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「太山寺」の風景

今日は大山寺町にある”太山寺”をご紹介します。


お寺さんの名前が、そのまま町名になっています。


松山ではお馴染みのお寺さんで、四国八十八箇所霊場の五十二番目の札所ですね。


ワタシは、基本的には無宗教ですが、10年ほど前に思い立って、妻と”お四国霊場参り(八十八箇所)”を廻った経験があります。


ただし、”歩き遍路”ではなく自分の車で廻りました。


その時思ったのは、地図も測量機器も、もちろん重機類なども全くない時代に、四国の各地に八十八の寺を配置し、よくもまあ建築し切ったものだ、と”弘法大師(空海)”さんの天才ぶりに感じ入りました。

階段1   画像は、”四天王門”を見上げる石の階段です。


太山寺”の創建は、記録によれば”西暦587年”といいます。


お隣の中国では、南北朝の対立・戦乱を収束させ、””の”煬帝”が中国史上始めて統一国家を樹立したのが”西暦589年”ですから、”太山寺”の歴史の重みが想像できると思います。


その歴史の重みを噛み締めながら、一歩一歩階段を登りました。

山門2   この画像は、三の門に当たる”四天王門”です。


建築様式は”入母屋造楼門”と呼ばれる建物です。


この門の正面には、”太山寺”の山号(さんごう)である”瀧雲山”の立派な扁額がかかっています。

山門3   この画像は、”四天王門”を本堂の側から見たものです。


こういう精緻な建物を、当時の職人はどうやって作ったのでしょう。


一体誰が設計したものでしょう。この当時から、日本という国の技術力は、お手本となった中国のそれに匹敵するまでになっていたのです。


太山寺”の創建以降、”遣隋使”や”遣唐使”が、命を顧みず中国に渡り、仏教や学問、それに伴う様々な技術を習得して日本に帰り、これらの建物群を建築したのかと思うと、日本人が持つポテンシャルの高さに、同じ日本人ながら舌を巻く思いです。

仁王象4   こちらは、”四天王”のお一人でしょう。


四天王は、”持国天”、”増長天”、”広目天”、それに”多門天”で、それぞれ東西南北の方向を守る仏教の守護神です。


この画像を見て、四天王の中のどなたかを言い当てるだけの宗教的知識は、ワタシにはありません。

本堂5   こちらが”国宝”に指定されている”本堂”です。


1305年(鎌倉時代)の建立という記録が残っています。


屋根は”入母屋造本瓦葺”で、木造建築物としては県内最大の建物です。


実に堂々とした建物で、当時の仏教が”国家仏教”であったことがしのばれます。


地方の寺院というより、国力を尽くして建築された建物なのです。


八十八箇所の中には、峻険な山岳地に立てられている寺院もありますが、国の総力を上げなければ出来るものではありません。

屋根瓦6   国にとって、”仏教”の導入は、”日本”という国を作るうえでの精神的支柱としただけではなく、国家権力の一つの象徴として、壮麗な寺院建築物を建立したのでしょう。


そう考えなければ、四国を立体的に捉えて、八十八の寺院間の距離、高低差を綿密に計算しつくして配置するという、途方もない大事業が出来たはずはないと思うからです。


それらの配置、設計、建立を、時の国家権力の中枢、そして建立する地域の有力者間の統一を図り、八十八箇所の寺院の建立を事業として遂行した"空海”は、当時の世界的な水準での天才でした。


荘厳な"本堂”を前にして、”空海”の偉大さと天才性に、改めて驚嘆するとともに、こうやって1000年以上も面々と続いている”宗教としての仏教”というものの凄さに思いを新たにしました。

鐘堂7   こちらの建物は”鐘楼堂”です。


中には釣鐘があり、壁面には”閻魔大王の裁きの絵”や”地獄の図”及び”天国の図”が描かれています。


”地獄絵図”を見ると、「アアアアア・・・天国には到底行けないだろうけど、こちらの方には行きたくないナー」と、背首をなぜました。


全く宗教心のないワタシも、この時代まで連綿と続いてきている”宗教”って、一体何だろう?と、素朴に考えいった日になりました。





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おおお、太山寺♪

実は太山寺町在住の私です。取り上げてくれて嬉しいな~ぁ♪(*´∀`*)

で、申し訳ないんですが
太山寺は三津ではなく、太山寺町にあります(^_^;)
寺の名前がそのまま町名になってるんですねー。

実はじゅんさんのブログ、ちょくちょくケータイでチラ見してます。
この記事を読んで、先日、私も久しぶりに太山寺を訪れてみました。
あまりに近いと逆に縁遠くなっちゃうんですよね(笑)。
今まで見過ごしてたトコロも沢山見られて、楽しかったなー♪♪
じゅんさんに感謝感謝ですm(_ _)m

また、近いウチに記事アップするつもりですが
記事にしてないネタが溜まっていく一方でどーしよう。。。(笑)

えーーー

ジンゴズンゴ様
ソーデシタネー、大山寺は三津ではなく大山寺町ですよねー。

ワタシは不動産屋なので、いつも住宅地図を携帯して、記事を書くときは必ず住所を確認して書くのですが、このときはウッカリしていました。失礼しました。
さっそく訂正しておきます。
ワタシは信仰心があるわけではないのですが、歴史のあるお寺さんの境内にたたずむことは好きです。
たまったネタを楽しみにお待ちしています。
プロフィール

じゅん

Author:じゅん
愛媛の松山から、「愛媛グルメ紀行」や「愛媛の歴史」など、幅広いテーマで情報発信しています。日曜日を除く毎日更新。画像も豊富。
長いサラリーマン生活に終止符を打ち、還暦をとうに過ぎた2014.12.1に起業して社長になりました。

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