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「東京リポート ⑤」・「過去記事を振り返る」 66

今日は「東京リポート」の第五回です。2010年10月29日にアップしたものの再掲です。


今日は、先週までお届けした「浅草寺」(せんそうじ)、を出て、その周辺の画像です。


その「雷門」の南側を東西に通っているのが「雷門通り」です。


その「雷門通り」で、毎日パフォーマンスをしている、名物外国人が彼です。(記事記載当時)

パフォーマンス1縮小
この画像はスローモーションで撮影した画像ではありません。


古いコンパクトデジカメにそんな芸当は出来ません。


このパフォーマー外人は、ピンと跳ね上げたネクタイとスーツを小道具に、この状態で”微動だにしない”のです。


通りがかりの人たちは、最初「マネキン人形?」かと思い、彼に近寄ってマジマジと見つめたりします。


それでも、瞬き(まばたき)一つしない。

「ン・・・・・?」


ふと、彼の足元を見ると、竹で編んだ籠が置いてあり、その中には千円札や百円硬貨、十円硬貨などが入っている。


そうです。彼は「大道芸人」なのです。

パフォーマンス2縮小
彼の足元にある竹籠に、100円硬貨を入れて、彼にカメラを向けてみました。


すると、カメラを構えてシャッターを切ろうとした、その瞬間です。


顔だけを、パッとこちらに向けて、瞬間にこの「笑顔」「ウインク」をしてくれたのです。

パフォーマンス3縮小
驚くほど強靭な肉体です。


鍛え上げた筋肉がなければ、このように一定の体勢を維持できるはずがありません。


その後姿に、一部の隙(スキ)もないのです。


彼の芸(パフォーマンス)は「ウォーキングアウト」と呼ばれる芸です。


古来、「浅草寺」境内は「大道芸人」のメッカでした。


江戸時代、全国各地から「大道芸人」が名を上げようと集まってきました。


「猿回し」・「ゴマの油売り」・「紙切り」・「角兵衛獅子」・「手品(てずま)」・小屋掛けしての「見世物」など、それぞれの芸を競いました。江戸時代、戦国の世から開放され、庶民文化が広がり定着しました。


この時代の”識字率”(しきじりつ=読み書きが出来る人の割合)は、世界最高水準であったと言われています。


この時代に”江戸の街”で花開いたのが、食文化では”蕎麦”と”握り寿司”であり、大衆芸能や文字文化の世界での”歌舞伎”や”仮名草子”などです。今の”日本文化”の骨格が出来ました。


その雰囲気が今も浅草には残っています。


ただし、その伝統を支えているのが、今や外国人。


時代錯誤も甚だしい偏狭なナショナリズム”をを唱える時代ではないと思います。




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プロフィール

じゅん

Author:じゅん
愛媛の松山から、「愛媛グルメ紀行」や「愛媛の歴史」など、幅広いテーマで情報発信しています。日曜日を除く毎日更新。画像も豊富。
長いサラリーマン生活に終止符を打ち、還暦をとうに過ぎた2014.12.1に起業して社長になりました。

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