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「再訪 245 味彩そば 菊音」・「愛媛グルメ紀行」 748

今日は高岡町の”道後さや温泉 ゆらら”の南隣にある、”味彩そば 菊音(きくね)”さんの4度目のご紹介です。


4度ご紹介する14店目です。因みに、5度紹介したお店は3店で”みなと食堂”さんと”麦わら”さん、そして”中国料理 彩華”さんです。


更に6度ご紹介しているお店が1店、”フォンターナ”さんです。


過去のご紹介は以下の通りです。(「味彩そば 菊音(きくね)」 ・「愛媛グルメ紀行」 104)・(「再訪6  味彩そば 菊音」・「愛媛グルメ紀行」 337)・(「再訪 118 味彩そば 菊音」・「愛媛グルメ紀行」 540

玄関1
このお店、2011年3月の開業ですから、今年3年目に入りました。


でも松山に”菊音あり!”っと、そば好きの方々からの支持を受け、既に”名店”の地位を不動のものにされたと言って過言ではないでしょう。


そば粉は”北海道産”と”長野県産”を使用し、毎日石臼で自家製粉されています”本格派そば店”です。(恐らく、そば粉は使う年度によって産地は違ってくるのでしょうが、国産そば粉100%に拘られています)

メニュー2
今までは”鴨せいろ”や”天盛りせいろ”など、そばそのものを純粋に楽しみたいという意図で注文し、いただいてきました。


でも今日はちょっと趣向を変えて、”変わりそば”とも言うべき”サラダそば”を注文しようと、お店に入る前から決めておりました。


それは何故か?と言いますと、6月6日にご紹介した”男そば屋 KABA”(おそばや カバ)さんの影響です。(「男そば屋 KABA」・「愛媛グルメ紀行」 739


徹頭徹尾”自己流”で、超超個性的な”そば食品”を出されています。つまり、”変わりそば”の系譜の一番端っ子に入る?か、入らないか?っというものを経験しました。

サラダそば3
そこで、本格派そば店が出す”変わりそば”をも経験し、”そばとはナンゾヤ?”っということを、理屈ではなく自分の””で感じてみたいと思いました。


この画像が”サラダそば”です。お値段は700円(内税)です。


供されたものを見ますと、”ぶっかけ”系譜の”そば”のようです。過去には”ざる”(”せいろ”とか”盛り”ともいう)と、温かい”タネもの”の、大きく分けて2種の供し方しかありませんでしたが、このところ”ぶっかけ”系もよく見かけるようになりました。

そば4
サラダそば”に、もうちょっと近寄って見てみましょう。


いやはや何ともカラフルで、”変わりそば”の面目躍如たるものがあります。


具材は間違いなく”サラダ”です。その上には”そば”を揚げられたものが乗せられ、そばを香ばしく仕上げてあります。

チリソース5
サラダそば”には、既に”そば汁”(そばつゆ)が器の下に入れられ、その上に湯掻いて冷水で締められた”冷たいそば”と野菜類が乗せられています。


そしてそれを”サラダ”らしく味わうために用意されたのが、画像の”チリソース”です。


これが、衝撃的に”スグレモノ”でした。「なる程、そばを楽しむ”新しい提案”だ!」と思いました。


そばは、食品の素材として自分の存在感をアピールできる優れた素材です。様々な”味わい方”があってしかるべきだと思います。ただし、それはあくまで”そば”という食品の”持ち味を活かす”という延長線の上にいなければなりません。

混ぜた6
先ず、供せられたままの”サラダそば”を混ぜました。


そこには、まだ何も加えておりません。


なぜなら、この段階で一度味わってみたかったからです。

麺アップ7
このそばの””を、まあ見て下さい。


見ただけで、この”そば”のレベルの高さがうかがえようというものです。


早速この状態で”そば”を食べてみました。まだ”サラダ”に掛けられる”ソース”の類は加わっていません。間違いなく”美味しい本格派そば”の味です。このままだって、十分に味わい楽しめます。

チリソース8
そこに、添えられた”チリソース”を全部掛けてみました。この、ちょっと舌を刺す刺激ある”チリソース”が、”そば”の味わい方を劇的に変える役目を担っています。


食べる前は、たったこれだけの量で?っと、ちょっと頼りげなく見えました。これに、更に”ニンニク”を揚げてパウダー状にしてある、一種の”薬味”を加えました。”香りが命”のそばとニンニクの組み合わせは、普通は考えられません。


すると、”本格派そば”が、見事に、劇的に”サラダ”に大変身していました。”チリソース”と”ニンニク揚げパウダー”の効果や、実に偉大です。


しかも、”サラダ”には違いなけれど、”そば”の香りを奪った訳ではありませんでした。そばの香りとチリソースが、仲良く共存して、互いの持ち味を互いに高め合うという食品になっていたのです。

そば湯注ぐ9
存分に堪能しました。味わい尽くしました。新しい食べ方の提案、やはりプロというものの凄みを感じさせて頂きました。完全に脱帽です。そこにタイミングよく、”そば湯”が”湯桶”に入れられて供せられました。


この”そば湯”の色合いからすれば、そば湯に多少のそば粉を追加されているのかも知れません。(ただし確認しておりませんので、あくまでもワタシの想像に過ぎませんが)


丁度、そば猪口に2杯分のそば湯を楽しめました。いい出汁を採られていることが、そば湯で分かります。

だし巻き卵10
この画像は別注文した、そば屋さんが作る”出し巻き玉子”です。お値段は400円。(内税)

江戸時代に、江戸の街で花開いた”そば”という、比較的新しい食品は、明治・大正・昭和と、東京の庶民の舌を満足させてきました。その当時から、”そば屋”は飲み屋の役割も担っていました。

そば一本一本を”酒のアテ”に飲んで、そばが終わったら今度は”そば汁”をアテに熱燗を一本追加する。そういう食文化が下町を中心に広がっていました。

その中にあって、そば屋が作る”出し巻き玉子”は、”蕎麦味噌”(練り味噌を、香ばしく炙ってある)や”板わさ”(蒲鉾をわさび醤油でいただく)と並び称される”乙な味わい”を誇る酒のアテでした。(おつな味わいとは、とりわけ趣きのあるある味という意味)

さて、このお店の”変わりそば”は、そばの持ち味を十分に活かすという延長線上に位置する、それは見事なものでした。

ところでこのお店に誘(いざな)ってくれた”男そば屋 KABA”(おそばや カバ)さん、このお店の延長線と交わるところにいますかどうか?



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アテ!

あぁ、だし巻き玉子の美味しそうなこと!
蕎麦屋のアテと言えば、板わさ、天抜き、焼き鴨、焼きねぎ、ニシン甘露煮、忘れちゃいけないのが焼き海苔。
東京出張の時、取引先の蕎麦好きの方に連れられてよく行ってたお蕎麦屋さんでは、小さな七輪と焼き海苔が出てきました。さっと炙って生醤油でかじり、冷酒をキュッと。これが旨め~のなんのって‼
後は2〜3品のアテと蕎麦好きのウンチクを肴に飲んで、〆はやっぱり鴨せいろ。通になった気分で店を出る!と♡

・・・蕎麦より蕎麦屋のアテが好きな外道です( ̄▽ ̄)

おおおおお

読女様

おおおおおお、やっと「蕎麦通・蕎麦好き」の方と出会えました!

私は蕎麦通ということではありませんが、昔から「蕎麦」には目が無くて、蕎麦屋の記事は、つい力んでしまう傾向にあります。それが、読んで下さる方には「うんちく話」プンプンに映るらしく、余り評判はよくありません。

今日の読女さんのコメントは、ストレートで投げた直球に逆らわず、素直にバットを出されて、コーーーン!っと気持ちいいヒットを打たれた気持ちです。

「天抜き」なんて懐かしいことばですねー!池波正太郎氏が、「最近蕎麦屋に行って”ぬき”を注文すると、若い店員が、豆電球くらった鳩みないな顔をする。あれが悲しい!」っと書いてられましたこと、思い出しました。

焼き鴨、焼きネギ、焼き海苔・・・・いいですよねーーーー!

さてその「焼き海苔」なんですが、寿司屋の記事で書きましたように、先ほど話題になった東京の寿司屋「数寄屋橋次郎」さんの店主さん、お店の裏通りの路地にうずくまって、七輪で海苔を炙っている姿は、未だに私の目に鮮明に残っています。

江戸前で穫れた海苔は、香り高く、最高の酒のアテでよね。酒は「菊正宗」で決まり!でしょうか。

いやはや、朝から涎が出そうなコメントをありがとうございました。^^いいお話でした。

人間というのはどうしても比べてしまういやらしい生き物でして、松山ではナカナカ・・・思うような蕎麦屋さんに出会えていないのが正直なところです。
そんな中で無着庵さんは、正統派のアテが充実しているのと、全てにおいてバランスが良いところがお気に入りです。
多くの松山人にとっての蕎麦は、じゅんさんの言われる「乙な味わい」を楽しむというよりは、うどんやラーメンと同じ位置の食事というイメージで根付いているのでしょうね。

そういう私も蕎麦好きになったのは「大人の達人」に美味しい蕎麦屋の楽しみ方を教えてもらってからです。
小さい頃は、隣りに住んでいた幼馴染みのおばあさんが打つ蕎麦を嫌と言うほど食べさせられて少々蕎麦恐怖症になっておりました。旧柳谷村出身のおばあさんが打つ蕎麦は、極太でボソボソで、小さく切った人参やゴボウが練りこまれてニョキニョキ突き出ている蕎麦で、それはそれはなんとも食べにくいものでしたが、おばあさんの喜ぶ顔見たさに美味しい演技で食べるませたガキでした。
今となっては本当に懐かしい思い出です( ´ ▽ ` )ノ

仰る通り

読女様

仰るように、満足させられる「蕎麦」を松山周辺で見出すというのは至難の業ですね。

そうですか、蕎麦の出発点は知人のおばあちゃんが打った、「柳谷の蕎麦」でしたか。ナルホド。

柳谷の蕎麦と言えば、このシリーズの440番目にご紹介した「いなか家」さんのおばあちゃんを思い出しました。(http://2103center.blog112.fc2.com/blog-entry-1362.html

柳谷のおばあちゃんのお話によると、柳谷の主婦はどなたでも家で蕎麦を打っていたし、それが主婦の嗜みだったということでした。
ただし、その蕎麦は「美味しい」から打って食べるのではなく、「生きる」ために打って食べるというものです。

蕎麦が美味しく打て始めたのは、そば切りの技術が生まれた江戸期以降のことで、しかも江戸の町の食文化として発展しましたから、田舎ではそういう「粋」を楽しむところまでいかなかったというのが現実でしょう。

また「無着庵」さんは、私が松山地区で好きな「蕎麦屋」ベストスリーの一つです。もう既に4回も取り上げています。最近採り上げたのは、シリーズ599番目でした。(http://2103center.blog112.fc2.com/blog-entry-1623.html

ただ、私は酒が美味しくて飲んでいたのではありませんので、残念ながら、蕎麦屋の酒のアテを楽しみながら酒をやるという習慣を持ちません。

また、55歳までの前職の現役時代を経て、今の職に変わってからは、夜に外で飲む習慣をやめました。

ですから、記事中では「夜の食文化・酒文化」を語りながら、実は私自身は酒を寝酒としてしか飲まなかった人間なので、酒文化を語るに相応しい人間とは言いがたいですね。

でもいずれにしましても、食にまつわる記憶は、その人の生活史そのものであり、同時に時代や地域の色を色濃く持っているものです。ですから、食を語るということは、時代や人生を語ることに通じると考えております。

懐かしいコメントありがとうございました。
プロフィール

じゅん

Author:じゅん
愛媛の松山から、「愛媛グルメ紀行」や「愛媛の歴史」など、幅広いテーマで情報発信しています。日曜日を除く毎日更新。画像も豊富。
長いサラリーマン生活に終止符を打ち、還暦をとうに過ぎた2014.12.1に起業して社長になりました。

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