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「月島もんじゃ お好み焼き ありんこ」・「愛媛グルメ紀行」 697

今日は、樽味町のフジの商業施設内に入っている”月島もんじゃ お好み焼き ありんこ”さんをご紹介します。


今日は、間もなく”700号”を迎えようとしている”愛媛グルメ紀行”でも、異例なご紹介方法となります。


どこが異例かと言いますと、洋食や中華料理を別として、日本の食の分野で一度も食べた経験のない”もんじゃ焼き”を採り上げます。


従って、通常の10枚の画像を越えて13枚の画像のほとんどを、”もんじゃ焼き”の出来上がる過程を現場中継的にご紹介します。

玄関1
こちらが、焼肉屋と回転寿司屋の間で、小じんまりと佇むお店です。


ここに開業なさって2年が経過しました。店名の由来は、両側に大きな規模の飲食店が既にオープンしている間を割るように入って開業なさいました。


両側の巨大店に比べれな”蟻の子”の様な規模でしかりません。でも”ありんこ”はありんこで、”ありんこ魂”を発揮して頑張る!との決意が込められています。

明太子とチーズ2
何時もなら店内の様子やメニューをご紹介しますが、今回は全て省略します。


注文したのは”明太子もちチーズもんじゃ”というメニューで、”餅”を抜いてもらったもの。お値段は850円でした。これが高いのか?安いのか?分かりません。


粉モン”のランチメニューとしては、ベラボーに高い!でしょう。

具材を混ぜる3
もんじゃ焼き”の起源は諸説ありますが、このお店の店主さんが語った起源とは以下の通りです。


「”第一次世界大戦”で荒廃した東京下町で、焼け残った鉄板を下から火に炙り、薄く伸ばした小麦粉を焼いて食べた時、「い・ろ・は」の文字を子供に教えるようにコテを使って焼いたから”文字焼き”が”もんじゃ焼き”となった」っと。


安土桃山時代に千利休が始めたという説もあり、真偽は分かりません。


もんじゃ焼き”が、後に東京下町から地方に”伝播”(でんぱ=伝わり広がる)するに従って、その地方地方で変革・改良・変容を遂げたものが、今の”お好み焼き”です。


ただ”お好み焼き”と”もんじゃ焼き”との大きな違いは、もんじゃ焼きの生地の方が随分”水っぽい”。それと、お好み焼きでは、生地に具材を混ぜて焼きますが、もんじゃ焼きは画像のように、先ず具材から鉄板で焼いていきます。なお、全て店主さんが目の前で実演していただきました。

土手を作る4
店主さんの説明によれば、東京は下町の”もんじゃ焼き”にも二通りあって、一つがこのお店の”月島流”。月島は東京都中央区の沿岸部です。もう一方が”浅草流”とか。


両方の大きな違いは、具材の取扱の違い。”月島流”は、先に具材のキャベツと天カスとアミエビと裂きイカと明太子を鉄板で焼きます。そして焼いた後、月島流は、焼いた具材で丸い円を描くように”土手”を作ります。


浅草流”は、どうやら最初から具材と生地を混ぜて焼くらしい。(違うかも知れませんが)

土手に注ぎ込む5
焼いた具材の”土手”が出来上がったら、生地になる画像の物を土手の内側に流し入れます。


もんじゃ焼きの生地の成分は、水・出汁(だし)・小麦粉・片栗粉・ウスターソースです。特に、水多目なので、流動的なスープといった感じです。

土手が固まってきた6
熱した鉄板をそのままにして、”土手”が固まるのをじっと待ちます。ワタシはただ、黙って店主さんのコテ捌きを見つめるだけ。


画像の様に、”土手”がやや固まりかけてきていますが、土手の内側の生地はまだスープ状態が続いています。

土手を壊して混ぜる7
上の状態から、一気に全てを突き崩して、大きなコテを2本操って、土手と生地を鉄板の上で混ぜに混ぜて焼いていきます。


ここが、”浅草流”との違いらしい。

チーズを投入8
この段階で、やっと”チーズ投入”です。


店主さん「チーズを初めから入れるお店もありますが、そうしたらただ単にチーズが焦げてしまうだけ!」っと、明快。

焼きあがった9
チーズを投入したら、鉄板の上に広く薄く混ざった生地を広げていきます。


店主さんは、この段階で「後は焼きあがったら、コウ食べて下さい!」っと、食べ方の説明をして、ワタシの目の前の鉄板から離れられました。


但し再三再四、鉄板まで戻って来られ”もんじゃ焼き”の焼き上がり加減を確認に来られ、その都度鉄板のガスの加減を調整されます。それはもう、気忙しい位です。

切り取る10
さて”もんじゃ焼き”の食べ方です。画像の”小さなコテ”或いは”ヘラ”だけで食べます。


先ずは、焼き加減のいい生地の下に”小さなコテ”を差し入れます。画像の通りです。

切り取る11
差し入れた”コテ”を、手首を使って裏表にひっくり返します。画像の”小さなテコ”の上下が入れ替わっているのが見えますか?


コテを返したら、全体の生地からコテを使って、鉄板上を手前にコテを引いて生地から切り離します。

鉄板に抑える12
次に、手首を使って返した”小さなテコ”を鉄板に押さえつけます。


この段階で、まだ、生地が柔らかいので、鉄板に生地を押し付けて焦がして固めます。そうしないと、コテに乗らないからです。ここが、やや難しい。

食べる13
ここで、やっと口に入れることが出来る状態まで来ます。


鉄板一杯に広がった生地を、1回1回、小さなコテで抑えて手返しし、手前に引いて生地から切り離し、鉄板に押さえ付けて生地を焦がし、やっと口の運ぶ。モタモタしていたら、生地の水分が蒸発して、味全体が濃厚、いや塩辛くなります。


水を飲みながらでないと、食べおおせません。これは”せわしない”食べ物です。東京下町人は、鉄板の上で小さなコテをカチカチとリズミカルに音を立てながら、小さな塊をただひたすら口に運んで食べます。


かろうじて”完食”はしましたが、これは”関西人気質”には全く合わない食べ物のように思いました。


店主さん「ウチが店を出した時、松山には”もんじゃ焼き”を食べさせるお店はありませんでしたが、今ではもう5軒も出来ました!」っと言われました。


でも、それは「まだ5軒しか出来ていない」と言い換えることも出来るのではないか?っと思いました。関西風お好み焼きや広島風お好み焼きのお店の多さと比較すれば、それは明らかでしょう。




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非公開コメント

こんにちは!

あそこはフジの商業施設だったんですね、確かにあのパン屋さんは最近フジとセットになっていることがありますね。

ところで「ありんこ」さんは松山市で最初の「もんじゃ」屋さんとのことですが、十年以上前に松山で何度か食べた事がありますし、少なくとも2軒は「もんじゃ」を出す店がその頃からありましたよ。

書かれた通り

ガト様
何時も貴重な情報、ありがとうございます。

書かれております通り、松山に於いて、このお店以外に「もんじゃ焼き屋」さんとして営業していたお店があります。

私もその事は、承知しております。私が知っているお店は、山越の旧国道196号線沿い、昔あった信金山越支店(今はありませんが)の隣に「もんじゃ焼き屋」さんがありました。

ですから、正確に言いますと、このお店が松山での初めてのお店でないということは知っていました。

ただ、このお店が開店した当時、山越のお店はありませんでしたし、それ以外にもあったかも知れませんが、営業されていたかどうかの確認が出来ませんでしたので、店主さんのお話をそのまま記事としました。

ただ、記事の中でも書いていますように、「もんじゃ焼き屋」という業態が、果たして今後も松山で受け入れられのかは謎です。私は、松山という土地柄には似合わないと思いました。

何れにせよ、このお店の行方に注目したいと思います。

Re: こちらこそありがとうございました。

MY様
こちらこそ、ありがとうございました。素晴らしい味を堪能させていただきました。その美味しさの秘密は、お父様に教えて頂きました。

記事は概ね1ヶ月先です。今回の訪問は、ある意味、私にとっては特別の意味がありました。その特別の意味も、記事に書きます。

お礼をメールしようと思って書き、お示ししていただいたメールアドレスに返信しましたが、何故か?発信できませんでしたので、お返しのコメントとさせていただきました。

これからも、末永いお付き合いをお願い致します。またお伺いさせていただきます。コメントありがとうございました。
プロフィール

じゅん

Author:じゅん
愛媛の松山から、「愛媛グルメ紀行」や「愛媛の歴史」など、幅広いテーマで情報発信しています。日曜日を除く毎日更新。画像も豊富。
長いサラリーマン生活に終止符を打ち、還暦をとうに過ぎた2014.12.1に起業して社長になりました。

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