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「割烹仕出し 川崎屋」・「愛媛グルメ紀行」 335

今日は、伊予郡松前町浜にある”割烹仕出し 川崎屋”さんをご紹介しましょう。


場所は、松山市内から松前町に入り、県道22号線を”松前漁港”を目指すと、その漁港の真ん前にあります。


実は、時々記事を参考にさせていただき助かっているブロガーの”きくりん”さんの7月7日の記事を拝見して(ブログ名は”愛媛さすらい日記”)、採り上げられていた”ビーフン”に興味を持ってお訪ねしました。


”きくりん”さんが食べた”ビーフン”は、その記事や写真のどこを見ても”ビーフン”というより”五目餡かけラーメン”、あるいは”ちゃんぽん”に酷似(こくじ)していたからです。

玄関1   さて、”松前漁港”前にあるお店にやってきました。


どう見ても、立派な割烹仕出し屋さんです。気軽に、中華風”ビーフン”を食べられるお店の店構えではない。


”宴会場”はこちらと言う看板まである。恐る恐る店内に入った。

店内2   こちらが店内のカウンターの内側の様子。


夜は完全に”居酒屋仕様”。


若い娘さんがフロアー係りをしていて、様々な客層の注文を取っていた。


本日のランチは”自家製カレーライス定食”750円だった。

メニュー3   メニューブックを繰ってみると、お目当ての”ビーフン”があった。お値段は580円(内税)。これお願いしますとメニューを指差した。

すると、フロアー係りの若い女性、笑顔一杯で「寿司5貫が付いている”ビーフンセット”(800円)が断然お得です!」と薦める。

「いやー、こう見えても最近小食になって寿司5貫などとてもトテモ・・」と、ワタシ。

「じゃあ、お握り一個からあります!どうですか?」っと畳み掛ける。

「いやいや”ビーフン”だけで十分。それより、このお店は何時開業されたのですか?」と、ここからワタシの本業が始まった。

「え????そんな昔のことはちょっと・・・・。アッ!ちょっとお待ち下さい、詳しいものを呼びますから!」と言って、厨房に注文を通した。

厨房から顔を出したのが、私とほぼ同年代と思しき女将。

「開業年ですか・・・・そうよねー、昭和一ケタ代っていう事は分かるけど、昭和何年かまでは分からないんです」と、女将。

「エーーー!じゃあ、少なくとも”80年以上も前”のことですか?じゃあ戦前ですね?・・・・?」と、呆然とするワタシを前に、女将が語り始めた。

その女将の熱く長い語りの前に、ワタシが一言余計なことを言ってしまった。「じゃあ、そのころは松前は小さな漁村でしょうね」っと、これが実に”愚問”であったことは、後に分かりました。

この”愚問”、女将の何かに火をつけてしまった。

「何を言ってるんです!松前は”お城下”だったんですよ!」と、女将のこの強い口調で、以下は女将の独壇場と化した。

「アッ!失礼!!”お城”は当初松前にあったんですよね。1600年に入って、加藤嘉昭が松前の”おたたさん”たちの力を借りて、松前から松山の勝山に城を移したんだったですね!ウッカリしていました」っと、ワタシが女将のお話を返す。

松前城跡4   この画像が、”松前城跡”。

このお店のすぐ近くにある。

「開業当時は、食堂ではなくお菓子などを売る小さなお店だったそうです」と、女将は話を続ける。

「何もない時代ですよ。そういう状況が一変したのが、”東レ”(旧東洋レーヨン)さんですよ。”東レ”さんの愛媛工場が松前に出来たのが昭和11年でしょ!」っと、昨日の出来事のように続ける。

「それから、松前町は”東レ”さんの発展ともに変わっていったんですよ。ウチだって、それまで駄菓子を売っていたのが、やがて”アイスキャンデー”を作って売り子さんに売るようになった」

「当時は冷蔵庫も冷凍庫もありませんでしょ!、アイスキャンデーの売り子さんは何十人といた」

「皆さん、ウチから仕入れた”アイスキャンデー”を木の箱に入れて、自転車で街中を売り歩いた」っと女将。

「その内、”アイスクリーム”が出来たんですよ、でもね、皆食べるものがなかった。お腹は何時も空いていた」

「そこでね、食堂を始めたんです、ワタシで3代目、でももう4代目の時代よ・・・・・」

ビーフン上5   「戦後食堂始めたころはね!、何も売るものがなかった。冷蔵庫もまだなかったし、そこらで採れた野菜を使ってね」と、穏やかに続ける。

「東レの女工さんたちも、寮に入りきれない人はこの辺りに下宿していた。その人たちがね、朝、ウチに寄って朝ご飯を食べて、夜帰るときは夕ご飯を食べていたんよ」と。

「ずっとお腹空いていた時代・・・・・長かった・・・」と、女将の述懐(じゅっかい=つくづく思い出しながら語ること)が続いた。

ビーフン6   ここでワタシが女将の話を引き取って「ところで、この”ビーフン”はどう見ても”五目餡かけラーメン”か”ちゃんぽん”に見えますが?」と、予てよりの疑問を女将にぶつけてみた。

すると、女将から意外と言うか、いやむしろ納得という答えが即座に跳ね返ってきた。

「ウチはこれが”中華”なのか何なのかは分からんのよ」っと。

そしてこう続けた「戦後直ぐ、その辺りにあるものを寄せ集めてコレを作って、お店で出しとったんよ!」と。

「するとね、戦争から復員してきたヘイタイさんがね、これは”ビーフン”じゃー!!、って言うたんよ」

「ワタシラ”ビーフン”ユータラ、どういう食べ物なんか知らなんだんよ!ジャケン、これはヘイタイさんが名を付けてくれて、そのままツコートルんよ!」っと、女将。

「このお店は”戦後”がそのまま生きているンですねーー!」とワタシが話すと、更に腰を抜かさんばかりの話しが女将の口から、いかにも昨日の様に出てきた。

松前漁港7   「ソンナ・・・・”センゴ”ユーテも貴方、”豊臣秀吉の朝鮮出兵”のときは、”松前のお城”の前の港、ここから”2,400人の兵士”が出港して朝鮮に向かったンヨー!!」っと、平然と話が続く。

「エーーーー???”文禄の役”って、まだ1600年になっていなかった、あの時のコトーーー???」っと、椅子から滑り落ちそうになったワタシ。

「ソーヨ、それより前は、”松前”は瀬戸内海交易の中心ヤッタンヨーー!」っと、話は止め処もなく遡る。(さかのぼる)

「松前には、瀬戸内海を代表する”回船問屋”さんが何軒もあってね、ここら辺の”珍味”や”砥部焼き”を、北海道から積んできた”昆布”なんかと一緒に難波(大阪)に積み出しとたんよー!」っと。話の奥が深い!

アップ8   「え?”ビーフンの味はどうか?」って。

そりゃあ美味しいに決まっているでしょう!

トロミが付いたスープが野菜の甘味にジンワリ包まれている。

麺9   麺はその辺りの麺屋さんから仕入れた、ごく普通の中華麺。

スープが心地よく絡む。

戦地から引き上げてきたヘイタイさん、涙を流しながらこの”ビーフン”を食べた。

これが”米粉”ではなくても、一向にいいではないか。

箪笥(たんす)の底が尽いて、売るものが何もなくなった人たちに、「ええ、お金は又でいいですよ!」っと言いながらお腹を空かせた人たちに振る舞ったという。

これが美味しくなくて、何が美味しいのか?

ここの女将は、「今は昔の・・・・・」で始まる、平安時代初期に完成した”今昔物語”(こんじゃくものがたり)の”現代の語り部”だ。

「だってね、こんな昔の話知っている人が段々少なくなったでしょう?」と、女将が最後に続けた。

「だから、知っている者が、今話しておかないと・・・・」っと、ワタシに微笑んだ。

「ご馳走様でした」と、丁寧に挨拶をした。

完食10   それを、ワタシ達の横で静かに聞いていた若い女性、こう言った。

「アレー???完食シターー!、スゴイ・・・・嬉しい!」っと。

「また来てください、今度は”本日のランチ”をお薦めします!!」と、フロアー係りの役に徹しきっている。

このお店、奥が深く力強い!!




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No title

地元で、昔からよく知っているお店なのですが、あらためて川崎屋さんの歴史みたいなものを知ることができてとても興味深かったです。
女将さんってなかなかの歴史フリークなんですねえ。なにより郷土の松前に対する愛情が伝わってきました。
川崎屋さんもなかなかの女系家族なんですよ。

私も驚きました

ファットマン様
そうでしたね、ファットマンさんの地元でしたね。
私は今回初めてお伺いしたのですが、三代目女将の松前町に対する熱い想いには打たれるものがありました。実は、女将はもっともっと語られました。とても全部書ききれないので、かなりの部分を割愛して、あれだけのボリュームです。
また仰るようにレベルの高い「歴史フリーク」さんだと、私も思いました。たまたま私も歴史好きな人間ですので、ウマがあったのかも知れません。
このお店はまた訪問して、女将と歴史談義を重ねたいと思っているところです。

じゅんさん、こんにちは

このお店のレビューも、いろいろな処で見かけましたが、これほどお店の歴史やビーフンという名の由来など語られた記事は見たことがありません。
お世辞でもなんでもなく、お見事です!としか言えません。

歴史好きが集まったら、時間が許す限り語り明かすんでしょうね♪
じゅんさん!こりゃ此処の女将とOFF会するしかないですねwww

女将と・・・・

乱駆郎様
実はワタシも心底、タマゲました。ワタシ、多分普通の方に比べれば多少歴史には詳しいつもりでしたが、ここの女将のように超リアルに江戸時代以前のことを、しかも平然と語れる人物に出会ったのは初めてです。
ワタシのほうが圧倒的に押されっぱなし。ファットマンさんへのコメントでも書いたように、女将がワタシにあの時語った内容は、とても1回の記事として書ききれませんでした。

あははは^^女将とオフ会か~。でも、考えてみたら女将が話している歴史的なことに即座に反応して話を返せる人は、そう多くはないかも。

またお邪魔して、歴史談議に花を咲かせようと思っています。^^

No title

こんばんは♪
いや、また凄い取材力ですね、ほんと。
私が訪問した時は、女将さん物静かな雰囲気に見えたんですけど(笑)
でも、会話すると、歴女に変貌するとは…奥が深い!
じゅんさんの記事を読み、再訪の楽しみが増えましたよ。

再訪なさって

きくりん様
ぜひ再訪なさって、松前町の歴史、いや日本の歴史を大いに語ってください。女将もきっと喜ばれますよ。

きくりんさんの記事にあった1枚の写真。あ「ビーフン」からこんな歴史話が飛び出してくるとは、想像もしていませんでした。

同じ「ビーフン」を啜りながら、その背後にヘイタイサンがぼーーっと浮かんできたような、真夏の世の夢を見てるようでした。

知られざる松前の歴史。

って、知らなかったのは私だけですかね(^_^;)
記事を拝読しながら、どこまで遡るのォォ!?と目が回るようでしたww

戦争から帰った兵隊さんが名付け、ビーフンでは無いと気付いていながら
そのままにしている優しさ。タマリマセンねぇ。
サブイボ立ちましたよ♪

松前の歴史を見て、受け継いで、愛して、全てをありのまま肩に背負う。
まさに松前とともに歩んで来た店なんですね。
恥ずかしながら未訪問の店ですが、しみじみそう感じました♪

女将さんはじゅんさんに何かを感じたのかも知れませんね。
語り部レーダーが“今こそ語る時だー!ビビビビッ!!!”なんてwww

おはようございます

ジンゴズンゴ様
お得意のラッシュ!キターーーー!

世の中知らないことだらけ。知っていることなどたかが知れています。

「自分探しの旅」を続けていますと、教えられることだらけ。

皆さんから様々な教えを請いながら、ジグソーパズルのピースがピタリピタリと収まっていく過程は、ありがたくもアリ。DNA的懐かしさもありです。

No title

他の人のブログで川崎屋さんの記事をみつけました。
女将さん、相変わらず松前を熱く語っておられるようですね。

http://39001919.at.webry.info/201208/article_2.html

なるほど

ファットマン様
他にも、女将の熱き語りを経験された方がいるんですねー。

というより、格好の客を見つけたら、熱く語り続けていらっしゃるんですねー。なるほど、こちらも、おぼろげながら実態が分かってきました。

多分、誰に対してでもということは無いのでしょうから、語りやすい相手と見ていただけたんでしょうね。「さくや」さんといい、「川崎屋」さんといい、ワタシは話しかけやすいキャラクターに見えたのでしょう。でもブログを書いているものにとっては、それは実にありがたいことですよね^^
プロフィール

じゅん

Author:じゅん
愛媛の松山から、「愛媛グルメ紀行」や「愛媛の歴史」など、幅広いテーマで情報発信しています。日曜日を除く毎日更新。画像も豊富。
長いサラリーマン生活に終止符を打ち、還暦をとうに過ぎた2014.12.1に起業して社長になりました。

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