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「ラーメンバル lavrar(ラウ゛ラール)」・「愛媛グルメ紀行」 650

今日は花園町の東側の通りに面した松本ビルの2階にある、”ラーメンバル lavrar(ラウ゛ラール)”さんをご紹介しましょう。


実は花園町の駐車場に車を止めて、この近くにある別のお店を目指して歩いていて、このお店の存在に気が付きました。

外看板1
歩道を歩いていて見つけたきっかけは、この歩道上の”外看板”。車で走っていたのでは、決して見つけられなかったでしょう。


この”外看板”に気になる表記がありました。


光に反射して見えづらいのですが、右の黒板に白い文字で”瓢系中華そば”の文字が。


この時、どなたかのブログ、ないしはコメントで「最近瓢系中華そばのお店が新しくできた!」ということが書いてあったことを、かすかに思い出しました。どこで、どなたの記事を見たのはは忘れておりますが。

玄関2
お店は、この画像の階段を上がって突き当りにあるようでした。


階段の奥に、横文字で店名看板は見えました。


ワタシも一時期”瓢系中華そば”という言葉を使ったことがありますが、現在はその表現に違和感を感じています。詳細は後ほど。

玄関3
何れにしても大変に気になったので、目的としていたお店は後回しにして、今日はこのお店に入ることに決めました。

一体誰が?どういう経過で””瓢系中華そば”を名乗ってお店を出されたのか?

巷間(こうかん=ちまたで)言れている”瓢系中華そば”とは、恐らく”瓢太”さんと”瓢華”さんを指して言われているのだと思います。

ただ、元をたどれば”ロシナンテ”というパン屋さんのお父さんが屋台を引きながら開発された”中華そば”に端を発したもの。

あの”独特の中華そば”を直弟子として学び継承されたのはただ一人、花園町の日本政策投資銀行前にある”瓢太”さんの創業者である”K氏”だけ。

瓢華”さんの創業者は、”ロシナンテ”というパン屋さんのお父さんとは乗馬友達で、見よう見まねで習われた。従って、”瓢太”さんのラーメンと”瓢華”さんのラーメンは、似てはいるものの継承の仕方が違うので、味も具材も微妙に違う。

なお”瓢太”さんの”中華そば”の強い個性は、ワタシの経験(北海道から鹿児島まで食べ歩いた経験)でも、また”日本ラーメン党総裁”を名乗っておられる落語家の”林家木久扇”氏(前 林家木久蔵氏)も認められているところです。

メニュー4
さて、以上のことを踏まえた上でこのお店のことをお話しましょう。

お店に入ると(午前11時30分の開店直後)、男性と女性の2人がやっておられました。

そこでワタシは、開口一番に「外の看板に”瓢系中華そば”とありましたが、あれはどういった事情なんでしょう?」っとお尋ねしました。

すると、「ええ、私は”瓢太”創業者の息子です」っと。驚きました。「じゃあ貴方は”K氏”の息子さん?」っとワタシ。

「はい、そうです!」    「じゃあ今の”瓢太”さんはどなたが?」   「ええ、あれは私の弟がやっています」っと。

ここで、思わず唸って言葉が途切れてしまいました。・・・・・・・・奇遇という他ない。

中華そば5
「実は、お父さんとは親しくお付き合いさせていただいていました。一緒にゴルフをしたこともあります」とワタシ。


今度はお店の厨房の2人が顔を見つめられて、呆然とした表情に。「そうでしたか・・・・・・・・・」っと、後は言葉にならない。


それ以降様々に話しましたが、プライバシーに属することなので書けません。


「では、このお店は何時開店されたのですか?」    「ええ、今年の4月にオープンしたばかりです」と。


お店を見渡すと、完全に洋風。「瓢太さんは、瀬戸の小魚を肴に焼酎を引っ掛け、〆に”中華そば”ですね!」


そしてこのお店は「洋風の料理に、ウイスキーを初めとする洋酒で一杯というお店にされたのですね?」

中華そば6
「ええ、やはり親父のお店の路線とは変えてみたかったんです。洋風料理は完全に独学です。ですが、お客さんの中には”焼酎”を!っという方も、実際は多くて」っと息子さん。

そう言われてみれば、”瓢太”創業者の”K氏”に面影がよく似ていらっしゃる。

「今年の夏、久しぶりに”瓢太”さんにおじゃましたところ、お母さんのお顔をお見かけしませんでしたが」っとワタシ。

「ええ、母は2年前に亡くなりました」っと。ここでも言葉を失いました。様々な思い出といいますかシーンが走馬灯のように浮かんできました。

アップ7
「ほーーー、これがお父さんが創業し、今は弟さんが跡を継がれている”瓢太の中華そば”なんですね!」っとワタシ。値段は600円で、煮玉子をトッピングしましたから、700円です。

「はい、でもこの店では、あのスープの甘さは抑えています」っと店主さん。

「””は同じものを?」    「いえ、やや細目にしています」っと会話が続く。

なるほど、お父さんが”ロシナンテお父さん”から直接伝授され”瓢太”を立ち上げられて、それに磨きをかけられた。その”瓢太”さんの”中華そば”とは、微妙に味が違っている。

豚の角煮と言ってもいい”チャーシュー”と”シナチク”以外は、わずかに味を変えられた。

アップ8
また、”瓢太”さんに馴染みのある瀬戸内小魚料理は、”地中海料理”に装いを変えられた。

店名の”ラーメンバル”は、言ってみれば”ラーメン居酒屋”のこと。

また”lavrar(ラウ゛ラール)”とは、ポルトガル語で”耕す”(たがやす)という意味だという。

新しい航海に乗り出された勇気に賛辞を贈りたい。

でも、花園町の2階という難しいい立地を選ばれた。また、ワタシのような”瓢太”さんのオールドファンにとっては、あの喉が痛いほど甘い”中華そば”のスープに馴染んでいる。

言わば”瓢太”というブランドを捨てての再出発。

そこで、冒頭に書いた”瓢系中華そば”という言葉の意味を理解できた。

普通○○系と言えば、同様のものを何店舗かで提供しているその総称を意味することが多い。

でも”瓢太”と”瓢華”さんは、その継承経過も味も微妙に違うので、厳密に言えば”瓢系”というひとくくりには出来ないと思っています。

そこでこのお店、”瓢太”創業者の”K氏”の長男さんで”瓢太”さんの味を継承されながら、敢えて味に変化をつけられ、独自の世界を開かれようとされている。これこそ”瓢系中華そば”と呼ぶのに相応しいのではないか。

麺9
なるほど、”麺”は瓢太さんのそれよりやや細い。


2階での営業は、先ず通行客に2階のお店を認知させることからスーターとしなければならない。


このお店のわずかに北には、”伊予源氏車”という、昼には行列ができる驚異的なライバル店がある。


もちろん、弟さんが跡を継がれた”瓢太”さんそのものも強力なライバル。これらライバル店は1階にある路地店舗。


今花園町は、地域活性化に力を入れられ、各種イベントも多い。でもイベント便りでは心もとない。

完食10
もちろん”完食”した。


”瓢太”さんとは、器も変えられた。”瓢太”の器は”伝統的な砥部焼”。このお店の器も”砥部焼”ですが、薄手の、言わば”ニューウェーブ砥部焼”にされた。ここにも店主さんの覚悟を見た思いがした。


「2階のこの店舗が認知されるまでの間、如何に我慢できるかが勝負ですね」っとワタシ。


「仰るとおりです!ええ、それは分かっています!」と力強く応えられた。


「ここの”中華そば”は、3代目に入っています。でもどうか、それを4代目につなげてくださいね」っとお願いしてお店を後にした。頂いた名刺を握りしめて。




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おはようございます♪

飲食店は、横の繋がりのあるお店が意外と有るんですね(^_^)
親子だったり、兄弟だったり、其々の店の特徴を活かしながら・・・

じゅんさんのように、食のリポートをしてる人じゃないと、それらを
知る事は出来ないでしょうね。

今日は寒い一日となりました、お昼の食リポートは、とびっきり
温かいものにして下さいね(^_-)-☆

今日は嵐

ベル様
今日は嵐でした。雪が舞い、空は暗く、烈風吹きすさぶ。

今日は鳥撮りにはならないだろうと思っていましたが、お昼には晴れましたね。ホッカイロを懐にお励み下さい。

さて、様々なお店の情報や過去との繋がり。食べ歩きをしていますと、そういうものが頭に自然に入ってきますし、前職も、そういう人の繋がりや情報が入りやすい環境でしたので、松山ではそういう事情に詳しい部類に入るでしょうね。

ですから、一つのお店に行っても、他の方とは違った出会い方ができているのかも知れません。要は年を取ったということでもありますが。
プロフィール

じゅん

Author:じゅん
愛媛の松山から、「愛媛グルメ紀行」や「愛媛の歴史」など、幅広いテーマで情報発信しています。日曜日を除く毎日更新。画像も豊富。
長いサラリーマン生活に終止符を打ち、還暦をとうに過ぎた2014.12.1に起業して社長になりました。

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