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西予市明浜町の秋祭り①

今日は、一週間遅れの、西予市明浜町”高山地区の秋祭り”の一部をご紹介しましょう。


もう、県内の秋祭りはどこも終わりを告げ、季節も本格的に秋めいてきました。


愛媛の秋祭りは、東予地区の”西条だんじり”や”新居浜市の太鼓祭り”の祭りが,豪壮華麗で有名です。

しゃがんだ1   しかし、南予地区の祭りは、元々宇和島を中心に”旧宇和島伊達藩”の町々で、一種独特の秋祭りの風景を見せてくれます。


例えばその一例が、画像の”五鹿踊り”です。

向かい合い2   宇和島市を中心とした地域は、仙台伊達藩の流れを組む”八鹿踊り”ですが、旧宇和島藩の領地でも周辺に行くと”五鹿踊り”に変わります。


もともと南予地方の鹿踊は、江戸時代初期に、宇和島藩初代藩主”伊達秀宗”が宇和島に入部した折に、仙台から伝えられたと言われています。

動き3   つまり”鹿踊り”の源流は東北地方にあり、仙台周辺の鹿踊と共通する点が多いと言われています。


鹿踊は、南予地方でも旧宇和島、吉田藩領内とそれに隣接する地域に分布していて、牛鬼と同様に、宇和島地方からその周辺に伝播したもので、約百箇所で踊られています。


東限は大洲市、長浜町、肱川町であり、南限は高知県幡多郡にも伝わっているそうです。   

動き4   踊る人数は地域によって異なり、宇和島市や城川町窪野等では八人で踊る「八ツ鹿」、吉田町等では「七ツ鹿」、城川町下相等では「六ツ鹿」。


しかし、ほとんどは五人で踊る「五ツ鹿」であり、西予市の野村町や明浜町は、画像の様に”五鹿踊り”です


これらの”鹿踊り”の原型は”獅子舞”の一種で、一人立ちで鹿頭をかぶり、胸に鞨鼓を抱え、幌幕で半身を覆って踊るものです。

揃った5   東北地方に広く伝っていて、東北以外では福井県小浜地区と、愛媛県の南予地区に伝わり残っています。

   
ですから、踊りや笛、それに音調がどことなく物悲しく、一種陰鬱なイメージがあるのは、東北地方に由来することからでしょうか。


一匹の雌鹿と、その周りを舞う四匹の雄鹿が、一糸乱れぬ優雅な動きで、神殿を前に静かに舞います。


「し~い か~の こ~おはーー~」と、5人の少年が歌いながら静かに、時には激しく踊ります。

アップ7   ワタシは、南予の出身ですし、小学生から中学生にかけて一時期明浜町に住んでいましたから、懐かしい踊りです。



神殿の前で舞い終わった5人が揃ってこちらに向いて挨拶をしました。

お顔8   揃った5人の顔をよくみますと、アレアレ、踊っているのは少年(ワタシが子供の時代はそうでした)だと思っていましたが、実際には少年は一人だけで、後は皆大人たちでした。


この辺りも過疎に悩み、子供の数も減って、”鹿踊り”も踊り手不足となっているのでしょう。


明日も、この”高山地区”の秋祭りの様子をお届けします。





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じゅん

Author:じゅん
愛媛の松山から、「愛媛グルメ紀行」や「愛媛の歴史」など、幅広いテーマで情報発信しています。日曜日を除く毎日更新。画像も豊富。
長いサラリーマン生活に終止符を打ち、還暦をとうに過ぎた2014.12.1に起業して社長になりました。

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