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「松山市の地名・町名由来」・ 「松江町・喜代町・道後姫塚」 29

松山市の地名・町名由来」の第29回目は、女性の名前に因むという共通性を持っている「松江町」(まつえちょう)・「喜代町」(きよまち)・「道後姫塚」(どうごひめづか)の町名由来をご紹介しましょう。


「松江町」は三津地区にある町で、中央通りから三津を目指して西進すると”宮前川”の手前に交差点があります。その”宮前川”を渡った所の南側一帯が「松江町」です。


ほとんど松山市の西の端に近い位置にある町です。下の画像は「松江町」を表す松江町名表示板です。もう海に近い町です。

松江町名表示板11
この町名は、この地域に住んでいた”烈女松江”と呼ばれる女性の名前が由来となりました。


松江”という女性は、三津で剣道を教えていた大洲藩浪士である”井口瀬兵衛”の次女で、町内で知らないものはいないという評判の美人だったようです。


この”松江”に恋していたのが岩蔵という青年でした。思い募って、遂に思いを遂げたいと思いつめるに至り、町影で松江を待ち伏せました。


突然”岩蔵”に襲われた”松江”は、余りにもとっさのことだったので父から手ほどきを受けていた剣技で”岩蔵”を斬り殺しました。

松江橋12
「動転していた、或いは岩蔵が悪人だったとは言え、人を殺した罪は私にある。私は生きてはいけません、どうか私の命を絶ってください」と父に頼みます。


瀬兵衛は涙をのんで、文化10年(1813年)12月8日に三津浜の浜で松江を切りました。松江は享年18歳でこの世を去りました。


この壮烈な父娘の行動に胸を打たれた松山藩主”松平定通”(さだみち)は、瀬兵衛を召抱えようと使いを遣りました。


上の画像は、その”松江”を顕彰する為”松江橋”をいう名前がつけられた橋です。宮前川に掛かっています。

松江橋表示13
松山藩主の申し出に対して、「武士は二君に仕えず」(2人の主君には仕えない)として瀬兵衛はこれを断ります。

その5年後に、大洲藩主”加藤泰済”(やすずみ)が瀬兵衛を召抱えました。「松江町」にお住まいの方でも、この町名由来をご存じの方は多くないかも知れません。


次は、松山城の東側にある「喜代町」(きよまち)で、1丁目と2丁目しかない狭い町です。この町も、江戸時代に我が身を皆の為に捧げて亡くなった女性の名前が町名由来です。

喜与町標識4
上の画像が「喜与町」を示す伊予鉄バスのバス停表示板です。


江戸時代、松山では疫病が流行ったことがあって、次々と多くの方が亡くなっていきました。


それに心を痛めたのが”お喜与”という娘でした。疫病を鎮めて欲しいとの思いが募りに募って、遂に神様に身を捧げ自らの命を絶ちました。

喜与町5
その後、嘘のように疫病は収まりました。人々は”お喜与”さんに感謝の念を込めて””を立てたそうでです。人々はその祠を”お喜与大明神”と呼び親しみ、信仰を集めたと言います。


「喜与町」を歩きまわり、その祠を探してみましたがその痕跡すら残っていませんでした。


それでも”お喜与”さんの名前は、現在も「喜与町」という町名としてこの地に残っています。


<追加補足1>今日、上の記事をアップしましたところ、ブログ友:”ファットマン”さんから貴重な情報コメントを頂きました。そこには、「喜与町に喜与女の顕彰碑みたいなのが建ってます。「ということでした。急遽その石碑を撮影してきましたので、以下にその画像を追加アップします。ファットマンさんの貴重な情報提供に謝意を表します。
喜与町石碑
この画像が、「喜与女之碑」と名付けられた石碑で、近所の方が昭和54年に建てられたもののようです。

この石碑の情報は、「お気楽アルプ日記」 お喜与と太郎兵衛)様の情報によるものです。貴重な情報に感謝いたします。ありがとうございました。

<追加補足2>再び”ファットマン”さんから追加情報をいただき、”お喜与さんの祠”の現在の場所が分かりました。それは、以下のブログで紹介されています。(とん子姐のブログ

そのブログ記事に依りますと、”お喜与さんの祠”は東雲神社の南方にあって、今はロープウェイ街のまっただ中にあったそうです。

その道路工事の際に、そのまま無くすることは忍びないと、”松本ビル”のオーナー様が引き取って、自分のビルの屋上で祀っているそうです。ブログを書いた”とん子姐”様、貴重な情報ありがとうございました。





最後に、”道後温泉”の東側山手にある「道後姫塚」(どうごひめづか)です。ホテルや保養所や病院があります。

道後姫塚バス停表示6
「道後姫塚」という町名は、伊予の守護大名として中予地区を支配していた”河野氏”の一族であった”河野通時”(みちとき)の娘の墓「姫の塚」から採られました。

河野通時”自身は河野家の当主ではなく、25代当主の”河野通継”(みちつぐ)の弟で、鎌倉時代の人です。

”河野通時”(みちとき)の娘の墓「姫の塚」は、この町の”義安寺”に建てられました。

墓を建てたのは”河野義安”(よしやす)と言います。この”河野義安”も、その父と言われる”河野景通”(かげみち)も、”河野氏系図の中には出て来ません。

ですから、河野氏当主の家筋からはやや離れた”河野一族”の一人でしょう。ただし、河野氏が滅亡する天正13年(1585年)に近い時代の方でしょう。

義安寺山門8
この画像が、”河野義安”(やすよし)が建てたとされる”義安”(ぎあんじ)の山門です。


天正13年(1585年)に、豊臣秀吉”四国攻め”の命を受けた”小早川隆景”にっよって伊予国の守護大名であった”河野氏”の最後の当主””河野通道”(こうのみちなお)・(伊予守)は道後”湯築城”近くに隠居させられました。


この時の戦いでは、”河野通道”(こうのみちなお・伊予守)は殆ど戦いらしい戦いはしませんでしたが、河野一族滅亡に絶望した家臣団の中には自刃(じじん)したものも多かったと伝えられています。

義安寺本堂9
河野家滅亡を覚悟した家臣団は、死を決意しこの寺に集まります。


そして本堂に一同参った後、皆で”別れの水杯”を交わしたとされています。

誓いの泉10
家臣団が”別れの水杯”を交わしたとされる場所が、画像の”誓いの泉”として今に伝わっています。


河野家26代の当主であった”河野通有”の叔父”河野通時”の遺骨はこの”義安寺”に葬られましたが、通時の娘は父の遺影を守るため、この寺で一生を終えたとされます。


孝行な娘を偲んで建てられた塚を”姫の塚”と呼んだのです。松山名物の”姫だるま”は、この義安寺でだるまを作り、姫の顔を描いて姫の供養をはじめたことから始まったそうです。


なお次回の「松山市の地名・町名由来」の30回は、「枝松」「拓川町」等をご紹介します。




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おはようございます

喜与町に喜与女の顕彰碑みたいなのが建ってます。私は見たことがありませんが祠も残っているそうです。そのことを書いた人のブログのリンクを貼っておきます。
http://blog.livedoor.jp/danke_323/archives/1533785.html

夫の「義農」太郎兵衛ともども地元ではある種の有名人ですよね。

これは!

ファットマン様
そうでしたか!あったんですね。全く気が付きませんでした。
貴重な情報、何時も感謝しています。

早速、現地に行って画像を撮り、記事を訂正しておきます。感謝!感謝!です。

それにしても、実に様々な情報を御存知ですね!今更ながら感心いたしました。

この地名由来シリーズも、12月下旬まで、全部で40回で記事を終えることにしました。残り11回です。最後の40回目の原稿を書けば、ようやくシリーズの脱稿です。(39回までは既に原稿を書き終えました)

補足です

「祠」については私も見たことないのですが、この記事にコメントを寄せている「とん子姐」という人は知っておられるみたいです。とん子さんのブログにコメントして問い合せたら所在がわかるかもしれませんね。

重ね重ね

ファットマン様
重ね重ね、貴重な情報ありがとうございました。
早速、石碑の画像は撮ってきましたので、今から補足アップします。

また「とん子姐様」の記事にもアクセスしまして、祠の件をお願いするコメントも致しました。

さて、今後どうなりますやら?何だかドキドキしてまいりました。世の中、私と同じような関心をもって記事アップされている方、多いんですねーー!

え~~~~

匿名様

えーーー!そういう設定になっていましたか?どこでどうなったんでしょう?自分でも分かりません。

恐らく、切り替えた時、適切な対応ができていなかったのでしょうか?

以降、意識して貼ることにします。非常に適正なアドバイスに感謝いたします。

確認しました

匿名様
早速確認してみました。「ホントーーーダ!」

確かに指摘された通りになっていますねー。

これは、切り替え前から使っていたものを、訂正せずにそのまま使っていたことによる間違いですね。

以降は、必ずそのことを確認してからコメントするように注意します。

返す返すも貴重なアドバイスありがとうございました。冷や汗が出ました。
プロフィール

じゅん

Author:じゅん
愛媛の松山から、「愛媛グルメ紀行」や「愛媛の歴史」など、幅広いテーマで情報発信しています。日曜日を除く毎日更新。画像も豊富。
長いサラリーマン生活に終止符を打ち、還暦をとうに過ぎた2014.12.1に起業して社長になりました。

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