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「過去記事を振り返る」 11

今日の”過去記事再掲”は、ワタシがまだ若い頃出会った方の”思い出”話です。


「一人何役?」 (2009年12月22日掲載)


今日、12月22日は”冬至”です。一年中で昼が一番短く、夜が一番長い日です。(記事記載当日)

この冬至になると、何時もその人のことを思い出します。


それは、愛媛のテレビが、歳時記のように、必ずと言っていいほど、松山のある銭湯を舞台に「ゆず湯」の光景を描き出すからです。

5月5日の端午の節句の日の「菖蒲湯」も、その銭湯をテレビカメラが写しだします。

平和通りにあるその銭湯は、温泉を引き湯していることでも有名ですが、松山でも残り少なくなった大衆浴場です。

平和温泉
ワタシが思い出すのは、その銭湯を経営している”奥様”です。ワタシが、まだ若い頃に仕事の関係で出会いました。

その方は、母親として子供を育て、ある事業を経営しているご主人の妻として夫を支え、その事業の経理を担当し、資金繰りを受け持ち、そして、その銭湯を自ら経営しておられたのです。一人、”一体何役を”こなされていたのでしょう。


銭湯は、廃油を燃やして、引き湯した温泉を加熱していました。

その為に、市内のガソリンスタンドをトラックで周り、オイル交換時に出る廃油を回収して、銭湯のボイラーに補充するのが日課でした。

指の爪先は、廃油が染みて、何時も真っ黒でした。

朝、まだ夜が明けないうちに起き出して、前日の銭湯を、隅から隅まで棒タワシで磨き上げ、お湯を沸かして、朝風呂に入るお客様を待ちます。夜も、仕舞風呂まで番台に座って、お客様を見守ります。


そして、その間、笑顔を絶やさなかったのです。(但しこの記事を書いた後、その奥様の跡を継いだ娘さんからコメントを頂きました。「何でも嫌がらずにこなしていた母ですが、唯一嫌だったのは風呂屋の番台に座ることでした)っと。

ボイラーの熱で汗を垂らし、オイルの燃えるススで顔も真っ黒、でも愚痴を聞いたことがありません、何時も笑顔です。

やはり事業家だけに、眼光鋭い時もありましたが、元々美人な奥様ですから、人を威圧するようなそれではありませんでした。


その奥様は、今年、そうまだ最近です、ご家族から天寿を全うされたと言うお知らせをを頂きました。

心を揺さぶられる程の衝撃と悲しさを覚えました。

心からご冥福を祈るばかりです。でも、毎年12月22日と5月5日には貴女の事を思い出します。

今夜は、我が家のお風呂に柚子を浮かべます。

その銭湯は、立派にお嬢様が跡を継いおられます。


今日も「柚子湯」を沸かされることでしょう。安らかにお休み下さい。




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No title

この温泉は一昨年惜しまれつつ廃業しました。
「ある事業を経営しているご主人」は90歳近い今も健在で、時折久万の山林を訪れたりもしています。

じゅんさんのブログに載っていると初めて知ってとてもうれしく思いましたよ。どうもありがとうございました。

あああ、やはり

ファットマン様

あああああ、やはりそうでしたか。実はこの記事を「振り返るシリーズ」に入れるに当たって、適切な画像がなかったので、改めて撮影に行きました。

ところが、撮影した時に感じたのですが、何時もの活気が感じられませんでした。「アレ?おかしいな?もしかして・・・・・・・」っと、実は薄々感じていました。ところが、それを娘さんに直接お尋ねする勇気が湧きませんでした。

お父さん90歳ですか。温厚を絵に描いたようなお方で、あの方の優しい笑顔が好きです。今でも山に・・・・・。何だか心がジワーと来ました。
こちらこそ、いいお話をありがとうございました。
プロフィール

じゅん

Author:じゅん
愛媛の松山から、「愛媛グルメ紀行」や「愛媛の歴史」など、幅広いテーマで情報発信しています。日曜日を除く毎日更新。画像も豊富。
長いサラリーマン生活に終止符を打ち、還暦をとうに過ぎた2014.12.1に起業して社長になりました。

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