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県外特別編・奈良「柿の葉すし ゐざさ寿司」・「愛媛グルメ紀行」 596

今日は”県外特別編”の最終回です。お店は奈良県の”東大寺”前にある”柿の葉すし ゐざさ寿司”(いざさ)さんです。


このお店の本店は、奈良県吉野郡上北山村河合にあり、今日ご紹介するのは本店を含めて5店舗ある中の”東大寺店”です。


今回は注文しませんでしたが、このお店の看板メニューは奈良県の”奥吉野”で生まれた”柿の葉すし”です。

玄関1
これが”東大寺”前にあるお店の玄関です。


さてこのお店の看板メニューである”柿の葉すし”です。ここの””は京都の”柿の葉すし”のように若狭の小浜市(おばまし)から”鯖街道”を運んでこられたものではありません。


奈良の””(さば)は、熊野灘で水揚げされ、浜塩を施して背負い籠に詰められ、高い峰を越え、谷川の難所をわたって村々に運ばれたものが始まりです。


これをこの地の人々は、薄く切ってご飯の上に乗せ、手近に豊富にあった山柿の葉に包んで重石をかけ、熟成させてお寿司に仕上げ、祭礼の日のご馳走としました。柿の葉に含まれるタンニンの抗菌作用を生かしたもので、”柿の葉寿司”には山里の食の知恵と工夫が凝縮されいます。

生ビールと大仏殿3
さて、ワタシが注文した”生ビール”の向こうに見えるのは、生ビールの直ぐ左手に”東大寺南門”の屋根です。


さらにその左手に見えるのは”東大寺金堂(大仏殿)”の屋根の姿です。


にわか雨に見まわれましたので、窓ガラスに水滴が見えます。この4泊5日の”兄弟旅”では旅した地域で記録的な豪雨に見舞われた地域もありましたが、不思議な事に私達は一度も雨に出会いませんでした。


この日が4泊した中で最後の夕食でしたが、このお店で食べている間は外は豪雨でしたが食事が終わって外に出ると雨は上がっていました。

風御膳4
さて上の画像がワタシが注文した、このお店で”"風御膳”と呼ばれているものです。


内容は、”季節の蒸し寿司”と”天ぷら盛合せ”、それに””三種の小鉢”と”季節のお料理”と”汁椀”で構成されています。


最後の”贅沢メニュー”です。”愛媛グルメ紀行”シリーズでいただく様々のメニューの値段とは違います。これは見ていただいている方々に「スミマセン!」という他ありません。”兄弟旅”が故の贅沢です。

蒸し寿司と大仏殿
さてこれがメインの”季節の蒸し寿司”です。


蒸し寿司の奥に、窓ガラス越しに見えるのが”東大寺”の”南大門”と”大仏殿”のシルエットです。


この”東大寺”に関しては、後日”愛媛の歴史”シリーズの”特別編”として、日本という国が”日本”という国号を名乗り始めた頃の歴史をシリーズとして書いていく予定です。

蒸し寿司穴子6
画像の”蒸し寿司”はこのお店のもう一つの名物メニューで、”鰻寿司”(うなぎずし)です。この”鰻寿司”以外に、京都名物でもある”鱧寿司”(はもずし)もあります。


鰻をタレに漬けて焼いたものに、キヌサヤ、カンピョウ、高野豆腐、海老、椎茸、ハジカミ(生姜)など、確認出来たものだけでも、とにかく具沢山です。


奈良県は海に面していない県です。その県は”ヤマト政権”の発祥の地となりました。”ヤマト”とは元々奈良県大和郡という地域名でしたが、その地に今の”日本”の原型を作った政権が生まれたことから”ヤマト政権”と呼ばれるようになりました。(政権の名前を”大和政権”と表記したのはずっと後代のこと)


つまり、こに地に””が開かれたのです。これらのお料理の数々は、かつてこの地に”王都”があったことを示すものです。ですからどことなく”華美”な雰囲気が感じ取れました。

三種の小鉢7
この画像は”三種の小鉢”と名付けられたお料理です。


右端は、大根を出汁で煮た物の上に湯掻かれた海老が一尾乗っています。真ん中は、イカと人参や牛蒡、昆布などの和物(あえもの)です。贅沢な品々ですね。


左端は奈良県の名産特産の一つである”胡麻豆腐”の上にイクラとワサビがちょこんと乗せられたもの。ねっとりした食感が旨い。内陸県の、特に精進料理主体のお寺のお坊さんの貴重なタンパク源だったのです。

季節の料理8
こちらはこのお店が”季節の料理”と呼んでいるお料理です。


内容は海老を揚げたものと川魚(?)、それに鶏肉を蒸したものに人参などを詰め物にしたものなど。


他は内容が確認出来ませんでした。妹と弟との会話に夢中でしたので。

天ぷら盛合せ9
こちらは見た通りの”天ぷら盛合せ”です。


もう、その中身の一つ一つを書くことはしません。こちらは、奈良県でないと味わえないというものではなかったからです。

レモン等10
これらの天ぷらを、レモンと抹茶塩と大根おろしでいただきます。


3人の”兄弟旅”の最後の夕食を満喫しました。兄弟の話は止(とめど)がありません。道中の弟の車の中でも幼いころの思い出話に花が咲きました。


ワタシが二人に「この兄弟旅は、今は亡き両親にとって最高の供養旅になったね!」って言いました。


すると二人が殆ど同じタイミングで声を揃えてこう言いました。「うーーーん・・・・・供養旅と言うより・・・・そう、これは兄貴の”ブログ取材旅”やでーーー!!!なっ!!」っと。




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おはようございます♪

ブログの取材旅行はもちろんですよね(^O^)
2人共、このブログ見てらっしゃるの?
見てるとしたら、このお料理群を見て、また旅を
思い出してるのではないでしょうか(^_^;)
写真撮るまで、食事に有りつけない思い出とか(゚m゚*)プッ

ベル家も涼しくなったら、何処かへ行きたいわぁ~(笑)

弟は

ベル様
妹はパソコンに関する知識がありませんから見ていませんが、弟は見ていると思います。
また、妹は私が食べ物をデジカメで写している写真をいっぱい撮って、既に送ってくれました、プリントして。

「えーー!こんな格好で写真撮ってたんだ!」って、電話で話して笑いあいました。

弟には「オイ!ブログ読めよ!」って兄貴風吹かせまくっております。

3人がこの旅を思い出して、「また行くか!」っと、互いに声を掛け合いたいと考えているところです。

No title

こんばんは、ご兄弟で素敵ですね♪
私も熊野に帰省した際は兄夫婦がご馳走連れてってくれます(^_-)-☆
勉強にもなるだろうと色々探しておいてくれます♪
柿の葉寿司懐かしい♪私はサバよりマスの方が好きかも(^_^)v
帰省して食べたいのは、めはり寿司・茶がゆ・秋刀魚の干物これは自宅でいただきますが、決まって食べるのが勝浦のお寿司屋さんのクジラのにぎり、美味しいですよ(^^♪

熊野が

ちーばば様
そうでしたか!「熊野」がご出身地だったんですね。

今年の春、梅の花が咲きみだれる中、ブログ友と紀伊半島を旅しました。和歌山から田辺市を通って白浜、そして那智勝浦から大島で泊まりました。その翌日大阪まで帰って夕食でいただいたお店が「愛媛グルメ紀行」の500号記念で採り上げたお店です。懐かしいです。今週金曜日に採り上げるお店が、早600号記念です。月日の経つのは早いですねー。

その旅程の中で「めはり寿司」もいただきました。鯖寿司がハレの日のご馳走だとしたら、めはり寿司は日常食的なものでしょうか。
熊野灘もいい漁場ですが、愛媛には燧灘と伊予灘という好漁場を抱えています。
気候風土も、やや似通ったところがあるようにも思いますが、でも食べ物はかなり違いますね。

その両者のいいとこを採られて、伊予と熊野の融合料理も面白いですね^^

おはようございます♪
私の育った所は勝浦の先の新宮市、和歌山の一番はしっこです(*^^*)
めはり寿司は、こちらの高菜ではダメらしいです(>_<)種類が違うみたいです。新宮の方では各家庭で漬物にして高菜を浸けて、ほお張るとき目をみはるくらい大きな口を開けなくてはいけないので、名前がついたようです(*^^*)

新宮市

ちーばば様
お早うございます。
「新宮市」でしたか。新宮市生まれでしたらご存知でしょうけど、中国を初めて統一した隋の始皇帝が「不老不死」伝説にのめり込んだ話は余りにも有名ですね。
その隋の煬帝(始皇帝のこと)に取り入ったのが、ご存知「徐福」という男です。
紀元前219年のお話ですが、始皇帝の命を受けた「徐福」は、童男童女500人を含め総勢3000人の集団を引き連れ、仙人と不老不死の仙薬を求めて中国大陸から東方の桃源郷日本へ旅立ちました。

その目的地が「新宮市」。新宮市には「徐福祠堂」があって盆踊り等がされているとか。

またヤマト王朝は熊野からヤマトに入ったという神話もあって、古い歴史を誇る地域ですね。

「めはり寿司」を私が食べた時、私は目が細いので「目張りにはならんノーー」っと笑いあったことも合わせて思い出しました。ありがとうございました。
プロフィール

じゅん

Author:じゅん
愛媛の松山から、「愛媛グルメ紀行」や「愛媛の歴史」など、幅広いテーマで情報発信しています。日曜日を除く毎日更新。画像も豊富。
長いサラリーマン生活に終止符を打ち、還暦をとうに過ぎた2014.12.1に起業して社長になりました。

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