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「パン工房 ロシナンテ」・「愛媛グルメ紀行」 794

今日は”愛媛グルメ紀行”も794回目になりますが、初めての業態である”パン屋”さんを採り上げます。


それは先月(8月)22日にオープンしたばかりの”パン工房 ロシナンテ”さんです。”ロシナンテ”という店名を聞いて、ピンときた方は、ワタシのブログをかなり読み込んでおられる方でしょう。


このお店の開店情報は、まさにワタシのブログを”読み込んでおられる”方、お二人の情報です。それはグロブ友の”ファットマン”さんと、最近コメントを頂くようになった”クイック_クエンチ”さんからです。

お店1
これがお店です。


場所は、松山市南高井町299-5で、電話は089-970-1990。またこのお店はフェイスブックをされております。またブログも開かれていてそのURLは、以下の通りです。(パン工房 ロシナンテ


このお店の情報を頂く元になったワタシのブログ記事は、”瓢華”さんをアップした今月(9月)4日の以下の記事です。(「再訪 270 瓢華」・「愛媛グルメ紀行」 791

玄関2
ラーメン店の”瓢華”さんの記事で、なぜ上に書いたお二人が、このお店の情報をワタシに寄せていただいたのか?


それは、”瓢華”さんの2回目の時の記事で、”ロシナンテ”・”瓢太”・”瓢華”さんの関係は詳しく書いていますので、過去記事をご覧になっていただくのが一番早いと思います。(「再訪 156 瓢華」・「愛媛グルメ紀行」 589


その概略は、今の”瓢太”さんと”瓢華”さんが受け継がれている”中華そば”を生み出された方が、この”ロシナンテ”さんをオープンされたパン職人さんのお祖父ちゃんです。


今は、お祖父ちゃんはお亡くなりになりましたが、お祖母ちゃんはご健在です。

外看板3
お店に立っておられる、若き店主さんのお母さんにお話をお伺いしました。


その時ワタシはお母さんに、こうご挨拶しました。「知人からこのお店の開店をお聞きして駆け付けました」


「実は、ここのお祖父ちゃんが作られた”中華そば”の大ファンで、お祖父ちゃんが余戸のロシナンテ”さんで、持ち帰り用の”中華そば”を出されていたのを、よくおみやげに買って帰りました」っと。

パン作り4
画像が、甘い甘い”中華そば”、ワタシが”松山ラーメン”と呼んでいるものを作った方のお孫さんです。今回、中心になってパン屋さんを立ちあげられました。


お母さんには、ワタシがブログを書いていて、その中で何度も、”余戸にあったロシナンテ”さんのことを採り上げたと説明しますと、笑顔が広がりました。


「お祖父ちゃんは亡くなりましたが、お祖母ちゃんは健在です。ですから、お祖母ちゃんが健在な時に、パン屋さんを復活させたいと思って開店しました」とのことです。

店内5
ワタシがお訪ねしたのは、9月5日の午後5時でした。


ちょうど昼のお客さんの足が引いて、夕食前・帰宅前のお客さんが立ち寄るのにはまだ早い時間帯。客はワタシ一人でした。


ワタシは、”パン”をほとんど食べませんので、”パン”に関する知識は全くありませんし、味も分かりません。

レジ付近6
このお店のパンの特徴は””(こうじ)を使った、体に優しいパンだそうで、食パンにその特徴があるといいます。


パン”に付いても、お母さんから詳しい説明を受けたのですが、ワタシには全く理解できない世界なので、その会話を再現出来ません。


ワタシのブログの特徴は、店主さんとの”会話”を、リアルに再現するところにあります。つまりは、食べることが目的であるのはもちろんですが、店主さんなどからお話をお伺いするのも記事作りの目的です。


ところが、今回みたいに、その世界のことを全く知らなければ、交わした会話を再現できないことに初めて気が付きました。

チャーシュー7
お母さんと、”余戸のロシナンテ”時代のお祖父ちゃんのお話をしていた時のことでした。


お母さんが会話を中断して慌てて厨房に戻られました。そして、厨房から戻られた時には、画像の”チャーシュー”を手にされていました。


「実は、父の作った”チャーシュー”を、どうしても次世代にまで繋ぎたいと、”チャーシュー”作りに挑戦してるんです!既に、息子の世代(パン職人のお孫さん)は、お祖父ちゃんの”チャーシュー”の味をほとんど覚えておりません」


「今のうちに伝承させたくて!」っとお母さん。「そのチャーシュー、お味はどうすか?」っと尋ねられました。


味は、”ロシナンテのお祖父ちゃん”が作ったものとは、微妙に違うように思いました。やや固かった。


でも、”瓢太”さんのチャーシューも”瓢華”さんのチャーシューも、それぞれお師匠さんであったロシナンテのお祖父ちゃんの味とは、これまた微妙に違います。


違ってたり前なのでしょう。でも、お祖父ちゃんの味を再現しようと頑張っておられる姿が嬉しかった。

無塩ロール8
パン屋さんに来て、パンの話よりお祖父ちゃんの話のほうが中心になってしまいます。そこはちょっと申し訳ない気持ちがしました。


画像は”無塩ロール”。妻へのおみやげにしました。


本当は、このお店のウリである”食パン”を買って帰ればいいのでしょうが、既に家庭は妻と二人だけ。食べきれません。

チョコチップフランス9
この画像は”チョコチップフランス”と言うんだそうです。


ただ、パンを食べないワタシがこの店に駆けつけたのは、ブログを書く前から飲食業界には深い関わりがあって、様々なお店の事情や、そのお店のメニュー等もよく知っていました。


今の”前前職"時代にも、お客さんから「Hさん、あなた、この業界のこと詳しいんだから””をお書きなさい!」って言われたものでした。


その当時は、”ブログ”なんて言う世界は全く知らず無縁でしたが、こうやって年をとってからこの飲食業という世界とここまで深い縁が出来るとは、当時想像したこともありません。

もちもちもちもちベーグル10
この画像は”もっちりもっちりベーグル”です。


ワタシはこのお店のお祖父さんが作った”中華そば”や、名物の”チャーシュー”を食べ、弟子世代の”瓢太・瓢華”の先代さんたち、そして今の”瓢太・瓢華”の当代さんたちのそれを食べてきましたが、そういう長年の経験とご縁が、今のワタシの”ブログ”を書く原動力です。


このお店は、そういう意味ではワタシの”ブログの象徴”とも言えるお店なのです。



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非公開コメント

No title

田園の中ののどかなパン屋さんって感じですね、想像どおりかなあ。余戸時代はチャーシュー的な味のするサンドイッチもあったのですが、それを復活されるのかなとチャーシューの画像を見て思いましたよ。

じゅんさんにコメントした後フェイスブックをさらに読んでみて、お孫さんは別に仕事を持っていてFBでご両親のお店の宣伝のサポートをしているのかなとも思っていたのですが、やはり実際にお店に出ておられるんですかね。マアどっちでもいいことなんで、私も一度おじゃまして懐かしのパンに再会してみたいです。

それと、私は昔のロシナンテは普段づかいのパン屋さんとしてよく朝食を買いに行ってました。夜の瓢太さんに友人と通っていたのは十数年前からです。いずれのお店のことも飄系ラーメンのつながりも、じゅんさんのブログではじめて知ったというわけではありませんので申し添えておきます。じゅんのつぶやきの読者、ファンであることはまぎれもない事実ですけどね!

失礼しました

ファットマン様

ロシナンテさんと瓢太さんなどとのつながり、随分前からご存知fだったんですね!
それは大変失礼しました。私は瓢太さんの創業者(先代)さんとは、ある程度親しかったので、その先代さんからお話を聞いていましたので、そこで錯覚しちゃいましたね。

これらのお店のファンは、昔から今まで連綿と続いていて、その数は驚くほど多いということを忘れていたようです。お詫びします。

さて、新装なった「ロシナンテ」さんです。iPhoneのナビでも行き着けませんでした。お店に電話して、その場所をお聞きしてやっと辿りつけました。しかも、店名を示す「看板」は出しておられません。

外観からは、そこが「パン屋」さんだとは思われないかも知れないというお店づくりです。かろうじて「OPEN」の文字が表示してあるだけ。

最近の松山市内における「パン屋戦争」は、熾烈なものがあります。その中で、有力店は、何れも劣悪な立地の中で奮闘され行列を作られています。

このお店も、そうなってほしいと、切に祈るばかりです。

最初の就職

高校を卒業して就職した会社が土居田にありました。
今とは百八十度違う職種ですが、ロシナンテさんはその頃お客さんでした。週に1~2
度店主さん自ら商品を受け取りに来てくれていました。確か「滝廉太郎」を思わせる風貌の方だったと思います。

今も人より気が回らない僕ですか、どうせ昼食をとるのなら、お得意様の店で…などという知恵が当時無く、ロシナンテさんに行った事はありません。

あれから二十数年経っていますが、もしかして店主さんも代替わりしているのでしょうか?

恐らく

ガド様

そうでしたか。土居田町で仕事をスタート。それならロシナンテさんは近かったですね!

その頃のロシナンテさんの店主さん、「滝廉太郎」さんの風貌と言いますと、今回パン屋さんを開いた方のお祖父ちゃんなのか?それともお父さんなのか?

お祖父ちゃんは、確かに白髪でした。そのお祖父ちゃんは、パンには関わっておらず、持ち帰りの「中華そば」だけに専念されていたのでは?っと思うのですが、確かなことは分かりません。

時間が経てば時代も変わり、同時に人も代わる。その時代には、その時代の良さがあって、それを精一杯満喫しておきたいですね。

松山の瓢系といわれるラーメンの父はパン屋さんだったんですね。
同じ粉もんではありますが、非常に興味深いです。
そして、ウドン、パスタ、ラーメン、お好み焼き、粉もん大好きじゅんさんがパンをあまり召し上がらないとは、それも面白いです。
それなのに、情報をつかむなり現地に飛んで生きた情報を発信されるその情熱に感動する人は私だけではないでしょう。

器の大きい読者参加型の開けたスタイル、関わった人への愛情深さ、職歴を通した本物の情報、突き詰めて調べる探偵のような探究心と好奇心、かと思えば非常にドライな観察とシビアな発言、そしてお茶目な一面、、、私もじゅんさんの本なら読んでみたいです!

ちょっとちょっと・・・

読女様

そうなんですよね。余戸に「ロシナンテ」というパン屋さんがあって、そこにはめっぽう美味しい「持ち帰り用中華そば」も置いてあった。

一方、花園町には昔から「瓢太」という夜は飲み屋になるお店があって、そこには滅多矢鱈甘い、超個性的な「中華そば」が評判を取っていた。

更に、松山大学の御幸キャンパス近くからスタートされ、→清水町→湊町と移られた「瓢華」さんというお店があって、そこの「中華そば」は瓢太さんのそれに似ていた。

そこから、「瓢系ラーメン」と呼ぶ人が出てきた。でも、その三者のつながりを知っていて、血の繋がりのないその三者の相互関係と後継関係を全て知っているのは、私だけかも知れませんね。

もう既に、当代(現在の店主さん)さんですら、「ロシナンテ」さんまでに遡れる経過を知っている方はいませんから。

そういう地域の、あるお店、ある業界について、昔から多面的な関わりを持ってきた私としては、今のうちに記録しておきたい、書き残しておきたい。それも、私のブログを支えているエネルギーです。

でも、でも「読女」さん、書いて頂いた最後の件(くだり)は、褒めすぎです。ただひたすら、私が出来ますことを淡々と日々書き留め記録しておく。「本」など、おこがましくって、とっても・・・・・とても・・

そういえば。

「滝廉太郎さん」は当時四十代くらいに
見えましたから、今の店主さんのお父さんかも知れませんね。

ウ~ンしかしその頃昼食を食べによく行っていた「ゲンダイ」、「沖縄そば」、「つるめん」「釣具のジャンプ」の手作りサンドイッチ、みんな無くなってしまったみたいです。

二十数年って結構長い月日なんですね(笑)

その当時

ガド様

その当時、40代でしたら、それは「中華そば」を創った方の息子さんでしょう。

私が持ち帰り中華そばを買っていた頃から、既におじいちゃんでしたからね。

で、私に「エーーカ!、麺はな、絶対に湯掻き過ぎたらいけんでーー!硬い!思うくらいがちょうどいいんよ!麺が柔らこうなったら、ぶち壊しやで!」って、何時も言っていました。

No title

こんにちは。毎日楽しみに読んでいます。

15年以上、もっと前かもしれませんが、瓢華さんは山越にもお店がありましたよね?学生時代に何度か買いに行きましたが、いつの間にかなくなっていました。
瓢系なのかわかりませんが、穂楽というラーメン店も旧ラフォーレの近くにあり、飲み会帰りの父がお土産でよく買ってきてくれました。夜にしか開いていなかったし、気が付いた時には閉店していたので1~2回しか行けなかったのが残念です。

ロシナンテのパン、今度お店探して覗いてみます。情報をありがとうございます。

お久しぶりです

アカネット様

アカネットさんが、私に初めてコメント頂いたのは2012年の9月でした。今からちょうど2年前になりますね。月日のたつのは早いですね。

そして、一番最近が昨年の7月でした。「瓢系ラーメン」が話題になったときでしたね。

あれからでももう1年です。そういう繋がりから言えば、一度「ロシナンテ」さんを探されて、お母さんと中華そばのお話などされたら、お母さん喜ばれると思います。

瓢華が、山越にあったかどうかは知りません。瓢華さんがお店をスタートされたのは、松山大学御幸キャンパスの南です。清水町と高砂町の町境辺り。
その後、勝山中学の向かい側(北側)に移って、そして湊町に移転です。

また穂楽というラーメン屋さんが、ロシナンテのお弟子さん筋かどうかは知りません。お父さんとの思い出のお店だったのに、閉まったのは残念でしたね。

No title

最近、私もFBにて再開されたことしりました♪
以前の私のお店(JKという名前でゴルフの練習場してました)にて24年間ロシナンテさんのトーストパン購入してまっした♪
美味しかったです!菓子パンも(^^♪
急に閉められてびっくりしました!!
懐かしい♪行ってみますね(^_-)-☆

そうだったんですね

ちーばば様

色々なところで、人と人の繋がりがあって、それが現れたり消えたり、また現れたり。

そういう繋がりに関する消息が、以前は人から人への口コミ頼りでしたが、今はソーシャルネットワークの充実によって、驚くほどの早さと広さで伝わっていきますね。

そうでしたか!お店で食パンを仕入れていた。料飲部門のお店が仕入れるほどの食パンですから、それは美味しかったのでしょうね。今でも糀を使った食パンには自信があるとおっしゃっていました。

またお訪ねしてあげると、喜ばれると思います。是非にどうぞ!

No title

今日ロシナンテに行って塩麹食パンを買ってきました。他に客もいなかったので奥さんに余戸時代の話をふってみましたが軽くスルーされてしまいました(笑)。その手の昔話には辟易しているようにも見て取れました。作業場にはよく分かりませんが5、6人もの人がいて喧々諤々といった感じでパンをつくっておられました。まあ客の勝手なノスタルジーなどとは無関係にお店が前進して行っていただければよいのだと思います。食パンは明日の朝食で食べてみます。

そうでしたか!

ファットマン様

あれれ、そういう雰囲気でしたか。私にもその責任の一旦がありそうですね。(笑)

余り、そればかりに話が集中するのは嫌かも知れませんね。せっかく、明日に向かって出発したのに、昨日の話題だけ持ちだされるって。

でも、それは一時の話で、最終的にはパンが多くのお客さんに受け入れられるかどうか?でしょう。

1つ気になったのは、お店の中の厨房でパンを作っている職人さん、客さんがその脇を通っても知らん顔です。工場というのはそういうものかもしれませんが、私が経営者であれば、客に会釈するくらいの教育はします。

何れにせよ、既に走り始めていますので、ぜひお祖父ちゃんの「食べ物を提供するサービス」という基本を踏まえられて健闘されんことを祈るばかりです。
プロフィール

じゅん

Author:じゅん
愛媛の松山から、「愛媛グルメ紀行」や「愛媛の歴史」など、幅広いテーマで情報発信しています。日曜日を除く毎日更新。画像も豊富。
長いサラリーマン生活に終止符を打ち、還暦をとうに過ぎた2014.12.1に起業して社長になりました。

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