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「松山城」②

今日は「松山城」の天守閣に至るまでに石垣をご紹介します。


お城は、石と木材と森林の完成された総合芸術品です。


松山城を築いたのは”加藤嘉明”であることはよく知られています。


松山城を築城した加藤嘉明の父は三河の出身で、地元の一向一揆に加わり敗れ、諸国を流浪中に死んでいます。


嘉明は、天涯孤独の少年時代に秀吉に見出され、”武将”への階段を駆け上がります。石垣1縮小嘉明が秀吉と出会った頃、秀吉は江州(ごうしゅう=現在の滋賀県)長浜城主に出世していました。


嘉明は、その”長浜城”(この城は、彦根に移され現在に残っています)を見るにつけ、「いつかはこのような城を、自分の手で作ってみたい」と、野望を固めたという話が残っています。


その嘉明の野望を実現させたのがこの「松山城」です。石垣5縮小築城された「松山城」の特徴は、その”石積み”に工夫が凝らされている点です。


特に本丸の周囲を巡って、石積みは延長、七町四十二間半(640m)に及んでいます。


また、外壁に当たる部分は、征韓役で朝鮮の城壁構築法を仔細に研究した山下八兵衛の功績と言われています。石垣6縮小石材は、旧正木(松前)城や道後湯築城から移しました。


また、花崗岩の切石の層々たる積み上げは、その急勾配と共に圧倒的な印象を今に残しています。石垣8縮小しかし、加藤嘉明が半生を傾けて築いた華麗な城郭は、その堅牢さ故に、この後、城主たちに過酷な運命を強いることになります。


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No title

こんばんは。

松山城の石垣は「登り石垣」あるいは「竪石垣」といわれ
朝鮮半島の倭城を参考にしたものですね。

松山城と彦根城と洲本城の三箇所が現存という貴重なものです。

去年だったか、現存12天守を国宝に・・ってサミットがあり、松江で
盛り上がりましたが、その後は時広さんは他の野望が忙しいみたいで
(笑)

おはようございます

いよ美月様
「松山城」をシリーズで、10回位に分けてアップするつもりです。やはり、お膝元なので、それらしい体裁を・・・と。
加藤嘉明が長浜城(現在移築された彦根城)にあこがれたことから、松山城主の一種の悲劇が始まり、また松山城を守りたいという城主の気持ちが、現在の「松山人気質」を作ったという仮説を書いていく予定です。
ただ、こういう地味な話に興味を持っていただける方は多くはないと思います。その中にあって、松山城の石垣の特徴をよくご存知で、そのコメントを寄せていただいたことは望外の幸せです。
プロフィール

じゅん

Author:じゅん
愛媛の松山から、「愛媛グルメ紀行」や「愛媛の歴史」など、幅広いテーマで情報発信しています。日曜日を除く毎日更新。画像も豊富。
長いサラリーマン生活に終止符を打ち、還暦をとうに過ぎた2014.12.1に起業して社長になりました。

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