「宇和島城」④

今日は”宇和島城”から見た宇和島市の風景をご紹介します。


先ずは、城山から東の方角にある”鬼ケ城山”です。
宇和島城から鬼ケ城山縮小
天守閣の窓から見ました。


標高は1,151mです。鬼ケ城山の南側にある八面山(1,155m)と並んで、宇和島を守る屏風のようにそびえています。
宇和島城から宇和島湾縮小
こちらは、城山から北西の方向にある”宇和島湾”です。


宇和島湾の正面に見えるのは”九島”でしょう。宇和島港からはフェリーが出ています。
宇和島城から市内
こちらは城山から東の方角をみた町並みです。天神町辺りでしょうか?


さて、伊達政宗から惣奉行(そうぶぎょう)として宇和島に送り込まれた”山家清兵衛”です。


彼は農民に対する税率を、前時代から比べて思いっきり引き下げました。


それでも領民の暮らしが回復しないのを見て、租税を納める能力のない農民には取立てを免除しました。


領内の自治組織も整備し、不正がないよう、また暮らし向きを正確に把握するために心を配りました。


直接領民に接する役人たちの教育は彼自身が受け持ったと言われています。


そういう年月が6年間続き、荒廃した領内が息を吹き返しかけた頃のことです。


遂に、後世まで語り伝えられることになる”悲劇””惨劇”の日が近づいてきました。


宇和島に真夏の太陽が照りつけ、夜は寝苦しくなる7月の夜の出来事です。


明日は”宇和島城”シリーズの最終回です。



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宇和島

こんばんは。

宇和島城シリーズ、楽しく読ませていただいてます。
実は、子供の頃3年ほど宇和島に住んでいました。
銀行員だった親父の転勤の度に県内数箇所を転々とした
頃で、和霊神社の近く須賀川のほとりの旧家の離れで
過ごした記憶は鮮明に覚えています。

当時、毎日見上げていた宇和島城ですが、登った記憶は
有りません。
一昨年、津島のブログ友達を訪問する為に宇和島駅前の
ホテルに泊まり、翌朝天守閣を訪れました。

こじんまりとした美しい天守ですね♪
明日の記事、後世まで語り伝えられることになる”悲劇””惨劇”
が楽しみです。

宇和島城の悲劇

いよ美月様
コメントありがとうございました。旧宇和島藩の者は、和霊のお祭りの度に、狂ったように踊り騒ぎます。それには理由があったのです。
子供の頃聞かされた山家清兵衛の悲劇は、そのまま幕藩体制の悲劇として日本全国で似たような例があったことでしょう。
旧領民の子孫の一人として人事のようには思えないので採り上げてみました。
プロフィール

じゅん

Author:じゅん
愛媛の松山から、「愛媛グルメ紀行」や「愛媛の歴史」など、幅広いテーマで情報発信しています。日曜日を除く毎日更新。画像も豊富。
長いサラリーマン生活に終止符を打ち、還暦をとうに過ぎた2014.12.1に起業して社長になりました。

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