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「取材済みの記事です・再訪 404 珍珍軒」・「愛媛グルメ紀行」 1,045

まだ”通常ブログ”を再開した訳ではありません。当分の間再開できませんが、”通常ブログ”の更新をストップする前に既に取材し、”予定記事”を書いているものが何編かあります。


今週からは、そういう”取材済み・予定記事作成済み”の記事を、週に2回程度不定期にアップしたいと思います。そういう訳で、取材時期とアップ時期には季節的に大きなズレがありますが、それをご承知でお読み頂ければ幸いです。


なお、現在の家庭的事情では”通常ブログ”の再開は困難かも知れません。以前の様に、お店にキチンと”取材”に行く気力が湧きません。


ひょっとすれば”通常ブログ”の再開は果たせない可能性が高まっています。その場合は、”ツイッターの再録加筆修正記事”をアップし続けることになるかも知れません。


今日は勝山町の愛媛銀行本店の南向かい側にある中華料理の店、というか中華そばのお店”珍珍軒”さんの二度目のご紹介です。


初めて記事アップしたのは、2012年10月4日のことでした。(「珍珍軒」・「愛媛グルメ紀行」 389


平成28年に入って初めての”愛媛グルメ紀行”取材をするお店です。実は新年を迎えて初めて取材するお店は、昨年末から決めていました。

玄関1
この日(実際は1月6日)、目的とするお店に向かって車を走らせていました。


すると、勝山通りと交差する交差点手前でこのお店が視野に入りました。それだけなら、通り過ぎていたと思います。


ところがその日は、お店の脇に”チャンポン”という幟旗(のぼりばた)が目に飛び込んできたのです。ワタシは、”チャンポン”と聞くと体がウズウズするのです。

メニュー2
このお店は創業は概ね昭和32年ごろのことです。ですから、今から59年か60年前のことですよ。


ワタシは郷里の野村町(今の西予市にある)から、高校はこのお店の近くの”松山東高”に通っていました。このお店から歩いて1分程度の御宝町に郷里の先輩、及び後輩の合計3人で和室の2部屋に下宿していました。


その高校生のワタシが、先輩と後輩との3人で、夜な夜なこのお店の前身の”屋台”に通っていたのです。その当時は、このお店では”中華そば”と”餃子”と”おでん”の3種のメニューしか食べたことがありませんでした。

カウンター席3
その当時、メニューに”チャンポン”があったのかどうかの記憶はありあせんが、あったとしても当時の”チャンポン”というメニューは中予を含めて愛媛県全般に通じるメニューではありませんでした。


ところがワタシは、南予は野村町の出身なので、今は亡き父親に連れられてたまに外食した時、父が注文していたのは決まって”チャンポン”だったのです。


南予では”チャンポン”は、食堂の一番人気メニューでした。ですから”チャンポン”というと、郷里のメニューであり父との思い出のメニューでもありました。

チャンポン4
ここ”珍珍軒”で”チャンポン”を注文したのは、恐らく初めてでしょう。


このお店に通っていたのは、ワタシは高校2年生から3年生の頃です。””と知り合ったのがこの頃です。ワタシ18歳、妻15歳でした。ワタシが高校を卒業した18歳の3月に、妻の両親と私の両親に”結婚宣言”をして、両家の承諾を得ました。


まだ子供だった私達が、両方の両親に”結婚宣言”して、49年が経過しました。来年は私達夫婦が出会って”50年”になるんですね~!


妻は15歳当時、松山東高でもよく知られた”美少女”でした。64歳になった今もその面影に変わりはありません。私の”宝物”です。


このお店は当時屋台でしたから、妻とは来たことがありませんでしたが、当時の妻とデートしたお店は松山商業高等学校近くのお好み焼き屋”桃園”さん(今はそのお店はない)と、柳井町のかき氷屋”あたりや”さん、それにちょっと遠かったけど千舟町通りにあったお好み屋の”平和”さん(平和さんも千舟町から来住町に移転された)でした。


ですから、このお店は”チャンポン”の味がどうのこうのという世界のお店ではないのです。


純粋に”チャンポン”の味で言えば、ワタシのツイッター友である”ゆきこ”さんの実家、八幡浜市にある”魚松”さんの方が比べようもないくらい上でしょう。(「八幡浜チャンポンの老舗・名店 魚松」・「愛媛グルメ紀行」 1,008

チャンポン5
でもこのお店の”チャンポン”は、野菜不足のワタシの体にとって例えようもないくらいありがたいメニューでした。


湯掻かれた具材は、白菜、キャベツ、モヤシ、キクラゲ、シナチク、チャーシュー、そして刻み葱です。それぞれの量がタップリなんです。


体中に、野菜の滋養が染み渡りました。食べていてそれを実感できるんです。

チャンポン6
このお店の”チャンポン”は醤油味と塩味が選べますが、黙っていれば醤油味が出てきます。


このお店の創業者であるお父さんが、屋台時代に完成した”醤油味スープ”なのですから、当然といえば当然でしょう。


ワタシがこのお店に来た頃は、今の二代目の店主さんはまだ子供でした。思えば、随分年をとったものです。

チャーシュー7
お父さんは、当時流行っていた”ボーリング”に凝っていました。お店は夜だけの営業でしたから、昼間と言えばほとんど”ボーリング場”に通っておられました。


二代目の店主さんにそのことを話しかけますと、「ああ~~、ウンウン、そーーーやったな~~!」でした。


このお店の”中華そば”や”チャンポン”での自慢は、醤油味の”スープ”と自家製の”チャーシュー”です。お父さんの時代は、その都度チャーシューの塊を切り分けられていました。

シナチク8
ところがこの日厨房を覗いていますと、予めチャーシューは切り分けられていて、麺茹でが終わってスープに麺が入りますと、チャーシューやシナチクなどが順番に入れられて完成です。


味は懐かしい味としか言いようがありません。ワタシと同じカウンター席に座っていた同年輩の客は、昼からビールを飲んでいました。


このお店は、夜間になるとおでん等をお酒のアテにした飲み屋と化します。それはお父さん時代からそうでした。ですから、その中で高校生の3人組が再々来て、おでんと中華そばを啜る光景は、一種異様な光景だったのだと思います。

麺9
麺もありふれた麺ですが、スルスルと全部食べました。もちろん、具材の多めの野菜類も全部食べ切りました。


でも流石にスープまで全て飲み干すだけの胃袋を、今は持ちあわせていません。今年最初に取材したお店でのワタシの食べっぷりが、今年を象徴するものになることでしょう。


最近は週に4回だけ、”愛媛グルメ紀行”をアップしていました。今年、そのリズムが維持できるかどうか?は、妻の身体機能の回復に掛かっています。








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プロフィール

じゅん

Author:じゅん
愛媛の松山から、「愛媛グルメ紀行」や「愛媛の歴史」など、幅広いテーマで情報発信しています。日曜日を除く毎日更新。画像も豊富。
長いサラリーマン生活に終止符を打ち、還暦をとうに過ぎた2014.12.1に起業して社長になりました。

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