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「松山城」⑩・最終回

今日は、長い間アップしてきた「松山城」シリーズの最終回です。

加藤嘉明”が、戦国の世に雄姿を誇った”長浜城”に憧れ、自分の武将としての夢を「松山城」に託しました。お城35縮小” 関ヶ原の戦い”で戦国時代に終止符が打たれ、徳川の時代に入って、泰平の世が続くはずでした。

ところが、徳川幕藩体制の永遠の継続を狙って、幕府の、諸大名に対する徹底的な弾圧が始まったのです。

戦国時代でしたら、幕府の弾圧に対しては、直ぐに対抗勢力が表れ、戦乱によって強弱が付きました。門と城縮小    ”弱肉強食”の時代です。ところが、徳川幕藩時代に入って、戦乱は止みました。

しかし、戦乱が止んだから”弱肉強食”時代が終了したのではありませんでした。

真綿で首を絞めるような弾圧。つまり、抵抗できない形に追い込む”弱肉強食”時代になったのです。

徳川時代に入ってから、戦国時代を生き抜いてきた諸大名は、”徳川幕府”という最大の”天敵”を作ってしまったことに気が付いたことでしょう。

しかし、気が付いたときはもう抵抗する気力も戦力も失っていました。

その中で、加藤家は二代で滅び、次の蒲生家は一代で潰(つい)えました。

蜂にとっての命綱である羽を、ムカデにむしり取られた”スズメバチ”のように。城郭14縮小後に続いた久松家の、幕府への徹底的な恭順姿勢は、その後に、”松山人”の気質まで作ってしまいました。

松山城と県庁縮小 ”俳諧”を楽しみ、文化を論じ、政治談議などの”きな臭い”話題を避ける”松山人”が出来上がりました。

喧々諤々(けんけんがくがく)たる”政治談議”を好む、お隣の”高知県人”との気質の違いは明らかです。

それは、平成の世の今日まで続いるように思えます。

これで「松山城」シリーズを終わります。長い間お読みいただいて、ありがとうございました


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プロフィール

じゅん

Author:じゅん
愛媛の松山から、「愛媛グルメ紀行」や「愛媛の歴史」など、幅広いテーマで情報発信しています。日曜日を除く毎日更新。画像も豊富。
長いサラリーマン生活に終止符を打ち、還暦をとうに過ぎた2014.12.1に起業して社長になりました。

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