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大野ヶ原から石鎚山を

今日はワタシの郷里、西予市野村町の”大野ヶ原”から、四国山地の稜線沿いに久万高原町柳谷の”姫鶴平”(めずるだいら)に至り、そこから”石鎚山”を望んだ時の風景をお届けしましょう。


実は、”大野ヶ原”については平成22年12月4日から10日までの7日間”大野ヶ原の夜明け”というシリーズでアップしました。


更にそれに続いて、平成22年12月11日から19日間での9日間は”大野ヶ原の動物達”というシリーズで連続アップし、合計16日間と言う長期に渡って連載しました。全くウケませんでした。

サイロトイレ1
真夏の大野ヶ原を訪れたのは、今年6月16日に90歳で亡くなった父の納骨を終え、兄弟3人で父を追討する為に弟の車で行きました。


父は元々小学校の教員をしていて、ここ”大野ヶ原小学校”の校長も経験しました。


また、87歳以降”グループホーム”生活を3年間しましたが、ワタシたち兄弟が交互に父をドライブに誘ったコースの中で、父が一番好んだコースを追悼を兼ねて3人でドライブしたという事情です。


大野ヶ原ルートは妹と弟が担当してくれていました。

大野ヶ原2
大野ヶ原”は西予市の北東部、高知県との県境に広がっている高原です。


県境を越すと、そこは高知県の”梼原町”(ゆすはらちょう)です。


坂本竜馬”が、梼原町を経由して、この大野ヶ原の高原を下り、肱川を下って脱藩したことはよく知られています。


上の画像は、大野ヶ原の”小松地区”を遠望したものです。


まるで北海道ではありませんか?


”大野ヶ原”は全国屈指の石灰台地”四国カルスト”の一部です。

韮ケ峠3
その坂本竜馬は、土佐藩を脱藩し、高知県梼原町(ゆすはらまち)から愛媛県との県境”韮ケ峠”(にらがとうげ、標高970m)を超えて、大洲藩の河辺町を通り、肱川を舟で長浜町まで下りました。


上の画像は、高知県と愛媛県の県境”韮ケ峠”です。


長浜では豪商富谷金兵衛宅で一泊した後、長州(山口県)に向かったことが知られています。

石鎚と大野ヶ原4
竜馬が脱藩したのは文久2年の(1862年)の3月24日です。


画像の一番奥に見える山々の連なりは”石鎚山”です。


ワタシが石鎚山に向かってコンデジを構えいた頃、ブログ友のジンゴズンゴさんはその石鎚山頂にいました。

高知側5
画像は、竜馬が高知県から脱藩した時の高知県側です。


竜馬はこちら側から登ってきて県境を越え、日本の夜明けを待ちました。


四国山地は、山、また山です。

放牧6
大野ヶ原は日本三大カルストの一つ、”四国カルスト”の一部を形成していて、広大な牧場が広がっています。


西予市野村町では”畜産業”は主要産業で、市内で150戸余りの農家が、肉牛・酪農牛を合わせて、約1万500頭余りを飼育しているそうです。


放牧された牛たちは早朝から夕方まで、こうやって広大な放牧地で日がな一日牧草を食(は)んでいます。

姫鶴平看板7
国道197号線から山の稜線に沿って車を走らせ、”韮ケ峠”を越すと久万高原町柳谷村の四国カルスト県立自然公園内にある”姫鶴平”(めずるだいら)に至ります。


地上の平面距離では恐ろしく遠いのですが、四国山地の稜線を行くと僅かな距離しかないことに驚かされます。


この先には”五段高原”が広がっているのです。


ここより南東に広がる山々は高知県、北西に広がるのは愛媛県です。


ここから”地芳峠”を下ると、久万高原町に下りられます。

風車8
県境尾根に沿って県道383号四国カルスト公園縦断線が通り、その間を大きくうねる波のような緑の草原が延びています。


上の画像は、風力発電の風車です。四国山地を流れる風を大きな羽で受け、ゆっくりと廻っていました。

カルスト8
父は、大野ヶ原小学校で、冬場”零下13度”の極寒に耐えました。


自分の背丈より高く積もる雪の中で、2週間も孤立したまま耐えました。


父を救ったのは、雪を掻き分け掻き分けたどり着いた小学校の一本の電話です。


父は最後の声を振り絞るように、電話の向こうにいる母に呟いたといいます。


「モシモシ・・・・・・もしもし・・・・かちゃんかー!」


今2人は天国で会えたでしょうか。ワタシと妹と弟の三人は祈り祈りながら大野ヶ原を後にしました。




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非公開コメント

おはようございます♪

お父様の納骨が無事に運び良かったですね。
こんな時でも無いと、兄妹が顔を合わすという事が、
無くなって来るのでしょうね(^_^;)

このシーズン、ここにはハンカイソウが咲き乱れ、その花に
ホオアカと言う鳥が止まるのを撮る為に、多くの鳥撮りカメラマンが通います。

鳥友も何人か撮って来たようです、私は中々チャンスがなくて、
今年も撮りには行けませんでしたが(^_^;)

ホオアカは、お茶会掲示板に、鳥友がUPしてくれました(笑)

へーー

ベル様
そうだったんですかー、大野ヶ原に「ホオアカ」という鳥が、知りませんでした。
もう石鎚山をカメラに収めることで精一杯でした。鳥の姿を追っかける余裕も知識もありませんでした。

その日は本当にいいお天気で、遠くに石鎚の霊峰を仰ぎ見ることができました。

次は、献体から母の遺骨が届いたときに3人揃って納棺する予定です。それまでは、もう3人が揃うことは無いと思いますね。仲良し兄弟なのですが仕方ありません。

全くウケませんでしたか(^_^;)

「大野ヶ原の夜明け」シリーズ
http://2103center.blog112.fc2.com/blog-entry-601.html
タンポポの綿毛に積もる露が美しいったら♪ (*´∀`*)ウットリ

「大野ヶ原の動物達」シリーズ
http://2103center.blog112.fc2.com/blog-entry-606.html
“ギュウドン”ワロタですwwww

例えウケずともずっと毎日記事更新してらしたじゅんさんに
ただただ敬服するばかりです。
誰にでも出来るコトじゃありませんよ!ヽ〔゚Д゚〕丿スゴイ

四国カルストは本当に美しくて、ほのぼのさせてくれますねー。
お父様もお好きだったとは、私も嬉しく思います♪
納骨、お疲れ様でしたm(_ _)m

今日も記事に取り上げて頂き、ありがとうございます♪
どんなに目を凝らしてもイケメンは写っとらんですねぇぇwww

え?写っていなかった??

ジンゴズンゴ様

ブログを始めた頃は、誰にも見られない地味で目立たないブログでした。(どなたでも、初めはそうかも知れませんが)
でもその頃のブログの目的は、一つは企業ブログとして検索順位アップがありましたし、それに文章で何かを表現することの喜びに満ちていました。正に水を得た魚の心境で毎日書き綴っていたのです。

ワタシのブログが多くの方の目に止まるようになり、またコメント数も飛躍的に増えていったきっかけの一つが、ブログ友のベルさんであり、ロサンゼルスに住むKaoriさん、そしてジンゴズンゴさん、あなただったのです。

それ以降はブログのシーンが完全に変わりました。今では生きる糧になっています。

さて、石鎚山遠望の写真に、え?え??イケメン写っていたでしょう?
イケメンが石鎚山頂で輝いていたのをワタシは見ましたよ!
もし写っていないように見えるとしたら、それは画像アップの際のワタシの操作ミスかも知れません。
ごめんなさい、あれほど鮮やかにイケメンが写っていたのに・・・それが表現できなくて。もっと写真の腕を磨きます!
プロフィール

じゅん

Author:じゅん
愛媛の松山から、「愛媛グルメ紀行」や「愛媛の歴史」など、幅広いテーマで情報発信しています。日曜日を除く毎日更新。画像も豊富。
長いサラリーマン生活に終止符を打ち、還暦をとうに過ぎた2014.12.1に起業して社長になりました。

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