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「再訪 143 レストラン 野咲」・「愛媛グルメ紀行」 571 

今日は3度目となりますが、千舟町3丁目、”千舟町通り”の南側、藤村住宅ビルの1階にあります”レストラン 野咲”さんをご紹介します。


このお店を最初にご紹介したのは2011年2月3日、”愛媛グルメ紀行”シリーズでもまだ10番目のお店としてでした。(「野咲」 真っ当な「B級グルメ店」⑩

野咲特製ランチ縮小
その時に注文したのがハンバーグとエビフライ、それにオムレツという洋食の定番三点セットの”特製ランチ”。


20代後半と40代後半の、計20年余り、このお店に通っていました。時には毎日の時もありました。その時、一貫してこのメニューを注文し続けました。ワタシは、毎日同じメニューでも一向に平気です。


2回目にご紹介したのは2012年11月1日でした。(「再訪55 野咲」・「愛媛グルメ紀行」 408)。


この時は、コックさんとして師匠を同じくし、またご親戚でもある、空港通り6丁目にある”クレピス”さんと、同じメニューを対比させながらご紹介しました。

野咲ランチ4
その時に注文したのが、画像の”野咲ランチ”です。クレピスさんにも、内容が似ている”クレピスランチ”があります。


千舟町にお店を出されて、今年が確か39年ないし40年目という”洋食屋”の老舗です。


このお店の店主さんは、シェフなどと言う呼び名より”コック”さんと呼んだほうが自然に耳に馴染みます。既に後継者のコックさんも育っています。

玄関1
40年程前も、お店の感じはこんなだったような気がします。


このお店の前に立つと、まるでタイムスリップして30年か40年前に戻った感じになるから不思議です。


レジ兼フロアー係りの奥様や店主さん(コックさん)など、あの頃のままの風貌を保たれてているように感じるんです、不思議ですが。

店内2
なぜこのお店の人たちは年を取らないんだろう?素朴にそう感じます。


店内は、ワタシの目と言うフィルターを通して見ると、モノトーンのセピア色に見えます。


この空間だけが、時間が止まっているかのように、ゆっくりスローモーションで動いている、非現実的かも知れませんがそれが実感です。

メニュー3
メニューも、殆ど当時のままではないでしょうか。


当時は”特性ランチ”、或は”スペシャルランチ”、そして”野咲ランチ”しか頼んだことがなかったけれど、今回は”カツスパ”にしました。お値段は580円。


このメニューを注文したのは二つの理由があります。一つはブログ友:”ファットマン”さんがアップされた以下の記事です。(野咲でカツスパ(ナイフは贅沢品か)

コーラ4
もう一つの理由は、”愛媛グルメ紀行”シリーズも、このお店で延べで571番目のお店になりました。


その間に、同じ店を再訪もしています。中には、既に4回もアップしたお店も出てきています。


でも”再訪”したお店では、一度たりとも”同じメニュー”で記事にしたことはありません。それもあって、このお店の注文は、延べ20年余り通いましたが、初めての注文となります”カツスパ”にしたと言うわけです。


お店の厨房側のカウンターには、懐かしい”コカ・コーラ”の瓶が並んでいます。これは、お客さんが飲んだ後の瓶をボトラーに一旦返却し、再度中味を充填されたものを特別に仕入れているもので、市販されてはいないそうです。


コカ・コーラが日本に初めて輸入されたのは、大正時代と言われています。ですが、ワタシの記憶では”加山雄三”さんが”コカ・コーラ”の初代CMタレントとして颯爽と登場した頃に初めて出会いました。高校時代でした。


その時は、画像の分厚いガラス製の瓶の時代でした。自販機などまだない時代です。上の画像は、このお店の歴史を象徴するシーンでしょう。

カツスパ5
さあて”カツスパ”です。


まず、ワタシの記憶の中で初めて”スパゲティー”が登場したのは、まだ中学時代。南予の田舎で暮らしていましたから、テレビで見たことはありますが食べたことなどありませんでした。


ところが高校は松山に出てきました。すると、その当時の”喫茶店”の花形メニューが”スパゲティーナポリタン”であることに気が付き、出会いました。目も眩む出会いでした。


その当時のスパゲティーと言えば、”ナポリタン”(その当時は、単に”スパゲティー”と言っていた)だけしかない時代でした。


ワタシの”スパゲティー”との人生初めての出会いは、当時高校では禁止されていた”喫茶店”に隠れるように入って食べた”ナポリタン”。これは「西洋ケチャップ炒めうどんだ!」っと思いました。


もともと”細い紐”という意味の”スパゲティー”の歴史は古くはありません。スパゲティーの本場イタリアで、スパゲティーが一般的に食べられる様になったのは、今から僅か80年前ほどでしかありません。


スパゲティー”という言葉ができたのは、今世紀になってからのことで、工場で作る乾燥パスタを”スパゲティー”と言いました。ですから手打ち生パスタは厳密に言えば”スパゲティー”のカテゴリーには本来入りません。

カツスパ6
考えてみれば、今ワタシは、自称「人類ならぬ麺類」と言っていますが、その土壌となったのが”西洋ケッチャップ炒めうどん”でした。


イタリアにおいても最初に食べられた”スパゲティー”は、南イタリアの”ナポリ”で生まれました。


その”スパゲティー”が”ナポリ”で、南米産の”トマト”と出会って”ナポリタン”が生まれました。これは一種の奇跡的出会いでした。この出会いが無ければ、今日の”スパゲティー”の隆盛はなかったでしょう。


イタリアの”スパゲティー”が大衆化したスタートは、トマト味だったのです。


そういう歴史を持つスパゲティー、ワタシにとって出会った当初は”うどん”や”素麺”・”冷や麦”の一種だったのです。


ですから、このお店の”カツスパ”が美味しいかどうか?などということは、ワタシの頭にはありません。


ただただ懐かしさあるのみです。時間が止まってしまったというのは、正にそこにあります。

カツスパ7
厨房内の二人のコックさんは、無言で絶妙な連係プレイを演じます。店主コックさんが、使いに使ったフライパンに油を引き、そこに茹で置きスパをタマネギの櫛切りと共に投入して炒め始めます。途中で塩コショウをしてケチャップをタップリ廻し掛けて、仕上げにかかります。


既に、スパを炒め終るタイミングを逆算されて、若いコックさんが”薄いカツ”を3枚取って生パン粉が大量に入った中でパン粉をまぶし、スパを炒めているガスコンロの前の大きなフライヤーに投入されています。


何時か聞いたことがあるんですが、コックさんは”フライ”の揚がり加減を「パチパチ」と爆(は)ぜる油の音の変化で瞬時に判断されるそうです。(この話は、天麩羅屋さんのことかも知れませんが)


スパゲティーとタマネギが炒め上がってお皿に移されます。そして直ぐに、程良く揚がったカツが取り出されスパに乗せられて、このお店のオリジナルソースを掛け廻せば出来上がりです。

アップ8
このお店は”カツスパ”にはフォークだけしか付いていません。ナイフがないので、この薄切りとは言え”カツ”を一口で食べてしまうのには難渋します。


ファットマンさんが「ナイフは贅沢品か」と書かれた意味が、ここでやっと実感できました。全く同感です。


今や、”ケチャップ炒めスパゲティー”より美味しい”スパゲティー”が、世の中には幾らでもあるということを知りました。


けれど、その美味しいスパももちろん好きですが、今の私が”人類ならぬ麺類”を自認することになるきっかけを作ってくれたこの”ケチャップ炒めスパ”、エエ、理屈抜きで好きです!




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おはようございます

うーむ、ちょっと微妙な言い回しですよねえ(笑)。でもやっぱり野咲ではお得でおいしい何種類かのランチが王道でしょうね。
私は本気でこのカツスパがおいしいと思っているので…。ノスタルジーだけではそんな頻繁に食べに行かないですよね。まあじゅんさんよりちょっぴり若い分、まだ現役「ケチャップ炒めスパゲティー」世代なのかもしれません(笑)。

Re: 確かに

ファットマン様
確かに 味に関しては、微妙なところですね。初めての出会い以降 様々なスパゲティに出会いましたからね〜

慣れ親し んだ味ですから嫌いではありませんよ
味覚って保守的ですから ただうどんは毎日でもいけますが、さすがに そこまでは

再訪動機を頂きありがとうございました。
プロフィール

じゅん

Author:じゅん
愛媛の松山から、「愛媛グルメ紀行」や「愛媛の歴史」など、幅広いテーマで情報発信しています。日曜日を除く毎日更新。画像も豊富。
長いサラリーマン生活に終止符を打ち、還暦をとうに過ぎた2014.12.1に起業して社長になりました。

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