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「松山市の地名・町名由来」・ 「三津界隈の町」 35

今日の「松山市の地名・町名由来」35番目は、「三津界隈の町」のそれぞれの町名由来をご紹介しましょう。


今までのこのシリーズ4番目、今年の4月15日には「三津地区」にある「住吉町」「祓川町」は採り上げました。(「松山市の地名・町名由来」・ 「住吉町・祓川町」 4


またこのシリーズ29番目、今年の10月7日に「松江町」を採り上げたばかりです。(「松山市の地名・町名由来」・ 「松江町・喜代町・道後姫塚」 29

三津表示1
今日は、「三津地区」にある残りの主な町名由来をまとめてご紹介します。なお「三津」(みつ)は下の町の付かない1丁目から3丁目までに分かれました。


そして「三津」の町名・地区名の由来は、古くから水軍の根拠地として栄えた一方、皇族行幸の時にここから船出舟入していた地でもありました。


ですから「三津」は、皇族の港ということで”御津”(みつ)と呼ばれていたことが、現在の「三津」の由来です。

三津湾1
この画像と下の画像が、現在の「三津港」の様子です。


なお”御津”以外の説としては、南北朝時代に、北条時直が「伊予国水居津」(いよこく みいつ)を攻めたという言い伝えがあって、それが「三津」になったというものです。


いずれにしても、奈良時代前から伊予国の最も重要な港として栄えてきた歴史を持つ町であることに違いはありません。


また「三津」という地名は全国に数多くあって、その名の付いている地区は古くから官公署又は地頭などの為に、貨財を積み下ろす船着き場があったところで、それらは古来”御津”と呼ばれてきた歴史を持ちます。

三津湾2
更には、江戸期に入る前に”加藤嘉明”が松山を統治するようになりますと、慶長8年(1603年)に「三津」は水軍の根拠地となり”舟奉行所”が置かれました。


その後、江戸期に入って”久松松平家”の時代になりますと、江戸への参勤交代の松山藩の海軍基地となり、軍船と船手の家(軍船に乗る武士)、約400戸が置かれて船奉行と町奉行が「三津」に配されたそうです。


「神田町」にある”厳島神社”の南側の参道を、参勤交代に向かう”久松松平公”を乗せた大名行列が進んだのです。


ただ、「三津」に配された船手の武士たちの禄高は、城下に住まいしていた武士たちの禄高に比べたらかなり低い禄高だったようで、屋敷の規模もお城下の武家屋敷とは比較にならない位質素だったといいます。

三津の渡し3
”屋敷町”(武士が住んでいた)は”船頭町とも呼ばれ、「住吉町」、「柳町」、「桂町」、「久宝町」、「心斎町」などの町名があったそうです。


また”町人町”は「須崎町」、「松前町」、「久兵衛町」、「新町」、「大工町」などがありました。


上の画像は、有名な”三津の渡し”です。今も現役です。

三津商店街3
これが、今の平日の昼間の”三津浜商店街”の様子です。


残念ながら”シャッター通り”と化しています。でも日曜日などは、地元の有志による様々なイベントが催され、多くの人を集めているそうです。


「三津」は軍港や貿易港としての顔も持っていましたが、同時に古くから”魚市場”が開かれてきた歴史を持ち、”三津の朝市”として”伊予節”にも出てくるほど、松山市民にも親しまれてきた町でもあります。

三津商店街4
の始まりは、”港山城”の兵が、毎朝米や魚を求めて買いに集まったことが、事の由来だとされます。


なお「港山町」(みなとやままち)の事は、「松山市の地名・町名由来」シリーズの3番目としてアップしました。(「松山市の地名・町名由来」・ 「港山町」 3

古三津表示4
この画像は「古三津町」(ふるみつまち)のバス停表示です。


なおこの「古三津町」が残っている一方、町が町名の下につかない「古三津」もあって、1丁目から6丁目に分かれています。


「古三津」の町名由来も「三津」と同じで、古くから開けた港で、皇族との関係から”御津”が由来となったものです。

須賀町表示5
「三津地区」最後の町名由来紹介は、「須賀町」(すがまち)です。画像はその町名表示です。


「須賀町」(すがまち)も「中須賀」(なかすが)も同じ由来ですが、大きい川の出口で””(す)や”中洲”(なかす)があったことに由来します。


三津地区の「須賀町」も「中須賀」も、”宮前川”の”洲”であり”中洲”であったことに由来した町名です。


さて次回「松山市の地名・町名由来」の36番目は「和気町」の由来をご紹介します。





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No title

三津、懐かしいです!!

レトロが売りの少し寂れた町なのかなぁと思いきや、
漁船の停泊数が驚くほど多くて、圧倒されましたね。
あと、“渡し”の文字通り1分ほどの距離感も面白かったです。
何というか、生活に密着している感じがとても良かったです。

商店街の駅側入口付近にある『練や 正雪』というお店の、
じゃこ天や竹輪がとても美味しくて、お土産にも発送しました。
地元の人が10枚単位で購入するのには、さすがだなぁと思いました。
でも、やっぱり『日の出』の味と雰囲気が忘れられません!! 

お早うございます

miyatom様
めっきり寒くなりましたね。真夏から、秋を抜いて、いきなり真冬になった感があります。
南国四国でも、今朝は初めてマフラーを巻いて出勤しました。

そうでしたね!一人で「三津界隈」を歩かれましたね。歴史のある街ですが、松山市内中心地からは離れていますので、昔の商店街のにぎわいはなくなりました。しかし、土日には何かしらのイベントが催され、市内から足を運ぶ方も少なくありません。

三津のお好み焼き、「三津浜焼き」は、ソウルフードとして人気を博しています。「広島焼き」とは違うんだという皆さんの気概が頼もしいです。

どうか、お風邪など召されませぬよう暖かくしてご出勤下さい。今日は懐かしいコメント、ありがとうございました。

No title

現在東京在住ですが、三津出身です。
子供の頃よくこの渡し舟に乗って遊びに行っていました。
ふとした思い出に出会えました。
懐かしい風景有難う御座います。

それは良かったです

通りすがり様

私の古い記事に目を通して頂き、ありがとうございました。私は「愛媛」にとことん拘った記事を書いておりますので、時折古い記事にもコメントを頂きます。

それは、過去に何らかの関係が「愛媛の地」にあって、今は他府県に行っておられる方からのコメントが多いですね。

私の記事が、そういう「愛媛」に縁(ゆかり)の有る方にとって、何らかのお役に立てるとしたなら、ブロガー冥利に尽きることです。

今日は私にとって嬉しいコメントでした。此方の方こそ、ありがとうございました。
プロフィール

じゅん

Author:じゅん
愛媛の松山から、「愛媛グルメ紀行」や「愛媛の歴史」など、幅広いテーマで情報発信しています。日曜日を除く毎日更新。画像も豊富。
長いサラリーマン生活に終止符を打ち、還暦をとうに過ぎた2014.12.1に起業して社長になりました。

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