「廃屋」シリーズ③

今日は「廃屋」シリーズの第三弾をお届けします。

場所は、”小野川”が山際から平野部に流れ出て扇状地を作っている”平井町”です。

小野小学校”の直ぐ近くです。廃屋1   畑一面を覆っている野草の向こう側に、朽ち果てた農家の家屋が残っていました。

人が立ち退いて、まだそれほど時間がかかっていないと思える廃屋です。

農業の担い手がいなくなって、放置された農地がジワジワ広がっています。

耕作放棄農地が広がるにつけ、家人のいなくなった農家が廃屋と化すのは容易な流れです。納屋2   農家に付随していた納屋も、同時に放棄されています。

一度、竹が伸びてくると、あっという間に他の草木を侵食し竹が地下に根を張ります。

更に、竹が伸びてくると納屋の土間や敷居などを容易に突き抜けて、紅蓮の炎が屋根に燃え広がる様に屋根を突き抜けます。

メラメラと燃え盛る炎の様に、短時間で納屋などを竹の笹が覆い隠してしまうのです。廃屋3   農村集落で、こういう廃屋が1軒、また1軒という風に増え始めると、地域の高齢化が一気に進みます。

限界集落”の出来上がりです。

人口の50%以上が65歳以上の高齢者となり、冠婚葬祭などが地域でできなくなったり、農道水路の補修などもできなくなる集落を言います。廃屋4   ここの、平井町の山間部が限界集落になっているというわけではありませんが、”限界集落”は愛媛県内の山間部では至るところに出現しています。

今般の”東日本大震災”などのような災害に見舞われると、たちまち孤立化してしまう集落です。

東京一極集中、エネルギーの大量消費などが、電力需要を巨大化し、原発の必要性が必然的とされてきました。

でも、華麗に舞い踊っている都会をちょっと離れると、こういう限界集落が日本のあちこちに同時進行で広がっています。廃屋5   極度に合理性を追求しようとすれば、原発は”必要悪”として、その存在が欠くべからざる物という前提条件が出来上がります。

さて、こういう廃屋→限界集落。

一方で過度な集中→エネルギー不足→原発への過度な依存という現象が果たしてどうなのか?

様々な立場で、一度立ち止まってゆっくり考え直してみる時期に来ているのかも知れないですね。野草6   さて、畑一面に広がっているこの野草です。

名前を調べてみました。

シソ科の”ホトケノザ”です。

葉が、蓮座(れんざ=蓮の葉)に似ていることから付いた名前だそうです。

春の七草の”ホトケノザ”は、実は”コオニタビラコ”という野草をさします。

いずれにしても、田や畑や荒地に横に横に伸び生えてきます。

その生命力の強さといったら、人間などの比ではありませんね。

逆に、今は逆境にある日本という国。

”ホトケノザ”の生命力を見習う必要があるかも。



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お早うございます♪

廃屋が多くなりましたね~(^^ゞ
昨日も大洲からの帰り道、松前の方へ鳥見のため寄り道しましたが、
道路の方に倒れそうな家が有って、通る度に傾きが大きくなって、
何所からも危険家屋だと非難を受けないのか、要らぬ心配をしています。

同じ敷地に家が有るので、持ち主は分ってる筈なのですが、自然倒壊を
待っているのでしょうか?
運悪く倒れる瞬間に通って被害を受けたら、持ち主の責任なんでしょうかねぇ~(^_^;)

同感です

ベル様
市内でも、廃屋は至るところにあります。
ワタシは不動産屋ですから、廃屋は商品になる可能性がありますので、持ち主を探すことも多いです。

しかし、連絡が取れない家が圧倒的に多いです。

それとは逆に、完全に「廃屋」だろうと見て、家に入ると、思いがけず人が住んでいることに出くわすことも。

人は、どういう悲惨な状態の家でも住むと言うことに驚かされます。

プロフィール

じゅん

Author:じゅん
愛媛の松山から、「愛媛グルメ紀行」や「愛媛の歴史」など、幅広いテーマで情報発信しています。日曜日を除く毎日更新。画像も豊富。
長いサラリーマン生活に終止符を打ち、還暦をとうに過ぎた2014.12.1に起業して社長になりました。

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