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「松山市の地名・町名由来」・ 「祇園町・中村」 14

松山市の地名・町名由来」の第14回目は、石手川の南側に沿っている「祇園町」(ぎおんまち)と「中村」(なかむら)との2つの町名由来をご紹介しましょう。


国道11号線と国道33号線が市内中心部から石手川を越えて、それぞれ東温市経由高松方面と伊予郡砥部町経由高知方面へと伸びています。


それぞれの国道が石手川を越えますが、その石手川の土手から南一帯に広がるのが「祇園町」と「中村」です。


先ずは「祇園町」(ぎおんまち)の由来です。

祇園町標識7
上の標識は、「祇園町」という町名を示す標識です。


元々この「祇園町」は、昭和5年の町名改正までは”素鵞村”(そがむら)の一部でした。


その”素鵞村”(そがむら)の内、現在の「中村」と「立花」の一部が「祇園町」という町名に変わりました。

素鵞神社8
上の画像は、現在の”素鵞神社”(そがじんじゃ)です。


この”素鵞神社”は”素盞鳴尊”(すさのうのみこと)を祀っている神社です。


なお”素盞鳴尊”(すさのうのみこと)とは、日本神話に登場する神の名前の一つで、”日本書紀”にその記述があります。


松山市内には同じ神社名の”素鵞神社”(そがじんじゃ)が、7箇所もあります。


それは、浄瑠璃町、西長戸町、中村2丁目、食場町(じきばちょう)、安城寺町、樽味4丁目、宿野町(しゅくのちょう)です。


いずれの神社も主祭神は”素盞鳴尊”(すさのうのみこと)を祀っている神社です。


京都市東山区内にある有名な”八坂神社”(さやかじんじゃ)も、同じ”素盞鳴尊”(すさのうのみこと)を祀っている神社ですので、同じ系列にあるのかも知れませんね。

素鵞神社9
そして、中村にあるこの”素鵞神社”(そがじんじゃ)が、かつて”祇園神社”(ぎおんじんじゃ)と呼ばれていた時代があり、それが昭和5年の町名改正で「祇園町」となった由来です。


なお、上に書きました京都の”八坂神社”がある一帯は、舞妓さんで有名な”祇園”と呼ばれている地域です。


この画像の”素鵞神社”(そがじんじゃ)の例祭は10月8日で神職もいらっしゃいますが、非常駐です。


この神社の詳しい由緒などは分かっておりません。

中村町標識14
上の画像は「中村」の町名を示す標識です。なお「中村」も町名の最後に””が付かない町になり、1丁目から5丁目まであります。


通称”拓南通り”と呼ばれる、国道11号線から国道33号線を結ぶ東西の通りに沿ってある町です。

中村町商店街15
これは中村町の古い商店街である”拓南通り商店街”です。


この商店街も、地域商店街の現状を示すように大型商業施設に顧客が流れ、閑散とした通りになっています。


さて「中村」の由来ですが、その地域で農業が盛んになると集落が形成されていきます。その形成された集落を”むら”や”さと”などと呼びました。


松山市には、上に書いた経過から付いた町名が「中村」・「小村町」、及び「川の郷町」です。その中で「中村」は、むらの中心部にあったためその名が付きました。「小村町」は、逆に小さい村だったということです。


因(ちな)みに、全国で一番多い地名は「中村」で、二番目が「」、三番目が「新田」だそうです。


上位3つの地名・町名は、何れも””に関係ある地名・町名ですから、日本に稲作農業が定着していった過程で生まれた古い地名・町名だということが言えます。


次回の第15回目の「松山市の地名・町名由来」は、「正円寺」と「伊台町」をご紹介します。



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プロフィール

じゅん

Author:じゅん
愛媛の松山から、「愛媛グルメ紀行」や「愛媛の歴史」など、幅広いテーマで情報発信しています。日曜日を除く毎日更新。画像も豊富。
長いサラリーマン生活に終止符を打ち、還暦をとうに過ぎた2014.12.1に起業して社長になりました。

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