「再訪 204 中華料理 白魂」・「愛媛グルメ紀行」 676

今日は極めて久しぶりに、松山市内では有数の中華料理の老舗”中華料理 白魂”さんをご紹介しましょう。初めてご紹介したのは、2011年12月1日のこと、今から約2年余り前。(「中華料理 白魂」・「愛媛グルメ紀行」 180


場所は二番町二丁目です。大街道にある二浪証券から一本東に入ったところです。


今年で”開業64年目”になります。久しぶりにお訪ねした理由は2つあります。

玄関1
こちらが玄関です。


このお店を再訪した理由の一つは、今月2月6日にアップしたばかりの”鉄板焼きステーキ イタリヤ軒”さんです。


その時の記事で、松山で敗戦直後日本の復興と軸を同じくして開業された、松山の飲食業界の老舗がこの地区で3軒あると書きました。その一軒が”イタリヤ軒”であり、今日採り上げる”白魂”であり、更には”すし丸”さんの3軒です。


なお”終戦直後”という言葉を使いたい人たちがいますが、正しくは”敗戦直後”です。


戦争が、自然に終わったのでは決してありません


日本国内だけでなく、近隣諸国を未憎悪の大惨事に巻き込んだ戦争を終わらすべく、連合国の”ポツダム宣言”を無条件で受諾し、”敗戦”したのです。


ワタシは、”こよなく愛してやまない日本”という国を、二度と再び”戦争ができない国”として縛っておくことが必要だと考えています。この立場は譲れません。父と母の思いに、命果てるまで寄り添う覚悟です。


”◯◯的平和主義”なんて、言葉のまやかしです。その言葉の真意は、容易に戦争が出来て、私達の子供や孫に「国を愛するために命を捨てよ!」っと強制出来る仕組みを作りたいが為です。二度と騙されやしません。

店内2
さて、話題を戻しましょう。松山を代表する中華の老舗、”白魂さんの今”を取材したくてお店をお訪ねしたという訳です。


店内の様子は、おおよそ2年前と変わっていません。


客層は、近隣の”ランチ”に1000円前後の出費を厭わない、一部の管理職と思しき人達。


そして、数十年来の”御用達”っという顔ぶれの、ワタシと当年代若しくはやや年上のオバ様たちが中心であることに変わりはありません。

メニュー3
この”メニュー表”だって、2年前のもの全く同じものです。


ここでは、時の歩みを止めること自体に価値があるかのようでした。


それは、6日にアップしたばかりの”イタリヤ軒”さんと全く同じです。


訪問した目的の一つは、時の歩みを止めたお店は今どうなっているか?を確認したかったことです。

松山百点4
そして残りのもう一つの目的が、画像の”松山百点”の新年号です。


この件に1月19日に、何時も貴重・希少な情報を提供いただいています”ファットマン”さん:(ファットマンの松山B級グルメ日記)から頂いた下記のコメントが動機の一つです。


以下、その要旨を引用します。<以前に椿神社長宗我部宮司についてこの欄にコメントしたことがあったと思います。「松山百点」の2014年新春号に椿神社のことが載っていて、それによると「長宗我部元親が春日局を幼少期に引き取って育てたという因縁もあり、徳川幕府は秦姓を名乗っていた長宗我部一族を椿神社の神官に据え復姓をみとめた」とのこと。>


<なかなか興味深い記述ですよね。「松山百点」は老舗のレストラン等で無料配布している小雑誌だと思います。イタリヤ軒などにも置いてあったと思いますが。機会があれば手に取ってみてくださいませ。>


画像が、その”松山百点”です。これを実際に入手出来た経過は、最後に。


なお”松山百点”の記事内容は、歴史物として記する機会ができた時、改めましてご紹介します。土佐と伊予の関係は、四国四県の中でも取り分け因縁深いものがありますので。

サンラータン麺セット5
さて上の画像が、今回オーダーした”サンラータン麺セット”で、お値段840円(内税)です。


余り耳慣れないメニューですが、漢字で書きますと”酸辣湯麺”と書きます。セットですから”サンラータン麺”にご飯と杏仁豆腐とがけ付いています。


この”酸辣湯麺”は、中国四川省の湖南料理の一つの”酸辣湯”(さんらーたん、もしくはすーらーたん)に麺を加えた料理です。


お店のメニューでも説明してありますが、胡椒の辛さとお酢の酸っぱさが特徴で、カタクリ餡でトロミがつけられ溶き卵を流し入れて仕上げてあります。

サンラータン麺6
具材は、ハム、タケノコ、キクラゲ、人参、椎茸などのみじん切りです。


確かに”酸っぱい”。それに胡椒が思いっ切り利かせてあって、ピリ辛感に舌が驚いていました。


味覚”を生理学的に分類しますと、皆さんもよくご存知のように、”甘味”、”酸味”、”塩味”、”苦味”、”うま味”の5つが基本味と言われていますね。


この味覚も、かつては、甘味、酸味、塩味、苦味、辛味、渋味(この他にもあった)などが言われていた時代もあって、人の感覚ですから変遷もします。


この”サンラータン麺”の特徴は、タップリメのお酢と大量の胡椒を利かせることにあるので、ワタシの個人的味覚から言えば、”酸っぱさ”には極めて弱いので苦手です。

アップ7
苦手が分かっていて何故注文したのか?その答えは単純です。今まで味わったことはない、初めてのメニューに挑戦したかった!ということです。


単なる好奇心です。


その結果は惨憺たるものでした。やはり、”酸っぱさ”には弱かった!でも、スープの味は、滋味あふれる奥深いスープで、さすが修練を積んだ職人さんの手になるものは違うと思いました。


だから、この美味しいスープからお酢を取り除いてほしいと思ったけど、そうすると”湖南料理”名物の”酸辣湯”にはなりませんものね。なお、中国語の””(たん)はスープのこと。

杏仁豆腐8
従ってこの”杏仁豆腐”の、まあ美味しかったことと言ったらありませんでした。


極端な表現を使えば「地獄に仏」でした。


しかも単純な砂糖の甘さではなく、恐らく”アーモンド”の甘さだろうと思いました。


一度書いた事がありますが、本来”杏仁豆腐”に使う杏(あんず)の種に含まれる”杏仁”(きょうにん)は、薬膳の一種で苦いので、一般的には甘さを出すために”アーモンドエッセンス”が使われるからです。

穴あきレンゲ9
さて上の画像も一般的には見られない食器なので、ご紹介しておきましょう。”穴あきレンゲ”とか”レンゲスプーン穴あき”など呼ばれるもので、ラーメン等の具材を掬(すく)って食べる時に使います。


もちろん、普通のレンゲも付いています。普通のレンゲは、スープを飲むとにに使いますね。


ところがこの”サンラータン麺”はスープにトロミが付いていますから、普通のレンゲで具材を掬ったら、トロミスープもたっぷり乗ってくるので、熱くて食べづらい。それでこの”穴あきレンゲ”が付いてます。


北海道は札幌ラーメンの”コーンバターラーメン”には、よくこの”穴あきレンゲ”が付いています。コーンを掬って食べるためです。

麺10
さて、最後に”松山百点”を頂いたお話です。オーダーをして、お料理が運ばれてくる間に席を立って、キャッシャーのところに立っているマネージャーさん的な男性に「松山百点は置いてありますか?」っとお尋ねしました。


ところが、笑顔ではありましたが「あ~~、アレ!・・・・・残念ですが、アレは昨日であいにく全部出ちゃったんですよ!残っておりません」っと。


仕方ないので、カウンター席に戻ってお料理を待っていますと、ワタシの横に立った少女に気が付きました。


少女と言っても、若いフロアー係さんですが、少女と言っていいほど若い方でした。そして彼女が「あのーーー、コレ!」っと言って差し出したのが、上から4番目にアップした”松山百点”でした。


「エッ・・・・?・・・これは?」っと彼女に聞きますと、ワタシとマネージャーさん格の方とのやりとりを傍で見ていたらしく「コレ、私がお店の保管用にと一冊取っておいたものです。これでよければどうぞ」っとハニカミながら手渡して頂いた。


「それなら、お店の保管用でしょう。残していないとまずいんじゃないですか?」っと聞きますと「喜んで頂ければ、それでいいと思って」っと言って、クルッと踵(きびす)を返して元のポジションに帰って行きました。一瞬の出来事でした。


心のなかにホノボノとした余韻が残りました。彼女から供せられた”心のサービス”は、このお店の伝統が形作ったものなのか?


それとも、あの少女のようなフロアー係さんの個人的資質によるものなのか?・・・・・・・・




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じゅんさん、おはようございます(^^)
白魂、まだお邪魔した事のないお店ですが
お名前はよく耳にします(^^)
いつかお邪魔してみなくては…

じゅんさんがお探しになられていた、松山百点。
ネットでも見る事はできるようです(^^)

http://www.dcity-ehime.com/ebook/hyakuten/

私が10年程前に大街道界隈で仕事をしていた頃
昔ながらのお店、書店に置かれてあった記憶があります。
「読むなら持っておかえり(^^)」
と優しく手渡された記憶がまだ残っております(^^)

長く続いておられるんですね☆

またじっくり拝読してみようかと思います(^^)
ファットマンさんもいろいろな事を御存知ですものね♪

知りませんでした

みゆ様
お早うございます。白魂、、未訪問でしたか。それならぜひ、足をお運び下さい。
やはり松山において、中華の世界で一時代を築かれたお店だけあって、味が安定していて高水準です。

大街道界隈でお仕事をされていたのですね。ワタシも、前前職の時には、この「白魂」さんから歩いて5~6分のところで、通算しますと20年余り仕事をしていました。ですから、この界隈は、今行っても懐かしいポイントの一つです。どこかで、知らず知らずすれ違っていたのかも知れませんね。

「松山百点」早速お気に入りにブックマークしました。なるほど、電子媒体で読める時代になったんですねー。これも知りませんでした。何れ、機会がありましたら、「松山百点」で、学んだことも記事にしたいと思っております。

ファットマンさんには、本当に多種多様な情報をいただいていて、助かっています。

ワタシがブログを書き続けることが出来ていますのも、多くの読者さんや情報を頂ける方がいるからこそです。
何時も感謝しています。今日はコメントありがとうございました。

おはようございます

松山百点は毎号力作の記事ぞろいで、タダで読ませてもらうのが申し訳ない気がするぐらいです。どんな人が編集長をされているんでしょうか。

この記事の宮司さんについての記述は、以前じゅんさんが書かれていた司馬遼太郎氏の戦国時代以前からの土着説とはまったく異なる内容ですよね。いったいどれが本当なんでしょうか。
この松山百点の記事は現在の宮司さんも目を通されるでしょうから、まったく見当違いならチェックが入るような気もしますけれど。

白塊は現在では昼の部も夜の部もちょっとしたお客さんと行く店といった感じかもしれませんね。そういえば私は昼に行ったことはないかも。私は酸っぱいのも好きなのでサンラータン麺ためしてみたいです。
やはり老舗のしつけや雰囲気が店員さんの自主的なサービスを育てているのかもしれませんね。

確かに

ファットマン様

椿神社の宮司さんの出自は、「松山百点」で書かれていることが真実なのでしょう。宮司家から直接聞かれた話ですから。
ただ、司馬遼太郎氏も宮司さんから直接取材されているようなので、話がややこしくなりますね。

小早川隆景の伊予国支配の時、伊予から土佐勢が完全に追放されたわけではなく、土佐勢ということを隠し、姓も変えて密やかに息を潜めるように生き延びておられたのではないかと思います。

「松山百点」は、私も昔からよく読んでいました。あれだけの小冊子なのに、内容的には素晴らしいと思います。

何れにせよ、白魂を再訪するきかっけを作って頂きましたこと、感謝しております。

なお、3月10日の月曜日から毎週4回「出雲の歴史」を書きます。
プロフィール

じゅん

Author:じゅん
愛媛の松山から、「愛媛グルメ紀行」や「愛媛の歴史」など、幅広いテーマで情報発信しています。日曜日を除く毎日更新。画像も豊富。
長いサラリーマン生活に終止符を打ち、還暦をとうに過ぎた2014.12.1に起業して社長になりました。

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