「愛媛グルメ紀行」を振り返る 93

今週の土曜日の”愛媛グルメ紀行を振り返る”シリーズは、一作年(2012年)の春頃にアップした277号から279号までのお店です。

先ず最初”に振り返るお店は、2012年5月1日にアップした277番目のお店、堀江港にある老舗食堂の”みなと食堂”さんです。(「堀江港 みなと食堂」・「愛媛グルメ紀行」 277

紹介する”みなと食堂”は、フェリー航路が開始された翌年の昭和41年にこの堀江港で誕生の産声をあげたのです。今から46年前のこと。(記事アップ当時)

玄関2
さて、その堀江港の”仁堀航路”に自動車航送(フェリー)が開始されたのが昭和40年7月1日のことです。

今日ご紹介する”みなと食堂”は、フェリー航路が開始された翌年の昭和41年にこの堀江港で誕生の産声をあげたのです。

今は二代目さんの時代ですが。既に三代目さんが育っています。

三代目1
こちらが、お店の”三代目”です。この三代目が語ってくれました。

「フェリー便が廃止されて、お店のお客さん減ったのではないですか?」っとワタシ。

「ええ、廃止された年とその翌年には確かにお客さんが減りました。ところが、最近ではフェリーがあった時代よりお客さんの数も売り上げも増えているのです」と、三代目。ワタシはこの”三代目”さんの輝く目が好きです。

鍋焼きうどん6
こちらが、看板商品の”鍋焼きうどん”です、お値段は550円(内税)です。

松山市内で40年も50年も続いている食堂の”鍋焼きうどん”最大の特徴は、その出汁の”甘さ”にあります。甘い=美味しい、という時代の名残りです。

このお店の出汁も黄金色に輝き、いりこで丁寧にとった出汁は絶品です、唸ります、自然に笑顔がもれます。

従って、このお店当然に既に再訪しました。今後も再訪し続けることでしょう。



次、二番目にご紹介するお店は、2012年5月2日にご紹介した278番目のお店、伊予鉄横河原線の終点”横河原駅”の駅前広場にある”若竹食堂”さんです。(「横河原駅前 若竹食堂」・「愛媛グルメ紀行」 278

建物4
さて、今日ご紹介する”若竹食堂”は、伊予鉄の終着駅前に建つ”ビジネスホテル 若竹”の1階にあります。

お店の開業は明確には分かりませんでした。少なくとも、開業後40年はゆうに超えているそうです。

なおこのお店の、一種の名物は”ジャンボ稲荷”です。

いなり横
”じゃんぼいなり寿し”1個のお値段は190円です。どうです、この”太っ腹!”。

中華そば6
当日お店で頂いたのは、もう一方の名物”中華そば”です。お値段は500円(内税)です。

街場で食べる”らーめん・ラーメン”とは全く別種の、古くからある”食堂の中華そば”です。

食品を食べるというより、”昭和”という歴史を食べている、そういう感じです。

しかし、このお店は再訪しません。既にこのお店の2大名物メニューをいただいてしまったからです。


今日最後にご紹介するのは、2012年5月7日にシリーズ279番目にご紹介したお店、今治に抜ける国道317号線につながる県道松山東部環状線沿いの樽味4丁目に、県道の開通に合わせて出来た”グルメアヴェニュー樽味”の敷地内にある”すし水軍”さんです。(「すし水軍」・「愛媛グルメ紀行」 279

玄関2
全国ネットの回転寿司業態店の”スシロー”さんや”くら寿司”さんが客を集めている中で、このお店と同じく今治市を本拠とする”おんまく寿司”さんも最近105円均一に業態転換しました。

つまりこの地区は、105円業態の”回転寿司最激戦区”なのです。

その中にあって、このお店はネタ毎に値段が違う回転寿司店なので、果たして生き残っていけるかどうかに挑戦しておららます。厳しい戦いに挑んでおられます。

甘エビ5
こちらは”甘エビ”です。お値段は180円、ねっとりとした独特の食味です。

全国大手のチェーン店、常時”ネタ”がベルトコンベアーを廻っています。

あのベルトコンベアー方式は効率的でしょうが、まるで”飼育ゲージ”に閉じ込められた”ブロイラー”に給餌(きゅうじ=餌やり)する風景が頭に浮かんでしまいます。

このお店、一人当たり2000円をちょっと超えるところでしょう。

お昼のご飯のお値段としては、とてもワタシの懐では払えるお値段ではありません。

従って再訪することはないでしょう。とても自分の財布とは無関係だと思うからです。



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「愛媛の歴史特別編」・「京都 下鴨神社」 10

今日は、京都の”下鴨神社”(しもかもじんじゃ)をご紹介しましょう。


日本の神社では、神話時代の神”天照大御神”(あまてらすおおみかみ)を祭神とする”伊勢神宮”が有名ですね。神話を作った時、”天照大御神”(あまてらすおおみかみ)を天皇家の始祖としました。


ただ、”伊勢神宮”の創祀(そうき=ひらかれた)は、”日本書紀”によりますと、垂仁天皇25年3月に、皇女”倭姫命”(やまとひめのみこと=垂仁天皇の四女)が”天照大御神”の神魂・八咫鏡(やたのかがみ)を鎮座させる地を求め旅をして、最終的には近江から美濃を過ぎて、現在の伊勢に至ったとされています。


ただ、なぜ天皇家の祖先とされている”天照大御神”が、京都ではなく三重県にある”伊勢神宮”に祀られているのか?という疑問に対しては、3月にアップします”出雲国の歴史”で触れます。ただし、そのことが史実かどうかは、ワタシを含めて誰にも分かりません。


つまり”伊勢神宮”を作ったのは、”垂仁天皇”(すいにんてんのう=皇室の系図から言えば第11代の天皇)の第四皇女である”倭姫命”(やまとひめのみこと)とされています。(ただし、何代目の天皇から実在したのかは分かりません)


一方”下鴨神社”(しもかもじんじゃ=正式には賀茂御祖神社<かもみおやじんじゃ>)の創祀(そうき=ひらかれた)は、”日本書紀”によると、神武天皇2年(紀元前685年頃)に”下賀茂神社”の祭神である”賀茂建角身命”(かもたけつぬみのみこと)を既に祀っていたとありますので、神社としての創祀(そうき=ひらかれた)は、”伊勢神宮”より大幅に古いことになります。


なお上に出てきた”神武天皇”(じんむてんのうとは、皇室の系図から言えば初代の天皇)です。神話の世界と思われます。また”上鴨神社”は”下鴨神社”の祭神である”賀茂建角身命”(かもたけつぬみのみこと)の娘である”建玉依姫命”(たけたまよりひめのみこと)を祭神としている神社で、その両方を”賀茂社”と総称します。

下鴨神社世界遺産石碑1
ここ”下鴨神社”は、”ユネスコ”に平成6年に登録された”世界遺産”でもあります。


”世界遺産”登録を記念して石碑が建てられていますが、その石碑にもここ”下鴨神社”が、発掘調査によって縄文時代からの史跡が見つかっていること、平安造営に際しては国家鎮守の神社として、朝廷の”尊崇”(そんすう)を集めていたことなどが記されています。


ところで、”尊崇”という言葉で、最近特に気になることがあります。


国家のためという、全く曖昧な概念で赤紙が舞い込み、その瞬間から国家の名のもとに他国の人を殺し犯し、自分も国家という虚構に命を奪われた、ワタチ達の親や親の兄弟や配偶者たちのの思いとは何処にあるのか?


そのことを冷徹に見つめる事こそ、国家に命を奪われた(捧げたのではない)者に対する”尊崇”の念の表し方ではないでしょうか。


そういう国家から強制された罪を、”尊崇”などという美辞麗句で軽々に誤魔化してほしくはありません。


戦争”というものの実像は、国家の為に、国を守るためにという曖昧な概念で、”普通の人を殺人者に仕立てあげる”ということなんです。


さて、話題を戻しましょう。日本サッカー協会のシンボルマークである”八咫烏”(やたがらす)は日本国家成立に関わる伝承を持っていることでも有名です。


つまり、この”下鴨神社”と”上鴨神社”の始祖となった”賀茂建角身命”((かもたけつぬみのみこと)が”八咫烏”に化身して”神武天皇”を導いたとされる神話を持ち、後に子孫は上鴨・下鴨の両神社の祠官家となったという伝承を持っています。

下鴨神社参道2
まあ鬱蒼と茂る森に囲まれて”下鴨神社”はあります。


この”下鴨神社”を取り囲む森のことを”糺の森”(ただすのもり)とよびます。


この”糺の森”(ただすのもり)は、平安遷都以前にはこの地は湖と森に覆われていたことの面影を残していて、古代遺跡を数多く包蔵しています。


なおこの”糺の森”(ただすのもり)の広さは、東京ドームの約3倍の広さです。その広さの中に、古代から連綿と続いてきた自然林が今でも残されているのです。

さざれ石3
さて皆さんは、この画像の””を何の石だと思われますか?この石が、国歌で歌われている”さざれ石”なんです。

さざれ石”の元々の意味は”小さな石”という意味です。ワタシのブログに時々コメントを下さる”謙介”さんから紹介された、謙介さんの恩師が書かれた”日本人の一生”(著者・吉田清)に依りますと、””について以下のように書かれています。


「石は、祀るものが海岸や川辺、あるいは産土神社などの神のおいでになる所から拾ってきて祀るという共通する側面を持っている。したがって、石は寄り来るタマの象徴であり、それ自体が神なのである」


また「日本国歌<君が代>は、小さな石が大きな岩に成長するという意味であり、石の成長をいう。人のタマの成長と共に、その容れ物である石も成長していくものだと、昔の人達は考えた。」とありました。


日本各地に”子持ち石”とか”赤子石”など、”石”を神として祀る信仰が残ってます。古来、日本人は”生石伝説”(いきいしでんせつ)を持っていたということです。

石拾い神事用石6
古来より続いてきた、””を神として祀る信仰がこの神社では伝統行事として今も生きています。


それが、現在21年に1度行われている”式年遷宮”(しきねんせんと)の歳事に”石拾い”という神事として残されています。画像の石が、その神事の際に使われる””です。


”下鴨神社”の次の(第34回)式年遷宮は、平成27年4月27日に斎行される正遷宮です。その時に式年遷宮の最初の神事として行われる”石拾い”、画像の石はその時の神事を待つ、お清めの期間に入っています。


なお”下鴨神社”の”式年遷宮”は、長元9年(1036年)を第1回として式年遷宮の制度が確立しているものです。また”伊勢神宮”の式年遷宮は20年に1度行われるもので、昨年に第61回式年遷宮が行われたことは記憶に新しいところですね。


また、神社としての創祀(そうき=ひらかれた)は”伊勢神宮”より”下鴨神社”の方が古いとされているのに、式年遷宮の通算回数においては”下鴨神社”ほうが少ないのは、下鴨神社の式年遷宮が過去にその間隔を長くとっていた時期があったからです。


更に、”式年遷宮”が始まった時期が、”伊勢神宮”は藤原京時代の持統天皇4年(690年)から始まっていて、既に1300年も続いているからです。もちろん”伊勢神宮”においても過去にその間隔を長くとらざるをえない時期もありました。

下鴨神社楼門7
この画像は、国の重要文化財に指定されてる”楼門”です。この門の奥に本殿などがあります。


なお”下鴨神社”の諸施設は、国宝が東本殿と西本殿の2棟、後のほとんどの建造物は重要文化財に指定されています。


また”賀茂神社”の事は、昨年40回に分けて書きました「松山の地名・町名由来」の中の第6回で書いています。現在の「斉院町」の由来となったのが”賀茂神社”です。(「松山市の地名・町名由来」・ 「斉院町・垣生町」 6


愛媛・松山は飛鳥・平城京と続く古代”ヤマト朝廷”との関係が様々な形で生きているということの証(あかし)です。

下鴨神社神服殿8
この画像は、重要文化財に指定されている”神服殿”です。


元々は、夏と冬の御神服を縫製する御殿でしたので、”神服殿”という名が付いています。


近世は、勅使殿(天皇の使いを迎えるところ)又は到着殿として使われていました。


この建物も21年に一度の式年遷宮では解体修理されます。

下鴨神社本殿内9
この画像が、国宝である”本殿”の内側を覗いたもの。


急いでシャッターを切って、慌てて離れました。オソレオオクテ・・・

下鴨神社舞殿10
この画像も重要文化財に指定されています、”舞殿”です。”下鴨神社”の有名な祭事・行事に、5月15日に行われる”葵祭”(あおいまつり)があります。


その”葵祭”のとき、天皇から派遣された勅使(ちょくし)が御祭文(おさいもん)を奏上するところが、ここ”舞殿”です。


なお”葵祭”とは、、”賀茂御祖神社”(下鴨神社)と”賀茂別雷神社”(上賀茂神社)で、5月15日(陰暦四月の中の酉の日)に行なわれる例祭のことで、平安時代、”祭”といえば賀茂祭のことをさしていました。


石清水祭、春日祭と共に三勅祭の一つであり、元々貴族の祭だったという歴史を持っています。一方、庶民の祭りと言われるのが”祇園祭”ですね。何れにせよ、現在では京都市の観光資源として、”京都三大祭り”の一つとなっています。





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「再訪 199 ラーメンバル lavrar(ラウ゛ラール)」・「愛媛グルメ紀行」 670

今日は、昨年12月20日にご紹介したばかりの”ラーメンバル lavrar(ラウ゛ラール)”さんの二度目のご紹介です。(「ラーメンバル lavrar(ラウ゛ラール)」・「愛媛グルメ紀行」 650


前回書きましたが、このお店の店主さんのお父さんとの交流を、一気に思い出させて頂いた”衝撃の出会い”の興奮冷めやらぬ中の再訪です。


ワタシが、如何にこのお店の様々を気になっているのかの証のような再訪でした。

玄関1
このお店を今回、実際にお訪ねしたのは1月9日の午前11時35分でした。


このお店を場初めてお訪ねした際には、ワタシは店主さんのお父さんと縁浅からぬ仲でしたので、名刺交換をしておりました。


すると年賀状を頂きましたので、そのお返しの意味も兼ねて年明け早々の訪問となりました。その日は、昼間にも市内で雪がチラつく寒い日でした。

店内2
店内に入りますと、その日のお客第一号のようでした。店主さん御夫婦から笑顔で迎えられました。年賀状にもブログのお礼を書いておられましたから、ワタシのことは覚えておられることは知っていました。


でも僅か30分から40分間顔を合わせただけですし、平凡な顔でもありますから、顔は忘れておられるかな?って正直思っていました。


すると、お二人、カウンターの内側に並ばれて、ぼぼ同時に全く同じ言葉を。「いやーーー、あれって、まるで小説のようでした・・・・・」っと。笑顔こぼれんばかりでした。覚えて頂いていました。


そして創業者”K氏”の長男でもある店主さん「あのブログには、私が知らないことまで書いてあって、驚きましたし嬉しかったです」と。


そこで「年賀状をご丁寧にありがとうございました。年始の挨拶に参りました」っとお伝えしました。

当日のメニュー3
お父さんが始められた”瓢太”さんへは、もう30年以上も前から通っています。


そして、30年間決まって頂いていたのは、あの個性溢れる”中華そば”と”おでん”でした。いつもいつも同じメニューを食べ続けてきました。


しかし、このお店の店主さん(お顔はお父さんに瓜二つと言っていいほど似てこられた)は、敢えてお父さんが創りだした世界とは違った海に漕ぎ出そうとされています。


そこで、30年間で初めて”中華そば”以外のメニューを注文しました。それが画像の”ワンプレートランチ”、お値段700円です。食べてみて分かったのですが、この価格、大変割安に設定されています。


店主さんが”耕そう”としている新しい土壌の味を確かめたかったのです。前回書きましたように、店名の”lavrar(ラウ゛ラール)”は”耕す”という意味のポルトガル語です。

厨房4
この画像は、”ハーブチキン メンチカツ”を丁寧に丁寧に揚げられている店主さんの手元です。


その右側二つの大きな”寸胴鍋”です。先ず胴回りの大きいほうに、麺を湯がくお湯が入っています。


その右手の胴回りが小さく背が高い方には、”ロシナンテのオヤジさん瓢太創業者の”K氏そしてその”長男さん”と、三代に渡って伝わった”秘伝のスープ”が入っています。


瓢太創業者の”K氏”には、口を酸っぱくして「人生どんなことが起こるか分からないのだから、”秘伝のスープ”の味だけは息子さんたちに早く伝えて!」っと言い続けてきたことが、目の前で活きたと思うと、感無量のものがあります。

ワンプレートランチ5
これが、瓢太を経由して生まれたニューウェーブのお料理の一端です。


内容は、”ハーブチキン メンチカツ”が3枚と、”サラダ”と”大根とコンブの煮もの”がワンプレートに収まっています。


それと、”トーフスープ”と、型抜きされた”ご飯”です。


ハーブチキン メンチカツ”を揚げられている時の、店主さんの動作を注意深く見ていました。すると、適温にまで上昇した油の中を、目の詰んだ金属製の網で丁寧に油鍋の中をすくい取っておられました。


夾雑物(きょうざつぶつ=前の揚げカスなど)が残っていますと、油が濁って、綺麗な揚げ上がりの”カツ”が出来ません。

ハーブチキンメンチカツ6
さてこの画像が、メインディッシュの”ハーブチキン メンチカツ”です。丁寧に揚げられていますので、焦げ一つありません。


チキンをミンチ状にして、そこに”ハーブ”類を加え練り込んで、小麦粉を軽くまぶし新鮮なパン粉で包んで軽く揚げられています。


淡白なチキンの味に、自分の個性を込められました。微かなハーブの香りが、上品ながら存在感を主張していました。


下準備を十分になさっていますから、調理し始めてから供せられるまで、心地いいリズム感を感じさせられます。

ご飯とミラネーサ7
なおここで、恐らくこのブログも読んでいただけると思う店主さんに、ワタシからの細やかな”プレゼント”です。


今日頂いた”ハーブチキン メンチカツ”と非常によく似た”アルゼンチン料理”を最近いただいたばかりなのでご紹介しましょう。(「ESCOBAR(エスコバール)」・「愛媛グルメ紀行」 658


これは、1月15日にご紹介した”ESCOBAR(エスコバール)”というお店のアルゼンチン料理”この”ミラネーサ”を日本流に言いますと”鶏メンチカツ”です。パリっと、カリッと揚がっています。


鶏肉を広げて、その両面に塩を振り、更にニンニクとパセリのみじん切りしたものを満遍なく伸ばした鶏肉に摺りこんでいきます。そこが味のポイントです。


そしてパン粉を薄くまぶして、カラリと上げます。アルゼンチンは、元スペイン領でした。アルゼンチンの、代表的”家庭料理”です。


店主さんが漕ぎだした大海で、少しバリエーションを変えればまた違ったお料理として応用できるのではないか?っと思ってご紹介しました。素人のでしゃばりで、失礼ではありますが。ワタシの意をご理解して頂ければ幸いです。


なお、このお料理をいただいた”ESCOBAR(エスコバール)”さん、お断りもなくお教えいただいたレシピを公開してゴメンナサイ。


でも、逆にこのお店の”ハーブチキンメンチカツ”も、エスコバールさんの参考にして頂ければ、望外の幸せです。ワタシの”縁めぐり旅”が、そういう形でつながって頂ければ、本望とするところです。(ワタシの独り善がりの感想ですが)

トーフスープ7
こちらは味噌汁ではなく、チキンブイヨン仕立ての”スープ”です。恐らく”ハーブチキン メンチカツ”との相性を考えてのことだと思いました。


中の豆腐は”絹ごし”を使ってあり、敢えて形を少し崩し”おぼろ豆腐”的に使ってありました。いや、これがまたいい味なんです。


目を細めて、喉を唸らせながらいただいていました。すると、店主さんがこうおっしゃいました。「Hさんに食べて頂くと思うと、ついい緊張してしまいます」っと。(Hはワタシの姓でですが、個人的には”じゅん”さんと呼んで頂いたほうが嬉しいです)

サラダ8
「何をソンナ・・・ただの食いしん坊のオッチャンですよ!でも、瓢太さんに通い始めて初めていただいた中華そば以外のメニューですが、ウーーン、実に美味しい!」っと、顔をしわくちゃにさせながら言いました。


その時の御夫婦の笑顔が印象的です。店主さん、目尻を下げて微笑むお顔は、お父さんソックリ。


そして、その頃になるとお客さんが次々にやってこられて、みるみる内に席は埋まっていきました。平日の、外は雪が舞う寒い日でした。


席がどんどん埋まっていく様子を見ていると、何だか体が暑くなってきました。嬉しくって!

大根とコンブの煮もの9
こちらの”大根とコンブの煮もの”です。いいお出汁が染みていて、薄味なんですが、ウットリする味に仕上げてあります。


元々、お父さんの始められた瓢太さんは、”おでん”の美味しさでも有名で、その中でも”大根”はウリの一つでした。


しっかりDNAを引き継がれていることを、この”大根とコンブの煮もの”に見た思いがしました。

ご飯10
椅子席は全部お客さんで埋まりました。ワタシがカウンター席で長居するとご迷惑になると思って、早々に席を立って勘定を済ませました。


賑(にぎわい)を見せるお客さんの姿を目の当たりにして、玄関から階段を降りるとき、何故か涙が流れ出てなりませんでした。


次から次へと訪れて頂けるお客さんを見て、”安堵の胸をなでおろした”のです。


”Kさん”、貴方の息子さんたちは立派にやっておられますよ!」っと、大きな声を出したかった。


また一軒、素敵なお店との出会い(ご縁)が出来ました。ありがたいと思いました。




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「鉄板焼きステーキ イタリヤ軒」・「愛媛グルメ紀行」 671

今日は二番町2丁目にある、松山の洋食レストランの老舗中の老舗”鉄板焼きステーキ イタリヤ軒”さんをご紹介しましょう。


場所は大街道の服部時計店から東に入ったとことろにあります。

玄関1
このお店は、今でもお店に出ておられる店主さんが、昭和23年にここの土地を買われ、昭和28年に開業されたお店です。今年で開業61年です。


西隣の”すし丸”さんと、北東の角にある”白魂”さんの、この3軒が松山では有数の老舗飲食店でしょう。


町の一角に、並ぶようにして”和・洋・中”のお店が敗戦後間もない頃に、日本の復興と並び競うように産声を上げたのです。


店主さんは今もお店に出ておられますが、実質的にお店を切り盛りされているのは二代目の娘さん。

店内2
店主さんは、お店に出られることで健康と長寿を保たれているのではないかとお見受けしました。


このお店は3階まであって、ウリモノの”鉄板焼きステーキ”は2階でやられています。


ワタシも若いころ、何度か連れられて2階の鉄板焼きステーキをいただいたことがありますが、それはもうトロケルようなステーキでした。

メニュー3
でもさすがに今は、ステーキまでは手が出ません。


そこで”洋食屋”さんを代表するメニューの一つである”オムライス”を注文しました。お値段は700円です。


ステーキ類を除けば、価格的には普通のレストラン並です。もっとも、ステーキの価格帯など知りませんから、このお店のそれも、平均的なのかも知れません。

オムライス4
さて、この画像が注文した”オムライス”です。


伝統的な”紡錘形”をしていて、一筋のソースが縦に掛かっています。


ソースは、”デミグラス・ソース”でした。懐かしい形とソースです。

オムライス5
昔の”洋食屋”さんのオムライスと言えば、こういうスタイル一本でした。


松山出身の映画監督伊丹十三さんが1985年(昭和60年)に発表した「タンポポ」という映画で、一躍センセーショナルな話題を呼んだ”タンポポオムライス”以降に、様々なバリエーションをもったオムライスが世に登場しました。


さて、スプーンで掬って食べてみました。思わず「ウッ!」っと息を詰まられました。

断面8
「・・・・・・・・・・・」声が出ませんでした。


濃いーーーーーのです」。


ええ、スーパー・ウルトラ・超”濃い!”のです。なお、辛いのではありません。むせ返るように濃厚なのです。


思わず目で、水を探しました。

アップ7
中身は、これまたオーソドックスな”チキンライス”でした。鶏肉と炒めた玉ねぎがたっぷり入っている”チキンライス”です。


この”チキンライス”は、”ケチャップライス”と呼びたくなる味付けでした。


中身の”チキンライス”もウルトラ・超濃厚な味なら、添えられている”デミグラス・ソース”がこれまた徹底的に、猛烈に、過激に濃厚でした。


ヘビー級のプロボクサーのストレートパンチをまともに顔面に浴びた、そういう感じなんです。確かに昔はこういう味でした。薄くしようものなら、材料をケチっていると言われた時代もあったのです

サラダ9
サラダ”にしても、マカロニを湯掻いて付け合せとして、後は生野菜を切って添えてある。


”ドレッシング・ソース”は、テーブルに置いてあるチューブ状の容器から絞り出す仕掛け。


昔はこれで当然でしした。これで美味しかったのです。


結局このお店の今日のメニュー、”オムライス”は、その時代を反映しその時代を代表する食文化だったのです。


ただ、最近の方がこの味をどう捉えるかは分かりません。確かにこういう味であったということだけは言えると思います。

書10
店内の壁には、最近話題の”細川護煕氏の書”が飾られていました。


お聞きしますと、県知事さんとお二階でステーキを召し上がられた時に書いていただいたそうです。


そう古いお話ではなさそうです。このお店のエピソードを語るにふさわしいと思って、撮影の許可を得て撮しました。


間違いなく一時代を築いたお店であったことはよく分かりました。ご馳走様でした。




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「再訪 200 キッチン わびすけ」・「愛媛グルメ紀行」 672

今日は、全く久しぶりに伊予市の海岸に近い灘町にある小さな洋食屋さん”キッチン わびすけ”さんをご紹介しましょう。


実はこのお店は3回目のご紹介です。過去2回は以下の通りです。(「キッチン わびすけ」・「愛媛グルメ紀行」 230)・(「再訪60 キッチンわびすけ」・「愛媛グルメ紀行」 413


つまり、2年と3ヶ月振りのご紹介です。ワタシの背中を直接押して頂いた方は、ブログ友:”ファットマン”さんの以下の記事です。(キッチンわびすけでウェッティーな絶品オムライス


しかも、昨日松山洋食界の老舗を代表するお店”イタリヤ軒”さんの”オムライス”をご紹介したばかりです。それと対比して考えるのも面白いと思いました。

玄関1
さて、こちらがお店の玄関です。


駐車場には、地元の郵便局の配達員さんのバイクが3台停めてありました。俗説で言われることですが、「地元で美味しいお店は、地元のタクシーに聞け」と。


それと同じで、毎日その地域を隈なく廻っている郵便さんのバイクが集中していることが、このお店のこの地域での評価を物語っていると思いました。

店主2
これが店内の様子です。私は自分のお昼定刻より大幅に遅れ、午後1時45分にお店に入りました。


すると、郵便屋さんの3人が食事を終え勘定を済ませてお店を出るところでした。


このお店の店主さんは長い間”洋食屋”さんをやっていて、途中「ラーメン屋をやってみたい」と思い立って7年間ラーメン屋をやられ「やっぱりオレは洋食屋やった!」っと”洋食屋”さんに戻られました。

メニュー3
こちらがメニューですが、お店に来る前から注文するものは決めていました。


そう”オムライス”です。お値段は630円です。昨日ご紹介した”イタリヤ軒”さんのそれより70円お安い。


このお店のメニューでの注目点は、メニュー右下に書いてある”カレーラーメン”と、そのセットの2種のメニュー。


この2種のメニューが、7年間やりたかった”ラーメン屋”さんをやっていた成果で、不思議なことに普通の”ラーメン”はメニューにありません。この事は、後でもう一度触れます。

オムライス4
そして出てきたのが画像の”オムライス”でした。


昨日の”イタリヤ軒”と同様の伝統的、正統派の”オムライス”でちゃんと”紡錘形”をしていて、ソースはデミグラスソースがたっぷり掛けられていました。


オムライス”というメニューは、明治後期に東京銀座の”たいめいけん”で”まかない”(従業員用の食事)としてつくられたものがメニュー化したもの。


ただし、オムライスの中のライスをケチャップで炒めた形の元祖は、大阪心斎橋の”北極星”だと言われています。

オムライス5
そして昨日も書きましたが、松山出身の映画監督伊丹十三さんが1985年(昭和60年)に発表した「タンポポ」という映画で、一躍センセーショナルな話題を呼んだ”タンポポオムライス”(実際に調理を担当したのは銀座のたいめいけん)以降に、様々なバリエーションが生まれました。


デミグラスソースは手間もコストも掛かるので、市販のケチャップで代用しているお店が多い中で、”イタリヤ軒”さんと同様に”洋食屋”さんのプライドをかけてデミグラスソースを惜しげも無くたっぷり使ってあります。


それにこの”ボリューム!”どうですか?これでも「ご飯は少なめにお願いします!」っと頼んで出さてたもの。これで普通盛りならどれだけのものになるのでしょう?

アップ6
このお店も、中のライスは”チキンライス”タイプで、大量の玉ねぎとピーマンと鶏肉を先ずフライパンで炒め、そこにご飯を加えてケチャップ風のソースを掛けて炒めます。エビも入っています。


そのフライパンは、火が入っていない火口に移し、火の入っている火口に別のフライパンを乗せ、器用に2個の玉子を片手で割り入れほぐして固め、そこに炒めたチキンライスを乗せて、お皿で蓋をしてひっくり返すと見事に出来上がります。

まあ職人さんの熟達した手業は、見ていて楽しいし食べて美味しい。手際の良いお料理にはリズム感があって心地よくもあります。

半分7
わがままを言って、ナイフを出してもらいました。”オムライス”を綺麗に切り分けて、その中身を撮りたいがためです。


”ファットマン”さんが”ウエッティーなオムライス”と表現されていましたが、言い得て妙です。たっぷりのケチャップ味のソースでチキンライスをまとめてあります。


おまけに、このお店は”イタリヤ軒”さんのそれと違って、大量の玉ねぎを甘みと粘りが出るまでフライパンで炒めてありますので、その透明にまでなった玉ねぎの粘りがチキンライスの特徴のように思えました。


全体の味はやや酸味が勝っていて、酸味に弱いワタシにはちょっと辛い部分もありましたが、間違いなく正統派・伝統的洋食屋さんの手抜きしない”オムライス”の味で、満足させられました。

断面8
オムライスをいただきながら、”カレーラーメン”の正当な食べ方をお店の女性2人に聞いてみました。ワタシは、前回カレーラーメンをいただいた時、ラーメンにカレーを全部ドボドボと入れて食べて、目を白黒させた経験があります。


すると女性は、「皆さん様々に食べられていますが、大きく分けると二通りの食べ方をされてて、ご飯を注文さてれカレーライスにして、それにラーメンも食べられる方。それと、ラーメンにカレーを全部入れて混ぜて食べられる方です」っと。


「すると、私のようにラーメンにカレーを全部一気投入という食べ方もアリ!なんですね?」というワタシの問いかけに大きくうなずかれた二人。


すると、そこに厨房からカウンター席に近寄って来られ、身を捩(よじ)らせながらこう語った店主兼シェフさん。


顔全体をシワクチャにさせながら「ウフフフ・・・・アレナー、実はラーメンにカレーを全部入れて、ソウ、先ずラーメン、食べるんヨーー!」


「するとな!カレーの混ざったラーメンスープが丼に残るヤロ!そこにな!白ご飯を入れて、ウッ!・・・フフフフ・・・混ぜて食べるんよ!アレ、旨いンデーーー!!」っと。あの嬉しそうな表情!(ウフフフ、ヨーー聞いてきくれた!)っとばかりの表情でした。


さて、実は”オムライス”というメニューに関して言いますと、このお店で延べ672店をご紹介している中で、ワタシ自身が最高峰だと思っているお店とメニューが3店あります。以下にご紹介します。


真っ先にご紹介するのは以下のお店の”オムライス”です。(「食慈家Tenma」 真っ当な「B級グルメ店」 59)2011年6月7日にご紹介しました。

オムカレー4
これがオムライスのバリエーションタイプ、”オムカレー”です。


ホワイトライスをトロトロのオムレツでくるみ、その上からカレールーをタップリ廻しかけて供せられます。旨かったのなんのって。でも残念ながらこのお店は現在はありません。


次は、2011年6月10日にご紹介したこのお店です。(「ストロベリーキャンドル」 真っ当な「B級グルメ店」 62
これがご自慢の”特性オムライス”です。

オムライス5  
オムライスの半分には”デミグラスソース”がタップリかかっています。


そして、2011年9月7日にご紹介したこのお店です。(「キッチン ファミーユ」 ・「愛媛グルメ紀行」 124
 
オムライス6
こちらが、個性ある”オムライス”です。


ナスだけではなく、ソラマメやトマトなどの夏野菜がタップリ入っていて、ミートソースとよく合っています。オムライスのライスは、マッシュルームとタマネギとライスをバターで炒めたバターライスです。


ただ確実に言えることは、”イタリヤ軒”さんや”キッチンわびすけ”さんが、松山の飲食業界に存在しなかったとしたら、ワタシが”オムライスの松山最高峰”と呼びたい、上に挙げました3軒のお店は存在していなかったでしょう。




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「愛媛グルメ紀行」を振り返る 94

今週の土曜日の”愛媛グルメ紀行を振り返る”シリーズは、一作年(2012年)の春から初夏に季節が移ろうとする頃にアップした280号から282号までのお店です。

先ず最初”に振り返るお店は、2012年5月8日にアップした280番目のお店、港通4丁目にあるうどん屋の老舗”手打ちうどん まつや”さんです。(「手打ちうどん まつや」・「愛媛グルメ紀行」 280

場所は、旧空港通(現在の県道松山空港線)沿いのゼネラル石油GSがある交差点を南に折れた2軒目にあります。

玄関1
こちらがお店の玄関です。

丁度お昼に差し掛かると、近隣の会社から外食組が一斉に会社を出て、こちらの”まつや”さんか、あるいはお向かいの”香港”さんの玄関に吸い込まれていきます。

うどん4
さて、こちらが”天ぷらうどん”、待つ間もないくらい直ぐに出てきました。お値段は470円(内税)です。

画像の”エビのかき揚げ”の色にご注目です、この””がこのお店の”天ぷらうどん”や”たぬきうどん”の味の決め手だったのです。

ところが、このお店の揚げられた天ぷらの色は、”茶色い”色をしています。

こういう味を”下手味(げてみ)”と表現します。上品な味の対極の表現です。

でも、これが不思議に美味しいんです。完全に満足しました。

このお店、再訪することはないでしょう。どうしても、という気にはなれなかったからです。


次、二番目にご紹介するお店は、2012年5月9日にご紹介した281番目のお店、通称”中央通”、県道松山港線沿いの中央2丁目平岡ビル1階にある”伯方塩ラーメン さんわ”さんです。(「伯方の塩ラーメン さんわ」・「愛媛グルメ紀行」 281

同じ名前のお店が以前に枝松町の愛媛飼料ビル敷地内にあって、そこで”伯方の塩ラーメン”を食べ、その時の印象はかなり悪かった記憶がありました。

玄関1
こちらは、お店の西向かい側にある愛媛銀行中央通店の側から撮ったお店の玄関。

印象が悪かった、同じお店のことをおたずねしてみました。

するとアッサリ「あ、アレ、ワタシがやっていたんです。初めの4年は私自身が、残りの4年は人にやらせていました。結局8年やって4年前に閉めました」と店主さん。

ここで俄に暗雲が立ち込めた。

塩ラーメン上4
注文したのは当然”伯方の塩ラーメン”で、お値段は560円。

「枝松を4年前に閉められて、昨年5月までは何をされていたのですか?」

「全国至るところで、催しがあれば出張して、実演販売をやっていました。今もやっています。来月〇〇県の〇〇市のデパートでやるんです!」と店主。

「エッ?じゃあ、その間このお店は?」とワタシ。「しばらく店を閉めなければ・・・・」っと店主さん。

言葉がありませんでした。

このお店、到底再訪する気にはなりません。店主さんのお考えが理解できないからです。


今日最後にご紹介するのは、2012年5月10日にシリーズ2782番目にご紹介したお店、古川南3丁目の県道久米垣生線沿いの”コーポ有光”1階にある”中華料理 チャイナパンダ”さんです。(「中華料理 チャイナパンダ」・「愛媛グルメ紀行」 282

通称”椿神社”の裏参道に赤くて大きな”鳥居”がありますが、その直ぐ近くです。

玄関1
こちらが県道に面したお店の”玄関”です。

このお店、中華料理の”名店”に取り囲まれるような立地にあるこの小ぶりなお店、この地で開業してはや10年になります。(アップ当時)

また、お店の横に駐車場を8台確保されていますが、昼時にはこれが満車になるのです。

ランチ4
さて、こちらが注文した”えびチリ丼”です。

でもお味が、辛いには違いありませんが特別に唸るほど・・・・という感じではないのです。

このお店、お客さんとお店の交流と言うか”つながり”、これがこのお店がお客さんを引き付けている秘密だと思いました。

さてこのお店、とうの昔に再訪リストには載せています。ところが未だに再訪できていません。次から次へと新しいお店が出てきて、ついつい後回しになっています。




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「愛媛の歴史特別編」・「京都 金閣寺」 11

今日は、京都の”金閣寺”をご紹介しましょう。正式な名前は”鹿苑寺”(ろくおんじ)と言います。


鹿苑寺”は、京都市北区にある臨済宗相国寺派の寺です。


建物の内外に金箔を貼った三層の楼閣建築である舎利殿は金閣(きんかく)、舎利殿を含めた寺院全体は”金閣寺”(きんかくじ)として有名ですね。


この日も、夏休み期間中だったこともあって、海外からの観光客が全体の6割り程度を占めていたのでは?と思うほどでした。

金閣寺配置図1
鹿苑寺”という寺の名前の由来は、この寺の開基(創設者)である室町幕府3代将軍”足利義満”の法号・鹿苑院殿に因んだものです。


この地は、元々、鎌倉時代の1224年(元仁元年)に”西園寺公経”(さいおんじし きんとう=藤原公経ともいいます)が”西園寺”を建立し、併せて山荘を建てていたところです。


この”西園寺公経”(さいおんじし きんとう)は、愛媛の南予に大変関係の深い貴族で、ワタシが昨年6回のシリーズで書いた「南予史探訪」の中でも採り上げています。(「南予史探訪」・「宇和郡 西園寺氏の始まりと終わり」


西園寺家は、その後の謀反計画に関係し処刑され、その後に1397年(応永4年)、”足利義満”が河内国の領地と交換に西園寺を譲り受け、改築と新築によって一新したのが、この”鹿苑寺”です。

金閣寺山門2
しかし、この”鹿苑寺”、つまり”金閣寺”は1950年(昭和25年)に放火により焼失し、世間を騒がせました。


この放火事件は、その放火犯の動機や様々な背景が話題を呼び、後にその複雑な背景を解き明かすべく多くの作家により文学作品が生み出されています。よく知られている作品では”三島由紀夫”の「金閣寺」や、”水上勉”の「五番町夕霧楼」があります。


その後、1955年年(昭和30年)に再建されました。更には1994年(平成6年)にユネスコの世界遺産(文化遺産)「古都京都の文化財」の構成資産に登録されています。

金閣寺3
さて、この画像が”鏡湖池と金閣寺”です。


正確に言えば”舎利殿”(しゃりでん=仏陀のお骨を祀っている)と言います。この”舎利殿”は、漆地に金箔を押した三層宝形造の建物です。


建物形式は”一層は寝殿造風で作られ、二層は書院造風(武家造)となっています。また、三層は禅宗様の仏殿風で”仏舎利”を安置してあります。

金閣寺4
この”金閣寺”を思うとき、ふと”マルコポーロ”が書いた”東方見聞録”のことが思い返されてなりません。


マルコポーロ”は、その”東方見聞録”の中で、日本のことを”ジパング”とよび、”黄金の国”と紹介しました。


その事の西洋社会への影響を考えます時、中世期のヨーロッパに於いて”地動説”(ちどうせつ=地球自体が回転しているという説)を唱えた”コペルニクス”やローマの”ガリレオ・ガリレイ”の影響も同時に考えざるをえないと思っています。


天道説”(地球が動いているのではなく、動かない地球の周りを天体が動いているという、地球は平たい平面であるというのがその当時の常識)を採っていたローマ教会は”地動説”を唱えた”ガリレオ・ガリレイ”をある種の宗教裁判にかけますが、その裁判の時に「それでも地球は回っている」と呟いたという逸話は余りにも有名です。

金閣寺5
さて”マルコポーロ”の、日本=”ジパング”は”黄金の国”と書いたことの影響と、”ガリレオ・ガリレイ”の”地動説”の影響が、西洋の中でもポルトガルとスペインの大航海家たちを動かせました。


「ひょっとしたら、地球は丸いのではないか?海を渡って行けば、”黄金の国・ジパング”に辿り着けるのではないか?」っという好奇心を強く持ち始めます。


それが、15世紀中ばから17世紀中ばまで続いた、ヨーロッパ人による”大航海時代”です。


その中で、遂にスペイン王の命と援助をを受け西回り航路開拓に出た”マゼラン”が、1519年8月、セビリャから5隻の船に265名の乗組員を乗せて出発したのです。


その航海中にマゼラン自身は船員に殺されますが、その一行は1522年にセビリャに帰港し世界周航を果たし、地球が丸いということを実証しました。帰ってきたのは18名だったそうです。

金閣寺6
ワタシが、この”金閣寺”をご紹介する時に、なぜ上の事を書いたのか?


実は”マルコポーロ”が東方見聞録で書いた”ジパングは黄金の国”という記述は、岩手県西磐井郡平泉町にある”中尊寺金色堂”のことを中国で聞き及んで書いたもので、”金閣寺”とは直接の関係はありません。時代も違います。


ただ”中尊寺金色堂”は平安時代の建物ですが、当時東北地方は日本一の金の産出地で、飛鳥時代から藤原京、そして平城京と続く時代の寺院の”本堂”に当たるものは、当時は”金堂”と呼んでいました。


このことは、当時豊富に算出していた””から”金箔”を作る時術が既にできあがっており、”金堂”の中に安置されていた南都六宗など古い仏教の仏像には金箔が張られていた。それらの中には、金堂の柱などにも金箔が張られていたのかも知れません。


その伝統と金の文化が、”中尊寺金色堂”を産み、時代が下っても”金閣寺”となって現れたものではないかと思います。


マルコポーロ”の”黄金の国伝説”は、”中尊寺金色堂”だけを意味するのではなく、当時の日本に”金にまつわる文化”がその底流にあって、それも影響して”大航海時代”にまでつながった、そう考えました。

金閣寺鳳凰7
この画像は、”金閣寺=舎利殿”の頂上で輝いてる”鳳凰”です。


この”金閣寺=舎利殿”の屋根は、椹(さわら)の薄い板を重ねた”こけら葺”といいます。


また、頂上に飾られている”鳳凰”は金銅製です。

厳下水8
最後にご紹介するのは、”厳下水”(がんかすい)と呼ばれるもので、室町幕府の第三代将軍”足利義満”がお茶の水に使ったと伝えられる泉です。


この”足利義満”時代に花開いたのが”北山文化”と呼ばれるもので、茶の湯や連歌、能の舞など、室町幕府の文化が生まれて盛んになった時代です。


しかし、その”室町文化”が栄えた時期は、歴史的に言えば僅かの期間で、この後直ぐに戦乱の世、”戦国時代”に突入していきます。貴族社会の崩壊と、武家社会の台頭と定着は目の前まで迫っていたのです。




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「再訪 201 ラーメン 一興」・「愛媛グルメ紀行」 673

今日は先月、1月10日に初めてご紹介したばかりの、立花3丁目の住宅街の中にある”ラーメン 一興”さんの二度目のご紹介です。


初回訪問で、ブログ友:”さん(門前雀羅)同様にすっかりハマってしまいました。


前回いただいたのは、以下の画像です。

アップ7
これは”三骨塩ラーメン”というメニューでした。豚バラ、あるいはチャーシューの代わりに”牛肩三角バラ肉”を使ったことが、このラーメンの個性を際立たせました。


これをいただいた直後から、次に訪れた時は”角煮のせしょうゆラーメン”にしようと決めていました。

玄関1
こちらがお店の外観です。住宅地の一角にあって、決して主要道路に面している訳ではありません。


でも、一度このお店を訪問すると、すっかり虜(とりこ)にされること請け合いです。かく言うワタシもその例外ではありませんでした。


前回の記事でも書きましたがこのお店、お客さんが店に来られると、店内からその様子と人数をいち早く確認し「お客様2名、入りまーーーす!」っと声を出され、お客さんをお迎えする準備がスタートします。


店内で出迎えの準備が始まっていることは分かっていました。でも、玄関のドアに手をかけた瞬間に「おおおお!」っと度肝を抜かれました。自動ドアではない玄関ドアが、ワタシが玄関に立った瞬間に音もなくスー!っと開いたのです。

メニュー3
そうなんです!店員さん、ワタシの動作を店内から見ておられて、玄関前に立ったその瞬間に、玄関ドアを内側から静かに開けられたのです。あたかも”自動ドア”の如くにです。


角煮のせしょうゆラーメン”を早速注文し、店員さんの動作を観察してみました。なおお値段は750円です。


すると、お客さんが食事を終えられ勘定を済まされた後、出されていた食器等を片付けますが、同時にダスターでテーブルを寧々に拭きます。


そこまではどこのお店でもやっていること。このお店は、その上に”メニュー”の乱れを直し、そして”高菜”など3種のトッピングが入っている容器の蓋を開けて中身の残量を確認し、蓋をきちんと閉じられました。これが出来そうで意外にできていないお店が多いんです。


サービス”、”接客”、店内を整えておく”、これら当たり前のことが当たり前に出来ています。実はそれが、優れたお店の要件ではないでしょうか。このお店は完璧にそれらができています。

ラーメン4
さて上の画像が、今回注文した”角煮のせしょうゆラーメン”です。”豚骨ラーメン”をメインとしているお店です。そのお店の”しょうゆラーメン”って一体どんなんだろう?っと、興味津津(きょうみしんしん)でした。


器を見ると白磁の器に代わっていました。”三角骨塩ラーメン”の時は、確か”黒い器”だったと記憶していました。


スープが白い時には”黒の器”、スープが濃い茶の時は”白磁の器”なんですね。このお店、豚骨スープに”牛肩三角バラ”を、しょうゆスープには”豚の角煮”を合わされました。非凡ですね。


その白磁の器に、並々と”しょうゆラーメン”が入っていて、第一豚骨ラーメンとは香りが違います。慣れ親しんだ懐かしい香りが辺りに充満します。

アップ5
器の中を覗きますと、色合いがシンプルでした。真ん中に”どーーーー~~~ん!”っと、豚の”角煮”が鎮座(
ちんざ=落ち着いて座っている様)しています。その存在感たるや”圧巻”です。


そして”刻みネギ”の緑、”モヤシ”の白と”モヤシの芽”の黄色、そして細く刻まれた”キクラゲ”の黒です。


醤油は、やはり関西系の”薄口醤油”でしょう。上品な色合いです。日本人は”醤油”という醗酵醸造された食品の香りには本能的に反応するのではないでしょうか。


醤油”は”味噌”と並んで、言わば日本人の”味の故郷”なんです。

アップ6
撮影なんてせずに、一番美味しい瞬間を食べたい!でも、最低限の画像は収めたい。””が伸びない内に啜りたい。スープが熱々の中を、フーフー息を吐きかけ吐きかけ啜り込みたい。


その圧倒的な存在感を見せている”角煮”にかぶり付きたい。エーーーーイ!じれったい。


ところが、ここがブロガーの辛いところ。取敢えず撮影を一時ストップして、スープだけ啜ってみた。「ウフフフ・・・・深  ~    い・・・・ふーーーー!」っと声にならない。このフープの奥深さは、”豚の角煮”にあるとみた。

角煮7
どうです!この”豚バラ”、”三枚肉”。見事に旨味の素である”脂身”が文字通り”三層”になって艶やかに照り輝いている。


このお店の”角煮”に匹敵する厚みは、三番町6丁目の”瓢太”さんを除いてないでしょう。(「瓢太」 真っ当な「B級グルメ店」②)ただし、”瓢太”さんのチャーシュー=角煮は、甘い!


このお店の”角煮”は、醤油でたっぷり煮染められているので、非常に”甘辛い”んです。ここの”角煮”は、醤油ベースのスープと完全に一体化しているように味わいました。存在感も際立っていますが、味も”超個性的”です。

麺8
こちらが”しょうゆラーメン”に使ってある””です。”豚骨ラーメン”の極細ストレート麺(白っぽい)とは、明らかに違っています。最後にそのことを店員さん自らが説明されました。それは後ほど。


ストレート麺ではありますが、緩やかなカーブを描いていて、しょうゆスープがよく絡む。


スルスル、スルスルっと、滑らかに喉を通って胃袋に。何の抵抗もなく収まりました。このラーメンは、ひたすら”角煮”が主で、それ以外はそれを支える従、に徹した感があります。


器を覆うばかりに盛りつけられた”チャーシュー麺”を見たことがありますが、この一個の”角煮”の存在感には到底適わないでしょう。それくらい強烈な味とパワーと、メニューの方向性を決定づけるものでした。

餃子9
今日は”博多一口餃子”5個も注文しました。お値段は210円です。


すると出てきたのがコレ。実にビューティフルに焼いてあります。


このところたて続けに、”上海点心 豫園”さんと”闘牛”さんで完璧に美しく焼き上げられた”餃子”をご紹介したばかりです。


このお店の”餃子”は、上に書いた2軒のお店に匹敵する美しさでした。味ももちろん、餡がとーーーってもジューシーで文句ない!要は、厨房に立つ人の心構え一つで”餃子”もここまで美しく美味しくなれるんです。

完食10
夢中で食べてる内に”完食”していました。


すると、するとどうでしょう!!”完食”したものだけに伝わる仕掛けがあったのです!


そう「ありがとう」という”感謝の文字”が一言、器からクッキリ浮かび上がったではありませんか。”ニクイ!”一本取られた、そういう感じです。でも爽快でした。


勘定を払うとき、店員さんにその”仕掛け”のことを褒めました。


すると、満面の笑みでこう応えられました。「はい、そうなんです!ありがとうございました。そして、”しょうゆラーメン”をいただいて頂きましたが、””は豚骨のそれよりやや太くしてあります」っと。


その笑みには「ね!分かったでしょう!」っという言葉が隠されていたのでしょう。「お見事!でした





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「再訪 202 らーめん 一直」・「愛媛グルメ紀行」 674

今日は柳井町商店街(湊町3丁目)の中にある”らーめん 一直”さんの二度目のご紹介です。


このお店は、2012年6月1日に一度ご紹介しています。(「らーめん 一直」・「愛媛グルメ紀行」 302


ずっと以前から、再訪リストに入れていたお店ですが、何故か?再訪までに時間がかかりました。

松山劇場2
この画像が、ワタシが高校生時代には”妖しい映画館”の跡で、ビルを建てなおされ”松山劇場”をメインとするビルに生まれ変わったもの。


このビルは6階建てで、”松山劇場”はその6階にあります。


但しこの6階以外は、現時点では全て空きのテナントになっていて、寂しい雰囲気が漂っていました。

玄関3
柳井町商店街”自体も、どこか、時代に取り残された商店街と化していて、人通りもまばらです。


このお店はそういう中にあって、開業12年という年月を重ねられ、柳井町商店街の一種の””的存在になっています。


お客さんの層はマチマチですが皆さん常連のようで、このお店に来ればひと通りのモノは揃っていますので、頼りになるお店として健在ぶりを発揮されたいました。

一直メニュー
2年ぶりにお店をお訪ねして、先ず気がついたことは”メニュー”が増えているということ。


前回お訪ねした時は”豚骨らーめん”ほぼ一色で、僅かに味噌らーめんがラインナップに名を連ねていました。


ところが今回は、”豚骨らーめん”に加えて”醤油らーめん”と”塩らーめん”群がラインナップの層を厚くしていました。おまけに、サイドメニューにも力を入れられて、夜、一杯ひかっけながらつまみを、という客層にも対応しておられます。


このお店の進化を見た思いがしました。

しおらーめん4
そこで注文したのが画像の”しおらーめん”です。


このところ、スープが純粋な”塩ラーメン”にすっかりハマっています。スープにどれだけ力を入れておられるか?がすぐ分かります。


ちゃんと”自前の丼”を構えられ、お店のプライドをさり気なく示す。いいじゃないですか!その心意気や良しです。

しおらーめん6
さあて、これが黄金色に輝くスープの”しおらーめん”の姿です。上品で気品すら感じます。


下に、前回いただいた”豚骨スープ”の”一直らーめん”の画像を再掲しましたが、見た目も全く違います。


豚骨らーめんに乗せられる紅生姜に千切りは、”白髪ネギ”に変わっています。ワカメも加わります。


後はチャーシュー2枚と、湯掻いたモヤシとシナチク、刻みネギという具材です。下の”一直らーめん”の盛り付けと比較しますと、随分洗練されました。

ラーメン5
これが前回いただいた”一直らーめん”です。このお店のメインである”豚骨スープ”です。


こちらは乳白色に輝いています。


この時の食後感を、前回はこう書いています。<純粋な”博多ラーメン”ともちょっと違う、独特の雰囲気があります。スープを啜ると、あれマア・・・上品と言うか洗練されているというか。>


そしてこうも書いています。<ストレートの細麺との相性もピッタリ。具材も、それぞれが自己主張しすぎることなく、全員でこの味を支えている、そういう感じの出来具合です。>


もちろんスープも全て飲み干して完食しました。

スープ7
でも、この”塩スープ”の黄金色がかった透明感を見て下さい。思わず見惚れてしまいました。


で、スープ、飲んでみました、啜ってみました。想像以上の上品さ。


豚骨スープ”がパワフルお兄さんとすれば、”塩スープ”は上品なお嬢様でしょう。


魚介の出汁を活かしきったスープでした。

チャーシュー8
チャーシュー”は、脂身が適度に交差し、口に入れればとろけました。


何時も書くことですが、”ラーメン”は、フルコース料理です。スープにサラダに麺、そしてメインディッシュがチャーシューです。


それを丼で一時に味わえるのですから、豪勢ではありませんか。

白髪ネギ9
この”白髪ネギ”が、色合いに輝きを与えているだけではなく、味のバランスに大きな役割を果たしています。


つまり”清涼感”という役割です。和食の世界では”箸休め”というメニューがあります。


”箸休め”の役割は、食事の途中で気分転換や口の中をさっぱりさせるために供されるもので、この”しおらーめん”の”白髪ネギ”がその役割を果たしているという訳です。

麺10
”も、当然に”豚骨らーめん”のそれとは変えてあります。店主さんにそのことは確認しました。


中太縮れ麺で、カンスイが効いていてプリプリです。細かい気遣いが随所にうかがえます。


ややリーゼント髪の店主さん、そのセンスは繊細です。


とことん満足して完食したことは言うまでもありません。豚骨と醤油と塩と、3種の性質の全く違ったスープを用意されて、ほぼオールラウンドにこなされている。


お見事です!


なお、このお店の”白髪ネギ”であるお店を思い出しました。明日は、”白髪ネギ”を見事に使いこなしたお店のご紹介です。



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「再訪 203 一閃」・「愛媛グルメ紀行」 675

今日は、昨日ご紹介した”らーめん 一直”さんの”白髪ネギ”で思い立ったお店、ワタシのお気に入りのラーメン店””一閃”(いっせん)さんをご紹介しましょう。


このお店は、既に3回ご紹介しています。ワタシが通算で”675店”をご紹介する中で、4回ご紹介したお店12番目のお店となります。4回ご紹介するお店は、ワタシが大好きなお店ばかりです。


過去の3回は以下の通りです。(「ラーメン処 一閃」 真っ当な「B級グルメ店」 75)・(「再訪51 一閃」・「愛媛グルメ紀行」 401)・(「再訪 119 一閃」・「愛媛グルメ紀行」 541

玄関1
こちらが、石手寺から湯山方面に向かう県道317号線沿いにあるお店の玄関です。


ビルの1階に入っていて、目立たないお店ですが根強いファンに支えられて、今年の4月で7年目を迎えます。


10代から中華の世界で腕を磨いた店主さんが、極めて質の高いラーメンを提供されています。お店の位置づけは中華主体の”ラーメン居酒屋”です。

店内2
お店は、お祭り大好きの店主さんと、チャーミングな奥様の二人でやっておられます。


冒頭で書きましたように、このお店ほど”白髪ネギ”を効果的且つ大胆に使っているお店をワタシは知りません。


このお店の店主さんの料理のセンスには、キラリと光るものがあると思っています。

アップ5
上の画像が、このお店の一番のウリではないかとワタシが思っている”とりねぎらーめん”です。


どうですか!この”白髪ネギ”の大胆かつ先鋭的な使い方。


綺麗に盛られた”白髪葱”。このお店のそれは、水にさらしすぎず、かといってさらし足りずにエグ味が残ってスープの風味を殺すほどのものではない、絶妙な加減です。


この”白髪ネギ”の使い方に、このお店の店主さんの非凡さを見ました。でも、今日はそういうお料理のセンス以外にも、このお店の”秘められた魅力・魔力”に生で接することができました。後ほど、ご紹介します。

ランチメニュー3
こちらが”ランチメニュー”です。この”ランチメニュー”は、初めてこのお店をお訪ねした2011年6月の頃と変わっていません。


ところが、この日は初めから注文するメニューを決めていました。


昨年の夏頃、のぼり旗がはためいていたのを目にしていました。そこに書いてあったメニューが今日の目的でした。

夜のメニュー4
ところが、そのメニューは”ランチメニュー”には入っていなかったのです。戸惑いました。


そこで奥様に「アノーー、”塩焼きそば”って、以前目にしたことがあるのですが、アレはありますか?」っとお尋ねしました。


すると奥様、奥の厨房を覗き込み「塩焼きそばデキルーー?」っと店主さんに声を掛け、「はい、できるそうです、それでいいですね!」っと頬にエクボの笑顔で応えられました。


ソレは夜のメニューだったのです。頼んだのは”海鮮塩焼きそば”、お値段900円というものでした。

海鮮塩焼きそば
この画像が”海鮮塩焼きそば”の全体像です。照明が弱かったので明瞭には写っておりません。


想像していたものとは全く違った”焼きそば”が供せられました。ちょっと意表をつかれた思いで、見入ってしまいました。


第一香りがいいんです。スープの上品な香りに包まれました。ウットリしちゃいました。

海鮮塩焼きそば単体6
恐ろしく”具沢山”でしょう!しかも、薄く溶かされたカタクリ餡が素晴らしいんです。


時に、カタクリを入れすぎて、固まる寸前の餡に出会うことがありますが、カタクリ粉も中華の料理人が陥りやすい”落とし穴”の一つです。


具材です。先ず海鮮からは”帆立貝”のまるママ。それに丁寧な仕事がされている”海老”と”蛸の足”です。


そして野菜は、白菜、人参、シメジ、緑の葉物です。カラフルに仕上がっています。


しかし、この”海鮮塩焼きそば”の決め手は、何と言っても”スープ餡”です。


魚介から丁寧にとられた出汁に、微かに塩を効かせ、出汁の持ち味をギリギリまで絞り出しています。余計な夾雑物は一切ありません。


やや緩めの餡が、その出汁を優しく包み込んでいるのです。声が出ません。

海鮮塩焼きそば単体7
などと、絶妙な出汁に絡まった麺を無心で食べてる時、その出来事が起こったのです。

一人の若者がお店に飛び込んできました。店主さん御夫婦の知り合いで、かなり親しい間柄の友人のようでした。

彼が開口一番こう言ったのです。「今、ヒマ?!!!」っと。土曜日の正午でした。店内を見回せば、客が数組入っていることは容易に気がつくことです。

第一、土曜日の正午に「イマ!ヒマ??!!」はないでしょう。彼は、他の客のことは一切目に入らなかったようです。

二言目がこうでした。「アノナーー、ワシ、今日は思いっきり愚痴言いに来たンヨーー!   聞いてヤーーー! 聞いてくれるーーー!」っと。

本当に驚き感動したのは、実はこの後の予想外の展開でした。

アップ8
チャーミングな奥様、笑顔を絶やすことなく、ちょっと甘い声と調子でこう言いました。「ウンウン、聞いてあげる!でも、今注文のセットがハイットルケン、それだけマッテナー!」っと。

彼、ホッとした顔で「生ビール!そしてらーめん!」っと威勢よく注文した。

「アレ?❍❍君、昼間から生ビールって!???」と、奥さん、ここで初めて怪訝(けげん=不思議そうな)な表情をした。

「うん、今日はもう仕事止めトルケン!エエンヨーー!」っと息巻く。

その剣幕に、厨房から初めて店主さんが客席に出て来た。

童顔の店主さん、ニコニコしながらこう言った。「ナラナーー、生ビールに”おでん”でも食べヨイデヤ-!。らーめんはナーー”〆に”に食べたらエエンヨー」っと。

生ビール一杯では済まないことを、知っている店主さんの”助け舟”でした。

彼は一杯目の”生ビール”を、「ゴックン!」っと喉の音も高らかに一気に飲み干しました。その飲み干す”喉の音”の高らかさが彼の思い詰めた意気込みを表していました。

麺9
と、ここから彼の”怒涛の愚痴”が始まった。その止まるところを知らない勢い。

ところが、言いたい愚痴が先走って、前後の話を飛ばしに飛ばすものだから、日本語になっていない。

つまり、何が言いたいのかが全く分からない。外国語の洪水に見舞われた感があった。

ところが、・・・・・・・イエ・・・・・トコトガ・・・・なんです。

何と奥さん「ウンウン、ウンウン」と言いながら、延々と意味が理解できない彼の”愚痴”を聞き続ける。

彼も言葉だけでは伝わらいことが分かったのか、今度は身振り手振りで「ナーーー、取付の方向がコーーナットローーー!!でもそれって、コーーーナラント、おかしいヤン!!!」っと体を捻る。

奥様も恐らく彼が言っていることの3分の1も理解できていなかったにちがいない。もちろん彼の仕事も性格もご存知な奥様、言葉の断片からある程度の事情は察しておられたのでしょう。

でもただ只管、ただひたすら、たただだヒタスラ「ウンウン、ソーヨネーー、ウンウン」っと、笑顔を決して絶やさない。嫌がりなどしない。

母親が赤ちゃんの泣き叫ぶ声を聞きながら、「ウンウン、❍❍ちゃんはいい子よーー、ウンウン」っと背中を撫でながらあやす。

ずーーとずーーっと、赤ちゃんをただただ受け入れ続ける母親の包み込むような笑顔に、赤ちゃんは自然に泣き止んで、安心して寝息を漏らし始める。

あの光景が目の前で延々と続いた。

周囲の客は誰一人文句は言わない。皆、奥さんに釣られるようにして、奥さんが「ウンウン・・」って言う度に、そのリズムに合わせて頭をうなずいた。

奥さんの笑顔は”マリア”様か”慈母観音”様だった。

飛び込んできた若者の、生ビールを飲む時の喉の音が、次第に静かになっていった。ワタシは、あの光景を一生忘れない。ここのお店、ただお料理が美味しいだけのお店ではなかった。




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「再訪 204 中華料理 白魂」・「愛媛グルメ紀行」 676

今日は極めて久しぶりに、松山市内では有数の中華料理の老舗”中華料理 白魂”さんをご紹介しましょう。初めてご紹介したのは、2011年12月1日のこと、今から約2年余り前。(「中華料理 白魂」・「愛媛グルメ紀行」 180


場所は二番町二丁目です。大街道にある二浪証券から一本東に入ったところです。


今年で”開業64年目”になります。久しぶりにお訪ねした理由は2つあります。

玄関1
こちらが玄関です。


このお店を再訪した理由の一つは、今月2月6日にアップしたばかりの”鉄板焼きステーキ イタリヤ軒”さんです。


その時の記事で、松山で敗戦直後日本の復興と軸を同じくして開業された、松山の飲食業界の老舗がこの地区で3軒あると書きました。その一軒が”イタリヤ軒”であり、今日採り上げる”白魂”であり、更には”すし丸”さんの3軒です。


なお”終戦直後”という言葉を使いたい人たちがいますが、正しくは”敗戦直後”です。


戦争が、自然に終わったのでは決してありません


日本国内だけでなく、近隣諸国を未憎悪の大惨事に巻き込んだ戦争を終わらすべく、連合国の”ポツダム宣言”を無条件で受諾し、”敗戦”したのです。


ワタシは、”こよなく愛してやまない日本”という国を、二度と再び”戦争ができない国”として縛っておくことが必要だと考えています。この立場は譲れません。父と母の思いに、命果てるまで寄り添う覚悟です。


”◯◯的平和主義”なんて、言葉のまやかしです。その言葉の真意は、容易に戦争が出来て、私達の子供や孫に「国を愛するために命を捨てよ!」っと強制出来る仕組みを作りたいが為です。二度と騙されやしません。

店内2
さて、話題を戻しましょう。松山を代表する中華の老舗、”白魂さんの今”を取材したくてお店をお訪ねしたという訳です。


店内の様子は、おおよそ2年前と変わっていません。


客層は、近隣の”ランチ”に1000円前後の出費を厭わない、一部の管理職と思しき人達。


そして、数十年来の”御用達”っという顔ぶれの、ワタシと当年代若しくはやや年上のオバ様たちが中心であることに変わりはありません。

メニュー3
この”メニュー表”だって、2年前のもの全く同じものです。


ここでは、時の歩みを止めること自体に価値があるかのようでした。


それは、6日にアップしたばかりの”イタリヤ軒”さんと全く同じです。


訪問した目的の一つは、時の歩みを止めたお店は今どうなっているか?を確認したかったことです。

松山百点4
そして残りのもう一つの目的が、画像の”松山百点”の新年号です。


この件に1月19日に、何時も貴重・希少な情報を提供いただいています”ファットマン”さん:(ファットマンの松山B級グルメ日記)から頂いた下記のコメントが動機の一つです。


以下、その要旨を引用します。<以前に椿神社長宗我部宮司についてこの欄にコメントしたことがあったと思います。「松山百点」の2014年新春号に椿神社のことが載っていて、それによると「長宗我部元親が春日局を幼少期に引き取って育てたという因縁もあり、徳川幕府は秦姓を名乗っていた長宗我部一族を椿神社の神官に据え復姓をみとめた」とのこと。>


<なかなか興味深い記述ですよね。「松山百点」は老舗のレストラン等で無料配布している小雑誌だと思います。イタリヤ軒などにも置いてあったと思いますが。機会があれば手に取ってみてくださいませ。>


画像が、その”松山百点”です。これを実際に入手出来た経過は、最後に。


なお”松山百点”の記事内容は、歴史物として記する機会ができた時、改めましてご紹介します。土佐と伊予の関係は、四国四県の中でも取り分け因縁深いものがありますので。

サンラータン麺セット5
さて上の画像が、今回オーダーした”サンラータン麺セット”で、お値段840円(内税)です。


余り耳慣れないメニューですが、漢字で書きますと”酸辣湯麺”と書きます。セットですから”サンラータン麺”にご飯と杏仁豆腐とがけ付いています。


この”酸辣湯麺”は、中国四川省の湖南料理の一つの”酸辣湯”(さんらーたん、もしくはすーらーたん)に麺を加えた料理です。


お店のメニューでも説明してありますが、胡椒の辛さとお酢の酸っぱさが特徴で、カタクリ餡でトロミがつけられ溶き卵を流し入れて仕上げてあります。

サンラータン麺6
具材は、ハム、タケノコ、キクラゲ、人参、椎茸などのみじん切りです。


確かに”酸っぱい”。それに胡椒が思いっ切り利かせてあって、ピリ辛感に舌が驚いていました。


味覚”を生理学的に分類しますと、皆さんもよくご存知のように、”甘味”、”酸味”、”塩味”、”苦味”、”うま味”の5つが基本味と言われていますね。


この味覚も、かつては、甘味、酸味、塩味、苦味、辛味、渋味(この他にもあった)などが言われていた時代もあって、人の感覚ですから変遷もします。


この”サンラータン麺”の特徴は、タップリメのお酢と大量の胡椒を利かせることにあるので、ワタシの個人的味覚から言えば、”酸っぱさ”には極めて弱いので苦手です。

アップ7
苦手が分かっていて何故注文したのか?その答えは単純です。今まで味わったことはない、初めてのメニューに挑戦したかった!ということです。


単なる好奇心です。


その結果は惨憺たるものでした。やはり、”酸っぱさ”には弱かった!でも、スープの味は、滋味あふれる奥深いスープで、さすが修練を積んだ職人さんの手になるものは違うと思いました。


だから、この美味しいスープからお酢を取り除いてほしいと思ったけど、そうすると”湖南料理”名物の”酸辣湯”にはなりませんものね。なお、中国語の””(たん)はスープのこと。

杏仁豆腐8
従ってこの”杏仁豆腐”の、まあ美味しかったことと言ったらありませんでした。


極端な表現を使えば「地獄に仏」でした。


しかも単純な砂糖の甘さではなく、恐らく”アーモンド”の甘さだろうと思いました。


一度書いた事がありますが、本来”杏仁豆腐”に使う杏(あんず)の種に含まれる”杏仁”(きょうにん)は、薬膳の一種で苦いので、一般的には甘さを出すために”アーモンドエッセンス”が使われるからです。

穴あきレンゲ9
さて上の画像も一般的には見られない食器なので、ご紹介しておきましょう。”穴あきレンゲ”とか”レンゲスプーン穴あき”など呼ばれるもので、ラーメン等の具材を掬(すく)って食べる時に使います。


もちろん、普通のレンゲも付いています。普通のレンゲは、スープを飲むとにに使いますね。


ところがこの”サンラータン麺”はスープにトロミが付いていますから、普通のレンゲで具材を掬ったら、トロミスープもたっぷり乗ってくるので、熱くて食べづらい。それでこの”穴あきレンゲ”が付いてます。


北海道は札幌ラーメンの”コーンバターラーメン”には、よくこの”穴あきレンゲ”が付いています。コーンを掬って食べるためです。

麺10
さて、最後に”松山百点”を頂いたお話です。オーダーをして、お料理が運ばれてくる間に席を立って、キャッシャーのところに立っているマネージャーさん的な男性に「松山百点は置いてありますか?」っとお尋ねしました。


ところが、笑顔ではありましたが「あ~~、アレ!・・・・・残念ですが、アレは昨日であいにく全部出ちゃったんですよ!残っておりません」っと。


仕方ないので、カウンター席に戻ってお料理を待っていますと、ワタシの横に立った少女に気が付きました。


少女と言っても、若いフロアー係さんですが、少女と言っていいほど若い方でした。そして彼女が「あのーーー、コレ!」っと言って差し出したのが、上から4番目にアップした”松山百点”でした。


「エッ・・・・?・・・これは?」っと彼女に聞きますと、ワタシとマネージャーさん格の方とのやりとりを傍で見ていたらしく「コレ、私がお店の保管用にと一冊取っておいたものです。これでよければどうぞ」っとハニカミながら手渡して頂いた。


「それなら、お店の保管用でしょう。残していないとまずいんじゃないですか?」っと聞きますと「喜んで頂ければ、それでいいと思って」っと言って、クルッと踵(きびす)を返して元のポジションに帰って行きました。一瞬の出来事でした。


心のなかにホノボノとした余韻が残りました。彼女から供せられた”心のサービス”は、このお店の伝統が形作ったものなのか?


それとも、あの少女のようなフロアー係さんの個人的資質によるものなのか?・・・・・・・・




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「愛媛グルメ紀行」を振り返る 95

今週の土曜日の”愛媛グルメ紀行を振り返る”シリーズは、一作年(2012年)の春から季節が初夏に移る頃にアップした283号から285号までのお店です。

先ず最初”に振り返るお店は、2012年5月11日にアップした283番目のお店、伊予郡松前町にあるうどん屋の老舗”めん処 矢磨樹”(やまき)さんです。

場所は県道伊予松山港線沿いの、松前町筒井にあります。丁度、”松前病院”の南隣です。(「めん処 矢磨樹(やまき)」・「愛媛グルメ紀行」 283

看板1
この大きな看板が目印です。実はこの”めん処 矢磨樹”さんの発祥の地は、八幡浜の”保内町”で今でもそこに本店があります。

その後、八幡浜市内にお店を出し、そしてここ松前町に、また松山市内では姫原にお店を出されましたが、現在は保内町の本店とこの松前町店が残っています。

うどん上5
頼んだのが、お店の名前を冠した”矢磨樹うどん”で、お値段は650円(内税)です。

ここで、ちょっと嫌な予感がしました。「これは、まさかあの”大〇屋”さんの”大〇うどん”ではないやろーな?」っと。

松山市内に何店舗かお店がある大〇屋さんの、看板メニューの一つである”大〇うどん”の味の悲惨さ(ワタシの個人的感想に過ぎません)を知っていますので・・・・・

外観が、そのうどんによく似ていたので、ひょっとして・・・・と思ったのです。そこで、食べてみました。悪い予感は当たりました。

まるで、あの”大〇屋”さんの”大〇うどん”そのままではありませんか。

従ってこのお店は再訪シません。ただ単に麺の好みがワタシとは違うというだけですが。


次、二番目にご紹介するお店は、2012年5月12日にご紹介した284番目のお店、山西町の新田学園近くにある”中国料理 華園”さんです。(「中国料理 華園」・「愛媛グルメ紀行」 284

場所は、伊予鉄高浜線沿いの西衣山駅と山西駅の中ほど、お店の南裏側を高浜線が通っています。

玄関2
そして、こちらがお店の玄関です。かなりの年季を感じさせます。開店して25年だそうです。(アップ当時)

メニューを見るまでは「何のお店かな?」と思わせる、どことなく統一感の感じられない店内。

しかしメニューを見ますと、これが実にしっかりした中国料理のメニューが並んでいます。

チャンポン6
こちらが注文した”チャンポン”で、お値段は500円(内税)です。うれしいお値段ではあります。

麺も極めて普通の中華麺。

〇〇にこだわって作りました、などという面影は見られません。

このお店は再訪しません。わざわざ山西まで、という気持ちにはならないからです。


今日最後にご紹介するのは、2012年5月13日にシリーズ2785番目にご紹介したお店は、西石井2丁目の愛和ビル1階に、昨年8月にオープンしたばかりの新しいお店”屋台風居酒屋 宝山”さんです。(アップ当時)(「屋台風居酒屋 宝山」・「愛媛グルメ紀行」 285

場所は、南環状線沿いの天山3丁目にある”ジョー・プラ”の信号を南に入り、小野川に架かる上吉木橋を渡って更に南下し200m程行くと、道路の西側にあります。

玄関1
こちらがお店の玄関です。お店の正面をどう見ても、夜の部に活躍しそうな”居酒屋”にしか見えません。

ランチ4
さて、こちらが当日の”ランチ”です。お値段は750円(内税)です。

ご飯と味噌汁、手作りコロッケ2個、鯵の南蛮漬け、サラダに煮物、そしてこれに食後のコーヒーが付きます。

コストパフォーマンスは、マア標準的というところでしょう。

お味は、優れた家庭料理の延長という感じでした。

したがってこのお店、再訪しません。やはりプロの領域のお店と比べてしまうからです。



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「愛媛の歴史特別編」・「京都 北野天満宮」 12

今日は、京都の”北野天満宮”をご紹介しましょう。


北野天満宮”(きたのてんまんぐう)は、京都市上京区にある神社です。福岡県の”太宰府天満宮”とともに天神信仰の中心で、近年は学問の神として多くの受験生らの信仰を集めてい、ます。

天満宮鳥居1
この画像が、”北野天満宮鳥居”です。


この”北野天満宮”(きたのてんまんぐう)は、延喜3年(903年)、”菅原道真”が無実の罪で流罪となり大宰府で没した後、都では落雷などの災害が相次いだことが”創建”の由来となりました。


当時の人々は、大変迷信深く、人間の魂に対する思いが、日常生活に密接に関係していた時代のことです。


これら落雷災害に怯えた人々が、「あれは恨みを抱いて横死(おうし=無念の死)をした菅原道真の祟りに違いない」と騒ぎ始め、その噂は一気に都に広まりました。


そこで、朝廷自身もその噂に怯え、”菅原道真”の深い恨みを鎮めるべく、天暦元年6月9日(947年)、現在地の北野の地に朝廷によって道真を祀る社殿が造営されたものです。


これは平安時代の話ですが、愛媛県においても”恨みを持って亡くなった人物”の霊を恐れて”神社”を造った例があります。しかも、それは江戸時代のことです。


それが宇和島市の”和霊神社”です。江戸時代になってもなお、人々は””の存在を信じて重きを置いていたということです。(「宇和島城」⑤(最後)

境内
この画像は、北野天満宮鳥居から本殿に至るまでの境内の様子です。


”北野天満宮”の社殿は、”菅原道真”の隆盛を妬んだ、時の左大臣藤原時平(ふじわらときひら)の”讒訴”(ざんそ=他人を落としいれようとして事実を曲げて言いつけること)よって、九州の大宰府へ権帥(ごんのそつ=大宰府の副司令官)として左遷された訳ですが、その”時平”の甥である藤原師輔が、自分の屋敷を寄進して建てられたものです。


北野天満宮”を建てたのは、”菅原道真”の祟(たた)りを恐れた”藤原氏”ですが、この神社の代々の宮司を務めたのは”菅原道真”の子孫たちです。つまり、”菅原道真”の怨霊を鎮めるのはその子孫しかない、っと考えられていました。

天満宮楼門2
実は、こういう考え方が”出雲大社”という壮大な建物が何故建てられたのか?という謎を解く鍵になるかも知れません。


同時にそれは、”古事記や日本書紀”が”出雲国”の歴史を大量に採用した要因となっています。このことは、3月に書く予定の”出雲国の歴史”で、具体的に触れて、ヤマト朝廷と出雲国の関係、”古事記と日本書紀に秘められた謎”を明らかにしたいと考えています。


なお松山という土地は、”菅原道真”とは大変縁の深い土地であり、昨年40回に渡って書きました「松山の地名・町名由来」でも数多く採り上げています。


先ずは、その13番目に採り上げた「東雲町・立花」です。(「松山市の地名・町名由来」・ 「東雲町・立花」 13


また22番目に採り上げたのが「今出地区・菅沢町」でした。(「松山市の地名・町名由来」・ 「今出地区・菅沢町」 22)この時に”菅原道真”の来歴を詳しくご紹介しています。


更に23番目にも採り上げました。それが「衣山町・水泥町」です。(「松山市の地名・町名由来」・ 「衣山町・水泥町」 23

天満宮牛3
なお、この画像は””ですが、全国各地からここに参拝に訪れた受験生、及びその親達によって、牛にかけられた布などに”合格祈願”の文字が踊っています。


”菅原道真”は若くして”文章博士”(もんじょうはくし=今で言う国立の大学院大学の筆頭教授)になった天才で”学問の神様”の名が付いているからです。


また”菅原道真”と牛との関係は深く、その理由として「道真の出生年は丑年である」とか、「亡くなったのが丑の月の丑の日である」などと、様々に言い伝えられ、牛は天満宮において神使(祭神の使者)とされているのです。

天満宮三光門4
この画像は”三光門”です。国の重要文化財です。


通常は”中門”とよばれるものですが、ここ北野天満宮では”三光門”と呼び習わしています。

天満宮本殿5
こちらが国宝に指定されています”天満宮本殿”です。


この”本殿”は、慶長12年(1607年)に建立されています。


入母屋造の本殿と、同じく入母屋造の拝殿の間を「石の間」で接続して1棟とする、権現造社殿という構造になっています。

天満宮福梅6
さて”菅原道真”と縁が深いのが””です。


有名な「東風吹かば にほひおこせよ梅の花  主なしとて春を忘るな」と和歌に詠んだ道真公自身が、””をこよなく愛していました。それが後に”飛梅伝説”を産みます。


ここ”北野天満宮”では、約2万坪の敷地には500種、約1500本の梅が植えられていて、こうやって"梅の実”が熟しますと、お寺の境内で縁起物として参拝者に配られる”梅干し”を作っているのです。




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「再訪 205 川串」・「愛媛グルメ紀行」 677

今日は二度目のご紹介となる、畑寺2丁目にあって焼き鳥のお店で、ランチタイムにも営業されている”川串”さんです。


初めてのご紹介は昨年2013年9月24日でした。(「川串」・「愛媛グルメ紀行」 601


このお店は一回目の記事でも書きましたが、時折コメントを下さる” 四楓院”さんというハンドルネームの読者さんからの情報提供によって知りました。


そして、その時頂いた”ラーメン”が本気で美味しかったので再訪したという訳です。

玄関1
これがお店の玄関。


上に書きましたように、本業は”焼き鳥屋”さんですが、このお店で出される”ラーメン”は真っ当な本格派です。

ラーメン5
これが、前回いただいた”ラーメン”です。どーーーです!端正な姿でしょう。唸りに唸りました。


元々が”焼き鳥屋”さんで、そこから旨いラーメンを出すお店として有名になっていったお店に”おが多”さんがあります。(「おが多」・ 「愛媛グルメ紀行」 196


焼き鳥屋さんは鶏を丸ごと一羽仕入れて、様々な部位に切り分けそれを”焼き鳥”にされます。ところが、鶏を捌(さば)いた後に、鶏ガラが出ますね。焼き鳥屋さんがラーメンの名店になるカラクリはその辺りにヒントがあるのかなって思います。

店内2
店内は、焼き鳥の焼き台をコの字に囲むカウンター席と、小上がりの部屋が2つあります。当然に、営業のメインは夜ですが、ランチにも力が入ったお料理を出されます。


若い男性2人と一人の女性の3人体制でお昼は臨まれています。前回と同様でした。


経営者は別にいらっしゃって、”食育インストラクター”・”美味・安全野菜栽培士”・”野菜ソムリエ”の資格を持ち、自分で畑を持って、お店で出すお野菜の多くはその畑で作っておられるというお店なんです。


”に対する本気さの度合いが並ではありません。

メニュー3
こちらが”ランチメニュー”です。これも前回と同じもの。


そこで、”焼き鳥屋”さんが作る”メンチカツ”を味わってみたくて”メンチカツ定食”を注文しました。お値段は980円です。


前回お訪ねした時は、客はワタシ一人でしたが、今回は若い男性客1人がカウンター席で”ラーメン”と小ご飯を頼まれました。


またそれに続いて、若い女性の2人客が小上がりの部屋に入りました。賑(にぎ)わいを感じました。

メンチカツ定食4
この画像が”メンチカツ定食”です。内容は、ご飯とスープとサラダとメンチカツと漬物です。


先ず、普通のイメージから思う”メンチカツ”と比較して一回りも二回りも大きかった。


メンチカツが2切れに切り分けられているのは、その断面を撮りたいがためにお店にご無理を言って事前に切ってもらったからです。


快く応じて頂きました。ありがたいことです。

スープ5
この”スープ”が、とびっきりの優れものなんです。具材はワカメと刻みネギでシンプルですがスープの味の奥深さ!


鶏ガラを活かしきったスープに、スパイスがたっぷり入っていて個性的な味に仕上がっています。


このスープを一口啜れば、このお店の”ラーメン”が只者でないことがたちどころに分かると思います。


この中に麺を浮かべて・・・・・などと想像を巡らせるだけで楽しい。

サラダ6
なお、この”サラダ”はただただ豪快というだけのものでした。


但し、大根のスティックが3~4本添えられていますが、この”大根”がマア瑞々しいと言ったら。それだけで価値があります。


もちろん、トマトもキュウリもキャベツも新鮮そのものです。経営者思い入れのお野菜だと思います。

メンチカツ8
そしてメインの”メンチカツ”をご覧になって下さい。


半分に切り分けられているのは、私が我儘言ったため。甘辛い香りが漂ってきます。


この画像を見ただけで、ワタシの持論”お料理はお皿をキャンパスにして描いた絵画”という意味がご理解できると思います。明らかに、意識した色使いです。


茶褐色のメンチカツの上に、半熟の卵黄が乗せてあります。ニクイ演出ではありませんか。

断面9
こちらが”断面”です。鶏のミンチに、様々な野菜が混ぜられ、それに刺激的なスパイシが忍ばせてありました。


食べてみました。うーーーーん、さすが鶏の専門家だけのことはありますね。


とお~~ーーーってもジューシーで、スパイスが挑戦的です。鶏肉の旨さを封じ込める為のカツの揚げ加減も絶妙。

メンチカツ正常10
この画像が、このお店の”メンチカツ”の通常の姿です。何種類の食べ方が出来るか?


先ずメンチカツ単独を味わって、オリジナルの味を楽しむ。次にマスタードをちょいと浸けて、その刺激を楽しむ。


更に、半熟の卵黄に箸をいれ、トローーリと垂れる卵黄を浸けて、ねっとりした食感を楽しむ、ソースをたっぷり掬(すく)う、マヨネーズもちょい浸けて、味の変化をとことん楽しむ。


一つのメニューをトコトン味わい尽くせる優れものでした。再訪リストに再登録したのは言うまでもありません。




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「再訪 206 カフェビストロ 桜秋桜(さくらこすもす)」・「愛媛グルメ紀行」 678

今日は、松山から旧北条市に向かう県道平田北条線沿いの”粟井坂”にある”カフェ ビストロ 桜秋桜(サクラ コスモス)”さんの二度目のご紹介です。


初めてご紹介したのは、2011年10月7日のことでした。(「カフェ ビストロ 桜秋桜(コスモス)」 ・「愛媛グルメ紀行」 144


このお店の開店は、2011年6月でしたから今年3年目を迎えるお店です。

玄関1
前回も書きましたが、このお店のシェフは辻調理師学校と辻グループフランス校を卒業し、大阪の岸和田と東京で腕を磨いた気鋭の兄弟シェフが腕によりをかけて料理を提供してくれる、本格的レストランです。


ただし兄弟シェフの内、弟さんは昨年5月に独立され、松山の松前町2丁目で”松山創作ビストロKoji(こーじ)”さんを開店されましたから、今はお兄さんシェフとお母さんでやっておられます。(「松山創作ビストロKoji(こーじ)」・「愛媛グルメ紀行」 620

窓の外2
外は久しぶりの快晴で、粟井坂のヨットマリーナを望むロケーションを楽しむには持ってこいの日差しでした。


店内は空いていて、ゆっくりと食事を楽しむことが出来ました。


「不思議なんですよ!昨日の方がずっと寒かったというのに、昨日はお客様がいっぱいに。寒い中をよくお越ししていただいたとありがたく思いました」っとおっしゃるのは、シェフのお母さん。フロアー係を担当なさっています。

メニュー3
メニューをひと通り見て、”シェフのおすすめ”というサブタイトルが付いた”ズワイ蟹クリームオーブン焼”を注文しました。お値段は1200円でした。


普通のサラリーマン感覚で言えば、毎日来ることができるお店ではないでしょう。主な客層は、リタイヤ夫婦組やご婦人のグループ。


「今日は空いていますので、どうかごゆっくりお楽しみ下さい」っとはお母様。お陰様で、食事をいただきながら、ツイッターで生中継的にツイートすることが出来ました。

水4
出された”お水”の奥で揺らめいて見えるのはナイフやフォークを入れた容器です。


このところアップしている画像は、ほとんどiPhone5で写したものばかり。コンデジ一辺倒だったワタシの新しい武器になってくれています。


iPhone5の方が、色写りがいいのです。

蕪のスープ5
さて、画像は”蕪のスープ”でした。


これが甘くてとってもクリーミーで、ウフーーー、美味しかった。


食材も、可能な限り地元食材にこだわっておられるようで、フロアー係のお母さんがお料理の内容などを丁寧に説明して頂きました。

サラダ6
例えば、この”サラダ”です。サラダの上に乗っているのは”赤い水菜”と”赤いほうれん草”です。


地元北条の農家さんが、サラダ用にハウス栽培されているものを使っておられます。


ボリューム的にも十分でした。ただし個人的には、サラダに関して言えば立花3丁目にある”ストロベリーキャンドル”さんや”、古川西2丁目にある”ぐりーんカフェM2”さんの”サラダ”の内容に軍配を挙げます。

ズワイ蟹クリームオーブン焼7
こちらがメインの”ズワイ蟹クリームオーブン焼”です。この料理のソースは”アメリケーヌ・ソース”と呼ばれているものです。


アメリケーヌ・ソース”とはフランス料理で使われるソースですが、ソースの名前の由来(オマール海老のアメリカ風)が示す通り、オマール海老の殻と香味野菜を炒め、フュメ・ド・ポアソン(魚の出汁)を加えて煮詰めて漉(こ)し、そこに海老ミソを加えて作られます。


ただしこのお料理に”オマール海老”を使って出汁をとっておられるかどうかは聞き漏らしました。寧ろ”ズワイ蟹”の蟹ミソを使い、ズワイ蟹の殻から出汁をとられたのかも知れません。


更に生クリームを加えて味の調整をしてありますし、今回は贅沢にも冬の味覚の王様である”ズワイ蟹”(地方によっては越前蟹とか、松葉ガニ等と呼ぶ)の身を加えて風味を高められています。

ズワイ蟹クリームオーブン焼8
オーブンで焼かれたものが供せられますから、先ず火傷をしないよう慎重にいただきます。


魚介の風味が得も言われぬ、贅沢な香気となって漂ってきます。若いころであれば、その香りだけで軽くご飯一杯をいけたでしょう。


そしてソースがフツフツと目の前で沸き立っている様は、実に豪快です。スープの中身は、ズワイガニをはじめとして様々な香味野菜に満ちていますので、複雑で深い味はちょっと一言では言い表せん。

スプーン9
アフアフ・・・・フーーー、アフアフ・・・」っと独り言(ご)ちながら、無我夢中でいただきました。


贅沢を絵に描いたような味とでもいいましょうか。幸福感で全身が包まれる味とでも言いましょうか。


優れた食品は、ストレートに人を高揚させ幸せ感に包んでくれるという典型でした。

ストレートティー10
お母さんやお兄さんシェフさんと、松山で独立なさった弟さんの挑戦的お料理の話がでました。


「シェフが、アッ、あの子の先生であるシェフの話ですよ!その先生、もちろんフランス料理の専門家なんですけど、和食もお出来になるし、何でもなさる方でした」っとお母さん。


「その先生の下で、息子は何でもやらされて鍛えられましたから、創作料理に挑戦してるんです」っとも。


「なるほど、”フォアグラそば”をいただきましたが、”蕎麦”もご自分で打っておられると!」っとワタシ。


それらの会話を見つめるお兄さんシェフの眼差しが優しい!3年目に入って、地元で定着してきたという自信が満ちていたようにお見受けしました。


間違いなく”名店”です!






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「再訪 207 松山創作ビストロ・コージ」・「愛媛グルメ紀行」 679

今日は、昨日ご紹介した北条の”カフェビストロ 桜秋桜(さくらこすもす)”のシェフの弟さんが独立され、昨年5月、松山の松前町2丁目に開店された”松山創作ビストロ・コージ”さんの二度目のご紹介です。


こうやって、兄弟のお店を連続してご紹介出来るのが、”愛媛グルメ紀行”の強みと言えば言えないこともないでしょう。


単なるお料理紹介ではなく、”人と人のご縁”を繋(つな)げて綴(つづ)っているワタシのブログの特徴でもあります。


このお店を最初にご紹介したのは、昨年10月25日でした。(「松山創作ビストロKoji(こーじ)」・「愛媛グルメ紀行」 620

玄関1
こちらがお店の”玄関”です。


場所は西堀端通りのPL教団の施設を西に入り、黒住教協会を右折して北上したら直ぐに”フェニックス西堀端”というマンションがありますが、そこの1階でオープンされました。


普通は、こういう目立たない場所にはお店を開こうと思い難いでしょう。ですが、敢えてこの住宅街の中に昨年5月、お店を開かれました。


後でもう一度話に出てきますが、ワタシのお気に入りのイタリアン料理店”フォンターナ”さんも、我々不動産業界人から見れば三流立地にお店を開店なさいました。

店内2
こちらが店内の様子です。ワタシの定時である、平日の午前11時30分です。お客さんはこれからの時間帯でしょう。


先ほど話が出た”三流立地”になぜ出店なさったか?


フォンターナ”の店主兼シェフさんのお話では「家賃などが安かったこともありますが、一流立地で開店して、仮にお客様が来ていただいたとしても、それは”立地”なるが故か?それとも私の料理を気に入っていただいた結果なのかが分からなくなると思ったのです」っと。


このお店のシェフの「コージ」さんと、お兄さんの桜秋桜シェフとは、彼らのお父さんを通じて”フォンターナ”の店長さんとの交流があります。どこかで繋がっているのです。

メニュー3
こちらが”ランチメニュー”です。このお店のシェフは”フランス料理”を修行なさいました。


でも”和蕎麦”も自ら打たれますし、メニューに見える”イタリアン”も何のそのです。


昨日の”桜秋桜”(さくらこすもす)さんでの、シェフのお母さんのお話を思い出します。


<「シェフが、アッ、あの子の先生であるシェフの話ですよ!その先生、もちろんフランス料理の専門家なんですけど、和食もお出来になるし、何でもなさる方でした」っとお母さん。>(再掲)


<「その先生の下で、息子は何でもやらされて鍛えられましたから、創作料理に挑戦してるんです」っとも。>(再掲)

冷やしそばフォアグラのせ9
例えば前回いただいた、上の画像の”フォアグラそば”です。このメニューのことをシェフにお尋ねしてみました。


すると「ええ、師匠のシェフって、突然言うんですよ!今日は”蕎麦”をやるぞ!蕎麦を打て!ってね」


「”蕎麦”なんて打ったことないし、当時はレシピ本などもなかった。面食らいましたよ。知り合いの蕎麦職人に頼んで、蕎麦を打ってる様子を盗み見させてもらったり・・・・試行錯誤の毎日。やっと形になり始めたら、今度はそば粉10割で打て!っと」


「そして、ある日”まかない”(従業員用の食事)で、余ったフォアグラを調理して蕎麦の上に乗せて出したんです。すると師匠!これはいい!明日からレギュラーメニューにするぞ!って」


つまり、このお店の”フォアグラそば”が”まかない”から生まれたという誕生秘話をお話いただきました。

サラダ4
当日注文したのは”ムール貝のトマトパスタ”(サラダ付き)を選びました。お値段は900円です。


これが”サラダ”です。これを見た瞬間、笑みが浮かびました。この”サラダ”、見た目で美味しく食べても美味しいというものでした。


「フフフ、このサラダに上に乗っているもの、”赤い水菜”ですね。北条の農家がハウスで作っているという。お兄さんのお店”桜秋桜”でも使ってありました」っと声をかけると。


「フフフ、そうなんです。お兄さんのお店からもらってきました」っと、こちらは女性の話。この方が奥様かどうかは確認しておりません。次回にはお聞きしてみましょう。

ムール貝トマトソースパスタ5
これがメインの”ムール貝トマトソースパスタ”です。


どうですか!!”ムール貝”がてんこ盛りではありませんか。パスタにここまで大胆にムール貝を使っている例を見たことがありません。


シェフさんに「これって・・・・・・ムール貝・・・・多いですねー!」っと話しかけた。


すると「ええ、本来はこれに”スープ”と”コーヒー”などをお付けして出したいのですが、ウチのランチのお客様は近隣のサラリーマンの方が多いんです。そうしますと、限られた時間に食事を終わらせなきゃならないし、コースにしますと時間が足らなくります」っと。


そして、こう付け加えられました。「そこでスープと飲み物を外して、ムール貝を3個ほど余分にお付けした方が喜ばれるのではないか!って考えたんです」っと。

ムール貝トマトソースパスタ7
「それとこのムール貝、いい出汁が出ていて美味しいですねー!どこのものを使っておられますか?」っと問いかけてみた。


「ええ、それは”ニュージーランド産”です。色々試してみました。もちろん”フランス産”が一番美味しいです!群を抜いています。でもとにかく高い!ですから使えません。そういった制約の中で、一番レベルが高くて品質も安定して美味しいのがコレだったのです」っと。


「”モンサンミッシェル”のムール貝なんて、随分小粒なんです。ところが、これは絶品です。際立って濃厚な美味しさがあります」っと、シェフ。


「なるほど、”モンサンミッシェル”は、浅い海域にあるしおまけにヨーロッパでも潮の干満の差が最も激しい所ですから、大きくは育たないけど、その分味が濃いでしょうね」っとワタシ。


「それと、塩加減はパスタを湯掻くお湯には塩を入れますが、パスタとムール貝を和えるときには一切塩は加えません。ムール貝自体が塩分を含んでいるからです」っと、シェフ。

ムール貝8
さてこれがニュージーランド産の、厳選された”ムール貝”です。日本、特に瀬戸内海でよく見られる”ムラサキイガイ”の一種です。


ところが瀬戸内海で自然に育った”ムラサキイガイ”には、貝毒があって安心してはいただけません。


食用の”ムール貝”、やはり輸入に頼る他ないと言います。この”ムール貝”が”トマトソース”とよく合っているんです。ベストマッチでした。ムール貝からも出汁が出ていますので、トマトソースに深みが出ています。

アップ9
さてこちらが”トマトソース”で合えられたパスタです。トマトの酸味を意識して抑えられている風には感じませんでしたが、酸っぱさに弱いワタシでも美味しくいただけました。


いえいえ、それどころか、パスタとムール貝を全て食べ終えた後に残ったトマトソース、綺麗さっぱり舐めるようにいただきました。


「これだけ美味しいトマトソースなんですから、ここに”フォカッチャ”でもあれば、ソースを綺麗に拭い取って食べることができますね!」っと言いますと、「パンをお出ししましょうか?」っとシェフ。


「イエイエ、もういやしい位に綺麗さっぱり舐め取りましたから、パンは結構です」っと言いますと、お二人に満面の笑みが広がりました。

パスタ10
どうです!このパスタの色艶。茹で加減も申し分ありません。


見事な”アルデンテ”でした。


このお店のお料理のレパートリーから考えれば、癖になるお店ですね。


これ以降、何度も通うお店になることの確信を持って、お店を後にしました。”お見事でした!






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「再訪 208 高市食堂」・「愛媛グルメ紀行」 680

今日は、1年11ヶ月振りに再訪した、県道松山港線(通称、中央通り)と松山西環状線が交差する交差点の北東角にある老舗食堂の”高市食堂”さんを再びご紹介しましょう。(「高市食堂」・「愛媛グルメ紀行」 250


このお店、ここに移る前は持田町で食堂を長くやってきましたから、通算すると”60年前後”ではないでしょうか。


ここに移ってからでももう40年は軽く超えました。通りがかりにフラッと立ち寄るというお店ではありません。

玄関1
こちらが、通称中央通の信号のある交差点の北東門にあるお店の風景。


ここにこのお店がなけれな、この辺り一帯の風景が落ち着きません。そこまで街に溶け込んでいるお店です。


もちろんここに通うお客さん、皆さん常連さんばかり。店員さんもお客さんも、ほぼワタシとは同年代というお店です。

食券2
このお店に入ると、先ず皆さんこの”メニューカード”を手にとって注文を告げます。


するとフロアー係のお姉さん(ワタシと同年代の)、厨房にその注文を通します。


お客さんは、その”メニューカード”を持って席に付き、テーブルの上によく見えるようにそのカードを置いておきます。


では、何の為にこのカードはあるのか?フロアー係のお姉さん(おばちゃんとも言いますが)、どの人が何を注文したのかを忘れますので、注文したものを正確にテーブルに運ぶ工夫なんです。


ウンウン、よく分かる!!

おかずケース3
メインの注文では足らない人や、ご飯と味噌汁だけを注文するお客さんは、それぞれが勝手にこの”おかずケース”から好きなモノを取り出して、先ほどのカードを手しながら席に付きます。


皆さん、こういう手順でまごつかれる方はいません。勝手知ったる我が家のような振る舞いなんです。


お茶もテーブルに急須が置いてありますので、それを自分で湯呑みに入れます。皆さん慣れたものです。

麺類メニュー4
このお店には、”ご飯類メニュー”と”麺類メニュー”の2枚のメニュー板が壁に掛かっています。


皆さん、その値段をご覧になって下さい。消費税という制度が出来た後も、それが上がった後も全く変わらないお値段です。(消費税は、全部自分のお店で吸収しているんです!)


今の政策責任者、実体経済なんて何一つ分かっちゃいません。消費税を上げても、その上げた消費税はどんな業種でも等しく価格に上乗せできるから、その負担は平等になる???なんて・・・・


何てオメデタイお坊ちゃん!なんででしょうか。それを支える”政府諮問会議”の”学識経験者”という者の正体は、時の政府に”ヨイショ”するだけの役割を負った”御用学者”先生に過ぎません。


景気が良くなれば給料も上がるだなんて、幻影にしか過ぎないことが分からないのでしょうか?


実体経済に接したことがない”お坊ちゃま達”には、所詮(しょせん)理解不能でしょう。

ちらし寿司5
さて、この”ちらし寿司”の輝きを見て下さい。


上に乗せられた、キヌサヤと金糸卵、それに海苔とデンブ(海老を甘く炒ったものです)が、まあなんと色鮮やかではありませんか。


このお店の”ちらし寿司”は、一食の価値があります。サイドメニューとしてコレほど適したものはないというのが、ワタシの感覚です。甘さと控えめな酸っぱさのバランスが素晴らしい。冷えて美味しんです!

鍋焼きうどん蓋6
さあて、こちらがメインに注文した”鍋焼きうどん”です。


伝統的・郷土的・歴史的・正統派の”鍋焼きうどん”は、こうやって”アルマイト”の鍋に蓋つきで出されます。


”アルマイト”は、アルミニウムを陽極酸化皮膜で覆ったもので、錆びず、軽くて安い。日本人の発明です。

鍋焼きうどん7
鍋焼きうどんうどんの蓋をはぐるときの快感を知らない方が増えました。


蓋を取りますと、辺りは一斉に”イリコ出汁”の香りで充満します。この瞬間、至福の時です。


具材なんて、至ってシンプル。チクワとカマボコ、お揚げさんと”とろろ昆布”。それに!嬉しい”牛すじ”と刻みネギです。


アハ~~・・・・・。この甘いイリコ出汁の香りを嗅ぐだけで、そりゃあモー、笑顔に包まれますよ。

アップ8
太めの”松山麺”が顔を覗かせています。緩みきった顔の筋肉を引き締めようとするのですが、直ぐ元に戻ってしまうんです。


仕方なく、締りのない顔で”鍋焼きうどん”にとりかかります。ウーーーーーーーーーン・・・・言葉が出ない!


甘い=旨いの時代を経て出来上がった味です。老舗”松山うどん”の出汁は、甘ーーーーくて、そして麺が優しいーーーー(柔らかい麺とは表現しません)


これが地域文化であり、厳しい過去の日本を経験した末に出来上がった食品だと思うのです。


一つや2つの尺度では、到底判断切れない、いや!判断してはならない味なんです。アルマイトの鍋を懐に抱くようにして、丁寧に愛(いつく)しんでいただきました。

牛すじ9
この”牛すじ”、まあ見て下さいよ!


牛の旨みの半分は、出汁に出ています。そして残った半分の旨み、しっかりこの”牛すじ”に残っています。


歯と歯の間に、僅かな筋を残しながらも、愛(いと)おしんでいただきました。砥部町の”なかまる”さんの鍋焼きうどんにも、”牛すじ”が入っています。独立した”牛すじうどん”は、そのお店の名物となっています。(「再訪81 なかまる」・「愛媛グルメ紀行」 467


鍋焼きうどん”の外観は驚く程よく似ていますが、全く別の食品です。どちらが美味しいのか?などという比較は出来ません。それぞれに美味しいということです。

麺10
この”松山うどん麺”、先ず太いでしょう。


硬さを表現して、これを柔らかい”腰なしうどん”と言う方が居るかも知れません。でも、それは一面的な見方だと思います。


出汁と具材と麺の総合食品なので、この地域に育ち愛されて生き残ってきた””です。ワタシはこれを”優しい・温かい麺”だと表現したいのです。


それは営々と続けられ、地域の方々の熱い支持があるからこそ生き残っているお店も持つ、重みのある”鍋焼きうどん”でした。お見事という他ありません。




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「愛媛グルメ紀行」を振り返る 96

今週の土曜日の”愛媛グルメ紀行を振り返る”シリーズは、一作年(2012年)の春頃にアップした286号から288号までのお店です。

先ず最初”に振り返るお店は、2012年5月14日にアップした286番目のお店、国道11号線沿いの東温市牛渕にある老舗お蕎麦屋の”にしきそば”さんです。(「にしきそば」・「愛媛グルメ紀行」 286

国道11号線を市内から東温市に向かって走っていると、”菓子処畑田本舗”さんが道路の北側に見えてきます。そこから100m程東温市寄りにお店はあります。

玄関2
このお店、玄関前まで車がびっしり留まっていますので、お店の正面からはカメラで撮れません。

看板には、名乗りが”そば処”とはありますが、同時に”そば うどん”とも書かれているし、お店の構えも至って平凡。

国道をわざわざ横切って、向かい側のコンビに駐車場に車を止めてまで客が来る理由はどこにあるのか?

ザル6
さてお蕎麦屋さんですから、一番蕎麦の味を確かめることができる”ざるそば”を注文しました。ただし、”大盛り”を。

お値段は、”さるそば”は580円(内税)で、大盛りだと180円プラスの760円になります。

蕎麦は、一目見ただけで”更科系”(さらしなけい)だと分かりました。

ワタシは、東京で蕎麦の味を覚えた関係もあるでしょう、ここのお店で出す”更科蕎麦”が好物です。

お勘定を払う時、「本当に美味しいお蕎麦を頂きました。最近”更科蕎麦”を出すお店が減っているので、久しぶりに”更科”を楽しめました」と、看板娘さんに告げました。

すると、看板娘さんから満面の笑みが返ってきました。

従ってこのお店、当然に再訪しました。これからも再訪を続けると思います。


次、二番目にご紹介するお店は、2012年5月15にご紹介した287番目のお店、道11号線沿いの東温市牛渕の”にしきそば”の約400m松山寄りの、東温市野田2丁目にある”台湾料理 昇龍”さんです。(「台湾料理 昇龍」・「愛媛グルメ紀行」 287

今年の2月2日にオープンしたばかりの新しいお店です。(アップ当事)

どうやらこのお店はチェーン店で、全国に同じ名前のお店があります。

玄関2
国道11号線沿いにお店はあるのですが、スピードが出ているところなので車を店に呼ぶ込むのは中々至難の業でしょう。

というのもこの大きな”看板”、国道がややカーブしているところにお店があるので、走っている車からは見えにくいのです。

こういう立地を選ぶということは、地元の事情など全く考えずに出店したといっても言い過ぎではないと思います。とても永続するとは思えない立地です。

台湾ラーメン5
こちらが”台湾ラーメン”です。お値段は480円(内税)です。

中国の方の経営でしょう。最近松山でもこの手のお店が増えてきました。ただし永続しているお店は、たった1軒しか知りません。

店舗運営に関する考え方が、完全に日本人のそれではありません。

このお店、1年保ったでしょうか?今は閉店されています。

したがって再訪出来ません。お店がなくなっちゃたんですから。この結果は当然に予測できていました。


今日最後にご紹介するのは、2012年5月16日にシリーズ2788番目にご紹介したお店、古三津5丁目にある仕出し料理の老舗”お食事処 河庄”さんです。(「お食事処 河庄」・「愛媛グルメ紀行」 288

場所は、中央通を三津に進路を取り、以前に迎賓館があったところから西に下っていった最初の交差点を左折すると、道路の東側にあります。

玄関1
元々、このお店は”仕出し・割烹”のお店としてこの地で20年余り、通算すると30年は超えていようかという老舗です。

ですから店舗は広く、大小の宴会もこなす他、各種の仕出し料理もやっておられます。

ランチ5
こちらは、ワタシが選んだ”Aランチ”で、メインディッシュは”出汁巻き卵モヤシ炒め添え”です。

ご飯は”鯛めし”、汁物は”粕汁”で、それに漬物とセルフコーヒーが付いています。

ただ、これだけの品数で、味付けも手馴れたもので破綻はまったくありません。

ですから、驚嘆して褒めちぎっても不思議ではありません。でも、なぜか・・・・・感動が出てこないのです。

味も、唸る・・・・などという風にはなりませんでした。

なぜなんでしょう?余りにも手慣れすぎている、仕出し屋さんのお料理だと感じたからでしょう。

従ってこのお店は再訪しません。その意欲を全く感じさせて頂けませんでした。



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「愛媛の歴史特別編」・「京都 本能寺」 13

今日は、京都の”本能寺”をご紹介しましょう。


本能寺”(ほんのうじ)は、京都府京都市中京区にある、法華宗本門流の大本山です。


ですが”本能寺”が歴史に残るようになったのは、何と言っても”明智光秀”が”織田信長”に謀反を起こし信長を滅ぼした”本能寺の変”でしょう。

本能寺石碑7
本能寺”の門前に立ってみますと、驚くほど普通の市街地に建っています。天皇が住んでいた”京都御所”とは、言わば目と鼻の先です。


本能寺が元あった場所と現在の本能寺は別の場所なので、今の印象だけで語ることはできませんが、何れにしても京都御所にほど近い場所にあったことは間違いありません。


ただし”織田信長”が泊まるほどの寺なので、堀をめぐらし土居を築き、これを仏殿や殿舎で取り囲んだ、小さな城、一種の要塞の体ではありました。


なお、”本能寺の変”の主役となった”明智光秀”は、四国とは(特に高知とは)縁の深い武将でしたので、”村上水軍と河野氏”の歴史を書きました時に、”明智光秀”についてもかなり詳しく書いております。(村上水軍と河野氏、そして土佐の長宗我部氏との関係 4

本能寺山門8
さて”本能寺の変”です。”織田信長”は、中国の”毛利氏”を攻めるために”羽柴秀吉”を既に中国に派遣し、連日激しい戦いが続いていた天正10年(1582年)5月29日に、わずかに30人ほどの供の家来を伴って安土城を出て京都に向かいました。


既にその時、信長は”明智光秀”にも”亀山城”から中国攻めに加わるよう命令しています。


そして信長は京都に到着した6月2日、大勢の客を本能寺に迎えて盛大な茶会を催しています。40人余りの公家たちや茶人、大商人たちが次々と信長の”武田家殲滅”(たけだけせんめつ=織田信長が、甲斐の武田信玄亡き後の武田勝頼を攻め滅ぼした戦い)を祝う言葉を述べました。


客達が帰り、しばらくして信長は寝所に入ります。かなり酒も飲んでいたので、グッスリと寝込んでいたのではないでしょうか。

本能寺本殿9
その日の真夜中、信長は周囲のざわめきにめを覚ましました。まだ夜明け前、重い闇(やみ)に包まれているころだったと思います。

そのざわめきは、やがて門の扉を破る音、人の悲鳴や叫び声に変わりました。”森蘭丸”などの信長近習の家来たちも目を覚まし、信長を取り囲んだことでしょう。

突然鳴り響く鉄砲の音。森蘭丸が信長に対して大声で、「殿、明智光秀様、謀反でござります!」っと叫びます。

信長は、まさか明智光秀が謀反を起こそうなどということは考えたことがありませんでした。今頃は亀山城からまっしぐらで中国筋に向かっているはずであると思っていたからです。

本能寺本殿
しかし、戦国時代の武将である信長は、咄嗟に「刀をもて!弓をもて!」と、戦いの支度をしながら指示を飛ばします。

女たちを先ず逃がせ!」っと命ずるや、信長は覚悟を決めました。信長自身がその才能を見出し、今日まで異例の取り立てをして出世させた光秀に謀反を起こされた、というそのことに信長と言えども大きな衝撃を覚えたに違いありません。

その”明智光秀”軍、13、000人に、本能寺は完全に取り囲まれていました。

幾ら一種の要塞のように固めたとはいえ、13、000人を相手に勝ち目などあろうはずがないことは、織田信長自身が一番良く知っていたはずです。

本能寺本殿10
この夜の戦いは短い時間で決着がついています。

織田信長”は、弓の弦が切れると、十文字の槍を縦横無尽に振り回して、次から次へと明智軍に立ち向かい、最後まで戦い抜きました。命を捨てる覚悟はできていましたから、その戦いぶりたるや、正に”鬼神の如し”であったことでしょう。

そして「もはやこれまで!」っと最後を悟ると「わしの首を渡すな!」と森蘭丸に命じ、自分は一番奥の部屋にこもって中から戸を閉め、素早く自ら火を放っています。

そしてその場で見事に腹を切り、信長49歳の生涯を閉じました。

本能寺僧坊
明智光秀”は、美濃の国、明智庄にその端を発し、光秀の父”明智光隆”は、稲葉山城主”斎藤道三”傘下の武将として”明智城”を守っていました。


明智家は、後に”斎藤道三”とは袂を分かち、越前の”朝倉義景”の世話を受けていて、その時”明智光秀”と”織田信長”との接点が生まれています。


光秀は、初めて信長に出会った日から「今にきっと、この天下は信長のものになるに違いない!」っと見抜き、それ以降信長に一身を預け信長のために働き続けました。


その”明智光秀”の忠心からの働きを信長も認め、周囲の武将の嫉妬を集めるほどに出世させました。ただ、光秀は知謀型武将で、憎めない人柄で出世を続けてきてライバルとなった”羽柴秀吉”とは、何れ雌雄を決せざるを得ない日が来ることも頭のなかにあったのでしょう。


羽柴秀吉”(後の”豊臣秀吉”)が、その時”毛利氏”に対する中国攻めで動くに動けない状況下にあることも頭を過ったかも知れません。


ただ、”光秀”自身も、「敵は本能寺にあり!」っと、馬頭の向きを変えるため手綱を引き締める寸前まで、自分の行く末に確信を持っていたとは思えません。”光秀”が、”信長”に背いた真意は永遠に謎です。


明智光秀”がその日から生きていたのは、11日間でした。


この”本能寺の変”の僅か3年後、四国の運命を大きく左右する、”豊臣秀吉”による”四国攻め”が始まりました。時に、1585年年(天正13年)5月4日のことでした。(村上水軍・河野氏・長宗我部氏と豊臣秀吉の四国攻め 5


本能寺の変”は、それまでの戦国の世から、”桃山・江戸という封建時代”に大きく流れを変えるキーポイントとなりました。


さて、来週3月3日が、1月1日から書いてきました”愛媛の歴史特別編”の最終回、第14回です。



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「再訪 209 麺処 庵」・「愛媛グルメ紀行」 682

今日は、東部環状線沿いの束本1丁目にある”麺処 庵”さんをの三度目のご紹介です。


場所は束本1丁目、東部環状線沿いの商業集積地に立地しています。余戸駅前近くから移転されました。


初めてご紹介したのは、2012年12月26日でした。(「うどん処 庵」・「愛媛グルメ紀行」 445


二度目は2013年11月14日です。(「再訪 180 麺処 庵(あん)」・「愛媛グルメ紀行」 631

玄関1
こちらが、東環状線に面した”玄関”です。言わば、飲食店立地の超一等地です。


どういう所にお店を出すか?店主さんはトコトン考えます。考えて考えぬいて、自分の懐具合と相談しながら決断されます。


伊予鉄郡中線の余戸駅近くのスーパーフジの関連商業施設の2階という立地は、アッサリ諦められました。撤退コストをかけてでも、この地に移転されました。


一方一流立地は、家賃が高い、競争が激しいというマイナス面も実は多く含んでいるのです。現にこのお店のお隣は、既に3店舗目に看板が入れ替わっています。

店内2
一流立地に出店することは、成功する可能性を秘めながら、一方では”大きいリスク”を背負い込むことになります。


三流立地の倍以上のお客さんに入ってもらえないと(概算です)経営が成り立たないはずです。


このお店は2012年9月オープンですから、開店後1年半を経過されました。つまり、地域に認知されていい期間が過ぎています。


ところが”ランチパスポート”です。この件は最後に触れます。

メニュー3
メニューも随分研究されていて、個人営業では”新メニュー開発”は難事業と言われる中で、次々と新メニューを投入されています。


その意味では、大変に研究熱心で、尚且つ意欲的な経営をされているということだと思います。


なお、この記事は、何時も貴重・希少な情報を頂く:”ファットマン”さんの以下の記事を拝見した日に、このお店を再訪してみました。(茜屋でイタリアンなラーメン(野菜つながりで庵)


従って、選んだメニューは当然に”ファットマン”さんが記事に採り上げられた”ちゃんぽんうどん”です。お値段は750円(内税)です。


なお”ファットマン”さんは、「ランチパスポート利用で500円(通常750円)、ちゃんぽんそば(日本蕎麦です)にも変更可能。」っと記事にありました。

ちゃんぽんうどん4
さてこれが注文した”ちゃんぽんうどん”です。今までお訪ねした2回の中で、2回目のメニューには既に載っていましたので、殊更新メニューという訳ではありません。


でも、今まで数多く”うどん屋”さんをお訪ねしていますが、一度も注文したことのないメニューです。


出された瞬間アツアツなので、猛烈な湯気が立ち上っています。横の角度から見ると、その光景が想像できるのではないでしょうか。


このお店のうどんの”出汁”の秀逸さについては、以下のように表現しています。<うどんの出汁(スープ)がすこぶる美味しい。ちょっと今までいただいた出汁では味わった経験がない味でした。>


<この出汁だけで、この”なべ焼きうどん"は値打ちがあると思わせる旨さでした。>(2012年12月26日の記事より)

ちゃんぽんうどん5
うどんが入っている丼(どんぶり)の表面から見ますと、そのまま普通の”ちゃんぽん”です。


表面には”野菜”のてんこ盛りが。でも漂ってくる香りは、紛(まご)うことなき”うどん”です。


実に奇妙な光景が、目に前にありました。


「ン?????・・・これは”うどん”か?   それとも普通の”ちゃんぽん”なのか??・・・」っと。

ちゃんぽんうどんアップ6
この画像なんてうどんの麺が見えませんので、外見は完全な”ちゃんぽん”でしょう!


でも”黄金色”に輝く香り高きスープを啜ってみますと、コレ真っ当至極な”うどん”です。


しかも、不覚にも”頬を緩めて”ニヤついてしまうほど、旨い出汁なんです。ワタシが使う”喉ほって旨い”という出汁なんです。


しかも、たっぷりの野菜から甘い出汁が出ていて、イリコ、或いはかつお節?からとった魚介系の出汁に広がりを添えています。


なお、ここで初めてご紹介した時いただいた”鍋焼きうどん”の画像を再掲しましょう。以下がそれです。

鍋焼き7
それが、こちらの画像です。


実は、このお店のことをお訪ねした当日(1月28日)の”ツイッター”に実況中継的にツイートしました。


すると、このお店の情報を提供頂いた”ファットマン”さんからツイート頂きまして、”ランチパスポート”で食べた時は””に入っていたとありました。


つまり、レギュラーメニューとランチパスポートメニューの提供の仕方に違いがあると。

アップ7
さて、ここで冒頭書きました、1年半を経過したお店がなぜ”ランチパスポート”に頼ったのか?


この基本的疑問点に突き当たりました。


ワタシ自身は”ランチパスポート”を使ったことがないので、そのシステム自体をどうこう言う立場にはありません。


ただほぼ毎日のように、様々なお店をお訪ねしていますと、所謂(いわゆる)”ランチパスポート騒動”に巻き込まれた店主さんたちの悲喜劇を目の当たりにしてきました。


 
あくまで”ランチパスポート”という制度を利用しようと判断されたのは、店主さんご自身。


その結果に、店主さんご自身が全責任を負うのは当然のことです。


明確なことは、”繁盛店”は”ランチパスポート”に頼る必要はありません。一方、新規出店のお店は、”ランチパスポート”の宣伝効果は大きいようで、知名度を上げるには有効な方法でしょう。

麺8
問題は”既存店”です。開店後1年半を過ぎれば、地域では先ず認知されたと考えていいと思います。しかも交通量の多い、一流立地にあるのですから。


であるにもかかわらず”ランチパスポート”を利用してみようという、その動機はどこにあるのか?


財務的に考えると、売上高が”損益分岐点売上高”(ワタシは元々”財務屋”でもありますが、詳しい説明は省略します)に達していない可能性も考えられます。


でも、上に書きましたことは単なる一般論です。このお店の店主さんの、前向きな動機とも考えられます。今もって新メニュー開発に余念のない店主さんです。絶えず前を、前を見据えておられるのでしょう。


なお時筆すべきは、このお店のフロアー係の女性の接客は素晴らしかった。”柳腰の佳人”さんでした。彼女の接客であれば、間違いなく売上げアップに貢献すること””だと思います。


様々な試行錯誤をされてみることは、素晴らしいことだと思います。その中で取捨選択されて、ご自分のお店に合った効果的な集客法を確立されることを切に願っています。このお店の”ファン”は多いのですから。




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「再訪 210 トラットリア ヴェント・ディ・マーレ」・「愛媛グルメ紀行」 683

今日は、昨年12月26日にアップしたばかりの、花園町にある”トラットリア ヴェント・ディ・マーレ”さんの二度目のご紹介です。(「トラットリア ヴェント・ディ・マーレ」・「愛媛グルメ紀行」 652 


僅か2ヶ月で再訪しご紹介するのは、このお店の1回目の訪問で如何に感銘を受けたか、ということを意味します。


場所はおさらいですが、花園町の東側商店街森ビル1階にあり、一昨年6月にオープンされたお店です。

玄関1
こちらがお店の玄関です。一種”ウナギの寝床”的な空間を持ったお店で、玄関を潜りますとお店の意外な奥行きの広さに驚かされます。


店主兼シェフさんと、二人の若い女性フロアー係でお昼はやっておられます。


ワタシは例によって一人ですから、前回と同じカウンター席の、出来るだけ厨房が見える場所に座りました。

メニュー2
ランチメニューは2種で、”ヴェントピアット”と呼ばれる、メインディッシュに肉料理などを取り込んだ豪華版。お値段880円。


もう1種は”パスタピアット”と名づけらたパスタ料理です。お値段750円です。これは”本日のパスタ”と、後は”スープ”と”サラダ”から成り立っています。


両方共、前回より僅かに値上げされていました。小麦粉価格が高騰していますから無理からぬことでしょう。


どちらにしようか迷いましたが、結局”パスタピアット”にしました。

スープ3
こちらが、”パスタピアット”に付いています”スープ”です。


ウフーン、見るからに美味しそうでしょう。色は薄いのですが、コクが合って極めて美味しかった。


味のベースは何なのか?聞きそびれました。シェフさんがお忙しそうでしたので。

サラダ4
こちらの”サラダ”は、前回に出されたものとほぼ同じ。


例によって”グリッシーニ”付きのサラダです。


野菜が新鮮シャキシャキなのは当然として、このグリッシーニと一緒にいただくと、小麦の焼けた香ばしさでいいバランスになっています。


画像には載せませんでしたが、カウンター席と厨房を仕切る部分には、当日お使いになるのでしょう、新鮮なトマトやピーマンやパプリカ、そして大きな蕪(かぶ)などが所狭しと並んでいました。

パンチェッタと水菜のわさび風味5
こちらが当日の”パスタ”、”パンチェッタと水菜のわさび風味”と名付けられたものです。


パンチェッタ”とは、豚バラ肉のことですが、それを塩漬けしたものを”生ベーコン”とも言い”パンチェッタ”とも言います。


緑鮮やかなのは”水菜”です。この季節のものですね。我が家は”お雑煮”に入れます。

パスタアップ6
そして”ソース”には”わさび”を効かせた和風出汁仕立てになっています。


シェフさんの手がちょっと空いた隙を突いて「わさび風味の和風ソースは、初めて出会いました。合いますね、コレ!」


笑顔のシェフさん「ありがとうございます。わさびって結構使うんですが」っと。


「そう言われれば、冷製のパスタで経験があるような・・・・」っとワタシ。「ええ、それって使いますね!」っとシェフさん。


この和風出汁と、わさびと水菜のちょっとした苦味、塩味のパンチェッタとのバランスがそれはもう見事!

完食7
パスタの茹で加減も申し分ないし、唸りに唸っていただきました。このお店は、パスタ増量を頼んでも同じ値段です。


でも、この量がワタシにとっては適量でした。むさぼるように食べました。スープなんて、指先で舐め取るるように一滴も残さず”完食”しました。


うどんやラーメンを食べた時、スープまで全部飲み干したことをお示しするために空っぽになった丼の画像をお見せすることは多いのですが、パスタを完食した時のお皿を掲載することは極めて珍しいことです。

ドルチェ・アッフォガード8
そこで不思議に勢いが付きました。もう少しシェフさんとお話したかったこともあり、”本日のドルチェ”と呼ばれる”デザート”まで注文しました。お値段150円。


最近、時折お昼をご一緒する2人の”食友”さんは、甘いものに目がないタイプ。必ずデザートまで食べられます。


その”食友”さんの多大な影響もありました。デザートの名前は”アッフォガード”です。


画像の様に、”アイスクリーム”と”エスプレッソ”が別々に供せられます。

アッフォガード9
そして、”アイスクリーム”の上にアツアツの香り高き”エスプレッソ”を廻しかけ、アイスクリームを溶かしながらいただきます。


アッフォガード”とは”溺れる”という意味だと、シェフさんに教えていただきました。


なるほど、アイスクリームが入った容器の中をよく見ていますと、アイスクリームが次第に溶けていって、文字通りアイスクリームがエスプレッソの海に溺れているようでした。

アッフォガードアップ10
アイスクリームの滑らかな甘さと冷たさ、エスプレッソのアツアツでほろ苦いビターテイスト。


この組合せがまた絶妙なんです。コースで付いているデザートはいただいたことがありますが、単品で頼んだのは初めて。癖になりそう。


蕩けるアイスクリームの下に見えるのが、溺れるアイスクリームです。これまた絶妙なネーミングではありませんか。


シェフさんの手が空いた時に、様々お話をしましたが、書き切れません。「ご馳走様でした!」


このお店自体が”癖になるお店”です。




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「再訪 211 麺屋 なかむら」・「愛媛グルメ紀行」 684

今日は、昨年11月10日に開店されたばかりの”麺家 なかむら”さんの二度目のご紹介です。(「麺家 なかむら」・「愛媛グルメ紀行」 643


場所は、国道196号線沿いの谷町にあります。この記事は、何時も情報を頂いている:”のしうめ”さん(麺家なかむら」さん 再訪で カレーラーメン♪)の記事に背中を押されました。


と言いますか、1回目の記事も”のしうめ”さんの記事を拝見し、直行しました。

玄関1
さて、こちらがお店の”玄関”です。


この場所には、以前記事として採り上げた事がある”中華厨房 友”さんがあったところです。(「中華厨房 友」 ・「愛媛グルメ紀行」 165


玄関前は、”のしうめ”さんもセンス悪いと書いておられたましたが、改めて見ますと全く同感でした。


このお店の本店は、三番町と千舟町通りの間にあって、ある意味”夜の街の人気ラーメン店”だとか。

店内2
お店に入ったのは1月末の平日、午前11時35分。ワタシのランチタイムのほぼ定刻です。


前回お店にお伺いした時は、コメントを時折頂く”四楓院 ”というハンドルネームの読者さんに目撃されたそうです。


もう700店近いお店を、ほぼ同じ時間帯に毎日のようにお伺いしていますので、中にはワタシの姿を目撃される方もいらっしゃるようです。でも「普通のおっちゃん、だったでしょ!四楓院さん・・」フフフ!

メニュー3
さて、こちらがレギュラーの”ランチメニュー”ではない、普通の”メニュー”です。


”ランチメニュー”は、ラーメンに餃子だとか唐揚げだとかご飯がセットになっていて、お得な価格になっています。


ほとんどのお客さんは、お得な”ランチメニュー”を注文されていました。


ワタシは、のしうめさんの記事にあった”カレーラーメン”を注文しましたが、”麺少ー(マイナス)100円と言うのを選びました。つまり、レギュラーサイズ800円が700円というメニューです。


麺類メニューで「麺少なめ!」っと注文することは、ワタシの場合結構ありますが、それで値段を引いていただいた経験は初めてでした。


それでも、ラーメン700円とか800円は高い!


昨日ご紹介したばかりの、市内は中心部の花園町にある”トラットリア ヴェント・ディ・マーレ”の””パスタピアット”と名づけらたパスタ料理、お値段750円ですよ!


これは”本日のパスタ”と、後は”スープ”と”サラダ”から成り立っています。それが750円で、レギュラーサイズのカレーラーメンが800円。しかも城北の谷町で・・・


これは”トラットリア ヴェント・ディ・マーレ”さんの””パスタピアット”と名づけらたパスタ料理が常識はずれでお安いということでしょう。


ワタシが”ベストコストパフォーマンス”に相応しいと思っているお店は以下の3店です。先ずは上に書きました””トラットリア ヴェント・ディ・マーレ”さんの””パスタピアット”です。


そして、来住町にある”ダイニングキッチン たゔぇるね”さんです。(「ダイニングキッチン たゔぇるね」・「愛媛グルメ紀行」 608)メインディッシュとスープとサラダで”780円”ですよ!


そして、何と言ってもワタシが大好きなスパゲッティ専門店”フォンターナ”さんの”今月のランチ”という、週替り(日替わり)の”ランチパスタ”です。驚いてはイケません、”550円!”ですよ。底抜けの価格です。しかも、内容が半端ではありません。(「再訪 98 フォンターナ」・「愛媛グルメ紀行」 501


真っ当なパスタをこれだけの低価格で提供しているお店は、ワタシの通算約700店の中でも例がありません。

カレーラーメン上4
さてこちらの画像は、ワタシが”カレーラーメン”なるメニューを初めていただいた伊予市にある”キッチン わびすけ”さんの”カレーラーメン”です。(「再訪60 キッチンわびすけ」・「愛媛グルメ紀行」 413


これが目の前にドーーーンっと出された時の”戸惑い”、未だに忘れることが出来ません。


カレーうどん”の延長線上にある”カレーラーメン”を想像していたのですが、その想像は微塵に砕け散った”カレーラーメン”でした。


キッチン わびすけ”さんの画像の”カレーラーメ”の食べ方は、2月7日にアップしたばかりの記事で、店主さんご自身に”とっておきの食べ方”を教えて頂き、それをご紹介したばかりです。(「再訪 200 キッチン わびすけ」・「愛媛グルメ紀行」 672

カレーラーメン4
”キッチン わびすけ”さんの”カレーラーメン”は実は極めて異色で、このお店の画像のような”カレーラーメン”こそが、ワタシのイメージにある”カレーうどん的ラーメン”です。


つまり、うどんの出汁にカレー粉を加えて、やや緩くとじてあるカレーラーメンの出汁に、普通のラーメンが入っているというもの。


このお店ご自身がメニューに書かれている”オススメ”は、”塩ラーメン”です。前回はそれをいただきました。


その時の印象をこう書いています。<先ずスープを啜ってみました。・・・・・・・・うーーーーん・・・・・雑味など一切なしのスッキリした味わいなのに、実にコク(濃く)があります。>っと。

カレーラーメン5
このお店の”カレーラーメン”は、お得意の”塩ラーメン”をベースにしておられるようで、麺も具材も全て同じようにお見受けしました。(違っていたらゴメンナサイ!ですが)


前回いただいた”塩ラーメン”には、ほぼ完璧に満足させていただきました。スープまで全て完食しました。


ただ、今回のこの”カレーラーメン”、やや塩気が勝っているように感じました。でも、気になるほどのものではありませんでしたが。

アップ6
若くて食欲旺盛だった時期であれば、間違いなくこれに白ご飯を追加注文し、このカレーラーメンのスープを垂らしてグジュグジュに混ぜて食べたでしょう。


アレって無性に美味しいんです。ご飯にスープを掛けて混ぜて食べたら、上に書いた塩気が丁度いい塩梅になったことでしょう。


ひょっとしたら、それも念頭に入れられてスープ作りをされたのかも知れません。そう想像しましたのは、このお店のお客さんの大半が、”ラーメンとご飯”という組合せで食べておられたからです。


そういうセットにすると割安に食べられる価格設定になっています。

麺7
”は”塩ラーメン”の時と同様で、細麺のストレート麺。湯掻かれる前に、軽く揉まれて、上品にカーブしていますが、そこに”旨み”の乗ったカレースープがよく絡んでいます。


湯掻き加減も絶妙です。柔らか過ぎず固過ぎず。


ツルツルっと、喉に吸い込まれていきます。その心地よさと言ったらありませんでした。

チャーシュー8
チャーシュー”も2枚、しっかり炙られていい香りがします。脂身の入り方も理想的でした。


モヤシもまだシャキシャキ感が残っています。


丁度正午になりました。客の入りは6割程度。皆さん、すっかりご満悦の様子でした。

完食9
このお店は、何故か無言でラーメンに向かいます。


今回も、フッと気が付くと、ホラ!カレーラーメンのスープまで、舐め取るように”完食”していました。


このお店の”つけ麺”は2玉でも1玉と同じお値段。ご飯の量も多い。大食漢の方の胃袋も完全に満足させると思います。


ワタシの好きなラーメン屋さんになりました。



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プロフィール

じゅん

Author:じゅん
愛媛の松山から、「愛媛グルメ紀行」や「愛媛の歴史」など、幅広いテーマで情報発信しています。日曜日を除く毎日更新。画像も豊富。
長いサラリーマン生活に終止符を打ち、還暦をとうに過ぎた2014.12.1に起業して社長になりました。

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