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「宇和島城」①

今日からしばらく”宇和島城”をアップします。


先ずは、宇和島城天守閣に至る石段からご紹介します。
宇和島城石段1縮小
宇和島を中心とした南伊予は、室町時代に京都からの食い詰め公卿(くぎょう)”西園寺”氏をありがたく担いで、のんびりと時代を過ごしていました。


その後、江戸期に入る前に、戸田氏、藤堂氏、富田氏らが短い期間領主についていた時代があります。
宇和島城石垣2縮小
徳川の時代に入ると、その宇和島に、慶長19年(1614年)伊達氏が転封されます。


あの奥州の雄である”伊達”氏です。


その後転封されることなく、明治4年(1871年)の廃藩置県まで宇和島藩の伊達氏時代は続きました。


伊達氏の転封が、結果としてこの地で後世まで語り継がれる”悲劇”を生むことになります。


ワタシは南予人ですから、その語り継がれている悲劇の内容を知っています。


それは、後で触れるとして、天守閣まで続く急な石段を登っていると・・・
奇怪な根眼2縮小
奇妙な顔をした”宇宙人の干物”に出会いました。


二体の干物が石段の隅に無造作に転がっていました。
奇怪な根眼3縮小
一体は、宇宙船が地球に墜落したときの衝撃からか、顔の半分が吹っ飛んだ状態でワタシをじっと見つめていたのです。


これは”宇宙人の潰れた干物”か?


それとも”山家清兵衛”(やんべ・せいべい)のタタリ・・・・・・か? 







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プロフィール

じゅん

Author:じゅん
愛媛の松山から、「愛媛グルメ紀行」や「愛媛の歴史」など、幅広いテーマで情報発信しています。日曜日を除く毎日更新。画像も豊富。
長いサラリーマン生活に終止符を打ち、還暦をとうに過ぎた2014.12.1に起業して社長になりました。

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