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「再訪 185 清龍園(南堀端町)」 ・「愛媛グルメ紀行」 637ー2

今日は、一昨日ご紹介した辻町にある、老舗の食堂”まるなか 彩りキッチン”さんの息子さんがやっておられる”清龍園(南堀端町)”さんの二度目のご紹介です。


昨日は、同じ”まるなか 彩りキッチン”さんの息子さんがやっておられる”清龍園(湯渡町)”さんご紹介したばかりです。


なお、昨日の”湯渡町の清龍園”さんが弟さん、今日二度目のご紹介となった”南堀端町の清龍園”さんがさんがお兄さんに当たります。


3日続けて、お母さんのお店と、兄弟2人のお店を連続してご紹介できるのも、長く”愛媛グルメ紀行”を続けていたお陰でしょう。

玄関1
こちらが、南堀端町の市内電車電停前のお店です。


丁度お店の真北に”松山城”を望むという、絶好のビューポイントを誇ります。


何故、お母さん→弟さん→お兄さんと、関係する3店を回ることになったかといいますと、きっかけは偶然お伺いした辻町の老舗の食堂”まるなか 彩りキッチン”の玄関脇に貼ってあった小さな”新聞切り抜き”でした。


その”切り抜き”を見つけ、その意味を店主さんのお母さんに質問していなかったら、この3店は繋がりませんでした。


では「繋がったからといってどうなんだ?」と聞かれれば、それまでではありますが。ただ”愛媛グルメ紀行”は、””探しの旅。こういう繋がりを求めて旅しているだけのことです。

店内メニュー2
なお、辻町のお店でお父さんの姿を見ませんでしたので、そのことをお尋ねしてみました。


すると「オヤジは健在やけど、現在足が悪くなって、それでお店には出とらんのよ」という店主さんのお話でした。


一族のルーツは”中山町”。今の辻町で”丸中荘”という下宿屋をご両親が始められたそうです。そしてその1階で食堂を始められた。<注>実は、辻町の中丸荘がご両親の本当のスタートではなかったことは、明日の記事で明らかにします。


「でも、今の時代は、若いもんは皆、マンションじゃアパートじゃゆーーて、下宿なんかに入る子なんておらんなった」っと店主さん。


下宿屋が忙し時は、食堂を弟と一緒に手伝っていたそうで、その後下宿屋さんが下火になっていったこともあり、ご兄弟はそれぞれ独立し、別のお店を持った。


湯渡町の弟さんは、ご両親がやっていた食堂を再現したような”丸中食堂”を長年やられて、今はお兄さんの屋号”清龍園”を名乗らて今日に至ったという訳です。”丸中食堂”の””は、ご出身の”中山町”から採られたのでしょう。

メニュー3
さて、ここ”清龍園(南堀端町)”さんは一度来ています。それは2011年6月16日にアップしました。(「ラーメン清龍園」 真っ当な「B級グルメ店」 67


その時は具沢山な、”チャンポン”をいただきました。


そこで今日は、かつて”清龍園(湯渡町)”さんでいただいた”中華そば”を、兄弟比較をする意味もあって注文しました。

昔ながらの中華そば6
それが上の画像です。このお店ではこれを、”昔ながらの中華そば”というメニュー名で呼んでおられます。お値段は、ナント!450円ですよ。(内税)


なるほど、極めてシンプルですねー。そのシンプルさ、素朴さが、このメニューが生まれてきた時代を思い起こさせてくれます。


中山町から出てこられたお父さん、様々な試行錯誤を経てこの”中華そば”を生み出されたのでしょう。当事の下宿生がこの画像を見たら、涙がでるくらい懐かしいに違いないと思います。

アップ7
そのお父さんが創りだされた”中華そば”に一層磨きをかけられた。年輪を感じさせてくれます。


お父さんが創りだされた時代は、”チャーシュー”なんて一般的ではなかったのでしょう。


ですから使われているのは”豚肉”です。”海苔”と”モヤシ”は、兄弟のお店に共通しています。


2週間研修したら、”ラーメン屋”さんが出せるなどというチェーン店では出せない味を感じました。

麺8
こちらの””だって、ゴクゴク普通の中華麺です。麺のコシがどう!とか、艶がどう!などという世界ではありません。


麺とスープと、それに加わる彩りも含めた具材との、総合食でしょう。


中華そば”は、一種の”コース料理”なんです。先ず”スープ”が出ます。”前菜”にはシナチク(メンマ)を添えられるお店も。


そして”メインディッシュ”は、そう”チャーシュー”です。そこにモヤシや刻みネギなどの野菜類”サラダ”がついていて、そこにご飯やパン代わりの””です。


どーーです!立派な”コース料理”でしょう?それを、一碗で味わおうという趣向なんです。

完食9
ですから”完食”しますと、フルコースを一人で全部こなしたという満足感が込み上げてきます。


どうです!真っ白な器、ナーーーーーンにも残っていないでしょう!


満足し切りました。

中華そば4 
上の画像が”湯渡町の清龍園”さんの”中華そば”です。


弟さんになると、時代が進んだことを感じさせてくれますね。


それは、”豚肉”から”チャーシュー”への移り変わりです。


親から子へ、そしてそれが弟に。その連環が、今や危機に瀕(ひん)しているのです。


後継者の問題であり、例え後継者がいても、街角の食堂やラーメン屋さんが、独立した業態として生き残っていけるか?


街角に”食堂”も”ラーメン屋”さんも消えてなくなり、あるのはコンビニと牛丼屋さんと回転寿司屋だけ・・・・・。そんな町に住みたいとは思いません。





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No title

じゅん様

今日も精力的に中身の濃い記事に敬服いたしましたm(_ _)m
完食が物語っていますねー。

凄く丁寧なお仕事をされていればこそですねー。
店主さんもじゅん様のようなお客様ばかりだと報われますねー。

またしても、ご馳走さまでした\(*´▽`*)/

なつかしい

じゅん様
 南堀端の「清瀧園」さんには、ときどき行きます。
 ルーツは中山町ですか。
 わたしも若い頃中山町に赴任していました。
 食堂の名前は忘れましたが、そこで食べた、
 中華そばが美味しかたのを思い出しました。
 なつかしいですな。
 ありがとうございました。
 

ありがとうございました。

ぴんくモッチー様
今日もコメント、ありがとうございました。恐縮です。

今日で3日連続、親→二男→長男と、2世代3店舗をご紹介しました。
これでこのミニシリーズは終わる予定でした。

ところが、このお話には続きがあったんです。それは、明日、急遽記事にまとめましてアップします。

小さな小さな物語ですが、しかし「ご縁」が繋がりました。

ありがとうございました。

ありがとうございました。

せい爺様

そうでしたか!このお店には何度か行かれた!
そういえば、このお店の近くにある「大黒屋」さんへも、若い頃行ったことがあるって、以前に書かれたことがありましたね。

明日は、今日の続編をアップして、全4話を終えます。中山町から松山に出てこられたご家族の、小さなヒストリーです。

ところで、先ほどまで久万高原町に行っていました。雪・雪・雪でした。紅葉を楽しむ、或いは撮影する余裕はなく、慌てて松山に帰還しました。冬用タイヤを持ちあわせていませんので。同じ愛媛県内でも、気候は大きく違っているんですね。
プロフィール

じゅん

Author:じゅん
愛媛の松山から、「愛媛グルメ紀行」や「愛媛の歴史」など、幅広いテーマで情報発信しています。日曜日を除く毎日更新。画像も豊富。
長いサラリーマン生活に終止符を打ち、還暦をとうに過ぎた2014.12.1に起業して社長になりました。

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