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「かもとり権兵衛」・「愛媛グルメ紀行」 622

今日は、二番町2丁目の第四キスケビル1階に入っている”かもとり権兵衛”さんをご紹介しましょう。


実はこのお店、開店されたのは今からおおよそ30年前ですが、その当時は毎日のように行ってお昼に”うどん”をいただいていました。


ところがワタシの勤務地も変わり、しかもこのお店も夜間の営業だけに切り替えられていましたので、その後お伺いする機会を失っていました。


ところが、取材した日に二番町通りを車で通っていて、暖簾が揚がっているのを発見、直ちに車で引き返しコインパーキングに入れてお店に飛び込んだと言う訳です。

玄関1
慌ててお店に飛び込みました。


すると・・・・・・30年前にお邪魔していた当時と同じ男女の2人が、当時のままのお顔でその当時と同じ手順で淡々とうどんを出しておられるではありませんか。


ワタシは一瞬にして30年前に”タイムスリップ”したのか?っと唖然としました。


思わず「このお店は確か、夜だけの営業でしたでしょう?」っと、言葉が漏れました。


すると、うどんを湯掻いていた男性が「ええ、実は今年の8月初めから昼間も再開しました」と。

店内2
店内は、30年前とほぼ同じ様子。メニューは確実に増えていました。

「このお店は、当初T氏さんが経営されていましたよね?」っと、お尋ねしてみました。

すると男性が「ええオーナーはあの時のままでT氏さんです。当時のままですよ、今も」というお答え。

その”T氏”というのは、飲食業をプロデュースして様々な業態のお店を立ち上げる、松山における草分け的存在の方でワタシも面識が当時からありました。

街中(まちなか)に、レンガ造りの洒落た喫茶店を多く展開され、”喫茶店”が、ただ単にコーヒーを飲む場だけではないことを松山市民に示されました。

その後、”パブ”を導入したり”ビアホール”を大街道のど真ん中に作ったりと、日本の経済的成長に歩調を合わせるかのように”他店舗・多様業態展開”をなさった方です。

メニュー3
その”T氏”は今もご健在ですが、主役の座を降りられているとのことでした。

今松山飲食業市場を”席巻”(せっけん=広い地域にわたって次々と猛威を振るうこと)されている感がある”Tグループ”が有名ですが、”T氏”こそが、そういうプロデュース業のその当時のスター的存在でした。(「伊予の手造りうどん 名代 つるちゃん」 ・「愛媛グルメ紀行」 182)・(「浜のごっつぉう 魚たけ」・「愛媛グルメ紀行」 428

その”T氏”が、初めて手がけられた”うどん業態”のお店がこの”かもとり権兵衛”さんで、最盛期には2~3店舗、夜の町に展開なさったように記憶しております。

その”かもとり権兵衛”がスタートした当時は、うどんの””を打つ技術がなく、うどん生麺の仕入先として”T氏”が目をつけられたのが、ワタシが9月5日に記事として採り上げた、石手1丁目、石手川に架かる「岩堰橋」のたもとにある”手打ちうどん・そば 水車”さんでした。(「再訪 157 手打ちうどんそば 水車」・「愛媛グルメ紀行」 590

当時は部外秘の企業秘密でしたが、スタートして3年目からは自前で麺を打たれるようになり、しかももう30年近く前の話です、時効だと思いましたのでこのお店の誕生時代の秘話をご紹介しました。

部外者で、このお店の誕生にまつわる話を知っているのは、もうワタシくらいでしょう。年をとったものです。

かもうどん4
さて、本題に戻します。その当時、毎日同じものを注文して食べていました。

それが上の画像の”かもうどん”です。お値段は750円です。松山うどん価格であり、夜の街のうどん価格でもあります。

街なかの多くの酔客の””として選ばれていたのが”うどん”と”中華そば”でした。

そして”うどん派”の好みは、ここ”かもとり権兵衛”さんと、今では郊外に移られた”うどん 瓢月”さんに二分されていました。

うどん 瓢月”さんは、こういう夜の街で酔客の〆のうどん屋さんとして、今の基礎を築かれたのです。(「再訪65 瓢月本店」・「愛媛グルメ紀行」 419

そして”中華そば”を選ばれた多くの方が通ったのが”豚珍行”さんでした。(「豚珍行」 真っ当な「B級グルメ店」・29「親から子へ①」

もちろん他にも多数のお店が好まれ選ばれて、それぞれが活況を呈していました。

かもうどん5
このお店にほぼ毎日通っていた当時は、自分でも呆れるくらいにこの”かもうどん”だけを食べ続けいました。


しかも、その当時はまだ30代の前半。若かったので画像の2倍の量が入っている”かもうどん大”を注文していました。


真夏でも、全身汗だくになりながら”かもうどん大”だけを、ただひたすら食べ続けました。今のウエスト周りはその当時の成果です!


当時は”冷たいうどん”などメニューにはなかったのです。

かもうどん6
その30年前と殆ど容貌が変わっていない男性店員さんに「随分メニューが増えましたね!」っと声を掛けました。


「ええ、何時までも同じメニューではもうやっていけないんです!」っと。


そして「お客さんが来られていた時代から比べると、夜の街のお客さんの数は随分減ってしまいました。飲み屋さんの時間帯に街を歩いている人の数は、そ~ですねー、半分に減りましたね」っと。


「だから、昼間の営業を再開されたのですね。でも昼も夜も営業すると、人繰りが大変になるでしょう?」っとワタシ。


「エエ、確かにそれは。で、このお昼営業が何時まで継続できるか、それもやってみないと分かりません」っと。

合鴨7
上の画像は”かもうどん”で使われている”合鴨”です。”合鴨”なら安定供給されます。


スタートした当初は”手打ちうどん・そば 水車”さんの生麺を仕入れてこのお店で湯搔き出しておられたくらいですから、このお店の”かもうどん”は、下の画像の”水車”さんの”鴨うどん”をモデルにされたものではないでしょうか?

水車鴨うどん1縮小
でも、明らかに量・質共に”水車”のさんの”鴨うどん”を上回るものではありません。(「水車」 真っ当な「B級グルメ店」⑥


T氏”は、典型的な事業家です。この夜の街で通用し、しかも収益を十分確保できると踏まれて今のこのお店の”かもんうどん仕様”にされたのでしょう。


しかし夜の街から人が減り、必死で美味しいうどん提供を競っている時代に入って、30年前の”仕様”(しよう=作り方の手順やレシピの内容)で通用するでしょうか・・・・


新メニューの開発も大切ですが、このお店は”かもとり権兵衛”と言うくらいで”かもうどん”こそが看板メニューであるはずです。

麺9
もちろんこの”かもんうどん”、”麺”も美味しいし、出汁だって合鴨の旨い脂分が出汁に溶け込んでいてすこぶる旨い。


もちろん懐かしさという味付けも加わっていますが、立派なメニューには違いないと思います。


ただ、このお店のうどんを遥かに凌駕するお店が、今では無数と言っていいほどに出来ています。


男性店員さんの「”瓢月”さんは、郊外に進出されて正解だと思います」という正直なお言葉には、立地に関する思考と分析は入っているように思いましたが、”うどんの質”に対するご自身の再評価はいかがなんでしょう。

完食10
もちろん極めておいしい”かもうどん”なので、舐めるように”完食”したのは当然です。


一種伝説の”食の名プロデューサー”である”T氏”(今をときめく”Tカンパニー”などとは全く別物です)であるだけに、期待値は高くなります。


ぜひ、もう一度全てのメニューのクオリティーを高められて、二番町に君臨できる”かもとり権兵衛”さんでありつづけていただきたいと思いました。熱きエールを贈りたいと思います。




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おはようございます

今日の記事は豚珍行、飄月などかつての夜の街の食べ物屋さんがいろいろ出てきて懐かしいです。かもとり権兵衛にそんな設立秘話があったとは!
私は石松うどんさんによく行っていたですね。夜中だけのお店で、とくにおいしくはないんですけどなんとなく移動経路上にあったというか(笑)。
高松の鶴丸などというお店に行くと、バットで頭を殴られたぐらいクオリティーの高いうどんが夜中に出てきます。酔客たちは別に感激もなくさらにビール飲んだりタバコ吸ったりしてますけどねえ。

年をとった証拠

ファットマン様
私は夜の街には詳しくありませんが、当事の事情は比較的よく知っているほうでしょうね。
でも、それはそれだけ年をとったということに他なりません。

こういう記事を書いていまして、それぞれのお店の設立秘話を思い出して書いていますと、その秘話を知っているのは、創業者と私だけになってしまって、恐らく跡を継いだ息子さんたちにも従業員にも話していないんんじゃないかなーって思うことがあります。

そして何時も思うことは、あああ、年をとったもんだ!っという感慨です。

高松は、やはり本場で競争にもまれているだけあって、夜の街といえども、しっかりした味のうどんを出さなきゃ、客が満足しないんでしょうね。

その意味では、記事に書いたお店は、当事としては新しい試みに属するお店でしたので、それで成功なさったのだと思います。
プロフィール

じゅん

Author:じゅん
愛媛の松山から、「愛媛グルメ紀行」や「愛媛の歴史」など、幅広いテーマで情報発信しています。日曜日を除く毎日更新。画像も豊富。
長いサラリーマン生活に終止符を打ち、還暦をとうに過ぎた2014.12.1に起業して社長になりました。

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