「再訪 327 リトルイタリア FLOR(フロア)」・「愛媛グルメ紀行」 922

今日は、三津浜地区住吉町にあるイタリアンの名店、”リトルイタリア FLOR(フロア)”さんをご紹介します。4回目のご紹介です。4回ご紹介するお店の26番目のお店です。


過去のアップは、以下の通りです。(「リトルイタリア FLOR(フロア)」・「愛媛グルメ紀行」 222)・(「再訪50 リトルイタリア FLOR(フロア)」・「愛媛グルメ紀行」 398)・(「再訪 120 リトルイタリア FLOR(フロア)」・「愛媛グルメ紀行」 545


このお店をこの時期再訪したのは、仕事の相棒がこの日急に「今日は無性に”スパゲッティ”が食べたい!今まで行った以外のお店でいいお店ありますか?」っときた。何時ものことですが。

玄関1
彼と仕事をするようになって、一年余り。昨年12月1日に独立し、新しい法人を立ち上げたのも、彼との仕事の必要上のことです。


ですから独立した当初は、彼との仕事以外は”医療コンサルタント”の仕事を発注してくれるコンサルからの仕事の二本立てで!って考えていました。


とことがイザ独立してみますと、今まで務めていた不動産会社のお客さんが、ワタシに何かと注文を頂くという、想定外の事態が続いています。


不動産業は、会社にお客さんが付くのでなく、個人に付くのだということを実感していた日々でした。

メニュー2
さてこのお店に着いたのは、午前11時15分。このお店の開店時刻は午前11時30分です。


まだお店は開店準備の時間でしたが、無理を言ってお店に入れて頂きました。


ワタシはこのお店、4回目です。何時も写真を撮り、何かと質問する客ですので覚えておられたようです。


相棒にはこのお店の特徴や来歴を話しております。

店内3
さて、上の上の画像にある”ランチメニュー”です。


今までの3回と異なっていた点が、2点あります。その一つは、”Aセット”のお値段です。1回目は980円でした。そして2回目と3回目は1080円。そして今回は1180円でした。(何れも内税です)


つまり、このお店の価格自体が変わったと言うより、消費税の影響でしょう。この内容でこの価格であれば、十分すぎるほど納得出来る価格です。


そして一番大きく変わったのが”麺の種類”です。今までの3回は、このお店が使っておられた”パスタの種類”は、”スパゲッティ”、或いは”スパゲッティーニ”だろうと思っています。つまり”ロングパスタ”の中でも、一番”細いパスタ”を使っておられました。

前菜4
この画像は”前菜とパン”です。さて、使っておられる”パスタの種類”の変更です。今回使われているパスタは”リングイネ”でした。


今まで何度か、”パスタの種類”について説明してきましたが、ここでおさらいをしてみましょう。”スパゲッティ”と”スパゲティーニ”は、”ロングパスタ”の中でも円形で細いパスタです。


ところが、今回このお店で使われていた”リングイネ”は、楕円形で直径は”スパゲッティ”より約1mm太い3mmです。


この”リングイネ”を使っておられたお店が、県道伊予川内線沿いの砥部町高尾田にある”和ビストロきむら”さんでした。今は閉店されています。(「再訪 101 和ビストロきむら」・「愛媛グルメ紀行」 504

パン5
何故(なぜ)、使われるパスタを変えられたのか?この””を、店主さんにお聞きするチャンスがありませんでした。


ワタシたち2人がお店に入ったのは午前11時15分ですが、11時30分の開店時刻と同時に2組の女性グループ客がお店に入りました。


今までの3回は、店主と奥さんと、それに他の女性の3人体制でしたが、今回は店主と奥さんの2人体制。(この日だけそういう体制だったのかも知れませんが、恐らくは2人で運営されることになさったのでしょう)

白身魚のトマトソース6
この画像は、相棒が注文した”白身魚とトマトソース”の大盛り(これを、このお店では”ミツハマーナ”と呼んでおられます)です。


彼は働き盛りの45歳。実に小気味良く、メニューを平らげます。食べる量もスピードも、目が覚めるが如くです。


つまり、ワタシにとっては多すぎるっと思った””でも、二人で食べると不思議と”完食”できるのです。

ほうたれイワシとキャベツのペペロンチーノ7
さてこの画像が、ワタシが注文した”Aセット”のパスタメニューである”ほうたれイワシとキャベツのペペロンチーノ”です。


このお店で初めていただいた”マリナーラ”(自家製アンチョビとトマト)の味が、未だに忘れられません。”アンチョビ”を使われたメニューの中では”最高峰”だと、今でも思っております。


アンチョビ”も”ほうたれイワシ”も、”カタクチイワシ”を使った食材ですが、加工工程がまるで違います。


ほうたれイワシ”は、網で揚げ立ちの”カタクチイワシ”を、海水で浜茹でして天日に干したもの。


一方”アンチョビ”は、同じ”カタクチイワシ”を三枚におろして内臓を取り除いた小魚を塩漬けにして、冷暗所で熟成及び発酵させたものです。

ほうたれイワシとキャベツのペペロンチーノ8
つまり”干したほうたれイワシ”と”アンチョビ”の最大の違いは”発酵”させているか否か?の違いです。


そこでこのメニュー”ほうたれイワシとキャベツのペペロンチーノ”の味の”深み”です。なおどちらの食材も、”旬の素材”でることに違いはありません。


ところが”発酵”させてあるとないとでは、”味の深み”に決定的な差が生まれます。

ほうたれイワシアップ9
つまり、調理のド素人でも分かる”味の深み”に対する認識、”発酵”という作用が持っている不可思議な””を、このお店のベテランシェフである店主さんが知らないはずはありません。


それに加えて”使う麺の種類”の変更は、お店の根幹を根こそぎ変えてしまうと言ったほどの大変換です。


その辺りの大きな”疑問”です。今回の訪問では店主さんに確認で切るチャンスがありませんでした。大きな”宿題”を残した訪問になりました。


どうも、今回の”ほうたれイワシとキャベツのペペロンチーノ”の味における、”リングイネ”への麺の変更に納得がいっていないのです。今回のメニューの”味イマイチ”感が払拭し切れていないのです。


三津浜地区の”イタリアン”の最高峰であることは、多くのお客さんの認めところでしょう。そういうお店で感じた微かな疑問、確認せざるるを得ません。

アイスティーと苺のババロア10
尚画像は、飲み物で選んだ”アイスティー”と、デザートの”苺のババロア”です。


普段甘い物を食べないワタシですから、”デザート”まで注文することは極めて稀です。ところがこのお店では、必ず最後の甘い物”デザート”を注文します。


相棒が頼んだ”ティラミス”、相棒が「Hさん、これは美味しいですよ!お値打ちですよ!」って、喉ほって褒めるんです。案内した価値があったというものでしょう。




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「愛媛グルメ紀行」を振り返る 157

今週の土曜日の”愛媛グルメ紀行を振り返る”シリーズは、一作年(2013年)の年明け頃にアップした470号から472号までのお店です。

先ず最初”に振り返るお店は、2013年2月6日に470番目のお店としてご紹介した、大洲市長浜町の旧フェリー乗り場にある”長浜フェリー食堂”さんです。(「長浜フェリー食堂」・「愛媛グルメ紀行」 470

場所はJR長浜駅近くの、長浜港港湾施設内にあります。

このお店の情報は、お互いのブログをリンクし合っている:”大洲のひで”さん(hideのgo for broke)からいただきました。

玄関1
長浜フェリー食堂”さんが入っているのは、画像でも分るように”港湾センター・長浜港務所”の1階に入っています。

この”港湾センター”の施設が出来たのが昭和44年(今から43年前)と、”長浜フェリー食堂”さんの女将さんにお伺いしました。

「そしてね、ウチがこの施設にお店を出したのが昭和48年なんよ!主人と二人でお店を始めたの。でももう40年になるもんねー」と、女将さん感慨深げに語っていただきました。

長崎チャンポン5
さて、お目当ての”長崎チャンポン”が運ばれてきました。お値段は580円です、嬉しい値段ですね。

そして見た瞬間「ああ、これは食べきれない!」と、顔が引きつりました。野菜の山また山です。

具材は、大量のキャベツとモヤシをベースにしながら、更にニンジン・ピーマン・シイタケ・キクラゲの各線切り、揚巻、豚バラ肉、イカ、イカげそ、干しエビなどです。

スープは思った以上にアッサリ味です、優しい味です。もう少し、スープの味付けに芯が欲しいと思わしめるほどのアッサリ味です。

やはり予想通り、残ってしまった。「ごめんなさい、残してしもーーて!」と謝った。

すると「それでも、ヨーー頑張ったやない!エライえらい!」と逆に褒められた。

このお店の”再訪は微妙”です。やはり遠いからです。最近の仕事の加減から言えば・・・・・


次二番目にご紹介するお店は、2013年2月7日に”471番目”のお店としてご紹介した、大洲市北只にある”熱烈 一番亭”さんです。(「熱烈 一番亭」・「愛媛グルメ紀行」 471

場所は大洲市内から出て、国道56号線で宇和町に向かいますと、八幡浜に向かう大きな交差点に差し掛かります。その交差点近くの”大洲ショッパーズ”という商業施設の中にあります。

店舗2
比較的大型店で駐車場も広く、土日は家族連れで賑わっていました。

このお店も、お互いのブログをリンクし合っている:”大洲のひでさん”(ブログ名:hideのgo for broke)で知りました。

このお店のウリは、”熱烈ゴマパワータンタン麺”です。ゴマペーストがタップリ入った”担担麺”です。

煮込み6
これが、今までいただいた経験が無い”鍋煮込みらーめん”です。お値段880円。

食べた途端の印象です。「味が、スープの味が濃い!!!煮詰まっている!!」でした。

麺は細いストレート麺です。やや煮詰まりに弱いのではないかと思いましたが、スープの濃いさに比べるとありがたい味でした。

さすがにスープはタップリ残しました。何時もならスープの一滴まで飲み干すワタシが・・・・

このお店は”再訪微妙”ですね。遠いからなんですが・・・・・・


今日最後にご紹介するのは、2013年2月8日にシリーズ”472番目”にご紹介した、一番町2丁目、伊予銀行大街道支店の北側二本目の東向き一方通行の道沿いにある有名なラーメン店”麺鮮醤油房 周平”さんです。(「麺鮮醤油房 周平」・「愛媛グルメ紀行」 472

玄関1
こちらがお店の玄関です。東隣にもラーメン屋さんが並んであるのですが、客の入りではこのお店に軍配が上がっているようにお見受けしました。

お店の玄関脇には”製麺所”があるところを見ると、麺は自家製麺をお使いのようです。

店内を見回しますと、店内の一番広い壁に、おどろおどろしい程の”能書きが大書”されています。

そもそも、ワタシの持論ですが”壁面能書き大書型”のお店で、唸らされるほどのラーメンをいただいた記憶がありません。

周平ラーメン6
さて、これが店名を冠した”周平らーめん”です。お値段700円。

能書き”は無視して、静かにスープを啜ってみました・・・・・・・・「濃いーーーーーー、超濃厚ーーーーー!!

このラーメン(周平さんは”らーめん”と表記されますが・・・・・)には、店主さんの美味しいラーメンを提供したいという強い思いが凝縮しているのでしょう。

ワタシには全く何も伝わりませんでしたが。

このお店は”再訪”を考えていません。単に相性が合わないというだけです。猛烈なファンが多いことは知っています。


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「過去記事を振り返る」 58

今年は、年初から「国交省って?」という長いシリーズを再度振り返ってアップしています。


本日は、その第20回目です。「国交省」との結末報告⑩(2010年11月26日記事掲載)


先週月曜日の続きです。この記事で、やっと”最終回”を迎える事が出来ました。


国道に賃借人の看板の一部がはみ出していたことで、その賃貸借契約の仲介業者として、”国交省”と”空中占有料問題”の折衝を行いました。

看板10
占有料の決め方占有料単価の是非占有料告知の有無、もちろん占有料を国が民間から取ることが出来るという法的根拠などの折衝でした。


折衝の様子は、9月21日~10月44日までの10回と、11月11日~11月26日の10回の、合計20回のシリーズとなりました。


今日はその結末を、先ず報告しておきます。


結論から言えば、ワタシが主張したことを、国交省が理解してもらったようで、細かい所に気持ちの行き届いた行政判断をしていただきました。


ワタシの主張は、地元で事業を興し、地域経済の振興と雇用の確保に頑張ろうとする小零細企業の心意気と気概を、国が”規則ですから”の一言で処理することは許されることではない、ということ。


また、ルールはルールとして必要だけれど、ルールを作る側は、そのルールを実行することによって、現場の企業や個人や地域の生活者にどういう影響があるかを見極め、場合によっては修正、改正をする配慮と勇気が必要だということです。


一昨日、国交省から、最終判断を伝えてきました。

建物6
判断の詳細は省くとして、言葉が古くて恐縮ですが、国交省の出先機関役人さんは、”大岡越前守の裁き”をしたということでしょう。


「大岡の裁き」とは、江戸・享保時代に、町奉行として活躍した”大岡越前守忠相(おおおか・えちぜんのかみ・ただすけ)”の、江戸庶民の生活の隅々までに配慮が行き届いた裁きのこと。後に講談や歌舞伎の演目として採り上げられ、「大岡政談」として今日に伝わっています)


先ずは、通じないと思われた行政の扉の一部が開いた のです。


厚い扉でしたが、現場で這い回って生活している庶民の熱気が、その扉の一部を少し開けさせたということでしょうか?


しかし、現場の役人さんたちは、当初ぎこちない態度でした。


多分、ワタシのことを、”モンスタークレーマ”の変種だと捉えていたのだと思います。


この記事を再掲し始めた頃、「アンタが規則を知らなかった。或いは、ルール違反を犯したのはアンタだろう。ただそれだけの問題をこう言う風に書くのは”筋違いだろう”っとか、チンピラの脅迫紛いではないか?」等という批判的な見方もあったようです。


でもワタシは、「それが例え行政であろうが立法府であろうが、納得出来ないものは納得出来ない」っとワタシたちが言ってないと、突然国から「お国の為に死ね、お国の為に殺せ!殺人者になれ!」っと命令を受けるかも知れないのです。


そういう危機が現実的問題として具体的に迫っている時代に、政府や行政の言うことは無条件で正しいなどというスタンスを取っていれば,子供たちの未来に責任が持ってないことになる。無関心、無抵抗という無責任なスタンスは、ワタシたちの次の世代に厳しい状況を押し付けることになります。


ワタシに特定の政治的主義主張は全くありませんが、当たり前に”戦争が出来る国”にすることだけは、反対し続けます。父や母のように、戦争を現実に体験したものの、悲惨な経験は繰り返してはならないと思います。


なお、国交省の出先の関係者の方々です。何時間も話している内に、”何か”が通じたのでしょう。


折衝の最後には、厚い障壁の隘路(あいろ=すきま)を通じて、お互いのシーンを垣間見ることができるという状態になっていました。


また、最後に、はみ出し看板を利用している業者さんが、「国交省と、よく交渉をしていただきました。納得の得られる結果に充分に納得しました。はみ出し占有料は気持ちよく支払います」と応えていただきました。


何よりの言葉でした。


国交省出先機関のご関係者の方々を含めまして、全ての関係者に深く感謝して、この「国交省って?」の項を終了します。


最後まで読んでいただいて、ありがとうございました。今度こそ、これが”最終回”です。



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「松山城お壕の春と忘れられた歴史 ①」・「「過去記事を振り返る」 59

今日は、2012年3月17日にアップした記事を振り返ります。(「松山城お壕の春」・と忘れられた歴史 1


今日と明日、そして明後日の3日間、”緊急再アップ”します。何時もの”愛媛グルメ紀行”シリーズは、3日間の順延です。


なぜこうするかと言えば、最近”お城山のお堀”で、”白鳥の雛”がかえったと、随分話題になりテレビ等でも盛んに採り上げました。


松山城のお堀の”白鳥”が、五羽の雛を産み、その雛が卵から孵(かえ)った。


そういうタイミングで、”松山城のお堀の危機”を乗り越えた、ある出来事に付いて振り返ります。今日はその第1回目です。



今日から3回に分けて、”松山城のお壕の春”の写真を背景に、”「松山城お壕の春」と忘れられた歴史”をお届けします。


先ず今日はその1回目です。

白梅逆光1
梅の花の盛りは、通年であれば2月でしょう。


ですが、今年は例年にないくらい寒い日々が続きました。


でも、”堀の内”のお壕のを歩いてみると、もう春の日差しを”白梅”越しにも感じることが出来て、春の到来を実感できます。

白梅と壕の波2
お壕の水面に揺らぐ西堀端のビルの陰を前に、”白梅”がその最後を飾ろうと咲き誇っています。


もう間もなく、主役を””に譲ることになりますが”ソメイヨシノ”の蕾はまだ固く、まだしばらくは紅梅と白梅が私たちの目を楽しませてくれることでしょう。(記事記載当時)

白梅中央アップ3
白梅”の雄蕊と雌蕊は、精一杯背伸びをしているように受粉をまっています。


梅の花々には、ミツバチたちが忙しなく飛び交い受粉のお手伝いです。

紅梅壕ツツジ4
今は、のんびりと春の陽光を受けて佇んでいる”お壕”ですが、この”お壕”が埋め立てられる運命にあったことを知っている方は少ないかも知れません。


第二次世界大戦の敗戦を受けて、堀の内には”米軍の司令部”が置かれていました。


その愛媛軍政部司令官シアルス中佐が、当時の安井松山市長に「お壕の埋め立て命令」を下したのは昭和23年秋のことです。


その表だった理由は「お濠が不潔だから埋立よ!」というもの。

紅梅と壕の波5
とことが、愛媛軍政部司令官”シアルス中佐”の本当に狙いは「お濠の埋立跡地に高層商店街を建設して後世に遺し、”米軍松山進駐記念”としたい」というものだったのです。


軍人の考えそうなことです。


世界中至る所に残っている様々な”戦勝記念”の類を”松山城のお壕”を埋め立てて残そうとしたのです。


当然、命令を受けた方は驚愕しました。


松山城”は、1607年に、”加藤嘉明”が関が原の戦いの戦功により正木(今の松前)城主10万石から加増されて20万石の大名となったのを期に築城を始めました。


その時の普請奉行は、”重信川”にその名を残した”足立重信”です。


そういう歴史をもった”天下の名城”のお壕を、米軍司令官の功名心が押しつぶそうとしたのです。

紅梅6
当時の安井市長は、昭和24年11月に「南側を除く外濠全部の埋立工事費と跡地払下関係予算案」を市議会に提案しました。


当然のごとく、市議会は当初は強行にこれに反対しました。


しかし、「進駐軍司令官の命令」という錦の御旗を掲げた市長の説得に服し、遂に8月12日全会一致を以って予算案を可決してしまったのです。


国を守る為に”という曖昧な概念で、何時でも何処ででも”普通に戦争が出来る国”にしようという、錦の御旗に靡(なび)いている風潮はありませんか?そういう方々に、この後展開される”勇気あるドラマ”を、ジックリと見ていただきたい。

噴水7
ここに、”松山城のお壕”の埋め立てが決定されました。


この時点で、”お壕”の運命は決まっていたのです。

幼稚園児と噴水8
今ではお壕の周りを、近隣の幼稚園児たちが保育士さんに手を引かれて巡っています。


壕の中の”噴水”は、何事も無かったかのように春の日差しの中で水を噴き上げています。



松山城お壕埋め立て事件”の結末は、明日と明後日に引き継ぐことにしましょう。




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「松山城お壕の春と忘れられた歴史 ②」・「「過去記事を振り返る」 60

今日も、2012年3月18日にアップした記事を振り返ります。(「松山城お壕の春」と忘れられた歴史 2


、”松山城のお堀の危機”を乗り越えた、ある出来事に付いて振り返ります。今日はその第2回目です。



昨日に続いて、”お壕”の初春の風景を背景に””「松山城お壕の春」と忘れられた歴史””の第二段をお届けします。


松山市民でも、”お壕が埋め立てられる”危機に直面した歴史を知っておられる方は少ないかも知れません。


当時関係された方々の一部のご家庭では話継がれている歴史かも知れませんね。

紅梅アップと白鳥1
さて、強行に反対していた市議会も松山市長の”米軍司令官命令”という錦の御旗を掲げての説得に、最終的には全会一致で賛成してしまったのです。


当時、進駐軍である”米軍司令官命令”に逆らえる人や勢力はありませんでした。


ところがです。ところが、その”錦の御旗”米軍司令官命令に反対の声を上げた方々が、松山にはいたのです。

白梅アップと白鳥2
松山城のお濠を埋立の危機から救った最大の功労者は、元横浜地方裁判所判事、元衆議院議員、弁護士の”岡井藤志郎氏”でした。


岡井藤志郎”氏は、明治28年に愛媛県で生まれ、東京帝国大学を卒業後しました。


戦前は、広島や松江、横浜などの裁判所判事を歴任、戦後は弁護士となり、昭和22年に衆議院議員に当選されていた時代の話です。

白鳥紅梅水紋3
松山市議会の全会一致の可決を受け、いよいよ”お壕”は埋め立てられようと準備が進められていました。


お壕”の運命は”風前の灯”と化しました。


その時に、岡井藤志郎氏は「松山城濠埋め立てに対する反対同盟」を結成し、決然と立ち上がったのです。

白鳥紅梅水紋4
岡井藤志郎氏は8月15日付愛媛新聞に反対意見を投書して市長及び市民に訴えました。


それを受けて、長坂親和氏、田井能重雄氏等は「松山城濠埋立反対期成同盟会」を結成して猛烈に反対するための運動にとりかかりました。


当時参議院議員であった久松定武氏(歴代”松山城藩主”の子孫)もシアルス中佐、レイ少佐に貴重な文化財の保護を訴えました。

紅梅越の白鳥5
立ち上がったのは、それら当時の松山の著名人たちばかりではありませんでした。


お濠”の水を灌漑用水の唯一の水源としている”朝美地区”百五十戸の農家で組織する”城濠水利組合”の組合員も水田耕作農家の死活問題であるとして猛然と立上がったのです。


ワタシは、”国守る”という美名の裏に潜んでいる、”国民の生命と財産を無条件で国に捧げよ!”という”策謀”には、断固反対し続けます。更にこの”松山城お堀”を守らなければならないと立ち上がった先人の方々の勇気に深甚なる敬意を表します。

紅梅越の白鳥二羽6
今、お壕には”白鳥”がその姿を優雅に舞うように泳いでいます。(最近生まれた白鳥の雛は5羽)


早春とはいえ、吹き抜ける風は冷たい。


白鳥たちは、二羽が仲良く日向ぼっこです。

紅梅と白鳥二羽7
お壕が埋め立てられていたとしたら、彼女達の日向ぼっこ風景も見ることは出来なかったでしょう。


明日、「お壕埋め立て事件」の結末を書いてこのミニシリーズを終わることにします。(過去記事再アップ)





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「松山城お壕の春と忘れられた歴史 ③」・「「過去記事を振り返る」 61

今日は、2012年3月208日にアップした記事を振り返ります。(「松山城お壕の春」と忘れられた歴史 3


、”松山城のお堀の危機”を乗り越えた、ある出来事に付いてり返ります。今日はその第3回目・最終回です。


一昨日と昨日に、第二次世界大戦敗戦直後という時代に進駐軍の米軍司令官の野望で”松山城のお壕”が埋め立てられる危機に直面したことを書きました。(過去記事再アップとして)


進駐軍米軍司令官”などと言っても、何のことか分からない方のほうが多いかも知れないですね。


日本は”無謀・悲惨な第二次世界大戦”に突入し、それに破れ、1945年(昭和20年)8月15日に”ポツダム宣言”を受け入れ連合国に無条件降伏しました。


この事の反省をしないばかりか、あれは”無かった事”、或は”日本は止む無く立ち上がっただけで、悪かったのは連合国側だった”などという、妄言を吐くマスコミ人等が受けいられれている土壌は、自分の孫などの命を無条件で国に殺されても当然だと考えている人たちが増えているということでしょうか?・・・・・・・・。


それ以降日本には自国を統治する主権は無く、1952年(昭和27年)4月28日の”サンフランシスコ講和条約”の発効をもってやっと独立国の立場を回復したのです。

白鳥羽広げ1
ですから、まだ独立を果たしていない時代の”進駐軍米軍司令部の命令”は、錦の御旗、あるいは”天の声”とも言うべき絶対的命令で、それに逆らえるなどとは誰も考えられなかった時代の出来事です。


当時の松山市長も議会も、司令官の命令には逆らうことが出来ず、議会で全会一致で埋め立てを決議し、予算計上もしたのです。


ところが、この絶体絶命の時に立ち上がった人物がいたことは前回書きました。


ちょっとおさらいですが、その立役者は、愛媛県出身の弁護士兼衆議院議員であった”岡井藤志郎氏”氏でした。

白鳥首巻2
その他、松山の経済界の著名人や当時の参議院議員であった”松山城藩主の子孫・久松定武氏”なども反対の声を上げました。


そればかりではなく、”朝美地区城濠水利組合”の組合員も水田耕作農家の死活問題であるとして猛然と立上がったことは前回までで触れました。


今日は、その結末です。


ただ、このような松山市民挙げての反対運動は進駐軍司令官から完全に無視され、内濠の埋立工事は既に完成してしまいました。


更に、事態は悪化します。

白鳥と水紋3
外濠の埋立工事も着々として進捗し、堤防上の松は次々に伐採され、歴史ある”松山城のお濠”にも土砂瓦礫投入が準備され、お濠の運命ももはやこれまで、という事態になったのです。


この緊迫した事態を目前に見た岡井藤志郎氏は決死の覚悟で米軍司令官に直接面会し、文化財と灌漑用水源の保護を訴えようと決意しました。


そして昭和24年8月29日に、”城濠水利組合長”以下役員組合員150名の先頭に立ち米軍民事部に乗り込み司令官に面会して埋立命令の撤回を訴えたのです。

白鳥とブルー水紋4
敗戦国の国民に大挙して押しかけられたものですから、愛媛軍政部司令官シアルス中佐は激怒し、先頭に立っていた岡井藤志郎氏を階段から突き落としかねない剣幕だったといいます。


それはそうでしょう、日本はその時”統治権”を放棄した国。


統治権をもって乗り込んできた”戦勝国アメリカ”の司令官にとっては、”敗戦国”の国民が自分の出した命令に逆らうことなど想像もしていなかったでしょう。


正に、彼にとっては「オーーマイ・ゴッド!」だったことでしょう。


しかしここで、岡井藤志郎氏の決死の覚悟の熱弁が繰り広げられました。


死を賭して、声を振り絞らんばかりに岡井氏は”松山城とその壕”の歴史的文化遺産の尊さと、朝美地区水田農家の死活問題を訴えたのです。

白鳥と噴水5
その余りの熱弁に、愛媛軍政部司令官シアルス中佐も遂に心打たれ、「よし分かった。諸君の味方になろう」と言って岡井氏に歩み寄って握手を求めたのです。


ここがアメリカ軍の冷静さでしょう。アメリカは、広島・長崎に原爆を落とし、日本中の都市部を焼夷弾で焼け野が原にし戦争に勝利しました。


しかし、決して”古都”である京都や奈良、そして全国の神社仏閣や城郭などには焼夷弾を落としませんでした。


日本敗戦をとっくに見越して、敗戦後の日本経営を綿密に計算していたのです。


愛媛軍政部司令官”シアルス中佐”の心情までは分かりませんが、一歩手前で思いとどまったことは紛れもない事実です。


陳情団の面々は、思わず「萬歳!」を連呼しました。


岡井氏は直ちに水利組合員と共に市役所に乗り込み、安井市長や村上議長に面会し、司令官の意向を伝え、埋立中止を訴え、市長も埋め立ての中止を約束しました。

白鳥と噴水6
こうやって”松山城お壕埋め立て事件”は連合軍占領下の日本の歴史において他に類例を見ない終わり方をしたのです。


今お壕では何事も無かったかのように、白鳥が壕を自由に泳ぎまわり噴水と戯れています。新しく生まれた白鳥の雛たちも、お父さんとお母さんの跡を追いながら、懸命に足のヒレを動かしています。


堀の内を、散歩を日課とされている方々が行きかいます。

ヒヨドリ7
それもこれも、まだ占領下にあった時代に決死の覚悟で立ち上がった岡井氏を始めとする勇気る人たちの行動のおかげです。


お壕の松も伐採を免れ、もう直ぐソメイヨシノは花びらを咲かせます。


堀の内の木々を住み家としている”ヒヨドリ”も、今日は静かにお壕を見下ろしていました。


松山城の春は、もうそこにやってきています。(記事記載当時)


これで、”「松山城お壕の春」と忘れられた歴史”のミニシリーズを終えることにしましょう。


なお、この稿は元埼玉県監査第一課長、「高麗博茂氏」の稿を参照し一部引用させていただきました、深く感謝するところです。




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「松山 はまさく」・「愛媛グルメ紀行」 923

今日は大街道2丁目の メトロポールビルの3階にある、”松山 はまさく”さんをお訪ねしました。


この”はまさく”さんは、以前勤めていた会社の近く、確か三番町にあって、創業は何と!”昭和13年”と言われますので、今年で”77年目”という”ウルトラ超老舗”です。この”愛媛グルメ紀行”でも、最も業歴が古いお店です。


ここ大街道に移って来られたからでも、今年の8月で10年目を迎えます。

看板1
これが大街道を歩いていると、見える”看板”で、大街道の西側です。


ワタシが知っている時代の”はまさく”さんは、”超高級割烹料亭”でした。ですから、普通のサラリーマンであったワタシなどが行けるお店ではありませんでしたが、新しいお店に建て替えたられた頃、一二度行った記憶があります。


その時の社長さんはとっても”ダンディー”な方で、”粋な”方でもありました。今でもご健在だそうです。

メニュー2
さてお昼は”ランチメニュー”(1600円・外税)と、”コース料理”(お値段3200円・外税)との二種用意されています。


ワタシは当然に”ランチメニュー”を選びました。それでも普通のサラリーマンのランチ価格とは、大きくかけ離れています。


ワタシは最近、こういう”高級なお店”にも時折お訪ねしていますが、”愛媛グルメ紀行”を書いていなければお訪ねしていかったかも知れません。大変な食通で、貴重な友人から教えて頂きました。

店内3
開店時刻、午前11時30分丁度にお店に入りました。その日の客、第一号です。


広い店内は、カウンター席とテーブル席、それに”小上がり・座敷”が用意されています。


ワタシは一人ですから、当然にカウンター席に。目の前が厨房でした。もちろん、お店の奥にも焼き物や揚げ物をする厨房が別にあります。店主さん兼板長さんは、目の前の厨房でお造りなどを作られています。

ランチ4
この画像が、”ランチメニュー”の全容です。懐石風に一皿づつ出てくるのか?っと想像していましかが、ワンプレートにコンパクトに纏められました。


ご飯と漬物を含んで、全9品が並んだ様は、やはり”壮観”でした。


板長さんが、目の前で調理、或いは下準備をされたものは、”白身魚変わり揚げ”の衣を付けるまでと、”サーモン山椒焼き”の切り身作り、更には”水菓子”と呼ばれる”果物”を切りそろえられ盛られました。


そうそう!もうひと品、”漬物”は目の前でビニール袋から沢庵を取り出し、切り分けられました。この”漬物”だけは、”はまさく”さんらしさが見られませんでした。ちょっと残念に思いました。

六白豚と筍のすき鍋5
さてこの画像が、今日のお料理のメインを務めます”六白豚と筍のすき鍋”です。


六白豚”と言うのは、宮崎県、或いは鹿児島県産の”黒豚”の一種で、体に六ヶ所の白い斑点が浮いている”ブランド豚”だそうです。(店主さん兼板長のお話)


そしてこの”すき鍋”というお料理、ブランド豚も筍ももちろん旨いんですが、ちょっと体が身震いする位に感動したのは、この”鍋のスープ”です。コクがあって深い味わい。ちょっと今まで経験したことのない”次元の違う旨さ”です。

サーモン山椒焼き6
さてこの画像が”サーモン山椒焼き”です。今日の”ランチメニュー”には、3種の”魚料理”が含まれていますが、当然のこととして”三者三様”の調理法で料理されています。


こちらの”サーモン山椒焼き”は、一種の”照り焼き”ではないかと思いますが、サーモンの旨味を見事に引き出されていると思いました。


山椒焼き”といっても、山椒の香りは控え目でチームワーク・バランスのいいお料理です。

長芋蒸し7
こちらの画像は”長芋蒸し”と呼ばれるもので、摩り下ろされた”長芋”の上には、チョコンと”生ワサビ”が乗せられていて、全体をよく混ぜていただきます。


具材には、椎茸などのきのこ類や人参、鶏肉など多彩でした。トロトロとした食感を楽しみました。

白身魚変わり揚げ8
こちらは”白身魚変わり揚げ”です。目の前で、柵取りした白身魚をお造りを作るときのように薄く引いて、予め調味された粉をまぶされ、奥の厨房で揚げられて出てきました。


確かに、とっても”香ばしく”って、白身魚の淡白な味を味わい深い味に仕上げられています。


熱々ですから、フッフッと息を掛けながらいただきました。

南蛮漬け9
魚料理の最後、”南蛮漬け”です。使われている魚は”トラハゼ”だと思いましたが、それに玉ねぎと牛蒡が添えられています。


さりげない料理の様に見えますが、酢加減と唐辛子の絶妙な使い方。さすがですね。


この他に”ヒジキ煮物”も出されました。何でも食べる父でしたが、生涯”ヒジキ”だけは食べませんでした。


否応なく戦争に駆り出され、太平洋上で来る日も来る日も”ヒジキ”だけしか食べるものがなかったという経験からのことです。この父の経験を無駄にはしたくありません。


ワタシがしつこい程、”当たり前に戦争が出来る国にしたい”という”安倍”を絶対に許せない、自由にさせては”日本が滅びる”っと書き続けるのは、上に書いたただ一点”父の経験を無駄にはしたくない”っという思いからです。


何百万人もの犠牲を、日本国だけではなく、海外諸国にもたらして、数知れない悲劇を作った責任者は誰なのか?二度と、そいういう悲劇を作らせてはならない!ワタシはそう考えています。

水菓子10
さて最後のご紹介は、”水菓子”と呼ばれていますが、今回は”果物”でした。内容は、みかん類が”せとか”と”ブラッドオレンジ”です。


甘みと香りが強く、皮が薄くて剥ぎ安くて、人気の柑橘を見事な包丁さばきでカットされました。それに””が付いています。


満足・満腹”のミニコースでした。やはりお値段だけのものはありますね。タマに贅沢を味わいたいがために、65歳を過ぎて尚現役で働いています。働き続ける”エネルギー”となっています。



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「愛媛グルメ紀行」を振り返る 158

今週の土曜日の”愛媛グルメ紀行を振り返る”シリーズは、一作年(2013年)の極寒の頃にアップした473号から475号までのお店です。

先ず最初”に振り返るお店は、2013年2月12日に473番目のお店としてご紹介した、愛媛新聞社の近く、大手町1丁目にある”びいどろ”さんです。(「再訪 82 びいどろ」・「愛媛グルメ紀行」 473

このお店は再訪でした。最初に記事アップしたのは、2011年3月29日のことです。まだ”愛媛グルメ紀行”シリーズを書き始めて22番目のお店でした。(「びいどろ」 真っ当な「B級グルメ店」・22

玄関1
こちらがお店の玄関です。ほぼ2年前にお伺いしたときにお聞きした時は、開業以来27年と仰いました。

ですから、今回は店主さんが「足掛け30年になります」と仰いましたが、気の遠くなるような年月の重みです。(記事記載当時)

さて、メニューは至ってシンプルです。看板メニューは”長崎ちゃんぽん”と”皿うどん”の二本柱です。今回は”皿うどん”を注文。お値段690円。

皿うどん5
この画像は、”皿うどん”を、通常の量の三分の二にしてもらったもの。

何時もは具材もキチンと見るのですが、具材の種類が多すぎて確認仕切れませんでした。画像で確認できるだけでも、キャベツ、タマネギ、モヤシ、ニンジン、ピーマン、カマボコに似た長崎のハンペン、竹輪、イカげそ、豚バラ等です。

このお店のメニューの特徴は、前回にも触れましたが「具材はもちろん、スープにも野菜をたっぷり使い、ヘルシーで体調を整えるメニュー」なんです。食べていて、体がそれを実感してくれる味に仕上げられています。

特性の極々細い麺を使ってありますので、”甘酢餡”がよく絡んで食べやすく出来ています。

このお店は、ぜひ”再訪したい”お店です。味もお店の雰囲気も馴染むんです。



次二番目にご紹介するお店は、2013年2月13日に”474番目”のお店としてご紹介した、大街道2丁目、三越松山店の目の前の”久保豊ビル1階”に入っている老舗の” びいどろ”さんです。(「再訪 83 大街道のびいどろ」・「愛媛グルメ紀行」 474

このお店も再訪で、最初にご紹介したのは2011年11月7日でした。(「ちゃんぽん皿うどん びいどろ」 ・「愛媛グルメ紀行」 184

2つのお店は、同じ店名ですが直接的にも間接的にも関係はありません。

玄関1
こちらが久保豊ビル1階奥にあるお店の玄関。建物自体は新しいビルに入られていますので、店舗も新しいですね。

ただ、今までにお店を何度も移転されていますので、一体何年間営業しているのか分らないと仰る。

メニューには色々書いてありますが、客の半分は”ちゃんぽん”を、残りの半分は”皿うどん”と、この2つの看板メニューに注文が集中しています。

皿うどん5
さて、こちらが今回注文した”皿うどん”670円です。

このお店の具材は、キャベツ、ニンジン、モヤシ、長ネギ、カマボコ、イカゲソ、豚肉、それにじゃこ天が入っています。

甘酢餡の味付けは、昨日の大手町の”びいどろ”さんが酢味を効かせ、こちらの”びいどろ”さんは酢が全く入っていないのでは?と思わせる味でした。

麺は、当然”皿うどん”特性の極細麺を揚げたもの。これは両店に共通していました。

この量がワタシには多すぎて、食べ終えるまでの苦難の道。味がどうこういう以前に、ギブアップしました.

このお店も”再訪する”と思います。量さえ減らしてもらえれば、美味しくいただけるからです。


今日最後にご紹介するのは、2013年2月14日にシリーズ”475番目”にご紹介した、一番町2丁目の電車通り沿い、道路の南側にある”つけ麺 夢や”さんです。(「つけ麺 夢や」・「愛媛グルメ紀行」 475

車で通り過ぎると、間口の狭い玄関でもあるので、営業中かどうかが?が分かりにくいお店です。

玄関2
この画像の右端に見えるのが、2階にあるお店の階段です。知っている人でないと、気が付かないかも知れません。

お店の狭くて急な階段を上がりきると、全部で14席しかない小さなお店があった。

驚いた事にお店の狭い厨房には、ワタシより遥かにお年を召されたおばちゃん(おばあさんと言ったほうがイメージが近い)2人でお店をやっておられた。

つけ麺セット5
つけ麺セット”500円を頼んだ。これで500円ですよ!!!

特徴らしい特徴を見出せなかった。全く普通に美味しくいただいた、決して唸るほどではないけれど。

若い男性客が食べ終えて立ち上がった。そして「アッ!ヤベーー!!アッ!アッ!マジヤベー!!」と、”ヤギ変換語”でつぶやいた。

若者は、今度はお店のお年を召したおばちゃんに聞こえるように「アッ!ヤベーー!!オカシイナー! 確かここに財布入れといたはずナンヤケドー!!」と言った。

そして、こう付け加えた。「悪いけど、今度来る時でエエヤロカー?出来るだけハヨー来るケン!!」と。 

すると、お年をお召しになったおばちゃん、同時に「ウン、ええよー、無いもんはショーガナイモンナー!」と口をそろえた。

何とも”のどかな光景”が目の前で繰り広げられた。まるで別世界に入ったようだった。

このお店も”再訪したい”お店です。あの”牧歌的な雰囲気”は、とっても貴重です。



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「東京リポート ①」・「過去記事を振り返る」 62

今日からは、9回に渡って「東京リポート」と題しますシリーズを、毎週月曜日にアップします。


今日はその第一回目です、この記事は、2010年10月25日~2010年11月2日に渡ってアップしたものの再掲です。



先日、個人的事情で、久しぶりに上京しました。(記事記載当時)


当初、撮影する予定と時間はなかったのですが、若干の手違いがあって4時間だけ時間が空きました。


そこで、東京の江東区を、文字通り”歩き続けて4時間”


シャッターを切り続けました。(この頃は、4時間歩き続ける体力と気力がありました)


最初の1枚だけは、上京途中の飛行機からです。

飛行機から中島縮小
松山空港を飛び立ちました。


眼下、翼の先に「興居島」の姿が見えてきました。


手前に見える山は興居島の「小富士」です。


これから目指す、東京で”富士山”は見えるかな?

スカイツリー5縮小
東京、羽田に降り立ちました。


早速江東区に移動して、真っ先に目に入ったのが、今話題の「スカイツリー」の姿です。


その日は、あいにくの雨模様。


「スカイツリー」の最上部は、雨雲なのか?霧なのか?かすんでで見えませんでした。

スカイツリー3縮小
手前の高架は「首都高速6号向島線」です。


その手前を流れるのは「隅田川」です。


江東区浅草、「吾妻橋」から撮影しました。


学生時代を4年間、東京に住んでいましたが”バイト”に明け暮れる毎日で、東京の街をユックリそぞろ歩きした記憶がありません。


今日から9回に割って、東京の”下町”を体力と気力に任せて歩きまわった記録を、再度お届けします。


今、東京で4時間の時間的空白が生じたとしても、この時の様に、東京の下町を”撮影”するために只ひたすら歩きまわるという発想は生まれないでしょう。その時、思いついた時に思いついた事をやっておかなければ、何も出来ないという事です。


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「再訪 328 本場中華料理 長楽」・「愛媛グルメ紀行」 924

今日は仕事の流れで仕事の相棒と、山西町の”本場中華料理 長楽”さんをお訪ねしました。


今回が4回目の訪問です。4回訪問したお店の27番目のお店になりました。つまり、お気に入りのお店だということです。


過去3回のご紹介は、以下の通りです。(「長楽」 真っ当な「B級グルメ店」 78)・(「再訪31 本場中華料理 長楽」・「愛媛グルメ紀行」 373)・(「再訪 252 本場中華料理 長楽」・「愛媛グルメ紀行」 763

玄関1
これが”済生会病院”の正門前にある、お店の”玄関”です。


このお店の店主さんは、太平洋戦争の敗戦を迎えて、中国から日本に引き上げてこられました。その時はまだ14歳か15歳の少年でした。


生きていくために”中華料理”を学ばれ、松山で”中華料理店”を開業されて今年で20年目を迎えられます。

メニュー2
このお店は、過去に3回お訪ねしていますが、その3回とも”麺類”を注文しています。


つまり”麻婆ラーメン”、”棒坊鶏冷麺”(ばんばんじいれいめん)、そして”普通の”冷麺”です。


今回も迷うこと無く”麺類”を注文しました。自称”人類ならぬ麺類”ですから、エエ。注文したのは”チャンポン”650円(内税)です。

店内3
ワタシたちがお店に入ったのは、正午少し前です。店内は満席でしたが、偶然一席空いたので直ぐに座れました。


ところが、それから10分もしない内に玄関に行列が出来ました。この時間帯には、当たり前のこのお店の光景です。


ですから、お客さんたちも手慣れたもの。黙って行列っを作ります。回転が早いので、それから15分もしない内に、この画像の様に空席が出来ます。

セットメニュー4
この画像は、相棒が注文した”セットメニュー”です。メニューの名前やお値段は見ませんでした。


このメニューを注文した直後、相棒が「Hさん、このお店、こういう辺鄙なところにあるのに、何で?こんなに人が並ぶんですか?」って聞かれました。


「まあ注文したメニューを見て、それを食べてみたら、その答えは分かるんじゃないですか!」ってワタシ。


そして画像のメニューが運ばれ、彼がお料理に一箸つけるなり「Hさん~~!!!エエ、納得です。なる程ね!こういうことだったんですね」って。

チャンポン5
これがワタシが注文した”チャンポン”です。これで内税650円は、とってもお値打ちでしょう。


彼が納得した理由、つまり、「安くて旨くて、その上半端なボリュームではない!」という訳です。


このお店に集まるお客さんたちは、その事を皆さんよく知っている。ですから、蟻が集まるように、お昼時ともなると、ゾロゾロゾロゾロと玄関前に行列を作るんです。

チャンポン6
ただ、旨くて安い!これはイイ!!


でも、このボリュームがワタシには困るんです。これを見た瞬間から、「アアアアアア・・・・・この””・・・・これはとても食べきれない・・・・」って呟いてしまいました。


すると相棒、「Hさん、これって普通の””じゃないですか!!!チャンポンで有名な”リンガーハット”なら、この野菜の山、軽く二倍はありますよ!」っと。40代中盤の働き盛りの彼にとっては、この位の量は平気の平左の様です。

アップ8
でも、この”小山”を、マア見て下さいよ・・・・・・。ワタシの食の友人には”蛇腹の胃”を持った友人が何人もいます。


相棒だけではなく、その友人たちにとってもこの位の””は、アッタリマエ!でしょう。


ところでこの”チャンポン”です。野菜をタップリ食べたい方、しかも消化にいい状態で食べたい方にはこの上ない料理でしょう。


しかも”スープ”がすこぶる美味しいんです。もうこの”スープ”だけでも、体の隅々に野菜と出汁をとったベースの豚骨のエキスが染み渡ります。

麺9
もちろん、画像の””だって、いい小麦を使われていることが舌で分かります。行列の最後に付いてでも、順番を待ちたくなるお店でしょう。


彼は、あのボリュームのセットメニューを「Hさん、これって肉・肉・ニクですよ~ー」っと言いながら、完璧に完食しました。


彼が努める会社、ある分野では日本一の一部上場企業です。”日本一”になるってことは、尋常な職場ではなり得ないということです。


その”過酷な”職場環境の中で生き抜いていくためには、こう言うお店は”必須”的に重要なんです。


ワタシは、そういう彼の”ランチ”の”パイロット”役を今日も果たした様です。



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「再訪 329 中国かっぽう 大岩」・「愛媛グルメ紀行」 925

今日は仕事の相棒の希望で、小坂4丁目、国道11号線沿いで、ちょうど南環状線と高架で交差する高架の下の側道沿いにある”中国かっぽう 大岩”さんをお訪ねしました。


このお店は、3回目のご紹介です。過去の2回は以下の通りです。(「中国割烹 大岩」・「愛媛グルメ紀行」 135)・(「再訪 104 中国かっぽう 大岩」・「愛媛グルメ紀行」 513


松山の”中華料理”の世界では、余りにも有名なこのお店なので、ワタシがわざわざ紹介するまでもありませんね。

玄関1
こちらがお店の玄関です。このお店、元々は国道11号線に直接面していた”ロードサイド”店舗でした。


ですからその頃は来店客も多く、駐車場も隣接地を借りられていました。大変な”繁盛店”であった訳です。


ことろが、国道11号線と南環状線とが立体交差になり、このお店は国道11号線の高架下の”側道”に面するという、”立地環境の激変”に見舞われました。

外メニュー2
当然に、来店客数は大幅に減ったのではないか?っと想像できます。


それが証拠に、隣地に確保していた駐車場は、現在は地主に返されています。お店の駐車場で充分に賄える客数になったということでしょう。


その結果、当然に売上高の減少という、厳しい局面に立たされたのではないでしょうか。

日替わりランチメニュー4
これらのことは全てワタシの素人想像で、店主さんに直接お伺いした訳ではないことを予めお断りしておきます。


そういう局面を打開される方法として、このお店”味は落とさずに、価格を抑える”という道を選ばれたのではないか?と想像します。


その結果は、メニュー構成によく現れています。”セットメニュー”を増やされ、”日替わりランチ”も出されます。”ワンコインメニュー”まで用意されています。更に、老舗では珍しいことですが”ランチパスポート”も導入されています。

店内3
価格帯は大胆に下げられましたが、味は決して落とされていないと思います。そこが、このお店の”底力”でしょう。


更にこのお店は、松山の”中華料理業界”に於いて、豊富な”人材育成”という重要な役割も果たされていると思います。


このお店出身の多くの中華料理調理人さんたちが、市内各地で独立開業され立派なお店を作っておられるのです。

日替わりランチ5
こちらの画像は、相棒と同じメニューを注文してしまいましたが、”日替わりランチメニュー”から選んだ当日のランチです。


つまり”豚肉の生姜焼きと鶏のオーロラソース”です。お値段は税込みで700円と、随分お値打ち価格に設定されています。


ワタシは20代の後半に、このお店のオーナー”大岩”さんと知り合い、奥様とも面識があります。ハンサムオーナーさんと美人奥さんです。もう40年近い昔のことですから、お互いに年をとりました。

豚肉の生姜焼き6
さてこの画像、”豚肉の生姜焼き”です。ありふれたメニューですが、さすがに”大岩流”に仕上げてあります。


荒々しい”生姜”のパンチこそありませんが、円やかな味付けで”豚肉”と玉ねぎ等の”野菜類”とを上手にマッチングされています。


この”豚肉の生姜焼き”というメニューは、中華料理にもなりますし、洋食メニューにも、更には食堂メニューや喫茶店メニューにもなるという、言わば”万能メニュー”です。

鶏のオーロラソース8
こちらの画像は、このお店で”鶏のオーロラソース”と呼んでおられるものです。


所謂(いわゆる)”鶏の唐揚げ”ですが、単純に”唐揚げ”として出されない所に”大岩流”があると見ました。


ソースにマヨネーズを使われ、”鶏唐揚げ”を、個性豊かで濃厚な”ソース”で頂こうという趣向です。ひと味ひねられています。それが”日替わりランチメニュー”なんです。

卵ソース9
ここに、価格を大胆に下げながら味の水準は決して下げないという、”大岩”さんの料理人としてのプライドを見た思いがしました。


ところで、相棒がこう言いました。「Hさん、同じメニューを頼んじゃ、ちっとも面白くないじゃないですか!違うメニューを頼んでこそ、二人でお店に行く価値が生まれるというのに!!」って。


相棒に、完全に一本取られました。確かにそうです!彼はワタシがブログを書いていることを当然過ぎるくらいに知っています。すると、一人で行く時よりも二人で行った時の方が、””的に優れたものが撮れます。


今回は、その意味では大いに反省です。相棒に感謝です!!




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「再訪 330 博多 一風堂」・「愛媛グルメ紀行」 926

今日も、仕事の相棒の希望でランチをいただくお店を決めました。それは、大街道の一本西側の南北の通りの東側、二番町3丁目にあります”博多 一風堂”さんです。


このお店は過去2回ご紹介しています。それは以下の通りです。(「博多 一風堂」・「愛媛グルメ紀行」 275)・(「再訪25 博多 一風堂」・「愛媛グルメ紀行」 365


相棒の出身は福岡県です。ですから”博多”は、彼にとっては足元・地元です。懐かしいお店を訪ねたという訳です。

玄関1
こちらがお店の”玄関”です。”豚骨ラーメン”を全国区に押し上げた、お店として有名ですね。


戦後、日本生まれで日本育ちの”中華そば=ラーメン”が誕生しました。横浜・東京を中心に”醤油系スープ”でスタートした”ラーメン界”に、先ず地方発生のラーメンとして売り出し、全国区になったのは”味噌ラーメン”を世に送り出した”札幌ラーメン”でした。


その後で、”博多 一風堂”さんが、”豚骨ラーメン”を世に問い、爆発的に売れて”豚骨ラーメン”が全国区に名乗りを上げました。

店内2
一風堂”さんが売りだす前にも、既に”豚骨ラーメン”は、”熊本ラーメン”を東京に持ち込んだ”桂花”さんなどによって世に出ていたのですが、飽くまで”ローカルラーメン”でしかありませんでした。


ところが豚骨臭のしない、アッサリ味を開発をされた”一風堂”さんの出現によって、”豚骨ラーメン”が世に知れ渡り、全国的認知を得ました。


それ以降、”ご当地ラーメン”の大ブームが沸き起こります。”ご当地ラーメン”の第一世代が”札幌ラーメン”だとすれば、第二世代が”博多豚骨ラーメン”でした。


そして””和歌山ラーメン”や”徳島ラーメン”、”白河ラーメン”、”喜多方ラーメン”、”尾道ラーメン”など、”ご当地ラーメン”の第三世代が世に出て行ったのです。ワタシは、その”ご当地ラーメン”のほとんどを、現地に食べに行っています。”人類ならぬ麺類”を自称する所以(ゆえん)です。

メニュー
さて本題に話を戻しましょう。こちらが、このお店の”基本メニュー”です。”一風堂”さんは、この2つのラーメンで全国区になられました。


つまり”白丸元味”と、”赤丸新味”です。”白丸元味”が、”一風堂”さんの味の原点です。その原点に、香味油と辛みそを加えた”赤丸新味”の2つの基本メニューで、”博多ラーメン”の味を世に問われました。


それが、世に大きな衝撃と興奮と賞賛を与えたのです。これ以降、様々な”豚骨ラーメン”が生まれ、展開されていますが、出元がこれです。


彼が注文したのは、故郷の原点を求めての事でしょう、”白丸元味”と”チャーハン”が組み合わされたセットメニューです。一方ワタシは”赤丸新味”に初挑戦です。

チャーハン4
これは、相棒が注文したセットメニューの”チャーハン”です。相棒は、これとラーメンを一杯、ペロリと平らげました。


しかも、ワタシが”赤丸新味”を辛うじて完食しようか!っという間に、セットメニューに完食です。早い!多い!若い!


どうです?”チャーハン”の香りが、そちらまで届きませんでしたか??

薬味5
この画像は注文を終えた直後、相棒が取り皿に取り分けてくれた”薬味”です。”豚骨ラーメン”の定番薬味。


つまり”辛子モヤシ”と”辛子菜”です。彼は、ワタシが黙って座っている中で、この”薬味”をサッサと、自分の分とワタシの分をそれぞれ取り皿に用意してくれました。


ワタシが一人で来ていたら、”ラーメン”が出された後で、「どの薬味をどの位入れようか?」っと迷いながら、少しづつ投入していたに違いありません。でも、”極細麺”を使った”博多ラーメン”に、余計な時間は禁物です。直ぐに麺が伸びてしまうからです。

赤丸新味6
さてこの画像が”赤丸新味”です。


中央に赤茶色に見えるのが、このラーメンを”赤丸”と呼ばせた”辛みそ”です。


香味油”は、スープの中で点々とその存在を表していました。


この2つの味付けで、従来の”豚骨ラーメンスープ”に、”味の奥行き”を持たせました。味が複層的になったのです。

薬味投入7
ここで素早く、相棒が準備してくれていた”薬味”投入です。全てのことを素早くやる必要があります。


極細麺”を使って、麺の湯掻き時間を短縮させた理由は、博多の市場職人に待たせず素早くラーメンを提供するためです。


市場の人たちを、これを立ったまま素早く啜って腹を満たし、鮮度が命の鮮魚のセリに臨んだのですから。

混ぜた8
ですから”薬味”を投入し、素早く全体をかき回して味を馴染ませ、麺を啜ります。


う~~~ーん、何て複雑なスープなんでしょう。”醤油味スープ”や”塩味スープ”では決して出せない、立体的な味になっています。


豚骨ラーメン”の発症の地である”久留米ラーメン”に見られる”獣臭”は微塵もありません。これだから、全国に受け入れられたのだと思います。洗練されていて、尚且つ”ワイルド”なスープでした。

麺10
さてこの画像が”極細麺”です。茹で方は”普通”でお願いしました。


一方相棒は、当然でしょうが茹で方”硬め”です。


相棒が”辛子菜”の新しい食べ方を教えてくれました。「Hさん、”辛子菜”を油で炒めてご飯に掛けて食べると、とっても美味しいですよ!」っと。早速試して見なきゃ!


<追記1>辛子菜”の、ワタシにとっては新しい食べ方は当然試してみました。ウフーーー!皆さんにお薦めです!


<追記2>辛子菜”の別の食べ方ですが、買ってきた”辛子菜”を、両手でギューッと固く絞って水分を取ります。その中に、”チリメンジャコ”(生タイプを)を入れてマブします。それを熱々のご飯に掛けて混ぜて食べる!”至福”の時です>



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「ラーメン食堂 縁(えにし)」・「愛媛グルメ紀行」 927

今日は、4月上旬に開店したばかりの”ラーメン食堂 縁(えにし)”さんをお訪ねしてみました。(実際の訪問日は4月13日)


場所は北久米町にあり、国道11号線には面していませんが、よく見える場所にあります。


このお店は以前、喫茶店”CAFE 楽彩珈”さんがあったところです。

玄関1
こちらが、国道11号線からも見えるお店で、元の喫茶店を改装なさいました。


お訪ねした当日は生憎の曇り空でした。午前11時45分(月曜日)に玄関に入りました。


開店から丁度一週間という、タイミングでの訪問でした。

店内2
店内は開店直後というだけあって、生花、お祝いの熨斗袋、ビールケース等が、華やいだ雰囲気を醸(かも)していました。


このお店は2階にも客席があります。それと、開店直後体制なのか、お店の方が5~6人もいました。期間限定かも知れません。


そして開店直後の、独特の”高揚感”があって、お店に活気があります。

メニュー3
さてこの画像が、”メインメニュー”です。この他に、”単品サイドメニュー”と銘打たれた”牛すじ煮込み”や”鶏の唐揚げ”などのメニューがあります。


さて、このお店の”名乗り”は”ラーメン食堂”です。つまり、”ラーメン専門店”ではなく、ましてや”中華料理店”でもありません。


かと言って、所謂(いわゆる)”食堂”でもなさそうですし、”ラーメン”をウリにした”居酒屋”とも言いがたい”メニュー構成”です。


食堂”と呼ぶのも”居酒屋”と呼ぶのも、「ちょっと違うなーーー!」って思ってしまう程、”メニュー数”が少ないのです。実に大胆なと言うか、思い切った”メニュー構成”でスタートされたようです。

しょうゆラーメン5
ワタシが注文したのは画像のもので、メニューのトップに掲げられていましたから、お店の”看板メニュー”なのでしょう、”しょうゆラーメン”です。お値段、外税で690円です。(税込みだと745円)


ワタシがこの”しょうゆラーメン”の””を見た瞬間に思い出したのは、2013年4月17日にアップした”ちゃんぽん食堂 てっちゃん”さんの”ちゃんぽん”を入れた””でした。(「ちゃんぽん食堂 てっちゃん」・「愛媛グルメ紀行」 511


下の画像が、”ちゃんぽん食堂 てっちゃん”さんの”ちゃんぽん”を入れた””です。

ちゃんぽん5
このお店と”ちゃんぽん食堂 てっちゃん”さんに共通していたのが、ラーメンを入れる器に多い”平器”ではなく、底の深い”深器”を使っておられること。(注:平器という言葉も、深器という言葉もワタシの造語です)


ただし、上の画像の”ちゃんぽん”は、上の内容でお値段、内税で630円です。単純な比較は出来ませんが、ワタシは既に900軒以上のお店を廻って皆さんにご紹介していますので、どうしても様々なお店と比較してしまう習性が付いています。


もちろん”ちゃんぽん食堂”と名乗っておられますから、”メニュー数”はこのお店とは比較にならないくらい多く用意されています。しかも”新メニュー”の投入に掛ける意欲は、只者(ただもの)ではありません。

しょうゆラーメン6
さて、このお店の”しょうゆラーメン”に戻りましょう。


具材は至ってオーソドックスです。つまり”チャーシュー”、”半熟煮卵”、生に近い”モヤシ”、”キクラゲ”、そして”刻みネギ”です。


店主さんのご出身は熊本県で、ラーメンの修行も熊本でなされたそうですが、この”しょうゆラーメン”は、チャキチャキの”東京しょうゆラーメン”に似ています。

しょうゆラーメンアップ7
いや”旨い!”のです。非常にシンプルな”醤油出汁スープ”に、”雑味”が全くありません。


スッキリ系”のスープですし、”具材”とのバランスもいいと思いました。


ですからこのお店の、別のラーメンメニューである”塩ラーメン”や”つけ麺”も試してみたいと思いました。”再訪決定!”です。

半熟煮卵8
この”半熟煮卵”も、よく出来ています。


チュルルンルン!っと、口の中を滑って喉に消えました。

チャーシュー9
この”チャーシュー”だって、豚肉の脂加減が丁度よく、”旨い!”って思いました。


スープ”には”コク”があって。


でも”コク”がありすぎて、ワタシには濃すぎてスープを飲み干せませんでしたが。でもこれは、好き好きの範囲の話でしょう。

麺10
”だって、十分に合格点以上だと思いました。


ただこのお店の”問題点”は、その”メニュー構成”と”メニュー数の少なさ”にあると思いました。このお店は一体どういうお店なのか?どういうお客さんを意識されているのか?


自分のお店の”何を、どういう風に食べて欲しいのか?”・・・・・・そこが、ワタシには見えてきませんでした。


とにかく大海原に漕ぎ出されました。荒波を乗り越えて、ぜひとも成功して頂きたいと思いました。



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「愛媛グルメ紀行」を振り返る 159

今週の土曜日の”愛媛グルメ紀行を振り返る”シリーズは、一作年(2013年)の極寒の頃にアップした476号から478号までのお店です。

先ず最初”に振り返るお店は、2013年2月15日に476番目のお店としてご紹介した、味酒町1丁目(大手町1丁目との町境)にある魚料理がウリの和食料理店”男組 釣天狗・大手町食堂”さんです。(「男組 釣天狗・大手町食堂」・「愛媛グルメ紀行」 476

このお店の1階は夜だけの営業で、お店の名乗り”釣天狗”とあるように魚メインの居酒屋さん。2階は同じお店の経営で昼間だけの営業です。

玄関1
こちらがお店の玄関です。お店の玄関に入ると、若い女性のフロアー係りが2階まで案内してくれます。

そのお姉さんの説明によれば、”バイキング方式”になっていて、皿1枚と小皿1枚が乗せられたお盆を持って、カウンターに並べられているおかずを盛った大皿前に進む。

そして、2枚の皿に出来るだけ(多く)盛って、それにお代わり自由のご飯とみそ汁をお盆に乗せてもらって、600円を先に支払ってカウンター席に着くという仕組みになっていると説明されました。

ランチ6
さて、これがワタシが選んだオカズ類。シャケの塩焼き(小)2枚、鶏のカレー風味唐揚げと鶏天を各1個、出汁巻き2切れとホウレン草のバター炒めを”一の皿”に乗せた。

二の皿”(小皿)には、サラダ類を二種と小さなサツマイモを乗せた。後は、ご飯とみそ汁。

でも、ここで重要なこと、あるいは容易ならざる事態であることに気がついた。カウンター席の前の壁は全て”総鏡張り”という驚くべき作りになっていた。コの字のカウンターはどこも同じ作りになっています。

まあー、食べにくいのナンノッテ!

このお店を”再訪”するかどうか?悩ましいですね。


次二番目にご紹介するお店は、2013年2月18日に”477番目”のお店としてご紹介した、南環状線沿いの道路の南側、朝生田町5丁目のリンク21ビルの1階にある全国的やき鳥チェーン店”やき鳥 大吉 朝生田店”さんです。(「やき鳥 大吉 朝生田店」・「愛媛グルメ紀行」 477

このチェーン店の本部は大阪にあって、現在全国で約900店を展開している一大チェーン店です。

現在愛媛県では6店舗、内松山では3店舗あります。(記事記載当時)

玄関1
こちらがお店の玄関です。玄関脇にも、午前11時30分~14時までランチを出しているという懸垂幕も出されています。

店舗面積は狭いのですが、客席数を確保出来るように工夫されたレイアウトになっています。

ワタシは午前11時30分、開店と同時にお店に入りましたが、その後ワタシがお店を出るまでに2人のお客さんがお店に入られました。

さて”ランチメニュー”です。8種の丼から選び、それにみそ汁とサラダと漬物が付いて、お値段は丼のどれを選んでも490円です。(とってもお安い!!!)

焼き鳥は余り馴染みが無いのでどれを選ぶか迷いましたが、”ミックス丼”を注文しました、もちろんご飯少な目です。

ミックス丼5
さて、これが注文した”ミックス丼”のセット。焼き鳥の串、3本分が入っています。

丼(どんぶり)の上には、タップリの刻み海苔と刻みネギが振りかけられて、それぞれの香りが効いています。ご飯もパラパラ目に炊いてあって、小食のワタシでもスイスイお腹に収まっていきます。

ご飯と焼き鳥ネタの割合も、ワタシには丁度いい加減でしたが、”丼ツユ”がタップリ廻し掛けられたご飯ですから、若い方ならこの倍くらいの量でも美味しくいただけると思います。

このお店も”再訪”するかどうか?悩ましいお店ですね。チェーン店には余り行かないものですから。


今日最後にご紹介するのは、2013年2月19日にシリーズ”478番目”にご紹介した、松前町北黒田にある”レストラン&喫茶 モカチャーゼ”さんです。(「再訪 84 レストラン&喫茶 モカチャーゼ」・「愛媛グルメ紀行」 」 478

このお店は”再訪”でした。初めてご紹介したのは以下の通りです。(「レストラン&喫茶 モカチャーゼ」・「愛媛グルメ紀行」 469

玄関1
これがお店の全容です。

さて注文です。「前回お伺いしたとき、ご主人の専門は”洋食”であるとお聞きしました。ですから、今回は”洋食”と言えば定番の”海老フライハンバーグ”をお願いします」と注文しました。

すると、店主さんも厨房から顔を出され笑顔で会釈なさいました。

ハンバーグエビフライランチ3
これが注文した”海老フライハンバーグ”です。お値段は1200円。

これが、ご主人が<中学を出て、直ぐに”大衆食堂”で修行なさった>という専門分野の”洋食”の代表的メニュー、”ハンバーグ”に”海老フライ”、それに”ヒレカツ”が2枚付いています。

付け合せは、お約束の”温野菜”に、涙が出るほど懐かしい”ケチャップ炒めの作り置きスパゲティー”です。

さっそく、味わってみました。掛かっているソースもオリジナルな手作りソースです。

で、お味は?「ウッ!」っと、呼吸が一時的に止まるほどの超濃厚さ!!

皿を下げにこられた奥様が「マア、綺麗に全部食べていただいて!]と、笑顔が輝いたほどです。

「ご馳走様でした、美味しくいただきました」と勘定を済ませますと、厨房から店主さんが笑顔で顔をのぞかされて「またいらっしゃって下さい!」と、声を掛けていただきました。

このお店は、是非”再訪したい”ですね。やはりワタシの世代には”洋食”は、一種憧れの分野ですから。


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「東京リポート ②」・「過去記事を振り返る」 63

今日は「東京リポート」の第二回です。2010年10月26日にアップしたものの再掲です。

5年前にアップした記事を再掲するのは、60歳だった時のワタシが、何に興味を示し”どういう光景にシャッターを切った”か?ということを知っていただきたいと思ったからです。

ご紹介する画像の数々、もし現在65歳のワタシであれば、全く別の光景にシャッターを切っていると思うんです。つまり、5年という歳月が、”好奇心の対象”を大きく変えたのではないか?それを自身で見直す意味もあって、5年前の記事を再掲しようと思いました。


今回は、”台東区”を歩き回った報告です。

スカイツリーとうんこビル縮小
霧にかすむ「スカイツリー」の右側には、ビールのジョッキに見える、高いビル。


「アサヒビールタワー」です。(アサヒビールの吾妻橋本部ビル)


その右側に鎮座(ちんざ)するのが、かの有名な、通称”う●こビル”です。


「これだけ出れば、さぞかし、・・・・・・スッキリ、スルヤロナー」と独り言。


いやー、堂々としたモンでしょう?別名「スーパードライホール」です。(別名じゃなくて、正式名称じゃワイ・・・という声も)

浅草寺とスカイツリー縮小
こちらは、浅草の「浅草寺山門」(せんそうじ・・・・)から見た「スカイツリー」です。


上京して分かったこと。


「スカイツリー」は、とにかく高いので、東京はもちろん、東京近郊の県からも、毎日当たり前に見えるということです。


大騒ぎする程の事はない、マア、フツーの光景なのですね。

船橋市からスカイツリー縮小
例えば、この画像は、翌日晴れた日に、千葉県”船橋市”のホテルから撮影したもの。


画像中央に、ややかすんでいますが「スカイツリー」が見えます。


その日は、澄み切った青空で、「スカイツリー」だけではなく、「富士山」もくっきり見えました。船橋から。

富士山縮小
紅白の鉄塔の左側、真正面に「富士山」が見えました。


この季節、空気が澄み切っています。


お陰さまで、千葉県から静岡県にある富士山が見えました。


「ヤッパ、興居島の小富士・・・とは、チガウナー・・」と。


全国には”富士山”が見える坂つまり”富士見坂”という地名が、東京都を最多として40以上あります。東京近県にも、沢山あります。それだけ、”富士山”という山は、日本で突出した””なのです。


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「再訪 331 ラーメンバル lavrar(ラウ゛ラール)」・「愛媛グルメ紀行」 928

今日は花園町の東側の通りに面した松本ビルの2階にある、”ラーメンバル lavrar(ラウ゛ラール)”さんの四度目のご紹介です。


過去3回の記事は、以下の通りです。(「ラーメンバル lavrar(ラウ゛ラール)」・「愛媛グルメ紀行」 650)・(再訪 199 ラーメンバル lavrar(ラウ゛ラール)」・「愛媛グルメ紀行」 670)・(「再訪 261 ラーメンバル lavrar(ラウ゛ラール)」・「愛媛グルメ紀行」 776


過去4回ご紹介するお店の、29番目のお店となりました。

玄関1
このお店は、店主さんのお父さんとのお付き合いからですから、ワタシに取っては特別な思い入れがあるお店です。


お訪ねしたのは4月14日、午前11時45分でした。その日の第一号のお客でした。


店主さんと奥さん、ワタシを見るなり「あら”じゅん”さん、お久しぶり!」っと笑顔が揃いました。

厨房2
お店に入るなり「あら”じゅん”さん!」っと声を掛けられる。こういうお店が次第に増えています。


お店に取っては、”お客さんA”ではなく”じゅん”さんなんです。


そりゃあグロガー冥利に尽きる話です。ありがたいことです。

ワンプレートランチメニュー3
この日は画像にある”ワンプレートランチ”を選びました。お値段750円(内税)です。


このお店は現在”ランチパスポート”をやられています。このお店は、開業されて丁度2年が経過し3年目に入っています。


ワタシが「”ランチパスポート”は”麻薬”ですよ。」


「一度500円で売ったと言う実績ができれば、ランチパスポートをやめた後の客の減少に愕然とされます。そこで不安になって、再び”ランチパスポート”を導入する。その”麻薬・覚醒剤の悪循環”に入ってはいけません。一度っきりになさい!」って。


「はい、そう思っています。でも”ランチパスポート”を導入して驚いたことがあります。アレって、老若男女を問わず、想像以上に幅広い方が利用されています。この制度は、確かに功罪相半ばしますね!」っと。


ワタシは、”ランチパスポート”で行ったお店だけをブログアップされているブロガーさんを知っていますが、ある種特殊環境に置かれたお店だけを記事にする意味が理解できません。

ワンプレートランチ4
さてこの画像が、当日の”ワンプレートランチ”です。この店主さん、お父さんから”瓢太のラーメン”作りは習われましたが、洋食は独学です。


でも、”ワンプレート”の上に、メインディッシュとサラダとスープとご飯(パンも選べます)、そして副材が二種という構成です。日本茶も付いています。


750円(内税)でこの内容であれば、昨日ご紹介した”しょうゆラーメン”単品の745円(税込み)に比べて、如何に割安か!っということが明確に分かります。

ポテトスープ7
例えばこの”ポテトスープ”です。


スープが味わい深いだけではなく、スープの中にはさいの目に切った”ポテト”がゴロゴロしていて、その食感たるやお見事です。


店主さんのお父さんのお師匠さん、パン屋さんの”ロシナンテ”さんのことも話題に登りました。”ロシナンテ”さんは、南高井に新しいパン屋さんをオープンされ、既に三代目の時代に入っています。(「パン工房 ロシナンテ」・「愛媛グルメ紀行」 794

チキントマト煮5
こちらが今日のメインディッシュである”チキン トマト煮”です。この店主さんは”トマト”という食材を使うのがお得意なようで、前回来た時にいただいたのが””冷製パスタ?の様な冷麺”で、スープのベースと具材にフレッシュなトマトが使われていました。


またレギュラーメニューにも”トマトヌードル”が用意されています。


この”チキン トマト煮”の味とバランス、それはお見事アッパレと言う他ありません。


これらの料理をお父さんの””さんが見て味わえば、目を白黒させられることでしょう。でも””さんに、ワタシは言いたい。「息子さんは貴方を越えようとされています。大したもんじゃありませんか!」って。

パンプキンオムレツ6
こちらは副材の”パンプキンオムレツ”です。予め作られていて、それを出すときに切り分けられます。


このお店のお料理には、もちろん豚肉だとか鶏肉などの”肉類”をメインディッシュとされますが、この”ワンプレートランチ”の影の主役は、豊富で新鮮な”野菜類”です。


もちろん”地産地消”の精神が貫かれいます。

サラダ8
この”サラダ”にしてもそうです。


ワタシは”ランチ”で出される”サラダの最高峰”は”ぐリーンカフェM2”さん(ぐリーンカフェM2)の”グリーンサラダ”だと思っています。


それには比較すべきもありませんが、使われている”野菜類”の新鮮さでは後に迫っていると思います。

小松菜の炒め煮9
この小品の”小松菜の炒め煮、だって、量は少ないですが立派なお料理です。


煮物”料理は、そのお店の意識というか、お料理の水準を計るには格好のお料理だと思います。


こういう小品にも、手間暇を惜しまなかった事が、一口食べただけで分かります。

ご飯10
そして最後にこの”ご飯”ですよ!食べた瞬間、この””はありきたりではないことに気づきます。噛んでいると”甘い”です。


店主さんに「このご飯、いい””を使っておられますね。これは際立って美味しい!」って言いました。


「”じゅん”さんにそう言っていただければ本望です。分かる方に分かっていただけるのは、本当に嬉しいです。この””は、川内産の米を”玄米”で入れていただいています。それを、使う当日、7分づきにして炊いています」っと。


確かに、このご飯”白米”ではありません。やや茶色の色をしていますが、噛めば噛むほど”米の旨さ・甘さ”が出てきます。”玄米”の香りと甘さを引き出された”ご飯”なんです。


全てのお料理に店主さんの””が滲み出ているお料理です。いやはや、お見事でした。




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「再訪 332 伊予源氏車」・「愛媛グルメ紀行」 929

今日は、2012年1月31日に一度ご紹介したことがある、花園町にある”伊予源氏車”さんの2回目のご紹介です。(「伊予源氏車」・「愛媛グルメ紀行」 216


初めてこのお店を訪れた時、”極太麺”と”大量の魚粉”、そしてむせ返るばかりの”超濃厚スープ”に圧倒されっぱなしで、”人類ならぬ麺類”を自認するワタシが、麺もスープも大量に食べ残しました。


ですから、当然に”再訪”などあり得ないお店でした。

玄関1
ところがところが・・・・先月4月15日の正午に、このお店の玄関に仕事の相棒と立っていたのです。


絶対に”再訪”しないと考えていた理由の最大のポイントは、あの”大量に使われている魚粉”でした。味が下品になるし、味作りが”安易過ぎる”と考えているからです。(今もその考えに変わりはありませんが・・・・・)


しかし100%再訪なんてあり得ない、と考えていたお店の玄関に立ったのです。それは”何故か?

メニュー2
こちらがこのお店の”メニュー”です。”再訪なんてあり得ない”と考えていたお店ですが、お店に入る前から注文する”メニュー”は決まっていました。


そして、初めてこのお店に来る相棒に薦めるメニューも決まっていました。


それは、ワタシは”まぜそば”を注文する事を決めていましたし、相棒には”つけ麺大盛り”を薦めることも決めていました。

まぜそば食べ方3
さて、それは”何故か?”です。


その理由ですが、2012年1月にこのお店をお訪ねして以来3年以上の月日が経過していましましたが、その3年という月日が、ワタシの”食の嗜好”を大幅に広げていたからです。間口が随分広がりました。

つけ麺大盛り4
この画像が、相棒に”このお店のイチオシ!”っと薦めた”つけ麺大盛り”です。


ちょっとピントは合っていませんが、”つけ麺”の麺の””は、恐らく400gあるのではないか?と見ました。


と言いますのは、ワタシが注文した”まぜそば”の””は、200g、300g、400gから選ぶくことになっています。つまりこのお店の””は200gと言うことです。”大盛り”ですから、当然に400g以上だと見ました。


普通”麺類”の世界では、”ラーメン”であろうが”うどん”であろうが”スパゲッティ”であろうが、その標準的”麺の量”は”100g”とされたものです。

まぜそば5
さてこの画像が、ワタシ注文した”まぜそば”です。


麺の量です。200g、300g、400gから選ぶことになっていますが、ワタシには200gが過重です。ですから、お店の方に「100g、或いは精々150gでお願いできませんか?」っとお尋ねしました。


すると、「ウチの最小麺量は200gなので、それ以下には出来ません。多ければ残して下さい!」って言われました。戦後の”ベビーブーム・団塊の世代”に属するワタシ、”残すことは悪だ!”っていう価値観で生きてきました。

具材6
この画像の左に見えるのは”豚角煮の角切り”でしょう。そしてその右側に恐ろしいほどの量で投入されているのが、ワタシが”味が下品になる”し、”味作りが安易過ぎる”と断じた”魚粉”です。


3年前は忌み嫌っていた”魚粉”ですが、巷(ちまた)に溢れかえっていて今では”慣れ”ました。ワタシの中でも、既に目をひそめる食材ではなくなっていたのです。


3年前には完全否定していた”超濃厚スープ”や”極太麺”、更には”魚粉”です。


一般論としてが62歳から65歳になって、加齢と共にあっさり味の嗜好に変わると言われることが多いようですが、事はさほど単純ではありません。

シナチク7
今ではこの”まぜそばが旨い!”って感じるのです。忌み嫌っていた”魚粉”さえも、一種の”アクセント”になっているではないか!って思えるようになっていました。


例えば、全く食べることが出来なかった”刺し身(お造り)”でも、”読女”さんの指導よろしきを得て、今では”生の魚は旨い!”って感嘆しながら食べるようになりました。


要は、本当に旨いものは素直に”旨い”って言えるように、”食の嗜好”が広がり奥が深まったのです。

混ぜた8
さて”まぜそば”ですから、テーブルに用意されている”食酢”二回り程廻しかけて、そして”混ぜに混ぜ”ました。


混ぜれば混ぜるほど旨くなります。


麺、スープ、具材、食酢、ニンニク等が渾然一体となって、重層的な味に昇華します。

混ぜたアップ9
どうですか!この”混ぜに混ぜた”、”まぜめん”の、匂い立つばかりの”表情”。


投入された全てのものの”旨さ・味わい”が、混ぜることによって倍加していると思いました。


3年前にはそういう食後感など、到底思いつかなかったことでしょう。隣の相棒も「Hさん、この”つけ麺”美味しいですね!」って言いながら、”大盛り”を完食していました。

麺10
これがこのお店の特徴でもある”極太麺”です。


以前なら喉につかえていたこの”麺200g”、ええ”完食”しました。


以前のように””が縮まったワタシですが、美味しくなければ当然に”完食”なんて出来っこありません。””は実に正直です。


でもこの”極太麺”200gを完食することに精一杯で、”ライスボール”にまでは手が出ませんでした。




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「たべものや みいつけた」・「・「愛媛グルメ紀行」 930

今日は、2013年1月28日に一度ご紹介した”たべものや みいつけた”さんをご紹介します。


但し”再訪”とせず新店扱いとしますのは、元々このお店は石手川の土手道沿いの紅葉町にありました。(「たべものや みいつけた」・「愛媛グルメ紀行」 463


ところがこの紅葉町のお店は閉店されました。そしてそのことを”愛媛グルメ紀行を振り返る”というシリーズでアップしました。(「愛媛グルメ紀行」を振り返る 154

玄関1
すると、どうやらその記事を見て頂いた、ブログ友:”のしうめ”さんがこのお店が上野町の移転されていることを記事にされました。(「たべものやみいつけた」さんへ突撃。。


その記事がアップされた4月17日に、速攻でこのお店をお訪ねしたという訳です。


この地に移転されたのは、一年ほど前だそうです。場所は、県道23号線(伊予川内線)沿いの中野町にあります。

店内2
目立たない店構えは、紅葉町の時と同じです。ここは、うどん屋さんやラーメン屋さん、更にはメガネ屋さんなどがあったところを、店舗改装され、新しく”厨房機材”も入れられてのオープンです。


紅葉町の頃は従業員さんも多くいましたが、今では「ええ、今までは従業員の為に働きよった感じじゃった!」という、女将さんと、娘さんの二人で営業されています。


その女将さんです!”元宝塚歌劇団男役”であったと言われても通用するような風貌をされていて、このお店に一種独特の雰囲気作りに貢献されています。(なお、宝塚歌劇団には全く関係ないそうです)

メニュー3
このお店の”ランチメニュー”は、紅葉町時代と同様に”おすすめ おまかせランチ”、750円(内税)だけしかありません。日替わりです。


実はこのお店の”紅葉町時代”の”おすすめ おまかせランチ”、650(内税)には、度肝を抜かれました。常識外れのお値段とお料理の内容でした。”採算”なんて、完全に度外視したとした思えない、超豪華な内容の”ランチ”でした。(初回ご紹介した記事を、是非ご覧下さい)


プロの調理人兼飲食店経営者が前記事を見られて、「絶対にあり得ない、料理内容です!」っと言われました。ですから、紅葉町のお店を閉店されたのも当然で”採算割れ”が、閉店理由とばかり思っていました。


ところが女将さん「ええ、紅葉町のお店は駐車場に問題があってこちらに移りました!」っと、平然として言われました。

鯛汁4
このお店の”おすすめ おまかせランチ”、750円(内税)には、画像の”鯛汁”と、抹茶を入れた?っと思わしめる”お茶”と、大きな折りに折り詰めされた”弁当”、そして女将さん手作りの”デザート”まで付いています。


この画像の”鯛汁”だって、”鯛のアラ”が贅沢に使われていて、いい”出汁”が出ているんです。


この”鯛汁”を一口啜っただけで、このメニューを料理した調理人さんの腕前に唸らされます。つまり、女将さんです。

おまかせランチ5
さてこの画像が”おすすめ おまかせランチ”のメインを飾る折りです。一見普通に見えるかも知れませんが、その内容と味を知れば驚愕されると思います。


この”折り”に詰められている内容をご紹介しましょう。当然”ご飯”です、振り掛けが掛かっています。メインディッシュは、手前中央に見えます”牛バラ骨付き煮込み”です。


これ以外に、大きな”海老”と、”一夜干し鯵”の焼き物半身、”イカナゴの釘煮”に”鰯の煮付け”、”コンニャクや筍の煮付け”、”カボチャサラダ”にキュウリと大根とサラダ菜・・・・・。一体・・・・・・


安い”定食屋”に多い”揚げ物”など、一切使われていません。

牛バラ6
これがメインディッシュを飾る”牛バラ骨付き肉”を甘辛く煮たものです。


焼き肉屋”の花形、”牛バラ骨付き”で、俗に言う”ハーモニカ”です。つまりばら肉に付いている骨を、ハーモニカを吹く様にしゃぶり尽くすというモノです。


750円(内税)というのは、4%の消費税時代に650円出だしていたお料理を、8%になった消費税と、概ね30%以上高騰している”食材”を100円のアップで賄おうというものです。涙が出ます。イジマシクッて。(コラーーー!”安◯”、お前の政策は間違ってんだよ!!!!”経済の実態を何一つ分かっちゃいないんだよ!)

海老と一夜干し鯵焼き7
この画像は、”湯掻いた海老”(かなり大きい)と、その下に隠れる様に盛りつけてある”一夜干し鯵”を軽く炙ったものの半身です。


紅葉町時代は、この上に”蟹の爪”や”栄螺”(サザエ)まで付いていたんです。


でもそんな食材使い続けていたら、極論を言えば”自殺行為”です。飲食店は、一時(いっとき)パッと輝いて線香花火の様に散っていたのでは無責任過ぎます。


この構成で十二分だと思いました。

鰯煮物8
この画像は、”ほうたれイワシの煮物”です。


一尾一尾、女将さんが尾と頭を落とし煮られました。

これらのお料理で、お店で買ってきたものをそのまま出しているものは、”イカナゴの釘煮”だけです。それ以外は、全部女将さんが調理されたものです。

ご飯9
ご飯”だって、一切手抜きなし。美味しいんです。


ですから、朝の6時に起きられて準備に取り掛かられます。


一番大切なものは”仕入れ”だと仰っいます。一円でも安いお店をと、”八百屋”さんでも5~6軒は回るそうです。

柚子ゼリー寄せ10
これは”柚子”(ゆず)が大量に安く出回っていた時期に、大量に仕入れて”砂糖”で甘く煮たもののストックを、”ゼリー寄せ”にされたものです。


ランチメニュー”にかけられる情熱は、並外れたものがあります。敢えて言います。”中野町”に”希少店”誕生です。


ぜひ伊予川内線を走られて、”わざわざ訪ねる”価値があるお店の玄関を潜って見て下さい。ワタシの今日の記事が、決して大げさでないことを実感されるでしょう。




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「愛媛グルメ紀行」を振り返る 160

今週の土曜日の”愛媛グルメ紀行を振り返る”シリーズは、一作年(2013年)の極寒の頃にアップした479号から481号までのお店です。

先ず最初”に振り返るお店は、2013年2月20日に479番目のお店としてご紹介した、伊予郡松前町鶴吉にある、新しく昨年3月末にオープンしたばかりなのに、一気に地域人気店となった”イタリアン食堂”と自らが名乗りを付けられた”pizzeria girasole(ピッツェリア ジラソーレ)”さんです。(「pizzeria girasole(ピッツェリア ジラソーレ)」・「愛媛グルメ紀行」 479)(記事記載当時)

場所は国道56号線を伊予市方面に南下し、”エミフルまさき”東南角の交差点を県道八倉松前線に沿って東に向かいますと、交差点から400m東に入ったところにあります。

店舗1
今、”ピッツアハウス”(ピザ専門店)として一躍脚光を浴びているお店といって過言ではないと思います。

店内は、一体どこからこんな田舎に集まってきたのかと驚くほどの、人、人、人です。

店内の厨房には若くて新進気鋭のオーナーシェフを先頭に、シェフの補助を勤める調理人さんと、後は若い女性2人のフロアースタッフで運営されていました。

エビとしめじのペペロンチーノ10
こちらが、”エビとしめじのペペロンチーノ”です。前菜も含めてお値段は980円です。

何と言ってもこの”エビとしめじのペペロンチーノ”のまあ何と美味しかったことか。

唐辛子とニンニクの香りが一斉に鼻腔を襲います。その心地よさと言ったら言葉になりません。

パスタは、大好きなお店”フォンターナ”さんと、天山の”イタリアンキッチン伊太めし屋”さんがこの地域の双璧をなすと確信しています。

しかし、このお店でいただいたパスタ、”恐るべし!”間違いなくその双璧に迫る勢いがあると感じました。

このお店は、時を置かずして”再訪しました”。スッカリお気に入りのお店になりました。


次二番目にご紹介するお店は、2013年2月21日に”480番目”のお店としてご紹介した、砥部町大南の国道33号線沿いにある”軽食喫茶 なかむら”さんです。(「軽食喫茶 なかむら」・「愛媛グルメ紀行」 480

このお店を訪問した動機は、一昨日2月19日に”再訪シリーズ”84番目(延べ478番目)のお店としてご紹介した、松前町の”レストラン&喫茶 モカチャーゼ”のオーナーシェフさんが大衆食堂で修行した頃にお仲間だった方がやっているお店とお聞きしたからです。

玄関1
でも店名も場所も曖昧な中で、砥部町の住宅地図でそれらしきものに目をつけやってきたと言う訳です。

こちらがお店の全容です。”砥部焼観光センター 炎の郷”の少し手前、道路の南側にあります。

ランチ4
注文したのは、一昨日”モカチャーゼ”さんで注文したものと同じ”エビフライ+ハンバーグ”のランチです。お値段は、このお店では最も高い880円です。

出されたものは、完全に”喫茶店の軽食的料理”でした。これは明らかにコック修行した方が出すメニューとは違うことに気が付きました。

ただ、メインのハンバーグとエビフライ2尾、それに味噌汁と漬物と煮物が付いていて、バランスのとれた構成でした。

ワタシの様な年代の者にとっては、若い頃を思い起こさせてもらえるお店ですね。

このお店は、”再訪”するかどうか・・・・砥部は遠いし・・・・・


今日最後にご紹介するのは、2013年2月22日にシリーズ”481番目”にご紹介した、”pizzeria girasole(ピッツェリア ジラソーレ)”さんです。2日前に初めてご紹介して、一日間を置いて”再訪”したという訳です。(「再訪 85 pizzeria girasole(ピッツェリア ジラソーレ)」・「愛媛グルメ紀行」 481

愛媛グルメ紀行”シリーズも481号となりましたが、”再訪シリーズ”として採り上げる最短記録となりました。(記事記載当時)

ビザメニュー3
こちらが”ピッツアメニュー”です。”ピッツアメニュー”は、僅か4種類しかありません。

なお注文したのは、このお店で”アンティランチ”と名づけられている、パスタあるいはピッツアから1品選び、後は付いている”前菜”との組み合わせで980円です。

そして選んだメインは、もちろんピッツアでも基本であり、なおかつシンプルでもある”マルゲリータ”を選びました。

マルゲリータ10
こちらがナポリピッツァの代表でもある”マルゲリータ”です。イタリア王妃”マルゲリータ・ディ・サヴォイア=ジェノヴァ”の名前を冠していることでも知られています。

材料は極めて単純、薄く延ばしたピッツア生地に、バジリコの緑、モッツァレラチーズの白、トマトソースの赤をまるでイタリアの国旗を表しているように並べます。

このピッツアは、生地自体が実にモッチリと艶と弾力があるのです。

生地を釜に入れた瞬間、ピッツア生地とチーズとトマトソースが瞬時に同時に恋に陥って3人が蕩けあってしまった。瞬時に3人が合体した。3人が同時に合体と言うのはモラルの上で・・・・などど逡巡(しゅんじゅん=思い悩む)した形跡は全く見られない。

なお、最後に勘定を済ませてお店を出た正午現在の客の入りは、椅子・テーブル席へ26人座られていた。
平日の正午現在で80%を越える客が詰め掛けているという事実も確認できた。

繁盛店が出現したことは間違いない。

さて、このお店をこれ以降も”再訪し続けるか”どうか?については未定です。松前町は遠いですし。


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「東京リポート ③」・「過去記事を振り返る」 64

今日は「東京リポート」の第三回です。2010年10月27日にアップしたものの再掲です。


今日の「東京リポート」は、まるで”おのぼりさん”状態の画像が続きます。


5年前の感性は、こうでした。今日ご紹介する画像、対象に向かってシャッターを切りました。でも、今同じ所に行ったとしても、きっと別の対象・風景にシャッターを切っていると思うんです。


最も外人観光客が多い、浅草の「浅草寺」(せんそうじ境内です。ここ最近は、中国からの観光客が激増しているとか)


中国の”春節”(中国の、旧暦の正月=”旧正月”のことで、中国では最も重要な祝祭日)に、中国からの観光客が大量に日本に押しかけ、”爆買い”などという言葉がテレビで話題になっていますね。


地下鉄を降りて、地上に出ると、真っ先に目に飛び込む光景が「浅草寺山門」の「雷門」の大提灯。

雷門縮小
修学旅行でもあるまいに、と思いながらシャッターを切っていました。


みんな知っている観光地ですから、こういう画像は珍しくも何ともないですね。


そう、ブログを書き始めてからです。


何にでも、思わずシャッターを切る習慣が付いたのは。

仲見世縮小
言わずと知れた「仲見世」の通りです。


まあ、年から年中、毎日「お椿さん」(松山風に言うなら)状態。


しかも、見たところ、観光客の三分の一が中国・台湾・韓国等、アジア近隣諸国からの観光客。


中国本土からの観光客の数が一番目立ちました。彼らの”爆買い”は、それは凄まじい。


中国の経済成長を如実に表す光景ですが、一方で”貧富の格差”が広がっているという現実にも目を向けておく必要があると思います。


尖閣列島騒ぎや、反日デモは一体「ドーナットルン?・・・アンタラ?」中国の国内事情は、我々日本社会とは余りにもかけ離れていて、マスコミでは報道されない”暗部”も広がっています。

仲見世扇屋縮小
いわゆる「お土産品」です。


綺麗に並べてあって鮮やか。


「安っポー・・・」などと、それは言いっこなし。


日本っぽいものが喜ばれるのです。


寿司の”食品サンプル”など、飛ぶように売れるのだとか。


「ヤッパ、・・・・田舎がエエナ・・」っと独り言。



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「再訪 333 そば すし 和食処 一りん」・「愛媛グルメ紀行」 932

今日は此花町にある”そば すし 和食処 一りん”さんの3度目の訪問です。大好きなお店であるという証です。


過去2回は、何れも昨年9月と10月のことでした。ですから、立て続けに訪問しているということです。(「そば すし 和食処 一りん」・「愛媛グルメ紀行」 797)・(「再訪 279 そば すし 和食処 一りん」・「愛媛グルメ紀行」 818


実は”愛媛グルメ紀行”シリーズとしては採り上げませんでしたが、異色の”夜の街シリーズ”の一環としてこのお店は更にもう1回採り上げていますので、今回が実質的には4回目のご紹介となります。(「これが俺流 〆は蕎麦屋だ」

玄関1
これが県道松山川内線(旧国道11号線)沿いにある、異色の”寿司屋兼蕎麦屋”である”一りん”さんの玄関です。


その2つの分野でのコラボも珍しい組み合わせですが、そのどちらの業態も”名店”と呼ぶに相応しいお店なんです。


つまり”寿司屋”では”老舗”であり”名店”でもありますし、”蕎麦屋”でも既に”名店の域”に達しておられます。そういうお店は、900軒を超えるワタシの経験でも”空前絶後”です。


なお、寿司屋と蕎麦屋をウリにしているお店を知ってはいますが、寿司・蕎麦ともまるで次元・世界が違います。比較には到底なりません。

メニュー2
こちらがお店のメニューです。この日も、お訪ねする前から注文するメニューは決めていました。


つまり”天ざる・大”です。何時も書くことですが、今やワタシの縮んだ””で大盛りを注文できるのは、”蕎麦屋名店”だけになりました。お値段は、1380円(内税)です。


この日も、絶品の”穴子ちらし”を出されるお父さんが、元気で板場に立っておられました。


このお店のもう一つの絶品が、”寿司ネタ”であり”酒の肴”でもある””ですが、それはお父さんか、或は息子さんが焼かれるそうです。これで、前回と前々回お伺いした時の””の謎(””は誰が焼いているか?)が解けました。

トラハゼ3
画像は”トラハゼ”でしょう。目の前で美味しそうに並んでいました。実は、(「これが俺流 〆は蕎麦屋だ」)で訪問した時、ワタシはこのお店で”謎の美女”に出会いました。


ひと目見ただけで、直立不動になって身動きが取れなくなるほどの”美人”でした。一人で来ておられましたが、その人がお店にいるだけでお店が”華やいで”いたものです。


今まで、お店で出会った”美人”さんを、”妙齢の美人”だとか”柳腰の佳人”だとか、”息を呑む美人”だとか、様々に表現してきたワタシですが、それら過去の全ての表現の更に上を行く”超絶した美女”さんでした。


その”美人”さんに、ワタシ、ナント、お酌をしてもらったのです。このワタシが。あの”謎の美人”さんは、今頃何処でどうされているのでしょうか?心に突き刺さっています。

天ざる大4
さて、”後頭部が痺れる”記憶に浸っていますと、画像の”天ざる・大”が出されました。そこで、ハッと我に返ったという訳です。


あれは一夜の””だったのかも知れませんね。


この”天ざる・大”をひと目見るなり・・・・・・・これは想像していた量より多い!って感じました。

ざるそば5
国産の”蕎麦粉”を使っておられます。そういうお店の常識としては、このお店で出された量の、概ね半分程度が定量ではないかと見ました。


それだけ、超お得、割安になっているということです。この”端然とした蕎麦の佇(たたず)まい”が、ワタシ大好きなんです。

天ぷら6
こちらは、当然揚げ立ての”天ぷら”です。


海老”が2尾、それに”茄子”と”南京”(カボチャ)です。いい揚がり加減ではありませんか。


蕎麦屋で撮影でグズグズしているのは失礼ですし、第一、蕎麦が乾燥して美味しくなくなります。

そばアップ7
さっさと撮影を切り上げて、蕎麦に取り掛かりました。


ウフ~~ン・・・・・・瑞々しい蕎麦、いい香りが鼻孔を襲います。堪りません。


啜っては天ぷらを頂き、天ぷらを蕎麦汁に付けては蕎麦を啜る。もう無心で頂きました。

薬味8
こちらが、”薬味”です。何時も書くことですが、薬味の中の”山葵(わさび)”(当然おろし立ちの生山葵です)は、”蕎麦汁”には入れないで、蕎麦に直接付けて頂きます。


また”薬味”の”刻みネギ”も、ホンの一摘(つま)みを”蕎麦汁”に入れて、その大半は残った”蕎麦汁”に”蕎麦湯”を注いで頂くときの為に取っておきます。


目の前の蕎麦が余りにも美味しいので、そういうことを全て忘れてしまい、蕎麦湯を注ぐ時に、”蕎麦汁”が無くなっていたり、薬味の”刻みネギ”が残ってなかったりして、ガッカリしたことも一度や二度ではありません。

投入前9
でも今回は、そのような愚かな事になりませんでした。


この画像の様に、キチンと”蕎麦汁”も”刻みネギ”も残してありましたから、”蕎麦湯”投入の下準備が整いました。

そば湯投入10
満を持して”蕎麦湯”を投入した画像が、上です。


蕎麦湯”を並々と注ぎ入れますと、一斉に”蕎麦汁”に使った””などの”出汁”が香り匂い立ちます。この瞬間、”至福”の瞬間です。


蕎麦湯”を陶然と楽しんでいる、その瞬間です。隣で、あの”謎の美女”が微笑みかけてくれた気配が・・・・・・


慌てて周囲を見回しましました、・・・・・・が、・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・   ・・・・・・・・   ・・・・・  ・・  ・



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「愛媛グルメ紀行」を振り返る 161

今週の土曜日の”愛媛グルメ紀行を振り返る”シリーズは、一作年(2013年)の冬には違いないけど、どこかに春の到来を予想出来はじめた頃にアップした482号から484号までのお店です。

先ず最初”に振り返るお店は、2013年2月25日に482番目のお店としてご紹介した、国道56号線を市内から伊予市に向かい、重信川を越える”出合大橋”を過ぎて松前町に入った伊予郡松前町上高柳にある”ランチの店 ひまわり”さんです。(「ランチの店 ひまわり」 「愛媛グルメ紀行」 482

このお店は、土日を除いて平日の午前11時から午後3時までの4時間だけ営業されています。(記事記載当時)

看板1
こちらがお店の”看板”です。完全に一般の家で、しかも広い敷地に大きな建屋が立っています。

その一部を開放されて、お客様を迎え入れておられます。元はと言えば、今から23年前の平成2年に、お父さんが自宅の一部を開放してランチのお店を始めたのが開業のきっかけです。

最初はご夫婦で、見よう見まねでお料理に取り掛かられ、残念な事にご主人は志半ばして他界され、今ではあお母さんと娘さんが二人三脚で続けられています。

お母さん「考えてみれば、23年なんてあっという間だった」と、開業当時のことを回想されます。(記事記載当時)

ランチ5
ワタシが頼んだのは”日替わりランチ”680円です。

その内容は、炒飯に唐揚げ2個、サラダつき、そして卵スープとマカロニサラダです。どこと言って目を引くものはありませんが、南側の広く高く取った窓からは心地よい陽光が注ぎ込みます。

ジャズのスタンダードナンバーやボサノバなどの有線放送のBJMがお店に心地よい空間を作り出してくれています。

店内の客は、お母さんのお知り合いが久しぶりに訪ねられたのか、お二人で昔話に花が開いています。

このお店は母娘で「出来ますものはコレだけです」とさり気無くメッセージし、それと折り合いが付くお客さんだけが納得してこのお店に寛(くつろ)ぎと安らぎを求めて集まって来られるのです。

このお店の”再訪”は・・・・微妙です。松前町は遠いですし・・・・・


次二番目にご紹介するお店は、2013年2月26日に”483番目”のお店としてご紹介した、北斉院町の”パルティ・フジ北斉院”の商業施設内に、昨年12月にオープしたばかりのラーメン店”麺屋 壱”さんです。(「麺屋 壱」・「愛媛グルメ紀行」 483)(記事記載当時)

市立味生小学校に向かって道路を北上すると、道路の両側に広がる施設の西側で開店されました。

玄関1
このお店は、新居浜に1号店がありこのお店が2号店だそうです。

お店のオーナーシェフが東京で”ラーメン修行”され、それらの経験を活かそうと、生まれ故郷の新居浜で初めてお店出されました。

このお店は夜は居酒屋に変身する、所謂(いわゆる)二毛作店です。都会では当たり前の運営システム。

厨房の長い壁には、酒の肴的なメニューが書き出されています。しかし、ここ松山で二毛作店で採算を合わせることが可能かどうか。

醤油ラーメン6
これが注文した”醤油ラーメン並”+”煮玉子”です。お値段750円。

厨房で、ラーメンを作る過程を観察していて気が付いたことは、所謂(いわゆる)”チャッチャ系”といわれる”豚の背油”をスープの表面に大量に降らせる作業が目に付きました。

画像に見える、スープの波間に漂っている白くゼラチン状に見えるのが”背油”です。スープを啜ってみました。ギトギト系にも関わらず、意外とスンナリ食道を駆け抜けます。

決して油っぽさも、くどさもないのです。中太麺に負けないしっかりした”醤油トンコツスープ”の旨味を閉じ込める役割りをしっかり担っています。

そしてこの”醤油ラーメン”で一番秀逸だと思ったのは、全体の”バランスの良さ”です。スープ、具材、麺の全てが主役でした。お見事と言う他ありません。

このお店は、既に”再訪しました”。好きなタイプの味だったからです。


今日最後にご紹介するのは、2013年2月27日にシリーズ”484番目”にご紹介した、、通称”はなみずき通り”沿いの古川北4丁目にある鉄板焼・お好み焼きの”鉄板焼・お好み焼 椿や”さんです。(「鉄板焼・お好み焼 椿や」・「愛媛グルメ紀行」 484

場所は、”はなみずき通り”のかなり南で、”椿神社”の裏参道との交差点東側にあります。この”はなみずき通り”は、松山でも有数の飲食店激戦区です。

玄関1
こちらが、はなみずき通りの西側から見たお店です。間口が広く、奥行きは極端に短いという一種の変形地に店舗が建っています。

この超激戦区で産声を上げて、今年で3年半を迎えます。はなみずき通りにはもう一軒お好み焼き屋さんがありますが、このお店、激戦区にあって健闘中です。(記事記載当時)

メインのメニューは、広島風と関西風の”お好み焼き”ですが、その他鉄板で焼かれる”焼きそば”と”焼きうどん”も人気メニューです。

また、夜になると各種鉄板焼き料理を出す居酒屋に変身されるという、所謂(いわゆる)”二毛作店舗”でもあります。

焼きうどん7
ワタシはこのお店の看板メニューである”ホルモンうどん”850円を注文しました。画像がそれです。

具材は至ってシンプルで、大きめに切られたキャベツがほとんどで、後は長ネギ、ホルモン、タマネギ、そして彩りに紅生姜と青海苔が乗せられています。

ホルモンうどん”が目の前の鉄板に移された瞬間から、香ばしいタレの香りとホルモンの香り、それに紅生姜の香りが鼻腔をくすぐります。味わう前に香りで満足させてくれます。

まあ、ホルモンから滲み出た油の旨さ、そして独自のタレが程よく絡んだうどんの濃厚な旨さ、キャベツのシャキシャキ感、紅生姜のスッパさが渾然一体となって口腔内で踊ります。

このお店は、既に”再訪しました”。初回に来た時に、次に試してみたいメニューがあったからです。


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プロフィール

じゅん

Author:じゅん
愛媛の松山から、「愛媛グルメ紀行」や「愛媛の歴史」など、幅広いテーマで情報発信しています。日曜日を除く毎日更新。画像も豊富。
長いサラリーマン生活に終止符を打ち、還暦をとうに過ぎた2014.12.1に起業して社長になりました。

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