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「松山市の地名・町名由来」・ 「梅津寺町・安城寺町」 2

今日は、「松山市の地名・町名由来」の第2回目です。


2回目の今日は、”寺院”が町名の由来となっている「梅津寺町」(ばいしんじまち)と「安城寺町」(あんじょうじまち)をご紹介しましょう。


実は、”寺院”(お寺)が町名の由来になっている町は実に多くあります。


仏教の伝来”は、538年(日本書紀によると552年。他にも諸説あり)百済(くだら)の聖明王(しょうみょうおう)の使いで訪れた使者が、欽明天皇(きんめいてんのう)に金銅の釈迦如来像や経典,仏具などを献上したことに始まると言われています。


ですから先週の月曜日に、愛媛で記録に残っている一番古い地名は「久米」で、それは概ね6世紀末から7世紀であったことをご紹介しましたが、寺院が町名の由来となっている町も仏教伝来以降に付けられたことが分ります。

梅津寺駅1
この画像は、伊予鉄高浜横河原線の”梅津寺駅”です。


ここに”梅津寺公園”があって、小さなジェットコースターなどが在った時は、子供達を連れて遊びに行った思い出があります。

梅津寺
こちらは、梅津寺公園近くにある”梅津寺”です。このお寺の名前がそのまま町名になり、この辺りは「梅津寺町」(ばいしんじちょう)となりました。


場所は”高浜中学校”の直ぐ下です。ですが、梅津寺公園の前を通る”県道松山港線”からは見えにくいので、地元の方以外は”梅津寺”というお寺があること自体を知らない方が多いかも知れません。



梅津寺”という地名の由来となった人物は、中国の名僧といわれた”雪广禅師”(せっけんぜんじ)(1649年~1708年)で、延宝5年(1677年)に長崎興福寺の招きで来日され、その後に松山藩主”松平貞直”(まつだいら さだなお)の招きで松山に来られた名僧です。


その時、黄檗宗(おうばくしゅう)”千秋寺”四代目(”千秋寺”は、道後村めぐり23番に指定されている、道後地区にあるお寺)の住職となり、その後元禄13年(1700年)に千秋寺を去り、”梅津寺”を創建されました。

梅津寺から海岸臨む3
この地が中国の郷里、”梅津”に似ているところから”梅津寺”と名づけたことが記録に残っています。


松山でも、町名由来を遡れば中国の地名であったという例は恐らくないのではないでしょうか。


一時、この寺は廃れていましたが、昭和13年(1938年)に、この地に海水浴場を開設するに当り、現在地に再建されたものです。


この寺には現在、松山市指定有形文化財(工芸品)の”梅津寺の鐘”が残されています。

安城寺バス停1
次は「安城寺町」(あんじょうじまち)です。この画像は伊予鉄バスのバス停標識です。


ここ「安城寺町」もお寺が町名の由来になったと言われています。

安祥寺山門5
町名の由来となったお寺は、画像の”安祥寺”(あんしょうじ)です。


場所はちょっと分りにくいのですが、”県道和気衣山線”を和気の方向に向かうと「高木町」(たかぎちょう)の町境に来ますが、その手前を東に200m程入ったところにあります。


丁度”高木池”の真西方向になるでしょうか。


これから、このように町名を記した標識と、その町名の由来となったものを順番にご紹介していきます。





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おはようございます♪

こちらの方は、子供が大きくなると殆ど行く事がないですね。
梅津寺駅にはよくお世話になりました(笑)

遠足の度に親子連れで行ったものです。
あぁ懐かしい、孫もこちらには居ないため、
本当にもう20数年行ってませんね(o^-^o)

遊園地が無くなったので、尚更です(^_^;)

子供がいないと

ベル様
そうですよね、子供が小さかったころはよく連れて行きましたねー。

便利な場所で、我が家からは電車で乗り換えなしで行けるものですから。でも遊園地もなくなり、連れて行く子供も成人してしまいましたから無縁になりました。

私も今回の取材で久しぶりに行きまして、遊園地がなくなって淋しくなった風景を見て、感慨深い思いがしました。

地名を巡ってこれから松山市内を様々に取材して行きますので、また懐かしい地名に出会えるかもしれませんね。

No title

梅津寺駅、昔「東京ラブストーリー」のロケがあったところですね。
なんていう関係ない話は置いといて、私は梅津寺っていうお寺があるのを2年くらい前に知り、恐らくこのお寺が地名と関係してるんだろうなって思ってたのですが、やはりそうだったのですか。梅津寺駅の横の公園は梅、桜が綺麗ですね!

梅津寺

やきものがかり様
この地名シリーズを書き始めて、改めて分かったことですが、ここ松山というところは古くから開けていて人々が多く暮らしていただけではなく、中央(当時は藤原京や奈良京)から文化がいち早く伝わっていたことが分かります。

梅津寺も仏教文化伝播の過程でできたもの。今の「梅津寺町」が「梅津寺」というお寺に因むということは、今回このシリーズを書くに当って勉強した本にも書いてあるのですが、その更に大元は中国の地名であったことは「梅津寺」に出向いてみないと分かりません。

やはり、現地をきちんと取材することの大切さを学びました。
プロフィール

じゅん

Author:じゅん
愛媛の松山から、「愛媛グルメ紀行」や「愛媛の歴史」など、幅広いテーマで情報発信しています。日曜日を除く毎日更新。画像も豊富。
長いサラリーマン生活に終止符を打ち、還暦をとうに過ぎた2014.12.1に起業して社長になりました。

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