「吉田町の風景と歴史」 1

今日と明日と明後日の3日連続で、今の宇和島市”吉田町”の風景と歴史の一部をご紹介しましょう。


”吉田町”の歴史は、江戸期の”明暦3年”(1657年)四代将軍家綱のとき、宇和島伊達家十万石のうち三万石が分地されて出来た町であるということを先ず頭の中に入れておく必要があります、


これを頭に入れた上で”吉田町”の歴史を語る時、遠くは”江戸時代”、1793年に起こった”武左衛門一揆”のことは避けては通れません。


また、これから語る”武左衛門一揆”に思いを馳せると、吉田藩の本家、”宇和島伊達家”で、元和6年(1620年)に起こった”和霊騒動(われいそうどう)”のことを思い出さざるを得ません。


本家宇和島伊達家に起こった”和霊騒動(別名:山家事件)”のことは、昨年1月11日から15日までの5回で書きました”宇和島城”シリーズで詳しくご紹介しています。


時は、ちょうど高速道路が宇和町から津島町まで延伸し、「えひめ南予いやし博 2012」が開催されています。


その際に、宇和島市を訪れ”宇和島城”に行かれる方も多いと思います。


宇和島や、南予という風土と歴史、そして”仙台伊達家”とのつながりを考える上で、宇和島伊達家に起こった”和霊騒動(別名:山家事件)”と、今日から3日間で触れる吉田伊達家に起こった”武左衛門一揆”を外すことはできません。


昨年1月にアップした”宇和島城シリーズ”も合わせて読んでいただくことをお薦めします。

法華津湾1   さて、西予市の宇和町から国道56号線を南下しトンネルを10個くぐると”吉田町”に道は入っていきます。


その途中で見えるのが、この”法華津湾”の風景です。


ご紹介する”吉田町”は、”温州みかん”の愛媛県における故郷でもあります。


今から約200年前、愛媛県下で一番早く”温州みかん”を取り入れたのがここ”吉田町”なのです。


ですから、ここ”法華津湾”を見下ろす山並の斜面には”温州みかん”が植えられた”段々畑”が数多く見られます。


またこの”法華津湾”の”法華津”という言葉もちょっと覚えておいて下さい。


次回以降で詳しくお話しする”武左衛門一揆”における主要な役割・立場として出てきます。

葦2   そもそも”吉田”という地名は全国に数多くあります。


その地名の由来ですが、吉田という地名がついている所はもともと”葦(あし)”の生える水捌けの悪い湿地帯でした。


その水捌けの悪い湿地帯を開墾して水稲を植えたところを”ヨシダ”と呼ぶことが多かったと、作家の”司馬遼太郎”さんは本に書いて紹介しています。


なぜ”葦(あし)”が生えるところが”ヨシダ”になったかと言うと、葦(あし)が悪し(あし)に通じる、一種の”忌み言葉”なのでわざと”善し(よし)”という言葉に置き換えた、そこから”吉田”という地名が生まれたと言うのです。


画像は、吉田町に入ると直ぐに池が見えてきますが、その池の周りにびっしり自生している”葦(あし)”です。

吉田町市街地3   吉田町に入ると、町には”吉田藩”時代の”武家屋敷跡”が幾つか残っていて、新しく開発され造成された町とは違った、古風な趣を作っています。


吉田町は狭い町なので、車を降りて歩いて散策するには丁度いい町並みです。

吉田町市街地4   この古い”図面”は、旧吉田藩の当主が住んでいた”御陣屋”を中心として広がった昔の吉田の市街図です。


吉田町はほとんどが山山が重なる急傾斜地で、平地は全面積のわずか10%を占めるに過ぎません。


ですから、”立間川”に人工の支流を作りこれを”国安川”と呼びましたが、この”国安川”の壕を陣屋と町屋に仕切って作られたのが”吉田町”の成り立ちです。

城山7   その”立間川”の堤から海の方を見ると、標高130mの”犬尾城址”が見えます。


立間川”の両岸の堤には58本の桜が植えられていて”桜の小道”を作りますが、もう散ってしまったことでしょう。


この画像にある”犬尾城址”は、中世、豊後(大分)の大友氏に対する、その当時”宇和郡”を支配していた”西園寺氏”の最前線拠点として築かれたもので、現在は頂上に展望台があります。


この”吉田町”の話は、明日と明後日に続きます。






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えひめ南予いやし博 2012

じゅんさん、こんにちは。

南予方面のお話、私は疎いものですからいつも興味深く拝見しております。
今回は、吉田の地名の由来の行が『なるほど~♪』でした(^^)
今度、誰かに蘊蓄たれてやろうっとwww

このGW、ほとんどが仕事ではありますが、なんとか日帰りで"えひめ南予いやし博 2012"へ出掛けようと思っています。天気が良ければいいなぁ♪

美味しい食べ物屋さんを探さなきゃ!
何処かオススメはありますでしょうか?(^^)

南予でおすすめ・・・

乱駆郎 様
南予いやし博、ぜひ楽しんできてください。かなり込み合うと思いますが。
それで、南予のお薦めというのは・・・・・・・?
あれ?アレ?・・・・・あれ?

一つも浮かんで来ません。よく考えたら高校から松山に出ていて、南予は中学までしかいなかったから、食べた記憶がありません。面目ありません。
明日と明後日は「吉田町の歴史」で、3日から4日間は「しまなみ海道と村上水軍の歴史」をアップします。お時間があれば目を通していただければうれしいです。

ため息が漏れちゃいます

恥ずかしながら、生粋の愛媛県人のくせして
歴史にも地理にも疎いので、めちゃくちゃ勉強になりますm(_ _)m

てゆーかァ。
まだ次の記事を拝読してないのでアレなんですけど、
初めて見たような単語がズラズラ出て来て
ナニがナンやら…(笑)。
乱さんと同様、吉田という地名の件も初めて知りましたよ~。

県人として私も「いやし博」を応援したいと考えてます。
でも、応援する前にまず宇和島圏の歴史と風土を知らなきゃ
上っ面だけの薄い応援になっちゃいますね。
今回のシリーズ、参考にさせていただきます。

さすがじゅんさんはスゲェな~ぁ!!!(ため息)

あ。しまった…

ジンズゴンズのままコメントしちゃったwww

いやーー

ジンゴズンゴ様
今日は間違えていないでしょう。もし間違っていたとしても、今後大目に見てくださいね。

昔から歴史は好きで、一時期社会科・歴史の先生になろうと思っていた時期もありました。はるか遠い過去のことですが。

一番好きな歴史は、実は郷土史ではなく中国の歴史です。お隣の大国で、わが国の文化に多大な影響を与えた国の4000年余りの歴史ドラマが好きでして、エエ。変人かも・・・・

でも中国の歴史を語りだしたら止まらなくなって、ブログをはみ出しちゃうので語れません。
そこで、チマチマと日本の歴史を、チョロっと。3日から4日間は村上水軍の歴史です。これも、チョロっと。
プロフィール

じゅん

Author:じゅん
愛媛の松山から、「愛媛グルメ紀行」や「愛媛の歴史」など、幅広いテーマで情報発信しています。日曜日を除く毎日更新。画像も豊富。
長いサラリーマン生活に終止符を打ち、還暦をとうに過ぎた2014.12.1に起業して社長になりました。

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