「再訪 176 楽阿弥(らくあみ)」・「愛媛グルメ紀行」 624

今日は今年の春、3月8日に初めてご紹介した、来住町にある日本料理店の”楽阿弥”(らくあみ)さんの二度目のご紹介です。(「楽阿弥」・「愛媛グルメ紀行」 491


場所はおさらいですが、国道11号線を久米に向けて南下して”サークルK松山南久米店”の交差点から農免道路に入って更に南下します。そして”ドラッグストアマック久米店”と”愛媛銀行来住支店”との間の交差点を西に入ったら200m程進んだ、道路の南側です。

玄関1
こちらが、お店の状況です。周囲は住宅地と田園地帯の混在地です。


通りがかりにフラッと立ち寄るというお店ではなく、数人でお昼を食べに行って談笑するというお店です。


メインは夜で、郊外型の料理居酒屋の大型店といった雰囲気です。

カウンター2
一人でお昼にこのお店に来るというお客さんは珍しいんだと思います。


ワタシは例によって、一人で午前11時30分にお店に入り、当然のごとくカウンター席に案内されました。


実は、目の前が厨房であるこの”カウンター席”は、ワタシにとっては特等席なのです。こういう大型店だと、お店の方との会話を楽しむということにはなりません。


ですから逆に、厨房の皆さんの動きをジックリ観察することにしています。

メニュー3
さて前回お訪ねした時は、冬が旬の”カキフライ特性タルタル”を注文しました。お値段は1050円(内税)でした。”旬采膳”の別名がついていました。


その時の”カキフライ”は、素晴らしく美味しくいただけました。その膳についていた”風呂吹き大根”の出来栄えには唸りました。つまり、とことん満足させていただいたのです。


ところが”です。今回は最初から最後まで、平坦に淡々といただいたに終始しました。何故なんでしょう?


一番最初の”ボタンの掛け違い”は、この”カウンター”でした。この広くて長い”カウンター”、油で汚れていて手を付けると手がカウンターにくっつきました。ワイシャツの袖口が汚れないように、気を使いました。

楽阿弥昼膳4
さてこの画像が、今回注文した”楽阿弥昼膳”と呼ばれるメニューです。お値段は1050円。


お店の名前を冠したお料理です。どういう工夫がなされているか?そりゃあ期待します。


そしてご覧の通り、”和定食”には”定番”の、汁椀、刺身、焼き物、煮物、茶碗蒸し、天ぷら盛り合わせ、それに香の物と一通り揃っています。過不足なく。


でもこの画像からは、何も伝わってこなかったのです。もちろん、お昼ご飯としては贅沢の極みというお料理でしょう。


これは、ワタシの”奢り”(おごり)でしょうか?色々なお店を回っている内に、心に溜まった”奢り・昂ぶり”だったとしたら、反省すべきはワタシです。

汁5
こちらが”汁椀”と総称されるものです。


この”お汁”、味は味噌仕立てです。表面からは見えませんが、具沢山で美味しくいただけました。


やはり和食の基本は”出汁”ですから、いい”出汁”で作られた”汁物”が美味しいということは、そのお店の基本的な味のレベルは高いということでしょう。(素人考えかも知れませんが)

刺身6
こちらは、お作りで”ハマチの刺身”です。三切れが上品に盛り付けられています。


この”お作り”の切り口や盛り付けを見ても、何ら文句の付け所がない、立派な板前料理だということが分かります。


ワタシは白身魚の刺身は苦手なのですが、大葉や大根の千切り、刺身のツマを利用して美味しくいただきました。

卵料理7
次のこの料理が、ワタシのメニューレパートリーでは分かりませんでした。”焼き物”の一種なんでしょうか?


どなたか、この画像でこのお料理に関してお分かりになる方がいらっしゃいましたら、お教え頂ければありがたいでしす。


下地は”卵料理”の様ですし、その土台の上にはミンチ料理が重ねられています。普通は分からなかったら、必ずお店の方にしつこい位におたずねするのです。


でもこのお店、郊外の大型店にも関わらず次から次へとお客さんが入り、厨房は大忙しです。こんなシーンでアレコレおたずねするのはマナー違反ですので、分からないままでした。お味は、喉掘って言うほどのものではありませんでしたが。

煮物8
この画像は”煮物”です。見た目と味わった印象では”筑前煮”のように思いました。

素材は、人参、豆腐、鶏肉、里芋の類、レンコンなどです。

これも、特別にどうこう言うほどのものではありませんでした。

ただこの当たりから、厨房の中の板前さんの動きに気がかりな点が。

立派な”トラフグ”を右手に、左手には「河豚(ふぐ)の調理法」という名前の”調理本”をチラチラ見ておられました。

鍼灸院に行って、「肩凝り治療をお願いします」と横になったら、鍼灸師の先生がおもむろに”人体ツボ辞典”を開いて「エーーーット・・・・・何処からいこうか?」と言ったら、ゾッとするでしょう。

実はまだ他にも「ん????」っというシーンがありましたが、手先が見えませんでしたから断言できることではないので、その内容は書けません。

天ぷら9
こちらは”天ぷら盛り合わせ”です。ネタは、かぼちゃ、ナス、シシトウ、海老、烏賊(いか)です。


実に真っ当な”天ぷら盛り合わせ”です。もちろん美味しくいただけました。


でもなぜか、感動が湧いてきません。「優れた食品とは、対話ができる」というのが、ワタシの信条です。


このシリーズで、感動できる食品に出会った時は、その食品に人格があって会話も出来ると思っていますので、本能的に語りかけてしまいます。すると、信じられないかもしれませんが、ちゃんと反応が帰ってくるのです。


それが今回は、全くありませんでした。何故なんでしょう?冒頭に書きましたように、これはワタシの”奢りなのか?”その疑問がずっとつきまといました。

茶碗蒸し10
こちらの”茶碗蒸し”も、お約束通り、具材には鶏肉と小柱、海老、キノコ、三葉が入っていて、完成度は高いのです。


でも、でも対話をしようという気持ちが沸き起こらない。・・・・・・


このお店、味は申し分ありません。でも最初から最後まで、心が踊らなかった!その理由を自分で見いだせなくて苦しい思いです。





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「愛媛グルメ紀行」を振り返る 82

今週の土曜日も”愛媛グルメ紀行”シリーズを振り返ってみましょう。

今日振り返るのは、昨年の春を迎える頃にアップした244号から246号までのお店です。

先ず最初に振り返るお店は、昨年3月12日にシリーズ244番目のお店としてご紹介した、千舟町2丁目、千舟町通りに面した”黒光コーポ千舟2”の1階にある”双庵(そうあん)”さんです。(「双庵」・「愛媛グルメ紀行」 244

先ず、このお店に初めて入る人は、入った瞬間に”目を見張る”ことになります。このお店の店名にも関係しています。

玄関1
本来は、一品料理とおでんを肴に一杯やる”居酒屋”さんです。

お昼には、毎日日替わりで3種類のメインお惣菜を柱とした”今日のランチ”をやっておられます。

双子姉妹9 
この写真は、店名の由来となった”双子の美人姉妹”の若い頃のもの。ある大企業のポスターのモデルとして採用されたもの。

当日は妹さんがお店に出ておられました。もうお子さんもいますが、今のほうが若い頃より更にお綺麗です。背が高くてスタイルがよくて、ちょっと”ドキッ!”とするほどです。

美人双子姉妹の何方かが、お店にお母さんと共にでておられます。

ランチ6   こちらが”今日のランチ

太刀魚”は、大皿からどれを食べたいかを選べます。

正直に言って味は覚えておりません。ハイ。

なお再訪しましたが記事にはしませんでした。また、お店の場所が近くではありますが、別の場所に移動されています。



二番目にに振り返るお店は、昨年3月13日にシリーズ245番目のお店としてご紹介した、県道森松重信線沿いの南高井町にある”ワイズ・カフェ”さんです。(「ワイズ・カフェ」・「愛媛グルメ紀行」 245

この県道沿いには、このお店の斜め前には”ピッツェリア マルブン”さんがあり、近くには”うどん瓢月”さんや”らーめん萬楽”さんなどがひしめき合っており、飲食業界激戦区となっています。

玄関1
郊外でも有数の飲食業界激戦区にも関わらず、昼時は21台用意されている駐車場が満車になります。

その駐車している車の際立った特徴は、軽トラックや社名が車体にプリントされている営業車両が圧倒的に多いこと。

コミック3 
見渡す限りの”コミック”に、思わず「ここは図書館ですか??」っと店員さんに聞いてしまいました。これがこのお店の特徴です。

スパ7   こちらが”ベーコンとチーズのオイルベースパスタ”で、通常の量の半分で出されます。そしてハーフサイズの”オムライス”が付きます。

チーズにオイルと、かなり重めの味ですから、好き好きが分かれるところでしょう。

このお店は再訪しません。やはり喫茶店の域を出ていないと思ったからです。


最後に振り返るお店は、昨年3月14日にシリーズ246番目としてご紹介した、和泉南4丁目の住宅地の中にある”手打ちうどん 豁(かつ)”さんです。(「手打ちうどん 豁(かつ)」 246

場所は、県道松山伊予線(通称、椿さんの裏参道)にある小野川にかかる”吉木橋”を渡って南下し、日興石油和泉SSの交差点を西に入って約200mのところにあります。やや分かりづらいですね。

玄関1
厨房を取り仕切るご主人を中心に、洗い場とうどん湯がき担当の女性、それにアルバイトの若い女性2人の、合計4人がお店の陣容です。店内の本棚には、整然と並べられた漫画の単行本が。

メニューにも、際立った特徴と言えるほどのものはありません。愚直に、”手打ちうどん”一筋といったメニュー構成です。

お値段も、一番安い”かけうどん”が300円。(うれしくて、思わず微笑んでしまいました)

釜揚げ4
”手打ち”を売り文句にしているお店ですから、そのうどんの美味しさを確かめるには一番では、と思って”釜揚げうどん”を注文しました。お値段は700円(内税)です。

ただ麺そのものに、いい意味でも悪い意味でもインパクトが足りないような・・・・・

麺自体のモッチリ感が、やはり乏しいところが、個人的には残念でした。

従って、このお店は再訪しません。麺がワタシの好みとは余りにかけ離れていたからです。




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「松山市の地名・町名由来」・ 「束本町・樽味町」 33

今日の「松山市の地名・町名由来」シリーズ33番目は、「束本町」「樽味町」の由来をご紹介しましょう。


なお「束本」(つかもと)は下に町が付かない町になり、1丁目と2丁目に分かれています。同じく「樽味」(たるみ)も下に町が付かず1丁目~4丁目まであります。


本日ご紹介する際に”基本資料”として使わせていただいたのは、「ふるさと桑原」と名づけられた”みんなでつくる住みよい桑原地区委員会”が資料を集め編集し、”松山市桑原公民館”から昭和56年3月30日に出版された小冊子です。今までに「桑原町」や「松末町」の時にも使わせて頂きました。


この資料は、久万高原町在住の”兒玉さんご夫妻”にご紹介され、わざわざ小冊子の全部を一枚一枚コピーして頂きました。ご主人は木工作家さん、奥様は漆芸家というご夫妻です。お二人には、再度、深甚なる謝意を表するものです。

束本表示1
まず画像は「束本」を示す表示です。「束本」は、東環状線の両側に広がる町で、人口密集地域の一つです。


この地域は古来(”和名抄”にその名を残している)より”桑原郷”に属していた地域で、古墳群も多く発見されている松山市内でも有数の歴史を持っている地域です。


「桑原町」のご紹介の時にも書きましたが、明治22年町村制施行当時、”桑原村”に収められたもの、桑原、正円寺、樽味、畑寺、三町、新百姓(今の束本)、東野、そし正円寺の旧八ケ村でこれを大字(おおあざ)としました。「桑原」の記事は、今年8月5日にアップしました。(「松山市の地名・町名由来」・ 「桑原」 19


更に昭和15年8月1日に桑原村も廃止され松山市に合併されたという経過をたどってきました。

束本地蔵院2
そして、現在の「束本」の町名由来となったのは、画像の”束本地蔵院”に歴代墓所がある”束本伊兵衛尉藤原秀重”という人で、束本家の元祖となった人です。


この”束本秀重”という人は、元はといえば信濃国(現在の長野県)小諸城主の”仙石権兵衛尉源秀久”の三男で、信濃国高島城主であったといいます。


その”束本秀重”が武田勝頼と戦い敗北させた戦功によって”豊臣秀吉”から”束本姓”をもらい、名を”仙石秀重”から”束本秀重”に改めました。


その後、松山城を建てた”加藤嘉明”の伊予国松山入城に際して、お供として松山に入り、桑原郷の内130石を賜り東野に居住したといいます。

束本地蔵院鬼瓦3
慶長5年(1600年)に加藤嘉明が松前城より勝山本城(今の松山城)へ移るために造営する”瓦細工”の調達を命じられこれを嘉明に奉納したという記録もあります。


その後、寛永12年(1635年)に”松平定行”が松山城主として入城し、また松山城の鬼側に奉納する注文があり、松山城に””(しゃち)を奉納しました。


以降、子孫代々”御瓦師”としてその技術を継承しました。

束本地蔵院鬼瓦4
この”束本地蔵院”の”鬼瓦”と””(しゃち)は、「束本」の町名由来となった”束本伊兵衛”の作とされています。


これは、昭和27年当時、伊台に定住されていた後裔の”束本政重”氏(18代)によって、17代前の”束本伊兵衛”の作であることが確認されたそうです。

束本地蔵院束本家墓所5
この画像が”束本地蔵院束本家墓所”です。


現在も東野でご子孫がいらしゃるそうですが、大変貴重な史料を保存されていて、この地域の、そして松山城築造に関わる記録が残されています。松山市民として、感謝の意と敬意を捧げたいと思います。

樽味バス停表示6
さて、上の画像が「樽味」を示すバス停表示です。


元々「樽味」の名前の由来は、この地域は石手川に沿った地域で土地が低かったことが由来になりました。


つまり、”水の勢いのたるみたるところ”と呼ばれていたことから”垂水”が「樽味」に変わったのです。


例えば、「樽味」の北側に「溝辺町」(みぞのべまち)がありますが、これも石手川近くの地域を意味する”水の辺”(みずのへ)が「溝辺町」に変わったものです。


その他にも、「泉町」「和泉」などは、今でも湧き水が至ることころから出る地域で、そのため”出水”が「泉」になったり「和泉」となったのです。

樽味素鵞神社7
上の画像は、「樽味」にある”素鵞神社”(そがじんじゃ)です。


この”素鵞神社”には、「樽味」の地に残る有名な伝説があります。

樽味月の出石1
それが、この画像です。これは”樽味月の出石”と呼ばれているものです。


何の変哲もない、ただの石に見えます。石といいますか、墓石にも見えます。


もともとこの石は、樽味より東野町への旧道の境界線の小川の橋に掛けられていたそうです。ところで昔、その橋に近い所に地酒が美味しい造り酒屋があって、湯山方面からも馬に木材を積んで新立方面で商売をし、その帰り道にこの樽味に寄って地酒を仕入れて帰っていたそうです。


ところが、当時東野町界隈のこの橋まで来ると、急に馬が立ち上がり暴れだす。

樽味月の出石2
そこで、この橋石を取り替えて、現在の”素鵞神社”に移して、皆んなで参拝するようになったんだそうです。


この石に参拝すると、何でも願い事が叶うとされて参拝客が増えたそうです。


それが画像の”樽味月の出石”です。何故”日の出石”と呼ぶようになったかというと、乾いている時は何でもないただの石ですが、この様に水を掛けて湿らせてやると、中央に直径約15cm程薄黒く浮き上がって””に見えるということからその名がついたとか。


ペットボトルに水を入れ持参し、水を掛けて撮してみました。マルで子供なんです、ワタシ・・・・。

コープ束本店9
さて、最後を急ぎましょう。この地域が如何に古い歴史を持っているかというお話です。


画像は”コープ束本店”です。この敷地の下に、”束本二遺跡”が眠っています。


竪穴式住居跡二棟、土墳四基が発掘で見つかっています。隅長方形の住居址は9mと6.5mありました。

樽味埋蔵物道路10
こちらは、県道東部環状線の樽味付近です。最近急速に商業集積が進んできた地域です。



この地域のことは、2009年11月27日に記事アップしています。(古墳


この道路の下に”樽味四反地遺跡”が眠っています。この遺跡からは、今から約1700年前の、古墳時代初頭の大型建築物の遺構が2棟発見されています。


建物は総柱で床束式の高床構造と考えられ、梁行6間、桁行6間の方形の平面形態で、床面積は160㎡を超えると言われています。


邪馬台国九州説の中心施設と目されている佐賀県の「吉野ケ里遺跡」は156㎡と言われていますから、その規模の壮大さに驚かされます。(前記事より引用)


次回の「松山市の地名・町名由来」の34回目は、「生石町」(いくしまち)と「生石地区」(しょうせきちく)をご紹介します。





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「お食事処 アイダス」・「愛媛グルメ紀行」 625

今日は、伊予郡松前町鶴吉にある”お食事処 アイダス”さんをご紹介します。


あり得ない話なんですが、私のiPhone5の”愛媛グルメ紀行・訪問予定メモ”に、住所と電話番号と”ラーメン”の文字がありました。店名は書いてありませんでした。


なぜそのお店の住所と電話番号と”ラーメン”の文字が書き込まれていたのか?全く記憶がありませんでした。イヨイヨ始まっているな!って自分で思いました。


でも、取り敢えずその住所と電話番号をiPhone5のグーグルナビに入力して、優秀なナビ嬢の案内するままに
出かけてみました。


なお、このお店の事はブログ友:”ファットマン”さんも優れたリポートをされています。(アイダスでラーメンセット(おまかせがおススメよ))この名リポートと併せて読んでいただくと、このお店の雰囲気がより鮮明に浮かぶと思います。

玄関1
グーグルナビ嬢の案内するままに車を進めますと、このお店に着きました。コレ、どう見ても田舎の喫茶店といった感じなんです。


「このお店に”ラーメン”が?????」っと思いながら、店内に入りました。店内も喫茶店仕様です。


店内にはお店の方の姿が見えません。カウンター席にワタシよりやや年上と見られる男性客が2人、コーヒーを飲んでいました。それ以外には、地元の人と思われるカップルが一組、雑誌を見ながら注文したものを待っている風。


「ン・?・・?・・・コレハ????」

店内2
これが店内の様子。どう見ても・・・・・”ラーメン”が浮かんで来ない。


するとカウンター席の一人が立ち上がって、「今日は○○さんがおらんけん、お客さんにお水も出せん!ちょっとまってや!直ぐに水入れるケン」と、氷の入ったウォーターポットからお水を入れて席に運んでもらった。


「バーチャン、今料理作っとるケン、ちょっと待ってアゲテヤー!」っと言いながら。


前途多難なスタートッと思ったのは、実はここまでだった。

メニュー3
気を取り直してメニューを見ると、あった!あった!”ラーメン”が。しかも店名を冠した”アイダスラーメン”と表記してある。お値段600円。


と、そこに厨房から先客カップルの注文した料理が出来て、腰が曲がったバーチャンが表れた。先客が注文したのもラーメンらしく、一人づつお盆に乗せて運び終わって、そこでワタシに気がついた、


「アリャー、お客さん、来とんなはったんやねー!何にするー?」っと、テーブルに残っていた先客の食器を片付けながら聞いた。


そこで「アイダスラーメン!」っと一言。すると「ウンウン、それにする?」っと笑顔が広がった。どうやら自慢の”ラーメン”のようだった。

アイダスラーメン4
そして待つこと15分程度。出てきたのがコレ!キャベツと豚バラがいっぱい入った、どことなく”チャンポン風”だった。

「ホーーー、これが”アイダスラーメン!”か・・」とマジマジとラーメンを見ながらバーチャンにお尋ねした。

「このお店、出来てから何年になるんですか?」っと。すると、アッサリ「うん、3年よ!」っと。

「えーーー?3年って・・・・・・」と不思議がってると「ソウヨナー、別んとこで22、23年やっとったケン、全部ユータラ・・25年は越したかなー・?」っと。

そこで「このお店の名前”アイダス”ってどういう意味ナンですか?」っと聞いた。

ソレヨーー、お客さん!」っと、ここからは仰天するような話が始まった。

アイダスラーメン5
「ウフフフ、ラーメン美味しい?」っと、店名由来の前に機先を制せられたので、慌ててスープを啜ってみた。

「ウフーーーーー・・・・・う ま い・・・・」っと、自然に声が出た。本当に旨かった!

「店の名前よー!アノナ・・・お店の最高の気持ち、お客さんを大切にする気持ち、いいもんを出したいユー気持ち、それよ!」

「ああ、それで<愛出す>で”アイダス”となったと?」っと分かった風なことを先走って言ってしまった。

するとバーチャン「違う  チガウ、 そんなんと違う!  エーゴよーー!」っと。

「え?エーゴ     ユーテ????」

「あのな、学がないけん、アンタ、辞書引いて、そういう意味の言葉、英語で見つけたんよ4っつの言葉、そう英語の単語よ!その頭文字を順に並べたらコーなったんよー!」っと。

卒倒しそうになった。まさか”英語”が出てくるとは・・・・・・

「四っつの単語ねーーーー!」っと声を絞り出した。

「ソーヨ!””はなー、”アテンション”やったか????」とバーチャン頭をひねってる!80歳は越していると思われるバーチャンが・・・・・・。

あ、ア・・・・・アテンション・・・・・・・・えーーーーー!!

「もう元の意味、忘れてシモーータ!アハッハッハー」と、豪快に笑い飛ばしたバーチャンのパワーにひれ伏したくなった。

アップ6
ああ、そうやった!この”アイダスラーメン”の味ですよ!


これがいい出汁を取られていて、濃厚でかつクリーミー。まあ旨いのなんのって!


嘘だと思われる方は、ぜひご自分で試してみて下さい。やはり、これは限りなくチャンポンに近い味です。


スープが旨い。キャベツはややシンナリしてはいたけれど。豚バラの油が効いてる。上に振り掛けられたすりゴマの香りもいい!

アップ7
8月に、ワタシの書いているこの”愛媛グルメ紀行”シリーズを初めから最新号まで、2度繰り返し読んだという神奈川県の青年が、松山を訪ねてやって来た。


夜は、フログ友:”ファットマン”(ファットマンの松山B級グルメ日記)さん行きつけの一杯飲み屋”ホヤケン”さんに連日通い、昼はワタシが何軒かご案内した。


その彼は、「自分はオバーチャン子なんで、オバーチャンがいらっしゃるお店に行きたい」と言って、国道56号線沿いの犬寄峠にある”峠の茶屋”をリストアップされていた。(生憎、閉まっていた)


その彼なら、涙を流して喜びそうなお店だった。彼は元気にしているだろうか?

麺8
”は、ごく普通の中華麺。でも、スープの濃厚さに負けていない。啜りに啜った。


するとバーチャン、腰を曲げながらワタシの前に立った。「アノナー、お客さん、珍しいもん見せてあげる!」と笑顔いっぱいに。「ちょっと待っとってナー」と言いながら、お店の外に出て行くと、農家が野菜を入れて出荷するダンボール(古い)を抱えてお店に戻ってきた。


そこへ先客のカップルが食事が終わり勘定を済ませて、お店を出て行った。


それを待ち構えていたように、バーチャン、そのダンボールを大切そうに開けて「コレ見てやーーー!コレ」と指さした。

本シメジ9
ダンボールいっぱいに入っていたのがこの画像。上の画像は、ダンボール箱の中身の極一部です。皆さん、これが何だかわかる方いますか?


これは山で採れた、巨大な”本シメジ”です。これが本当の”シメジ”なんです。皆さんが普段目にしているのは栽培種の”ブナシメジ”。アレとは全く別物です。


香りマッタケ、味シメジ”と、昔から言って、味は松茸より美味しい!日本のキノコ類では最も美味しいとされる”本シメジ”。


「お客さん、こんなの見たことアルーーー??」っとバーチャン嬉しそう。


そこに、最初にお水を入れてくれた常連客の2人もカウンター席から降りて見に来た。「オ・・・オ・・・・オーーーー」と二人が驚きの声を揃えた。


「バーチャン、これどしたーーーん?」っと一人が。バーチャン、得意気に「うん、○○さんからモロータんよ!」っと。


ワタシは慌てて写真を撮った。

本シメジ10
常連の2人客は暇そうにコーヒー飲んでいるので、「あんたら、コレ今から”シメジ汁”作ってアゲヨーーワイ!」とバーチャンが言った。


そこで、ワタシは立ち上がり勘定を済ませてお店を出ようとした。


するとバーチャンがちょっと慌てた。「アッ  アッ  アッ・・・お客さん、トーークから来なさったん?」とワタシに聞いた。地元の人間ではないことは分かっていたよう。


「そうよねー、松山から来たんよー」っと答えた。するとバーチャンに笑顔が広がった。「松山やったらそんなに遠くはないなー、うん、これ ア ゲ ル ! 帰って、シメジ汁にして食べてみて!」っと。


え、エエエ、エー、コレ・・・ワタシにー?」っと、今度はこっちが驚いた。ワタシはこの日初めてこのお店に来た。そして、次には来ないかも知れない客に・・・・・・


ウンウン、アンタにヨーー。持って帰って!」とあくまでも笑顔のバーチャン。


早速、その夜は”シメジ汁”と”シメジと豚バラ炒め”の味に酔い痴れたことは言うまでもない。



この記事を書き終わって、ワタシ思ったんです。””探しの旅を重ねて、今日で延べ625番目のお店。


こういう”出会い”こそワタシの”縁探しの旅”に相応しいと。


ワタシにとっては、初回訪問の一瞬の出会いが全てなんです。このお店の”バーチャン”との出会いは、この”縁探し旅”を代表する出会いになるのではないか、そう思いました。


っと、既に再訪しました。そこには   そ こ に は・・・・・・・


衝撃的結末”が待っていました。


想像だにしていなかった結末が・・・・・・その”再訪記事”は、明後日、”11月7日に緊急アップ”します。お楽しみに。





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「ラーメン処 志(しん)」・「愛媛グルメ紀行」 626

今日は、久万ノ台にある”ラーメン処 志(しん)”さんをご紹介しましょう。このお店、9月29日に開店したばかりの新しいお店です。


このお店の前は”ちゃーしゅー工房”という、北海道系のチェーン店が入っていたところです。(「ちゃーしゅー工房 久万ノ台店」・「愛媛グルメ紀行」 161


前の”ちゃーしゅー工房”は開店が10年12月でしたから、結局開業後3年の壁を超えることが出来なかったことになります。

玄関1
このお店は開店直後ということもあって、開店祝いの花などが店頭を賑わしています。


同時に、来店されるお客さんの中には、明らかのお店の方のお仲間やご親戚といった感じの方が開店祝いに食べに来られていました。


更に、厨房の中の体制(厨房に店主さんを含めて4人、フロアー係1人の合計5人体制)には、まだ未整備、あるいは営業しながら徐々に体制づくりをするといった面が見受けられました。

店内2
例えば、厨房の中にいる若い男性、中華鍋を前に店長さんに「もうこの位でいいですか?」っと、炒め加減を聞きながらの作業ぶり。


そうすると、店長さんが「あ、それ!まだそれでは足りんぞ!こうやって、まだ2~3回しっかり降って!」っと、こういう具合。


また厨房内の女の子がジャーからご飯を茶碗に盛っていたけど、店主さんから「そのライス、注文は””やで!それ多過ぎや!」っと注意を受けると、「だって注文伝票には””って書いてなかったモン!」とむくれる。


中々前途多難な船出をされたようにお見受けした。

メニュー3
さて、メニューを見ながらフロアー係の女性に「この”ラーメン”と”中華そば”とは、どこがどう違うの?」って聞いてみた。


すると「ええ、スープがちょっとコノー・・・・・ちょっと違うだけです」っと、明確に説明出来ない。


麺の湯搔き方が指定できて、はりがねとかバリカタとかカタなど、豚骨ラーメン屋さんを思わせる表示。


そこで、「このお店のスープは豚骨なんですか?」っとお尋ねすると「いえ、醤油味です!」っと。どうも具体的なイメージが湧かない。やむなく”チャンポン”を注文しました。お値段は600円。

チャンポン4
これが注文した”チャンポン”の姿。野菜がたっぷり炒めっれて丼に収まっている。


スープの香りは、完全に鶏ガラで採った正統派醤油ラーメンのソレ。


野菜の具材は、大量のモヤシとキャベツ、それに微塵切りされた人参に櫛切りされたタマネギ。

チャンポン5
その他の具材は、豚バラ、海老。とにかく豚バラの量が目立って多い。確かイカゲソも入っていたような。


スープは濃く(コク)があって極めて美味しい。やや濃すぎた感もあるけど、そこは個人の好き好きという範囲にとどまっている。


麺、具材、スープのバランスがいい。これはこれでよく出来た”チャンポン”だと思った。


隣は”中華そば”を食べていた。チャンポンとの違いは野菜の量と、中華そばには2枚の大きめのチャーシューが入っているところか。

チャンポン6
”チャンポン”をいただきながら、厨房の若い男性に「このお店は、どこかのチェーン店ですか?」と尋ねてみた。


すると、キッパリ「いえ、どこにも属していません。個人でやっています!」っと、胸を張られた。


目の前の寸胴鍋には、山盛りの”鶏ガラ”が乗っていて、スープが採られている。「ほーーー、その大量の鶏ガラが・・・・・」っと目を見張った。


店主さんが近寄ってきて「ええ、あれが美味しいスープになるんです!これからトコトン煮詰めていきます!」っと笑顔。

アップ7
このお店、今はとにかく”走りながら考える!”という姿勢に徹せられておられるよう。


恐らく開店後の毎日が、試行錯誤の連続に違いない。


「テンチョー!○○はどこにあるんでですかー?」っと厨房で声が飛んでいる。


「○○は、ホレ、そこの倉庫の左側の高い棚の右奥にあるよ!」っと、こんな風。


確かに店舗オペレーションが確立する前に開店されたことは間違いない。チェーン店では見受けられない開店直後の風景らしい。

スープ8
それも”初々しくて”微笑ましい。しかし、一日も早くオペレーション(店舗運営)を確立されないと、お客さんは辛抱強くは待ってくれない。今だけだ。


でも、救いは肝心の”チャンポン”の味がシッカリとしていて、具材とのバランスもよくリピーターを生むには十分な力があること。


ただメニューを拝見する限りは、ラインナップが”総花的”で、このお店に来れば何がいただけるかの特徴が浮かんで来ない。


つまり、「ウチのお店では”コレ”をぜひ食べていただきたい!」という強いメッセージが伝わらない。もちろん、個人的感想に過ぎないことは言うまでもありません。


このスープ、油が浮いていますが決して脂っこさを感じさせない。逆にスープの濃く(コク)という特徴を作り出している。

麺9
麺は、北海道系でもなければ九州系でもない。極普通の中華麺。


特別にモッチリしていて、唸り声が漏れるという程ではありませんが、美味しくいただきました。


でも「あのお店に行って○○を食べたい!」っというこだわり派にとっては、物足りないかも知れない。

完食10
でも、不思議とスルスル、スルスルと”完食”していました。


一滴も残すマジ!っという程のことではなかったのですが、でも無理することなく”完食”です。


気軽に色々なラーメンをいただく、新聞でも読みながら。そういうイメージが残りました。





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「再訪 177 お食事処 アイダス」・「愛媛グルメ紀行」 627

今日は、一昨日にご紹介したばかりの、伊予郡松前町鶴吉にある”お食事処 アイダス”さんのの再度のご紹介です。”緊急アップ”です。なぜ緊急アップしなければならなかったのか?は、最後にお分かりいただけると思います。(「お食事処 アイダス」・「愛媛グルメ紀行」 625


一昨日の記事で、初めて訪ねた客、しかももう二度と来ないかも知れない客でしかないワタシに、貴重な”本シメジ”を頂いたことを書きました。それに感動して、再訪を急いだという訳です。


貴重なものを頂いたという嬉しさよりも、それより何より”縁探しの旅”で遭遇した店主さん(”バーチャン”)との”出会い”が強烈でしたし、なおかつ印象的だったのです。


そして何気なく再訪しました。ところが、そこに一種”運命的”な展開が待ち受けていようなどとは、想像も出来ませんでした。一昨日の記事の最後の部分で”衝撃的な結末”と書いたお話です。

玄関1
普通は、お店を訪問し記事にまとめ、それをほぼ1ヶ月先にアップしています。何時も書いています通り、1ヶ月分の記事は常に用意しておくというのが、ワタシの継続法なのです。


ところがこのお店、記事をアップする前に、何となく気になって再訪しようと思いました。


そして再訪する時は、ワタシが好きな洋菓子屋さん”ルフランルフラン”さんの”椿ロール”を、”本シメジ”のお礼代わりに持参しようと思っていました。


そこで10月30日に、お店を再訪しょうと思い立ち、お礼代わりを買おうと”ルフランルフラン”さんにお寄りしました。ところが30日の水曜日は”ルフランルフラン”さん、定休日でした。


ですから一日延ばし、10月31日(木曜日)に予定通り”ルフランルフラン”さんで”椿ロール”を買って、お店にお伺いしたという訳です。

店内2
店内は、意外に満席に近い盛況でした。このお店は、先に席に座った客が、”バーチャン”に代わってお水を出し、注文を取り次ぐというお店なんです。


そこにワタシが”菓子折り”を下げてお店に入ったものですから、客の一人が厨房の中で大忙しのバーチャンを呼んできました。


そこで”椿ロール”をバーチャンに手渡しました。すると「????え・・・・???」っという怪訝(けげん=不思議な)な表情のバーチャン。「ナンで???」っと。


「あのーーー、1ヶ月ほど前に一度このお店に来たんです。すると、初対面のワタシに大きな”本シメジ”・・・」っと、ここまでワタシが話しかけると・・・・。


バーチャンの顔が一瞬にして輝いた。「ウンウン、覚えとるーーー!」っと。「それでわざわざコレ持ってきてくれたん?」っと。


「却ってタコーついてしもうたナーーー!」っと。そして「今日は何にする?」っと誘い込まれるような笑顔で言った。

メニュー3
「ウン、前回は”アイダスラーメン”をいただいて、フーーー美味しかった。今日は”鍋焼きうどん”にシヨウワイ!」っと答えた。お値段500円。


「ウンウン、それにする?」っと言うなり、”椿ロール”を冷蔵庫に仕舞って、直ぐに厨房に戻られた。


その時、一人のお客さんが立ち上がった。ワタシよりややお若いご婦人だった。そのお客さん、バッグから”割烹着”(或いは前掛けか?)を取り出し、それを着て、テーブルを拭き始めた。


「ん・・・んんん・・・?」何が始まったのか?そのお客さんは、自分が注文して食べた”アイダスラーメン”の器も厨房に戻しに行った。


そこへ、一組の老夫婦が入ってきた。席は満席だった。すると、それを見た別のお客さん、直ぐに目の前の自分が食べ終わった食器を片付けて、その老夫婦の席を確保した。


そして、俄(にわか)に店員に早変わり。老夫婦に注文を聞いて、奥の厨房にいる”バーチャン”に告げた。

鍋焼きうどんと4
そして、にわか店員と化した更に別のお客さん(ワタシより幾分年下の女性)が、注文した”鍋焼きうどん”を運んできた。


「あ、アレレ、ワタシは”鍋焼きうどん”の単品を注文しましたが・・・・・」っと、運ばれてきた品を見て言った。


すると「”鍋焼きうどん”以外は、お店のサービスよ!この刺し身なんかナー、今朝、松前の港で釣ってきた魚ナンヨ!」っと。


この時は、まだ、この”お店のサービス”が、ワタシが持参した”椿ロール”に対してのものだと思い込んでいた。


ところが、これが大きな”勘違い”だったことに気付かされ、”茫然”とするのに、そう時間はかからなかった。

鍋焼きうどん5
既に食べ終えた親子3人連れが立ち上がって、勘定を始めた。この3人連れの中のオバーチャンが財布から1万円札を取り出し、勘定を払おうとした。


バーチャン”は相変わらず厨房で大忙し。とてもお客さんの勘定をしている暇(いとま)などない。


先客で、店員代わりに早変わりしたのは、ナント、何と!4人に増えていた。皆、ワタシよりやや年下と思われるご婦人。自分の食事を終えられた4人。


その中の一人が言った。「このお店は、手伝えるもんが皆手伝うんよ!」っと。


そして、勘定で渡された1万円札を片手に、店内に響き渡るようにこう言った。「誰か!この1万円、ワレン????」っと。

アップ6
すると、夫婦で来ていた客が、食事途中で立ち上がった。「ウン、小銭も入れたら、何とかワレルかも知れん!」っと言うなり、財布の中身をテーブルにぶちまけた。


一体、このお店、何ていうお店なのか????目を白黒させながら”うどん”を啜った。


と、そこに、また別の老夫婦が入ってきて、1万円で勘定を済ませた3人連れに代わった。


一体コレはどうしたことか??????この田舎の目立たないお店に次から次へとお客が途切れない。


そして、かなりの客が途中から店員に代わって、テーブルに残った食器を下げ、テーブルを拭き、後から来た客の注文を取る。前代未聞の光景が、目の前で展開していった。

肉7
ワタシは、訳がわからないまま、ひたすら黙って”うどん”を啜り続けた。


この間、あの”バーチャン”は厨房にこもりっきりで、殺到する注文の品を作り続けていた。


そしてとうとう、10月31日というこの日の特別な意味が分かる時がきた。


つまり、後から入ってきたその老夫婦の話し声とその内容を聞いた途端、腰を抜かさんばかりに驚愕させられたことで。


「今日はこのお店、今日で最後じゃユーケン、来てみたんよ!○○さんも、後から来る、ユートッた」っと。



え、えええええ、え”エーーーーー???”今日が最後ーーーーーー!」っと、息が詰まった。


そこで、客兼店員さんの女性に声を掛けた。


「今、お客さんが今日が”最後”じゃけん・・・と言っておられましたが、アレはどういう意味なんですか?」っと。


すると、逆にそのにわか店員さんの方が驚かれた。「え???えええ?お客さん、今日がこのお店の”最後の営業日”やって、知らんで来なさったン????」っと。

刺し身8
やっと、この一大騒動がタダ事ではないことに気がついた。


何ということだ!偶々(たまたま)ではありますが、最後の営業日にお訪ねしていたとは。


実はワタシ、お店の閉店に立ち会った経験があります。それは砥部町の”和ビストロきむら”さんでした。(「再訪 129 さようなら・和ビストロきむら」・「愛媛グルメ紀行」 555


しかしあの時は、お店の奥様から”閉店の日にお越し下さい”と、お誘いを受けてお訪ねしたもの。


今回は、そのような事情を全く知らずお訪ねした。しかも、何時ものワタシとは行動パターンがちょっと違っていた。


おまけに”ルフランルフラン”が、この日の前日定休日ではなかったら、この閉店日には遭遇していない。


これを「単なる”偶然”に過ぎないではないか?これがそんなに”大騒ぎ”したり”大事(おおごと)に言うほどの事か?!”っと言われる方もいらっしゃるでしょう。


人間は誰でもそういう偶然に導かれながら、人生を過ごしています。「あの時、あの角をいつもの通り左に曲がらず、何故かその日は右に曲がった!」そして、”出会った”、或いは”別れに繋がっってしまった”、そういう光景は日常茶飯事でしょう。


それを、単なる”偶然”と捉えるか?或いは”運命”と捉えるか?それは人それぞれの人生観でしょう。ワタシはそれを”運命”であり”貴重な出会い”と捉える方の人間です。

ちらし寿司9
バーチャン”は相変わらず、厨房で忙殺されている。


ここらが潮時だと思って立ち上がって、お客さん兼店員さんに早変わりしたご婦人に勘定をしようとした。


すると、そのご婦人、大変に困惑された表情で立ち尽くされた。そして周りの客兼店員さんに救いを求める視線を送った。


別のご婦人が、奥の厨房に向かって声を掛けた。「センセイ、お、お客さんが・・・・・」っと。


その時初めて、客兼店員さんの全員が、”バーチャン”のことを”センセイ”っと呼んでいたことに気がついた。


そこで、その客兼店員さんに声を掛けた。「今、”センセイ”っと仰いましたが、一体何の”セイセイ”なんですか?」っと。


すると、そのご婦人、「えー!そんなことも知らずに来たの??」と言う表情で「踊りの先生ですよ。日本舞踊の先生です!」っと。


ということは、今日閉店の日に詰めかけたのは、常連のお客さんに加えて”日舞のお弟子”さんたちが詰めかけられていたんです。


そして冒頭でご紹介した”お店のサービス”は、当日の全来店客に対する”閉店サービス”だったんです。

麺10
その客兼店員さんの声に、遂に”バーチャン”が厨房から姿を表した。


「あのーーー、この前初めて来て知り合えたと思ったら、今日が閉店だったんですね!」って声を掛けた。


すると、バーチャン「うん、そうなんよ!もう年じゃけんネーー!」っと言いながら、いささか慌てられた。


いえねー!閉店ユーーーテモ・・・・・」っと、ここまでしか声が続かない。


その表情と慌て方は、何時もの”バーチャン”らしくなかったのかも知れない。周りの日舞のお弟子さんたちも、”バーチャン”の次の言動に固唾を呑んで固まった。


バーチャン”、しばらく逡巡(しゅんじゅん=思い悩んだ末)したあとで、いきなりこう言った。「アンター、お客さん!電話番号教えて!」っと。


「え????え?電話番号!ちょっと待ってね、エーーーット、自分の携帯の番号忘れてシモーータ」っと言いながら携帯電話を取り出した。


するとバーチャン、すかさず「アノナメニュー押して、そして次ゼロを押すんよ!」っと。もう完璧にバーチャンにリードされっぱなしになった。


そしてメモを取り出し、バーチャン「ここに携帯電話の番号書いて。私はナー○○ゆー名前なんよ!電話番号はな”○○○の○○番よ!


そして、私から必ず電話するケン”今日はありがとう!」っと。


なにやらこの話、続編がありそうな予感が・・・・・・


これが”衝撃的な結末”の一部始終です。どうってことないお話かも知れません。


でも・・・・・・・・これがワタシの”じゅんのつぶやき”なんです。


25年の営業最終日”に偶然立ち会えた。そのことの感動よりも、バーチャンが心の底から引き絞るように言った「アンタ、お客さん、電話番号教えて!」っという言葉。ここに、”縁探しの旅”の真髄を見たように思えたのです。



ある日「ルルルルル・・・」携帯電話の呼び出し音が。携帯電話を取った。


受話器から「モシモシ、アノナー、松前の○○よ!アンタナー!」」    ・・・・・・






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「再訪 178 三宝亭」・「愛媛グルメ紀行」 628

今日は久しぶりに、北条にある中華料理店の”三宝亭”さんをご紹介します。


前回は、2012年11月22日でした。(「カザハヤラーメン改め三宝亭」・「愛媛グルメ紀行」 423


今回は、リニューアルなった新しい”塩ラーメン”をいただく目的で訪問しました。

玄関1
こちらが玄関。”ラーメン専門店”でスタートされ、小さい挫折を経験され現在の”中華料理店”として昨年再出発なさいました。


松山から北条まで出かけて、定休日では困ると思って電話で営業を確認して出向きました。

厨房2
厨房に立たれているご主人、ワタシの顔を見て「ヤーー!お久しぶりですねー。お元気でしたか?」っと笑顔。


フロアー係の奥様に「先ほど電話で営業を確認したのはワタシです」っと、告げますと「ええ、お声で分かりました」と、こちらも笑顔。

メニュー3
早速、来る前から決めていた”こだわりの塩ラーメン”を注文しました。お値段は580円。


ラーメン専門店であった時に、このお店で”塩ラーメン”の美味しさに開眼しました。それまでは、醤油ラーメン一辺倒でした。


ラーメン専門店の時の”塩ラーメン”がこちらです。

塩ラーメン上4
こちらが初めてこのお店をお訪ねしたとき注文した”旨こく味玉塩ねぎラーメン”です。お値段は880円でした。


その時の食後感を以下のように書いています。<スープを一口飲んだだけで、しばらく身動きが出来ないほどの感動の味でした。アッサリしているのに、実は濃厚なコクがあります。>


<そして、スープを含んだときに香る良質な”魚介”の出汁の旨み、丸鶏から取った深みのあるコクが絶妙に合わさっています。>っと。


この時以降、他のお店でも”塩ラーメン”を注文する習慣がつきました。

こだわりの塩ラーメン4
そして、上の画像が今回注文した”こだわりの塩ラーメン”です。


これが実に580円なのです。ラーメン専門店の時に比べると、ギリギリに余計な飾り物を削りとってシンプルにまとめ上げられています。


やはり、北条まで車を飛ばして880円のラーメンを食べに来るお客さんは多くないことを学ばれました。


それを感ずるや、思いっきりよくスパッとラーメン専門店に見切りをつけられ、地元客中心の元の中華料理業態に戻されたのです。

こだわりの塩ラーメン5
この”こだわりの塩ラーメン”に乗っています具材、2枚のチャーシューとメンマと刻みネギ、それに海苔1枚です。


ワタシはこれで十分だと思いました。


スープを啜ってみました。かなり濃厚ですが、鶏ガラスープをベースに魚介の出汁が活きて、実にコク(濃く)があるスープでした。このスープだけでも、北条まで車を走らせる価値はあります。


油膜がスープの表面にウッスラと張っていて、この油膜が熱々(アツアツ)感と旨さを逃がさないという仕掛けです。

アップ6
ワタシと店主さんの話題は、最近の小麦価格の上昇と来年からスタートする消費税のアップ問題、更には同業者間の同行など、尽きることはありません。


なぜ小麦粉自体の価格を話題として採り上げるかと言いますと、このお店は北海道の小麦粉製粉業者のものを仕入れて、お店で麺を練っている、所謂(いわゆる)”自家製麺”を使っているからです。製麺室は、店頭脇にあります。


自分で何度も何度も練って麺に仕立ててみて、その出来を微調整されているお店なのです。


「そりゃあ高い価格の小麦粉を使えば、美味しいに決まっています。でもそれじゃあ、商売として成り立たない。そこそこの粉を使って、如何に美味しく仕上げるか?が、私達職人に課せられた使命だし””でしょう」っと、店主さん。

チャーシュー7
チャーシュー”も、口に入れたと途端にホロリと口の中で解けます。


麺やスープとの調和を考えられたチャーシューだと思いました。決してスター扱いはしておりませんが、自分の役割をきっちり果たされている。


チャーシューからわずかに解け出した脂分と、鶏ガラから出た脂分が混ざり合って、スープの油膜になっています。

麺8
”は余りカンスイを効かさず、やや白っぽい色をしているストレート細麺に仕上げてあります。


画像などを盛んに撮っていたため、多少柔らかくなりましたが、この麺もバランスを保つ為の役柄を担う””のようにお見受けしました。


一人だけ目立つようなスターは使わない、「みんなで旨い塩ラーメンになろうね!」っと示し合わせたかのようです。

完食9
そりゃあ当然に”完食”ですよ!舐めるほどに、全部飲み干しました。


今回の”こだわりの塩ラーメン”には、”魚粉”が使われています。


ワタシは”魚粉”に余り頼りすぎると、味が下品になるのでは?という意見です。


このお店の”魚粉”の使い方です、その一歩手前で留まった。ウン!さすがです!!





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「愛媛グルメ紀行」を振り返る 83

今週の土曜日も”愛媛グルメ紀行”シリーズを振り返ってみましょう。

今日振り返るのは、昨年の春を迎える頃にアップした247号から249号までのお店です。

先ず最初に振り返るお店は、昨年3月15日にシリーズ247番目のお店としてご紹介した、千舟町1丁目と2丁目の町境の交差点南東角のライフコート千舟ビルの1階にある”馳走庵 武蔵”さんです。(「馳走庵 武蔵」・「愛媛グルメ紀行」 247

このお店は、愛媛の”奥伊予地鶏”や鬼北町の”雉肉”を使った”地鶏料理店”で、夜はお酒を飲みながら”水炊き”などの鍋料理や鶏の一品料理、更には新鮮な”魚介料理”を楽しむお店です。

ですから、夜には外に出ないワタシには縁のないお店だと思っていたのです。ところが、お店の前を昼時に通りかかって12月1日からスタートした”ランチ”の看板を目にして、吸い寄せられるようにお店に入りました。

玄関2
それで、メニューの中で”鶏塩ラーメン”の文字が目に飛び込んできたのです。

シェフに正対するカウンターに座って「”鶏塩ラーメン”お願いします!」と注文すると、シェフの目が光りました。

「エッ?お客さん、”ウチのラーメン”知ってるんですか??」と、怪訝(けげん)な顔つきに。

「いえ、知りません、お昼には出来ませんか?」とはワタシ。シェフ、ワタシをじっと見つめて「いえ、お作りしましょう!」っと応えてラーメン作りに取り掛かりました。

後で気がついたことですが、どうやらお昼のメニューは”武蔵ランチ”だけをやられていたようで、だからいきなり夜のメニューを注文され面食らわれたようです。でもそこは、さすがにプロ。咄嗟に切り替えて「いえ、お作りしましょう!」という言葉になったのでしょう。

鶏塩ラーメン上5
さて、これが問題の”武蔵の鶏塩ラーメン”です。お値段は750円(内税)です。

ただの鶏塩ラーメンではなく、”武蔵の”と付くところがミソです。

そうです、これは散々お酒を飲み、料理を堪能した後に食事仲間とつつく”〆のラーメン”だったのです。一見の客が注文するメニューではなかったのです。

さすが、”地鶏料理”を一方のウリモノにするお店だけあって、先ず”鶏肉”が美味しい。

ジューシーで、ブロイラーのようなパサツキは微塵もありません。そして何より、その”スープ”が絶品です。

唸ります。実に上品な味です。完全に満足させられました。

でもこのお店は”再訪できません”。もうお昼のランチはやっておられないからです。残念です。



二番目に振り返るお店は、昨年3月16日にシリーズ248番目のお店としてご紹介した、松前町東古泉にあるお好み焼き屋さんの”お好み焼き のむら”さんです。(「お好み焼き のむら」・「愛媛グルメ紀行」 248

場所は、国道56号線を松山市内から伊予市に向かう途中、ベルモニー会館松前がある交差点を東に左折し、そこから約400m先の、県道217号線(県道八倉松前線)沿いにあります。

玄関1
このお店は、関西風や広島風及びねぎ焼きと焼きそば、更にはもんじゃ焼きまで、オールラウンドにこなすお好み焼き屋さんです。

厨房の中にご主人が、後は揃いのエプロン姿の若い女性が二人の合計3人でやっておられます。

鰹節上6
ワタシが注文したのは、”関西風の豚・チーズ”です。お値段は880円(内税)です。

このお店は、広島風ももんじゃ焼きもありますが、やはりウリは”関西風お好み焼き”のようです。玉子が2個と、生の山芋がたっぷり入っている、フワフワの生地がご自慢です。

さすがに、ここは松前町です。テーブルに用意されている”鰹削り節”のまあ上質なこと、一目でそれが分かります、もちろん食べても。

一番の食べごろ状態で、小ぶりのヘラを使って切り取り「ハ・フ・ハ・フ・」口の中で転がしながら食べました。

生地の出汁も加減がよく、全体にバランスが取れたお好み焼きでした。

でもこのお店は”再訪しません”。ワザワザ松前町までお好み焼きを食べに来るほど”お好み焼き”というメニューが好きではないからです。


最後に振り返るお店は、昨年3月19日にシリーズ249番目のお店としてご紹介した、県道松山港線(通称中央通)沿いの中央2丁目にある”中華料理 風道(ふうどう)”さんです。

2011年の10月にオープンした、比較的新しいお店です。(「中華料理 風道(ふうどう)」・「愛媛グルメ紀行」 249

玄関1
お店は、厨房に立つオーナーシェフと女性が一人。

シェフに「”風道”って、どういう由来で名前をつかられたのですか?」と聞きますと、ちょっと困惑した顔に。

「別に・・・・・特別な意味は・・・・」と。

セット上4
注文したのは、人気ナンバー1とお店が掲げられた”甘酢からあげセット”です。お値段は650円(内税)です。

結構ボリュームがあって、出された途端に”甘酢餡”の香りが鼻腔に届いて食欲をそそられました。

シメジとタマネギが甘酢餡で酸っぱく味付けされていますが、それがピリ辛の鶏から揚げにマッチしています。

このお店は再訪したかったのですが、”再訪出来ません”。既にお店を閉められて、別のお店になっているからです。







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「松山市の地名・町名由来」・「生石町・生石地区」 34

今日の「松山市の地名・町名由来」34回目は、「生石町」(いくしまち)と「生石地区」(しょうせき ちく)のそれぞれの由来をご紹介しましょう。

この2つの町名と地区名、同じ漢字を使います。ところが”読み方”も、何処にあるかも違います。

このことに気が付いたのは、ワタシが週に1回は行っているスパゲティ専門店”フォンターナ”の店長さんとの会話からでした。

店長さんが何気なく「じゅんさん<生石町><生石地区>は、その呼び方も場所も違うのですが、由来はどうなんですか?」っと。

その時、ワタシは「生石町」(いくしまち)の由来は知っていましたので「そりゃあ、両方に共通するのは””なんで、その””が共通した由来よ!同じ由来なんよ!」っと答えました。

でもフォンターナからの帰り道「アレ?同じ由来って答えたけど、あれ間違いじゃなかったかな?」っと疑問が広がってきました。

そこで、もう一度調べ直しました。店長さんに対する説明、「両方共”石”が共通の由来」っと、ここまでは合っていましたが、その””が全く別物であることが分かりました。以下に説明します。

生石町表示1
これは”フライブルク通り”の陸橋に掛かっている「生石町」の標識。町名の呼び方もちゃんと書いてあって「いくしちょう」と書いてあります。ワタシが調べた呼び方は「いくしまち」でしたが。


そしてこの「生石町」(いくしまち)の由来は以下の通りです。なお「生石町」の由来に関しましては、その町を所管する”新王公民館”(あらたまこうみんかん)が発行なさった「遊ゆうあらたま・ふるさとの文化」という小冊子を頂きました。


そして「「松山市の地名・町名由来」において、資料として使わせていただく許しを得ました。(新王公民館の担当者様に感謝の意を捧げます)

生石町阿弥陀院2
画像は、「生石町」にある”阿弥陀堂”です。後で説明します。

その資料に書いてある内容は、予めワタシは知っておりましたが、問題の””の所在が分からなかったのでお尋ねしに行って、資料も頂いたということです。

「生石町」の由来はこうです。今から350年から360年前に、今の「生石町」のあるお百姓さんが田を耕していたところ、鍬の先にカチンと当たるものがあったので掘り起こしてみたそうです。

すると田の中から、幅約24cm,高さ約48cm,厚さ約20cm位の仏像を刻んだ””が出てきたのです。それは”阿弥陀如来像”を刻んだ””だということが分かりました。

この村は古来”伊櫛”(いくし)と呼んでいましたが、この”阿弥陀如来像”の”石”が出てからは”石を生む”村ということで「生石」(いくし)と言うようになったという言い伝えが残っています。

生石町生石大権現3
さて、ワタシが”新王公民館”をお訪ねする前に調べた段階では、この”石”は今でも「生石町」で祀られているとありました。ところが、その場所が分からなかったのです。


新王公民館の方にその場所を教えていただき、やっとたどり着いたのが上の”阿弥陀堂”だったという訳です。場所は、旧空港通り沿いにあります。


しかも、その”阿弥陀如来像”を刻んだ””は、この画像の”生石大権現”と書かれた社(やしろ)に祀ってあるに違いないと、見当を付けました。カンです。

生石町阿弥陀院阿弥石像4
そこで”生石大権現”の社の扉を、ソーーーーット開いて、中を覗いてみました。


ありました!”阿弥陀如来像が!」慌てて画像を撮って、周囲を見渡して、ソーーーット扉を元通りに閉めました。


ちょっと冷や汗が出ましたが、「生石町」の町名由来となった””にたどり着きました。好奇心はまだ衰えていないようです。いたずら小僧になっていました。

生石小学校プレート5
さて、こちらは「高岡町」にある”生石小学校”(しょうせき しょうがっこう)の校門のプレートです。


そうです!こちらは「生石」を”(しょうせき)と読むのです。「生石町」(しょうせきまち)という町はありません。


ここからは、”生石公民館”の館長さんに電話で教えていただいた話です。


明治22年(1889年)に、旧温泉郡高岡村、富久村、久保田村、南吉田村、北吉田村の5つの村が合併し”温泉郡生石村”として発足したのが「生石地区」(しょうせき ちく)の始まりです。


そして昭和19年(1944年)に松山市に編入され、「生石村」(しょうせきむら)という村名はなくなりました。


ただし「余戸」の時にも書きましたように、旧村名の「余土小学校」や「余土中学校」があるのと同じ理由で、「生石小学校」や「生石公民館」があるのです。

生石八幡神社6
では、何故明治22年に5カ村が合併したときに「生石村」(しょうせきむら)と名付けられたのでしょう?


その理由が上の画像です。「生石地区」(しょうせきちく)の鎮守の杜(ちんじゅのもり=地域の守り神)である”生石八幡神社”(しょうせきはちまんじんじゃ)から、その村名が採られたました。


この”生石八幡神社”の由来は次のように推察されます。事の起こりは、10月21日に書いた「松山市の地名・町名由来」シリーズの31回目で書きました”神功皇后”(じんぐうこうごう)の”三韓征伐”といういわれです。(「松山市の地名・町名由来」・ 「明神丘町・権現町・内宮町」 31


もう一度ご説明します。「日本書紀」に載っている話で、”神功皇后”が筑紫(今の福岡県)から玄界灘を渡り朝鮮半島に出兵して新羅の国を攻めたと書かれています。


その際、新羅は戦わずして降服して朝貢を誓い、高句麗・百済も朝貢を約したというのです。これを”三韓征伐”と言います。実存した話ではない(=神話)と否定する学説が多い話で、ワタシもそう考えます。


その”神功皇后”が朝鮮半島を攻めるときに、瀬戸内海を通って松山にも途中で滞在したとされています。その時、この地にも”神功皇后”が滞在されたとされます。

生石八幡神社本堂7
さて、その”神功皇后”と””との関係です。


神功皇后”は、筑紫(今の福岡県)から玄界灘を渡って”新羅”を攻めようとした時、お腹に御子(みこ=胎児)を宿していたと”日本書紀”は記しています。そのお腹の中の御子が、後に”応神天皇”(おおじんてんのう)となります。


この”応神天皇”が、実在した最初の”大君”(おおきみ)でなないかと言われています。それ以前は神話だと。なおこの当時は”天皇”という称号はありませんでした。その当時は”大君”(おおきみ)と呼ばれていたのです。


更に”日本”という”国号”(こくごう=国名)もありませんでした。この当時は”倭国”(わこく)という国号を使っていました。その辺りの”日本の夜明け”に関しては、正月特集としてアップする予定でです。


また”応神天皇”というのは、後に(奈良時代後半)に作られた中国風”諡号”(しごう=おくりな)で、当然に和名があるのですが現代では一般的ではないので、これ以降も”天皇”の名前を示す時は現在使われている”諡号”を使います。


さて”神功皇后”の渡海の際は、お腹に”月延石”や”鎮懐石”と呼ばれる””を当ててさらしを巻き、冷やすことによって出産を遅らせたとされます。月延石は3つあったとされ、長崎や福岡や京都の神社に奉納されたそうです。


そして朝鮮半島からの岐路、”神功皇后”は筑紫(今の福岡県)の宇美で”応神天皇”を出産したとされています。これは史実のようです。


また代々天皇家と関係が深い大分県の”宇佐八幡神社”は、その祭神の一人に”神功皇后”と”応神天皇”を掲げています。


その、”宇佐八幡神社”は、全国に約44,000社ある”八幡宮”の総本社で、”石清水八幡宮”や”筥崎宮”(はこさきぐう、または鶴岡八幡宮)とともに日本三大八幡宮の一つです。皇室からの崇敬(そんすう)を受けていていることでも有名です。


ここ”生石八幡神社”はその”宇佐八幡神社”の支社にあたり、神功皇后の”月延石”の故事から”生石”(しょうせき)を冠されたものではないでしょうか。


なお”生石八幡神社”の主祭神の一人は”神功皇后”です。

生石八幡神社賀茂神社8
更に社伝によりますと、貞観元年(西暦859年)奈良大安寺の行教和尚が八幡山に八幡宮を勧請し、”生石八幡宮”と称えたという記録があるそうです。


また、延長元年(西暦923年)”越智良利”が水田を寄進し、高山に鎮座の三女神を合祀した。その後”越智親経”は、国司”源頼義”の命で社殿を改築し、以来伊予守護職”河野氏”代々の尊崇を集めた寺としても有名です。


ですから「生石町」(いくしまち)の”石”は”阿弥陀如来像”を刻んだ””であり、「生石地区」(しょうせきちく)の石は、”神功皇后”の伝承が伝えられる””月延石”の””ではなかったか?というのが、ワタシの今回の一連の調査結果です。


次回「松山市の地名・町名由来」の35番目は、「三津界隈」にある色々な町名由来をまとめてご紹介しましょう。


<追記>

「松山の地名・町名由来」シリーズの34号「生石町と生石地区」の記事の内容の中で、「生石町」(いくしまち)の町名由来は間違っているというご指摘を「O氏」から頂きました。

更に、「生石町」の町名由来となったとされている<阿弥陀如来像>は、写真文章とも完全に間違っていて、伝承されてきた石仏は、建物の中に置かれている」というご指摘でした。

そういうご指摘を頂いたこと自体、ワタシの書きました記事を真剣に読んでいただいたということであり「O氏」に、深甚なる謝意を表するとともに、以下の文章を付け食わせさせていただきます。

①「町名由来」に関する説は諸説あって、ワタシが紹介したのはその中の一つに過ぎないことを、改めまして書いておきます。

②「阿弥陀如来像」の写真と画像とも違っているというご指摘があったことをご紹介しますとともに、では伝承されてきたという「阿弥陀如来像」はどこに保管されているのかは分からず仕舞でした。

以上2点を追記させていただきます。








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「手打ちうどん ぎゃてい」・「愛媛グルメ紀行」 629

今日は、国道33号線沿いにある”砥部町庁舎”の隣にある”手打ちうどん ぎゃてい”さんをご紹介しましょう。


実はこのお店、以前は蕎麦屋さんでした。そして”愛媛グルメ紀行”でも一度ご紹介したことがあります。2011年6月3日でした。(「時の実」 真っ当な「B級グルメ店」 58


以前の”時の実”さんは、イチク(小麦粉1:蕎麦粉9)で蕎麦を打たれていた本格的な蕎麦屋さんでした。

表玄関1
こちらが国道33号線から見える、お店の風景です。蕎麦屋さん当時と殆ど変わっていません。


時の実”さん時代のお蕎麦は、ごくごく真っ当なお蕎麦で、しかも量が通常のお蕎麦屋さんの2.5倍というものでした。


そのお蕎麦屋さんは結局9年ほどやられて、今度はうどん屋さんに衣替えされました。もちろん、店主さんは以前のお蕎麦屋さんの店主さんと同じ方です。


やはり愛媛は”うどん文化圏”であって、”蕎麦後進県”であることに気が付かれ見切りをつけられたのかも知れません。

玄関2
国道から見えているのはうどんを打つ作業場で、玄関が砥部町庁舎側にあります。


目立つ看板やのぼり旗などは一切ありません。潔(いさぎよ)い程の落ち着きを見せているお店です。


でも、知っている方はちゃんと知っておられて、昼を回る頃になると次々とお客さんがお店に集まって来られます。

店内メニュー
店内には、玄関を入ると直ぐに”食券販売機”があって、お客さんはその食券を買ってお店の人に渡しますと、番号札をもらいます。それを手に、各自好きな席に座って、番号が呼ばれるのを待ちます。


このお店は、店主さんと若い男性の2人でやっておられます。ですから徹底的に省力化され、2人で全てのお客さんの注文に対応できる”仕組み”を作られました。


お店の方が、お客さんのテーブルに来ることはありません。お水やうどんが乗ったお盆の受取りと返却も全てお客さんがやります。


とことんセルフサービス体制に徹せられていて、その代わりうどんの価格はセルフサービス店のソレです。


ただし、このお店はお店の中でうどんを打たれ、直ぐに湯がかれ、湯がかれたものが”活きた状態”で出されます。


このお店で茹で置きはありません。店主さんのこだわりはそれだけではありません。小麦粉は北海道産、出汁(つゆ)も国産の昆布とイリコと鰹節等の天然素材にとことんこだわり抜かれています。


また””も店主さんのこだわりの一つです。普通盛りで2玉が標準サイズです。味も量も両方追求したいという方にとってはもってこいのお店でしょう。これは蕎麦屋さん時代からのこだわりです。

薬味類
これは”薬味類”が一箇所にまとめて置かれていて、ここに箸やコップ、湯呑みなどもまとめられています。


この”薬味台”の下が、出来上がってうどんを乗せられてお盆が、番号を読み上げられて出されます。


お客さんは、番号札をお店の方に返してうどんを受取り、箸やコップや薬味を各自で取って席につきます。


つまりシステム的にはセルフ業態店と同じです。でも茹で置きを温めなおして食べるうどんの味と、湯掻きたての”まだ活きているうどん”を目の前で作ってくれるうどんの味、比較対象にはなりません。


しかもお値段です。セルフの”た○や”さんの”釜揚げうどん”中(2玉)が、お値段380円です。このお店の”釜揚げうどん”普通=2玉が350円ですよ!


値段を低く抑えられたもう1つの仕組みは、徹底したメニューの絞り込みにあります。メニューの基本は、”かけ”と”ぶっかけ”と”釜揚げ”の温かい系の3本柱。それに冷たい”ざる”と”ぶっかけ”の2種です。でも基本的には”うどん一種だけ”に絞られたと言っても過言ではありません。


味を落とさず、徹底的に”低価格で提供できるシステム”をとことん追求されました。

釜揚げうどん5
この画像が”釜揚げうどん”普通=2玉で、お値段350円。えび天は別注文で90円。合計440円ですよ。


愛媛のうどん屋さんで、価格面でこのお店に匹敵するのは、”きりめんや”さんの”釜揚げうどん”400円と、久万高原町の”うどん 心”さんの”釜揚げうどん”小=1玉300円、更には”手打ち うどん坊”の”天カかすうどん”の脅威の250円、位なものでしょう。(「再訪 152 手打ち うどん坊」・「愛媛グルメ紀行」 583)・(「再訪 126 うどん きり麺や」・「愛媛グルメ紀行」 551)・(「うどん 心」・「愛媛グルメ紀行」 519


いつぞや、あるお店で”釜揚げうどん”を頼むと、目の前で冷凍うどんを釜に入れて解凍・温めて出されました。腰を抜かしそうになりました。客の目の前で堂々とです!


それに比べて、”生きた・活きたうどん”をこの価格で提供しようという、このお店の店主さんの”心意気”に、盛大な拍手を捧げたいと思います。

うどん7
まあこの”うどん”の面魂、見てやって下さい。実に堂々と胸を張っているではありませんか。


このお店の、うどんを湯掻くシステムにも目を張りました。それは”フォンターナ方式”(勝手にワタシが命名した)だったのです。


どういうことかと言いますと、麺を打った後切り分けられてうどんを湯掻く釜に投入されます。同時に何人ものお客さんの注文が重なります。すると、そこに、その注文に応じた新たなうどん麺を釜に投入されます。


しかしそのままだと、湯掻き加減が異なった麺が同じ釜に入ることになりますから、それを避けるために先に投入した麺は、大きなタモ網のようなものに掬われてまとめられます。


これで、違う湯掻き加減の麺が釜の中で混ざることを防いでいるのです。そして分単位で「次の釜揚げ、後1分で上がります!」っと店主が声を発します。


すると、もう一人の若い男性が茹で上がり時間に対応して丼を温め、つけ出汁(つゆ)を準備します。まあ息の合っていることと言ったら小気味いい!

麺3
この””が旨いんです!”釜揚げうどん”独特のヌメリがあります。このお店はメニューには、”湯だめ”が用意されていません。


湯だめ”とは、湯でおいていた麺をお湯で温め直してて”釜揚げうどん風”にいただくものですが、当然に上に書いた釜揚げうどん特有のヌメリはありません。


生きてる(活きている)麺と、死んでいる麺の味の違いは歴然としています。店主さんは麺の茹で上がりを、何度も何度も、麺の表面の色艶を確認され、最後に茹で上がりを宣言されるのです。


この店主さん、只者ではありません。西の横綱が三津浜の”踊るうどん”さんなら、東の正横綱はこのお店”ぎゃてい”さんでしょう。

えび天8
こちらは別注文した”えび天”です。90円。


このお店の別注文の”天ぷら”は4種。かきあげ、ちくわ、えび天、そしてとり天です。この中で、とり天は予め揚げられていて、保温器のようなもので温度を保つ仕組みです。


かきあげ、”は、天ぷらを揚げる温度を173度に設定されて、その場で揚げられます。一般的に”天ぷら”を揚げる油の適温は180度とされています。


このお店の”かきあげ”は、揚げ始めが173度、揚げ終わりは177度でした。一般の天ぷらよりやや低めの温度設定です。

つけ汁9
こちらがつけ出汁(つゆ)です。各自が”薬味台”から、好きなモノを好きなだけ取って入れます。


このつけ出汁(つゆ)、中々に濃厚です。でもこれは、ここのうどん麺が太めに打ってあって、それに合う濃度を設定されたのでしょう。


昆布とイリコと鰹節のコラボが活きています。そりゃあ旨い!に決まっています。


スルスルスルスルと、麺が口に収まっていきます。

うどん湯足した10
これは、残ったつけ出汁(つゆ)に、釜揚げうどんのお湯を注いだもの。言わば”そば湯”代わりです。


これがまた美味しいのです。ここまでして、つけ出汁(つゆ)を啜るお客さんはいないかも知れません。


でも店主さんが丹精込めて出汁を取られた。それを残すなんて勿体無いし失礼でしょう。ここに”名店発見!”です。


なお、このお店の店名”ぎゃてい”の由来をお伺いする間もなくお店を出てしまいました。宿題を残してしまったのです。近いうちに再訪して確認したいと思います。


ところで”般若心経”というお経の一節に、「羯諦羯諦 波羅羯諦」(ぎゃていぎゃてい はらぎゃてい)というのがあります。ここに「羯諦」(ぎゃてい)という言葉が使われています。


この「羯諦」(ぎゃてい)という言葉の意味は、「羯」は、行きなさいという意味、「諦」は、悟りの世界という意味です。つまり「悟りの世界にいきなさい」という意味です。


さて・・・・・




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「再訪 179 七里茶屋」・「愛媛グルメ紀行」 630

今日は実に久しぶりに、国道11号線沿いに松山市から重信川の「新横河原橋」を越した直ぐの道路沿い、北側にある”七里茶屋”さんを再度ご紹介しましょう。


このお店、2011年1月31日に、”愛媛グルメ紀行”全体の7番目にご紹介しています。(「七里茶屋」 真っ当な「B級グルメ店」⑦


7番目にご紹介したということは、それまでに何度もお伺いしていたお店ということです。ただし、ワタシがお伺いしていたお店は、国道11号線の桜三里にあったお店です。


この地に移転したのは2011年のことでしたから、この地に移って2年目を迎えました。

玄関1
こちらが、国道11号線沿いにあるお店です。


この地に移転してから直ぐにお伺いした時に比べて、駐車場に第二駐車場が加わっていました。


それだけで、このお店がこの地で受け入れられたことを示しています。

店内2
こちらが店内の様子。ひたすら愚直にうどん麺を打ち続ける店主さんの他に、フロアー係に6人の女性が配されています。


この7人体制が、昨日ご紹介したばかりの砥部町の”手打ちうどん ぎゃてい”さんとの決定的な違いです。


でもこのお店は、愛媛では最もよく見かけるお店の態様です。昨日の”ぎゃてい”さんの革新性と比べながら、このお店のうどんを味わって見ることにしましょう。対照的なお店の好例だと思ったからです。

メニュー3
こちらが、このお店の”うどんメニュー”です。これ以外にも、このお店は”そばメニュー”が用意されています。


従って、うどんの価格も所謂(いわゆる)”愛媛価格”です。


つまりこのお店を含めて、愛媛のうどん店では様々なメニューを用意し、お客さんの多様な注文に応えるというのが一般的ですし、お客さんの支持も得ています。


一方、昨日ご紹介した”ぎゃてい”さんは、基本的にはメニューを一本に絞りこまれました。そして、そのことによって”セルフ業態店”をも上回る”驚くほどの低価格”を実現なさいました。


そのいずれを取るかは、お客さんの選択です。

釜揚げうどん4
さてこれが注文した、このお店の”釜揚げうどん”です。お値段は560円です。量は1玉。


昨日ご紹介した砥部の”ぎゃてい”さんとは、様々な面で対照的な二つのお店ですが、共通していることも実は多いんです。


先ずはお店で、うどん麺を”手打ち”なさいます。そして、注文が入る度に麺を茹で釜に入れて湯掻かれます。ですから、注文して直ぐには出来ません。


このお店も、店主さんが「後4分で麺が茹で上がります!」っと、店内で宣言されます。それに合わせて、フロアー係の女性はお客さんの注文のうどんを出す準備に入ります。


この心地よいリズム感、これは両店に共通するものです。

釜揚げうどん5
また当然の事ながら”釜揚げうどん”ですから、湯掻かれたうどん麺は水で締められず、湯掻いたお湯とともに供せられます。


ですから、小麦粉が茹で湯の中に溶けだしているので、器の中はやや白っぽく濁っています。そして、その茹で湯から仄(ほの)かな小麦粉の香りが立ち上っています。


また麺は水で締められていませんので、腰はないものの、麺から溶け出たグルテンで独特のヌメリがあります。そのヌメリを楽しむのが”釜揚げうどん”なんです。


実はこの”釜揚げうどん”というメニュー、四国と宮崎県で見られる一種の郷土料理で、全国的一般的なメニューではありません。


でも最近、全国展開しているセルフ業界店で”釜揚げうどん”をウリにしているお店がありますから、既に全国に広がっているのかも知れませんね。

うどん6
さあて、うどんを啜ってみました。「ウンウン、コレコレ!」っと笑顔が綻(ほころ)びます。


昨日ご紹介した砥部の”ぎゃあてい”さんとこのお店の共通点の二番目は、何れのお店の麺も美味しいこと。


どちらのお店の麺が美味しいかは、それはもう個人の好き好きという世界でしょう。


このお店は従来店型ですから、当然にそれぞれ注文したメニューをテーブルまで運んできてくれますし、お水もお絞りも出してもらえます。


食器の返却も店員さんの仕事。ですから、お年寄りや子供連れの家族客には、こういう業態のお店の方はありがたいし馴染むでしょう。

薬味7
薬味も、各自の分が小皿に用意されています。瑞々しいですね、新鮮な証拠です。


ざるうどんにしろ釜揚げうどんにしろ、欠かせない薬味はおろし生姜と刻みネギです。これで風味が一段と増します。

つけ出汁8
少し濃い目のつけ出汁(つゆ)の薬味を入れると、薬味の風味が一斉に周囲に広がります。


うどんを啜る前の、楽しい準備のひと時です。


ワタシは、それらの手順の一つ一つを楽しみながら積み上げていきます。

麺9
さて、この画像が照り輝く””の姿です。どーーーーーです!


色白のお肌の艶、モッチリした食感、そして麺のヌメリ。釜揚げうどんをいただくときの全ての醍醐味を味わい尽くします。


つけ出汁(つゆ)や薬味との相性も抜群です。第二駐車場を用意しなければならない訳です。

完食10
このお店のつけ出汁(つゆ)もシッカリ濃いので、残ったつけ出汁には、うどんの茹で湯で少し伸ばして飲み干しました。


このつけ出汁に、昆布やカツオの出汁が濃厚に出ているので、飲み干してあげるのが出汁に対する礼儀だと思っています。


かくして、今日もこのように”完食”です。当然でしょう。





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「再訪 180 麺処 庵(あん)」・「愛媛グルメ紀行」 631

今週はうどん屋さんを巡っています。そこで今日は、東部環状線沿いの束本1丁目にある”麺処 庵(あん)”さんを再びご紹介しましょう。


初めてご紹介したのは、2012年12月26日のことでした。(「うどん処 庵」・「愛媛グルメ紀行」 445


実はこのお店、この地にお店を開く前は、余戸中6丁目、伊予鉄郡中線沿いに走る県道松山松前伊予線のゼットワイ余戸店内で”めん工房 家族庵”さんという屋号でやっておられて、こちらに移転して来られました。


以前の”めん工房 家族庵”と言っていた時代も、余戸に一度お訪ねしていますから、今日は実質3度目の訪問ということになります。

玄関1
こちらが、東環状線沿いのお店です。


このお店の北隣、画像で言いますと左隣に、先日まで”お好み焼き”のお店の”千房”さんがテナントとして入っておられましたが、今はもうありません。


恐らく1年とは続かなかった様に記憶しています。”お好み焼き 千房”さんの前は”和食”のお店が入っていました。


この”東環状線沿い”は、商業集積が急速に進んだ地域で、後背地の人口や会社関係の事務所も多く、飲食店立地としては、松山市内では一等地になっています。


でも、それだけ生存競争が激しいということで、勝ち残りをかけたサバイバルゲームが日夜激しく繰り広げられています。好立地は、それだけ競争が厳しいということです。

メニュー2
このお店の大きな特徴は、その”メニュー数の驚くべき多さ”です。


基本的なメニューだけで50を優に超えています。おまけにこのお店は、そのメニューのほぼ全てに”うどんメニュー”と”蕎麦メニュー”を用意されています。


以前の余戸時代は、これに加えて”ラーメンメニュー”まであったのですから、まあ大変だったでしょう。


おまけに、それらのメニューは、温かいのと冷たいのの両方から選べる仕組みです。


そうしますと、それらを組み合わせたセットメニューまで合わせた全てのメニュー数になりますと、150を超える数になるのではないでしょうか?


一昨日ご紹介した、砥部町の”ぎゃてい”さんとは、極端に対照的です。


しかも、うどんも蕎麦も全て”手打ち”で、”注文があってから湯掻く”という・・・・・恐るべきお店なのです。

海老と揚げ餅のぶっかけ3
お店に入るまでは、一昨日と昨日いただいたメニューと同じ”釜揚げうどん”にしようと決めていました。


ところがメニューを眺めていて、画像のメニュー”海老と揚げ餅のぶっかけ”が目に飛び込んできたのです。


咄嗟に切り替えて、”海老と揚げ餅のぶっかけ”の温かいもの・普通を注文しました。お値段は780円。


なお、このお店”普通”と言いますと”一玉”が出てきますが、1.5玉でも二玉でも値段は同じです。

海老と揚げ餅のぶっかけ4
さてこのメニューのユニークなところは、”揚げ餅”が入っているということ。


ワタシがこの画像をしきりと撮っていたところ、後から入ってきたカップル、ワタシの方を見て「私達もアレにする!」っと注文していました。


しかし、メニュー数が多いということは、それらの材料の管理も大変ですし、多彩な注文を厨房でこなすことも至難の業。従業員数も揃えなくてはならない。


このお店のメインターゲットは、恐らく徒歩圏内の会社事務所の職員さを想定されているのではないでしょうか?


毎日来られても、決して飽きがこないメニューのラインナップ。もちろん、素材の使い回しなどを工夫されて、メニュー数は多いけど原材料は最小限に抑えれれているのでしょう。


しかしいずれにせよ、価格は”愛媛価格”にならざるを得ません。近隣に瓢月さんや○○製麺所さんなどの強力なライバル店がありますが、徒歩圏からは外れています。ニッチ(隙間)を埋める作戦とお見受けしました。

アップ5
さて、この”海老と揚げ餅のぶっかけ”のお味です。


先ず”海老天”ですが、アッサリ、カラッと・・・・・・ではない。どちらかと言うと、モッサリ、ズッシリという感じです。衣が厚い。でも、これは好き好きの範囲だと思いました。


”は手打ちで、注文があってから湯掻くというだけあって新鮮です。でも、感動で身が震えるとか唸るというほどでもありません。しかも、これも好き好きの範囲でしょう。


揚げ餅”は、実に楽しくウキウキするほど見事に揚げられています。

出汁投入6
ただ        ただ・・・・・   ただ問題は”出汁の濃さ”です。


この画像のように、出汁を全体に回しかけてうどんをいただきますと、その出汁の濃さ(決して塩辛いのではありません)にたじろがされます。

鍋焼き7
画像は、前回いただいた”鍋焼きうどん”です。


このお店の”出汁”は、すこぶる美味しいのです。


前回”鍋焼きうどん”をいただいた時の”出汁”の感想は以下のように書いています。


<うどんの出汁(スープ)がすこぶる美味しい。ちょっと今までいただいた出汁では味わった経験がない味でした。この出汁だけで、この”なべ焼きうどん"は値打ちがあると思わせる旨さでした。>(前回に記事を引用)

出汁投入7
ですから、この”出汁”は濃度調整さえすれば、文句なしのバランスになると思います。もちろん、これも好き好きの範囲でのお話ですが。


でも、この”出汁”だけが自己主張し過ぎているように思いました。「俺様(出汁)は、旨いんだぞ!どうだ!」っと、そびえ立っているのです。


もちろん、彼(出汁)の主張は間違ってはいません。間違いなく旨いんです。でも、でも”濃~~~~い!!”んです。


海老の囁くような甘さを・・・・・活かしきれていない。美味しい麺の風味を・・・・・圧倒しちゃった!


要は、食品はバランスです。幾ら個々の味が素晴らしくても、全体が喧嘩しちゃあ、それぞれの味の良さが生きない。


ただしその濃さや薄さに対する感覚は、その日の体調によって感じ方が違うのかも知れません。ですから、あくまでも当日のワタシの感覚では、という限定的な感覚です。

揚げ餅8
この”揚げ餅”なんて、正に絶品なんです。揚げ加減といい、衣とのバランスといい、素晴らしいんです。


ただし・・・・・出汁にどっぷり浸さなかったら。


この画像、見ただけで「ああ食べてみたい!」って思われません?

麺9
さて、最後に””です。”釜揚げうどん”であれば、腰がないのは仕方ありません。


でも、強力に自己主張する”出汁”に完全に飲み込まれています、食われています。


アレ・・・・???当たり前か?


今までこのお店では、”釜揚げうどん”と”鍋焼きうどん”と、今日の”海老と揚げ餅のぶっかけ”をいただいています。(余戸時代からの通算で)


ですから、どちらかと言えばお気に入りのお店に違いはありません。


”麺”は一玉ですから、どうってことない量です。


でも・・・・・・「残っちゃった・・・・・」(今日は)


自称”麺類”のワタシが・・・・・・




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「再訪 181 うどん五一」・「愛媛グルメ紀行」 632

今日は、国道56号線沿いの保免中1丁目にある”うどん 五一”さんの三度目のご紹介です。


初めてお伺いしたのは、2011年8月10日でした。(「うどん 五一」 ・「愛媛グルメ紀行」 106


二度目は、今年の8月29日でした。(「再訪 155 うどん 五一」・「愛媛グルメ紀行」 586

玄関1
国道沿いにありますが、余り目立つというお店ではありません。


ちょうど、国道を挟んだ向かい側には”井上のそば屋”というお店が、今年の4月に開店なさっています。その前は”多磨屋 保免店”があったところです。


こちらの方は、昼時は結構お客さんを集めておられるようです。

店内2
こちらのお店は、いかにも職人さんを思わせる店主さんとその奥さんの2人だけで、こじんまりとやっておられます。


その奥さんは、私と同郷の西予市城川町のご出身、。私は、西予市野村町ですから、お隣の町です。


このお店、お店で麺を打って切って、注文が入ってから麺を湯掻かれるお店です。ですから、”生きた麺”をいただけます。

メニュー3
こちらが、店内に掲げてあるメニュー板。お値段の所に、白い紙で新しいお値段が書いてありますが、これは最近のことではありません。


2年2ヶ月前に来た時と、全く同じものです。ですから、急激に値上がりした小麦粉の値段を価格に反映されている訳ではありません。


こういう小・零細企業が困るんです。そうです!消費税の値上げです。


今の政策責任者には、大企業しか視野に入っていません。無邪気に「消費税が上がれば、それは当然価格に転嫁スべきです!」と、全くノーテンキ。

釜揚げうどん4
さて、これが注文した”釜揚げうどん”です。ちゃんと、蓋付きで運ばれてきます。冷まさないために。これでお値段630円です。一玉です。


昨日ご紹介した”麺処 庵(あん)”さんの”釜揚げうどん”は、2玉まで550円


そして12日にご紹介したばかりの、砥部町の”手打ちうどん ぎゃてい”さんは、何と同じ”釜揚げうどん”が2玉標準で350円です。


比較対象とした3店ともに、お店で麺を打って切って、注文が入ってから麺を湯掻かれるお店です。


まあ互いの立地や、地代の違いはあるのでしょうが、地元でやっておられる個人営業のお店でも”低価格でなおかつ旨い!”うどんを提供できるシステムを工夫なさっているお店もあります。

釜揚げうどん5
おそらく、消費税が10%にまで引き上げられた時期に、価格について、消費者は一層厳しく、細かく見るようになるのではないでしょうか?


その時までに、如何にローコスト運営のノウハウを身につけられるのか?このお店の限らず、どういう業種のお店でも生き残りをかけたサバイバルが始まると思っています。


でも、そのサバイバルに生き残る根底には、お客さんに「旨い!わざわざこのお店まで足を運んだ価値があった!」っと、心のなかで思わしめることが”必須条件”であることは言うまでもないことです。

つけ出汁6
こちらは、やや甘めのつけ出汁(つゆ)です。薬味の刻みネギと生姜も新鮮そのもの、胡麻の香りも活きています。


また、つけ出汁(つゆ)の、まあ優しい味だこと!いい出汁をとっておられます。麺との相性も抜群です。


そしてこのお店のつけ出汁、麺を全部食べ終わった時に、残ったつけ出汁にお湯を足さないでも飲み干せます。ワタシの”優れたつけ出汁の条件”です。コレ、ワタシの持論なんです

うどん7
さあて、肝心の””です。釜から上げたお湯に満たされていますから、小麦粉が溶け出してやや白っぽくなっています。


湯だめ”(茹で置き麺を温め直したもの)とは、明らかに違っているのがお分かりでしょう。


この湯気で、食欲がそそられます。まあうどん好き”の人類ならぬ”麺類”を自認しているワタシには堪らない瞬間です。

麺8
まあ、この”麺”の色艶を見て下さい。どーーーーーーです!


これを”伊予の官能麺”と言ってもいいでしょう?この麺の肌合い・・・・・・言葉が続きません。


もう食べる他ありません。うーーーーーーん・・・・・ト  ロ  ケ  ル  旨さ!

麺9
日本では「色の白いは、七難隠す」が、中国になると「色白は百難隠す」となります。肌の色が白ければ、数多(あまた)の欠点をも補ってくれるという意味です。


でもうどんの””は、ただ単に色が白ければそれでいいというほど簡単なものではありません。


食感・食味の良さに官能的にほど真っ白な色艶が重なってこそ、本当に旨い手打ちうどんと言えます。


この店の””は、松山では珍しい”平打ち麺”です。このお店でしか味わえないこのモチモチの食感を、一度お試しあれ。

完食10
そりゃああっという間に”完食”ですよ。


実はこの日の朝、3ヶ月間をかけて大きな仕事をまとめていました。その仕事も、99,99%のところまでこぎ着け、後は契約の日取りを決めるだけ!という状態でした。


それが、ちょっとした手違い・すれ違い・勘違いなどで一瞬にして全てが水疱に帰しました。茫然自失の状態に陥りました。久しぶりで深刻に落ち込んでしまいました。


「どこで段取りが狂ったんだろう?どの点がワタシのミスリードだったんだろうか?」


うちの社長は「○○君、人間ねー、正直なだけでは駄目なんだよ!」っと。


1時間、懊悩(おうのう=悩みもだえること)しました。そして、ハッと気が付きました。既に契約の当事者は感情的になっていて、修復なんぞ到底ムリなことに。


いくら悩んでも解決にならないことにクヨクヨしてても、明日は来ない。切り替えました。次の仕事で頑張ればいい!っと。


すると、急にお腹が空いてきた。「おおそうだ!こんな時は大好きな”うどん”に限る!!」っと。


そりゃあ旨かったはずです。さあ、新たな気持で頑張るか!という気持ちにさせてくれました。


「うどん君、ありがとう!」




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「愛媛グルメ紀行」を振り返る 84

今週の土曜日も”愛媛グルメ紀行”シリーズを振り返ってみましょう。

今日振り返るのは、春本番という頃にアップした250号から252号までのお店です。

先ず”最初”にご紹介するのは、昨年3月21日にシリーズ250番目のお店としてにご紹介した、県道松山港線(通称、中央通り)と松山西環状線が交差する交差点の北東角にある”高市食堂”さんです。(「高市食堂」・「愛媛グルメ紀行」 250

このお店こそ”大衆食堂”と呼ぶに相応しいお店でしょう。

玄関1
やや疲れた”暖簾”がはためきながら、客を待ってくれています。

もうこの地で40年を遥かに超える業歴をもつ、松山でも”老舗”の大衆食堂です。

中華そば6
こちらが、このお店の看板メニューである”中華そば”です。

お値段は500円(もちろん内税)です。うれしいでしょう?

具材は、湯通しした太目のモヤシと豚バラとカマボコとシナチクとネギだけ。

そしてスープの表面に浮いた”油膜”・・・・これがこのお店の”中華そば”の美味しさの秘密なんです。

この油の膜が、スープの熱が逃げることを防いでいて、何時までもアツアツのスープがすすれます。

このお店は、もちろん”再訪したい”と思っています。次は”うどん”にしようと、注文するメニューまで決めています。


二番目”にご紹介するのは、昨年3月22日にシリーズ251番目にご紹介した、南高井町の第四十八番札所”西林寺”のほぼ向かい側にある”うどん 味十味(あじとみ)”さんです。(「うどん 味十味(あじとみ)」・「愛媛グルメ紀行」 251

このお店は、昨年3月7日に、このシリーズの241番目のお店としてご紹介したスパゲティ専門店の”フォンターナ”さんのオーナーシェフ(お店では単に”店長”と呼ばれていますが)に紹介されました。

玄関1
県道松山東部環状線沿いにあります。

この付近には、”活うどん いってつ庵”や””うどん瓢月”といった、うどん屋の名店が集まっているところです。

これら3店は、”高井”にある”名水”を求めてこの地にお店を移転、或いは新築されたのです。

天ざるうどん5
これが”フォンターナ”店長さんお薦めの”天ざるうどん”です。お値段は840円(内税)です。

このうどん以外に、付き出しとして自分の畑で採れた”ジャガイモの煮付け”も出されました。

うどんアップ8
うどんに艶”があります。うどんが照り輝いているのです。

この”色艶”は官能的と言う他ない”麺の芸術品”です。

麺の弾力性について説明しましょう。画像は、割り箸を右手に持って麺を挟み、割り箸で””を切り落とそうとしているところを左手で持ったデジカメで写したところです。

割り箸を持つ指に力を入れて麺を切ろうとしても、割り箸が麺に食い込んで麺自体は細くなりますが切れません。

割り箸の力を緩めると、切れそうにまでなっていたうどんの””が、その弾力で元の太さに直ぐに戻ってしまいます。

ですからこのお店、既に何度も”再訪しました”。これ以降も”再訪する”つもりです。


最後”にご紹介するのは、昨年3月23日にシリーズ252番目のお店としてご紹介した、国道11号線から農免道路を入って南に進み、ファミリーマートを右折(西進)すると直ぐの来住町にある”ランチ・カフェ おりーぶ”さんです。(「ランチ・カフェ おりーぶ」・「愛媛グルメ紀行」 252

玄関1
こちらがお店の玄関。

極めて目立たないので、このお店がどういうお店であるかを知っている方でないと足を止めることはないかも知れないですね。

ランチ4
まあ、何はともあれ”日替わりランチ”を注文しました。お値段は、コーヒーが付いていて700円(内税)です。

何と、おかずが6皿に味噌汁とご飯と漬物が付いています。

良心的というよりも、採算度外視の素人メニューではないか?とさえ思いました。

そこで、このお店は”再訪出来ません”。既にお店を閉められて、別のお店に替わっています。





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「松山市の地名・町名由来」・ 「三津界隈の町」 35

今日の「松山市の地名・町名由来」35番目は、「三津界隈の町」のそれぞれの町名由来をご紹介しましょう。


今までのこのシリーズ4番目、今年の4月15日には「三津地区」にある「住吉町」「祓川町」は採り上げました。(「松山市の地名・町名由来」・ 「住吉町・祓川町」 4


またこのシリーズ29番目、今年の10月7日に「松江町」を採り上げたばかりです。(「松山市の地名・町名由来」・ 「松江町・喜代町・道後姫塚」 29

三津表示1
今日は、「三津地区」にある残りの主な町名由来をまとめてご紹介します。なお「三津」(みつ)は下の町の付かない1丁目から3丁目までに分かれました。


そして「三津」の町名・地区名の由来は、古くから水軍の根拠地として栄えた一方、皇族行幸の時にここから船出舟入していた地でもありました。


ですから「三津」は、皇族の港ということで”御津”(みつ)と呼ばれていたことが、現在の「三津」の由来です。

三津湾1
この画像と下の画像が、現在の「三津港」の様子です。


なお”御津”以外の説としては、南北朝時代に、北条時直が「伊予国水居津」(いよこく みいつ)を攻めたという言い伝えがあって、それが「三津」になったというものです。


いずれにしても、奈良時代前から伊予国の最も重要な港として栄えてきた歴史を持つ町であることに違いはありません。


また「三津」という地名は全国に数多くあって、その名の付いている地区は古くから官公署又は地頭などの為に、貨財を積み下ろす船着き場があったところで、それらは古来”御津”と呼ばれてきた歴史を持ちます。

三津湾2
更には、江戸期に入る前に”加藤嘉明”が松山を統治するようになりますと、慶長8年(1603年)に「三津」は水軍の根拠地となり”舟奉行所”が置かれました。


その後、江戸期に入って”久松松平家”の時代になりますと、江戸への参勤交代の松山藩の海軍基地となり、軍船と船手の家(軍船に乗る武士)、約400戸が置かれて船奉行と町奉行が「三津」に配されたそうです。


「神田町」にある”厳島神社”の南側の参道を、参勤交代に向かう”久松松平公”を乗せた大名行列が進んだのです。


ただ、「三津」に配された船手の武士たちの禄高は、城下に住まいしていた武士たちの禄高に比べたらかなり低い禄高だったようで、屋敷の規模もお城下の武家屋敷とは比較にならない位質素だったといいます。

三津の渡し3
”屋敷町”(武士が住んでいた)は”船頭町とも呼ばれ、「住吉町」、「柳町」、「桂町」、「久宝町」、「心斎町」などの町名があったそうです。


また”町人町”は「須崎町」、「松前町」、「久兵衛町」、「新町」、「大工町」などがありました。


上の画像は、有名な”三津の渡し”です。今も現役です。

三津商店街3
これが、今の平日の昼間の”三津浜商店街”の様子です。


残念ながら”シャッター通り”と化しています。でも日曜日などは、地元の有志による様々なイベントが催され、多くの人を集めているそうです。


「三津」は軍港や貿易港としての顔も持っていましたが、同時に古くから”魚市場”が開かれてきた歴史を持ち、”三津の朝市”として”伊予節”にも出てくるほど、松山市民にも親しまれてきた町でもあります。

三津商店街4
の始まりは、”港山城”の兵が、毎朝米や魚を求めて買いに集まったことが、事の由来だとされます。


なお「港山町」(みなとやままち)の事は、「松山市の地名・町名由来」シリーズの3番目としてアップしました。(「松山市の地名・町名由来」・ 「港山町」 3

古三津表示4
この画像は「古三津町」(ふるみつまち)のバス停表示です。


なおこの「古三津町」が残っている一方、町が町名の下につかない「古三津」もあって、1丁目から6丁目に分かれています。


「古三津」の町名由来も「三津」と同じで、古くから開けた港で、皇族との関係から”御津”が由来となったものです。

須賀町表示5
「三津地区」最後の町名由来紹介は、「須賀町」(すがまち)です。画像はその町名表示です。


「須賀町」(すがまち)も「中須賀」(なかすが)も同じ由来ですが、大きい川の出口で””(す)や”中洲”(なかす)があったことに由来します。


三津地区の「須賀町」も「中須賀」も、”宮前川”の”洲”であり”中洲”であったことに由来した町名です。


さて次回「松山市の地名・町名由来」の36番目は「和気町」の由来をご紹介します。





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「山陰の秋・点描(てんびょう)」

今日は、先日”出雲国の歴史”を書くために、山陰をチョコっと旅しました。


その時目にしたものの一部を、スケッチ風にご紹介しましょう。今日は、小難しいことは何一つ書きません。


ただただ、”山陰の秋”の一部を切り取ったもののご紹介に留めます。


ですから”点描”(てんびょう=人物や風景の特徴的な部分をとらえて簡潔に描写すること)としました。

砂丘1
上の画像は、見たらどなたでも分かる、”鳥取の砂丘”です。


この日の山陰は、朝から雨、また雨でした。山陰の天候は、瀬戸内のそれとは大違い。


でも、砂丘に着いて、出発するまでの間は不思議に雨が止んでくれました。

砂丘2
この広大な”砂丘”はどうして出来上がったかといいますと、中国山地の花崗岩質の岩石が風化して、千代川によって日本海へ流されました。


更には、海中の砂を海岸に向けて流れ寄せる潮流と、海岸線に堆積した砂を内陸へ吹き込む日本海特有の強風が織り成した結果、海岸に集まったものが砂丘の主な砂となっているそうです。


つまり、千代川上流の地質と、海岸に向けて流れ寄せる潮流、更には海岸線に堆積した砂を内陸へ吹き込む強風の働きで形成された、南北2.4キロ、東西16キロに広がる”大砂丘”です。


昭和30年(1955年)に、国の”天然記念物”に指定されています。砂丘の岡を登る人影が、まるで豆粒のようです。その広大さが分かるというものでしょう。

足立美術館紅葉4
さてこれ以降4枚の画像は、、島根県安来市にある”足立美術館”の日本庭園の秋です。


この”足立美術館”は、130点におよぶ”横山大観”の作品と””日本庭園”で有名です。


主な収蔵品は”横山大観”を始めとして、竹内栖鳳、橋本関雪、川合玉堂、上村松園ら”近代日本画壇の巨匠”たちの作品群です。特に”横山大観”に関しましては日本一の収蔵品を誇る美術館です。

足立美術館庭園5
ところで皆様ご承知の様に、美術館の収蔵品は全て撮影禁止です。


この日も、日本各地方から大型観光バスを含めて多数の観覧者が訪れていました。


ですから、館内の美術品の鑑賞は、松山で例えるなら”お椿さん”の参道の賑(にぎわい)です。とても、こっそりと美術品を盗撮することなど出来ません。

足立美術館箱庭7
唯一、大手を振って撮影できるのが”足立美術館”が誇る、隅々にまで手が行き渡いた”日本庭園”です。


季節は、真夏の狂気的な猛暑が過ぎ去り、秋を通り越して一気に””に突入したかのような”山陰の秋”でした。


やはり”山陰地方”の気候は、中国山地と四国山地の内懐(うちふところ)にある”瀬戸内地方”の気候とは根本的に違っています。

足立美術館滝8
晴れの日”が常識の、我が愛媛県とは周囲の風景がまるで違います。


道路の信号がある交差点、車の停止線が道路上に引いてありますが、同時に”高札”の様な高さの道路標識に停止線が示されています。積雪で、道路に描かれた停止線が見えなくなった時の対策です。


また信号機の向きが、全て”縦向き”なんです。四国では全て”横向き”が常識でしょう。ところが、積雪に悩まされる山陰では、少しでも積雪に依る被害を抑えようと、信号機の設置方法まで瀬戸内海側とは違っています。

紅葉1
さて、画像は”蒜山高原”(ひるぜんこうげん)にあるサービスエリアにあった”紅葉”の様子です。


山陰地方の松江や出雲は、さすがに海岸線にありますので、紅葉は見られませんでした。


中国山地を越える時に、米子自動車道の左手に見えます”大山”(だいせん=伯耆富士の名前を持つ名山)は、雨模様の天候で山頂は重く立ち込める雲の上にあって、生憎見ることができませんでした。

紅葉2
でもさすがに標高500mを超える”蒜山高原”です。高原全体が、一斉に色づいていました。


この”紅葉”の度合いは、愛媛県で言いますと丁度”面河渓谷の紅葉”の具合とほぼ同時期の”紅葉”でした。


ここ”蒜山高原”は既に岡山県。広がる牧場に、”蒜山高原”名物の”ジャージー牛”が放牧されています。


乳脂肪分の濃厚な、”ジャージー牛”から取れる”ミルク”や”バター”、”チーズ”などの乳製品がこの地の特産品です。

紅葉3
でも我が愛媛でも、西予市野村町の”大野ヶ原”の放牧・牧畜は有名です。


ワタシの郷里”野村町の乳製品”は、決して”蒜山高原”のそれに劣れを取るものではありません。


今、西予市が、西予市の地質条件の優れたところを世界に向かってアピールしようと、西予市の地質を日本で7番目の”ジオパーク”認定に向けて活動を始めております。


2004年に発足した国際連合教育科学文化機関(ユネスコ)の支援による、”日本ジオパークネットワーク”に、登録しようという活動です。


<注>お詫びと訂正
上の記事で、西予市が”ジオパーク”認定に向けて活動を開始したと書きましたが、既に”認定済”でした。お詫びして訂正をここに記します。何時も見て頂いています方からのご指摘です。ご指摘に感謝いたします。


現在、国内で”ジオパーク”に認定された6ヵ所の地域は、”洞爺湖有珠山ジオパーク”、”糸魚川ジオパーク”、”島原半島ジオパーク”、今回訪れた”山陰海岸ジオパーク”、そして同じ四国にある””室戸ジオパーク ”、更には”隠岐ジオパーク”です。

紅葉8
今回、”出雲国の歴史”の現地調査を主な目的とした”山陰旅”では、上に書きました”山陰海岸ジオパーク”を間近に見ることが出来ました。


日本海の荒波に打ち寄せられて侵食された”山陰海岸”の特異な地質。


そして、乳製品では北海道や岩手県に並ぶ有名産地である”蒜山高原”(ひるぜんこうげん)も目の当たりにしました。


しかし、”大野ヶ原高原”から瀬戸内海に落ち込む三瓶町の”リアス式海岸”、山口の秋吉台に迫る大野原の石灰岩地質や鍾乳洞、更には”蒜山高原”に決して遅れを取らない西予市の放牧・牧畜が生み出す豊かな乳製品群。


今回の旅を通じまして、改めまして郷里愛媛の魅力を再確認した””となりました。


今日は、結局”愛媛への郷土愛”を再確認する”山陰の秋・点描”(てんびょう)となりました。





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「再訪 182 ダイニングキッチン たゔぇるね」・「愛媛グルメ紀行」 633

今日は、先月10月4日にアップしたばかりの、感動の洋食屋さん”ダイニングキッチン たゔぇるね”さんの早速の再訪です。(「ダイニングキッチン たゔぇるね」・「愛媛グルメ紀行」 608


この店の日替わりランチ”本日のランチ”の素晴らしい出来と、見事なコストパフォーマンスに良さの、感動の余韻冷めやらぬ内の再訪です。


場所は、通称”農免道路”を松山自動車道高架に向かって南進すると”四国包材㈱パックセンター”という建物がある交差点を西に入ると、民家の中の4軒目にあります。

看板1
こちらがお店の看板。既に風格を感じさせてくれます。


お店の前の駐車場は、縦列駐車で詰め込んでも満車で、近くの第二駐車場を案内されていました。


今更ながらに、分かりにくい立地にも関わらず、美味しいもの、価値のあるものを出すお店は、みなさんよくご存知です。


午前11時30分にお店に入りましたが、正午にはカウンター席まで満席となりました。アッという間です。女性客割合、95%以上でしょう。もちろん、ワタシのような男性一人客など他にはいません。

外メニュー2
これが”本日のランチ”メニューで、玄関脇に手書きで表示されています。お値段は780円です。価値ある780円です。


先日偶然に、久万高原町ご在住の”兒玉ご夫妻”(ご主人は木工家、奥さんは漆芸家)に松山市内で出会いました。旧知の仲です。


ちょうどお昼時でした。”兒玉ご夫妻”は、ワタシの”愛媛グルメ紀行”をご存知です。そのご主人が「○○さん、私達夫婦は今日松山のどこに行けば、美味しいお昼を食べられるでしょうか?」っと、開口一番にお尋ねになりました。


ワタシ、迷わずこのお店のことをお教えしたこところ、数日後に「大変美味しいお昼を楽しむことができました。あそこで○○さんに偶然会わなければ、知らないままで終わっていたお店だったでしょう」という趣旨の、丁重なお葉書を頂いたばかりです。

スープ3
さて、このお店の”本日のランチ”の構成は、スープ・サラダ・前菜・メインディッシュ・そしてご飯の組み合わせです。


ご飯以外は、その構成の内容が毎日違います。例えばこの”スープ”です。


前回お伺いした時は”コーンポタージュスープ”でした。そして今回は”パンプキンポタージュスープ”でした。


やや甘くてマッタリとした温かいスープは、俄(にわか)に秋が訪れたこの季節、嬉しい内容です。

サラダ4
こちらは”サラダ”。


今日の”サラダ”は、前回の手の込んだ”サラダ”に比べたらやや省力化されたか。


何しろ、正午には店内満席。(20人余り)厨房では女性店主兼シェフが、こまねずみの様にクルクル舞いながらお料理を次から次へと繰り出されている。


ワタシは厨房前のカウンター席ですから、その動きが手に取るように分かります。アルバイトの女の子も、食器洗いに忙しい。まるで戦争です。


こういう状態の時に話しかけるのはマナー違反。黙って彼女たちの動きを目だけで追いました。

前菜5
こちらが今日の”前菜”です。中身は、”ハス芋とナスと白身魚のグレープフルーツマリネ”です。

お客さんは入れ替わり立ち代り、次から次へと入ってくる。

そのほぼ100%近くが、この”本日のランチ”に集中するように、フロアー係の女性がキビキビと誘導される。

短時間にお料理を、お客さんを待たさずに出せる工夫が随所に見受けられる。

つまり、予め作り置きしておいた食材をその場で組み合わせ、冷たいままで出すことが出来るお料理と、下ごしらえを終わっている食材をその場で温めたり火を通されたりして出される”温かいお料理”との、上手な組み合わせです。

例えばこの”ハス芋とナスと白身魚のグレープフルーツマリネ”と名付けられたお料理は、下ごしらえされた食材を瞬時に熱い油をくぐらせて出されています。


ハス芋”と表記されていますが、まるで”セロリ”の香りと食感でした。”ナス”も今の季節が旬。”白身魚”も、グレープフルーツの衣に包まれ軽く揚げられています。甘酸っぱい味付けに、何度も何度も唸らされました。

メインハンバーグ6
そしていよいよ、今日のメインディッシュの登場です。


今日のメインディッシュは”ハンバーグ・デミグラスソース”です。


それに添えられたものは、”マッシュポテト”、”ペンネ・リガーテ”と”湯掻かれた”ブロッコリー”です。


先ずはお皿の上の配置と配色をご覧になって下さい。憎い彩りではありませんか。シェフのセンスの見せ所です。

ハンバーグ7
これが、熱々の”ハンバーグ”です。どうです!この”存在感”、圧倒的でしょう。


デミグラスソース”の香りが一斉に鼻孔を襲います。デミグラスソース”は洋食屋さん泣かせ。


デミグラスソース”(ドミグラスソースというお店もあります)は、(英語では”ブラウンソース”)仕上げるのに手間ひまがかかるのです。


フランス語で”ドミ”は半分という意味、”グラス”は水のことですから、文字通り”肉と骨と野菜”を煮詰めに煮詰めた濃厚なソースのことですね。ソースが出来上がるまでにほぼ1週間はかかります。


その貴重な”デミグラスソース”が、惜しげも無くタップリと”ハンバーグ”に回しかけられています。


その濃厚な香りだけで、もうその美味しさに見当がつこうというものです。

マッシュポテト8
こちらは、付け合せの”マッシュポテト”。


予め大量に作ってあって、それをアイスクリームを掬うときに使う道具、”アイスクリームディッシャー”(通称ディッシャー)で綺麗に掬って丸まったものが、画像のそれです。


この”ポテト”の味付けのいいことと言ったら。もう言葉が出ません。小品にも決して手抜きしていない証拠です。

ペンネリガーテ9
もう一つの添え物は、ショートパスタの中の”ペンネ” (penne)でした。


しかも、ペン先のように斜めに切られた筒状のパスタで、表面に波状の筋が入った”ペンネ・リガーテ” (penne rigate)が使われていました。


それにトマトソースが絡まっていて、冷やされたものが出されます。”ブロッコリー”もアッサリ塩味で湯掻かれて冷やされたもの。


それをブロッコリーは株毎湯掻かれていますから(形が崩れないように)、出す時は丁寧に手でちぎり分けて出されています。添え物も、皆、ちょっとずつ味を変え、変化を持たせてあります。

肉汁10
さあて、メインディッシュの”ハンバーグ”です。お箸で食べることが出来ますが、敢えて”ハンバーグ”の内部に閉じ込められているに違いない”肉汁”を見るために、ナイフで真半分に切ってみました。


すると、するとなんです!   ”ハンバーグ”の内部から一斉に美味しさが凝縮された”肉汁”が、ドロドロと流れ出てきました。


その瞬間の感動と言ったら、それはもう最高潮に達した瞬間でした。中華料理に”小籠包”(しょうろんぽう)というお料理があります。


豚肉の脂身に味付けしたものを、一度冷ましてゼラチン状にします。そのゼラチン状の、言わば固まったスープを小麦粉を練った皮に包んで蒸し器で蒸した料理です。あの”小籠包”も、歯で噛んだ瞬間に熱々の”スープジュース”が飛び出ます。


それと全く同じです。”ハンバーグ”に含まれる脂分(肉や魚の美味しさの素は脂分)が、熱せられてジュースになっています。ナイフを入れた瞬間に”肉の旨さが凝縮されたスープ”が流れ出ます。


それと手間暇という愛情がこもったデミグラスソースとが相まって、見事な出来栄えの”ハンバーグ”が堪能出来ました。


もう、頭はずっとしびれっぱなしです。このお店の奥深さ、怖いほどです。このお店、コレ以降一体何度通い詰めることになるのでしょうか?





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「再訪 183  鉄板 お好み焼き Cafe こがねむし」・「愛媛グルメ紀行」 634

今日は、今年の4月11日に初めてご紹介した”鉄板 お好み焼き Cafe こがねむし”さんの二度目のご紹介です。(「鉄板 お好み焼き Cafe こがねむし」・「愛媛グルメ紀行」 509


場所は繰り返しになりますが、椿神社の通称”裏参道”をずっと南進し、重信川を越える手前で現在工事中の”松山外環状線”と交差する手前、石井公民館一の宮団地集会所の南側にあります。

玄関1
こちらが可愛いお店です。お店兼ご自宅なんでしょう。


今日はお店の駐車場に車が2台止まっていました。高級車でした。


その2台の間に、私の小さな車を止めました。

ランチメニュー2
玄関脇に”本日のランチ”が、手書きで書かれています。


前回来た時も、この”本日のランチ”を頂きました。


今日は、このお店元々鉄板焼きのお店なので、その鉄板書きメニューがら選ぶつもりでしたが、”本日のランチメニュー”がやはり気になったのでそれを選びました。

ランチ3
店内は、ゴルフ仲間と思しき(皆さんリタイヤ組?)男性客4人が”ランチ”が出来上がるのをお待ちになっていた。ゴルフの話で盛り上がりながら。


厨房内の店主さんとその奥さん、その準備でてんてこ舞い。黙ってカウンター席に座った。


上の画像が、先客の4人にやや遅れて出された”本日のランチ”です。お値段は700円。価値ある700円だと思います。

メインプレート4
こちらが”メインプレート”です。”エビフライ”が4尾。目の前で揚がったばかりで、まだ熱い。


それにシシトウとパプリカの揚げ物が付いて、ポテトスティックサラダと葉物野菜サラダ、ミカンのデザートが付いています。


エビフライ”は、海老をさばく所から始められます。ちゃんと背ワタも丁寧に取っておられました。そして小麦粉をまぶしパン粉に潜らせ、大きな中華鍋風フライパンで揚げられます。


その横では、奥さんがサラダ類をセットされていきます。目の前で揚がった”エビフライ”、旨い!に決まっています。自家製タルタルソースも効いています。


なお”海老”の素材は”ブラックタイガー”でした。目の前で処理されていますから分かります。こういうお店では”素材の誤表示”などという問題は生じません。”ブラックタイガー”で結構じゃないですか!事実美味しいんですから。


大手ホテルの”素材誤表示”が社会問題と化していますが、「間違って表示した」などという言い逃れが通用すると思っておられるのでしょうか、そのホテルの社長さんたちは?


実際に調理を担当している人達からすれば、素材が何であるか?間違えるはずがないじゃないですか。料理人を馬鹿にした発言ですよ。ですから、間違って表示するなどあり得ないと思います。知ってて、敢えて間違えたふりをして表示していた、つまり詐欺ですよ、アレは。話がそれました、元に戻しましょう。

タコと石鯛のカルパッチョ5
こちらは”タコと石鯛のカルパッチョ”と名付けられた一品です。


この”タコ”だって、湯掻いてあるタコを、注文がある都度刺身包丁で丁寧に引かれています。”石鯛”だって、そのプレートの分だけ、切り分けられてセットされます。


そこに、例によって奥さんが野菜類を添えられ、二人三脚ぶりを遺憾なく発揮されています。店主さんが最後にオリーブオイルで調整されたドレッシングをかけられ、粗挽き黒こしょうを目の前で擦って出来上がりです。


このお店の特徴は、注文があってから調理をスタートされます。全て手作りで、その過程がつぶさに観察できることです。効率を追求されるのではなく、”愛情という名の手作り”で手間隙かけられているのです。


その”手間暇”の凄さを、最後にもう一度見せて頂きました。それは後ほど。


タコ”も”石鯛”も、今が丁度食べ頃でした。


魚の釣り立て、生け簀(いけす)からすくい出した魚を新鮮だから美味しい、”コリコリ”しているのが新鮮な証拠!っと言うのは、食のレポーターと称する人たちの無知なるが故(ゆえ)。


魚であろうが肉であろうが、一定の熟成期間があってこそ、その素材が持っている味が”新鮮”にいただけるのです。(もちろん、全てにそれが言えるということではなく、種類によって何時が食べ頃なのかは違います)

味噌汁6
この”味噌汁”、前回の記事でも書きましたが、お客さんに出す前に奥さんが味噌越しで丁寧に味噌を溶いて出されるもの。


味噌汁は味噌の”風味”が命。予め作り置きしていて、湯煎にかけて温めておくと、その味噌の風味が飛んでしまうんです。


今日は先客がいて、厨房内のご夫婦は大忙し。こういう時には声をかけられません。ワタシはカウンター席で、黙って調理の過程を観察していました。

漬物7
すると、先客4人分にランチを出し終え、次にワタシの分に取り掛かりそれが終わってカウンター席に運ばれてきたその時です。


今まで口を利く余裕もなかった奥さんが「前回は、ウチのこと、随分良く書いていただいて・・・・あれじゃあ褒め過ぎに成ってしまう!」と満面の笑顔で次々とお皿を並べて頂いた。


最初、その言葉に一瞬「え????え??」っとなった。「アッそうだ、ブログの事を言っておられるんだ!」っと気がついたのは、ちょっと間をおいてだった。


それまで一言も口を聞かなかったので、お二人は、完全にワタシのことを忘れられていると、そう思い込んでいた。


「え???えーーーー??覚えておられたのですが?たった一回お伺いしただけなのに!しかもブログも読んで頂いたのですね??」っと、声が弾んだ。


すると、調理に精を出されていた店主さん「そりゃあ覚えていますよ!忘れたりなんてしませんよ!」っと、初めて口を聞かれた。しかも満面の笑みをたたえて。

エビフライ8
これが揚げたての”エビフライ”、海老の身がプリプリして歯を跳ね返さんばかり!


海老のサイズは大きいとは言えませんが、でも十分な量です。絶えずフライ返しで揚げ加減を確かめて、丁度いい上がり具合に仕上げられています。


お二人の、調理に対する姿勢は真剣そのもの。仕事に集中なさっています。そういう中で、たった1回来ただけの客を覚えておられる。プロの凄さでしょう。

シシトウとパプリカのフライ9
これは”メインプレート”の”エビフライ”に添えられた”シシトウ”と”パプリカ”の揚げ物。


シシトウの緑、パプリカの黄色、海老の赤と、ちゃんと彩りにも気を使われています。


昨日ご紹介したばかりの”ダイニングキッチン たゔぇるね”さんでは、腕利きのプロの調理人の洗練されたお料理に唸らされ続けた。


その意味では、このお店のお料理に特別珍しいものがあったり、見たこともない食材が使われているといったことはない。


調理の水準も、長年身についてきたものを出し惜しみすることなくフルに使っておられるという感じです。


でも、素朴に美味しいし、心地よく食べることが出来るんです。やはりお二人のお人柄もこのお店のお料理には含まれているのでしょう。


調理に一段落が付いた奥様とは、他の飲食店の動向や消費税問題など、様々に話が弾んだ。

ミカン10
さあて、最後に「オッ!」っと目を剥かれた出来事。上の画像の”ミカン”を目を凝らして見て下さい。


全てのお料理を食べ終わり、さてデザートの”ミカン”をと思って、皮を剥いた時に出る果汁を拭こうと紙おしぼりを用意した。


そしてミカンを手に取り、皮を剥こうとしたその瞬間でした。ミカンは既に薄く皮が剥かれていて、しかも四分の四に切り分けてあったのです。


そうです!その四分の四に切り分けられたミカンを元の皮に戻しておられたのです。上の画像をご覧になって、このことに気づかれた方はいらっしゃいますか?


確かに僅かな手間かも知れません。僅かな手間だからその手間を抜くのと、僅かな手間だけどその手間を惜しまない、調理に対する姿勢が見事に現れていると思ったのです。


だから、だからワタシはこのお店が好きなんです。





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「アミティエ」・「愛媛グルメ紀行」 635

今日は南堀端町、松山城を真北正面に見る洋食屋さんの老舗”アミティエ”さんをご紹介しましょう。


このお店、この地で10年。その前は別の店名で、千舟町で10年やっておられたそうで、通算すると20年。別の店名は”ア・ターブル”というお店で、フランス語で”テーブル”という意味だったそうです。


しかし、”愛媛グルメ紀行”を書き始めてこのお店で延べ635店目、このお店の存在を全く知りませんでした。


店名の”アミティエ”という意味は、フランス語で”友達”という意味だそうで、シェフは”渋いフランス人”だそうです。

玄関1
こちらが”南堀端”の電車通りに面して、広島銀行松山支店の東隣にあるお店の玄関です。


このお店で驚いたことは幾つかありますが、先ず1番目に驚いたこと。それは、開店時刻午前11時30分に10分前から2人連れの女性が2組、つまり4人が玄関前で開店を待っていたこともその一つです。


ご覧のように、玄関の間口も狭く駐車場もない、全く目立たないお店なんです。でも・・・・・・・・・

2階の店内2
お店は1階と2階の二層構造になっていて、店内は所謂(いわゆる)”ウナギの寝床”という形状をしています。


そして1階は、一種の”バーラウンジ”らしくて、ランチは全て2階でいただくという構造です。


急で狭い階段を上がると、2階の店内の様子はこのような感じです。ワタシは開店時刻11時30分にお店に一人で入りました。


それ以降、正午過ぎになると店内の入りは8割を越えた程度になります。お伺いしたのは、火曜日です。もちろん、店内客で1人客はワタシだけ、後は1組の男女のカップル以外は全て、全部女性同士の客・客・客です。

ランチメニュー3
そして2番目に驚いたことは、このお店の”メニュー構成”です。このお店の”ランチメニュー”は、基本的には3種類しかありません。


まずその第一は、”大富豪の奥様セット”と名付けられたもので、お値段何と2100円。(内税)シッ・シッ・シッ!(用事なんてない)


後は”ステキな紳士セット”というのと、”こいきなお姉さまセット”というセットで、それぞれお値段1575円です。もうこの時点で「自分には不釣り合い!!」だと、違和感を覚えていました。


この3種類のセット以外にも、お値段が1000円以下のややお安いセットもあるのですが、フロアー係りさんに「これらは軽食の部類で、お昼のお食事という感じにはなりません!」っと、軽く一蹴(いっしゅう=ひとけり)されてしまいました。


更に驚いたことの3番目。このお店には”日替わりランチ”はなく、”オードブル”(前菜)は全6種から選び、”メイン”は全10種類から選ぶというシステムになっている。(”ステキな紳士セット”の場合)


それぞれ自分で選んで指定して、それにサラダとスープと、ご飯かパン、コーヒーか紅茶をという組み合わせ。

オードブル4
この画像が選んだ”オードブル”(前菜)です。何だか訳が分からない内にこうなっちゃいました。


選んだのは”テリーヌ”です。その”テリーヌ”とは、バターや豚の背脂を敷き、挽肉やすり潰したレバー、魚肉のすり身、切った野菜、香辛料などを混ぜたものを詰めてオーブンで焼いて、それを冷まして切り分けられたもの。


その”テリーヌ”と、それの土台となる”バゲット”(フランスパン)が出された。


メニューには、値段が書いてあって525円とあった。この値段は、一体セットの中に含まれるのかどうか?説明はない。訳が分からないままに”メイン”も選ばされた。それは後ほど。

テリーヌ乗せ5
さて”テリーヌ”と”バゲット”の食べ方。そりゃあどう食べても勝手なんでしょうが、画像の様にして食べると美味しい。


つまり、”バゲット”の上に”テリーヌ”を乗っけて、更にその上に添えられてる”ピクルス”(塩漬けしたキュウリを醗酵させたもの)を乗せてかぶりつく。

     ピ ク ル ス
     テ リ ー ヌ
   バ   ゲ   ッ   ト  と、まあこういう感じでしょう。


感動は全くないけど、普通に美味しい。ただそれだけではあるが。

大根サラダ6
この画像は、セットに組み込まれているであろう”サラダ”


中身は”大根のサラダ”で、パキパキしていて新鮮なことはよく分かる。


やや酢味のドレシングがかかっていて、これも驚きはしないけど当たり前に美味しい。

グリンピースのスープ7
この画像も、恐らくセットに組み込まれているであろう”スープ”。


スープの中身は、確か”グリンピースのスープ”と聞こえたような・・・・・


こちらの味も、当然の様に美味しい。それだけではあるけれど。


サラダとスープを説明する時に「セットに組み込まれているであろう」と書いたのは、組み込まれていないものがあったから。

ステーキ8
それが(つまりセット料金とは別料金だった)、この”メイン”と呼ばれてる10種のメニューの中の、ステーキ系の2種だった。これも何の説明もない。


ただ、ワタシがメインの中から”牛フィレステーキ”を注文しようとした時だけ、ウエストがやたらと細いフロアー係のお兄ちゃんが「アッ・・・それお高くなりますよ!」っと、一言だけ注意をもらった。


そこで”牛アンプレアステーキ”に注文を変えた。ところで、注文した時点では”牛アンプレアステーキ”なるものが一体どういうものなのかは、知らずに注文した。


そしてこのステーキの2種だけがセット料金とは別料金であったことに気がついたのは、料金の精算をした時。


つまり、セット料金1575円+315円、しめて1890円の”ランチ価格”となった。精算するまで、そういう料金の仕組みに関する説明は一切なかった。


要するに常連客相手で、料金の仕組みなど当初から知っている、或いは知っていなくても、その料金に驚いたりする客を想定されていないということ。驚いた4番目はそれだった。

ステーキアップ9
さて”牛アンプレアステーキ”とは一体どういうものかを考えてみた。考えながらいただいた。


この”牛ステーキ”の焼き方がヒントではないかと考えた。つまり”アンプレア”のことではないか?これはワタシの想像でしかありませんが。


通常ステーキの焼き方は、牛肉を生の状態に近く焼く焼き方から順に言うと、”レア”、”ミディアムレア”、”ウエルダン”となる。


従って、出された牛肉は限りなく生に近い焼き方であって、表面をサッと炙ってあるだけ。


ここで一つの疑問が。2種の牛ステーキメニューを並べられた。


その一方は”牛肉の部位”で表記された。(フィレステーキ)別の一方は”牛肉の焼き方”(アンプレアステーキ)で表記されたということか?謎が残ったが、確かめるために再訪する予定はない。

肉断面10
これが牛肉の断面。確かに”レア”には違いない。メニューの内容など説明などしなくても分かる方だけが訪れているということか?


牛肉の色と筋肉の付き方から見ると、この肉の部位は、牛肉の”横隔膜”(おうかくまく=肺と胃を隔てて横に広がっている部分)、焼肉屋さんで言うところの”ハラミ・サガリ”と呼ばれている部位ではないか?ただし、これもあくまでもワタシの想像に過ぎない。(当初の記事では”横隔膜”の部分に誤記がありました。ご指摘があり訂正しました。ご指摘に感謝します)


最後、驚いたことの5番目は、昼間からこういう価格帯のお料理をランチとして平気でいただく客のまあ多いこと。ワタシなどは、この日罪悪感に囚われてしまった。自己嫌悪と言ってもいいかも知れない。


日本という国は、その殆どが”中流意識”を持った階層で占められていた時代が長く続いた。


でも今や明確に、階層分離が始まり、それが一層強まってきていることを実感した。


こういう時代って、一体どうなんでしょう?




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「愛媛グルメ紀行」を振り返る 85

今週の土曜日も”愛媛グルメ紀行”シリーズを振り返ってみましょう。

今日振り返るのは、昨年の年初めにアップした253号から255号までのお店です。

先ず”最初”に振り返るお店は、昨年3月26日にシリーズ253番目のお店としてご紹介した、森松町、旧国道33号線、現在の県道久谷森松停車場線沿いにある小さくて超個性的なお店”Lindsay's(リンジーズ)”さんです。(「Lindsay's(リンジーズ)」・「愛媛グルメ紀行」 253

松山から旧道で森松町に入り、重信川に架かる”重信橋”を渡る直前の、道路の西側にお店があります。とっても小さなお店ですし、砥部町の方角から来たら建物が死角になっていてお店が見えません。

玄関1
こちらがお店の玄関です。

このお店は、このお店のトータル的な魅力を理解し慕われているお客さんで埋まります。

現在では木曜日からの週末だけの営業です。

厨房7
何と言っても、このお店の何よりのご馳走が、お店の厨房で一人奮闘する”ママシェフ”さんでしょう。

お料理ももちろん手が込んでいて、しかも品数も多くて美味しいんです。

でも、画面からはみ出しそうになる”笑顔””笑顔””笑顔”このお店の魅力の全てを物語っています。

もちろん、既に何度も”再訪しています”。記事にはしていませんが、9月上旬に神奈川県から松山に来られた”旅人”さんが、是非お訪ねしたいと希望されて二人で訪れたこともあります。これから先も”再訪し続ける”お店になりました。


二番目”に振り返るお店は、昨年3月27日にシリーズ254番目のお店としてご紹介した、伊予郡松前町西古泉にある”からあげの すたみな亭”さんです。(「からあげの すたみな亭」・「愛媛グルメ紀行」 254

場所は、県道松山松前伊予線沿いの警察学校の手前にあります。

玄関1
これが、この時お訪ねしたお店です。

現在は、お店の道路を挟んだ向かい側に新築移転されています。駐車場も広くとってあります。

ランチ5
これが注文した”Bランチ”です。これでお値段は650円です。

見た瞬間「ああ、しまった!」と思いました。

「このお店の量は半端でない量ということだった!」と思い出して、そこでワタシの「ライスは小に訂正」ということに。でも、それは全く意味がなかったことに気が付いたのです。

しょうゆラーメン”と”ライス”だけでも食べ切れる量ではないのに、小山のような”チキン南蛮”が控えているではありませんか。

しょうゆラーメン”だけで、後はギブアップしました。

このお店は、ぜひ”再訪したい”お味でした。ただし、次回は単品にしようと決めています。

なお、その後の情報で”麺の単品メニュー”は無くなったらしい。そうしますと、このお店、もうワタシの出る幕はないお店になったようです。残念!


最後”に振り返るお店は、昨年3月28日にシリーズ255番目のお店としてご紹介した、古川2丁目、”はなみずき通り”にある日本料理の店”八百金”さんです。(「八百金」・「愛媛グルメ紀行」 255

場所は、はなみずき通りと、石井に抜ける通りとの交差点、北東角にあります。

はなみずき通りは、飲食店も多く出店しており松山の新しい激戦区の一つです。

玄関1
それらの強力なライバル達に伍して、このお店も昼時は14台用意した駐車場が満車になります。

お店には若い店員さんが多く、活気に満ちた、そして適度な緊張感が心地いいお店です。

豚キムチ丼5
その日のオススメランチは”ぶたキムチ丼”で、”吸い物”と”香の物”と”ドリンク”が付いて800円とありましたので、さっそくそれを注文しました。

豚肉を甘辛く味付けして炙ってあるものに、キノコ類やキャベツを中心とした野菜がたっぷり乗っている丼で、ヘルシーなだけでなくボリュームもたっぷりあります。

豚肉も実に香ばしく、キャベツは生の食感が生きていてバランスのとれた料理に仕上がっていました。

ちょっと食べきれないかと思いましたが、気が付いたら丼が空に。特に”お吸い物”が秀逸の出来でした。

ただし、”再訪はしません”。特別の理由はありませんが、どうしても!っという気にもならないからです。





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「松山市の地名・町名由来」・ 「和気町・興居島」 36

今日の「松山市の地名・町名由来」36番目は、 「和気町」(わけまち)と、それに関連する「興居島」(ごごしま)のご紹介です。


今の「和気町」は、1丁目と2丁目に分かれております。


この町の”町名由来”にも、歴史の重みを感じます。

和気町バス停表示1
この画像は「和気町」を示すバス停表示です。

この町の由来をご説明する前に、6世紀前半に”倭王権”(わ おうけん=この当時の国名は「倭国 わこく」と言っていて、それを治める中央政権の主は”大君”(おおきみ)という称号で呼ばれていました。”天皇”という称号を名乗るようになったのは後のことです)の”氏(ウジ)”と”姓(カバネ)”の仕組みを説明しておく必要があります。

なおこのことは、来年のお正月に予定しています”愛媛の歴史・特別編 日本の夜明け”にも関係します。ここで、”日本の夜明け編”に先行してご説明しておきましょう。”日本の夜明け編”では、詳しく触れるスペースが確保出来ないからです。

さて6世紀前半の”倭国”(今の日本)の状況と言いますと、倭王権の列島支配が構築されてきた時代でした。

その事により、倭王権に直接使える中央に有力豪族のあり方も大きく変わってきました。それが”氏(ウジ)”と”姓(カバネ)”の成立です。

円明寺八脚門2


さて、”氏(ウジ)”と”姓(カバネ)”という制度の説明を続けます。”氏(ウジ)”とは、蘇我(そが)・物部(もののべ)・大伴(おおとも)氏などの、主にヤマトとその周辺に拠点を置く中央の氏族集団のことを言います。

”氏(ウジ)”とともに、王権の職務分担組織の発展を示すものが”姓(カバネ)”の成立です。
  
姓(カバネ)”とは、蘇我(そが おみ)・物部(ものの べむらじ)などのように、”氏(ウジ)”の名称の後につく臣(おみ)連(むらじ)君(きみ)造(みやつこ)直(あたい)音(おびと)史(ふみ)などの称号のことで、”氏(ウジ)”の王権内の政治的地位を示すものです。

円明寺阿像3
画像は、四国八十八ヶ所の第五十三番札所”円明寺”の”阿像”(あぞう)です。「和気町」にあります。

さて、本題の「和気町」の町名由来に話題を戻しましょう。6世紀前半に、”倭王権”(これを”ヤマト政権”と呼ぶ人もいます)は中央集権化を図り、地方豪族への支配を強める為に”氏姓制度”(しせいせいど=ウジとカバネの制度)をすすめていきました。

松山地方では”和気氏”(わけし=和気ウジ)・”久米氏”(くめし=くめウジ)・”味酒部”(うまさけべ=味酒ウジ)などの豪族が力を持ち、それぞれの地域を支配していました。

なお”久米氏”(くめし=くめウジ)・”味酒部”(うまさけべ=味酒ウジ)のことは、このシリーズで以下に採り上げています。(「松山市の地名・町名由来」・ 「久米町・来住町」 1)・(「松山市の地名・町名由来」・ 「味酒町・萱町・味生地区」 10

その中で”和気氏”の先祖は、景行天皇(けいこうてんのう)の皇子である”十城別王”(ときわけのおう)だということが”日本書紀”に出ているそうです。

その子孫が”伊予別君”(いよわけのきみ)となって、伊予の「和気地区」に定住したというのです。

円明寺吽像4
画像は、四国八十八ヶ所の第五十三番札所”円明寺”の”吽像”(うんぞう)です。


ある学説によりますと、4世紀から5世紀にかけて、現在の天皇をはじめとする豪族、地方豪族などの首長を””(わけ)と言っていて、天皇は以降”大君”(おおきみ)となり、”天皇”の称号を初めて使ったのは”天武天皇”(てんむてんのう)だとされています。


この”別(わけ)”が和気氏の由来となって、その和気氏の子孫が定着した「和気地方」を「和気」と呼ぶようになったというのです。

円明寺キリシタン5
画像は、四国八十八ヶ所の第五十三番札所”円明寺”の”キリシタンとうろう”です。隠れキリシタンの信仰に使われたとも言われる珍しいものです。


また全く別の説として、この地には、”和気姫”が”彦狭島命”(ひこきしまのみこと)という”孝霊天皇”(こうれいてんのう)の皇子と結婚し、越智・河野氏の始祖が誕生したという、伝説が残っています。あくまでも伝説の世界のお話です。


その伝説によって、「和気」は”和気姫”の名前をつけたという話もあります。


しかし、これは神話の世界より更に曖昧な世界での伝説でしょう。

円明寺鬼瓦5
上に書きました”和気姫”に関する伝説は、松山地方の他にもあります。


それは「興居島」(ごごしま)の由来です。「興居島」の船越にある”和気比売神社”(わけひめじんじゃ)にも”和気姫”伝説が残っています。


話せば長くなるので要点のみ。「興居島」沖に昔”うつぼ舟”が漂流していて、その舟の中に十二歳頃の少女が乗っていたといいます。名前を聞くと”唐土”(もろこし=中国の唐)から流れてきて、名前は”和介姫”(わけひめ)と名乗ったそうです。


その娘を地元の漁師が育てて、年頃になると、その美しさが評判となり、その評判がついに都(この時の都がどこにあったのかは分かりません)にまで届き、”孝霊天皇”(こうれいてんのう)の皇子と結婚し、”越智”・”河野”家の始祖”子致命”(おちのみこと)を生んだという伝説です。


でも、史実ではありません。後世の人が作った伝承です。

円明寺八脚門7
画像は、四国八十八ヶ所の第五十三番札所”円明寺”の”八脚門”(やつあしもん)です。この”八脚門”は、愛媛県の重要文化財に指定されています。


先の続きです。「興居島」は”子致命”(おちのみこと)の母親である”和気姫”が住んでいたので”母子島”(ぼごしま)と呼ばれ、それが後に「興居島」となったという由来が、伝説として伝えられています。


また全く別の説では、「興居」という言葉は、”凝し”(ごごし)といい、岩石のごつごつした様子を示した地名だと説明しております。こちらの方が信ぴょう性があるような気がします。

円明寺本堂8
なお昭和15年の合併までは、「和気」は「和気村」でしたが、この年に松山市に編入合併されてお隣の「堀江村」などとともに松山市の「和気町」になりました。


なお「和気」という地名のついた”ことわざ”があったのをご存知でしょうか?それは”闇夜の太山寺参り”と名付けられたことわざです。


松山から太山寺への参拝へは、「和気」を通って参拝に行くのですが、闇夜になれば「和気」がどの方向にあるのか分からなくなります。


つまり”闇夜の太山寺参り”とは、””(わけ)がわからないという意味を表すことわざです。

円明寺遍路9
さて”円明寺”本堂前で”般若心経”を唱和しているのはお遍路さんたち。


この”円明寺”の由来は、8世紀半ば”聖武天皇”(しょうむてんのう)勅願寺として、名僧”行基”によって開祖されました。ここでも”聖武天皇”の”東大寺建立・大仏造立の発願”という世紀の大事業の影響が残っています。


僧”行基”が”東大寺建立・大仏造立の発願”という大事業を成功させるために、諸国に勧請(かんじょう=今の募金活動)を行っています。その際に建立されたという伝承が残ってる寺院は全国に数多く残っています。


当地松山でも、”浄瑠璃寺”・”繁多寺”・”石手寺・”太山寺”、そしてこの”円明寺”などなどです。


日本という国が、初めて国家単位で動き出し、それが地方にも波及していった証が全国に残っているということです。今回決まった2回目の東京オリンピック開催などの比ではない、国家的大事業が”東大寺建立・大仏造立の発願”だったのです。


次回「松山市の地名・町名由来」の37番目は、 「神田町・宮田町・久米窪田町・宮西町」 の由来をまとめてご紹介します。




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「まるなか 彩りキッチン」・「愛媛グルメ紀行」 636

今日は辻町にある、老舗の食堂”まるなか 彩りキッチン”さんをご紹介しましょう。


場所は、宮田町のエディオン松山本店交差点から西に入り、予讃線の踏切を越してフライブルグ城がある松山総合公園を目指して西進していると。宮前川の手前南側にあります。


同じ通りの、10メートル程東には、この辺りの人気を独占しているラーメン店”かめ福”さんがあります。

玄関1
さて、これがお店を正面から見た画像です。


年輪を感じさせる建物ですね。どうやら2階はアパートになっている風でした。(後日の取材で、2階は下宿をやっていて、その下宿者の為もあって、1階に食堂を開業なさったそうです)


お店の前には駐車場が見当たりませんでしたから、お店の前で一旦車を降り駐車場をお聞きしました。お店の向かい側にありました。

店内2
ワタシがお店に入ったのは、午前11時45分。その時、お店にはワタシの母親年代に近い方とワタシよりはずっと若い女性の2人が、所在なげに店内でテレビを見ておられた。


お店の外には、通りからよく見えるように”チャンポン”のぼり旗がひらめいていて、それに誘い込まれるようにお店に入りました。


そこで、開口一番”チャンポン”(お店のメニューには、こうカタカナ表記してありました。お若い方がやられているお店は”ちゃんぽん”と平仮名表記が多いですね)を注文してカウンター席に座った。

メニュー3
そして、コンデジを取り出して「おばちゃーーん、ここに書いてあるメニュー、写真撮ってもエエー?」っとお尋ねしました。


すると若い方のおばちゃんが困惑した顔で「え・・・・・・・シャシン・・・・それ撮って・・・・何のために?」と戸惑われたまま固まってしまった。


「いえね、ワタシ、個人的に”ブログ”・・・・うーーん、ナントユーーーカ・・うん、それ書いててね。そこに写真も載せとるんよ」っと、説明につまりながら・・・。


すると、若い方のおばちゃん一層固まった。「ブ・ロ・・・うーーーん、それエーーーンヤロカ????」っと、救いを求めるようにワタシの母親年代よりちょい下であろうおばちゃんに視線を送った。


すると、奥の調理場(厨房というほどのものではない)から、「ウンウン、エーーーーヨ!何でも好きに撮ってもろーーて」っと笑顔で答えられた。ここで一騒動は落ち着いた。

チャンポン4
この画像が、このお店の”チャンポン”。”冷奴”まで付いていて、お値段500円。嬉しい。


チャンポンをいただきながら、母親年代よりちょい下年代のおばちゃんにお聞きしてみた。「何時頃から、このお店やっておられるんですー?」っと。


すると「何時頃からユーーーテモ・・・・・うーーーーーーん、古くからよねー」っと年上のおばちゃん。


「かなり昔からみたいですね」っと追っかけてお聞きすると「そーーーよねーー、主人と始めたんじゃけん古いよねー。うーーーん、もう40年・50年も昔やったろーか?」と視線を宙に浮かされた。


ところで一緒に始められたご主人は、今は足を悪くしてお店にはでておられないそうです。

チャンポン5
ところで、この”チャンポン”      旨い!


具材も数えきれないくらいの種類が入っている。見て食べて分かっただけでも、キクラゲ・長ネギ・タマネギ・白菜・むきエビ・練り製品(天ぷらの類)・豚バラ。それらを全部卵とじにしてある。


昔はこうやって”卵とじ”にすると、豪華で栄養満点!と思ったものです。「ああこのお店は良心的だ!」っと感じさせられたものんなんです。

アップ6
とにかくスープが美味しい!それも”すこぶる美味しい!”感動的ですらある。何でだろう?


「このスープ美味しいですねーー」っと声をかけると、上のおばちゃんと若いおばちゃんの二人に笑顔が広がった。


「ところで、お店の玄関の脇に新聞の切り抜きがあって、そこには”清龍園 湯渡店”の記事が貼り付けてあるんですが、何か関係があるんですか?」っと。


極極小さい切り抜きなので、ワタシのように目を皿のようにして店内を見渡さなければ、先ず見落とすと思います。

冷奴7
すると、年上のおばちゃん「うーーん、関係というか・・・・あれなー、ワタシの子供がやっとるんよ!」っと深い笑顔に。


「え、えええ、えーー。湯渡の”清龍園”さんは、おばちゃんの息子さんが!じゃあ、前から不思議に思っていたことが実はあるんですよ!」


「ここ松山にはね!全く同じ店名、使っている漢字まで同じ”清龍園”さんというお店が、南堀端の市電電停前にもあるんですよ!不思議でしょう?」っとワタシが、やや声を高ぶらせて言った。


すると上のおばちゃん「うん、あれもワタシの息子がやっとるんよ」っと、平然と答えた。


「えーーーーーー!”湯渡の清龍園”さんと、”南堀端の清龍園”はご兄弟だったんですか!うーーーん、知らんかった」っとワタシ。

麺8
「お客さん、色々食べ歩いておられるんやね!じゃけん、よ~ー知っとるねーー」っと上のおばちゃん、笑顔で振り返った。


”は、極普通の”中華麺”でした。


さて、母親年代のおばちゃんの息子さんがやっておられる”清龍園”も過去に記事にいています。以下にご紹介します。先ず”南堀端の清龍園”さんです。(「ラーメン清龍園」 真っ当な「B級グルメ店」 67

チャンポン5
上の画像が”南堀端の清龍園”さんの”チャンポン”です。このお店の”チャンポン”も”卵とじ”ですね!創業者のお父さんとお母さんの味と伝統を引き継がれていることがよく見て取れます。


そして以下が”湯渡の清龍園”さんです。(「湯渡町の清龍園」 真っ当な「B級グルメ店」 85

中華そば4 
上の画像が”湯渡町の清龍園”さんの”中華そば”です。(キクラゲがお母さんのチャンポンと同じですね)ここで思い出しました。


この”湯渡町の清龍園”さん、以前は松山東高寄りにお店があって(隣が城東タクシーだった)、その時のお店の名前は”丸中食堂”だった。ワタシはあの周辺で青春時代を過ごしたし、初めての社会人時代もこの周辺に住んでいましたから、この辺りは記憶にあります。


ここで、今日お訪ねした”まるなか 彩りキッチン”さんが、湯渡町の丸中食堂”(まるなか食堂)にダイレクトにつながりました。


愛媛グルメ紀行”を書いていて長くなりましたが、こういうつながり方を目の前で見たのは始めての経験です。


様々な”縁”を求めての”縁めぐり旅”、様々な顔を見せてくれます。そして、こういうお店のご紹介の仕方が出来るのも、長く書き続けた効用かな?って、ちょっとだけ誇らしく思いました。





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「再訪 184 清龍園(湯渡町)」 ・「愛媛グルメ紀行」 637-1

今日は、昨日ご紹介した辻町にある、老舗の食堂”まるなか 彩りキッチン”さんの息子さんがやっておられる”清龍園(湯渡町)”さんの三度目のご紹介です。


場所はおさらいです、東部環状線を道後方面に北上し、石手川に架かる”湯渡橋”を渡った、”城東タクシー”の北隣にあります。


今まで、2011年7月12日と(「湯渡町の清龍園」 真っ当な「B級グルメ店」 85)、2012年8月29日の二回(急告!「再訪24 湯渡町の清龍園」・「愛媛グルメ紀行」364)ご紹介しております。

玄関1
そして昨日、お母さんがやっておられる辻町の”まるなか 彩りキッチン”でお話をお伺いし、早速ご兄弟のお店をお訪ねしようと思い立ち、先ずはこのお店に来たという訳です。


東部環状線沿が湯渡町を抜けて、その道路敷設工事に伴ってお店をこの場所に移転されました。


25年前までは、もう少し北の”松山東高”の南側を東西に通る道の南側にあって、当時は”丸中食堂”と言っていました。


そう言えば、お母さんがやっておられる辻町のお店は、”ニュー丸中荘”という建物の1階にありました。

メニュー2
メニューは、2011年に来た時とも、2012年に来た時とも全く変わっていません。


小麦粉と燃料代や油脂の値段が大幅に上がっても、価格には一切転訛なさっていません。


そのことをお伝えすると「イヤネー、今度の消費税増税の時に、どうしようか?実は今でも迷ってるんですよ!」っと店主さん。

店内メニュー3
「原材料代には、全て上がった消費税が上乗せされてかかってくるでしょう!でも、それをストレートに値段に乗せたら、お客さんどう思われるのかなあ??ってね」


「そうよねー!全国チェーンの飲食店の低価格路線は深刻な脅威でしょうから」っとワタシ。


「ええ、そのことですよ。ですから、我々のような個人飲食業は、その代が終われば、その後はないなーって思うんです。そりゃあ後継者がいたとしても、その子に、同じ商売をせい、言うのは難しいですよ」っと店主さん。

ちゃんぽん4
お母さんのお店と同じメニュー”チャンポン”を注文した。お値段は550円。(当然内税)


このお店のチャンポンも、”卵とじ派”だった。


「ああ、お母さんのお店と同じですね!」っと言うと、「ええ、やはりオヤジとお袋がやっていたのを見て育ったんですから、そりゃあ同じになりますよ」っと店主さん。


「”南堀端町の清龍園”さんの”チャンポン”にも似ていますね!」っとワタシ。


「そりゃあ兄弟ですからねー!」っと店主さん。

ちゃんぽん5
「お店をこっちに移転した時にね、今度はラーメンだけのお店にしようと思って、ラーメンだけ出していたんですよ」


「するとね、お客さんが飯を食わなんだら、食った気にならない。昔出していたアレ作ってくれ、これも復活してくれって言われて戻している内に、元通りのメニューなってしまったんです」っと笑顔。


そう言われてメニューを改めて見なおしてみると、アルハアルハ・・・カレーライスからオムライス、天丼、親子丼、ハンバーグ定食、生姜焼き定食・・・・・・。


「ここまでメニューが多いと、原材料の管理が大変でしょう!」っとワタシ。


「ええそうなんです。でもね、出来るだけ同じ材料が使いまわせるよう工夫してるんです」っと店主さん。

アップ6
それにしても具沢山な”チャンポン”です。モヤシ、タマネギ、チンゲンサイ、キャベツ、人参、キクラゲ、長ネギ、豚バラ、むきエビ等々。


それにいい出汁がでています。「いい出汁、とられていますねー!」っと言うと「オヤジ譲りなんです」と笑顔が弾ける。


お話によると、昨日アップした記事には”母親年代よりちょい下年代のおばちゃん”、もう80歳を越されたそう。また”若い方のおばちゃん”と書いたのは、「一番下の弟の嫁です」だった。

麺7
麺もお母さんのお店とよく似ています。全体としては、こちらのほうが野菜派。


店主さんは、お昼近くになりお客さんが俄に増えて、厨房に復帰された。


おしゃべりしている間に完食してしまった。お母さんの作る”チャンポン”の方がスープが多かったせいか?あちらはスープを残してしまった。

完食8
ところが、このお店、スープの最後の一滴まで飲み干した。体に優しいスープだった。


以下に、再度、お母さんが作った”チャンポン”と、ご兄弟が作った南堀端町の”チャンポン”の画像を並べてみましょう。よく見比べて見て下さい。

チャンポン5
これが、辻町の”まるなか 彩りキッチン”の”チャンポン”。お父さんとお母さんが作り上げられました。

チャンポン5
上の画像が”南堀端の清龍園”さんの”チャンポン”です。


こうやって、親子兄弟の同じメニューをご紹介出来る。”愛媛グルメ紀行”を続けてきてよかった!と思う瞬間です。


なお”愛媛グルメ紀行”の通番で、過去に455番が飛んでいたことが分かりましたので、本号と明日の号で通番調整しまし、本号を637-1号、明日の号を637-2号とします。通番調整が、奇しくも兄弟でおやりになっているお店であったのも、何かのご縁でしう。





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「再訪 185 清龍園(南堀端町)」 ・「愛媛グルメ紀行」 637ー2

今日は、一昨日ご紹介した辻町にある、老舗の食堂”まるなか 彩りキッチン”さんの息子さんがやっておられる”清龍園(南堀端町)”さんの二度目のご紹介です。


昨日は、同じ”まるなか 彩りキッチン”さんの息子さんがやっておられる”清龍園(湯渡町)”さんご紹介したばかりです。


なお、昨日の”湯渡町の清龍園”さんが弟さん、今日二度目のご紹介となった”南堀端町の清龍園”さんがさんがお兄さんに当たります。


3日続けて、お母さんのお店と、兄弟2人のお店を連続してご紹介できるのも、長く”愛媛グルメ紀行”を続けていたお陰でしょう。

玄関1
こちらが、南堀端町の市内電車電停前のお店です。


丁度お店の真北に”松山城”を望むという、絶好のビューポイントを誇ります。


何故、お母さん→弟さん→お兄さんと、関係する3店を回ることになったかといいますと、きっかけは偶然お伺いした辻町の老舗の食堂”まるなか 彩りキッチン”の玄関脇に貼ってあった小さな”新聞切り抜き”でした。


その”切り抜き”を見つけ、その意味を店主さんのお母さんに質問していなかったら、この3店は繋がりませんでした。


では「繋がったからといってどうなんだ?」と聞かれれば、それまでではありますが。ただ”愛媛グルメ紀行”は、””探しの旅。こういう繋がりを求めて旅しているだけのことです。

店内メニュー2
なお、辻町のお店でお父さんの姿を見ませんでしたので、そのことをお尋ねしてみました。


すると「オヤジは健在やけど、現在足が悪くなって、それでお店には出とらんのよ」という店主さんのお話でした。


一族のルーツは”中山町”。今の辻町で”丸中荘”という下宿屋をご両親が始められたそうです。そしてその1階で食堂を始められた。<注>実は、辻町の中丸荘がご両親の本当のスタートではなかったことは、明日の記事で明らかにします。


「でも、今の時代は、若いもんは皆、マンションじゃアパートじゃゆーーて、下宿なんかに入る子なんておらんなった」っと店主さん。


下宿屋が忙し時は、食堂を弟と一緒に手伝っていたそうで、その後下宿屋さんが下火になっていったこともあり、ご兄弟はそれぞれ独立し、別のお店を持った。


湯渡町の弟さんは、ご両親がやっていた食堂を再現したような”丸中食堂”を長年やられて、今はお兄さんの屋号”清龍園”を名乗らて今日に至ったという訳です。”丸中食堂”の””は、ご出身の”中山町”から採られたのでしょう。

メニュー3
さて、ここ”清龍園(南堀端町)”さんは一度来ています。それは2011年6月16日にアップしました。(「ラーメン清龍園」 真っ当な「B級グルメ店」 67


その時は具沢山な、”チャンポン”をいただきました。


そこで今日は、かつて”清龍園(湯渡町)”さんでいただいた”中華そば”を、兄弟比較をする意味もあって注文しました。

昔ながらの中華そば6
それが上の画像です。このお店ではこれを、”昔ながらの中華そば”というメニュー名で呼んでおられます。お値段は、ナント!450円ですよ。(内税)


なるほど、極めてシンプルですねー。そのシンプルさ、素朴さが、このメニューが生まれてきた時代を思い起こさせてくれます。


中山町から出てこられたお父さん、様々な試行錯誤を経てこの”中華そば”を生み出されたのでしょう。当事の下宿生がこの画像を見たら、涙がでるくらい懐かしいに違いないと思います。

アップ7
そのお父さんが創りだされた”中華そば”に一層磨きをかけられた。年輪を感じさせてくれます。


お父さんが創りだされた時代は、”チャーシュー”なんて一般的ではなかったのでしょう。


ですから使われているのは”豚肉”です。”海苔”と”モヤシ”は、兄弟のお店に共通しています。


2週間研修したら、”ラーメン屋”さんが出せるなどというチェーン店では出せない味を感じました。

麺8
こちらの””だって、ゴクゴク普通の中華麺です。麺のコシがどう!とか、艶がどう!などという世界ではありません。


麺とスープと、それに加わる彩りも含めた具材との、総合食でしょう。


中華そば”は、一種の”コース料理”なんです。先ず”スープ”が出ます。”前菜”にはシナチク(メンマ)を添えられるお店も。


そして”メインディッシュ”は、そう”チャーシュー”です。そこにモヤシや刻みネギなどの野菜類”サラダ”がついていて、そこにご飯やパン代わりの””です。


どーーです!立派な”コース料理”でしょう?それを、一碗で味わおうという趣向なんです。

完食9
ですから”完食”しますと、フルコースを一人で全部こなしたという満足感が込み上げてきます。


どうです!真っ白な器、ナーーーーーンにも残っていないでしょう!


満足し切りました。

中華そば4 
上の画像が”湯渡町の清龍園”さんの”中華そば”です。


弟さんになると、時代が進んだことを感じさせてくれますね。


それは、”豚肉”から”チャーシュー”への移り変わりです。


親から子へ、そしてそれが弟に。その連環が、今や危機に瀕(ひん)しているのです。


後継者の問題であり、例え後継者がいても、街角の食堂やラーメン屋さんが、独立した業態として生き残っていけるか?


街角に”食堂”も”ラーメン屋”さんも消えてなくなり、あるのはコンビニと牛丼屋さんと回転寿司屋だけ・・・・・。そんな町に住みたいとは思いません。





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「お食事処 まるなか」・「愛媛グルメ紀行」 638

今週アップの4記事は、結局”まるなか”さん特集になりました。

まず11月26日に、辻町にある、老舗の食堂”まるなか 彩りキッチン”さんをご紹介したばかりです。(「まるなか 彩りキッチン」・「愛媛グルメ紀行」 636

そして連続して27日には、老舗の食堂”まるなか 彩りキッチン”さんの息子さんがやっておられる”清龍園(湯渡町)”さんをアップしました。(「再訪 184 清龍園(湯渡町)」 ・「愛媛グルメ紀行」 637ー1

そして更に続けて28日(昨日)には、”まるなか 彩りキッチン”さんの息子さんがやっておられる”清龍園(南堀端町)”さんのアップと続けました。(「再訪 185 清龍園(南堀端町)」 ・「愛媛グルメ紀行」 637ー2

その中で、第一日目にご紹介した”まるなか 彩りキッチン”さんをご紹介した26日に、何時も貴重な情報をいただく”I氏”さんから、今日のこのお店の情報を頂き、その翌日27日にお訪ねして急遽記事に盛り込んだという訳です。

玄関1
こちらがお店の玄関です。一目瞭然で、辻町の”まるなか 彩りキッチン”さんと関係しているお店だということが分かりました。


つまり、”I氏”さんから頂いた情報と言うのは、柳井町の河原学園近くに、”二つの清龍園”のご兄弟がやられている”食堂”があるという内容でした。(内容の一部を要約)


I氏”さんのお陰で、辻町の”まるなか 彩りキッチン”さんからスタートした”縁繋がり旅”は、当初予定していた3店舗から足が伸びて、都合4店舗を連続してご紹介するということになりました。

玄関2
こちらは別の角度から見たお店です。丁度お店の裏を、伊予鉄横河原線が走っています。早速店内におじゃましました。


そこで今までの取材経過をご説明して、ご兄弟の関係などをお尋ねしました。


その結果、このお店の店主さんとその奥さんからお聞きした内容は以下にまとめてお示しします。


事の発端は、ご両親が中山町から松山に出てこられて、最初は三番町7丁目(伊予鉄郡中線沿い)で”食堂兼雑貨屋”を始められました。元井関農機の工場があった近くでした。


その内、食堂が忙しくなって雑貨屋を閉められ、”食堂”一本での営業を続けられました。この話をお聞きしている間にも、何本もの伊予鉄郊外電車の通過音と振動が響きます。

メニュー3
「最初に始めたお店がコンナでした。慣れてはいますが、やはり結構うるさいです」と答えられたのは、店主さんの奥さんでした。


転機は、井関農機の移転にあったようです。それまでの”食堂”経営の環境が激変したのです。


そこで、現在の辻町に移転され”下宿屋兼食堂”を再開されたそうです。それ以降の経過は、今までの記事に書いております。


さて、そこでご兄弟とお店の関係です。それについても詳しい説明をして頂きました。


まず”長男”さんです。長男さんは、”清龍園”を南堀端町で現在やっておられます。現在に至った細かい経過は、敢えてお尋ねしませんでした。

メニュー4
次に”二男”さんです。二男さんは、”清龍園”を湯渡町で現在やっておられます。湯渡町の清龍園さんの、現在に至る経過は今までの記事で書いております。


更に”三男”さんです。三男さんが、現在ワタシの目の前に立って、ご兄弟との関係をお話頂いています。つまり、三男さんが、このお店”お食事処 まるなか”さんを現在やっておられます。


そして”四男”さんです。四男さんは、現在バスの運転手さんです。ただし、四男さんの奥さんが、80歳を過ぎた辻町のお母さんのお店を手伝っておられます。


ここで見事に”親と子どもたちの連環”が明らかになりました。ここまで話をお聞きして「これではまるで、戸籍調査のようになっちゃいましたね!」っとワタシが言いますと、三男さんとその奥さんの三人で大爆笑となりました。

チャンポン5
さて注文したのは、今までの3店舗に共通してあるメニューの”チャンポン”を注文しました。お値段は、何と何と!450円です。


奥さんが胸を張って「親子4店舗は、似たようなメニュー出しているけど、味も具材などもみな違ってるんですヨー!特に、お値段はウチが一番お安いと思います」と、こう仰った。コレは間違いありません。


ワタシ自身が、4店舗の全てのメニューとそのお値段を確認できる立場にあります。


「もともとは、”ラーメン”と”うどん”だけを出すお店がやりたくて、それでスタートしたんですよ。うどんを出すための”湯煎”(ゆせん)なども全部用意して!」とは奥さん。


「でも現実は、それだけではお店が維持出来なかった。結局辻町のお店と同じような”食堂”になったんです!」っと、これも奥さんのお話。


ここの件(くだり)は、湯渡町の”清龍園”さんに似ている。

チャンポン6
湯渡の清龍園さんも、店舗移転を契機に”ラーメン”だけのメニューで再出発を図られ、それまでの”丸中食堂”の殻を破ろうと試みられた。


ところが、お客さんの要望を聞いている内に、結局は店名こそ長男さんの”清龍園”をもらって名乗ったけれど、メニューなどの内容は、元の”丸中食堂”時代に戻ってしまった。


ここ”お食事処 まるなか”さんも、二男さんと似たような経過をたどられ、両親が始められた”食堂”に戻られた。


実は、長男さんのお店も似たような経過をたどられ、現在のお店に落ち着いた。それらの一連のお話をお伺いしますと、必ずしも時代の流れとは別の”血の流れ”を感じずにはおれませんでした。

アップ7
まるで中国の伝奇小説”西遊記”(さいゆうき)に出てくる”孫悟空”(そんごくう)です。


三蔵法師”のお供をして、仏教の経典を求めて天竺(今のインド)を目指して、同じ仲間の”沙悟浄”(さごじょう)と”猪八戒”(ちょはっかい)との4人で旅立った。


ところが”孫悟空”は、自分の持っている能力を、”三蔵法師”に認めて欲しいし、同じ仲間の沙悟浄や猪八戒とは能力の次元が違うことを示したかった。


三蔵法師”は「じゃあ、悟空(ごくう)や、お前の思うぞんぶんにやってご覧!」っと、お釈迦様の手の平に飛び乗った孫悟空を優しく見つめた。


しめた!ここぞ自分の並外れた能力を見せることができる!」っとばかりに、”筋斗雲”(きんとうん=音速で空中を自由自在に飛び回ることが出来るという雲)を呼び出しそれに飛び乗った。


彼の最大の武器である”如意棒”(にょいぼう=自由自在に伸び縮みする棒状の武器)を振り回し、天下を平らげて「どうだ!俺様の力を見たか!」っと、地面に降り立った。


ところが、降り立った場所は、最初に飛び出した”お釈迦様の手の平の中”だった。

麺8
3人の兄弟の物語、ストーリーをお聞きしていて、上の話を思い出した。


「でも兄弟仲はいいんですよ!それに辻町の両親のところには、兄弟はみなしょっちゅう帰っています。一番多いのはやはり長男で、週に一回は顔を出しているとおもいますよ」っとは三男さんの奥さん。


「そしてねー、4人共趣味がまるで違うんです!ウチは普段は夫婦で魚釣り!それでねー、お盆前後に一週間ほど休める時は、全国の山に登っているんです!」っと奥さんが続けられます。


「ほーーー、”登山”、それって大変じゃないですか!どちらが主体的にその”登山”をされているのですか?」っと、ここでやや意地悪な質問をしてみた。


すると「ハーーイ!」っと勢い良く手を挙げられられたのは、想像通りに奥さんでした。

完食9
それ以降”登山談義”に花が咲きました。話が広がれば広がるほど、深まれば深まるほど、このお店とワタシの距離は縮まっていきます。


初対面ではありましたが、そんなことは関係ありません。お互いが心を開き合えば、対面回数など問題にはなりません。


かくして、ワタシの”縁探し旅”、”縁繋がり確認旅”は更に続きました。それもこれも、この記事を見て頂いております多くの読者の方々と、様々な情報を頂く方々の存在あってのことです。


さて、最後にこのお店以外の3店舗の”チャンポン”の画像をご紹介しながら、この””を締めくくる事にしましょう。

チャンポン5
こちらの画像は、ご両親が始められ、今は足を悪くされたお父さんの代わりにお店に出られている、お母さんが出されている”彩りキッチン まるなか”の”チャンポン”です。


このストーリーの発端は、このお店の玄関脇の壁に小さく貼ってあった”清龍園湯渡店”の新聞記事の切り抜きでした。それに気が付かなければ、この4話のストーリーは成り立ちませんでした。


長く”愛媛グルメ紀行”を書き綴ってきましたが、ワタシ自身初めての経験でした。

ちゃんぽん4
この画像は、二男さんがやっておられる”清龍園湯渡町さんの”チャンポン”です。


4店舗の”チャンポン”の画像を、よーーく見比べて見て下さい。似ているようで微妙に違う。

チャンポン5
こちらの画像が。長男さんがやっておられる”清龍園南堀端町の”チャンポン”です。


違っているようで、微妙に似ている。


さて、親子4店舗のストーリーをここで一旦閉じることにしましょう。こういう”ご縁”と出会える間は、ワタシの”縁探し旅・”縁巡り旅””はまだまだ続きます。





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「愛媛グルメ紀行」を振り返る 86

今週の土曜日も”愛媛グルメ紀行”シリーズを振り返ってみましょう。

今日振り返るのは、昨年の春頃にアップした256号から258号までのお店です。

先ず最初”に振り返るお店は、昨年3月29日にシリーズ256番目のお店としてご紹介した、”松山市総合コミュニティーセンター”の南側、湊町8丁目にある”手打ち 太介うどん”さんです。(「手打ち 太介うどん」・「愛媛グルメ紀行」 256

場所は、通称”コミセン”の南側を東西に伸びる道路を竹原町の方向に西進して、”はなまるうどん 松山竹原店”の2軒東側にあります。

玄関1
宇和島から進出した”大介うどん”さん、現在は業態を”セルフ方式”に切り替えておられますが、以前はどのお店も普通のうどん店業態でした。

今日ご紹介する”手打ち 介うどん”さんとは、”ダイ”の文字が””と””で一字違っています。

天ぷらうどん6
ワタシは、”うどんセット”、お値段600円の”天ぷらうどん”と”ちらし寿司”のセットを頼みました。

このセットで600円はうれしいではありませんか。

太介うどん”さんと”大介うどん”さんの関係は、元の記事をご参照下さい。微妙です。

お汁をすすると、これがいい”出汁”なんです。

ワタシが考える理想に近い、”柔らかいけど、箸や歯を跳ね返す弾力”、うどんに””があって、小麦粉の美味さを存分に引き出した””です。

この””に感動して、女将さんと散々に”麺談議”に花を咲かせました。

従って、このお店は当然に”再訪しています”。これからも再訪したいと考えています。


二番目”に振り返るお店は、昨年3月30日にシリーズ257番目のお店としてご紹介した、南江戸5丁目、通称”フライブルグ通り”沿いにある”大介うどん 松山フライブルク店”さんです。(「大介うどん 松山フライブルク店」・「愛媛グルメ紀行」 257

「あのお店も、昔の”大介うどん”とは違っている、変わってしまった」という、”太介うどん”の女将さんの呟きが気になったの早速にお訪ねしてみました。

玄関2
現在の”セルフ業態”になってからは行ったことはありませんでした。心の中に「わざわざ食べに行くお店ではない」と言う観念がありましたから。

そして、昨日訪れた”太介うどん”さんのうどんの美味しかったことといったらありませんでした。

そこで、何らかの影響があったと思われる”大介うどん”さんを訪ねる気になったのです。

ところが、このお店実に”傑作なお店”でした。どう”傑作”なのかは、最後に。

うどん6 
とりあえず”エビ天”と”じゃこてん”をトッピングしました。

すると、お会計は610円になります。決して安くはありません。

このお店のうどんのファンもたくさんおられるでしょうから、その方にとっては美味しいうどんの麺なのでしょう。でも、ワタシには・・・・・・・言葉もありません。

で、傑作なのは実はここからでした。最後にこの写真を撮ろうとして立ち上がりカメラを構えた途端に、お店の女性に手を広げて撮影を遮られてしまったのです。

うちでは、写真撮影をお断りしていますッ!」と、大きく両手を開いて・・・・・

思わず大きな声で”吹き出しそう”になりました。一体このお店の”どこ”に”どういう”撮影禁止にしなければならないものがあるというのでしょう???

もちろん、”再訪などしません”。再訪する理由は、どこをどう探してみも見つかりません。


最後”にに振り返るお店は、昨年4月2日にシリーズ258番目のお店としてご紹介した、新しくなった”三坂道路”を通って、久万高原町にある”真木食堂”さんです。(「久万高原町 真木食堂」・「愛媛グルメ紀行」 258

”三坂道路”は、平成8年に事業化が決定されて以降、用地買収や道路工事が行われ、平成24年3月17日の開通式を迎えました。

全長は7.6キロで、これにより三坂峠越えに要していた今までの時間14分が8分となり6分の短縮が出来ることになりました。

玄関3
このお店、正午前後にお店に入ると平日でおおよそ30分以上、休日だと注文した品が出てくるのに1時間以上待たされるのが当たり前というお店です。

この国道沿いにお店を移してからもう20年以上が経ちます。

旧道沿いにお店があったころからの通算では、既に”60年”を越えたという老舗中の老舗なのです。

中華そば9
お店にこられる方の9割以上が”中華そば”お目当てです。お値段は560円(内税)です。

”食べログ”などの記事を拝見すると(もう食べログという記事を見ることはなくなりましたが)、このお店の”中華そば”を評して、「とても評価に値しない!」とか「麺の腰がなくグシャグシャで、スープも甘ったるい!」などと酷評されている方がいます。

また、待ち時間が長いことを採り上げて「お店の中で、老人がモタモタして客を待たせる!」と怒りの声を書いている方もいます。

それを読むと、思わず笑ってしまします。

このお店や、先に書いた、少なくとも60年以上経っている食堂”の”中華そば”は、世の中一般的な”ラーメン”などとは全く別の食べ物であることを理解していないと評価など出来ないと思うのです。

でもこのお店は”再訪しません”。はやり久万高原町は遠いからです。




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プロフィール

Author:じゅん
愛媛の松山から、「愛媛グルメ紀行」や「愛媛の歴史」など、幅広いテーマで情報発信しています。日曜日を除く毎日更新。画像も豊富。
長いサラリーマン生活に終止符を打ち、還暦をとうに過ぎた2014.12.1に起業して社長になりました。

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