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「愛媛の歴史特別編」・「京都 北野天満宮」 12

今日は、京都の”北野天満宮”をご紹介しましょう。


北野天満宮”(きたのてんまんぐう)は、京都市上京区にある神社です。福岡県の”太宰府天満宮”とともに天神信仰の中心で、近年は学問の神として多くの受験生らの信仰を集めてい、ます。

天満宮鳥居1
この画像が、”北野天満宮鳥居”です。


この”北野天満宮”(きたのてんまんぐう)は、延喜3年(903年)、”菅原道真”が無実の罪で流罪となり大宰府で没した後、都では落雷などの災害が相次いだことが”創建”の由来となりました。


当時の人々は、大変迷信深く、人間の魂に対する思いが、日常生活に密接に関係していた時代のことです。


これら落雷災害に怯えた人々が、「あれは恨みを抱いて横死(おうし=無念の死)をした菅原道真の祟りに違いない」と騒ぎ始め、その噂は一気に都に広まりました。


そこで、朝廷自身もその噂に怯え、”菅原道真”の深い恨みを鎮めるべく、天暦元年6月9日(947年)、現在地の北野の地に朝廷によって道真を祀る社殿が造営されたものです。


これは平安時代の話ですが、愛媛県においても”恨みを持って亡くなった人物”の霊を恐れて”神社”を造った例があります。しかも、それは江戸時代のことです。


それが宇和島市の”和霊神社”です。江戸時代になってもなお、人々は””の存在を信じて重きを置いていたということです。(「宇和島城」⑤(最後)

境内
この画像は、北野天満宮鳥居から本殿に至るまでの境内の様子です。


”北野天満宮”の社殿は、”菅原道真”の隆盛を妬んだ、時の左大臣藤原時平(ふじわらときひら)の”讒訴”(ざんそ=他人を落としいれようとして事実を曲げて言いつけること)よって、九州の大宰府へ権帥(ごんのそつ=大宰府の副司令官)として左遷された訳ですが、その”時平”の甥である藤原師輔が、自分の屋敷を寄進して建てられたものです。


北野天満宮”を建てたのは、”菅原道真”の祟(たた)りを恐れた”藤原氏”ですが、この神社の代々の宮司を務めたのは”菅原道真”の子孫たちです。つまり、”菅原道真”の怨霊を鎮めるのはその子孫しかない、っと考えられていました。

天満宮楼門2
実は、こういう考え方が”出雲大社”という壮大な建物が何故建てられたのか?という謎を解く鍵になるかも知れません。


同時にそれは、”古事記や日本書紀”が”出雲国”の歴史を大量に採用した要因となっています。このことは、3月に書く予定の”出雲国の歴史”で、具体的に触れて、ヤマト朝廷と出雲国の関係、”古事記と日本書紀に秘められた謎”を明らかにしたいと考えています。


なお松山という土地は、”菅原道真”とは大変縁の深い土地であり、昨年40回に渡って書きました「松山の地名・町名由来」でも数多く採り上げています。


先ずは、その13番目に採り上げた「東雲町・立花」です。(「松山市の地名・町名由来」・ 「東雲町・立花」 13


また22番目に採り上げたのが「今出地区・菅沢町」でした。(「松山市の地名・町名由来」・ 「今出地区・菅沢町」 22)この時に”菅原道真”の来歴を詳しくご紹介しています。


更に23番目にも採り上げました。それが「衣山町・水泥町」です。(「松山市の地名・町名由来」・ 「衣山町・水泥町」 23

天満宮牛3
なお、この画像は””ですが、全国各地からここに参拝に訪れた受験生、及びその親達によって、牛にかけられた布などに”合格祈願”の文字が踊っています。


”菅原道真”は若くして”文章博士”(もんじょうはくし=今で言う国立の大学院大学の筆頭教授)になった天才で”学問の神様”の名が付いているからです。


また”菅原道真”と牛との関係は深く、その理由として「道真の出生年は丑年である」とか、「亡くなったのが丑の月の丑の日である」などと、様々に言い伝えられ、牛は天満宮において神使(祭神の使者)とされているのです。

天満宮三光門4
この画像は”三光門”です。国の重要文化財です。


通常は”中門”とよばれるものですが、ここ北野天満宮では”三光門”と呼び習わしています。

天満宮本殿5
こちらが国宝に指定されています”天満宮本殿”です。


この”本殿”は、慶長12年(1607年)に建立されています。


入母屋造の本殿と、同じく入母屋造の拝殿の間を「石の間」で接続して1棟とする、権現造社殿という構造になっています。

天満宮福梅6
さて”菅原道真”と縁が深いのが””です。


有名な「東風吹かば にほひおこせよ梅の花  主なしとて春を忘るな」と和歌に詠んだ道真公自身が、””をこよなく愛していました。それが後に”飛梅伝説”を産みます。


ここ”北野天満宮”では、約2万坪の敷地には500種、約1500本の梅が植えられていて、こうやって"梅の実”が熟しますと、お寺の境内で縁起物として参拝者に配られる”梅干し”を作っているのです。




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プロフィール

じゅん

Author:じゅん
愛媛の松山から、「愛媛グルメ紀行」や「愛媛の歴史」など、幅広いテーマで情報発信しています。日曜日を除く毎日更新。画像も豊富。
長いサラリーマン生活に終止符を打ち、還暦をとうに過ぎた2014.12.1に起業して社長になりました。

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