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この記事で1600号! 「郷土料理 五志喜」・「愛媛グルメ紀行」 578

今日は、昨日ご紹介した”北斗七星”でいただいた”そうめん”の関連で、伊予名物”五色そうめん”を食べさて頂ける”郷土料理 五志喜”さんをご紹介します。

ワタシが、実質的にこの”じゅんのつぶやき”というブログを書き始めたのは、2009年11月2日からです。(秋ですね

それ以降満4年(今年の11月で満4年)になろうとしていますが、今日の記事で通算”1600号”になりました。ただし、通過点です。

この”1600号”を全て読んだ方を、お一人だけは具体的に知っています。今回の記事は、その方に捧げます。また、時折りしも”お盆”です。一昨年と昨年に亡くなった父と母にも捧げたいと思います。

さて”郷土料理 五志喜”さんの場所は三番町3丁目で、松山中央郵便局の近くにあります。私が”愛媛グルメ紀行”を書いていなければ、先ずお訪ねすることはないお店でしょう。

松山を観光で訪れた方々が、愛媛の郷土料理は?っと、食べに来られるお店だという認識があるからです。

玄関1
これが、東方向への一方通行である三番町通りに面しているお店の玄関です。大規模なお店で、2階には大小の個室や座敷があって、宴会もできます。


このお店は、伊予名物”五色そうめん”を製造している”株式会社森川”の直営店です。


五色そうめん”のルーツは、寛永12年(1635年)にまで遡(さかのぼ)ります。江戸時代が始まり、松山城城主として”松平定行”が伊勢桑名から国替えによって入府しました。


その時に、桑名から諸勢を引き連れて松山に入府しますが、その中に”長門屋市兵衛”という人がいまして、その人が”五色そうめん”の始祖だそうです。(森川の小冊子から)

店内2
昨日の記事で、<日本で一番有名な素麺製造業者は、奈良県の”株式会社三輪そうめん山本”でしょう。創業は亨保2年(1717年)>と書きました。

”株式会社森川”の創業は、その”株式会社三輪そうめん山本”より更に80年余り古い歴史を持っていることになります。

元々、日本において大和朝廷が始まったは、今の奈良県で”飛鳥時代”が幕開けしました。

古墳時代と奈良時代をつなぐ時代です。その頃に、既に中国から今の”そうめん”の元となる”索麺”が伝わっていたと思われ、それを和名で”麦縄”(むぎなわ)と呼んだことは昨日詳しく書いた通りです。

つまり、日本の”そうめん”発祥の地である奈良県桜井市三輪地区と言われていますが、伊予の”五色そうめん”もそのルーツ(伊勢桑名がルーツ。地域的には同じルーツでしょう)に大きな隔たりはないようです。

なお上の画像は、実際の”五色そうめん”を使って店内を飾ったディスプレイです。どうです!見事なものでしょう。

メニュー3
さて冒頭でも書きましたように、このお店は多数の観光客がやってきます。


ですから、メニューには一通り伊予の郷土料理が並んでいますが、注文したのは”鯛そうめん”です。お値段は1280円です。観光客価格でしょう。


注文した理由は、郷土の南予地域に昔から伝わる”鯛そうめん”が懐かしく、食べたかったからです。果たしてこのお店はどういう料理を出して頂けるかどうか、期待が高まります。

鯛そうめん4
上の画像が”鯛そうめん”です。南予地方に伝わり、お祭り料理には欠かせない”鯛そうめん”とは、かなり様相を異にしたものが出されました。


もともと”鯛そうめん”は、広く瀬戸内海沿岸で昔から伝えられている郷土料理で、 岡山県、広島県、愛媛県、大分県(大分県はうどんを使う)などで、それぞれの地方で微妙に違うものとして伝わっています。”鯛麺”と呼ぶところもります。


南予では””は煮たものを用い、鯛を煮た煮汁を、湯掻いて冷ましたそうめんに掛け回します。そうです、南予では”ぶっかけ”風にしていただく料理です。

鯛そうめん5
ところがこのお店は、鯛を焼いてあります。また、そうめんは”つけ汁”に漬けて、つけ麺風に食べる、とお客に食べ方を説明しておられました。


この画像を見て、つけ麺風にして食べて下さいと言われなければ、大半のお客さんは所謂(いわゆる)”ぶっけか”風に、出汁を満遍なくそうめんに回し掛けて食べられるのではないでしょうか。


南予では、鯛を1尾姿煮にしたものを、茹でた素麺と一緒に大皿へと盛りつけ、鯛の煮汁は”かけ汁”として食べていた記憶があります。それに、錦糸卵、細切りして煮た椎茸を付け合わせとして、葱や生姜などの薬味を加えて食べていました。


煮られた鯛は、切り身風に切られていて、それをそうめんに取って、身を解(ほぐ)して出汁と合わせていただいていました。


つけ麺風に食べるより、ずっと美味しい食べ方だと思っていますし、今日のこの料理にも掛け汁をタップリ回し掛けて、全体を混ぜに混ぜていただきました。


ところでお互いのブログをリンクし合って、時折コメントを交換しあっている東京は吉祥寺にお住まいの:”ぴんくモッチー”(4season)さん、上に書きましたのが何時ぞや”鯛そうめん”の作り方をお教えしましょうと書きましたものです。


ぴんくモッチー”さんは、今難局に見舞われています。四国の片隅から、何のお力にもなれませんがささやかなエールを送らせて頂きます。「柳に風、頑張り過ぎないように。そしてファイト!!

そうめんアップ6
これが”五色そうめん”です。お店の小冊子に依りますと、亨保7年(1722年)のことでした。


この当時は八代目長門屋の時代ですが、その八代目の娘がお店の商売繁盛を祈るために”椿神社”(正式には伊予豆比古命神社)に毎日参っていました。


そんなある日、娘の下駄にどこからともなく美しい五色の糸が絡みついたと言います。娘はそれを神様のお告げと思い、八代目の父に「そうめんに五色の色を付けてみてはどうか?」と提案したそうです。


父の市左衛門(初代が”市兵衛”で、八代を”市左衛門”と書きましたのは、森川さんで頂いた小冊子にそう表記してあるからです)はそれから研究に研究を重ね、数ヶ月を要してやっと五色の麺を完成させたそうです。


はべに花から、はクチナシから、濃紺はタカナから、そしてはクチナシとタカナを合わせて使うことで見事に麺が発色したのです。


それに従来通りにを加えた五色のそうめんが生まれました。

鯛切り身7
こちらは、鯛の切り身を焼いてあります。綺麗な焼き色が付いていますが、鯛を煮てその煮汁を活用する南予風の食べ方のほうが合理的なように思いました。


と言いますか、ワザワザ出汁を別に作るとなると、更に鰹節やら鯖節、あるいはイリコが必要となってきます。


南予は貧しい地域でしたから、年に一度のお祭の時だけ””を買って、それから出汁も身も取る。


更には、干し椎茸を戻して、それも出汁に使う。出汁を取るために干し椎茸を煮る訳ですが、その煮汁と鯛の煮汁を合わせて使ったものだと思います。


煮た後の干し椎茸は具材として細切りにして使います。何もかも使いまわして無駄を出しません。南予人の知恵だったのではないかと思います。


なお上に書いた”鯛そうめん”の作り方と食べ方は、ワタシの父方の祖母が作っていた方法です。南予では全てそう作られていたという訳ではありません。それぞれの家庭によって違っていたことでしょう。

生姜8
生姜も貴重な薬味です。このお料理には”生姜”と”ネギ”は欠かせません。


今思いますと、うどんなども、祖母は自分で手打ちしたものを私達孫に食べさせてくれていました。


それが、子供心にも堪らなく美味しいものであった記憶が舌に残っています。ワタシが”人類ならぬ麺類”を自称するようになった遠因は、ワタシがおばあちゃんの味に慣れ親しんだ為かも知れませんね。

掛けた10
この画像が、出汁を”鯛そうめん”全体に回し掛けた時のものです。


器全体に出汁が行き渡ったら、鯛の身を解しながら全体を大きく混ぜます。麺にも鯛の身にも出汁が完全に染み渡るように。


確かに、混ぜ終わった後の見た目はいいものではありません。日本料理は目でも楽しむものですから、こういう料理屋さんでは”つけ麺”風でお召し上がり下さいと言っているのでしょう。


ただ見た目を除けば、混ぜに混ぜたほうが確実に均等に美味しくなります。

完食11
ですから、当然に完食しました。


ただ麺の出来ですが、昨日いただいた”北斗七星”さんの”三輪そうめん”は、確実に家庭で食べているものとは素材も茹で加減も”次元が違う”と唸らされました。


一方、今日のお店のものは、先ず麺の湯がき加減が甘いような感じがしました。コシなどまるでありませんでした。


また””自体の出来も、個人的には”三輪そうめん”の方が好きです。今まで我が家は”揖保乃糸”を使っていましたが、これからは”三輪そうめん”に宗旨変えをしようと思います。


っと、ここまで書いた時点でも”明日の展開”は、自分でもこの記事を書いた時点では全く予想だにしていませんでした。


さて、明日は・・・・・・・。






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おはようございます♪

素麺は毎年夏に、5キロは食べてますね(主人だけで)
ベルさんは残念ながら、冷たい麺を食べませんので
素麺も、にゅーめんで温かく頂きます(^^)v

茹でるのは主人の担当なので、私は戴くだけです(笑)

この五志喜へは、知り合いのご招待で行った事が有ります。
お二階の個室で数人で、素麺料理とは思えない御膳を
戴いた記憶が・・・もう二十数年前の事でしたが(笑)
ご招待して下さった方はもうお亡くなりになったのですが、
懐かしく思い出すことが出来たのは、じゅんさんの記事と、
お盆?(^_-)-☆

ニューメンも

ベル様
おはようございます。私は麺類なら何でもいけますので、ニューメンにしてもよく食べます。ただし、それは家庭だけのことで、外でそうめんを食べた経験は、昨日と今日と、明日の記事だけです。

やはりこのお店は、地元のお客さんが普通に行くお店ではないように思います。とっても値段が張りますから。このシリーズ書いていなかったら確実にいっていなかったと思います。

さあ、あと2日のお盆休み、のんびりしましょう。

おはようございます。

『郷土料理 五志喜』はガイド本でも観光HPでもトップで挙がるお店ですね!
やはり、1~2泊の観光客がメインの日本では、ある程度値が張るとしても、
限られた時間で、名物と称される料理を味わえる、中心部の老舗店というのは、
忙しい観光客にも、彼らを呼び込みたい町にも、双方にニーズがあるのでしょうね。

とはいえ、これまでにこのブログで掲載された、数々の素晴らしい料理写真と比べて、
今回の“鯛そうめん”は、どうしでも『貧相だなぁ』という印象をまず感じてしまいました。
物価高の横浜に住む僕でも、これに1280円というのはちょいと躊躇してしまいます…。
今回の旅程に組み入れるかは、明日の記事を読んでみて再考したいと思います!

明日もそうめんですが

miyatom様
明日もそうめんの記事をアップしますが、愛媛のそうめんではありませんので参考にならないと思います。
昨日も書きましてように、愛媛県は細長い県ですので、東・中・南の三地区で気候風土も県民性も違います。

まず「鯛そうめん」の中予と南予の、味や調理法の違いは今日の記事の通りです。いずれにしても「ハレ」の日に食べる特殊な料理で、家庭で一般的に食べられているものではありません。

また「鯛飯」も中予と南予では、名前は同じですが全く別の食べ物です。
まず中予の「鯛飯」は、ご飯を炊くとき、鯛を丸ごと一匹入れて、薄口しょうゆで味付けし、具材としてはニンジンやゴボウの千切りと油揚げを入れて一緒に炊きます。一種の「炊き込みご飯」です。元々は、漁師料理でした。

一方南予の「鯛飯」は、炊き立ての白いご飯の上に鯛の薄切り(刺身よりやや薄く切る)の乗せて、後は生卵と出汁をかけて混ぜて食べます。「鯛の卵かけご飯」の様相です。こちらも、元々は漁師料理だったのではないかと思われます。

なお、両方の「鯛飯」は、どちらも松山市で食べることが出来ます。ご参考までに。

鯛料理

分かりやすい解説、ありがとうございます!!

せっかく松山に行くのだから、食べてみるのも悪くはないし、
もっと他に食べるべきものがある!という気もしなくはない。

なかなか難しいところですが、ギリギリまで考えたいと思います!

まだ、時間は

miyatom 様

まだまだ時間はタップリあります。じっくりご希望の案を練って下さい。

希望通りに行くかどうかは、分かりませんから、そこは柔軟にお考えになるのが適切でしょう。

島原そうめん

こんばんは じゅんさん
お久しぶりです。ずーっと拝読はしていたのですが、拝読ばかりで
申し訳ありません。
先日三輪そうめん○本の詰め合わせをいただきました。
あけてみていたら、製造地は、奈良でなくて、長崎県島原市
とありました。ふーん。三輪って、近畿地方ばかりと思って
いたら、いつの間にか、九州だったんですね。(笑)
そのそうめん、三輪そうめんの中でも高級品みたいで
ものすごく細いものでしたが、そういうものでも今では
奈良ではなくて、島原で製造みたいです。
だったら三輪そうめんじゃないじゃないか、って思いますし、
はっきりと製造地は明示してあるにせよ、それだったら
島原そうめんであって三輪を名乗るのは変じゃないか、って
思ったんですが、、。まぁそうめんはおいしかったですが、、
なんだか釈然とはしませんでした。

そこなんです

健介様
お久しぶりです。この暑い中、コメントありがとうございました。

さて「三輪そうめん」が、実は全国で2番目の生産量を誇る「島原そうめん」との関係です。この「島原そうめん」も極細麺を作ることで有名な産地です。

島原は、細麺を作る技術が伝統的にあります。そこに産地偽装事件が起こりました。一時期、「三輪そうめん」を地元奈良県三輪地方で供給できる量は、僅か3割しかなかった時代が長く続きました。残りの実に7割を島原で作って「三輪そうめん」として売っていたのです。

しかし、島原の素麺を「三輪素麺」で売ることを農林水産省から禁止され、島原の生産者は契約を打ち切られます。産地疑惑事件でした。それまで島原では作った素麺を三輪の素麺業者に9キロ3000円(三輪ではそれを、ラベルを張り替えただけで5000円で売っていた)で売っていたのに、「島原そうめん」というブランドで売ると、9キロ2000円でしか売れないという現実を突きつけられたのです。

そこからです、「島原そうめん」が自分のブランドで売ることに努力し始めたのは。ですから現在でも「生産地:島原・販売地:三輪」というのは禁手ですよ。

トレーサビリティーが義務付けられた現代においても、健介さんが仰ったことが現実にあるとしたら、実に悲しいことですね。
プロフィール

じゅん

Author:じゅん
愛媛の松山から、「愛媛グルメ紀行」や「愛媛の歴史」など、幅広いテーマで情報発信しています。日曜日を除く毎日更新。画像も豊富。
長いサラリーマン生活に終止符を打ち、還暦をとうに過ぎた2014.12.1に起業して社長になりました。

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