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「「東洋のマチュピチュ・別子東平」 その 2・「過去記事を振り返る」 89

今年に入って最初の”過去記事を振り返る”シリーズは、2012年1月2日から4回に分けてご紹介したシリーズを、先週から始めて、今週を含めて毎週月曜日に残り3回で振り返ります。

今回は、”東洋のマチュピチュ”と呼ばれる”別子・東平(とうなる)”を振り返ります。

先週は、テレビや雑誌などで紹介されて、”東平(とうなる)”を一気に有名させた”索道基地跡”を振り返りました。

今回は、その”索道基地跡”の下にある巨大化施設、”貯鉱庫跡”と”社宅跡”を振り返ります。

インクライン階段1
先ずは、”貯鉱庫跡”に行くための”インクライン”と呼ばれていた階段を振り返ります。

階段は220段(登り降りして数えました)あって、下るのは何とか手すりをもって降りることができますが、登るのは大変です。

この”インクライン”は、物資運搬の接続施設として、大正6年(1916年)に設置されたものです。

斜長92m、仰角21度に設置され、動力は電力巻上げ方式で、今の”ケーブルカー”のように、上りと下りが途中で交差する方式で物資を運んだ跡です。

貯蔵庫横から1
この巨大な石積みは、坑内から運び出された鉱石を、この施設の上にある”索道基地”から下部鉄道黒石駅(後には端出場)まで運び下ろすまでの間、この”貯鉱庫”に貯められていました。

しかし横から見ても真下から見ても、これは西洋の城郭跡、もしくは文字通り石で築き上げられた”マチュピチュ”そのものに見えます。

先週も書きましたように、この標高750mの地区には”社宅”が建ち並び、”小学校・中学校”も、そして”病院”や”娯楽施設”まであった巨大都市だったのです。

貯蔵庫跡2
まさに、”空中に浮かぶ楼閣”に違いありません。

石積みの前にたたずんでいますと、周囲から元気のいい”炭鉱夫”たちの掛け声や、”索道”の鋼鉄製のロープの軋む音、”貯鉱庫”を開け閉めする、腹の底まで揺さぶる重々しい音が聞こえてきそうです。

当時の、”住友家”だけではなく、ここに住まい子を育て、日本の産業振興の礎(いしずえ)となっているという誇りを持って働いていた人々は、みなこの巨大都市が永遠に発展し続けると信じていたことでしょう。

貯蔵庫跡3
最近の鉄筋コンクリートの構造物と違って、石工さんたちが、一個一個石の形を考えながら積み上げていますから、存在感がまるで違います。

これがコンクリートで出来ていたらとしたら、単に”廃墟”にしか見えないに違いありません。

デジタル社会に生きていると、こういう”アナログ”の世界が無性に懐かしくなります。

社宅跡7
ここから以下の画像は、”社宅跡”です。炭鉱夫を含めて、鉱山で働く人々の生活の場でした。

貯鉱庫跡”を少し下ったところにあります。

もちろん、この社宅だけでなく、まだ他にも社宅跡は残っています。

社宅水汲み場8
この”水飲み場”は当時のままです。

この水飲み場の上には、大きな貯水槽も残っています。当時は、皆で協力し合い声を掛け合って生きていました。

でも、最近では”社宅”を保有する企業は少なくなりました。生活の場まで、会社の上下関係を持ち込みたくないという社員心理もあります。

また、企業経営にとって固定資産を持ちすぎることへの反省もあります。

社宅跡6
こうやって見ていますと施設の変化は社会の生活環境の変化につながり、更にはそのまま人間関係の変化へとつながっているように思います。

昭和の中ごろまでの日本人の生活環境は、東京オリンピックを境に高度成長期に入り大きな変化を遂げました。

それに伴って、人間と人間のつながりも変わってきたということでしょう。こういう時間軸の変化に、今年はどういう変化が加わるのだろう?と、様々に思いを凝らした一日でした。

来週は、”変電所跡地”などを振り返ります。

「永遠に発展し続ける」と信じてやまなかった、当時の栄華の姿をもう少し見てみることにしましょう。



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220段

じゅんさん、おはようございます。先週の続きですね。いやぁ〜220段の階段ですか。こりゃあ、覚悟して登らないと〜途中で、何回か休憩が必要ですね。汗かきかき… 先週も、思った事ですが〜廃抗になったとはいえ、随所随所に〜当時の佇まいを感じさせるものがありますね。人は、忘れるものかも知れませんが〜こういう風情は、やっぱり残して ( 遺して ) 伝えて欲しいと思います。

No title

むらちん様
そうなんですよ。今は誰も活動していない施設群ですが、石が階段が擁壁が、歴史の重みを語り掛けてくれました。
ここには、人生の縮図が一杯詰まっていて、大切に次代に引き継ぐ責任があると思いました。
当時の人々のささやき声が聞こえた様に思ったのです。

No title

じゅん様

御無沙汰しています
今年もどうぞ宜しくお願いいたします

また、ご訪問には大感謝です。

こうしてお邪魔してみるとやはり記事内容が素晴らしくて
拙い私の記事などとは、うん例の差が!!!

比較するまでもないのですがー(笑)
御近くにも素晴らしい建造物がのこされているんですねー

まだ一度も訪れたことがないのですが、機会があれば
訪れてみたいですねー

こちらこそ

ぴんくモッチー様
こちらこそ、大変にご無沙汰しております。
昨年夏から、色々大変な事が続きまして、リンクしているみなさんのブログすら見る余裕を失っておりました。

昨年末に妻が退院してくれて、これからやっと以前の日常生活を取り戻せる見通しが付いて参りました。そこで、コメントするところまではまだ出来ませんけど、記事を拝見するだけなら出来そうです。
遅ればせながら、今年もよろしくお願いします。
プロフィール

じゅん

Author:じゅん
愛媛の松山から、「愛媛グルメ紀行」や「愛媛の歴史」など、幅広いテーマで情報発信しています。日曜日を除く毎日更新。画像も豊富。
長いサラリーマン生活に終止符を打ち、還暦をとうに過ぎた2014.12.1に起業して社長になりました。

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