スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

耕して天に至る「水ケ浦の段々畑」 4

今日で、宇和島市遊子蒋渕(ゆすこもぶち)の”水ケ浦の段々畑”ミニシリーズの最後です。


とりあえず、石垣の様子をもう一度ご紹介しましょう。

はしご1   石垣のあちこちに、固定されていない短い”はしご”が置いてあります。


農作業をする人は、この”はしご”を使って一段ごとに上の段に上がります。


上のほうまで行くと、下をみると目がくらみそうになる位に急な段々畑です。

はしごと石段2   ”はしご”の置かれている全体像が上の画像です。


さて、ミニシリーズの最後はこの地方に残る、と言うより日本史にその名前を残した話をご紹介しましょう。


それは、平安時代に遡ります。


日本の歴史において、伊予の国(愛媛)から時の中央政権に叛旗を翻(ひるがえ)した人物はただ一人です。


その人物の名を覚えておられるでしょうか。

階段5   その名は”藤原純友(ふじわらのすみとも)”です。


平安時代の歴史書に「承平6年(936年)6月、南海の賊首”藤原純友”が党を組んで、伊予国”日振島(ひぶりじま)”に結集し、多くの舟で官有私財を略奪す」とあります。


今から、1,000年以上昔の話です。中学校の歴史で習ったと思います。


藤原純友”らが結集して本拠地にしたのが、宇和島市から約38キロ沖合いにある”日振島”で、ここ遊子蒋渕とは目と鼻の先にあります。


ですから、この辺りに住んでいる人の先祖達は、地方の役人であった”藤原純友”を旗頭に京に攻め上ろうとしたのです。

双子島3   戦国時代に入ると、瀬戸の海賊は今治大三島の”村上水軍”が力をつけ、瀬戸内海の覇権を握りますが、それまでは、この地”南海の海賊”が主力だったのです。


彼らも、好き好んで海賊になったわけではありません。


中央政府からの過酷な税の取立て、貴族達は法を破って”荘園”を切り開き贅沢な暮らしをしていた時代の話です。


一般の農民や漁民は、私的な開墾が禁じられていましたから、厳しい税の収奪から逃げるには海上に逃げるほかなかったのです。


裏山は、今までご紹介してきたような切り立った山が連なり、食料の自給が出来なかったのです。


藤原純友”の出生には諸説あって、京の都の藤原家の主流である北家の一門、”藤原良範”の三男という通説と、伊予の司(つかさ)”高橋友久”の子で、藤原家へ養子に行ったという説もあります。


何れにせよ、官僚として京の朝廷に仕えていて、京で朝廷と藤原家との権力争いや、貴族達の腐敗した生活に嫌気がさして伊予に帰ったのだと言われています。

筏と島5   伊予に帰って、疲弊した農民や漁民の姿を目の当たりにした”藤原純友”は、1,000艘の舟・船を組織し公然と朝廷に叛旗を翻しました。


伊予の漁民を”海賊”と言って取り締まる朝廷こそ、庶民から””を搾りに搾り取る”大賊”ではないかと。


ちょうど、時を同じくして、関東では”平将門”(たいらのまさかど)が中央政権に叛旗を翻し、京に攻め上る勢いを見せていました。


純友も将門も、京での政治の腐敗ぶりを見ての叛旗だったと言われています。二人は謀議して決起したという説すらあります。


関東と瀬戸内海でほぼ同時期に起こったこれらの反乱を、世は”承平・天慶の乱(じょうへい・てんぎょうのらん)”と呼びます。

島遠景6   世直しをと決起した純友の反乱は、一時は瀬戸内海全域を制圧し、京からの追討軍を蹴散らして京に攻め上る勢いを見せました。


ただ、関東の”平将門”の反乱も平定され、東と西から京を挟み撃ちにするという構想もあっけなく潰えました。


そして、”藤原純友”は、味方の裏切りもあって追い詰められ、最後は松山の”古三津の砦”に立て籠もりましたがついに捕まり、一子”重太郎”とともに処刑されました。


彼らの軍勢や軍船が、瀬戸内海を制圧したかに見えた戦いも、最後はあっけなく制圧されたのです。


今も、この水ケ浦の直ぐ先の”日振島”には”純友”の砦跡が残っていると言います。


宇和島市遊子蒋渕(ゆすこもぶち)の”水ケ浦の段々畑”に立ったとき、”純友”と共に立ち上がったこの辺りの漁民の姿が、ふと目に浮かんだような気がしました。


これでこのミニシリーズを終えることにしましょう。




スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

じゅん様へ

先日はありがとうございました!!すぐにコメント入れたかったのですが筆無精なもので…

歴史は好きなので記事に引き込まれました♪確かNHKの大河ドラマで小学生の頃見ました!その影響で歴史好きになり教師を目指した時期もありました。昔を思い出してます。

これからも記事をよみつづけます。じゅん様のご活躍をお祈りしてます♪

ありがとうございました

フォンターナ店長様
お忙しい中、わざわざコメントありがとうございました。

また近いうちにお邪魔したいと思っています。

歴史が好きと言う点ではワタシと同じですね。このブログでは「愛媛グルメ紀行」のシリーズが一番多いのですが、時々歴史、特に愛媛に関係する記事も書いています。今までにも「松山城」や「宇和島城」の歴史などを採り上げてきました。
これからも、折に触れて郷土の歴史をテーマに、採り上げたいと思っています。時々覗いてみて下さい。
ああ、美味しいスパゲティがまた食べたくなっちゃった^^ 
プロフィール

じゅん

Author:じゅん
愛媛の松山から、「愛媛グルメ紀行」や「愛媛の歴史」など、幅広いテーマで情報発信しています。日曜日を除く毎日更新。画像も豊富。
長いサラリーマン生活に終止符を打ち、還暦をとうに過ぎた2014.12.1に起業して社長になりました。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。