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「愛媛の歴史特別編」・「京都 知恩院と仁和寺」 7

今日からは、今までのような堅苦しい”歴史物”ではなく、京都を中心にした単なる”名所旧跡案内”です。

歴史的な話からは離れることは出来ませんが、お気軽に見流していただけたら嬉しいです。


今日は”知恩院”(ちおんいん)と”仁和寺”(にんなじ)をご紹介しましょう。


先ず”知恩院”です。

知恩院三門1
知恩院”は、京都府東山区にある”浄土宗総本山”で、浄土宗ですから当然に”法然上人”(ほうねんしょうにん)が開祖です。


浄土宗の宗祖である”法然上人”が後半生を過ごし、没したゆかりの地に建てられた寺院です。


今のような大規模な寺院になったのは、江戸時代以降のことです。

知恩院三門2
画像は、”知恩院”の”三門”です。この”三門”は、徳川幕府二代目将軍である”徳川秀忠”の寄進で建立されたもので、1621年(元和7年)に建てられたものです。


三門”とは、”三解脱門”(空門・無相門・無作門の三境地を経て仏国土に至る門)の意味を持っています。


この”三門”正面に掲げてある「華頂山」(かちょうざん)という山号の勅額(ちょくがく=天皇が書いた扁額という意味)は、霊元天皇の筆になるものです。


なおこの”三門”、平成14年に国宝に指定されました。

知恩院阿弥陀堂3
この画像は、上に書きました”三門”を上がって直ぐ左手にある”阿弥陀堂”です。


本尊である”阿弥陀如来坐像”が安置されています。


この建物は明治時代の再建ですが、正面に掲げられている「大谷寺」という勅額は、後奈良天皇の筆になるものです。

多宝塔4
この画像は、”知恩院”の”多宝塔”(たほうとう)です。


多宝塔”とは、寺院建築のうち”仏塔”における形式のひとつで、裳階平面が方形、中央部平面が円形のものをいいます。


二層の屋根の内、上の屋根を支える中央部が丸くなっていますね、これが特徴です。

知恩院本尊5
この画像は、”阿弥陀堂”に安置されています”知恩院”の本尊”阿弥陀如来”です。


阿弥陀如来”とは、無明の現世をあまねく照らす”光の仏”であって、空間と時間の制約を受けない仏とされています。また、西方にある極楽浄土という仏国土(浄土)を持つ仏でもあります。(東方に極楽浄土を持っている仏が”薬師如来”です)


なおここ”知恩院”は、徳川家が特に力を入れて帰依し拡大しましたが、その意図は、先ず徳川家が浄土宗徒であったこともあります。


しかし、更には京都における徳川家の拠点とすること、徳川家の威勢を誇示し、朝廷を牽制することといった、政治的な背景もあったと言われています。


なおこの”知恩院”には、”千姫”のお墓があることでも知られています。



次は”仁和寺”(にんなじ)です。

仁和寺二王門6
この画像は、”仁和寺”(にんなじ)の”二王門”です。国の重要文化財に指定されています。



仁和寺”は、京都府京都市右京区にある真言宗御室派総本山の寺院です。開基(創立者)は”宇多天皇”です。


「古都京都の文化財」として、世界遺産に登録されています。


仁和寺”の開基である”宇多天皇”のことは、「松山の地名・町名由来」の22番目に触れています。(「松山市の地名・町名由来」・ 「今出地区・菅沢町」 22


つまり、松山の地名・町名で多くの由来を残した”菅原道真”の才能を見出し、抜擢した天皇です。


抜擢された菅原道真は、結局藤原家にその出世を妬まれ、讒訴(ざんそ=他人を落としいれようとして事実を曲げて言いつけること)されて九州の大宰府に左遷され、その地で58歳で生涯を閉じています。

仁和寺仁王像7
この画像と下の画像は”仁和寺”の、仁王門”にある”仁王像”です。


こちらの画像が、口を閉じた”吽形像”(うんぎょうぞう)です。


仁和寺”は、皇室とゆかりの深い寺(門跡寺院)で、出家後の”宇多法皇”がこの寺にお住いになったことから、「御室御所」(おむろごしょ)と称されました。

仁和寺仁王像8
こちらの画像が、もう一つの”仁王像”で、口を開けた”阿形像”(あぎょうぞう)です。


”仁和寺”は”宇陀天皇”開基後も、皇族や貴族の保護を受け明治時代に至るまで、皇子や皇族が歴代の門跡(住職)を務めたお寺です。


しかし、室町時代にはやや衰退して、”応仁の乱”(1467年~1477年)で伽藍は全焼しましたた。江戸時代に入って、寛永年間(1624~1645年)、徳川幕府により伽藍が整備されました。

仁和寺金堂9
この画像が、国宝に指定されている仁和寺の”金堂”です。


現在の”金堂”は、 慶長18年(1613年)に建立された旧皇居の正殿・紫宸殿を寛永年間(1624~1645年)に移築したものです。


なお”紫宸殿”とは、天皇が在所する御所の中心的建物を言います。

仁和寺五重塔10
さてこの画像が、仁和寺の”五重塔”です。国の重要文化財に指定されています。


寛永21年(1644年)の建立で、高さが36.18メートルあります。


”東寺”の”五重塔”と同じく、上層から下層にかけて、各層の幅に余り差がないのが特徴です。


さて次回1月20日は、京都の”南禅寺”と、その近く”哲学の道”を通って直ぐの所にある”南禅寺水路閣”をご紹介しましょう。




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プロフィール

じゅん

Author:じゅん
愛媛の松山から、「愛媛グルメ紀行」や「愛媛の歴史」など、幅広いテーマで情報発信しています。日曜日を除く毎日更新。画像も豊富。
長いサラリーマン生活に終止符を打ち、還暦をとうに過ぎた2014.12.1に起業して社長になりました。

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