

ラグーソース”というのは、具材を細かく刻んで煮込んだソースのことです。ボロネーゼ(ミートソース)がその代表ですね。

このパスタの場合、ふきや根菜や雑穀をコトコト煮込んでソースにされました。

「この量で大丈夫ですか?」っと店主さん。その細やかで優しいお心遣いにトコトン癒されます。同じ空間を共有できることのありがたみが身に染みます。

「ええ、ちょうどいい量です。この雑穀類をお使いになったのは?」っとワタシ。

「はい、雑穀類は煮込みますと水分を含んでくれて量(かさ)が増えます。これだと、少量の材料でお腹一杯になります」っと、いかにも女性らしい配慮。

「このパスタの上に振りかかっているチーズのようなものは?」っとワタシ。

「ええ、それはオカラです。香り付けに少しのチーズを加えております」っと。え???”オカラ”・・

あくまでも地元の食材に拘る一方、カロリーバランスにも細心の注意を計られていることがよく分かります。

工夫と調理法一つで、大豆から作った豆腐の搾りかすがここまで活かされます。唸る他ないでしょう。

生パスタのモッチリ感を食感として味わいながら、根菜や雑穀の”土の香り”(と象徴的に表現していいと思う)を感じる深い味わい、フキのホノかな香りを楽しめました。初めて味わうお味でした。

デザートと紅茶11
さて、いよいよコースの最後を締めくくる飲み物とデザートです。

「コーヒーと紅茶がご用意できますが」っと店主さん。ワタシの横で跪(ひざまず)くように希望をお尋ねになりましたので紅茶をお願いしました。

そして、この後でした。冒頭で、「量は少なめで」と言ったが為に思いがけない展開になったと書いた内容です。

「Hさん、実はこのコースでご用意しているのは”スコーン”二枚です。でもHさんの””のことを考えますと、ここは”ジェラート”にお代えしましょうか?」っと店主さん。

パスタの量で調整しただいた上に、デザートの中味までお気を使われた。ここが”思いがけない展開”と書いた中味です。””だけを意識すれば通常のデザート”で用意された”スコーン”を半分に減らせば済むことです。普通のお店ならそうしたでしょう。

ところがこの店主さん、胃の負担が更に軽くなるように”デザート”の種類でも調整されようと・・・・・・もう、その体の毛細血管の隅々まで行き届く心遣いの細やかさには、言葉が出てきませんでした。

タダタダ「・・・・・・」と頷(うなづ)いただけです。

またさり気無く出された”紅茶”、これはおいしい水と空気に恵まれた久万高原町のてっぺん育ちの紅茶、”天辺の紅茶”を使われています。

久万美術館の所蔵品と松山のデザイン学校の初コラボによるパッケージも話題の”紅茶”を黙って出された。しかも、ワタシに「ミルクにしますか?レモンにしますか?」などという野暮なことは聞かず、更に砂糖も沿えずに黙って出された。

「久万高原町で育った美味しい紅茶を、そのまま召し上がって!」っという無言のメッセージでしょう。しかと、受け止めました。

スコーン12
そして「せっかくですから”スコーン”も半分だけ召し上がってみて下さい」っと、つい誘い込まれるような自然な微笑み。

敢えて例えるなら、”レオナルド・ダ・ヴィンチ”の最高傑作の一つである”モナ・リザ”を彷彿とさせる”笑顔”です。

決して大げさに書いているのではありません。思ったままを書いております。

なお”スコーン”とは、スコットランドが発祥の、アメリカでは”ビスケット”と呼ばれる焼き菓子の一種。

イギリスの家庭で”お茶”と言えば、紅茶とスコーンが付き物です。

その香ばしい”スコーン”も、一枚一枚ご自分で粉を練り牛乳でまとめられて焼きげられた。

その優しいお心遣いを、贅沢に香ばしくいただいた。

豆乳ジェラート13
さて、これがお話を締めくくる”デザート”で、スコーンに代えられて出された”ジェラート”。

この”ジェラート”で驚き感動したのは、”豆乳”で作られているということ。余り乳脂肪分を取り過ぎないように、そして”直瀬”で採れた”大豆”にとことん拘り抜かれた。

そして、この豆乳で作られた”ジェラート”です。”スプーン”で一口、口に含んだだけで直立不動になって思わず立ち上がる程の美味しさ。

大豆”は、植物の中では唯一肉に匹敵するだけのタンパク質を含有する”大地の黄金”と呼ばれている健康食品です。

その大豆が、甘いジェラートに生まれ変わった、ジェラートの上には、イチゴの食感と形を残したジャムが一粒乗せられている。見事な色彩感覚と、素材への探究心。恐れ入りましたとしか表現のしようがありません。

この”ランチ”に費やした時間は1時間と30分。今までのランチでは圧倒的な時間の長さ。でもその長い時間も、実感的にはあっという間の夢に中の出来事の様にお話が進行していった。お話はここで終わった・・・・と思った。でも終わってはいなかった。

お勘定を済ませて、美味しいお料理の数々と細やかな心遣いにお礼を言って、お店を出て車で走り去ろうとしたその瞬間でした!

何と、店主さんがレストランの白い木枠で囲まれた可愛い””を一杯に開けて大きく身を乗り出し「Hさーん、ありがとうございましたー!」と、あの”モナ・リザ”を更に一段美しくしたかのような笑顔で大きく手を振られているではありませんか。

思わず息を呑みました。店内には他のお客様がいらっしゃって、厨房では火を使われていました。

この店主さん、恐らく他にお客様がいないときはお店の外に出て帰られるお客様のお見送りをされるのでしょう。

でもそれが適わぬ状況下にあっても尚且つ、””から身を乗り出されて笑顔で大きく手を振っていただいた。

一本の電話でつながったお話が、やっとことで”小休止”となったようです。

このお話は、多分これからも続くことでしょう。

兒玉ご夫妻”様、いいお店をご紹介いただき本当にありがとうございました。




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「四川飯店 菜温」・「愛媛グルメ紀行」 515

今日は、通称道後樋又通り(県道六軒屋石手線)沿いにある”四川飯店 菜温”さんをご紹介しましょう。”


住所は、道後樋又でイエローコーポの1階です。県道の南側にあります。


このお店は、ブログ友:”乱 駆郎”さん(ブログ名:門前雀羅http://rancloh.blog67.fc2.com/blog-entry-717.html)さんの4月4日記事を拝見してお訪ねしました。


乱さんの記事によると、行きつけの居酒屋さんから情報を得たらしい。

玄関1
こちらがお店の玄関。玄関は、道路からやや奥まったところにあり、しかも間口もそう広くありません。


道後樋又通りを車で走っていたのでは先ず気がつかないでしょう。


このお店は、今年で開店7年目を迎えます。ところが、ワタシは今までその存在に気がつきませんでした。

店内2
店内は、厨房前の(厨房に平行した)カウンター席と、後は2人掛けと4人掛けの椅子と小上がりがあるだけの”小体”(こてい=こじんまりとした)なお店です。

厨房内に店主・シェフさんと細身の女性、それに若いフロアー係りの女性の3人体制でした。しかも、店主・シェフさんは相次ぐ注文の調理に没頭されています。とても、気軽にお話が出来る雰囲気ではありません。

おまけに、カウンターと厨房を遮る画像の酒瓶や薬酒の隊列。厨房を覗き込んで、シェフさんの調理の様子を観察することも敵いません。

ここは、調理されたお料理をジックリ観察する他ありません。

ワタシがお店に入ったのは午前11時30分、食べ終えた正午過ぎの店内は、常連客と思しきお客さんでほぼ8割の入り。

近くには愛媛大学本部・総合研究センターや四国郵政研修所があり、それらの職員さん風のお客さんもお見うけしました。

店内のBGMは、”モダンジャズ”。その”モダンジャズ”が店内の雰囲気にマッチしています。しかも、店内はピカピカに磨き上げられています。それは厨房も同じこと。

メニュー3
もうこの段階で、このお店が尋常ならぬレベルであることをヒシヒシと感じました。


乱さんは、このお店のイチオシメニューらしい”什景湯麺”(スーチータンメン)の塩味を選ばれた。


ここで、同じものを注文するのも芸がない。ワタシは”葱糸湯麺”(読み方は、スーシィタンメンか?確認していないので正確ではないかも知れません)を注文しました。お値段は880円です。


このメニューは英語で”Noodle with leek in soy based soup”と表記されています。直訳すれば、”醤油ベーススープ、ネギ入りそば”でしょう。このお店では単に”ネギソバ”と呼んでおられるメニューです。

ネギそば4
さてこの画像が、お店で呼んでいる”ネギソバ”です。


供せられた”ネギソバ”を一目見るだけで、このお料理は"スープ”と”葱(ネギ)”をいただくメニューだと分かりました。


供せられた瞬間から、醤油味の極めて上品な”スープ”と”ネギ”芳香が鼻腔を襲います。

ネギそば5
先ずはスープです。恐らく”澄んだスープなので、そのの代表である”清湯スープ”(チンタンスープ)の中でも一番高級とされる”上湯スープ”(シャンタンスープ)ではないかと思いました。


上湯スープ”(シャンタンスープ)のことは、2011年5月26日に”愛媛グルメ紀行”52番目のお店としてご紹介した”中国料理 龍(ロン)”さんでいただいた”鶏絲湯麺”(スーチータンメン)を説明した時触れました。


つまり、”上湯スープ”(シャンタンスープ)とは、清湯の中でも高級とされるスープで金華ハムと丸鶏、牛肉、豚肉を長時間煮込み、塩あるいは醤油でで味を調えたスープをいいます。


そして、更に味の決め手となっているのは”ネギの削ぎ切り”です。太ネギを””の様に細く細く切ったものがスープの中に大量に入っています。


この”ネギの細切り”(削ぎ切り)が、スープに次いでこのメニューの味を決定付けています。


ネギ特有の”エグ味”は全くありません。ワタシは素人ですから定かではありませんが、ネギを一度冷水に晒してネギ特有の”エグ味"を緩和してあるのでしょう。


これだけ大量に入っていても、全く邪魔にならないばかりか、この麺の味の方向性をキチンと導いています。

アップ6
緑色に見えるのは、彩りに添えられた”青梗菜”(ちんげんさい)でしょうか?


味にはほとんど影響を与えていませんが、お料理には”彩り”は決定的に重要です。優れたレベルのお店では、味だけではなく”絵画”の如くの色使いを見せてくれます。


さて、ここでスープをレンゲですくって啜ってみました。「・・・・・・・・・」声が出ません。かすれた、切れ切れの声で僅かに「う ま い !」でした。


もうこのお料理は、このスープ、中国語では””(タン)をいただいただけで、それだけで90%以上満足させられます。


ワタシの個人的感想では、コレだけのスープ=湯(タン)を提供できるお店は城南地区の中華料理店の雄”中国料理 龍(ロン)”さん他、極々僅かでしょう。

鶏肉7
これは、スープの隠し味的に使われている”鶏肉”です。


鶏絲湯麺”(スーチータンメン)に使われる”鶏肉の削ぎ切り"が、味の奥行きを深めるために入れられています。


スープと大量のネギの細切りの合間に、密やかに込められた”鶏肉”。これが実に繊細な味作りに大きく貢献しています。

麺8
最後になりましたが、””をご紹介しましょう。明らかに”ラーメン店”の”麺”とは決定的に違います。


どこが違うかと言いますと、麺に練りこまれたカンスイの量が全く違います。つまりカンスイを抑えた。麺の色はやや白っぽく、アンモニア臭の少ない上品な中細のストレート麺です。


極めて上品な”上湯スープ”とのマッチングはこの上ないと思います。このスープには、この麺しか対応しえなかったのでしょう。よくぞ、この麺を選ばれた!


流石は、プロの次元とは素人の領域などマルで問題にならない究極の麺とスープの組み合わせです。

完食9
もう、頭の中が真っ白になりました。それほど見事な出来栄えです。


これは、もう”乱 駆郎”さんに素直に感謝する他ありません。


しかも、再訪リストにシッカリ入力させていただきました。


恥じも外聞もありません、健康のことなどハナッカラありません。レンゲで掬(すく)える限界までスープを舐めました。そりゃあもう、当たり前でしょう。




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「大洲 にし川」・「愛媛グルメ紀行」 516

この記事を取材したのは、4月14日の日曜日でした。


予てからの計画で、「大洲を中心にした南予の歴史」を書いておきたいと、小田→内子→大洲→宇和町→吉田町→宇和島→そして郷里の野村→大洲→松山というコースで取材旅行に出かけました。1泊2日で300キロの強行軍取材です。


そしてその一日目は、”大洲のひで”さん(ブログ名:hideのgo for broke:http://blog.livedoor.jp/hidegoforbroke/archives/7804177.htmlさんの記事を参考に、お伺いするお店を決めていました。


ところが、その第一候補と第二候補のお店がいずれも日曜日が休業でしたので、第三の候補のお店にお伺いしたというわけです。

玄関1
そのお店が、大洲市役所のすぐ近くにある”お好み焼き・たこやき にし川”さんです。


もうそれこそ、大洲市役所のお膝元です。お店にお伺いして「駐車はどこにしたらいいですか?」とおうかがいしました。


すると「お店の前に置いて!」っと。つまり、路上駐車です。

店内2
お店は、ワタシより遥かにお年を召しておられると思われるおばちゃんが一人で全てを切り盛りされています。


大洲のひで”さんのブログによりますと、「このお店は出前で頼むものという考えが滲み込みすぎていて、訪問するという選択肢が今までありませんでした」っとありました。


そしてその記事の中で、お店に行かなければ食べられないメニューとして”汁そば”というメニューを挙げておられたのです。


店内は、完全に鉄板焼きのお店の設(しつ)えです。

メニュー3
メニューの掛札を見ますと、”お好み焼き”をメインとしてズラッと鉄板焼きメニューが並んでいます。


その中で、かろうじて鉄板焼きメニューではないと思われるのが”汁うどん”と”汁そば”です。


そこで、大洲のひでさんが頼まれたメニューと同じ”汁そば”を頼みました。何と、ナント、お値段は400円です。ちょっと”浮世離れ”したお値段ではありませんか。


しかし、それが浮世の話ではなく現実の話だと分かるのは最後の最後でした。

調理過程4
ワタシとほぼ同じタイミングで、ニッカボッカをはいた若者が1人お店に入りました。


既にお店には不思議に同じニッカボッカスタイルの若者が3人、巨大な”お好み焼き”を食べていました。


後から入った1人の若者に「あんたーゴメン!お好み焼きと麺類しか今日はデキンのよー。ご飯がないケン!」っと。

過程5
「おばちゃん、ウン エエヨ!焼きそばしてや!」っと注文。


焼きそば”の作成過程は、他の鉄板焼きのお店と全く同じ。


ただし、1人前の焼きそばに、キャベツ一玉の四分の一程をざく切りして使います。ニンジンだって、まあコンダケ入れるか?とう位に大量に。イカも惜しみなくドサッと入れて炒めます。

過程6
まあ、その豪快なことと言ったら。


鉄板の上で大きなコテを2本操る手捌き、意外とぎこちないのですが、それでも実にパワフルに作っていきます。

汁そば7
さて、”汁そば”とお店で呼んでいるものも出来上がりました。おばちゃん、一人で大忙しです。


まあ何と、大量の野菜。上に掛かっているのは最後にすり下ろして入れた胡麻です。


どのカテゴリーにも属さない、このお店のオリジナルですが、敢えて言えば”チャンポン”か。


しっかり人工調味料も投入されました。ワタシはそれを排除する立場には立ちません。でも・・・かなり大量でしたが。おばちゃんが何もかも一人でやっているんですから、細かいことなど言うのは”野暮”と言うものです。

汁そば8
具材は、大量のキャベツをベースにして、ニンジン、タマネギ、ワカメ、チクワ、カマボコ、豚肉です。


味は、唸るほどのものではありません。でもこのお店では、味がどうの?という価値観では語れないものがあると思いました。


それは、使っておられる”まな板”を見れば分かります。大きな無垢の木のまな板の中央部分が大きく凹んでいます。もう何十年も同じまな板を使われていることが一目で分かるのです。


「そのまな板、かなり年季が入っとるねーー」とはワタシ。


「そうよねー、初めてお店出したんが、昭和27年よー!

汁そば9
この言葉で、一瞬腰を抜かしそうになりました。


ショーーワ・・・・27・・・年!!  ワタシはその時まだ3歳です・・・・・・」


「たった一人で・・・・・た っ た ヒ ト リ で・・・・60年・・・・!


言葉が出ませんでした。「いや、出身は大洲なんよー。でも主人の仕事の関係で、初めてお店を出したのが松山の宮田町。あの辺りには、だいぶ減ったけど、まだ知っとる人がオルンヨー!」

麺10
「父ちゃんの稼ぎでは生活できなんだケン!近所の学生相手に商売始めたんよー。途中で、止めとったこともあるけど、今はこうやってネ!」っとおばちゃん。お袋の年代です・・・・・・・・・・。


「”出前”もされているとお聞きしましたが、”出前”はどなたが?」っとワタシ。


「どなたが?ユーテ・・・・誰が他にやるん????私よ!


え??????これで味がどうのこうのって言えますか?


一昨年亡くなった母と同年代。そのおばちゃんが、”出前”注文で大洲市役所内を駆け巡る!


これが一体、”浮世”(=この世に起こっている現実の世界をいう)のことだったのでしょうか。


夢うつつでお店を後にしました。あれは本当に現実のことだったのか・・・・?っと頭をひねりながら。



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「大洲 浜の家」・「愛媛グルメ紀行」 517

今日は昨日に続いて、大洲市のお店をご紹介します。このお店を取材に訪れたのは4月15日(月曜日)でした。


ちょうど、4月14日(日曜日)と15日(月曜日)の二日間で、「大洲市を中心とした南予の歴史」(仮題)というテーマで大洲市を中心に南予に取材旅行をしたときのことです。


そして、その取材旅行中でお昼をいただく第一候補といてリストアップしていたのが、今日ご紹介する大洲市常磐町にある老舗中の老舗店”浜の家”さんでした。ところが、14日(日曜日)の取材初日お店がお休みだったので、その翌日15日に再度お訪ねしたという経緯です。


このお店のことは、”大洲のひで”さん(ブログ名:hideのgo for broke:http://blog.livedoor.jp/hidegoforbroke/archives/7709900.html)の2月6日の記事を拝見してずっと前から決めていました。

玄関1
こちらがお店の玄関。大洲市のかつてのメイン商店街”殿町商店街”に続く”常葉町商店街”の一角にあります。


どの町でも街を代表する商店街は、かつて、町の商機能をを一手に背負っていた街の中心部にありました。


ところが、どの町でも商機能の中心部が市内のど真ん中ではなく、かつては郊外であった国道沿いに移っています。大洲市もその例外ではありません。その意味では、街の発展から取り残されつつある町です。

店内2
店内は、実に複雑な部屋構成になっています。カウンター席もありますが、今時珍しいロの字になったカウウター席でした。


また、お店のあちこちに突然”小部屋”が作ってあったりして、このお店の現在までに至る歴史が部屋の構成にそのまま出ているお店です。


でもかつての街の中心部にあって、自動車という交通手段を持たない方にとっては、貴重な存在なのでしょう。ワタシがお訪ねした日も、ワタシより随分とお年を召されたご婦人が一人で食事をなさっていました。

チャンポンメニュー3
注文するメニューは最初から決めていました。それは”大洲のひで”さんの2月6日の記事で採り上げられていた”和風チャンポン”です。単品で頼むと、お値段は500円(内税)です。


この500円と言う価値が随分重いことが分かるのは、出されたお料理をいただいた後です。

メニュー4
このお店のメニューのラインナップは随分幅広くて、画像の様に和洋の各種定食類から始まって、うどん・蕎麦メニュー、このお店の看板メニューの”釜飯”まで様々です。


街の中で歴史のある”食堂”の代表的メニューを網羅されています。


そのメニュー構成は、そのままこのお店の歴史を物語っているようでした。なお、厨房はお店の奥にありますので、調理の様子は全く見ることは出来ません。昔のお店には”オープンキッチン”という考え方はなかったのです。

チャンポン6
さてこの画像が、注文した”和風チャンポン”です。


そのスープは、うどんや蕎麦の出汁に近い醤油味のアッサリスープでした。


そして麺を覆うような多彩な具材からも、それぞれの出汁が出ていて実に円(まろ)やかなお味です。優しいんです、和風出汁のスープも各種の具材も麺もすべて。

チャンポン7
チャンポンを入れる器も、チャンポン専門店のような口径が広い”平皿”は使われておらず、ゴクゴク普通のに入れられています。


一切”奇をてらった”様子など微塵もなく、ただ淡々と今まで作り続けたお味を今日も守っている、そういう感じがしました。


ワタシより、恐らく20歳程度年上とお見受けした女将さんに「このお店は何時開業なさったのですか?」と、何時ものようにお尋ねしてみました。


すると「え?何時って・・・・・・・・・、何時言われても・・・・・・・・・」っと、言葉が続きません。

チャンポン8
「何時頃やたったろか???・・・・・ウーーーン、おばあちゃんの時代に始めたケン!」


「おばあちゃんは、最初は魚屋しよったンヨー!それで途中から食堂に変わった」


「その都度、継ぎ足し継ぎ足しでお店を広げてきたケン・・・・・・ナンカ、おかしな部屋作りになってシモーーテ」と、思い出しながら言葉を続けられます。

アップ9
優しい醤油味の和風スープの香りが、これがいいんです!実に。


具材は、大量のキャベツをベースに、モヤシ、ニンジン、コーン、キクラゲ、シナチク、エビ、イカ、豚肉、カマボコが麺を覆い尽くして入っていて、最後にすり胡麻が振り掛けられています。


具材を食べども食べども、中々麺に辿り着けません。「じゃあ、今は3代目になるのですか?」っとワタシ。


「イエ・・・・主人が跡を継いだのでまだ二代目」っと、ワタシの母親年代の女将。


「じゃあ、とても60年じゃききませんね!」と、声を弾ませてお聞きするワタシをよそ目に、「余りフルーーーテ、ヨーー分からんのよーーー」っと、遠くを見つめる目で答えられた。

麺10
麺は、ごく普通の麺。恐らく製麺所から普通に仕入れられているのでしょう。


自分のお店用に特注した、などと言う雰囲気はまるでありません。


美味しくも懐かしいスープと多彩な具材、それらを含めて特別に唸るというほどのものではありませんが、縮んだ胃を持つワタシでも、スルスルと箸が進みます。

完食11
ふと気がつくと”完食”していました。器を両手で持ち上げて、直接唇に当ててズルズルと飲み干していました。


ほとんど無意識にです。この爽快感は特別です。


二日連続でお店を訪ねた価値はありました。情報を頂いた”大洲のひで”さんに深い感謝の意をこめてお店を後にしました。




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「愛媛グルメ紀行」を振り返る 59

今週の土曜日も”愛媛グルメ紀行”シリーズを振り返って見ましょう。

今日振り返るのは、シリーズの175番目のお店から177番目のお店です。まだ一昨年の冬の頃です。



最初にご紹介するのは、一昨年11月24日に175番目のお店としてご紹介した、八幡浜の”レストラン 愛花亭”さんです。(「レストラン 愛花亭」・「愛媛グルメ紀行」 175

今まで、”愛媛グルメ紀行”でご紹介した”八幡浜ちゃんぽん”のお店は、”ロンドン”、”丸山ちゃんぽん”、”清家食堂”と、”ちゃんぽん亭イーグル”さんの4軒です。

今日の”レストラン 愛花亭”さんで5軒目、全体の1割をご紹介することになります。

縮玄関2
これがお店の玄関。場所は、新町商店街の一番北側の端にあります。

お店の中は、客はワタシ一人でしたが、このお店は一体どういう種類のお店なのかが見等がつかない、不思議な感じのお店でした。

メニューを見ますと、確かにトップメニューに”ちゃんぽん”がありますが、後はランチも”和食”と”洋食”の両方があり、カレー数種にカツ丼や中華丼がラインナップされています。

縮ちゃんぽんアップ5
これが、注文した”ちゃんぽん”、お値段550円です。

今まで食べた”八幡浜ちゃんぽん”のお店4軒は、スープの色が白濁系でしたが、このお店のスープは醤油色。

スープは、鯛と鰹で採ったようで、ラーメンのスープというよりは、うどんのスープに近い味で、しかもかなりしっかりした味、人によってはちょっと塩カライと感じるかも知れない味でした。

具材は、モヤシ、ニンジン、長ネギ、ジャコ天、エビ、と半熟玉子、それに豚バラ、白菜、タマネギで、どの具材も大きめに切ってあります。

麺は、しっかり”カンスイ”の匂いがする中華麵です。

このお店で”八幡浜ちゃんぽん”シリーズは終える事にしました。

なお、このお店も再訪しません。八幡浜との距離を考えるとちょっと遠いからです。



二番目にご紹介するのは、一昨年11月25日に176番目のお店としてご紹介した、国道56号線沿いの大洲市新谷に古くからある”レストラン プッピーレ”さんです。(「レスロラン プッピーレ」 ・「愛媛グルメ紀行」 176

帝京第五高校が、国道56号線をはさんだ向い側にあります。国道沿いのドライブイン形式のレストランが軒並み閉店している中で、20年を遥かに越えました。

玄関1
この看板に年輪を感じさせられます。

店内は広々としていて、2階まで併せると大規模なレストランです。

全てが個室になっていて、ゆったり落ち着ける雰囲気です。

ドリア上4
ワタシは、”八幡浜直送本日の海の幸ドリア”というのを注文しました。お値段は1,190円です。

出てきたのが、画像のコレ。”ベシャメルソース”がタップリかかっていて、それに焦げ目が付いていて美味しそうでした。

でもこの画像で思った事は「八幡浜で”ムール貝”って採れたっけ????自然の”アサリ”が海岸から全滅してもう久しいし・・・・・”アサリ”の養殖を八幡浜でしてるなんて聞いたことがないし・・・・・」でした。

八幡浜漁協に確認したところ、「ムール貝の養殖はしていません」でした。従って今もなお、あの”ムール貝”君は一体どこから大洲まで来たのだろうという謎は残ったままです。

でも、このお店は再訪しません。大洲も遠いからです。

<注>2013年11月頃、お店の前を車で通ったら、既に閉店されていました。



最後にご紹介するのは、一昨年11月28日にシリーズ177番目のお店としてご紹介した、松山市駅から”愛媛県立中央病院”に至る道沿いの末広町にある”お食事処 いよ家”さんです。(「お食事処 いよ家」・「愛媛グルメ紀行」 177

昔は”いよ家食堂”と言っていた時代もあって、末広町界隈ではきっての”老舗食堂”です。

開店は少なくとも30年以上ですが、細かいことは分かりませんでした。

玄関1
近くには”子規堂”や、松山南高等学校聖カタリナ女子高等学校松山工業高等学校などがあります。

これらの高等学校出身者には懐かしい”食堂”ではないでしょうか。

部活でお腹を空かせた運動部系の部員たちは、随分とお世話になった方も多いと思います。

お店は、何の変哲もない、ごくありふれた”町の食堂”です。

焼そばセット上4
ワタシは、一緒にお店に入った若者2人が同時に”焼そばセット!”と注文したので、それにつらされて同じものを。

値段は700円。それが画像の”焼そばセット”です。

山盛りの焼そばが鉄板の上に乗せられ、それにカラアゲが2個、おにぎりも2個とサラダです。

今だったら、決して注文できないメニューです。ところが、一昨年はこのメニューが”おにぎり”を2個残しただけで食べることができていたのです。

まあこの”ヤ・マ・モ・リ”の”焼そばを見て下さい。

マヨネーズが、これまたしっかりかかってるんです。完全に”若者仕様”です。

鉄板の上に乗っかっていますが、熱くない。ワタシ、イクラ麺類が好きだといっても、これでは・・・・・

このお店も再訪しません。やはりメニュー構成が若者仕様になっていると思うからです。




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「松山市の地名・町名由来」・ 「斉院町・垣生町」 6

松山市の地名・町名由来」の第6回目は、松山市の西部にある「斉院町」(さやちょう)と「垣生町」(はぶまち)をご紹介しましょう。


両方の地名とも、松山にお住まいの方以外は町名の読み方が難解だと思います。

南斉院集会所1
上の画像は「斉院町」(さやちょう)の町名が表記されている”南斉院集会所”です。元々は「斉院町」でしたが、人口が増えたことで「南斉院町」と「北斉院町」に別れました。

斉院町」の””は、本来は””(いつき)の文字を宛てますが、今は画数の少ない””を用いています。

実は、もっと言えば”斎藤”さんという名字に使われている””は、日本の名族”源平藤橘”(げんぺいとうきつ)の内の”藤原氏”の流れで、伊勢神宮と賀茂神社の斎宮・斎院の系譜に属する藤原氏を”斎藤”氏と呼んだのです。

ところが明治期になって一斉に戸籍を作った時、多くの人は日本の名族の一つである”斎藤”を名乗りたくて多くの人が役場の戸籍係りに届け出た。

ところが、その当時ににわかになった役場の戸籍係は”斎藤”を読み切れず”斉藤”で登録してしまった。かくして、この時代に初めて世の中に”斉藤”さんが存在するようになった。(ただし、このことはあくまでもワタシの個人的想像に過ぎません。決して学術的な見解を書いているのではありません)

斎藤”と”斉藤”の違いをパソコンで調べると、その回答のほとんどが”旧字”と”新字=略字”の違いだという説明が出てきます。それをそのまま、パソコンの辞書レベルに出てくるかと信じると間違います。

余談が長くなりました。本筋に戻しましょう。さて、実はこの””の文字が「斉院町」の町名由来を解くヒントなのです。

元の”斎院”(さいいん)は、前回ご紹介した「別府町」と同じで飛鳥時代から奈良時代にかけて”律令制度”が整備され、更にはその”律令制度”の根幹をなす”班田収受法”(はんでんしゅうじゅのほう)が破綻して、土地の私有が認められるようになった時に、全国に広まった”荘園”(しょうえん=朝廷の直接支配から離脱した私有地)に由来する地名・町名の一つです。

高家八幡神社鳥居1
斎院”は、この地域が、もともとは皇族の領地であり、”上賀茂神社斎院”(かみかもじんじゃさいいん)の”勅旨田”(ちょくしでん=朝廷から贈られた田)となったことを示しています。

上の画像は、「北斉院町」にある”高家八幡神社”(こうけはちまんじんじゃ)の鳥居です。


この地に残る伝承では、天暦元年(947年)に、山城国上賀茂神社の”斎院”(さいいん)に勤めていた”一色式部大輔氏勝”(いっしき   しきぶのたいふ   うじかつ)が、この地に”賀茂神社”と”八幡神社”を勧請(かんじょう=本祀の社の祭神の分霊を迎えて新たに設けた分祀の社殿にまつること)したことから”斎院”となったということです。

なお”斎院”(さいいん)とは、平安時代から鎌倉時代にかけて賀茂御祖神社(下鴨神社)と賀茂別雷神社(上賀茂神社)の両賀茂神社に奉仕した”斎王”(さいおう)のことを言いいます。

更に”斎王”(さいおう)または”斎皇女”(いつきのみこ)というのは、伊勢神宮または賀茂神社に巫女(みこ)として奉仕した未婚の内親王または女王(親王の娘)のことを言います。

特に、伊勢神宮の斎王を”斎宮”、賀茂神社の斎王を”斎院”といって、斎宮は古代(天武朝)から南北朝時代まで、斎院は平安時代から鎌倉時代まで継続したとされています。

高家八幡神社社殿2
この画像は”高家八幡神社本殿”です。

”高家八幡神社”は上にも書きましたように、山城国上賀茂神社の”斎院”(さいいん)に勤めていた”一色式部大輔氏勝”(いっしき しきぶのたいふ うじかつ)が、この地の高家山に”賀茂神社”と”八幡神社”を建てたことから”斎院”(朝廷から贈られた田で、租税等の負担が免除された土地)となったということです。

なお余談ですが、この「斉院町」に”一色”という姓が多いのは、上に書いた”一色式部大輔氏勝”がこの地に来た影響かも知れませんね。

この時期以降、地名の三院を”斎院”の文字を用したという言い伝えが残っています。

垣生小学校
この画像は、”垣生小学校”の後門横に張られているプレートで”垣生”(はぶ)の文字が見えます。次は「垣生町」(はぶまち)の由来です。なお「垣生町」も人口増加によって「西垣生町」と「東垣生町」に分けられました。

もともと”垣生”(はぶ)は、”はに”や”埴生”(はにゅう)と同じく粘土質の土地という意味です。

また、一部を削り取るという意味の”省り”(はぶり)や、放ち捨てるという意味の”放り”(はふり)が語源で、崖や崩れた土地を意味するとも言われています。

ですからもともと”埴生”(はにゅう)だった地名が転記した時に間違えられて「垣生」(はぶ)の町名になったといわれているそうです。

垣生山4
ところで、上の画像は”垣生山”の今の姿です。松山の西部には北から”弁天山”、”津田山”、それに”垣生山”と、三つの山が南北に並んであることをご存知でしょうか。

今では県道松山空港線(新空港通り)の西の端に”弁天山トンネル”が出来ましたから、”弁天山”の名前を聞いたことがある方は増えたかも知れません。

その”弁天山”トンネルを空港方面に出たところで更に南方向を見上げますと、画像の”垣生山”が見えます。

この”垣生山”山頂には”垣生城”があって、中世期には中予の守護大名”河野氏”の”河野一門三十二衆”の一人である”垣生加賀守盛周”(はぶ かがのかみ もりちか)がこの地域を支配していました。

それが「垣生町」の町名由来となったと言う説もありますが、”在地姓”(ざいちせい=出身地の地名から姓を採った)という考え方に立てば、”垣生地域”を支配していたから”垣生加賀守盛周”を名乗ったと考えるほうが自然かも知れません。

元々は、”垣生”(はぶ)は、”はに”や”埴生”(はにゅう)と同じく粘土質の土地にあった広い地域を指した地域名であったのでしょう。

ところが、伊予の中世期に”垣生加賀守盛周”がこの辺り一体を広く支配していた歴史があり、”垣生山”ある一体を含めて更に西の地域(現在の垣生町)をも含む一体を”垣生”という地名で呼んだのでしょう。




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「お好み焼 樂(がく)」・「愛媛グルメ紀行」 518

今日は、和泉南3丁目の”コーポタカオカ 1階”にある”お好み焼 樂(がく)”さんをご紹介しましょう。


通称、椿さんの”裏参道”沿いにあります。

このお店が、最近になってブログで時々情報を頂いている:”のしうめ”さん(ブロブ名:愛媛美味探訪http://39001919.at.webry.info/201304/article_8.html)の4月8日の記事でアップされてました。


そしてそれに引き続いて、ブログ友:”ファットマン”さん(ブログ名:ファットマンの松山B級グルメ日記http://ameblo.jp/199170/entry-11511542300.html)の4月14日にもこのお店のことが記事アップされました。


そこで慌ててその翌日、午前11時30分キッカリにお訪ねしたという訳です。

玄関1
開店時刻前にあったお店の内側のボロボロのカーテンは綺麗に片付けられていました。


あの内側の傷んだカーテンを開店前の時刻に見て、「ああ、このお店は閉められているんだ!」と思って、何度もUターンした経験があります。


店内には、若い店主さんと奥さんがピカピカに磨きが掛かった鉄板の前で客を迎える体制はしっかり整っていました。


開店前の玄関の様子と、開店後にお店に入った後の店内の様子の余りもの落差に正直戸惑いました。

長大鉄板2
お店にドーーンと置かれた”長大鉄板”の雄姿が一際(ひときわ)目を引きます。まあ鏡の如くに磨かれているではありませんか。


カウンター席に付きました。開店一番乗りですから、店内はワタシと店主さんと奥さんの3人だけでした。


「最近になってブログ仲間が次々とこのお店を採り上げていて、その評判たるや凄いものがありますと」と、口火を切ったのはワタシ。


「え?ブログに採り上げていただいていたのですか?それで皆さんの評価はいかがなんですか?」と答えられたのは店主さん。


「いやー、どの方も好印象ですよ。中には、修行されたという広島の”八誠”さんに負けず劣らず!」と書いておられた方もありますよ」っとワタシ。


「いやーー、そういうのって、私たちにとっては嬉しいですよね!」っと満面の笑顔のお二人。

メニュー3
メニューを見なくても、注文するのは決っていました。既にお好み焼一枚を食べ切る自信がなくなったワタシ、ファットマンさんのアドバイスで”そば入りハーフ”550円を注文しました。


そして早速、お店の内側の擦り切れかけたカーテンの件を話しました。「あの擦り切れて汚れたカーテンを見て、お店を何度も引き返したことがあります。あれは、一種のお洒落なファッションとして懸けておられるのですか?」っと。


すると「イヤー最近になってよく言われるようになったんですよー」っと店主さん。


「じゃあ、あのカーテンは前のお店の方が使っておられたのをそのまま使っておられるんですか?」っとワタシ。


「いえいえ、あれはウチの奥さんの手作りで、開店したときから使っていて、今では汚れてしまったんですよー!おい、やはりカーテン新しくしたほうがイイゾー」って店主さん奥さんの方を振り返った。


奥さん「ウフフ・・」っと微笑まれた。「ウチの奥さん、凝り性なんですよー。何でも手作りで、そろそろカーテン直したほうがいいねって話しているンですけど、奥さんあれこれ考えて、まだ取り掛かれていないんですよ」っと。

キャベツ4
そういう話をしながらも長大な鉄板の上では、注文した”そば入りハーフ”に取り掛かられた。


クレープ状のお好み焼生地を薄く鉄板に伸ばされ、薄い膜状に固まったらその上にドッサリとキャベツとモヤシを乗せた。


ドッサリトとと言っても、注文がハーフなので可愛い量のキャベツが乗った。このキャベツの量が、通常サイズとハーフサイズの味全体を決める大きな違いになっていることには、最後に気がついた。


お好み焼生地には、フレッシュな生卵がタップリ入っています。店主さんの横で、その大量の卵液をハンドミキサーで作っておられるのは笑顔が素敵な奥さん。

天カス5
キャベツに続いて”天カス”が大量に乗せられた。”そば入りハーフ”に入っているものは、キャベツ、モヤシ、豚肉、卵とそば、それに天カスと青のりと胡麻が掛けられます。


この頃になると、ワタシが書いているブログに話題が移った。その時店主さんが言われたのは「気取らない”洋食屋”さんでお薦めはありませんか?気軽に楽しめる洋食屋さんが好きなんですよ!」っと店主さん。


そこで、松山の洋食界の老舗中の老舗、千舟町の”野咲”さんの名前を挙げた。


すると「あ~~、”野咲”さん、懐かしい!私はこちらの出身なので高校時代によく通っていました」っと店主さん。

豚バラ6
そこで旧空港通りの”クレピス”さんの名前を挙げると、「ああいう気軽に行ける洋食屋さんが大好きなんですよ!この前の休みの日に”クレピス”さん、奥さんと二人で行ったんですよ!ところが生憎お休みでした」っと、奥さんに同意を求められた。


そこで、立花3丁目にある”ストロベリーキャンドル”さんのお名前を挙げた。

すると「そのお店は、お予算は幾らくらいの設定なんですか?」って、実に健全な質問が帰ってきた。


「野咲さんとクレピスさんは、料理のお師匠さんが同じで、尚且つ確か義理のご兄弟ですから値段設定もほぼ同じで500円前後ですね」


「このお値段設定は今では破格です。その点”ストロベリーキャンドル”さんはごく真っ当なお値段で700円から800円でしょう」っと説明しますと。


「エ???野咲さんとクレピスさんはそういうご関係だったんですか?知りませんでした。でもお話をお聞きして”道理で!”っと納得です」っと店主さん。

そばばらける7
その間にも、鉄板上で手を休めることはありません。広島お好み焼に付き物の”そば”を鉄板に投入し、そばがお互いにくっつかないように、そして均等に炒められる様にそばを鉄板の上に薄く広く広げていきます。


「その”そば”は?」っとワタシがお尋ねしただけで「ええ、広島から取り寄せている”お好み焼専用のそば”です。これがなければ広島お好み焼はできません」っと店主さん、飲み込みが早い。


作業の手は休めずに”洋食屋”談議は続きます。


「私は伊予市の出身なんですが、奥さんは広島出身。広島には美味しく懐かしく気楽に行ける”洋食屋”さんがたくさんあったのに、松山では・・・・。で、その”ストロベリーキャンドルさん、気楽にお伺いできるお店ですか?」っとワタシに話し掛ける。


その一方では、奥さんに「オイ、メモ!そのお店の名前メモしておいて。今度お休みの日に行ってみようや!」っと話が弾む。

ソース塗った8
「その他にはお薦めの”洋食屋”さんはないですか?っと、焼きあがった”そば入りハーフ”にオタフクソースを塗りながら、話は続いた。


「他には、針田町の電波塔の下にある”イルモンテ”さんがお薦めです!」っと言いますと、奥さんに再び「オイ、メモ、メモ!」っと忙しい。


オタフクソースを大きな刷毛で塗った後、青のりを大量に振り掛け、胡麻をパラパタッと振り掛けて完成です。

そば入りハーフ9
出来上がった”そば入りハーフ”は、ピッカピカに磨きげられた鉄板の上をスルスルと移動してきた。


可愛いサイズでもあるので、マルで抹茶のパウダーが振り掛けられた”お菓子”に見えた。


でも、オタフクソースのやや焦げた匂いと青のりの磯の香り、振り掛けられた胡麻の香ばしい香りが一度に鼻腔を襲ってきた。


否が応でも食欲をそそられる。

そば入りハーフ10
鉄板で満遍なく炒められたそばとモヤシが、”ハリネズミ”の針のように、胴体の脇から突き出してる。


優れた食品は、先ず目と鼻と耳で楽しむことができる。店主さんの前の鉄板では電話注文を受けた”ネギ焼き”などのメニューに取り掛かられていて、鉄板の上でモヤシなどがジュージュー音と湯気を放っている。


何だか食べるのが勿体ないくらい。

ワンピースカット11
それでも、用意されたマヨネーズとオタフクソースを掛けて、ワンピースだけ小さなコテで切り取って小皿に取って食べてみた。


「ウ フ フ・・・・・おいひい・・・・・」熱々だから、口内を火傷しない様に注意深く頬張った。


小麦粉の生地が、鉄板に当っている部分はパリパリに、キャベツやモヤシに接している部分はそれらの水分を受けてシットリしている。同じ生地でも二種の食感を味わえる。


ここで初めて気がついた。レギュラーサイズとハーフサイズの違いに。

四分の一カット12
レギュラーサイズと比較すると、当然ながら水分を多く含むキャベツとモヤシの量が少ない。つまり、ハーフサイズのそれは、レギュラーサイズのそれに比べと、お好み焼内部のシットリ感に欠ける。


ところが、水分が少ない分だけ香ばしくパリパリに焼きあがっている。味もアッサリしていて食が進む。


これは厳密に言うと、別種の食べ物だと思った。それぞれに別の味わい方が出来るに違いない。


店主さんは、やや小ぶりな”ネギ焼き”を大きなヘラで四等分して、持ち帰り用の発泡スチロール容器に入れた。


「それは?何のためにカットしたんですか?」っと。「ええ、電話注文なんですよ。おばちゃんが4人、雀荘で麻雀されていて四種のメニューをそれぞれ四等分して配達してという注文なんです。4人が4種類の味を楽しみたいって」っと店主さん。


なるほど、既にこの地に溶け込んで多彩なお客さんの多様な要望にこたえられている。外に置かれた配達用のバイクには奥さんが可愛く乗って配達もされている。


次に来る時は”もっチーズ”っていうメニューを頼もう!と、心に決めてお店を後にした。


のしうめ”さん、”ファットマン”さん、貴重な、そしてありがたい情報ありがとうございました。



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プロフィール

じゅん

Author:じゅん
愛媛の松山から、「愛媛グルメ紀行」や「愛媛の歴史」など、幅広いテーマで情報発信しています。日曜日を除く毎日更新。画像も豊富。
長いサラリーマン生活に終止符を打ち、還暦をとうに過ぎた2014.12.1に起業して社長になりました。

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